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ミュウの浮き船  作者: まんだ りん
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リトヴァク

 三 リトヴァク


 クロイツは思った以上に大きな町だった。町外れまで直樹の操縦するバトルシップで来ていた。

 最初、浮き船ごと町のエアポートに行こうかと考えたが、万が一、帝国軍がいると浮き船は目立つ。小さなバトルシップの方が町に近づいても目立たないと考え、ここまで来たのだった。

「何で、あたしのバトルシップで行っちゃいけないの?」

 ミュウが不満を漏らしていた。ウォルトに直樹のバトルシップで町にいくように言われたからだ。

「ミュウのは単座だ。三人は乗れない」

「直樹のだって二人乗りだよ。三人で行くんだから二機で行けばいいじゃないの」

「だめだ。ミュウのは飛ぶことが出来ない」

「どうして?」

「整備中だ」

「三人乗れるんだからこれで行こうよ」

 直樹は自分専用になったバトルシップを指し示した。

「ティアもお姉ちゃんと一緒に行きたい」

 ティアがミュウに抱きついた。

「そう言う理由もある。こっちのバトルシップで行ってこい」

 事情があって二機とばせないことを直樹は知っていたが、その理由を上手く説明できないのでここでは黙っていた。

「わかったわよ!」

 多少不満そうなミュウを乗せ、直樹はバトルシップを発進させた。

 クロイツ、辺境の町。帝国領に属するが実際は共和国軍の支配下に置かれている。

「この帽子をかぶった方がいいよ」

 ミュウがティアにブルーの布で出来た大きめの帽子をかぶせた。ティアがアールヴ族であることがばれないように、大きな耳を隠すために帽子を持ってきていた。

「うん、これって似合う?」

 ティア自身もわかっているようだ。アールヴ族はこの大きな耳と不思議な魔力のおかげで迫害を受けている。

「似合っているよ。とっても」

 直樹はティアのことを抱きかかえバトルシップから降ろしてあげた。

 町外れのエアポート。ミュウの指示で小型船置き場にバトルシップを止めていた。

「いろんな形のバトルシップがあるんだなぁ」

 直樹はバトルシップという物はみんな同じような形をしていると思っていた。

「あたしも初めて見る形のバトルシップがあるわ」

「あれって?」

 小型船置き場の外れに、直樹がいた世界のジェット戦闘機に似た機体が駐機していた。テレビのニュースで見たことのある航空ショーに出てきた垂直離着陸の出来る戦闘機そっくりだった。直樹が航空機マニアだったら直ぐにその機種名を言えたのだろう。

「帝国軍?じゃないようね」

 ミュウも初めて見る様子だった。

「俺がいた世界の戦闘機に似てるよ」

「直樹のいた世界にも戦闘機ってあったの?」

「うん。それより、これを買ってこいと言われたんだけど」

 直樹はウォルトから渡されたメモをミュウに渡した。

「こんなの、何に使うんだろうね」

「なんて書いてあるの?」

 直樹はこの世界の文字が読めない。何が書いてあるか知りたかった。

「バトルシップ用の通信機に使う部品だよ。二機ともちゃんと使える通信機は付いているのにね」

「そうか、やっぱりそうなんだ」

「何?」

「何でもないよ」

 エアポートから町の中心へ向かった。この町は地図だとタボーラより小さい町だとウォルトが言っていたが直樹にはどう見てもタボーラより都会に感じた。

「田舎なのにねえ」

 ミュウも同じことを感じているのだろうか、しきりにサンドバギーで来ればよかったと言っている。

「これじゃ、移動するのに時間がかかるわね」

 町の入口にある地図を見た。直樹には文字が読めなかったが、工房街まではかなり距離があるとミュウが教えてくれた。

「仕方ないわね。行きましょう」

 ミュウが先に歩き出す。その後を直樹はティアの手を取り付いていく。

 ミュウはいつものグレーのタンクトップに濃い緑色のコンバットパンツ、背中まである黒髪をブルーのバンダナで留めていた。歩くにはちょっと重いと思われる黒いコンバットブーツを履いている。腰のベルトフォルダーの左にはいつもの剣、右側にはスミソン型銃を護身用に持ち歩いていた。

 直樹はグレーの半袖シャツにミュウと同じ色のコンバットパンツ、やはり同じ黒のコンバットブーツを履いている。

 ティアはブルーのベストにブルーのショートパンツ、長い金髪をピンクのリボンで留めブルーの布製の帽子をかぶっている。

 三人はこの町でも何処にでもいるようなごく普通の格好をしていた。

「ペアルックみたいだなぁ」

 直樹の格好とミュウの格好は何となく似ている。知らない人が見るとそんな風に見えるかもしれない。直樹は何だか嬉しくなった。

「お兄ちゃん、おんぶして」

 ティアがもう疲れたのか、直樹の腕を強く引っ張った。

「よし!」

 直樹はティアに肩車をしてあげた。

「わーい!」

「いいなぁ、ティアは」

 ミュウが笑顔でティアを見上げている。

 知らない人が見たら俺達はどういう風に見られるのだろうか?家族連れだろうか?ティアは子供だからもしかして俺がパパか?そしたらミュウはティアのママになるのだろうか?

 ペアルックの両親と子供。それって俺とミュウが結婚しているってことか?

 自分の顔が熱くなってきた。

「どうしたの?」

 立ち止まってしまった直樹にミュウが聞いた。

「何でもないよ」

「ふふっ!」

 ミュウがかすかに笑った。

「何だか親子みたいだね」

 顔が真っ赤になっていく。

「何照れてるの?」

 笑いながらミュウが聞く。

 そんなこと言えません。

 ミュウの太陽のような笑顔が可愛い。ミュウは強い女の子だけど、こういう笑顔が素敵なところもあるんだ。

 暫く肩車をしてあげていたが、ミュウに冷やかされ恥ずかしくなったのと、首が痛くなったのでティアを降ろして歩いた。

 町の中心部は賑やかだった。タボーラと比較にならない。大きな商店街の中を歩いていた。

 ティアが一軒の子供用の玩具を売っている店で一瞬立ち止まった。店の中を物欲しそうに覗いたが、直ぐに先に行くミュウのことを追いかけた。何か欲しい物でもあるんだろうか。ティアってオモチャみたいな物は持っていないよな。ミュウに言って帰りにこの店に寄ってあげよう。

 商店街を抜けて、かなりの距離を歩いた気がする。工房街の外れに来ていた。

「ここからが工房街みたいね」

 ミュウが先に進む。直樹はティアと後から続いた。

 周りには一目で何かを作っていますという感じの店が続いている。

「この店に有りそうね」

 ミュウが一件の店の前に立ち止まる。無線機のような物がたくさん店先に並んでいた。

 店の人にウォルトから預かったメモに書いてある通信機の型式番号を言った。

「うちはないけど向こうの店にはあるんじゃないか」

「ありがとう」

 直樹達は言われた店に行く。あまり流行っていなそうな店で、どちらかというと通信機より武器を売っている感じの店だ。中から頑固そうな老人が出てきた。

 ミュウがここでもウォルトのメモの通信機のことを聞いた。

「ある」

 老人は一言だけそう言うと店の奥に入っていった。気難しそうなおじいさんだなと直樹は思った。

 暫く待っていると老人が店の奥から出てきた。

「これだ」

 手に乗る位の小さな箱。ミュウが中をあけると通信機の部品が入っていた。

 値段はそれなりの相場だった。安い品物じゃないが、決して高くはなかったのでここで購入することにした。

「自分でバトルシップに取り付けるのか?」

 老人がミュウに聞いている。

「いいえ、腕のいい整備士がいますから」

「そっちの彼氏か?」

 老人が意味ありげに直樹のことを見た。

「違います。彼もパイロットなの」

「そうか。じゃあ、これも買わないか?」

 老人は、店の隅にシートをかけて置いてあった物をミュウに見せる。

「多目的ロケットランチャーだ。ロケット弾の種類によって、対空、対地、対艦、何でも使える」

 ミュウが物欲しそうに品定めしている。

 やめてくれよミュウ。そんな物買ってどうやって浮き船まで運ぶんだ?ここまで歩いて来たんだぞ。

「ここらの品は世間の相場より安いぞ」

 ミュウの欲しそうな顔を見て老人が言った。

 これも買うと言われたら困る。直樹はミュウの側に行って、軽く肩を突っついた。

「ごめんね。でも意外に安いんだよ」

 ミュウがまだ欲しそうにしている。

「その剣、それは何処で手に入れた?」

 老人がミュウの持っている剣を指さした。剣に興味を持ったのだろうか?

