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ミュウの浮き船  作者: まんだ りん
4/4

復讐

 四 復讐


「ねえ、お姉ちゃん。お兄ちゃんのこと好き?」

 突然ティアに聞かれた。

 もう寝ようと自分の部屋に戻ってベットに入ったときだった。

「えっ、何で?」

 努めて冷静に返事をしたつもりだったが、顔が熱くなってしまう。

「さっきシャワー浴びてるときにお兄ちゃんが気にしていたよ」

「あたしのこと?」

「うん、お兄ちゃんはお姉ちゃんのこと大好きだって」

 こんな小さな子に言われただけなのに物凄く恥ずかしくなった。

「お姉ちゃんもお兄ちゃんのこと好きだよ」

 普通に言ったつもりだったが自分でも動揺しているのがわかる。

 いつからだろうか、直樹を好きだと感じたのは。ペンダントをもらったときにはもう普通に好きだと感じていた。

「ティア?」

 ティアは眠ってしまったようだ。体を丸くしてまるで子猫のような格好をしている。

「可愛いな」

 側に寄り添うようにして眠ることにした。そっとティアの背中に触れる。

「温かい」

 急にシャワー室で裸の直樹と肌が触れたことを思い出した。

「あれは、事故だったんだよね」

 自分にそう言い聞かせたが、その時の直樹の温もりは忘れたくなかった。

「もう寝よう」

 目を瞑るが全然眠くならない。

 そっと目を開けると、ティアがミュウを見ていた。

「どうしたの?」

 独り言で起こしちゃったかな?

「来るよ、お姉ちゃん!」

「何が?」

「下から」

 ティアの真剣な顔を見てとっさに叫んだ。

「ウォルト、浮き船最大戦速!」

 真下からの攻撃に対してミュウの浮き船は対応出来ない。下側には武装が無かった。この浮き船の弱点の一つだった。

「レーダーに反応。真下にブラックスワン型フリゲート艦、同じ方向に移動している。レベッカの浮き船だ」

 白鳥の形をしたレベッカの浮き船が、ミュウの浮き船の真下にいて、同じ方向へ同じ速度で移動している。

 ティアの体が金色に輝きだした。同時に激しい揺れと爆発音がした。

「真下から攻撃されている。これでは反撃が出来ない」

「ウォルト、浮き船コルベットモードへ」

「何か、強力な力が浮き船を取り囲んでいる。レベッカの攻撃をその力が防いでいる」

 ミュウはティアを見た。ベットの上に座り目を瞑り動かない。

「ティアが守ってくれている」

 ティアが不思議な力を使い、ミュウの浮き船をバリヤーのような物で守っている。

「ウォルト、バトルシップ発進準備」

「ミュウ、何があったんだ?」

 ドアの外から直樹の声がした。ミュウはカギを開けてドアを開いた。

「直樹、ティアをお願い」

 ミュウは部屋を飛び出すと格納庫に向かった。

「地上で待ち伏せしていたようだ」

「ウォルト、浮き船をローリングさせること出来る?」

「回転させるのか?」

「そう、上下逆さまにするの。浮き船の上部を真下にいるレベッカに向けたときに速射砲で攻撃、出来る?」

「やろうと思えば出来るがリスクが大きすぎる」

「でもそれ、お願い」

 ミュウは格納庫でバトルシップに飛び乗った。

「ゲート開けて!」

 ゲートが開く。ミュウはバトルシップで出撃する。

「ミュウ、真上から敵だ。オートパイロットのバトルシップが三機、突っ込んでくるぞ」

 ヘッドセットからウォルトの声がした。

「了解。そっちローリングよろしくね」

「わかった。やってみる」

 ミュウは、バトルシップをそのまま急上昇させた。ジェットエンジンに火を付ける。

「行けえーっ!」

 鋭い加速でバトルシップは急上昇をしていく。レーダーに機影をとらえた。

「ターゲットロックオン、ミサイルシュート!」

 ロケットランチャーに取り付けてあった対空ミサイル二発発射されてすれ違いざまに二機のバトルシップが火を噴いた。残りの一機が水平飛行に移る。ミュウはその一機を追った。

 ジェットエンジン全開でオートパイロットのバトルシップを追う。敵機が上昇を始めるが、推進力の差でミュウのバトルシップにかなうわけがない。

 レーダーにロックオンした。そのまま後方から近づき、二十ミリガトリング砲が火を噴く。

 オートパイロットのバトルシップが粉々に散っていく。ミュウは直ぐその横をすり抜けた。

 ガツンという衝撃がした。見たことがないアラームが全面スクリーンに点灯する。

「何これ?」

「ジェットエンジンに破片が吸い込まれたんだ。エンジンを停止させろ!」

 ウォルトの指示で、慌ててジェットエンジンを停止させる。自動消火装置が働いて大事にはならなかった。

 上空から下を見ると、ミュウの浮き船がちょうど回転をし始めた。援護のためにミュウはバトルシップを降下させた。

 浮き船が半回転して上下逆さまになったとき、左右に付いている五十七ミリ速射砲が火を噴いた。レベッカの浮き船、白鳥の導体から首先にかけて砲撃を加えた。

 攻撃された飛行甲板から火が出ている。そのまま前方のブリッジめがけて速射砲が炸裂する。

 レベッカの浮き船も攻撃の手を緩めなかった。主砲や対空機関砲が赤く光っている。しかし、ティアが作り出しているバリアーに守られているミュウの浮き船は、全くの無傷だった。

