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DYSTOPIA〜三度の阿吽に光あれ〜  作者: 部長と愉快な部員達
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第一の息吹

「はぁ……はぁ……はぁッ……!」


 たった一人の少女の喘ぎすらも席巻するうらぶれた坑道。

 壁に点在する赤や青、はたまた淡黄の結晶石が思いがけぬ石英の輝きを放ち、暗闇を駆け抜ける一人と三人の影を露わにする。

 誰よりも前を走る人物は、濡れそぼつ赤髪を振り払い、後方の影を乖離せんと脚を伸ばす。


「しつこーーい!!」


 突如として少女が上げた叫び声が、先に広がる暗がりに延々とこだまする。だが、彼女の声に応える者は居ない。

 汗もしとどにただ一人逃げ続ける少女を、三人の精悍な出で立ちの男達が非情にも追随する。


「……ッ。そんなに欲しけりゃ、くれてやるわよ!」


 業を煮やした少女は、踵を地面に突き刺し、自身の速度を殺した。

 その如何ともし難い行為に、後に続く男達もまた立ち止まる。

 少女が振り返り、金色の目見を炯炯とさせたきかん気な顔で巨漢達を見据え、振り被る。

 高らかに上がった腕には、淡い燐光を放つ親指大の青いが握られていた。


「!? 伏せろ!」


 今の今まで無言を突き通していた男達だったが、少女の握る石を見るや否やその険のある顔を強張らせ、一人は叫声を上げて飛び込む様に地に倒れ込んだ。

 だが、少女は矢継ぎ早にその石を投擲。手を離れた石は壮麗に光を散りばめ、けたたましく空を唸らせて弾丸の如く男達の元へ打ち出された。


「あッ……!」


 目を見張り地に伏す一人の男に、青き光は無遠慮に攻め立てる。先程叫んだ、最も少女に近い男だ。

 投擲された石は男の目前に着弾すると、その粗な大地を大きく削った。

 周囲を烟る砂埃が晴れると、そこには大人一人が容易に沈む程の大穴と、その直ぐ側に散乱した男達が垣間見えた。


「どんなもんよ……あんた達が悪いんだからね……!」


 まだ微かに呼吸が荒い少女は、動悸を抑えるべく胸を撫で下ろし、徐にウエストバッグに手を突っ込んだ。

 数秒の間鞄をかき回し、引き抜いた掌には輝く白銀の結晶が乗せられていた。

 その結晶と、自身の状況もあずかり知らぬ内に倒れた匹夫達の交互に視線を送る。

 心にくき石の鏡には、ヘッドライトの上に『アホ毛』が際立つ、赤髪少女の倦む顔が映っていた。


「……あぁーもう!」


 少女は不意に癇癪を起こし、結晶を放り投げて仰向けに転がり込んだ。

 探検服のスカートをはためかせ、あられもない姿で地団駄を踏むその姿は幼児そのものである。

 暫くのたうち回った後、我に返った少女はいそいそと身体を起こす。

 少女が足音に気づいたのは、その時だった。


「へぇ、今のベルグラム鉱石だろ? 何処で手に入れたんだ?」


「!? あッ……ガ……!」


 突如として巨木の如し腕が視界の片隅から現れ、少女のか細き首を捉え、掬い上げた。

 咄嗟に謎の腕から逃れようと暴れるが、目の前に立つ二人の巨漢を目にした途端に、その様な目論見は那由多の彼方へと溶けていった。