「父の形見です」

 ミュウが嘘をついた。ミュウは確か両親が分からないと言っていたのに。

「そうか、わしの知っている十束の剣に似ていたので、失礼した」

「十束の剣?」

「魔剣の一種で使う人によって善にも悪にもなる。斬れない物はないと言われる剣だ」

「斬れない物はないの?」

「そうだ、鉄でもセラミック装甲でも何でも斬れる魔剣だ」

 直樹はミュウがショットガンの銃身を剣で切り落としたことを思い出した。

「この剣、護身用ですが使ったことがないんです」

 ミュウがまた嘘をついている。

「ミュウ、そろそろ行かないと」

 直樹はミュウを呼んだ。あまり時間がないのでそろそろ戻らないといけない。

「ありがとう、またこの町に寄ったら必ず来ます。その時にいろんな話を聞かせてください。それまでロケットランチャー有るといいけどね」

 ミュウが可愛くウインクをした。

「わしはお前のことが気に入った。お前が来るまで売らないでおこう!」

 支払いを済ませ、ミュウが通信機の部品を受け取る。

 また来ますとミュウが言いその店を後にした。

「その剣、十束の剣なの?」

 歩きながら直樹は聞いた。老人の説明どおりミュウの剣は金属でも何でも斬ることが出来る。

「この剣は、ソフィアさんからもらった剣なんだ。あたしが拾われたときに一緒に側に置いてあったってソフィアさんが言ってたの」

「でも不思議な剣には違いないと思うよ」

「そう?普通じゃないの?」

「普通の剣なら金属は斬れないんじゃない?」

 ミュウが立ち止まって直樹のことを見た。

「あたしにとってこの剣にどんな力があるかってことは、どうでもいいことなんだよ」

 ミュウが左腰に付けている剣を右手で優しく撫でる。

「でも不思議な力はあると思うよ。ミュウがその剣を使うときに青白く光ることもあるし普通の剣は金属とか切れないよ」

「この剣に不思議な力があってもそれはどうでもいいことだよ。斬りたいものが斬れるか斬れないかが問題なだけなんだよ」

 ミュウが歩き出した。直樹はティアの手を取り後に続いた。

「そう言うものなのかなぁ?」

「それってティアに魔力があるからって、差別するのと同じじゃない?ティアだって普通の人間だよ。だから、この剣もただの剣」

 直樹はそれ以上聞かなかった。

 工房街から市街地に戻ってきたが、途中で歩みが止まってしまった。

「疲れた!」

 ティアが道ばたでしゃがみ込んでしまった。

 幼いティアがここまで直樹達と一緒に歩いた来たんだ。かなり疲れたのだろう。

「お兄ちゃんがおんぶしてあげるよ」

「肩車は?」

 下から直樹を見上げてくる。そのブルーの瞳が可愛い。

「いいなぁティアは。今度はおんぶしてもらうんだ。肩車はまたしてもらおうね」

 ミュウが直樹に気を遣ってティアにそう言ってくれた。直樹も疲れていたのでありがたいと思った。

「じゃあ、おんぶして」

 甘えた声でティアが言った。

 直樹はティアを背負おう。

「タクシーでも来ればいいのになぁ」

「タクシー?それって何?」

 この世界にはタクシーってないのだろうか?

「俺の世界にあった、何て言うのかなぁ。乗合自動車かな?」

「乗合自動車?」

「運転手にね、行きたい場所を言うとそこまで乗せてくれるんだ。もちろん代金は支払うけれどね」

「あたしがやってる便利屋みたいだね」

「ちょっと違うけどね」

 直樹はティアのことを考えていた。ティアはミュウにとってお客になる。ポサリカっていう町までミュウが連れて行くことになっている。そう考えるとミュウはタクシーの運転手って感じなのだろうか。

 ティアがポサリカに着いたらどうなってしまうのだ?ミュウとティアは別れなければならないのか?

 ティアはミュウになついている。二人が別れるのは悲しいことだろう。

 じゃあ、俺はどうなるんだ?ミュウから見ると俺はお客ではない。仕事上のパートナーか?そう言われるほど仕事は出来ない。俺はミュウに雇われているのだろうか?そういう契約もしてはいない。

 俺はいったい何なんだろう。

 工房街へ行く途中にティアが物欲しそうに覗き込んでいた店の前まで戻ってきた。

「ティア」

 直樹は背中ですやすやと眠っているティアをそっと揺り起こした。

「うん?」

 眠そうに目をこすりながらティアが目を覚ます。

「何か欲しい物があるんじゃないの?」

「どうしたの?」

 先を歩いていたミュウが戻ってきた。

「ティアが、欲しい物があるって」

 直樹がしゃがんでティアを背中から降ろした。ティアが店の中を覗き込む。

「けど・・・」

「お金なら大丈夫よ。お姉ちゃんが買ってあげるからねっ」

 ミュウがしゃがんでティアに言った。

「ほんと?」

「うん、好きなの買っていいよ」

 ティアは嬉しそうに店の中に入っていった。

「直樹って優しいんだね」

 ミュウが立ち上がると直樹のことを見上げている。

「どうして?」

「ティアにオモチャかぁ、気が付かなかったよ」

 直樹とミュウも店の中に入った。ミュウがティアと一緒にオモチャを探している。

 店は子供向けの可愛い玩具がいっぱい並んでいた。小さな子供が一緒の家族連れや、ミュウと同じ歳くらいの町の女の子達が買い物をしている。

「こういうのどうだろう?」

 町の女の子が二人、何かを見ていた。少し大人向けのアクセサリー売り場だった。

「これは誕生日のプレゼントって感じじゃないよ」

「そうかなぁ」

「そうだよ、誕生日に同姓からもらうより、彼氏に買ってもらった方が嬉しいと思うよ」

「じゃあ、あの子の彼氏に買うように勧めちゃおうよ」

 二人はペンダントを見ている。ミュウと同じかミュウより少し年下の感じがする町の女の子達だった。

「プレゼントかぁ」

 直樹もそこにあったペンダントを眺めてみた。ミュウは実用一品主義って感じでアクセサリーって持っていなかったよな。

 直樹は店の奥にいるミュウのところに行った。

「ねえ、お金貸して」

「何か欲しいの?あたしが買ってあげるよ」

 ティアとオモチャを探していたミュウが振り向く。

「自分の金で買いたいんだ」

「お金持ってないんでしょう」

「だから貸して欲しいんだよ。働いて必ず返すから」

 ミュウからこの場で使い切れない金額の辺境通貨を借りた。

「ありがとう、必ず返すよ」

 直樹はアクセサリー売り場へ戻っていった。


 ミュウは、ティアのオモチャを一緒に探していた。

 クロイツの町を離れると次に行く町はポサリカだ。悲しいけれどそこでティアと別れなければならない。だからティアに何か思い出になるような物を買ってあげたい。直樹に言われるまでそんなことに気が付かなかった。

「お姉ちゃん?」

「何?欲しいものあった?」

「うん、こっち来て」

 ティアに連れられ店の奥に進む。小さな手作りのぬいぐるみ売り場だった。

「あれ!」

 ティアが指さす棚の上の方に小さなクマのぬいぐるみがあった。

 ミュウは背伸びをしてそれを取るとティアに渡した。

「これでいいの?」

「うん」

 小さく、嬉しそうにティアがうなずく。

 店の人に代金を渡してミュウはティアと店を出た。

「ティア、可愛いの買ってもらったね」

 直樹が外で待っていた。ティアが嬉しそうにうなずいている。

「直樹は何を買ったの?」

「内緒だよ」

「教えてよ」

「ダメ、今は教えられない」

「ケチ!」

 直樹は何を買ったのだろう?物凄く気になった。

 もうすぐティアと別れることになる。それはとても悲しく辛いことだろう。だけどそれもあたしの仕事だ。人との出会いの数だけ、その分の別れがある。

 直樹とはずっと一緒にいられるのかなぁ?

