賞金首は欲望に忠実だった
6話目。アーテルさんも漢だ。
「……何でこんなことに……」
ブランは今までの行いを後悔するかのように呟いた。
というのも、現在、本来標的であるはずのアーテルの船室に入れられているからだ。そのため、ただブランは何もせずにベッドに腰掛けていた。
ではなぜ脱出していないのかというと、あれからアーテルが彼女の腕をしっかりと掴んでおり、「離したら逃げるだろお前」と言われていたため、こうして船室に入れられるまで連れて行かれる形でこうなっていた。その部屋から脱出してやろうとも考えたが、逃げられるルートは扉一つであり、それを護るかのようにアーテルが胡坐を掻いているためにその道も閉ざされている。
部屋は船長であるはずの彼に見合わず、意外と質素であり、ブランにとってそれは意外なことであった。だからどうした、な状態ではあるが。
二人はただ何も言わず、いや、ブランが何も言わないためにこの場の空気が重くなっていた。無理もないだろう。本来であるならどちらかが殺され、どちらかが生き残るはずである肩書きを持っているのだから。しかしブランは現在武器が少なく、割と疲れが溜まっていたこと、それからアーテルの実力を知っていたことから迂闊に攻撃を仕掛けることができない。あまりここで暴れるのは得策ではないだろうと、勘が囁いていた。そんな二人が部屋に入ってからかなりの時間が過ぎていた。その間の出来事は特にない。アーテルが自分のコートを引っつかんでソレを羽織ったことや、ブランが時折周りを見ただけであった。
そういえば、先ほどの戦闘でアーテルは剣を振るっていた。となると……。気になったブランはアーテルに声をかける。
「ねぇ、アンタ」
「アーテル、と呼んでくれ」
「誰が呼ぶものですか。……心配してるつもりはないけど、アンタの剣、今どうなってるのよ」
「んー。そんなに気になるのか?」
アーテルは胡坐を掻いたまま剣を引き抜き、全体を見せるようにブランにその場で掲げた。どうやら、欠けた部分はないらしい。だがそれだと示しがつかない。細さで言えばレイピアと同等かそれよりちょっとだけ上の刀身なのに何故欠けた部分すらも見受けられないのか。流石に気になるのでブランは率直に聞いた。
「……何で刃が欠けてないのよ」
「んー。俺もよくは分からんが……どうやらこいつには破魔の力があるらしいな」
「は……ま……?」
「あぁ、魔を破るから破魔、らしいな。俺も詳しくは分からんが……もしかしたら、そうした魔を斬るための刀、らしいな」
「カタナ……って、アンタ、和国にも行ったことあるの!?」
興味が湧いたかのようにブランは立ち上がるが、即座にドサリと座り込み、ごまかすように咳きをする。アーテルはただ笑うと、話を続けた。
「まぁな。そこで一騒動あったらしくてな。そこで俺たちが乱入。褒美にこれをもらったんだが……」
「何よ、複雑そうな顔をして」
「……仲間を結構な数失っちまった。俺もまだまだ甘いなって思っちまったよ」
ブランはただ何も言わなかったが、表情も変わらなかった。今までほぼ独りで生きていたであろうブランにとって、「仲間」という存在が何も分からないからであろう。
それは彼にとっては大きく、彼女にとっては小さかった。
「ま、ただ……あいつらは行く前に『後悔はない』って言ってくれた。それがなんだって思うかもしれんが、それだけで俺は覚悟が決まった。だから後悔とかしねぇようにしてる」
「あっそ」
つれねぇな。とアーテルは力なく笑う。と、そこに扉のノック音が響く。アーテルは立ち上がりながら扉を開ける。
「船長。持ってきました」
「おう、ジュンマーか。お疲れ。……つーかよくあったな」
アーテルは感心するようにそっと呟くと、ブランに手渡しする。ブランはやや乱暴に受け取り、その辺に置いた。
そんな二人を見て気になったジュンマーは、部屋に入らずにアーテルに声をかけた。
「本当に、大丈夫なんですか?」
「お前、俺を信用してねぇのかよ」
「いや、相手は賞金稼ぎ……」
「それ以前に女だ。俺の見つけた宝であって『華』だ。文句は言わせねぇぞ」
からかうようにアーテルは言うが、確かにジュンマーの言うとおりである。今にもこうして殺されかけない状況なのにアーテルはそう言い切ってしまう。
そんな状況なのにこうまで言われると流石に毒が抜けたのか、ブランは息をついた。分かったわよ、と一言言い放つ。
「じゃ、さっさと部屋から出てって。……しょうがないから、騙されたと思ってやっておくわよ」
「その言葉を待っていたぜ! いやぁ、宴会に華があるっていいことだよなぁ!」
これでもかと喜びを見せるアーテルを見て、ブランはもう呆気も何もなかった。こういう奴なんだろうと、嫌でも自覚していた。
同時に、彼女の心に複雑な感情が生まれた。何かが欠けていたように空いた感情に、何かが無意識に入り込んできたような、そんな風に思えていた。
「……騒ぐのはいいけど、いいから出なさいよ」
「あ、何でだよ?」
「……」
「別に着替えてるところ見たところで減るもんじゃ……うぉぉぉぉ!!?」
アーテルの頭上目掛けて飛んでいったダガーを彼は紙一重で避けてブランから離れる。ダガーは見事に壁に突き刺さっていた。
