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異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)  作者: 笹川 慶介
連邦王国戦争・孤独な復讐者
108/115

13話

 グノウの攻防戦の末、神国軍の将であったスルーシを雪城さんが討ち取り、本陣が前線を見捨てるという事実を知りったことで多くのヨブトリカ軍は降伏しました。神国軍も将を失ったことにより撤退し、自分が魔族の元帥とやりあっていた間にグノウの防衛は達成されました。

 戦火でボロボロとなったグノウでは、特に神国軍の攻撃にさらされた犠牲者が多数います。

 死者を火葬し、けが人は治療します。

 自分はその野戦病院の最前線に立ち、運び込まれる方々の治療を治癒魔法で次々にしていきます。

 戦闘の直後というのは、医者がいくらいても足りなくなりますね。命を救う仕事が戦場で大活躍するというのはなんといいますか、複雑な感じもしますが。ヨホホホホ。

 女神様に授かりし治癒師の職種と勇者補正が為す自分の治癒魔法の効果は、すぐに効果が出るものです。しかも身体の欠損から、死んだと思われた者(実際に死んでいたのを蘇生魔法で可能な限り再生させています)まで片手間で次々と担ぎ込まれる順からこなすものですから、連邦の皆さんは度肝を抜かれていました。

 ヨホホホホ。やはり人を驚かすというのは面白いですな。

 これも女神様に授かりし治癒師の職種の力です。皆さんが知らない分、自分が女神様に信仰と感謝を捧げましょう。

 あの慈愛に満ちた瞳と、異世界人である自分たちを心配してくださる慈悲の心、そして美しく神々しいその姿。女神様、自分は最初に出会った時より、女神様に信仰を捧げることを決意しました。一目惚れです。ヨホホホホ。

 最後ので風情がぶち壊されました。ヨホホホホ。

 女神様に関しては、愛というよりは信仰です。女神様のお言葉があれば、たとえ火の中、水の中にさえも突っ込む覚悟もあります。

 生温い、ですか? マグマの中か星の外、ですか? ヨホホホホ。普通に死んでしまいますね〜。

 死ね、と? ヨホホホホ。自分のような煽り魔は存在そのものが世界にとっての悪影響ですので、確かに死ねと言われても仕方がないでしょう。ヨホホホホ。


 気になったのですが、自分はともかく雪城さんは将来彼氏とかできないのでしょうか? 遠目に眺めているならともかく、会話を試みようとするともう、空回りかツッコミしかなくなりますから。雪城さんが変人であることは面白いとは思いますけど、将来を心配してしまいます。

 …本格的に兄気取りとかしてきましたね。自重しなければ。

 冷静になって考えてみてください。能面をかぶり、口癖が『ヨホホホホ』とか『ヒョッヒョッヒョッ』とかで、終始ふざけた態度で周囲を煽りまくる変態が身内にいたらどうでしょうか? それ以前に、知り合いにいたらどうでしょうか?

 満場一致で他人のふりをする、と? 正解。ヨホホホホ。

 そんな奴に兄貴を気取られてみてください。鳥肌立つどころか殺意を抱くでしょう。

 なので自重します。


 黙々と運ばれてくるけが人に治癒魔法、回復魔法、蘇生魔法、浄化魔法などなど、手を休めることなく魔法を魔法します。

 ヨホホホホ。自分の勇者補正により授かりし魔力をなめないでいただきたい。常時なんらかの魔法を行使していても、魔力の底よりも自分の寿命が先に尽きると思います。そのくらい莫大な量なのです。ヨホホホホ。

 エルナト氏の寄生魔法を受けたらすっからかんになった経験はありますが、そういった例外を除いて枯渇することはまず無い量です。

 なので、いくらでも治療しましょう。ヨホホホホ。


「ドクター、そろそろ休んだほうが…」


 ぶっ続けで治癒魔法を使用し続ける自分の隣で、戦闘が終わって間もないというのに何もしないわけにはいかないと助手を買って出ているリュドミラさんが、もうかれこれ3回くらい提案してきている休憩の提案をまたしてきました。