 どうしてだろう?直樹とは別れたくない。ずっと一緒にいたい。

 直樹が何を買ったのか気になった。直樹が何をして何を考えているのかを知りたいと思った。だから教えられないって言われたとき、少しだけ寂しかった。

 三人で歩き始める。暫くあたしは黙っていた。ティアと直樹は楽しそうに話しながら歩いている。その後を黙って歩いていた。

「何か食べて帰ろうよ」

 かなり歩いたからお腹も減ってきた。お昼も近いしこのまま帰るのはもったいないと思った。

「うん」

 直樹が返事をする。ティアもお腹が減っていたのだろうか、辺りをきょろきょろ見渡して一軒の店を指さした。

「あそこがいい!」

 小さなレストランバーがあった。ちょっとだけメルヘンチックな店構えで、ランチタイムまでまだ時間があるが営業はしているようだ。

「そうね、あそこにしよう」

 ミュウが先頭に立ちその店に入っていった。


 クロイツの町にも民兵はいる。元々は帝国が自治を与えた町に帝国査察軍や正規軍とは別に治安維持と町の防衛のために置くことを認めた町独自の軍隊だった。この町は帝国領だが実際には共和国軍が近くに駐留しており帝国軍はトラブルを避けるために駐留していなかった。この町の民兵達は共和国軍にも協力的だった。

 町に不審者が入っている。民兵組織にそんな情報が入ってきた。クロイツの町に入る交易ルート近くで何者かの戦闘があったとの情報も入っていた。

 直樹達が早めの昼食を取り終わりレストランバーを出ようとしたときだった。

 若い男が一人、レストランバーに飛び込んできた。会計を済ませ店を出ようとした直樹達のところに走り込んできてティアと思いっ切りぶつかった。

「ティア、大丈夫?」

 突き飛ばされる格好で転んでしまったティアのところにミュウが慌てて駆け寄る。突然のことで何故自分が転んでしまったか分かっていないティアだったが、ミュウの慌てぶりに恐れ驚き泣きそうになっている。

「おい!待てよ!」

 そのまま逃げるように厨房の中に入っていった男を直樹は追いかけた。ミュウがティアを抱き起こしている。

 頭にきた。小さな子供にぶつかっておきながら、謝りもせずに逃げようとするなんて。

 直樹は厨房の入口にあるカウンターのところまで男を追いかけた。

 一言言ってやらないと腹の虫が治まらない。

「待ちやがれ!」

 この町の民兵と思われる軍服を着た男達が五人、レストランバーになだれ込んできた。

 店の出入り口に二が人立ち、自動小銃を店内に向ける。残りの三人がカウンターの直樹の側までやって来た。

「男が逃げて来なかったか?」

 一人が直樹に聞く。

「厨房の中に逃げ込んだよ」

 直樹はカウンターから厨房を指さした。

「全員動くな、近くに不審者が何人かいた。ここにも一人逃げ込んできた」

 リーダーと思われる民兵の男が店の中にいた全員に言う。

「行け!」

 リーダーがカウンターにいた二人に厨房へ入るように指示を出した。

 二人が厨房内へ入っていくと、銃声が聞こえた。

「きゃぁ!」

 ウエイトレス達の悲鳴がする。リーダー格の男が自動小銃を構えカウンターを飛び越え厨房に入っていった。

「直樹!こっちに早く来て!」

 ミュウが呼んでいる。その声を聞いた直樹は、店の出入り口付近にいたミュウの所に駆けていった。

「応援を呼んでくる!」

 近くにいた民兵の一人が急いで外に駆け出した。

 激しい銃撃音。自動小銃の断続した音がいくつもする。直樹は無意識のうちにミュウとティアをかばうようにしてその場に座り込んだ。

「こいつを殺したくなかったら銃を捨てろ!」

 厨房からティアとぶつかった男が調理師を盾して出てきた。腕をねじ上げられ盾にされているのは、まだ若い直樹達と同世代の女の子だ。

 今にも泣き出しそうな顔の女の子がすがるようにして直樹のことを見た。

 民兵のリーダーが銃口を男に向けて構えたまま厨房から出てきた。人質がいるので手が出せない。

 店の外で車の急ブレーキの音。民兵の応援が来たのだと直樹は思った。

 自動小銃を持った男達が数人店に飛び込んできた。

「全員手を挙げろ!」

 店に来たのは民兵じゃなかった。


 何者だろう?

 ミュウは店の中を改めて見回した。最初にティアとぶつかった男と後から店に入ってきた男達、全部で六人いる。こんな逃げ方をしているからプロじゃないとミュウは感じた。

 対する民兵は二人。リーダー格の男と出口の側にいた男。二人は今、店の奥、カウンターの側にいる。他の民兵、一人は外に応援を求めて出て行ったし、厨房に最初に入っていった二人はどうなったかわからない。

 窓からそっと外を見た。いつの間にか、この町の民兵達が回りを囲んでいる。

「お前らみたいなテロリストが何でこんな所に来たんだ!」

 民兵のリーダーがそう言った。

 テロリスト?この人達が?

 ミュウにはプロの集団には感じていなかった。

「うるさい!黙っていろ!全員動いたら殺すからな!」

 テロリストと言われた男の一人がそう言った。

 こいつがリーダーだろう。

 店の中にはミュウ達の他にウエイトレスが四人、調理師が二人、店の奥に客の老夫婦が一組と女性の客がもう一人いた。

「あたしだけか」

 民兵とテロリスト以外で武器を持っていそうなのはミュウだけだった。

 幸い、テロリストからミュウ達がしゃがみ込んでいる位置が見えない。ミュウが武器を持っているのがわからないようだ。

「あのじじいがロケットランチャーを売らないって言うからこんな事になったんじゃないか!」

 テロリストの一人が言った。

 じじいってもしかしてさっきの店のおじいさんかな?

 ミュウは心の中で笑っていた。こんな状況でも心の何処かでリラックスしている余裕があった。

 テロリスト達は店の中央に集まりこれからどうするか話をしていた。ウエイトレス達を自分たちの側に置いて盾代りにしている。出入り口付近にはミュウ達だけだった。逃げようと思えば簡単に逃げられる。

 最悪の場合、直樹とティアはここから逃げてもらおうとミュウは考えていた。民兵の戦闘能力がわからない。人質がいなければミュウと民兵だけで何とか出来るのだけど。

「下郎共、私が人質になる。他の人質は介抱しろ!」

 えっ?何?

 ミュウが座ったまま背伸びをして店の奥を見た。一人奥にいた女性が立ち上がり剣を抜いて真上に掲げている。

「何だぁ、この女は?」

 テロリストの一人が女性に近づく。

「それ以上近づくな!私は帝国空軍少佐、リディア・リトヴァクだ!人質なら私一人で十分だろう!」

「帝国の白バラ?」

「ええっ!」

 テロリスト達に動揺が走る。

 帝国の白バラって言うとミュウも聞いたことがあった。

 帝国内で一番と言われる空軍の撃墜王。機体に大きな白いバラを描いた戦闘機で帝国上空を駆け回り、侵入してきた共和国の戦闘機を何機も撃ち落とした無敵の撃墜王。

「リディア・リトヴァク!」

 テロリストのリーダーがリディアの方を見て動けなくなっている。

 その一瞬の隙を見て民兵のリーダーが動いた。銃をテロリストに向ける。

「人質は逃げろ!」

 リーダーはそう叫ぶと、テロリスト達に銃撃を加えた。

「直樹、逃げて!」

 ミュウは入口のドアを大きく開けて、直樹とティアを逃がした。

「お姉ちゃん!」

 直樹に抱えられたティアが叫んでいる。ミュウは直樹達が店の外に出たのを確認してから店の奥に駆けていく。

「早く!逃げよう」

 銃撃戦の中、恐怖で逃げられなくなったウエイトレスの女の子達をミュウが誘導する。

「こっちに、早く!」

 店の女の子達を全員避難させることが出来た。

 銃撃がやんだ。民兵達が出てくると思った。

「バトルシップを用意しろ!」

 ミュウが店の中を覗くと、テロリストのリーダーが老夫婦に銃を押しつけて人質にしている。

「二人を放せ!」

 リディアが剣を抜いてテロリストに向けている。民兵は倒れてしまったのかミュウの位置からじゃ見えない。

 ミュウはしゃがみ込んだ状態でそのまま店の奥に入っていった。

「お前ら貴族になんかに、俺達の苦しみがわかるか!」

 テロリストが興奮して叫んでいる。

 あまり刺激を与えない方がいいのにとミュウは思った。

「ああ、わからないとも。貴様のような下郎の苦しみなんぞ知ってどうなるのだ!」

 リディアも興奮して剣を振り回している。この人本当に軍人なんだろうか?