 新手の三人だ。


「年端もいかねぇガキが……全く恐ろしい女だぜ。人様にあんなブツ投げつけるたぁなぁ!? どう落とし前つけてくれるんだ? 死んだらどうすんだ? ア″ァッ!?」


「うぁぁ……!」


 男の口調に比例するかの様に腕に力が篭る。

 彼らは往々にして巨体であるが、少女を捉えている落ち窪んだ目の男は別格と称しても差し支えない程の図体だった。

 洞窟内の唯一の灯りである石英の微弱な灯火を、少女の倍はあろうかという恰幅の男が遮る。

 きかん気な少女も、これには臆さずには居られなかった。


「アレイ見ろよ。こんなグラム石見たことねぇ! ひょっとして途轍もなく価値のある代物かも知れねぇぜ!?」


 一人の男が、先刻に少女が投げた白銀の燐光を宿した石を拾い上げた。

 そして、鬼の首を取ったように随一の巨漢に見せびらかした。


「ほう……なぁ探検家ちゃん。俺達グラム石が壁から離れてるのは初めて見たもんでよ……どうだい、今持ってる物を全部明け渡せ。そしたら逃してやるよ」


「…………」


 アレイと呼ばれる男は、少女にそう囁き、縊らんと巻きつけていた腕の力を緩めた。

 だが、少女は俯いたまま、一向に口を開こうとはしない。

 二の句が告げずにいる少女に対し気をもんだアレイは、遂に暴挙に走る。


「そうか。じゃあ殺して剝ぐしかねぇな」


「……くぅッ……!」


 再びアレイの腕が少女の首に食い込む。

 時を追うごとに苦悶に満ちていく少女の頬には、一筋の涙が滑っていた。

 その時、少女は涙で混迷する世界に、ある尾籠を見た。

 むくつけき三人の蛮族を前に、ただ一人対立する人物がいたのだ。


「……強盗か」


 そう、はたとせ前後頃の男は呟く。 脹脛辺りまで垂れ下がった、丈が長い黒色のトレンチコートを羽織り、その下に更に紺色のジャケットを着用、ボタンは共に外している。

 間からはグレーのストライプシャツに黒のネクタイが見える。そして天然パーマ。


 決して低身長では無いものの、その背後に存する巨大なボストンバッグが、彼を酷く華奢に見せた。

 今しも縊られようとしていたこの状況を、トレンチコートの男はまじまじと見つめていた。


「………………」


 場が凍りつく。少女も二人の男も、ひょっとすればアレイすらもこのトレンチコート男の奇異さにたじろいでいるのかも知れない。

 そして、この沈黙を破ったのは他でもない、トレンチコート男だった。

 彼は身の丈を優に越すボストンバッグを重々と地に預け、口を開く。


「そいつを離せ」


「ッ……! おい!!」


「お、おう!!」


 我に返ったアレイの叱責とも呼べる一声が轟き、手の空いた二人の男が漸く第三者(てき)に襲いかかった。

 一人の腕があわやトレンチコートの襟を掴もうとしたその刹那。

 先程までのつかみどころが無い様子とは一変、機敏な手つきで迫る腕を取り、捻り上げた。


「いっ……!?」


 苦虫を噛み潰したように顔を顰める強盗だったが、これはほんの挨拶の様なものだった。

 トレンチコート男が足を踏みしめ、腕を振り上げる。


青天の霹靂とはこのような光景を言うのだろう。

 

