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異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)  作者: 笹川 慶介
異世界召喚・西方国境騒動
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15話

 海藤氏とケイさんの泊まっている部屋の前に辿り着くと、先客がいたらしく、部屋の中から真っ赤な顔をしたアリスさんが飛び出してきました。


「し、失礼致しました!」


「!?」


 自分がびっくりしましたけど、よほど慌てていたらしく、アリスさんはまったく気づいていない様子でした。

 完全に無視されましたね。ヨホホホホ。

 まあ、よくある事です。

 それよりも、なんだったのでしょうか?

 そう思い、扉が解放されたままでいる部屋を覗こうとした時でした。


「ダアアアアアァァァァァ!?」


 これまた突然、ケイさんの叫び声が聞こえてきました。

 直後、部屋の中から人の形をした何かが吹き飛んできました。


「ヨホ!?」


 いきなりの事態に又も驚き、反射的にその何かを回避します。

 盛大な音を立てて壁をぶち抜き、その何かは壁の向こう側へと落下していきました。


 …見えませんでしたけど、今のは確実に海藤氏でしたよね?


「…ヨホホホホ。今のは夢ですかね〜?」


 夢ではなかったです。

 海藤氏がケイさんになんらかの理由で吹き飛ばされて、壁を破壊して、皇宮の外に落下していきました。これは間違えありません。

 経緯は全くわからないですけど。

 …ラッキースケベですかね? アリスさんも顔を赤くして慌てた様に出て行っていましたし。


 …どうしましょうか。

 今この部屋に踏み入ると、ケイさんという名の荒れ狂う暴君が暴れまわっていますから。確実に自分にもとばっちりが波及するはずです。

 と言いますか、朝から破壊行為がまた発生していますよ。いえ、多くに加担している自分が言えたことではありませんが。

 …海藤氏を迎えに行ったほうがいいですかね?


 そんなふうに考えて時間を使ってしまったのが悪かったのでしょう。

 部屋からズカズカと、多分扉を閉めるために出てきたケイさんとばったり鉢合わせしてしまいました。

 ケイさんは推測するに羞恥から顔を真っ赤にしていましたが、自分の姿を確認するなり表情を一気に怒りモードに変更してきました。


 その格好といえば、なんともイメージにそぐわない可愛らしいクマさんの柄のパジャマで、髪も普段みたくポニーテールで一括りではなくくせっ毛1つない状態で肩甲骨まで伸びたロングヘアーを自然におろしている状態です。

 何より、スッピンでした。


 これは、見てはいけないものを見てしまった様です。

 要するにとばっちりですね。


「えーと、ケイさん。おはようございます」


 なるたけ平静を装いますが、ケイさんの耳には届きませんでした。

 うつむき表情を隠して、乾いた笑いをこぼしながら扉に手をかけます。


「ハハ…ハハハ…」


「…ケイさん? なんでバキッと扉を外すのですか?」


 ケイさんは扉を片手で外すと、それを思いっきりふり上げました。


 次の展開読めましたよ。


「死ね! 変態仮面奇術師!」


「やっぱりですか〜!?」


 屈んだ自分のすぐ頭上を、ドアが人の扱える可能な芸当を超える速さで通過して、城の壁に激突しました。

 流石に木製のドアと石造の壁では相手にならなかったようで、ドアのほうが破片を撒き散らして粉砕されました。

 いやいやいや、どんだけ壊すんですか!?