 ミュウは出来るだけ気が付かれないようにして二人に近づいた。

 興奮したリディアが剣を振り下ろす。テロリストに剣先が届く範囲じゃない。が、反射的にテロリストが銃をリディアに向けた。

 ミュウが走った。素速く剣を抜いて椅子とテーブルを踏み台にして思いっ切りテロリストに向かって飛び上がる。

 空中で体を半回転させながら剣を思いっ切り振り下ろした。

「はぁーっ!」

 ミュウの持っている剣が青白く光ると、テロリストが持っていた銃の銃口が切り落とされた。

「えっ?」

 何が起きたかわからないテロリストの両膝に着地と同時に横飛びして思いっ切り回し蹴りを加える。

「うわぁ!」

 テロリストが仰向けに倒れた。そいつの顔面にミュウは剣を突きつける。

「動かないで!」

 店の外から民兵達がなだれ込むように入ってきた。直ぐにテロリスト達は制圧され、ミュウの剣先で動けなくなっているテロリストを民兵に引き渡した。

 ミュウは剣を鞘に戻してリディアを見た。まだ剣を振り上げたままで固まっている。

 ミュウは首をかしげた。この人本当に軍人なんだろうか?と、また思った。

 ミュウが首をかしげたのを見てリディアは慌てて剣を降ろす。

「貴様の名前を教えてもらおう」

 自分の剣を鞘に戻しながらリディアが聞いた。

「ミュウです」

「ミュウ?聞かぬ名だな。何処かの有名な剣士かと思ったぞ」

「あたしは便利屋です。ここには仕事の途中で寄っただけです」

「そうか、私はリディア・リトヴァク。帝国空軍の少佐だ」

 リディアが右手を差し出した。ミュウがその手を取り握手をする。

「礼は言わんぞ。助けを呼んだつもりはない」

「あたしも、あなたを助けたつもりはありません」

 ミュウは笑った。それにつられてリディアも笑う。

「また何処かで会える気がするな」

 そう言うとリディアは先に店を出て行った。

「何で帝国軍人がこんなところにいるんだ?」

 倒れていた民兵のリーダーがむっくりと起き上がって言った。腕から少しだけ出血しているがたいしたケガじゃないように見える。

「お前、レディバードだろう?」

 ミュウは無言で民兵のリーダーを見た。体格の良い大柄の男がそこにいた。

 リーダーはカウンターに手をついてポケットからタバコを取り出した。

「帝国一のパイロットと辺境一のパイロットがこんな町に何のようだ?」

 タバコに火を付けゆっくりと吹かす。

 ミュウは黙って店を出た。

「お姉ちゃん!」

 ティアが駆け寄ってきた。

「大丈夫だった?」

 直樹も走ってくる。

「うん、行こう」

 ミュウ達は町外れのエアポートへ向かうために歩き出した。

「私は、帝国空軍少佐、リディア・リトヴァクだ。この町を共和国から開放するために来た。我がリトヴァク家は、今後この地を統治するために・・・」

 遠くでリディアの声が聞こえる。選挙演説でもしているようだ。

「変な軍人」

 ほんと、変わった軍人だったとミュウは思った。

 帝国の白バラと呼ばれるパイロットの話はミュウも聞いたことはあった。帝国空軍の撃墜王としてこの世界に名を聞かせている。パイロットとしては優秀なのかもしれないが、対人戦闘は全くの素人のように感じた。軍人なのに、便利屋のミュウの方が戦い慣れしている気がする。

「どうかしたの?」

 後ろを歩いていた直樹が真横に来た。

「ううん、何でもないよ」

 いつの間にか直樹の背中でティアがおとなしく寝息を立てている。

「急ごう、ウォルトに怒られちゃうよ」

 軽く駆け出した。

「待ってくれよ!」

 直樹が後に続く。

「早くしないとおいていくよ」

 エアポートは直ぐ近くだった。


「よし。これで直ぐに修理が出来る」

 浮き船の中だった。ミュウ達がバトルシップで浮き船に戻ると、ウォルトは直ぐに頼んでいた通信機の部品をバトルシップに取り付けだした。

「ウォルト、浮き船の進路をポサリカに向けてね」

「了解した」

 ミュウから部品を受け取るとウォルトは格納庫で整備を始めた。同時に浮き船が進路を変え始める。

「行こう」

 ミュウはティアを連れてキャビンに行く。直樹はウォルトの整備を手伝うという。

 キャビンに行くとティアは、買ってあげたクマのぬいぐるみで一人遊び始めた。そんなティアを見ていてミュウは考えていた。

 ポサリカの町に着いたらティアと別れなければならない。ティアはアールヴ族の王女だから、ゆくゆくは王国の重要なポストに就くのだろう。

 じゃあ、直樹は?直樹ともいつかは別れるときが来るのだろうか?

 出会いの数だけ別れがあると誰かが言っていた。商隊にいたときにも多くの出会いと別れがあった。

「また、一人になっちゃうのかな」

 ティアがミュウのことを見ていた。

「お姉ちゃんは一人じゃないよ。ティアが一緒だよ」

 ティアがミュウの側に来た。

「ありがとう、ティア」

 ティアと別れたくないとミュウは思った。もちろん直樹とも。

「お外が見たい」

「よし、デッキに出てみようか?」

「うん」

 ミュウはティアを抱き上げてキャビンからデッキに出るハッチを開けた。

「気持ちいいね、お姉ちゃん!」

「そうだね」

 確かに気持ちよかった。さわやかな風と午後の柔らかな日差しが二人を包んでいる。

 二人はデッキの上に座り込んだ。

「ティアね、お姉ちゃんのことが大好き!」

 いつものようにティアが抱きついてきた。

「クマさんも一緒だよ」

「そうね、ティアとクマさんといつも一緒にいられるといいね」

「うん」

 ミュウは優しくティアの髪を撫でる。ティアもミュウの膝の上でおとなしくしている。

 出来ることなら、ティアと別れたくない。何か良い方法はないのか?

「ダメだな、あたしは」

 自分はプロの便利屋だ。この仕事だって必ず最後までやり遂げなければいけない。ティアをポサリカまで連れて行くのがあたしの仕事じゃないか!

「どうしたの?」

 ティアが不思議そうにミュウのことを見ていた。

「何でもないよ」

 今まで一人で仕事をしてきて何とも思わなかった。直樹やティアと知り合ってからだ、一人になるのが怖いと思ったのは。こんな事は初めてだ。

「ティアね、クマさんのことずっと守ってあげるんだ」

「守る?」

「うん、お姉ちゃんに買ってもらったクマさんのこと、大好きだから」

 ティアがクマのぬいぐるみを抱きしめている。

 あたしは、ティアや直樹のことを守りたいと思っている。それは今のティアと同じようにティアや直樹が好きだから?

「お姉ちゃんもティアのこと好き?」

「うん、大好きだよ」

「だからいつもティアのこと守ってくれているんだね」

 空が青い。柔らかい風がティアの金色の髪をたなびかせている。

 あたしは直樹のことが好きなのだろうか?

 それは、ティアに対するような感じの好きなのか?それとも直樹を異性として好きなのか?