 自分は気力、魔力、体力、煽り気ともにまだまだ余裕満タンといった具合なので、休憩は必要ありません。

 天族の兵士に肩を切られた一般人の老紳士に治癒魔法をかけてその怪我を瞬く間に治してから、次に運ばれてくる怪我人の患部を『千里眼・医療』で確認しつつ、失礼ながら急患の続出中につき御容赦してもらうということで、リュドミラさんの方には振り向かずに返答します。


「いえ、自分はまだ魔力に余裕があります。けが人がまだ残っているのであれば、自分は自分が倒れるか患者がいなくなるまで治癒魔法を行使します。同じ故郷を持つものが犯した蛮行に対する、自分なりの償いですから」


「ドクター…貴方は…」


 リュドミラさんの反応は複雑な感情が混ざり合っている表情となることでした。

 どうやら、頭ではマウントバッテンの言葉を受け止めても、感情では納得がいかない様子です。

 ルイス・マウントバッテンという人物は、ヨブトリカ王国の人族という設定です。たとえ行動で違うということを示そうとも、この戦争で敵として立っているのもまたヨブトリカの人族たちです。どこか納得がいかない、受け入れられないという感情が残っているのでしょう。

 雪城さんは連邦に召喚された希望の旗頭のような存在である勇者で、自分は治癒魔法が優れているだけの敵国の人族です。それが、連邦の皆さんの認識であり、リュドミラさんの認識なのでしょう。

 まあ、ルイス・マウントバッテンという人物は架空ですので、どう思われようともさしたる影響があるということはないはずです。ヨホホホホ。

 そういう目で見られるのも、この偽名を名乗ることにした時点でそれなりに決めていましたから。

 …最初は、ヨブトリカに味方して浅利さんを止めようと思っていたのですが。ヨホホホホ。


 リュドミラさんはそわそわして落ち着きがありません。

 まあ、助手と言いましても自分が治癒魔法を行使しているので特にやることはないです。天族の将を討ち取り、勝利を確定させた功労者であるリュドミラさんに働け!みたいなこと言えませんから。

 本来なら助手には色々とサポートしてもらうことがあるのですが、自分は患部を即座に見抜く千里眼(命名は自分が勝手にやりました)と勇者補正と女神様に授かりし治癒師の治癒魔法がありますので。そのサポートも必要ないのです。な

 治癒魔法は怪我を、回復魔法は病気を治療できる魔法です。

 すなわち、2つの魔法が使える自分は、万能の藪医者ということですね。

 危険なことに手を染めていそうなネーミングです。ヨホホホホ。


 多くの患者は自分の能面を見ると驚き、そして怖がりますが、言葉をかけ、治療を施し、安心させるように説明すれば、たいていの方は警戒心が…抜けませんが、治療に対する感謝をする程度には心を開いてくれます。

 ヨホホホホ。恩義の押し売りです。治療という名の札を盾に、強制的に貸しを作っていく悪徳治癒魔法セールスマンです。

 ゲスめ止めろ、と? 全ての患者を治療したら、帳消しにいたします。どうぞ、ご安心ください。さすがにこの戦場にされたばかりの地の皆様に恩義の押し売りを仕掛けるのは、ネジが壊れている自分の良心にも響きますので。

 煽り魔が良心などとほざくな、と? ヨホホホホ。確かに、自分には良心が云々なんてこと言う資格ないですよね。何と言っても煽り魔ですから。ヨホホホホ。


 その後もケガ人の波を順調にさばいていきます。

 その間に何度もリュドミラさんから心配する声をいただきましたが、自分よりももっと心配されるべき皆さんが目の前で列を作っているのであればそれに向き合わないわけにはいきません。

 時間にして6時間といったところでしょう。

 ようやく、怪我人を全員治療することができました。


「これで、終わりでしょうか?」


「はい、ドクター。本当に…ありがとうございました」


 最後に並んでいたという兵士を治療してから尋ねると、兵士は涙を目にたたえながらそう答えました。

 ちなみに、この兵士は足を骨折したのですが、街を守る立場にある兵士が泣き言など言っていられないと、自らより軽傷の市民を優先させてきました。

 結果、最後になり、そして隣に立つリュドミラさん以外ではおそらく自分が怪我人を治療していく様子を一番長く見ていたのだと思います。

 皆さんを代表するかのように、その兵士は深く頭を下げました。

 さすがにこれは自分の方が恐縮してしまいます。能面の変態にここまで真摯に、そして誠実に感謝の意を向けられるのは悪くはないのですが、むず痒いといいますか、むしろ変態で申し訳ありませんという感情の方が強くなります。