 レベッカの浮き船が進路を変え始めた。かなわないと感じたのか、逃げ出すように速度を上げて戦場を離れていく。

「ウォルト、水平飛行に戻して。このままじゃ、着艦出来ないよ」

「了解した」

 浮き船が残り半回転して水平飛行の態勢に戻った。

「ゲート開けて、着艦するわ」

 ミュウのバトルシップが着艦した。


 ミュウの部屋の扉が開いた。

「直樹、ティアをお願い」

 ミュウが飛び出すように格納庫に駆けていく。

 直樹はミュウの部屋の中を覗き込んだ。部屋一面が金色に輝いていて、その中心にティアがいた。金色の光はまるで暖かいようでティアを優しく包んでいるかのように見えた。

「ティア?」

 一瞬、ティアに襲われたことを思い出し怖くなったが、今はあの時と違う。ティアは微動だにもせずベットの上に座っている。

 時々激しい揺れと爆発音がする。誰かがミュウの浮き船を攻撃しているに違いない。

 ミュウは俺とティアを守るために出撃していったんだ。そしてティアは浮き船を守るために不思議な力を使っているのだろう。

「俺には、何が出来るんだ?」

 ベットの側に来て、光の中心にいるティアのことを見る。一生懸命にこの浮き船を守ろうとしているんだろう。

「直樹、浮き船をローリングさせる。ティアのことを頼んだぞ」

 スピーカーからウォルトの声がした。

「ローリング?」

 直樹が何のことか聞こうとしたときに、浮き船が急上昇を始めた。

 床に固定されているベットから、ティアが転がり落ちそうになる。直樹は慌ててティアのことを抱きかかえようとした。

「ローリングを開始する!」

 急にミュウの部屋のドアが大きな音を立て閉まった。と、同時にティアを抱えた直樹はドアと反対側へ投げ出された。

「痛っ!」

 ティアを抱えたまま、直樹はミュウの部屋の壁に倒れ込んだ。何も考えずに立ち上がると、壁が足下にある。部屋のドアが真上にある。

 床に固定されているベットから、クッションやシーツが落ちてきた。

「墜落する!」

 そう思って叫んでいると立っていられなくなり、転がるようにして天井に座り込んでいた。

「うわあぁ!」

 いつの間にか、天地が逆さになっている。それでも直樹はティアを抱えたまま放すことはなかった。

「直樹、無事か?」

 天井にはミュウの部屋の備品がたくさん落ちていた。床に固定されているベットやテーブルが落ちてこなかったのは幸いだった。あんな物が落ちてきたら直樹もティアも無事ではない。

「どうなっているんだ!」

 速射砲の音がする。上下逆さまになった状態で攻撃を加えているようだ。

「今、レベッカの浮き船と交戦中だ。しばらく辛抱しろ」

 ウォルトの声がスピーカーから聞こえてきた。

「レベッカ?」

 ミュウは、無事なんだろうな?

「レベッカの浮き船が逃げていく。掴まっていろ、浮き船を水平飛行に戻す」

「掴まれって言ったって何処に掴まればいいんだ!」

 直樹はティアを抱えたまま、ドアのある壁に転がり、そのまま床に落ちていった。


 格納庫はめちゃくちゃだった。上下逆さまになったんだから仕方がないが、これじゃかたづけるのに何日もかかるようだ。

 ミュウは急いで自分の部屋に行った。

 ドアを開けると、目も当てられないような状況だった。

 ベットには一応ティアが寝ていて、側には直樹が付き添っている。しかし部屋の中は散らかった状態だった。

「大丈夫、ティアには怪我は無いから」

 直樹をよく見ると頭に大きなこぶが出来ている。

「直樹、その頭」

 急いで応急セットを取り出そうとしたが、何処に転がってしまったのかわからなくなっていた。それだけ浮き船を回転させた代償は大きかった。

「天井を転がっているときに何処かにぶつけただけだから、平気だよ」

 天井?ミュウは真上を見た。直樹はあそこを転がっていたんだ。

「ウォルトから、戦闘は終わったって聞いたとたん、ティアの輝きが無くなったんだ」

 直樹とティアが浮き船を守ってたんだ。

「ティア、ありがとうね」

 声をかけたが返事が無かった。あれだけ長い時間バリヤーを作っていたんだ。疲れたんだろう、眠っている。

「ミュウ、聞こえるか?」

 ウォルトがヘッドセットで話しかけてきた。いつも浮き船の中ではスピーカーを使うのだがどうしたんだろう?

「貨物室に生体反応がある」

「それって貨物室に誰かいるってこと?」

「まだはっきりとわからないが、確率は高いだろう」

 誰だろう?まさか?

「ミュウ、貨物室から出火、自動消火装置を作動させる」

「直樹はここにいて、貨物室を見てくる」

 浮き船の格納庫のさらに後ろの部分に貨物室がある。ミュウが独立してからやりたかった仕事、交易品を積むスペースだが今は何も積み込んではいないはずだった。

 ミュウは貨物室に急いだ。貨物室に最初から誰かがいたなんて考えられない。もしかすると誰かが乗り込んできたのだろうか?