 空を見上げたが、答えはまだ分からない。

「大好きだよ。お姉ちゃん」

 ティアが胸に抱きついてきた。


 ウォルトがミュウのバトルシップの狭いコックピットから顔を出した。

「直樹、通信機のテストをしたい」

 直樹は自分専用になったバトルシップのコックピットに乗り込み、通信機のヘッドセットを付けスイッチを入れた。

「準備オッケーです」

「ミュウ、ちょっと格納庫に来てくれないか?」

 通信機からウォルトがミュウを呼んでいる声が聞こえてきた。

「どうしたの?」

「新しい通信機を見てもらいたい」

「わかったわ。ティアと一緒に格納庫に行くわ」

 ミュウの返事がクリアーに聞こえてきた。

「問題ないみたいですね」

 直樹は自分専用のバトルシップのコックピットから飛び降りるとミュウのバトルシップにいるウォルトの方を見た。

「当り前だ。俺が取り付けしたんだからな」

 ミュウがティアを連れて、格納庫に入ってきた。ミュウのバトルシップに近づき、コックピットを覗き込んでいる。

「何処が変わったの?」

 外見は何も変わっていない。通信機内部にあるチップをウォルトが交換していたのだった。

「中身が変わったんだよ」

 直樹はミュウのバトルシップに近づき、声をかけた。

「帝国公認の全ての通信機には個体が識別できるコードが付けられている」

 ウォルトが側に来て、ミュウに説明を始める。

「直樹専用のバトルシップは帝国軍でレディバードとして登録されている。直樹が乗っていても帝国軍はミュウが乗っていると勘違いする恐れがある」

「だから、通信機の中身を変えたんだ」

 直樹は自分が交換したかのようにミュウに言った。実際、半分近くはウォルトに教わり交換の作業を手伝っていた。

「ミュウのバトルシップの通信機と一緒に俺のバトルシップの通信機も新しい物に交換したんだ」

「そんなに通信機の在庫あったの?」

「クロイツの町で買った部品に識別コードが付いていたんだって。通信機自体を交換したんじゃなくて、その中にあるチップを交換したんだよ」

 ミュウが軽く首をかしげている。直樹の説明が、上手く伝わっていないようだ。

「あたしのバトルシップ、武装もしてくれた?」

 ミュウがコックピットに飛び乗った。

「ミュウが飛び上がって喜ぶような武装じゃないが一応は完了している」

 ウォルトが説明している。機首に付いている二十ミリガトリング砲は直樹専用のバトルシップと同じ物だ。両側の小さな固定翼に小型のロケットランチャーをウォルトが苦心して取り付け、作業は全て終わっていた。

「ロケットランチャーか、クロイツの町で良いものを見つけたんだよ」

 直樹は老人の店を思い出していた。ミュウが好きなオモチャを見つけた子供のように物欲しそうに見ていたのを覚えている。

「あのロケットランチャー、欲しかったなぁ」

 ミュウが老人の店で見た多目的ロケットランチャーの説明をウォルトにしていた。

「この仕事が終わって、残りの代金が振り込まれたら購入を考えてもいいぞ」

「ほんと?愛しているよウォルト!」

 コックピットから飛び降りそのままウォルトに抱きつこうとしたミュウを寸前でかわしたウォルトがいつものようにこう言った。

「俺には恋愛感情がインプットされていない」

 ウォルトはそのまま格納庫から出て行った。

「お姉ちゃん!」

 格納庫の隅でミュウに買ってもらったクマのぬいぐるみで遊んでいたティアがミュウの側に駆け寄った。

「どうしたの?」

 ミュウがティアのことを抱き上げた。

「震えている」

 ミュウがほおずりをするとティアのことを強く抱きしめる。直樹から見てても分かるくらいにティアが震えていた。

「来るよ、こっちに」

 ティアがミュウに必死にしがみつく。震えが止らないようだ。

「何が来るの?」

 優しくミュウが聞いた。

「ティア、お姉ちゃんのこと大好きだよ。だからこんなの嫌だよぅ」

 ティアのブルーの澄んだ瞳から光が消え、だんだんと赤くなり始める。

「もう、お姉ちゃんに嫌われたくない!」

「ティア?」

「嫌だああっ!」

 ティアが瞳を閉じてぐったりとした。

「直樹!」

 ミュウが振り向き直樹に叫んだ。

「ティアをキャビンに連れて行って!」

「わかった!」

 何が起きたのか、直樹には解らなかったが、ミュウからティアを預かると、そのまま抱き上げキャビンへ行こうとした。

「ウォルト、何か近づいてきていない?」

「レーダーやセンサーには何も反応はない」

「なんだろうこの感じは?」

 ミュウが胸元に両手をやり何か考えているように見えた。

 直樹はそのままティアを抱きかかえてキャビンへ向かった。

「ティア?」

 呼びかけるが、返事はない。キャビンじゃなくてベットで休ませた方が良いのではないだろうか?