 いつもの煽り魔導した?と? 自分ならばここにし先でごまかすと言いますかうやむやにするために煽りを入れるかもしれませんけど、今回はルイス・マウントバッテンですので、そのあたりはさすがに自重します。

 煽り魔としての自分でなければこの雰囲気を壊すことがためらわれますので。ヨホホホホ。


「…自分は医者として、当然のことをしたまでです」


「いえ、そんなことは–––––」


 自分の弱気な言葉を親切なリュドミラさんが否定しようとした時、バタンと勢いよく扉が開かれました。

 この開け方をする人を何人か知っていますが、この場では1人しかいないと思います。


「見つけたぞ、坂本!」


「うわあ、出た!?」


 答えは雪城さんでした。

 そしてリュドミラさんの天敵が出てきた反応もまた面白いです。ヨホホホホ。


「ドクターと共同作業をして好感を得ようなど不届き千万! 山田のくせに生意気だぞ!」


「意味がわかりません! あと、リュドミラです! 山田って誰ですか!?」


 リュドミラさんは先ほどまで申し訳ないという感情からか、落ち込んだ表情となっていましたが、雪城さんとのやりとりですっかり元気を取り戻したようです。

 雪城さんは無意識なのだとしても、こういう暗い雰囲気を盛り上げてくれる方です。変人なので会話が成り立たないのですが、それでも自然と話していると沈んだ気分が盛り上がってきます。

 そういう意味では、雪城さんは旗頭にふさわしい勇者なのかもしれません。


 突如として乱入してきた雪城さんは、リュドミラさんと即興漫才をしてから、自分の背中に飛びついてきました。

 もう何度目になるか分からないですが、またも後ろから抱きつかれる形となります。

 役得ですが、雪城さんの無邪気な…こう言っては失礼ですが子供っぽい仕草に不思議と変な感情はわきません。雪城さんの人徳なのでしょう。これも一種のカリスマ性と言えるでしょうか。ヨホホホホ。


「ドクター、今度は私に付き合うのだ!」


 もはや特等席となっているマウントバッテンの背中に抱きつきながら、雪城さんがそんな要求をしてきました。

 その強請り方が双子の従姉妹の姉の小さい頃にそっくりで、思わず自分も笑みをこぼします。

 面で見えませんけど。ヨホホホホ。

 治癒魔法を行使し続けましたが、まだ魔力にも体力にも余裕はありますので雪城さんのお相手をする程度であれば可能です。

 しかし、リュドミラさんは雪城さんに対してストップをかけました。


「ドクターはお疲れなんですから、少しは自重して下さい!」


「ではルーズベルトに」


「では、じゃねえよ! 疲れていなくても貴女の相手はごめんです!」


 言い切りましたね。

 雪城さんはといえば、ショックを受けるのかと思いきや頬を膨らませました。

 何やら不服そうです。「貴女の相手はごめんです!」とか言われたからなのでしょうか。

 いきなり子供らしさ全開の態度をとった雪城さんに、リュドミラさんが困惑します。


「い、いや、決して本心から言ったわけではなく…」


 ツッコミを飛ばす間柄といえど、リュドミラさんにとって雪城さんはヨブトリカ兵に捕まったところを助けられ、モスカル要塞を救援し、その結果グノウの防衛を成功させた恩人です。その負い目があるので、強くは出れないのでしょう。