 聞く耳持たないケイさんは、狂った様に笑い声をあげながら、明らかに笑っていない光の止まらぬ目で目標である自分をロックオンして、追撃行動に移りました。


「アハハ! 変態、待てよ」


「ヨホホホホ。これは、まずい事態ですね!」


 はい、逃げます。

 何処から取り出したのか…。

 いえ、多分魔法で作ったのでしょう。

 ケイさんはアサルトライフル、形状から見るに『AKM』と推測される銃器を撃ちまくりながら自分を追いかけ回し始めました。


 えーと…このあともちろん自分とケイさんは鬼崎さんに説教を頂きました。



 自分はとばっちりを受けただけですし、鬼崎さんにつかまって冷静になれたケイさんもその証人の1人になってくれた事により、自分はわずか1分で解放されました。

 ようするに、説教をするにあたりケイさんが暴走した経緯に関して聞かれたくないので邪魔はあっち行けというのと、早く海藤氏を保護する様にという理由もあっての事です。

 経緯は気になりますけど、それこそケイさんの逆鱗に触れる事なので、ここは素直に退散します。鬼崎さんに二日連続で説教されては魂がどっか行きそうですしね。ヨホホホホ。


「少し頭を冷やして」


「わ、分かったよ…」


 部屋を後にする前に、知っておきたい事があったので、と言うかこれを聞くためにあの部屋の前に来ていたので、足を止めました。


「ケイさん、1つよろしいですか?」


「…何だよ」


「女神様から職種を聞いていると思いますけど、ケイさんは何です?」


 銃を取り出していたし、突撃兵とか似合いそうですけど。

 その問いに対して、ケイさんはこう答えました。


「…『将軍』」


「…え?」


「将軍ですね? はい、了解しました」


「…ええ!?」


 鬼崎さんがなんか驚いている様子ですけど、自分の方は欲しい情報は得られたので、ここに残る用も解放された以上は無いですし、海藤氏も心配ですし。

 というわけで、さっさとお暇します。


 ケイさんの職種は『将軍』ですか。

 字体から推測するに、統率性に優れた魔法を持っているのでしょうか?

 いえ、『武士』のカクさんが地図まで魔法により作成できたくらいです。銃を取り出していましたし、将軍というからには、例えば『軍事力』を召喚し使役するという魔法という可能性もあるでしょう。

 …本当にそうだとしたらとんでもないチートですよね。異世界からの勇者が女神様より祝福を授かる事によりそんなものばかりで溢れてしまうならば、なるほどネスティアント帝国ほどの強大な国家が必要とする戦力に数えられることも頷けます。

 世界の格、ですか。我々の尺度では理解できない世界の物語、考えるにはある程度の下地の理解が及んでからのほうがいいでしょう。

 ひとまず、海藤氏の安否確認が先です。落とされた階層は、実に地上から5〜6mほどの高さがありましたので。勇者補正により死んではいないと思いますが、怪我をしている可能性は十分にありえます。


 ケイさんの職種については深く考えないのか、と? 正直、命を弄ぶ術を手に入れている自身のチート魔法だけですでにお腹いっぱいですので、驚く感覚はさほどないのです。


 城の中庭に降りると、海藤氏が落ちたと思われる場所には芝生を荒らす瓦礫が散乱しており、そこには何故か海藤氏の姿はなく頭を抱えて立ちすくんでいる執事さんがいました。

 執事さんに声をかける前に、中庭の端に生えている樹木の根元に海藤氏を見つけました。

 …見覚えの無い、白を基調とした海軍の佐官用によく使われていそうな軍服に身を包んだ縦ロールの女性に膝枕をされている状態で、ですが。

 ヨホホホホ。ケイさんには見せられない光景ですね。


 海藤氏はメガネを落とした様子…いえ、壊した様子です。

 伊達眼鏡なのでなくて困る事は無いかもしれませんけど、もしも必要であればカクさんに頼んで作ってもらったほうがいいですよね。


 とりあえず、あの地雷原という名の桃色空間には近寄らない事にして、執事の男性に声をかけました。


「少々、よろしいでしょうか?」


「は、はい何で–––––うわぁ!?」


 執事の男性は振り向くと、生成面を被っている自分の顔を見て久しぶりにみるいい驚き方をしてくださいました。

 ヨホホホホ。その反応はいいですね〜。


「おお、湯垣様でしたか。申し訳ありません、はしたない声を」


「ヨホホホホ。お気になさらず。むしろ良い反応をしてくださり、面も喜んでおります。ヨホホホホ」


 執事の男性には、能面を被っている人物など1人しかいないことから、すぐに結論を導き正体を見破りました。


「如何かなさいましたか?」


 みればわかるよ、この始末だよ。

 そんな返答が来て当たり前の質問をしてみると、執事の男性は深い疲れた溜息を零した。


「い、いえ…。ただ、土師様が壊してしまわれた窓ガラスの後始末を終えた直後に、今度はこちらから壁を突き破って海藤様が落下してきまして…。幸い、海藤様はほとんど外傷もなく良かったのですが…」


「な、なるほど。ご迷惑をおかけします」


 話を聞いてみたところ、副委員長も何かしでかしていたらしいです。

 自分も人の事言えませんけど、まだ召喚から二十四時間も経ってないですよね?

 執事さんを含める城の使用人たちの苦労が偲ばれます。


 そう思うならば少しは煽りを自重しろ、ですか?