「ミュウ、火災は消し止めたが、貨物室からの生体反応が消えた」

 ウォルトがヘッドセットを使って伝えてきた。

「それってどういうこと?」

「最初からいなかったのか、それとも他の場所に移動したかどちらかだろう」

「他の場所って、もう生体反応は無いんでしょう?」

「そうだ、消えてしまったようだ」

 ミュウは貨物室の入口に来た。重い扉を開ける。

 きな臭い臭いがする。何かが燃えたようだ。

「コンテナだけか」

 使っていないコンテナの一部が焦げていた。燃えたのはコンテナの一部だけで、それ以外への被害は無かった。

「何で火が付いたんだろう?」

 コンテナ以外に何もない。火が出る要因は何もなかった。

「ミュウ、至急キャビンに来てくれ!うわあっ!」

「ウォルト?どうしたの?」

 走った。ミュウはキャビンへ向かい狭い浮き船の通路を全力で走った。

 ウォルトの叫び声の後に確かに銃声を聞いていた。嫌な予感がする。

 キャビンに入る前に、自分の部屋を見た。直樹とティアがいるはずなのに誰もいない。

 思いっ切りキャビンへのドアを開けて中に飛び込んだ。

「相変わらず陽動作戦には弱いわね」

「レベッカ?」

 レベッカがそこにいた。

 キャビンの隅に直樹とティアが座り込んでいる。二人の前にはウォルトが倒れていた。

「ウォルトに何をした?」

 剣を抜こうとして左手で鞘を押さえ、右手を柄にそえようとした。

「動かないで、これが見えないの?」

 レベッカが持っているのは帝国軍が採用している最新式の自動小銃だった。銃口は直樹とティアがいる方向を向いている。

「ミュウの剣さばきは私もよく知っているわ。当然、あなたも私の銃さばきを知っているでしょう?」

 ソフィアの商隊にいたとき、銃の扱い方でレベッカの右に出る者はいなかった。それだけ銃の扱いには熟れていた。ミュウもレベッカに銃の扱い方を教わったのだった。

「目的は何なの?」

 柄にかけようとした右手を放してミュウは聞いた。

「復讐よ。モーリスを殺したあんたに私と同じ苦しみをさせてあげる」

 ミュウはレベッカの目を見た。復讐に燃える目を。レベッカは本気だと、このままだと直樹が殺されるとミュウは思った。

「あたしのせいなの?」

 レベッカに聞いたんではなかった。自分自身に問いかけてみたのだった。

「あんたのせいでしょう。今更何を言ってるの?あんたがモーリスを殺したんじゃないの」

 そうだった。事故とはいえ、レベッカの恋人、モーリスを死なせたのは自分だった。

「そんなことはわかっている」

「じゃあ、何で聞いたの?」

「レベッカが直樹を殺したら、復讐は終わるの?」

「あんたが苦しむならそれが一番いいかもね」

 かすかにレベッカが笑った気がした。

「じゃあ、あたしを殺して、直樹は無関係じゃないの」

 ミュウは両腕を広げレベッカの方へ一歩踏み出した。

「自分だけ、良い子ぶるんじゃないよ!」

 レベッカは銃口を直樹達からミュウに向けた。

「あんたはいつもそうだった。何かというと自分だけ良い子ぶってソフィアや他のみんなにちやほやされていたんじゃないの!」

「そんなつもりじゃ・・・」

「じゃあ、どういうつもりなの?」

 聞くと同時にレベッカは銃口を直樹達のいる方へ向け直して一発だけ銃撃を加えた。

「直樹!」

「動かないで!」

 弾は直樹の直ぐ側を通ったが、直樹達には怪我はなかった。直樹がティアをかばうように抱き寄せている。

 ミュウは反射的に直樹の方へ走り寄ろうとしたが、激しくレベッカに言われ立ち止まった。

「あんたが動いたら、可愛い彼氏が死ぬよ!」

 レベッカが怒りや興奮状態でここにいるなら何処かに隙が有っても良いだろう。しかし、かなり冷静な状況だった。もともと戦士としての素質を持ち合わせているレベッカだったから、今のところはミュウが付け込む隙はなかった。

「待ってくれ!」

 直樹が立ち上がった。

「俺を殺すのが目的なら、この子は助けてやってくれよ」

 直樹がティアをみている。ティアは直樹のコンバットパンツの裾をしっかりと握って放さない。

「あんたもミュウと同じで良い子ぶってるの?間抜けだね。あんたは死ぬんだよ。ミュウのせいでね」

 レベッカは、素速い動作で自動小銃を構え直すとそのまま引き金を引いた。それを見たミュウは剣を抜いてレベッカのいる場所に飛びかかった。

 連続する銃撃音、ミュウは自動小銃を斬り付けようとするが、虚しくもわずかにレベッカの動作の方が早かった。

 確実に、直樹とティアに銃口は向いていた。銃の扱いに熟れているレベッカが手元を狂わせることはない。自動小銃はまるで冷たく感情のない生き物のように直樹達に銃撃を加えた。

 ミュウは動けなくなってしまった。レベッカの実力は小さい頃から知っている。そのレベッカの持つ銃に斬りかかろうとしたが、わずかにレベッカの方が早かった。恐ろしくて直樹達の方を見られない。乾いた銃撃音がミュウの心までを引き裂いていくようだった。

 レベッカの顔色が変わった。引き金を引く指がゆるむ。銃撃音がやんだ。

「何故?」

 レベッカの問いに我を取り戻したミュウは直樹の方を見る。ティアをかばうようにして抱き寄せて立っている直樹と金色に輝いているティアがいる。直樹に抱かれ金色に輝いているティアを中心にして金色のスクリーンのような物が取り囲んでいる。直樹の足下にはスクリーンに弾かれた銃弾が散らばっていた。