 しかし、雪城さんはそのあたりは気にしていないと思います。

 試しに自分の肩に乗せられている頬を指で押してみました。


「プシュ〜」


 雪城さんはなぜか擬音をわざわざ言葉にして、膨らませた頬から空気を抜きました。

 それを見たリュドミラさんは、目をパチクリさせ、雪城さんが別に怒っているわけではないと気付くと深く息を吐き出しました。

 結構焦ってしまったようですね。


「ん? どうかしたのか、近藤?」


「近藤って誰ですか…リュドミラです…」


 リュドミラさん、本格的に疲れているようですね。

 モスカル要塞とグノウと、連戦の上にモスカル要塞の前にも必死の伝令を務め、その前にも戦場に立っていたのでしょうから、疲れているのは当たり前でしょう。

 それなのに自分に付き添っていただいたので、ここまで休む間もなかったと思います。

 自分なんかよりも、リュドミラさんの方が休息を欲しているのでしょう。

 自分は雪城さんの頭を撫でながら、リュドミラさんに休むように勧めます。


「リュドミラさん、自分などよりも、貴女の方が疲れているでしょう。おやすみになられては?」


「で、ですが…」


 リュドミラさんは反論しようとしますが、一度感じてしまった疲れというのはかなり重くくるものです。

 その声は弱く、足元もおぼつかない様子です。

 自分はリュドミラさんを支えて、再度、今度は勧めるというよりは少し強く言い聞かせるように休むように言います。こちらの方が、リュドミラさんには有効だと思いますので。


「リュドミラさん、貴女は休むべきです。せっかくの勝ち戦の直後に、そのおぼつかない足取りで仲間に心配をかけさせるべきではありません」


「ドクター…はい、すみません」


 リュドミラさんもここまで言えば納得してくれたらしく、椅子に座り、背もたれに体重を預けました。

 しばらくすると、静かで規則正しい呼吸のみが聞こえるようになり、リュドミラさんは眠りにつきました。


「…これで良し」


 その間、ずっとマウントバッテンに抱きついていた雪城さんは、リュドミラさんが寝たことを確認すると自分の背中から降りました。

 何に対して「これで良し」と言ったのか、その意図は自分にはわかりません。

 しかし、無理にリュドミラさんを起こすような真似はしないようです。

 自分はできる限り静かにリュドミラさんを抱え上げると、ここが定位置と言うように後ろをついてくる雪城さんとともに、女性兵用に備え付けられている兵舎までリュドミラさんを運び、ベッドに寝かせてから急増の野戦病院の方に戻りました。



 神国軍とヨブトリカ軍を撃退できたとはいえ、戦場となったグノウの街は各所を破壊され、死体や瓦礫が散乱している酷い惨状です。

 負傷者を捌き終えたとはいえ、まだまだやるべきことは多く残っています。

 復興作業の指揮を執るセルゲイ氏と合流した自分と雪城さんは、そのまま瓦礫の撤去などの作業を手伝うことにしました。

 雪城さんは瓦礫の撤去になぜかノリノリで、人並み外れた勇者補正の身体能力を存分に活かし、防護魔法も併用して瓦礫の崩落などを防ぎつつ、重機のように瓦礫の山を次々と片付けていきます。


「きのこもノコノコ、防護魔法!」


 独特の詠唱も気になりますが、それよりもその活躍に自分もセルゲイ氏も思わず目を奪われました。


「さすが、勇者というべきか…」


「………………………」


「ドクター?」


「あ、いえ…」


 女性に対して軽々しく見とれていました、とは言いません。それがマウントバッテンです。

 ならお前は?と? 自分はもちろん、軽々しく言いますし煽りも加えます。だからでしょう。ケイさんとかによくぶっ飛ばされます。ヨホホホホ。

 自業自得です。


 自分のはっきりとしない物言いに、セルゲイ氏は全くあらぬ方向の誤解をしたようです。

 マウントバッテンのキャラが、こんなところで躓くとは思いもしませんでした。


「もしや、ドクターは勇者殿に想いを…?」


「ブフッ!?」


 思わず吹きました。

 どちらかというと保護者の感覚で接しているので、的外れなセルゲイ氏の言葉に驚きます。

 それに、自分は女神様を信仰していますので、少なくとも雪城さんにその感情は抱きませんよ。ヨホホホホ。

 第一、こんな変態に懸想されては嫌でしょう?