 キャビン入口で、このままキャビンへ運ぼうかそれともミュウの個室へ運ぼうか迷っているときだった。

「殺してやる!」

 突然、ティアが直樹の腕から飛び降りると、獣のように歯をむき出して直樹に向かったきた。

「ティア!」

 直樹が叫ぶが、ティアには聞こえないのだろうか。いつものブルーの澄んだ目が、真っ赤な炎のようなルビー色に変わり、直樹を睨み付けている。

 あの時と同じだ。軍隊蜂の群れと遭遇したあの時のティアがここにいた。

「ウォルト!助けてくれ!」

 飛びかかってきたティアを何とか避けて、直樹は叫んでいた。ウォルトの電子頭脳なら、浮き船の船内をすべて監視しているはずだ。

「直樹、待っていろ。直ぐにミュウがそっちに行く」

 ウォルトの声を聞きながら、直樹はキャビンへ逃げ込んだ。

 直樹は、キャビンからキッチンへ入るドアを開け、その中に逃げ込みドアを閉めようとした。

「殺してやる!」

 ティアが、その小さな身体では考えられない力で閉めようとしたドアをこじ開ける。

 ドアを思いっ切り開けた拍子に直樹はキャビンへ飛び出した。ティアはそのままキッチンへ入っていった。

「今だ!」

 直樹は、キッチンへはいるドアを閉めて、ティアをキッチンへ閉じこめようとした。

「ふっふっふっ」

 不気味な笑い声を出して、ティアが信じられない力でキッチンへのドアを大きく開いた。

「ティア!やめろ!」

 手には料理に使うナイフを持っていた。

「殺してやる!」

 その言葉を何度聞いただろうか?ティアの美しい金色の髪は狂ったように逆立ち、目は炎が燃えるように真っ赤になっている。

 ティアがナイフを持ち直樹に向かって突進してきた。恐怖で足がすくむ。

 ダメだ、逃げられない。

 ティアが直樹にぶつかる寸前に、何かが間に割って入ってきた。

「うっ!」

 ミュウの短いうめき声を聞いた。

「ミュウ?」

 ミュウが直樹とティアの間に入り、全身でナイフごとティアを受け止めた。

「ミュウ!」

「ティア、ダメだよ、こんな物、持ち出しちゃ」

 ミュウはそう言いながら、ティアのことを抱きしめていた。

「お姉、ちゃん?」

 ティアの目から赤い光が消えだし、逆立っていた髪がもとに戻りだした。

 ティアがミュウの腹部を見る。ティアが両手で握っているナイフがミュウの腹部に突き刺さっている。

「嫌あああっ!」

「ティア、お姉ちゃん、平気、だから、ね」

 ミュウがその場に倒れ込んだ。

「ウォルト!直ぐ来てくれ。ミュウが大変だ!」

 どうやって運んだんだか覚えていない。気が付くと直樹はミュウを抱き上げてミュウの個室へと運んでいた。

「嫌だ!お姉ちゃん!嫌だよう!」

 直樹はミュウをベットに寝かせた。その後ろで、正気に戻ったティアが狂ったように泣いている。

 医療用のモニターをウォルトが運んできた。

「直ぐに手当をする」

 直樹は意識がなくなっているミュウの手を握りしめていた。直樹の手より小さな手だった。初めて握ったとき、冷たい手だと思ったが、今はとても暖かい。

「お姉ちゃん、ごめんなさい」

 ティアがミュウの寝ているベットの側に来た。直樹はミュウの手をティアに握らせその上から強く握りしめた。

「直樹?」

 ミュウの意識が戻ったようだ。うっすらと目を開け直樹とティアを見ている。

「お姉ちゃん、ごめんなさい」

「ティア、ティアは悪くないよ」

 ミュウの手が、直樹とティアの手を握り替えしてきた。

「お姉ちゃんのことは、ティアが守る!」

 突然、ティアの金色の髪が光り出した。直樹が握っているティアの手がだんだんと熱くなってくる。

 何かが、直樹には上手く説明が出来ない何かの力が、ティアの身体から小さな手を通って直樹とミュウに流れ込んできた。

「どういうことだ?傷が勝手に治っていくぞ」

 医療用のモニターで監視しながら治療をしていたウォルトが直樹のことを見てそう言った。

「何か、不思議な力が流れ込んでくるのが感じられるんです」

 直樹がそう言いティアを見ると、全身が黄金のように光り輝いている。眩しく、けれど暖かい光がミュウの個室に満ちていった。

「直樹、ありがとうね」

 さっきより顔色が良くなったミュウが直樹の手を強く握ってきた。

「何言っているんだよ。助けてくれたのはミュウじゃないか」

「あたし、感じるの。ティアが今思っていることを」

 直樹も感じていた。言葉には表すことは出来ないが、何だか暖かい感じが三人を取り囲んでいることを。

「来る!」

 ミュウが起き上がろうとした。

「ダメだ。まだ寝ていないと」

 ウォルトがミュウをたしなめる。

「ウォルト、光学モニター全開、対空戦闘開始」

「レーダーには何も反応していないぞ」

「来た!」

 ミュウが叫んだのと同時に、直樹にも何かが浮き船の周りに来ているのを感じ取っていた。

 二十ミリ対空機関砲の音が聞こえ始めた。

「ミュウ、軍隊蜂だ。取り囲まれた」

「数は?」

 ミュウが起き上がった。

「レーダーに反応しないので正確な数はわからない。この間の群れだとしたら千匹はいるかもしれない。このまま群れの中を突っ切る」

 浮き船は右に左に揺れながら最大戦速で進んでいた。断続的に対空機関砲の音が聞こえる。軍隊蜂の群れの中を突破しようとしていた。

「何でレーダーに反応しないのかしら?普通なら反応するのに」

 軍隊蜂には浮き船を襲い墜落させる能力はない。しかし、これだけの数の群れだと船体に取り付かれた場合その重みで墜落する可能性もあるだろう。

 ミュウがベットから出ようとする。

「まだ寝ていないとダメだよ」

 直樹がティアの手の上からミュウの手を強く握った。

「ありがとう。でも、もう平気」

 ミュウの顔が熱でもあるのか真っ赤に見える。

「ティア」

 ミュウが優しく呼びかけた。ティアから黄金の光がだんだんと薄くなり消え始めた。

「お姉ちゃん?もう平気なの?」

「うん、ティアが助けてくれたからだよ」

「良かった」

 ティアがそのままミュウが寝ていたベットにもたれるようにして眠り込んでいった。

「ティア?」

 直樹はティアのことを抱き上げてそのままミュウが寝ていたベットに寝かせた。

「ティアは大丈夫だ。少し疲れが出たんだろう」

 ウォルトが医療用モニターでスキャンしながらそう言った。

「あたし、バトルシップで出る!」

 ミュウが格納庫に行こうとした。

「待て、もうすぐ軍隊蜂の群れを突破できる」

 対空機関砲の音が聞こえなくなったが、浮き船はまだ速力を落としていなかった。

「レーダーに反応。前方に大型艦補足」

 ウォルトがミュウを見ている。

「軍隊蜂を操っている奴らかしら?」

「ライブラリーで照合した。旧帝国軍の高速戦術空母。現在はリトヴァク子爵家の所有物になっている」

「リトヴァク家?」

 クロイツの町で会った貴族の軍人のことを直樹は思い出していた。確かリディア・リトヴァクって言う名前だった。

「このまま群れを突っ切れば、リディアの目の前に出ることになる」

 ミュウの表情が真剣そのものになっていた。

「空母から通信。降伏して積み荷を差し出せと言っている」

 ウォルトの顔も真剣になっていた。

「浮き船、百八十度回頭。高速離脱するわ」

 ミュウの指示どおり浮き船が旋回を始めた。

「また、軍隊蜂の群れを突っ切れと言うのか?対空砲の残弾が少ないぞ」

「あたしがバトルシップで出る」

「待ってくれ」

 直樹はミュウを止めた。

「俺が出るよ。空母から戦闘機が出てきたらミュウに任せる。ここは俺に任せてくれ」

 軍隊蜂相手なら何とか出来ると直樹は思った。

「待って、ティアがやる」

 寝ていたと思っていたティアが起き上がり、再び黄金色に輝きだした。

 断続的に聞こえてきた対空放火の音が消え、二十ミリ対空砲が火を噴くのをやめた。

「軍隊蜂が逃げていく」

 ウォルトが言うのと同時にティアがベットに伏せ倒れた。

「ティア?」

 直樹はティアのことを抱き起こそうとした。

「急激な体力の消耗で倒れたんだ。暫く寝かせておけば平気だ」

 ウォルトの言葉に直樹はティアをベットに寝かした。

「レーダーに反応、敵戦闘機が一機急速接近中」

「出るわ。直樹、ティアのことお願いね」

「怪我はもう平気なの?」

「うん、ティアのおかげよ。だからここでティアのこと見守っていてね」

 ミュウが血だらけのタンクトップをその場で脱ごうとした。

「ちょっと待ってよ!」

 直樹はミュウの部屋を逃げるようにして出た。

「俺は男だぞ。忘れないでほしいよな」


「出るわ、ゲート開けて!」

 ミュウのバトルシップが発進する。

 バトルシップに乗り込む前に直樹が何か言っていた。

「何だったのだろう?」

「ミュウ、敵は真っ直ぐこっちに向かっている。数は一機、強行偵察かもしれない」

 ウォルトが注意を促す。

「わかったわ」

 浮き船の上空で軽く旋回する。ミュウはバトルシップを空母めがけて急進させた。

 ミュウはジェットエンジンを始動させた。通常、バトルシップは飛行にはジェットエンジンは使わない。ミュウのバトルシップには特注でジェットエンジンが取り付けられている。

「すごい!」

 急激な加速で全身が押しつぶされそうになる。

「対Gスーツが必要かな?」

 少なくてもパイロットスーツは必要だとミュウは思った。それだけ物凄い加速だった。

 数分後、コックピットのレーダーに近づいてくる機影を見つけた。

「リディアだ」

 通信機のチャンネルを帝国軍用に合わせた。

 ジェットエンジンを切り、加速を止めた。それでも前のバトルシップより速いスピードで飛行を続ける。

「来た!」

 左にひねり急上昇させる。その脇を物凄いスピードで戦闘機がすれ違っていく。

 ミュウは戦闘機の機体に白い何かの絵を見た。

「帝国の白バラ!」

 リディア・リトヴァクに間違いないと感じた。

 ミュウは機体を水平に飛行させた。行き過ぎた戦闘機がゆっくりと旋回しながら戻ってくる。

 同じ速度で戦闘機がミュウのバトルシップの横を飛行する。

 ミュウは戦闘機を見た。スモークになっているキャノピーが突然開いた。

 パイロットが腕を出し親指を立て下を指す。着陸しろと合図を送っているようだ。

 何か話があるのか?それなら何で通信機を使わない?