「直樹!」

 直樹とティアが無事だったとわかると、ミュウは走りより剣を構え直してレベッカの銃めがけて斬り付けた。

「はぁーっ!」

 ミュウの持っている剣が青白く光る。レベッカの持っていた自動小銃の先端が切り落とされた。ミュウはレベッカに近づき、喉元に剣先を向けた。

「私の負けね」

 レベッカは使えなくなった自動小銃を床に投げ捨てた。

「このまま船から出て行って!」

 剣を構えたまま、ミュウはレベッカに冷たい視線を送った。

「殺さないの?」

 レベッカは、真っ直ぐミュウのことを見る。

「殺したくないから出て行って!」

 レベッカは、キャビンの脇にあるエアロックから外に出ようとする。

「あんたって、まだ詰めが甘いわね」

「どういう意味?」

「貨物室のコンテナの中、確認したの」

 そういうとエアロックから外に飛び出して行った。

「待って!」

 直ぐにミュウは追いかけるが外にはもういない。浮き船の下方にオートパイロットのバトルシップが空中停止している。それにレベッカは飛び乗ったようだ。

 突然、大きな爆発音がした。ミュウの浮き船が激しく揺れると同時にバランスを失い降下し始める。

 ミュウはエアロックから後方を見た。貨物室あたりから、火が出ている。

「ウォルト?」

 返事がない。このままだと墜落する。

 キャビンに飛び込むように戻ると、ティアが倒れていて直樹が介抱している。

「ミュウ!」

 直樹が呼んできたが、今はそれどころではない。ミュウはそのまま普段は使っていない浮き船のブリッジへ飛び込んだ。

 非常時用の操縦桿を引く。だが浮き船は上昇しない。

「ウォルト。お願い、返事をして!」

 推進力と浮力を上げるレバーを操作するが浮き船の降下スピードは増していく。

「ウォルト!」

 操縦桿を引いて姿勢をコントロールするが上手くいかない。どんどん降下していく。

 ブリッジの目の前に地表の岩肌が見えてきた。このままだと墜落する。

「システム再起動中」

 ウォルトの声がヘッドセットから聞こえてきた。

「ウォルト、早く何とかして!」

 ミュウの悲痛な叫びがブリッジに響く。

 ほんのかすかだが、浮き船の船首が上方に向いた。そのまま船底を地面に叩きつけるようにして浮き船は地表をバウンドしながら不時着をした。


 月明かりだけが夜の地表をてらしていた。

「これからどうすれば良いんだろう?」

 墜落した浮き船のデッキの上に座り込み、直樹は途方に暮れたように言った。

「行こう!」

 ミュウが月明かりを背にして立ち上がる。

「バトルシップがまだあるよ。ティアをポサリカまで連れて行くのがあたし達の仕事だもの。プロとして最後までやり遂げないと」

 ミュウが直樹のことを見ている。側にはティアもいる。再起動後のウォルトが何とか浮き船をコントロールして不時着したので全員大きな怪我はなかった。

「ウォルト、状況は?」

 ヘッドセットで確認をしている。

「かなりやられている。この場所では修理は不可能だ。ソフィアに救援を求めるか?」

「ティアをポサリカまで連れて行くまでは連絡しない方がいい。何処でレベッカに情報が漏れるかわからない」

「了解した。出発するなら早い方がいい。バトルシップのスピードなら一日、二日でポサリカに着くだろう」

「直樹、一緒に行けるよね?」

 直樹にはミュウが大きく見えた。

「俺は、ミュウと一緒だよ」

 ミュウは強い。逆境にも負けずに自分の道を進もうとしている。

「バトルシップはいつでも発進できる」

 ウォルトの声が聞こえた。

「行こう!」

 ミュウがそう言うとティアを連れて格納庫に向かった。直樹は黙ってその後に続いた。

「お姉ちゃん?」

 何処か寂しげにティアが呼んだ。

「大丈夫よ。お兄ちゃんと一緒にバトルシップに乗ってね。お姉ちゃんも一緒に行くからね」

「うん」

 直樹はティアを連れて自分専用のバトルシップに乗り込んだ。二人が乗ったのを確認してからミュウもバトルシップに乗り込む。

「ウォルト、発進するわ。ゲート開いて!」

 ミュウの声がヘッドセットから聞こえる。ゆっくりと格納庫上方のゲートが開くと、真っ暗な大空がそこにあった。

「先に出るから、後から付いてきて」

「わかった」

 ミュウのバトルシップが暗闇に吸い込まれるようにゲートから飛び出していく。その後をティアを乗せた直樹のバトルシップが追いかける。

 二機のバトルシップは夜空の中をポサリカに向かって飛行した。

「夜のうちにたくさん飛んで距離を稼いでおくわよ」

 ヘッドセットからミュウがそう言った。

「わかった。このままミュウの後ろを付いていくよ」

 直樹は、ミュウのバトルシップを見失わないようにしっかりと後を付ける。

 ミュウのバトルシップは、ジェットエンジンがまだ修理完了していなく、速度はそんなには出すことは出来ないだろう。当然、直樹のバトルシップはジェットエンジンが付いていないノーマルなバトルシップだ。速度はそれなりにしか出すことが出来ない。

「お姉ちゃん?」

 ティアがヘッドセットでミュウに話しかける。

「どうしたの?」

「星がきれいだね」

 直樹は夜空を見上げた。ミュウも同じように夜空を見上げているだろう。キャノピー越しに見える夜空には満天の星空だった。

「素敵だね」

 直樹はこれからどうなってしまうのか、不安だった。

 ミュウの浮き船は墜落してしまい飛行することが出来ない。それでもミュウは自分が引き受けた仕事を最後まで成し遂げようとしている。

 そんなミュウのことを直樹は守ってあげることが出来るのだろうか?側にいて力になってあげることが出来るのだろうか?

 直樹には自信がなかった。このままじゃミュウの足手まといになって、ミュウを束縛してしまう。

「ティア、ありがとうね」

 ミュウの優しい声が聞こえた。だけどその声は自分じゃなくティアに向けられたものだった。

「ミュウ」

 直樹は声をかけていた。

「何?」

 直樹のバトルシップの先を飛んでいるミュウのバトルシップ。その後部から目を離さないようにして直樹は言った。

「ありがとう、何度も助けてくれて」

「当たり前じゃないの、あたし達、仲間だよ」

 仲間か。そうだ、俺はミュウの仲間なんだ!

「俺も強くなれるようにするよ」

「そうね。でも、あたしより強くならないでよね」

「どうして?俺、ミュウより強くなってミュウを守りたいんだ」

 そうだ。そしてミュウに認めてもらいたいんだ。一人の男として、ミュウのパートナーとして。

「ありがとう、直樹」

 優しい声が、直樹にも向けられた。


 大きな山の中腹に二機のバトルシップは着陸していた。

「少し、眠った方がいいよ」

 直樹のバトルシップの側でコックピットを覗き込みながらミュウは言った。

「そうしようかな」

 操縦席に座ったままの直樹が答える。陽はかなり高く昇っていて、こんな明るいんじゃ眠れと言っても眠れないかな?

 助手席でティアはすやすやと眠っていた。

「ティアは何処でも眠れるんだね」

「ほんと、俺と違ってよく寝る子だよ。うらやましいよ」

「ちょっとこの辺りを見てくるね」

 直樹達をバトルシップに残してミュウは山の上に向かって歩き出した。

 山の中腹、少しだけ開けた場所を見つけバトルシップを着陸させた。直ぐ真上に大きな岩が突き出ていて、上空から見つけにくい場所だった。

「登れるかな?」

 突き出た岩の上に何とかしてミュウは登った。意外に大きな岩だった。

 この山を越えるとポサリカの町までもうすぐだ。陽が落ちてから山を越えることにしよう。

 岩の上から空を見上げた。遠くで鳥の鳴き声がする。なんて言う名の鳥だろう?あまり聞いたことのない鳴き声だった。

 ミュウは正直言うとショックだった。

 自分の家でもある浮き船がこうも簡単に撃墜されてしまったのだ。

 レベッカとの戦いで自分の判断ミスがかなりあったのだろうか?敵であるレベッカもそれを指摘していた。

 陽動に弱い。詰めが甘い。

 自分自身では気が付いていなかったが、傭兵として戦ったこともあるレベッカから見るとやはり弱く甘いところがあるのだろう。

 このまま、便利屋を続けていけるのだろうか?

 守らなければならないティアや、仲間の直樹を危険な目に遭わせて、これで良かったのだろうか?