「…セルゲイ殿、それはさすがにありませんよ」


「これは…失礼した」


 セルゲイ氏も自分の言葉であり得ないことであると理解してくれたようです。

 結局、戦終わりなのは同じだろうに雪城さんばかりに瓦礫撤去を活躍していただいてしまいました。本人は気にしている様子はありませんでしたが、自分としては付き合っていただきながらほとんど雪城さんの方に活躍していただいたのが申し訳ないので、終わった後に雪城さんに何か欲しいものでもないかと尋ねてみました。


「ドクターのご飯だぞ!」


 その返答は、迷いないものが来ました。

 ある程度は予想できていましたので、存分に腕を振るわせていただきます。ヨホホホホ。

 その様子を見ていたセルゲイ氏にもご馳走することになり、自分は雪城さんから提供された食材を利用して握り寿司を大量生産しました。

 雪城さんだけでなく、連邦の皆さんにも大好評を頂きました。恐縮です。






 ≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡


 グノウの地につかの間の平穏が訪れる中、プラフタの戦場ではグリヤートに集結していた連邦の主力軍がいよいよ出陣の時を迎えた。

 すでにヨブトリカの冬季大攻勢作戦は瓦解し、その戦局は連邦に大きく傾いている。

 プラフタに駐屯するヨブトリカ軍国第六陸戦師団は、ヨブトリカ領に侵攻し進撃を続ける神国軍により、完全に孤立状態となり包囲される形となっていた。

 グノウの攻防戦の序盤にヨブトリカ領に撤退をしていれば、退却は間に合ったはずだった。

 その事実を知ったポートランドは、絶句した。

 まさに孤立無援の状態。周囲は全て敵となっており、退路が残っていない。

 それどころか、冬季大攻勢の大敗により、ヨブトリカ陸軍は辺境の第四師団と、この第六師団を残し全滅。同盟も大打撃を受けており、ヨブトリカにおいて海軍の力は絶対的な揺るぎないものとなっていた。

 運よく逃げたとしても、ヨブトリカは神国に滅亡させられるか、海軍の絶対的な支配体制が確立する。

 第六師団の残存全力では、ヨブトリカに帰還を果たしたところで海軍を打ち破る力などなく、それ以前に連邦と神国の包囲を突破することも叶わない。

 もはや、ポートランドが帰る場所はなく、プラフタを死地にする以外道がなくなっていた。


「何故だ…」


 膝をつく。

 何故? ポートランドの頭の中には、その疑問しか浮かばない。

 ヨブトリカ陸軍の将として、己に与えられた非凡な才を遺憾無く発揮し、幾たびも戦功を上げて、陸軍中将にまで成り上がった。

 絶望的な戦でも、己の指揮で活路を見出してきた。

 ヨブトリカで、大いに活躍してきたというのに…。

 何故だ? 大きな野心もあった。飛び抜けた才覚もあった。分不相応などではない、野心を果たす能力も己にはあった。

 それなのに、何故? 天才たる私が、何故こんな戦で命を落とさなければならないのだ?

 何故、私ほどの男が、ここで散らなければならないのだ?


「くっ…!」


 突きつけられた現実に、帰るべき場所を失った男は、己の身に降りかかった理不尽に激怒する。

 歯を食いしばり、地面に拳を叩きつけた。


「ふざけるなぁ!」


 ポートランドの叫び声に、周囲の兵士が驚いて視線を集中させる。

 その中心で、ポートランドは己の運命を呪い、抗うべく、咆哮を上げた。


「ふざけるな! ふざけるなふざけるなふざけるなぁ! この私が! ヨブトリカ陸軍を率い、この天才の才覚全てを使い大陸を席巻するはずであったこの私が! このような理不尽に潰されるだと!? 認めん、断じて認めてなるものか!」


 グリヤートを出発した連邦の本隊は、すでにこちらに向かっているという報告が斥候から入っている。

 このような理不尽を敷いたのが己の運命だというならば、ポートランドはその運命に全力で抗うことにした。

 不利な戦があろうとも、自らに与えられた非凡な将としての才覚を発揮して乗り越えてきたのである。今回もそれを実施する。ただそれだけ。

 理不尽という運命に逆らい、ポートランドは彼にとって最期の戦となるオブラニアクの戦いの準備を進める。

 プラフタの攻防戦も、終焉が近づいていた。

 …かに見えた。






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 ポートランドの叫び声を聞いていた魔族皇国の元帥の一角であるプロキオンは、この負けが確定している戦をやり過ごした後、どう動くかに思案を巡らせている。