 ミュウは機体を軽く二回左右に揺らして了解の意思表示をしてからバトルシップを地上に向け降下させた。

 平らな地面を見付け、そこにふわりと着陸する。後から戦闘機もジェットエンジンの排気口を後方から下方に向け直し、物凄い騒音をまき散らして降りてきた。ミュウのバトルシップの隣に着陸した。

 キャノピーを開け、ミュウはバトルシップを降りた。左腰に剣を右腰にはスミソン型銃を忘れてはいない。

 ミュウは、相手の戦闘機を見上げた。最新型なのだろうか?辺境査察軍の物とは違うタイプの機体だった。機体に大きく白い花の絵が描かれている。

 キャノピーが開いて、パイロットが出てきた。パイロットスーツのシルエットが女性であることを示していた。

「リディア・リトヴァク!」

「貴様、やっぱりあの時のミュウ!」

 戦闘機からリディアが飛び降りて、ゆっくりとミュウのバトルシップに近づいてきた。

「貴様がレディバードだったのか」

 ミュウのバトルシップに書かれている赤いテントウムシの絵を見てリディアが言った。

「話でもあるの?」

「ある」

 そう言い、リディアは銃を抜いてミュウに銃口を向けた。

「何故、剣を抜かない?」

「あなたに敵意を感じないから。それにセーフティも解除していないし」

 銃を向けられたまま、ミュウはそう答えた。もし、リディアに敵意がありミュウに発砲する気があるならば、セーフティロックを解除する瞬間に剣を抜けば反撃するのに十分に間にある。

「何もかも、お見通しって感じか!」

 リディアは銃を降ろした。

「お前達が連れているアールヴ族の娘を渡してもらいたい」

「断るわ」

「だろうな」

 リディアは地面に適当な場所を見つけて座り込んだ。

「私は貴族だ。本来ならこのような場所に座ることも許されない。そういう生活を普段送っているのだ」

 ミュウはリディアの正面に立った。

「自分の領地に住む民のために、民達の生活水準が少しでもよくなるために私は一生懸命に働いているつもりだ」

 ミュウもリディアの側に座った。

「なのに、軍本部は民を苦しめる命令ばかりする。戦術空母一隻をこの地に送るだけでもどれだけの民が苦労するのかわかっていないんだ!」

「愚痴を言いに来たの?」

「すまない。忘れてくれ」

「教えて、あなた達が軍隊蜂を操っているんでしょう?」

「あれは私の空母に乗っている帝国軍の特務隊が行っている実験だ。アールヴ族の司祭が魔力を使って蜂たちをコントロールしている」

「アールヴ族の司祭?」

「そうだ。帝国軍に協力してくれるアールヴ族の司祭だ。戦闘機を使わずに制空権を握るために虫や鳥を使い敵を襲うという実験だ」

「そんな、ひどいことを。虫や鳥には罪はないのに」

「私もそう思う」

「やめさせてよ」

「これは、命令なんだ。私は軍人だから、命令には背けない」

 ミュウは立ち上がった。

「私の空母を沈めれば実験は中止になる。しかし、そうさせることは許さない。私の部下や我が領地の民が軍人としてあの空母に乗っている」

「あたしは、軍人じゃないよ。だから命令とか関係ないんだ。自分が正しいと思ったことをするだけだよ」

「私と戦うのか?」

「あんたが私のじゃまをするならばね」

 リディアも立ち上がった。

「本題だ。私がここに来た目的だが。ポサリカに行くのはやめておけ」

「何で?」

「貴様が連れているアールヴ族の娘、ポサリカに行けば殺される」

 リディアは戦闘機の方へ歩き出した。

「待って、何で殺されるの?」

「そういう運命なんだ。私の空母に乗っているアールヴ族の司祭が教えてくれた」

「あたしは、どうすればいいの?」

「詳しい話は出来ないが、貴様の仕事がポサリカに行くことならそうすればいい。しかし、アールヴ族の娘は手放すな。後悔するぞ」

「何でこの事を教えてくれたの?」

「クロイツの町で貴様は貴族でも軍人でもないのに、一般市民を助けただろう。私は偉く感動をしたんだ」

「当たり前のことをしただけだよ」

 リディアは戦闘機に乗り込んだ。

「貴様、空は好きか?」

「空?」

 ミュウは大空を見上げた。遠くに雲が流れている。

「私は、この大空が大好きだ。死ぬときはこの空で死にたいと思っている」

 ミュウはコックピットに乗り込んだリディアを見上げた。

「もし、貴様と私が大空で戦うことになったら迷わずにトリガーを引け、貴様に殺されるなら私は後悔はしない」

 ミュウはうなずいた。

「最後に一つだけ聞いてくれ。これは私の友人にしか話していない事だが、この機体に私が書いた花は白バラではない。これは白百合だ」

 バラにも百合にも見えない白い花を指さしてからリディアはキャノピーを閉めた。

 ジェットエンジンの強力な推進力でリディアの戦闘機が爆音を残して垂直上昇していく。

 ミュウは強力な排気風になびく髪を片手で押さえながらリディアの戦闘機を見送った。


 直樹が格納庫に来ると、ちょうどミュウが戻ってきた。

 ミュウのバトルシップが格納庫の定位置に着艦する。

「ミュウ!」

 直樹はバトルシップに駆け寄った。

「ティアは?」

「ミュウの部屋で寝ている。精神的にも安定しているって」

「よかった。ありがとうね」

 ミュウがバトルシップで戦闘をしたとウォルトは言っていなかった。外で何があったんだろう?

 いつもより表情が暗い。まだティアに刺された傷が痛いのだろうか?

「ウォルト、バトルシップの整備をお願いね。それからあたしのパイロットスーツって、何処かにしまってある?」

 ミュウがヘッドセットで話しかけている。

「ない」

「そっか」

 格納庫から、キャビンの方に向かおうとしたミュウが立ち止まり直樹の方を見た。

「ティアのことなんだけれど」

「ティアがどうかしたの?」

 ミュウが何かを思い詰めている感じがする。

「あたし、ティアと別れたくないんだ。どうすればいいと思う?」

 ティアをポサリカの町に連れて行くのがミュウの今回の仕事だ。それは直樹にもわかっている。

「仕事だから、とりあえず連れて行くしかないよ」

 ミュウがティアと別れたくないと思っている。その気持ちは直樹にも良く理解できる。普段のミュウとティアを見ていると本当の姉妹のように仲が良すぎるのがわかるからだ。

「そうだよね。それがあたしの仕事なんだよね」

 ミュウに元気がない。

 俺は、ミュウを元気づけるのにどうしたら良いんだろう?

「自分が思っているとおりにやってみたら?」

 ミュウが、ハッとした顔になりそして笑顔が戻ってきた。

「ありがとう。元気が出たよ」

 そのまま、キャビンの方へ歩いていった。

「さて、ウォルトの整備でも手伝うかな」

 本当は、直樹もバトルシップで出撃したかった。けれどミュウがまだ無理だと言っていた。

 それじゃ、ミュウのために出来ることって整備くらいじゃないか。

 ウォルトが来る前に自分で出来ることはやってみようと思った。


 ミュウは自分の個室に入った。

 ティアがベットで寝ていたが、ドアを閉める音で目が覚めたようだ。

「お姉ちゃん?」

「ただいまティア。ティアのおかげで元気になれたよ」

 ミュウはティアが寝ているベットの隅に座った。

「汗、かいちゃった」

 ミュウはベットの中に手を入れた。ティアの汗でベットが湿っている。

「一緒にシャワー、浴びようか?」

「うん」

 ミュウも出血した部分に血が固まって付いている。傷口は完全にふさがっているが、早くきれいに洗い流したい。

「夢見たの」

 ティアが話しかけてきた。

「どんな夢?」

「知らない人が力の使い方、教えてくれたの」

「知らない人?」

「うん、黒い長い服を着た。ティアと同じ耳の大きい人」

 アールヴ族の司祭?

「その人がね、ティアに力はこうやってコントロールするんだって教えてくれたの。だからいっぱい汗、かいちゃった」

 横になって寝ていたティアの体がそのまま空中に浮き上がる。ゆっくりと上体を起こしながら垂直になっていく。そのままベットから床に空中を移動した。

「ティア?」

 ストンと床に降り立ったティアがにっこり笑った。

「知らない人には見せちゃいけないってその人は言ってた。だからお姉ちゃん以外には、お兄ちゃんにもこの力は見せないよ」

 驚いた。いつの間にこんな能力がティアに付いたのだろうか?