「直樹」

 ミュウは胸元の直樹からもらったテントウムシのペンダントを強く握りしめた。

 そうだ、あたしは一人じゃない。直樹がいるんだ。

「あたしも少し眠ろうかな?」

 岩から降りようとしたとき、山と反対側の地平線に何かを見つけた。

「浮き船?」

 こちらに近づいてくる。ゆっくりとしたスピードで、かなり大きい。

「戦術空母!」

 間違いない。リトヴァク家の高速戦術空母。リディア・リトヴァクの乗る空母に違いない。

 かすかに空気が震える。ミュウ達の存在に気が付いていないように真上をゆっくりと高速戦術空母はポサリカに向かい飛行していった。

 ミュウは、岩から降りて直樹達のいるバトルシップのところに戻った。

「さっきの震動、大きな浮き船が上を飛んで行ったけど・・・」

 眠っていなかった直樹が聞いてきた。

「大丈夫、あたし達に気づかないで行っちゃったから」

 ミュウは、直樹の浮き船の助手席に潜り込んだ。寝ているティアを起こさないようにそっと膝に抱き上げ座る。

「あたし、ここで寝るね」

 何でだろう?直樹の側にいたいと思いここに来ていた。

 助手席のシートをリクライニングして眠る。ティアが無意識にミュウに抱きつき、胸元に顔を埋めてくる。

「この子ったら」

 ミュウは、ティアと別れたくないと強く思った。

「俺、起きて見張っているよ」

「大丈夫だよ、直樹も眠った方がいいよ」

 そう言うと、ミュウは眠り付いてしまった。

 疲れていたからだろうか。それとも直樹が側にいて安心できたからだろうか。ずいぶん眠っていた気がする。目を覚ますと辺りは薄暗くなっていた。

「目が覚めた?」

 バトルシップの直ぐ側で直樹が声をかけてきた。

「うん、よく寝た気がするよ」

 両手を挙げ、大きく伸びをしてから起き上がる。膝にティアはいなかった。

「ティアは?」

「お姉ちゃん、ご飯だよ」

 バトルシップの陰からティアが出てきた。何かを持っている。

「これ、ティアが作ったの」

 浮き船から持ってきた、非常用の食料を暖めた物だった。

「ありがとうね」

 ミュウは、バトルシップから飛び降りて、ティアの横に行き、食料をもらい食べた。

「美味しいよ」

「うん、ティアも食べたの。美味しかったよ」

「直樹、暗くなったら出発しよう。明け方までにはポサリカに着くよ」


 暗闇の中を、二機のバトルシップはポサリカを目指して飛行していた。

 もう何時間飛び続けているだろうか。

「ミュウ」

 真っ暗なコックピットの中で直樹がヘッドセットで呼んでいる。

「何?」

「ティアが眠ったよ」

「そう」

「ねえ、ポサリカに着いたらティアとお別れなんだろう」

「・・・・・・」

「何とかならないのかなぁ」

「出会いがある分、別れがあるって誰かが言っていた」

「ティア、ミュウになついているじゃないか」

 あたしだって別れたくない。でもこれは仕事なんだ。

「あたしが何処かに連れて行ったら誘拐になっちゃうよ」

「そうか」

「そうだよ」

 東の空が明るくなってきた。

「夜が明けるよ」

 直樹に言われミュウは東の空を見た。

「きれい」

「俺、この景色、一生忘れないよ」

「何だか直樹と別れるみたいじゃないの」

「出会いがある分、別れもあるんだろう」

「そうね」

 ティアとは別れたくない。好きになった直樹とも別れたくない。一人にはなりたくなかった。

 ミュウは胸元の直樹からもらったテントウムシのペンダントを強く握りしめた。

 そうだ、あたしは一人じゃない。直樹がいるんだ。この仕事が終わったら自分の正直な気持ちを直樹に打ち明けよう。

「あれがポサリカの町?」

 眼下に町の灯りが見えてきた。

「ポサリカ」

 商隊にいたころに何度か来たことがある。町の向こうに海が見えるはずだが、まだ夜が明けきれていないので見ることは出来ない。

「着陸しよう」

 ミュウはバトルシップの高度を下げた。直樹のバトルシップも後に続く。

 地図で見た共用のエアポートは町の入口付近にある。その隣に公営の駐機場があるはずだ。そこにバトルシップを着陸させる。

 だんだんと夜が明けて、町が明るくなる。ミュウはバトルシップから降りた。

「眠いよう」

 ティアが直樹に抱きかかえられてバトルシップから降りてきた。

「おはようティア」

 ミュウは直樹のバトルシップの荷物スペースからティアのバッグを取り出した。ミュウ達がティアのために買った着替えなどの荷物が入っている。

「何処に連れて行けばいいの?」

 ミュウはポサリカまで連れて行くように言われティアを預かったが、ポサリカの何処に連れて行けばいいのかは聞いていなかった。

「俺に言われても困るよ」

 別に直樹に言った訳じゃないけど・・・、どうしよう。

「あっち、パパが来ているの」

 ティアが指さす方向は駐機場の隣の浮き船用のエアポートだった。

 ティアはその不思議な能力で身内が近くにいることに気づいたようだ。

「行ってみよう」

 直樹に言われ、ミュウは、ティアの手を取りエアポートに向かい歩き出した。

「あのお船にパパがいる」

 エアポートの敷地内に入り、ティアの示した方向にその船はいた。

「戦術空母!」

 リトヴァク家の高速戦術空母がエアポートの隅に止まっていた。

「どうする?」

 直樹が聞いてきた。

「行こう。あの船にティアのお父さんがいるなら、連れて行くしかないよ」

 ティアの手を取りミュウは戦術空母に向かい歩き出した。

 空母に近づくと、帝国軍の兵士達が警備をしていた。

「こらっ、民間人が近づいちゃだめだぞ」

 気の優しそうな軍人がミュウ達を引き留めた。

 帝国軍の辺境査察軍や帝国本国正規軍の軍服と違うデザインの軍服を着ている。おそらくリトヴァク子爵家の軍隊だろう。

「アールヴ族の王がこの船に乗っているでしょう?この子の父親なの。あわせて欲しいんだけれど」

 気の優しそうは軍人の顔が一瞬引き締まる。

「ちょっと待ってくれ」

 そう言うと、無線機のような物で誰かと連絡を取っている。

「姫様を呼んできます。ここで待っててください」

 気の優しそうな軍人は一言そう言うと空母へ登るタラップを駆け上がって行った。

「しょうがないわね。待ちましょう」

 暫くその場所で待っていると、帝国本国正規軍の制服を着た軍人が三人タラップを急いで降りてきた。

「艦長のところに案内する」

 乱暴にティアの腕を取り引っ張っていこうとする。