 トレンチコート男の手首に、刹那にして青白い光の亀裂が刻み込まれた。

 そして、振り上げられた腕と共に、なんと男の身体が斜を描いて吹き飛んだのだ。

 蒼白の光を螺旋状に散りばめ、男の身体は轟音を上げて天井に到達。後に力なく地面に墜落する。

 全ての四肢と首があらぬ方向に曲がり、絶命は必至と呼べよう。


「て、適正者!?!」


「馬鹿な……!」


 人間が片腕に投げ飛ばされ、死んだ。こんな凶事を、ただ漠然と見物できる訳が無い。

 片やの強盗は戦利品(白銀の石)など投げ出してトレンチコート男と距離を取り、アレイは影の様な金壺眼で倒れる仲間を眺めていた。

 事のあらましが理解出来ないといった様子なのは、言うまでもない。


「ッ……!」


 アレイの有様を鑑みた少女は、テコの原理で首を絞める腕を緩め、脱出を試みる。

 結果、小顔であった事が功を奏し、アレイの腕から免れ、放棄された結晶に覆いかぶさる様に回収した。


「なっ! おいそれは……」


「あれが……どうした?」


「ひ、ひあぁぁぁ!!」


 とうとう蟠っていた恐れが溢れ出し、もう一人の男がアレイを置き去りに走り去った。

 トレンチコート男はこれを歯牙にもかけず、アレイを段々と見据えている。


「驚いたぜ。まさかここまで扱える適正者が居たとはな。ベルグラムの適正者でも、日常的に物を動かす程度が関の山だ。だがなぁ……俺だって適正者の端くれなんだぜ?」


 アレイはそうえくぼを作ると、衣服の上からでもその屈強さが見て取れる腕を掲げた。

すると、丁度彼の足元に埋まっている青色の石英が不意に強くなった。

 それに呼応するかの様にアレイの拳に蒼白の亀裂が入る。


「どうよ? 適正者と戦うのは初めてかい?」


 喜色に満ち、高揚するアレイとは裏腹に、トレンチコート男の顔は曇りを見せる。

 それを見たアレイは、口角を激しく釣り上げ、地を蹴った。

 トレンチコート男が表情らしい表情を見せたのは、丁度その時だった。

 アレイとはまた別の笑みに、しかし燻るその眼差しに、微かに畏怖の念を覚えたのは、その場の皆が頷く事だった。


「お前のその力、手に余るな。大地に還すがいい」


「ほざけえぇぇぇ!!!」


 よもやトレンチコート男の言葉には聞く耳を持たぬアレイは、光る拳を握りしめ、烈烈と距離を詰めた。

 一方、トレンチコート男は動かない。

人を容易に淘汰するベルグラムの光を前に、ただ地に足を預け、来たるアレイを待った。


「アイツ……何を……逃げて!!」


「はあ″ァッ!!」


 そして、少女の警告虚しくアレイの拳が到達。

 トレンチコートの男は、咄嗟に左腕を隔て、こらを塞がんと試みる。

 着弾したアレイの殴打は、例に漏れずに蒼白き瞬きをみせ、凄まじい衝撃が迸った。

 その衝撃によって、爆心地であるアレイと男の間には矮小ではあるが地割れが起き、男のトレンチコートは左袖が全て塵芥と化した。


「あ……ぁ……!」


「何……アレ……」


 アレイも、少女も、我が目を疑った。

破れた衣服の中から垣間見えた男の腕。

 そこには、手の甲から肩までかけて、幾脈にも広がる光の亀裂によって埋め尽くされていた。

 そして、大地が割れる程の衝撃を、男は何食わぬ顔で受け切ったのだ。


「……この服の弁償代位は、持ってるんだろうな?」


「ッ…………」


 男の平凡な顔が、一瞬にして確かな凶相に満ちる。

 彼の全身から旋風が巻き起こり、足元にまで及ぶコートの裾がはためいた。

 その光とも風とも呼べる圧が、アレイを完全に忌諱で支配した。


「化け物……『ケロイド』め……!」


「よく言われる」


 男は、そう笑みを見せると、無情に腕を振り上げた。

 しなる光の鞭がアレイの腹部を捉え、蒼白の閃光が背中まで撃ち抜いた。

 風なき空に旋風が満ちる。

 そして目も開けられぬ突風と共に、アレイの身体は鉱石煌めく壁に叩きつけられ、二度と立ち上がることはなかった。


「…………」


 事なきを得た男は、少女を一瞥すると、何事もなかったかのようにその場を背に歩み始めた。

 まさに人間離れした感性。その振る舞いも、働きも、全てが過酷なこの世界ですら異質だった。

 しかし、そんな異形の者を呼び止める人間が一人。


「あの!」


 先刻までの騒動が嘘のように静まり返った地下世界に、まるで彼女のみが生ある者であるかの様に声が幾重にもこだまする。

 しかと耳にした男は、晒された左腕を庇うように抑えつつ半身を見せた。


「……?」


「あの……悪い、事……だけど……人を殺すのは…………ここでも(・・・・)悪い事だけど!」


 赤髪の少女は、眼前の男に対して叱りながら、それでいて言葉を選びつつ震える声を局地に馳せる。

 男はというと、背後で捏ねる少女の事をただ何も言わずに、むざむざと眺めていた。


「でも……ありがとう」


 この言葉が、男の顔を驚愕と喜色に満ちさせた一声だった。

 絵空事にでもあったかの様に男は振り返り、目の前に立つただの少女へと口を開く。


「俺が、怖く無いのか?」


「怖い。けど……私を見ても襲わない人は、良い人!!」


「なんだ、馬鹿か」


 溌剌と笑う少女を背に、男は再び歩み始めた。

ご精読、有難うございました。

部員共々密かに投稿していきたい所存ですので、どうぞよろしくお願いします。

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