 そもそも、プロキオンがヨブトリカに来た目的は、魔族皇国を襲撃した異世界の侵食者ガヴタタリがもたらした各地に出現した侵食者の討伐にある。

 単騎のガヴタタリに対し魔族皇国軍元帥のうちアルデバラン、プロキオン、ベテルギウス、ポルックス、シリウス、リゲル、カペラ、そして元帥筆頭のアンタレスの8騎で挑み300万以上の兵を失いながらようやく打ち倒すことができた存在である。異世界の侵食者の脅威をこの一件で認識した皇主は、ガヴタタリとの戦闘に参加した元帥たちを人族の大陸に送り侵食者の調査と討伐を命じた。

 プロキオンが向かったヨブトリカには、死神と伝えられているアンテョラミィという敵がいると、ガヴタタリは散り際に言っている。その討伐のためにプロキオンはヨブトリカに入国したが、すでにその時点でアンテョラミィはソラメク王国に向かっていたため、ヨブトリカにはいなかった。

 その後、アンテョラミィはネスティアント帝国の勇者たちに倒されるが、プロキオンはまたその事実を知らない。

 人族からも情報を集めるべく擬態し街に潜伏するため、その路銀稼ぎにとヨブトリカの傭兵としてこの戦争に参加していた。

 プロキオンがヨブトリカ軍にいるのは成り行きのようなものであり、魔族が後ろ盾につきヨブトリカを支援するなどという思惑は一切ない。連邦王国戦争に対し、魔族皇国は不干渉である。

 偽名で勝手に動いている異世界からきた能面はプロキオンの存在に対して魔族の介入の可能性を考えているが、これに関しては見当違いも甚だしい。

 プロキオンの目的はあくまでもアンテョラミィの討伐であり、ヨブトリカに対して肩入れする理由などなかった。

 なかったのだが、プロキオンは先の戦場で相対した能面のことを考えていた。


「攻撃魔法の類を扱うそぶりは見られなかったね。あいつが持っていたのは槍と、武芸だけだったね」


 攻撃魔法も召喚魔法もない。おそらく、クロノス神に認められた勇者たる所以、異界の女神に授かるという職種が攻撃ではなく防御と支援に偏ったものなのだろうとプロキオンは推測している。

 彼の扱う発勁は厄介極まりないが、それさえなければしぶといだけで負けることはないであろう敵である。

 人族大陸の席巻を目指す魔族皇国としては、人族が召喚した異世界の勇者という存在は極めて厄介なものである。

 支援を主体とする勇者の存在は、勇者が集えばそれだけで脅威となるだろう。

 だが、単体ならば。後の脅威、魔族皇国の目的を阻害する邪魔者ならば、異世界の侵食者でも勇者でも関係ない。

 奴は単体ならば脅威となることはない。今は配下がいない単騎であるが、殺せる可能性が高い。


「…そうだね。あいつは、皇主に仇なす敵だからね」


 皇主の敵というならば、魔族皇国の元帥である自分の敵である。

 プロキオンは湯垣を殺し、あわよくばもう1人の勇者である雪城も排除するべく、ヨブトリカ軍を利用することを考える。

 雇用金がまだあるというよりも、勇者を排除するために、この敗戦確定の戦に介入することにした。


 ヨブトリカ軍による冬季大攻勢。

 それは、連邦王国戦争の行方を大きく動かす最初の一手だった。

題名が連邦王国戦争と言っておきながら、能面が介入した頃には王家が滅亡していますし、連邦は王国というよりも同盟、さらには味方の神国と争い始める始末ですし、この戦争はかなりカオスになっています。これは私見ですが、いつの間にか何のために戦っているのか分からなくなるくらいに暴走と混乱を重ねるのは、史実の長引く戦争・紛争にはよく現れることだと筆者は思います。何を掲げて戦おうとも、戦争にまともな正義や意義が通用することはないだろうというテーマを盛り込みながら、どんどん混沌となっていく戦況を描き、この章ではイジメに対するテーマとともに戦争が行く先を見て如何に愚かな行いかというのを皮肉なども交えつつ拙い文章ではありますが筆者なりの形にしていきたいなと思っています。

もちろん、それらのテーマを抜きにして純粋に異世界召喚者の小説としても楽しめる内容にしていこうと思っています。

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