「痛いよ!」

「ちょっと乱暴なことはやめなさいよ」

 ミュウは抗議した。

「うるさい、黙って付いてこい」

 軍人はティアを引きずるようにして先にタラップを登っていく。ミュウと直樹はその後に続いた。

 甲板まで上がってくると、数人の軍人が待っていた。全員帝国本国正規軍の制服を着ている。

「艦長代理、連れてきました」

「ご苦労だった。このままこの子を引き渡してもらおう」

 艦長代理と呼ばれた軍人はミュウ達にそう言った。

「この子の父親は何処にいるの?」

「父親?そんなのは知らない。我々はこれを処分するように命令されているだけだ」

 軍人は、これと言いながらティアのことを指さした。

「どういうこと?この子の父親がこの船に乗っているでしょう?連れてきなさいよ」

「これはアールヴ族だ。変な力を持っている。だから処分するだけだ」

 一人の軍人が銃を取りティアに向けようとした。ミュウは反射的に素速く持っていた剣を抜きその軍人の持っている銃めがけて剣を振り落とした。

「はぁーっ!」

 剣が青白く光り銃を斬り付けた。銃身が斬れ軍人の足下に落ちた。

「貴様、何をするんだ」

 他の兵士達が銃を抜いてミュウに向けようとした。

「何事だ!静かにしろ!」

 一人の女性兵士がミュウ達の前に駆け寄ってきた。

「この艦は我がリトヴァク子爵家の所有艦だ。艦長代理、身勝手な行動は許さん!」

 リディア・リトヴァクだった。

「これは、姫殿下にあらされるじゃないですか。私達は本国から命令を受けております。アールヴ族の娘を始末しろと」

 艦長代理と言われた軍人がそう答える。

 ミュウは動いた。ティアのことを捕まえている軍人からティアを取り返すとその軍人の腹部に思いっ切り蹴りを入れた。軍人が倒れるより早くもう一人の軍人に回し蹴りを加えこれも倒した。

「そこまでだ」

 一人の背の高い大きなターバンを巻いた紳士がいつの間にか現れた。

「パパ!」

 ティアがその紳士に駆け寄ろうとする。

 紳士が銃を取り出しティアに向け発砲した。

「えっ?」

 ミュウは言葉を発せられなかった。乾いた銃声の後、小さなティアの体がはじけ飛びその場に倒れた。

「艦長代理、現時点で作戦行動は終了したと、本国に報告してください。娘は処分しましたと、それでよろしいですか?」

 紳士は艦長代理にそう言った。

「あなたがそう言いご自分で実行したならそれでいいでしょう」

 倒れていた軍人達が起き上がりミュウに飛びかかろうとしたが、艦長代理がそれを制した。

 ミュウはよろよろとティアに近づこうとした。

「ティア?」

 銃声がすると同時にミュウの足下の装甲が弾けた。

「それ以上わたしの娘に近づかないでください」

 紳士がミュウに言う。

「どうして?」

 ミュウには訳がわからなかった。

「あんた、ティアのパパでしょう?何で?何でこんな事をしたの?」

 涙が出てきた。涙は止まらなかった。

「貴様に最初に言ったはずだ。この地に来るなと、さもないとこうなる運命だと」

 リディアがミュウに言った。

「運命か。まさしくこうなるための運命だったのだろう」

 紳士、アールヴ族の王がそう言ってミュウの側に来た。

 ミュウは反射的のに一歩下がり身構えた。

「心配せんでもよい。お前を殺したりしない。今までティアのことを守ってくれたんだろう。礼を言う。ありがとう」

 アールヴ族の王がミュウに向かい右手を出し、人差し指でミュウの頭を指さした。

 ミュウの頭部に激しい激痛が走った。足下がふらつき倒れそうになり直樹にもたれかかった。

 時間にして一瞬だったが、その一瞬で全ての理由が無理矢理頭に詰め込まれた。

 ティアの父親、アールヴ族の王がミュウの脳裏にその不思議な力を使いティアに銃を向けた理由を伝えてきたのだ。あまりにも多い情報量だったのでミュウの頭が混乱する。

「娘の亡骸はあなた方におあずけします。出来れば丁重に葬って欲しい」

「誰か、シートか毛布を持ってきてやれ。血で汚れたところはきれいに洗っておけよ。もっとも、この艦は正規軍の物ではないからどうでもいいけどな」

 艦長代理と言われた男は、言い放すようにして艦内に戻っていった。

 最初にミュウ達と会ったリトヴァク子爵家の軍人が毛布を持ってきてくれた。

「こんな物しかなく申し訳ない」

 毛布を軍人から受け取ったリディアがミュウに手渡した。

「ありがとう」

 毛布を受け取りミュウはティアの側に行く。

「ティア」

 ティアの胸元が血で真っ赤に染まっている。ミュウは毛布でティアのことを包んだ。

 震える手が、ミュウの作業を手伝った。顔を見上げると直樹だった。

「どうしてこんな事に・・・」

 直樹が真っ青な顔をしている。今にも泣き出してしまいそうな顔だ。

「そっと運んであげて」

 ミュウはティアを運ぶことを直樹に任せた。

「ここに来る途中で、貴様達のコルベットが墜落しているのを見たが、貴様達はどうやって帰るつもりだ?」

 リディアがミュウに聞いてきた。

「知り合いに救援を求めるわ」

「そうか、何か手助けできることがあったら言ってくれ。協力したい」

「ありがとう」

 ミュウと直樹はリディアの戦術空母を後にした。


 駐機場に止めてあるバトルシップのところまで戻ってきた。

「畜生!」

 ティアを抱きかかえていた直樹はこらえられずに涙を流した。

 何でだ?あいつはティアの父親じゃなかったのか?何でティアを殺したんだ。

 怒りがこみ上げてきた。

「直樹、ティアは生きているよ」

 ミュウが毛布に包まれたティアにそっと手をやる。

「どうして?こんなに出血しているじゃないか!それに息だってしていない」

 毛布に隠れていた顔を出した。ティアの顔は真っ青で血の気がなかった。

「ティアのパパ、アールヴ族の王が言っていたの。ティアのことをよろしく頼むって」

「どうして?」

「わからない。でもティアのパパがあたしにティアが生きていることを伝えてきたの。何で銃で撃ったかも説明してたわ」

 何時そんな話をしたんだ?

「上手く説明できないんだけれど、ティアが撃たれた直ぐ後にティアのパパがそのことを言葉じゃなくて直接頭に伝えてきたの」

「テレパシー?」

「そう言うものみたい。仮死状態にして出血も多く見せかけているけれど、直ぐに意識が戻るって」

 ミュウがティアの父親と話をしたときに、倒れそうになった。あの時にだろうか?