ブランはなるべく表情を変えないまま、少ないはずのダガーを片手に持ってアーテルを脅した。
「いいから、出ろ」
「だ、だからいいだろうが。見たところで……」
「出ろって言ってんのよこのド変態!!」
瞬時に間合いを詰めてアーテルを突き刺そうとしたが、やはりと言うべきかアーテルはスレスレで避けながら部屋を出て扉を閉める。たった数秒の出来事なのに、ブランは息が上がっていた。相手にするのも疲れたのだろう。
念のため、ブランは扉に耳を当てて様子を聴いてみる。彼女とて、自身の裸体を覗かれるのは恥ずかしいことこの上ない。そんな奴がいるのであれば誰であろうと刺し殺して―――
「……の、だから船長。やめたほうが……」
「いいや、俺はその先にある楽園を今すぐにでも……」
有無を言わさずブランは扉越しに思いっきりダガーを突き刺した。扉越しに悲鳴が上がる。彼女なりの宣告なのだろう。やらかそうというのであれば容赦はしない。鋭く深く突き刺さったダガーはその証明なのだろう。
「……最悪」
一言だけ呟いて、受け渡された服を広げる。
その服を見て、ブランは分かっていたことだがものすごく後悔した。何せ踊り子だ。露出の高い服を着なくてはならない。それは女性としての自分を晒すと言う事。普段こういった格好をしないので見ただけでもものすごく恥ずかしかった。
何を思ったのか、ブランは急に扉を開け、視界にいた人物を目掛けてダガーを投げつけた。幾らなんでも急すぎる不意打ちだったが、投げた精度が悪かったのか、頬をかすめるように空を切り、壁にまた突き刺さった。
「……最悪!」
それだけいうと、彼女は勢いよく扉を閉めた。呆気にとられていたアーテルだったが何を思ったのか、口の中で笑い声を上げただけだった。その声は彼女には聞こえなかったのか、特にその後反応はなかった。
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扉が部屋側からノックする音が聞こえる。その音を聞き、ついに待ち望んだかのようにアーテルは口角を上げる。いるぞ、とだけ言うとその後の反応を待った。
扉が開く。その先にはブランがいることが分かっていた。分かってはいたが……
「……」
「……これで、いいんでしょ」
衣装を変え、恥じらいを見せる彼女に思わずアーテルは息をのんだ。
綺麗な水色のビキニタイプの服に腰から太ももを大胆に魅せる七分丈パンツ、そしてきらびやかなアクセサリー。長い白髪は自ら結ったのかポニーテールとなっておりそれがまた彼女を美しく魅せていた。彼女自身のスタイルもよく、大きすぎない小さすぎない身体つきもより良い感じに仕上がっていた。
思わず、アーテルは訊ねてしまった。
「えーっと、ブランであってるんだよな……?」
「……さっきまで部屋に入っていたのは私だけでしょうが」
「……いや……正直、ここまでとは思わなかった」
本当に本心から、驚いた表情を隠せないアーテル。ブランはそう言われ、複雑だがやはり恥ずかしそうな表情を浮かべていた。
「つか、よくそのサイズでピッタリあってるな……」
「それは同意するけど……」
けど、とブランは言葉を区切り、睨みつけるようにアーテルを見た。だがアーテルはやはり見惚れているのか、表情は変わらなかった。
「この衣装着せてどうするつもりよ。前で踊れと?」
「……それ以外何を要求するんだよ」
「……踊りとか、やったことないんだけど……じゃなくって!」
「いや本心だろ」
珍しくアーテルがツッコんだあと、やっといつもの調子にもどったのかアーテルは笑うと、ブランに対してその場で、跪いた。いきなりの行動にブランは思わず声を上げて動揺するが、それに気づいていないようにアーテルは手を軽くあげる。それはまるでエスコートするような紳士であるように。
「大丈夫です。貴女様が好きなように動き、我が船員たちがそれにあわせます故」
「……よ、よろしく……って、どういう状況よこれ!」
完全にアーテルのペースにのまれかけたブランがすぐさま気付き、アーテルの顔面へと蹴り上げた。流石に予想だにしなかったのか、見事に喰らうとひっくり返った。
最悪。こんなんだったら付き合わなきゃよかった。ブランはものすごく後悔したが、今戻らせる気には彼にはないだろう。こうなったらヤケだ。最後まで付き合うしかない。彼女はため息を吐くと、アーテルをそのままにして立ち去ろうとするが……。
「お、おいちょっと待ってくれ」
「……何よ」
振り返らずにブランは立ち止まる。立ち上がって歩いてきたアーテルは四角い木箱を渡す。受け取ったブランはそのまま重さを確認する。割と重いように思えて軽い感じがする。次は中身の確認だ。ふたを開けて中身を確認する。それを見たブランはそのままふたを閉める。
「……なるほど」
「『前払い』ってとこだ。こいつもブランが着替えてる間に調達してもらったかんな」
「随分と警戒心の薄いやつ」
ま、いいけど。とブランは一言付け足すとそのまま歩いていった。アーテルは笑うと、一度自分も着替えるために自室へと戻っていった。と、ふと扉に目が留まる。そこには、刃が露出したダガーが突き刺さっていた。
「……そっと抜けば覗けたかもしれねぇ」
アーテルは気付けなかった『鍵』を見つけて深く後悔した。