 ヨホホホホ。それは出来ない相談というものですよ。自分は喧嘩やトラブルを煽る事はありますが、収める事はしたくありません。何故なら止めるよりも煽る方が面白いだろうからです。


「…手伝いましょうか?」


「いえ、お心遣いのみありがたく頂戴いたします」


 執事の男性に悪いと思い、手伝いを申し出ましたがにべもなく断られました。

 自分が手を出せば余計な仕事が増えると思っての事なのでしょう。

 まあ、そうなる自信は十分ありますので、特にツッコミません。そういう印象を抱かれても仕方が無いという事を召喚から1日も経過していない時点でやらかしているという事は自覚していますし。ヨホホホホ。

 笑い事では済みませんよね。


 とりあえず、自分にはあちらの桃色空間に用件があるので、そちらに向かうとします。

 ヨホホホホ。自分は煽るだけ。煽って誰かに壊させる事はしますけど、この手で物を破壊できるだけの手段は授かってませんよ。

 まあ、命くらいならば『治癒師』でも十分壊すことはできますけど。ヨホホホホ。

 毒と薬は表裏一体。それはこの異世界においても同じ法則として存在している様ですしね。


 近づいてみると、膝枕をしている女性は耳の尖った異種族と言ったらこれだろうといっても過言では無い代表格、エルフでした。

 青い瞳は、とっくに存在に気づいていた自分に向けられます。

 同時に、その眼光が鋭く光りました。


「待て。何者だ貴様?」


 警戒されている様です。

 いえ、この面では致し方の無いことですよね。ヨホホホホ。

 自分は敵意が無いことをアピールするために両手をホールドアップしながら、ゆっくりと近づいて行きました。


「ヨホホホホ。落ち着いて下さい」


「そこで止まれ!」


 あらら…。

 聞く耳持たずというわけですか。

 まさかの抜刀してきましたので、その場で停止します。

 ホールドアップだけでは警戒は解けないということでしょうか。

 そう考えていた自分に、エルフは警戒心というよりも敵愾心をむき出しにしながらこう言ってきました。


「…死者の汚れを纏っている。貴様、今までどれほどの殺人を重ねた?」


「…ムム?」


 何か、今までに聞いたことの無いことを言われました。

 死者の汚れ?

 あれ? 密偵さんがつけた返り血なら既に浄化魔法で溶かしているはずなのですが。

 多分、エルフさんには何か常人には見えないものが宿っている様に見えるのでしょう。


 しかし、エルフさんに用は無いですし、無用な殺生は控えるたちなのですがね、自分は。

 とりあえず、膝枕している方と話をしたいので、できることならばその剣を下ろしてもらえないでしょうか?

 …言っても信じてくれないでしょう。直感ですけど、このエルフの目を見る限り、相当偏屈な性格をしていると思われます。説得しようにも聞く耳持ってくれないめんどくさい方ですね。


「う、うぅ…」


 しかし、枕が暴れて大声あげたことが海藤氏に伝わったのでしょう。

 海藤氏の意識が戻った様で、ゆっくりとその目が開かれました。


「海藤氏? 聞こえてますか〜?」


「湯垣、君…?」


 ぼんやりと、海藤氏が目を覚まします。

 すると、エルフさんが目の色を変えました。


「ご無事か、勇者どの!?」


「…誰?」


 海藤氏はまだ頭が混乱している様で、第一声はそうなりました。

 まあ、自分ではありえない仮定ではありますけど、今の海藤氏と同じ様な状況に陥った際には同じ問いを最初に口にするでしょうね。


「良かった…意識が、戻られたのですね…!」


 海藤氏が目を覚ましたことに、エルフさんは歓喜の涙を流しながら、引き裂かれた恋人が久方ぶりの再会を喜ぶ様に海藤氏の頭を抱え上げてその胸に埋めました。


「!?」


 海藤氏は全く状況がつかめない様子です。

 状況をつかめないならば、自分も同じなのですがね。

 まず、このエルフさんは誰でしょう? 海藤氏の知り合いでしょうか?


「海藤氏、やりますなぁ…」


「んん!?」


 耳聡く自分の冷やかしを聞き取ったらしい海藤氏が、急いで否定しようとしています。

 しかし、エルフさんの鬼崎さんをも上回るであろう胸に顔が埋まって、声が出ていません。


 …何なんですか、この状況?