「直樹、ティアの力で元の世界に帰れるかもよ」

「元の世界って?」

「直樹がここに来る前の世界のこと」

「本当に?」

 直樹には信じられなかった。ミュウの顔を見ると嘘を言っている顔じゃない。

 そうか、俺は元の世界に戻れるのか。

 嬉しいが、心から喜べることは出来なかった。

「ウォルトのところまで戻ろう。これからどうするかそこで考えよう」

 ミュウの顔がどことなく寂しそうだった。


「直樹、ティアの力で元の世界に帰れるかもよ」

 この事は話したくなかった。直樹が元の世界に帰りたいと言ったら、それであたしとは別れることになる。しかし、直樹には嘘は言いたくなかった。

 バトルシップに乗り込もうとした時だった。

 背後に殺気を感じ振り向くと同時に無意識に左側に飛び避けた。

 銃声がしていた。ミュウはとっさに避けたので弾は外れたが、確かにミュウのことを狙って撃たれた弾だった。

「見事に避けたじゃないの」

「レベッカ?」

 隣に止まっているバトルシップの陰からレベッカが出てきた。銃口はミュウを狙っている。

「生きているんだ。あの子」

 レベッカはチラリと直樹のバトルシップを見た。

 ミュウも直樹のバトルシップを見た。直樹がちょうどティアを抱え乗り込んだ後だった。

「レベッカがあたし達のじゃまをするなら斬る!」

 ミュウは剣を抜いた。

「私を殺せるの?モーリスを殺したように?」

「あたしは、あたしのじゃまをする全てを許さない」

 レベッカに対して剣を構える。

 ティアとこれからも一緒にいることは出来るだろう。しかし、直樹とは別れることになるかもしれない。直樹が元の世界に帰ると言ったら、あたしにはこの世界に引き留める理由はない。

 直樹と別れる寂しさが、怒りとなってレベッカに向けられていた。

「私はあなたを殺さないわ。私と同じように、死んでしまった人のことを想い苦しむがいい」

 レベッカが直樹のバトルシップに向けて銃を構え直した。

 ミュウに途惑いはなかった。ミュウは、レベッカに向けて飛び上がり剣を振り上げた。

「はぁーっ!」

 思いっ切り剣を振り下ろした。レベッカが右手に持っていた銃で剣を防ごうとした。その銃の先端を切り落とす。

「甘い!」

 同時にレベッカが左手で別の銃を取りミュウに向かい銃撃を加えた。

「痛っ!」

 ミュウの右肩に激痛が走る。ミュウは剣を放しそうになり、左手に持ち替えした。

 ミュウはその場に片膝を着いて立っていた。

「急所は外してやったよ」

 レベッカが右手に持っていた、使えなくなった銃を投げ捨て、左手に持っていた銃を右手に持ち直した。

 二人のやりとりを見ていた直樹が、バトルシップから飛び降りてきた。

「さよなら、ミュウのいい男」

 直樹に銃を向けた。

「直樹、逃げて!」

 直樹に向かい、叫んでいた。

 レベッカが引き金を引くと同時に別の場所からも銃声がした。レベッカの持っていた銃が弾け飛んだ。

「誰だ?」

 レベッカが撃たれた右手を押さえながら振り向く。

「私は、帝国空軍少佐リディア・リトヴァクだ!」

 ミュウも銃声のした方を見るとリディアが銃を構え立っていた。

「ここは、帝国領内だ。勝手な発砲は認めない」

「貴族?実戦経験の少ない貴族に私が撃てるの?」

 レベッカははじき飛ばされた銃を左手で拾い取るとリディアに銃口を向けた。

「銃を下ろせ。さもないともう一度発砲して、貴様を逮捕する」

「面白いじゃないの。撃ってみなさいよ!」

 暫く睨み合いが続いた。

「殿下!姫殿下!」

 リディアのさらに後ろから帝国軍の兵士が数名駆けてきた。リトヴァク子爵家の軍人達である。

 軍人の一人が、レベッカに向けて発砲した。当然自分たちの上官でもある姫が銃を向けられているのである。貴族が平民から銃を向けられている。それだけで平民に対して銃撃を加えても正当防衛になる。

 レベッカは動かなかった。銃弾はあらぬ方向へ飛んでいった。

「発砲するなと部下に命じな。さもないとお前を撃つ」

「貴様の命令など聞かん!」

「殿下!」

 別の軍人がレベッカに対して銃撃を加えた。

 レベッカが引き金を引いた。

 銃声と同時にリディアが倒れた。

「殿下!」

 軍人達がレベッカに対して銃撃を加える。

「チッ!」

 舌打ちしてレベッカは走り去っていく。

「殿下!」

「リディア!」

 ミュウも右肩を押さえながら倒れたリディアのところに駆け寄った。

「別に貴様を助けようとしたんじゃないぞ」

 苦しそうにリディアがミュウに言う。

「助けてなんて言ってないよ」

 ミュウはリディアの直ぐ側に来た。リディアは胸から血を出していた。

「おかしいな。私は空で死ぬはずだったんだが・・・」

「バカなこと言わないで」

 ミュウはリディアの手を取った。

「レディバードか、貴様と空中戦がしたかった。白百合は好きな花だ、私は空が大好きだった・・・」

「リディア?」

 リディアの手から力が抜けミュウが手を放すとだらりと垂れ下がった。

「殿下?姫殿下?」

 軍人達が呼び続ける。しかし、リディアから返事はなかった。

「急いで空母に運べ!」

 軍人の一人がそう言い、何人かでリディアのことを担ぎ運び去る。一人がミュウに向かい敬礼をした。

「あたしは軍人じゃないよ」

 ミュウの目には涙が光っていた。


「ここは何処?」

 ティアが目を覚ました。

「よかった」

 ミュウはティアを抱きしめた。

「お姉ちゃん?」

「うん、直樹もいるよ」

「ティア」

 直樹がティアのことを覗き込んでいる。

「お姉ちゃん、ケガしているの?」

 直樹が手当をしてくれた肩の包帯を見てティアが心配そうに言った。

「平気、直樹が手当をしてくれたから」

 幸い弾は貫通したようだ。痛みはまだかなりあるが、暫くすれば治るだろう。傷跡は残るかもしれないが。

「ティアの傷はどうなんだ?」

 直樹が心配して聞いている。

「ティア、何処も痛くないよ」

「よかった」

「お姉ちゃんの傷、ティアが治すよ」

 ティアが右手をミュウの右肩に向けてきた。

「暖かい」

 不思議と右肩の痛みが快復してきた。

 今日の朝までいた山の中腹に戻ってきていた。ここで暫く休憩してからウォルトの待つ浮き船の墜落地点へ戻ろうと直樹と話していたところだった。

 ウォルトからの連絡で、ソフィア商隊所属のサルベージ船がミュウの浮き船に向かっているそうだ。修理には時間がかかるそうだが何とか飛行できるようになるそうだ。

「パパといっぱい話をしたんだ」

 ティアに右肩の治療をしてもらいながら、ミュウはティアも撃たれた胸元を見た。

 ティアは、怪我はしていなかった。大量の出血痕があったがあの血は何処から出てきたのだろうか?

「お姉ちゃん、ごめんなさい。クマさんのぬいぐるみ、ティアの代りに死んじゃったの」

 ティアの胸元からぬいぐるみが出てきた。血だらけで弾痕が付いていた。

 ティアが悲しそうにそのぬいぐるみを両手で抱えた。

「ティアがいればお姉ちゃんはそれでいいよ」

 ミュウはティアを強く抱きしめた。

「苦しいよ、お姉ちゃん」

「ごめんね」

 ミュウは嬉しかった。約束どおりティアをポサリカに連れて行ってティアの父親に会わすことが出来た。そしてその父親から、ティアのことをよろしく頼むと言われた。

「ティアね、パパから言われたの。お姉ちゃん達とずっと一緒にいていいよって」

「お姉ちゃんもパパに言われたよ。ティアのことよろしく頼むって」

 ティアが直樹のことを見た。

「お兄ちゃんは、ニホンに帰りたいの?」

「えっ?」

 ミュウは絶句した。

「帰れるなら、帰りたいさ。俺はそこの世界の人間なんだから」

「じゃあ、帰らせてあげるね。パパから方法を教わったんだ」

「帰れるの?」

 直樹がティアに聞いている。

「お兄ちゃんが、ティアの願いを叶えてくれたからね」

 ティアがミュウの方を向いた。

「お姉ちゃんも一緒にティアの願いを叶えてくれたんだよ」

 ティアの願いって?

「心と身体と魔力が今、ひとつになったの」

 ティアの全身が黄金色に輝きだした。

「お兄ちゃんが強く望めば願いは叶えられるよ」

 直樹の姿がだんだん薄くなってきた。

「直樹?」

 ミュウは直樹の腕を取ろうとした。

「ミュウ?」

「ちょっと。ティア。やめてよ!」

 ミュウは叫んだが、直樹の体はだんだんと薄くなっていく。

「嫌だぁ!直樹!行かないで!」

 ミュウは叫んだ。こんな急な別れ方なんて嫌だ。まだ何も言ってないのに!

 直樹が何か言っている。しかし、言葉が聞こえない。

「直樹!直樹!」

 ミュウは直樹に抱きつこうとした。瞬間、直樹の体が完全に消えた。

「行かないで!直樹!大好きだよ!直樹!」

 ミュウの泣き叫ぶ声だけがこだましていた。


 エピローグ


 目を覚ますと、白い蛍光灯の明かりが、真っ白い天井をさらに白く見せていた。

「ここは?」

 ミュウの浮き船の中じゃない。何処だろう?

「気が付いた?」

 白衣を着た女の人が俺のことを見下ろしている。

「ミュウ?」

 違う。ミュウじゃない。誰だろう?

「あなた、道路で転んで頭を打ったのよ」

 俺が、転んだ?

「気を失っているうちに、簡単な検査は終わらせたわ。異常なしってところね」

「ここは、何処ですか?」

 ポサリカの町だろうか?

「病院よ。救急車で運ばれてきたのよ」

 記憶が混乱している。

「ミュウは?ミュウとティアは何処にいますか?」

「誰だろう?付き添いの方はいなかったようだけど。ご自宅には連絡してあるけど」

 直樹は起き上がろうとした。

「まだ寝てないとだめよ。今日、一日は安静にした方がいいって先生が言っていたわよ」

 白衣を着た看護師に押し戻されるようにベットに寝かされた。

 その時、自分の腕を見た。点滴が刺さっている腕を見て、布団を思いっ切り剥いだ。

「俺、学生服を着ている」

「ごめんね。パジャマとか用意していないの」

 何で?半袖シャツとコンバットパンツはどうしたんだ?

「お兄ちゃんはニホンに帰りたいの?」

 ティアの声が何処からか聞こえた。

「お兄ちゃんが強く望めば願いは叶えられるよ」

「嘘だ!」

「どうしたの?」

 白衣を着た看護師が驚いた顔で直樹を見ている。

「夢でも見た?」

 夢?あれは夢だったのか?

「少し眠った方がいいんじゃない?薬もらってこようか?」

「いえ、大丈夫です」

 ここは病院で、俺は学校に行く途中の駅前で自転車ごと転んだのだ。

「じゃあ、あれは何だったのだ?」

 直樹は声に出して自分に問いかけた。

 不思議そうな顔をして看護師が病室から出て行く。

 ミュウといた数日間は夢だったのか?

「違う!俺は確かにミュウと一緒にいたんだ」

 バトルシップだって飛ばすことが出来るんだ。

 さっきの看護師が戻ってきた。

「これ、ナースステーションで預かっていたの。ここに置いておくね」

 ベットの横のテーブルに通学鞄と携帯電話が置かれた。

「高校生なのに珍しいわね。電池切れの携帯持っているなんて」

 直樹は携帯電話を手にとって見た。転んだせいで傷がついている。

「毎日充電しないとダメじゃない。私と同じ機種だったから充電してあげたわよ」

 電源を入れようとした。

「だめよ。ここは病院だから。携帯使うなら外に出て使ってね」

 そう言って看護師は病室を出て行った。

 直樹は携帯電話を握りしめ、点滴の針を強引に外すと病室を抜け出した。自分がいた病室は外科病棟の三階だった。

 エレベーターを待ってられず、階段を駆け下りて、病院の建物を出た。

「あれは、夢なんかじゃない。俺はミュウと一緒にいたんだ!」

 急いで携帯の電源を入れる。

 夢じゃなければ写っているはずだ。

 携帯が起動する画面が現れた。

「ミュウ!」

 涙が出てきた。

 待ち受け状態になり、壁紙にした笑ったミュウがそこにいた。

 もう会えないのだろうか?

 会いたい。もう一度会って伝えたい。

 自分の素直な気持ちを。

「好きだ。大好きだ。ミュウ!」

 直樹はその場で崩れるように座り込んだ。

 泣いていた。大声で泣いていた。

 もう二度と会うことが出来ないミュウの笑顔を見ながら。


「お兄ちゃんが強く望めば願いは叶えられるよ」

 ティアの声が遠くから聞こえた気がした。


 終わり

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