 心配してきてみれば、海藤氏は美人でグラマーなエルフさんに膝枕してもらっていた上に、起きたら今度は抱きつかれています。

 エルフさんが涙を流している様子から何か深刻な事態があるかもしれないという可能性こそありますが、ここに来たのが自分ではなくケイさんだったと思うと、執事さんが倒れる被害が生じていますよ。

 自分ですか? いえ、特に感じるものはありませんけど。

 海藤氏は見たところエルフさんのことを一切知らない様ですし、ここで海藤氏を事情も聞かずに攻撃しても何の解決にもならないでしょう。

 羨ましいとは思わないのか、ですか? …いや、自分としてはあの見るからに偏屈そうなエルフさんとはできれば関わりたく無いので。自分、女神様を信仰していますし。


 しかし、さすがにね…。

 ケイさんは説教されているとはいえ、いつ見つかるかもわからないので。

 海藤氏のためにも、早急な解決を図ったほうがいいですよね。

 というわけで、海藤氏を拘束しているエルフさんに声をかけます。


「あの〜…エルフさん? ちょっと、海藤氏と会話させてもらえませんか?」


「風よ!」


 できるだけ穏便にことを運びたかったのですが、エルフさんはいきなり問答無用で魔法による鎌鼬を自分に放ってきました。

 顔面直撃コースです。


「…ヨホホホホ。なんですか? 危ないですよ」


 即時対応できる様に警戒していた上に、魔法で強化をかけていたこともあり、その魔法を躱すことはできました。

 魔法を躱されたことが想定外だった様で、エルフさんの眼光が鋭いものから驚きを含んだ警戒心露わなものに変わります。


「…貴様、一体何者だ?」


 何者だ?と問われたからには、答えなければなりますまいて。

 昨日のの双子騎士に向けた時にはできなかった自己紹介を、ここで披露する機会に恵まれました。


「『貴様、一体何者だ?』と問われたからには、我が名を名乗らせていただきましょう!」


 というわけで、自分はホールドアップしていた両手を一旦降ろし、大仰に肩から腕を回してから、腰と左胸にそれぞれ手を置いて、片足を半歩後ろに下げつつ、無駄に仰々しい礼をその場で一つ行ってから、自己紹介をしました。


わたくし、名前を湯垣暮直と申します。顔に関しての無礼はご容赦いただきたく。クラスメイトよりは変態仮面奇術師またはマヌケと呼ばれることもあります。名前よりも、面をかぶった頭のネジのへし折れて無くしてしまった変態といった認識のもとによるあだ名で呼んでいただいた方が、自分としましてもありがたい事です。初めまして可憐なるエルフの淑女様。以後、お見知り置きを」


 生成の面は自己紹介に似合わないですが、別にいいでしょう。

 それよりも、こう自己紹介がしっかりと決まった感覚はよい心地ですね。


「……………」


 エルフさんは絶句している様子です。

 ヨホホホホ。気持ちはわかりますよ。おそらく『何なんだ、こいつは…?』とか思って言葉を失ってしまっているのでしょう。


 呆然としたことにより力が一瞬抜けてしまったのでしょう。

 海藤氏は何とかその隙にエルフさんの拘束を解くことに成功しました。


「んがッ! ハァハァ…」


 呼吸を止められていた為でしょうか。

 海藤氏はこの無言が支配する寒々とした空間に関して違和感こそ感じた様ですが、経緯を聞いていなかったというか自分の自己紹介を聞いていなかったがために、困惑した表情を浮かべています。


「…湯垣君? これは、何が?」


「ヨホホホホ。名を尋ねられたので名乗ったまでですが?」


「あ、なるほど…」


 海藤氏はそれだけでどうしてこうなっているのかについてあたりをつけた様です。

 流石ですね、海藤氏。


 …偏屈エルフさんが面倒臭いので、フリーズしているすきにさっさと用件を済ませましょう。


「海藤氏。召喚前に職種を授かったと思うのですが、わかります? 海藤氏自身の職種」


「職種? あ、うん、聞いてる。僕は『召喚魔導士』だと言われてるけど」


『召喚魔導士』ですか。

 兎にも角にも、これで自分の方は情報が集まりました。


「あ、ありがとうございます。用件は其れだけですので」


 では。

 桃色空間改め、いろいろ白けたその場を去ろうとします。

 お邪魔をこれ以上するのは無粋でしょうし。


「あ、ちょっと! 待って!」


 ですが、去ろうとした自分に、海藤氏が助けを求めてきました。

 立ち上がり、去ろうとした自分の方に向かおうとします。

 しかし、その行方を背中で遮り、自分から海藤氏を守る様にエルフさんが前に出てきました。


「お待ち下さい、勇者様!」


 しかも自分に剣を向けてくる始末ですし。

 ヨホホホホ。何ですか? 自分はお尋ね者ですか?

 能面取らないから不気味である、と? ヨホホホホ。これは曲げられませんね〜。面は取れませんよ、自分は。


 収集つかないというか、エルフさんに警戒されて困り果てた自分です。


「アリアン様。何をなさっているのでしょうか?」


 そこにやってきたのは、おそらく向こうからやり取りを聞いていた執事の男性でした。

 いや〜、いいところに来て下さる。執事の鑑ですね。


「何の用だ、セバスチャン」


 自分からは一切視線を外さずに、エルフさん改めましてアリアンさんがセバスチャンさんに対して苛立ちを含んだようだ棘のある言葉を飛ばす。

 其れに対して、セバスチャンさんはアリアンさんの前に近づきます。

 さすがに危ないと判断したのか、アリアンさんも剣を下げました。

 ただし、目は自分を睨みつけています。


 セバスチャンさんは自分を指し示して、端的に事実を伝えました。


「何をいきり立っているかはわかりませんが、彼は異世界よりの勇者の御一人です」


「…何を言っている。そんなずがないだろう」


 アリアンさんは、全く信じていない様子でした。

 一応、首から下は自分、みなさんと同じ制服なんですけど。

 異世界の方とは明らかに、とまでは行かずとも大きく異なる服装なんですけど。

 海藤氏と同じ服装なんですけど。


「彼は紛れもなく勇者のお一人です。そちらの海藤様にご確認ください」


 しかし、セバスチャンさんは冷静に、そしてしっかりとアリアンさんの説得をしてくださり、さらには海藤氏も参加したことにより、30分ほど時間がかかってしまいましたが、アリアンさんの誤解と言いますか勘違いと言いますか、諸々を解くことはできました。

 セバスチャンさんには頭が上がりませんね。迷惑ばかりかけてしまっています。ヨホホホホ。



 そして、説得が成功した後、アリアンさんは自分に対して頭を下げてきました。


「疑って申し訳なかった」


「ヨホホホホ。構いませんよ、勘違いは誰にでもありますし。自分が不審者に見える自覚はありますから」


「あるんだ…」


 勘違いを正してくださるならば許します。

 海藤氏にはさりげなく突っ込まれましたけど。

 ヨホホホホ。ありますよ。あるからやっているのではないですか。ヨホホホホ。


 縦ロールエルフ–––––失礼、アリアンさんがどうしてここにいて、しかも海藤氏に膝枕をしたのかということについてもお話を聞きました。

 まず、アリアンさんはネスティアント帝国に仕える近衛大隊の隊長の1人だと言います。

 セバスチャンさんも謙った態度で臨んでいましたし、そういう地位にあるのでしょうことは推測できましたが、なるほど隊長さんですか。

 何でも、異世界からの勇者召喚に成功したという話を聞きつけて、勇者にどうしても会いたい用件がありここまで来たと言います。

 で、来たら、海藤氏が壁突き破って落ちてきたと。

 服装から海藤氏が勇者であることはすぐに分かったと言います。


「外傷こそなかったが、目を覚まさなくて。一先ず休ませようとしたのだが…」


「?」


「–––––ッ!」


 海藤氏の方を向いて、顔を赤らめてそらしました。

 そして、きりっとした表情に戻り、自分の方を向きます。


 …なるほど。海藤氏の眼鏡を取り髪を避けたイケメンの素顔を当てられて、この縦ロールエルフさん惚れましたな。

 自分の方はその反応だけですぐにわかりました。

 ヨホホホホ。能面を被っている自分の方を見て表情を引き締めないでくださいよ。勝手に緩衝材扱いするのはやめてもらえませんかね?


 海藤氏は何を言われているのかさっぱり理解していない様子ですね。

 恐れていた事態が発生していますよ、ケイさん。さてさて、これからどうなりますかね〜?

 修羅場ですか? 修羅場ですかぁ〜?

 面白くなりそうですね〜、ヨホホホホ。


 まあ、話が進みませんし。ここはおちょくらずにいきましょう。


「あとは、自分が来て…なるほど。経緯は把握しました」


 そこまで説明されればOKです。


「それで、勇者に頼みたいことというのは?」


 当事者ですけど、さりげなく他人事見たく勇者と言ってみます。

 それはどうでもいいとして、アリアンさんももともと勇者に頼みたいことがあってここに来たと言いますし。

 そのことについて尋ねてみます。


「…君には非礼な態度を取ってしまった上で厚かましいかもしれないが、頼みたいことがある」


「前置きはいいですからおっしゃってください。自分は別に怒っているとかないですから。ヨホホホホ。まあ、自分以外は知りませんけどね?」


 ケイさんとか? ケイさんとか? ケイさんとか。


「何だか含みのある言い方だな…。それよりも本題に戻りたいのだが?」


「ヨホホホホ。頼みたいことがあるとのことですよね?」


「ああ。是非とも勇者に頼みたいことなんだが」


 アリアンさんは、その依頼について話し始めました。



 アリアンさんの依頼というのは、いわゆる誘拐事件の調査でした。

 事件の概要についてですが、ネスティアント帝国の西方の国境にて、とある行方不明事件が発生しました。

 被害者はアリアンさんの元教え子の女性兵士で、もとは皇宮の近衛兵を務めていた方なのですが、国防軍に転属となり西方国境の駐屯地に移動しました。

 ですが、半年前から行方が知れなくなったと言います。

 被害者の名前はアンネローゼというとのことです。生粋のネスティアント帝国の人族ではなく、ヨブトリカ王国からきた移民夫婦の間に生まれた子供だったと言います。ネスティアント帝国は移民に対してそれほど悪感情がない国なので、無用な偏見にもさらされることなく、アリアンさんのもとで優秀な近衛に育ったこともあり、転属となってからもアリアンさんは気にかけていたと言います。

 単に行方不明になっただけであればよかったのですが、目撃情報から調査を重ねていったところ、とある正体不明の組織に行き着いたと言います。

 そこを潰して救出すれば万事解決だと思われたのですが、突入したところアジトは死体で溢れかえっており、組織は何者かに破壊された後でした。

 そこにはアンネローゼさんの姿はなく、捜査は振り出しに戻ったのですが、組織に残されていた名簿から1人の主犯を割り出したと言います。

 問題となったのは、それがネスティアント帝国の西方に存在するソラメク王国の子爵であるということですが、それ以上に捜査を続けたところその子爵が魔族につながっている事実が判明したということでした。


「相手は他国の貴族。そして、魔族だった。ソラメク王国にこのことを報告し、討伐軍を子爵領に差し向けてもらうことになったのだが、未だに誰1人帰ってきていないという。相手が魔族となると、勇者に頼むしかない。アンネローゼが生きている可能性は低い。私の依頼は彼女の無念を晴らしてほしいというものだ。頼む、引き受けてくれないか」


 事情を話し終えたアリアンさんは、自分たちに頭を下げて頼んできました。


 魔族が、すでに人族の大陸に侵入しているというのは、なかなかにマズい事態のようです。

 1ヶ月以上前からソラメク王国の討伐軍が子爵領へ侵攻していると言いますが、帰ってくる者も、音沙汰もなしと言います。

 少数で動いて魔族と渡り合えると思われる異世界の勇者は、確かにこの依頼をするに都合のいい存在ではありますね。


 …いずれ、帝国を守ると決めた際には魔族とも衝突することになるでしょう。

 見聞を広めるにも、帝国を知るにも、隣の王国を知るにも、何より魔族との戦闘を知るにも、この依頼は自分たちにとってもまた都合のいいものでした。

 別に自分は受けることに関して何ら異論はありません。


 とはいえ一言の相談もないというわけにもいかないので、ひとまず他の4人にも相談してから決めるという返事にしておきました。

 海藤氏も特にその決には反対しませんでした。


「…頼む」


「ヨホホホホ。まあ、確約はできませんけど」


「充分だ」


 こちらも命がかかっていますので。皆さんが反対する可能性も十分にあります。

 可能性としては鬼崎さんが最有力候補でしょうか。

 そうなれば、自分が動きますけどね。

 勝手に行動するな、と?

 …これに関しては、挑む必要があります。


 アリアンさんが去った後、自分は海藤氏を連れて皇宮の方に戻ることにしました。

 …いえ、この瓦礫掃除はさすがに手伝だった方がいいですよね。

 海藤氏とともに瓦礫掃除に勤しんだことにより、セバスチャンさんの評価も改まったようです。

被害その4

皇宮客室前通路の壁を破壊。

客室の扉を破壊。

通路にて銃を乱射し、壁に多数の損傷を加える。

客室の窓ガラスを破壊。


…って、いい加減にしろよ。

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