「そうだね。見せない方がいいと思うよ。直樹にもウォルトにも、ねっ」

 おそらくウォルトは何処かから今の現象をモニターして確認したかもしれない。

「さあ、シャワー、浴びに行こう」

「うん」

 着替えを持って二人はキャビンに行った。

 キャビンには誰もいなかった。

「確か直樹は格納庫よね」

 キャビンでティアの服を脱がす。

「ティア、先に入っている」

 ティアがシャワー室へ走っていった。ティアの着ていて服をたたみ、自分の着替えを持ってシャワー室へ行く。

 シャワー室の前に着て服を脱いだ。タンクトップは出撃前に着替えたが、コンバットパンツには血が付いたままだった。

「洗って落ちるかな?」

 下着も脱いでシャワー室に入る。すでにティアがシャワーを全開にして使っていた。

「ティア?」

 湯気でよく見えない。

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 直樹の声?

「お姉ちゃん、ここだよ。お兄ちゃんもいるよ」

「ええっ!」

 ティアより大きな影が近づいてきた。タオルで前を隠した直樹が奥から出てきた。

「ご、ごめん!」

「きゃあああっ!」

 思わず両手で胸を隠した。驚きのあまり動けなくなる。

 シャワー室は、出入口は狭く奥が広くなっている構造で、ミュウがどかない限り直樹は出られない。

「ど、どいて欲しいんだけど」

 目線を泳がせ直樹が言う。シャワーが熱かったのか全身が真っ赤になっていた。

「こっち、見ないでよ!」

 何で直樹がここにいるの?恥ずかしいよ!

「ミュウが確認しないで入ってきたんだろう。出るからどいてくれよ」

「あっち、向いててよ!」

 ミュウは通路の壁の方を向いて立った。

「早く出て行って!」

 狭い通路をミュウの背中を見ないよう反対側を向いて直樹がシャワー室を出て行こうとしている。

 背中に何かが触った。

「きゃあああっ!」

 直樹の肘だろうか?それとも意図的に直樹が触ったのか?

 その場にしゃがみ込もうとして直樹と背中同士が激しくぶつかった。

「うわああ!」

 直樹が驚いて足を滑らした。その勢いでうつぶせに転んでしまう。滑った直樹の足がミュウの足を払う形になり、ミュウが直樹に重なるように仰向けに転んだ。

「痛っ!」

「ちょっと何するのよ。早くどいてよ!」

 背中に直樹の体温を感じる。恥ずかしい。

 直ぐ立ち上がろうとするが全身が熱くなるほどに恥ずかしく、思考回路は完全にオーバーヒートしてしまい思うように立ち上がれない。

「ミュウがどかないと立ち上がれないよ!」

 直樹の上に自分が乗っかっていることに気が付いた。

「あっ!二人で遊んでいる!」

 ティアが倒れている二人の側に来た。

「それえっ!」

 ハンドシャワーを全開にしてお湯をかけてきた。

「ティア、ちょっとやめて!」

 直樹の背中の上、お湯を全開にしてかけられ上手く立てない。

「ティア!」

 ・・・散々だった。

「お姉ちゃん、怒っているの?」

「怒っていないわよ」

 恥ずかしかったけど。

「よかった」

 ティアの髪を優しく洗ってあげた。

 あの後、何とか立ち上がってシャワー室の奥に逃げ込んだ。直樹も逃げるようにシャワー室を出て行った。

「何で直樹がいるの黙っていたの?」

「お兄ちゃん、最初驚いていたけど一緒に身体、洗ってくれたんだよ」

「なにいっ!」

「ティアのね、背中とか流してくれたの」

 許さない。子供だからって女の子の裸、触るなんて!

「ティアね、お兄ちゃんも大好きなの」

 出たら懲らしめてやらないといけないわね。


 ミュウのために何かしたい。そう思っただけだった。

 だから、戻ってきたミュウのバトルシップを整備しようと思ったんだ。

 それなのに・・・。

「素人は引っ込んでいろ!」

 ウォルトに叱られた。

 確かにウォルトの言うとおりだ。バトルシップは空を飛ぶ戦闘用の船だ。ミュウだって遊びで飛んでいる訳じゃない。プロがきちんとしたメンテナンスをしておかないといざというときに困ってしまう。

「これには、ミュウが命を預けているんだぞ」

 ウォルトがバトルシップを優しく撫でながら言った。

「生半可な気持ちで整備されたら困るんだ!頭でも冷やしてこい!」

 そう言われたから、シャワー室に来ていた。

 頭を冷やせと言われたが、風邪はひきたくない。少し熱めのシャワーを浴びていた。

「お兄ちゃん?」

「ええっ??」

 ティアが裸で立っていた。

「ティアもシャワー、浴びるの。汗いっぱいかいちゃったから」

 ティアにシャワーヘッドを渡した。

 こんなところミュウに見られたら、何を言われるかわからない。早くでないと。

「お兄ちゃん、背中、流してくれる?いつもはお姉ちゃんに洗ってもらうんだけど、今日は居ないから」

「いいよ」

 ティアの背中にシャワーをかけてあげる。背中には切り傷や腫れた後がいくつか残っていた。

「ティアね、お兄ちゃんもお姉ちゃんも大好きなの。お兄ちゃんは?」

「そうだなぁ。お兄ちゃんもティアのこと大好きだよ」

「お姉ちゃんのことは?」

「大好きだよ」

 言いながら、何だか恥ずかしくなってきた。

 ミュウのことを女の子として意識したのは何時だろうか?ミュウには本当いろんなことで助けてもらったと思う。感謝の気持ちを早く表わせないといけない。

「ティア?」

 ええっ?

 シャワー室の扉が開いて、ミュウが中に入ってきた。

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 もしかして裸で入ってきたのか?どうしよう?

 焦った。物凄く動揺している。こんな事で、ミュウに嫌われたら、ウォルトに見捨てられたら、俺には行く場所がないんだ。

「お姉ちゃん、ここだよ。お兄ちゃんもいるよ」

 とにかくここから逃げだそう。

 直樹は急いでシャワールームを出ようとした。


 夕食時に、直樹に文句を言ってやろうと思っていた。ティアの体を触ったことやあたしの恥ずかしい姿を見たこと、たくさん言ってやろうとした。

 何故だろう。目の前に座ったら何も言えなくなってしまった。

「どうした二人とも、体温が急上昇して、心拍数が早くなっているぞ」

 ウォルトが生体モニターでも使って監視しているのか、そう指摘してきた。

「何でもないわよ」

 どうしよう。正面にいるのにまともに顔が見られない。目を会わせるのが怖い。

「さっきはごめん」

 直樹が言ってきた。

「ううん、こっちも確認しなかったからいけないんだよ。ごめんね」

 あれっ?あたし、何で謝っちゃってんだろう?

「ミュウ、怪我はもう平気なの?」

「うん、ティアのおかげだよ」

 ミュウはティアを見た。美味しそうに夕食を食べている。

「俺、これから気を付けるよ」

「あたしも気を付けるね」

 何であたしが気を付けなくちゃいけないの?この浮き船はあたしの物なのに。いつ文句を言ってやろうか。

「これ、もっと早く渡そうって思っていたんだけど」

 直樹がテーブルに小さな箱を取り出した。ピンクのリボンがかけてある。

「何?」

「開けてみて」

 ミュウはその箱を取って開けてみた。中にテントウムシをかたどったシルバーのペンダントが入っていた。

「ミュウに似合うかなって思って」

 頭の中が真っ白になった。

「こっちはティアに」

 ブルーのリボンがかけてある一回り小さな箱を取り出して、ティアの前に置いた。

「開けてもいいの?」

 ティアが直樹に聞いている。

「いいよ開けてごらん」

 中にはミュウの物より一回り小さなテントウムシのペンダントが入っていた。

「お兄ちゃん、ありがとう」

 ティアがペンダントを取り出して自分で付けようとしている。

「お姉ちゃん、付けて」

 ミュウは黙ってティアにペンダントを付けてあげた。

「ミュウ?」

 直樹が呼んだ。何だか顔の辺りが熱くなる感じがする。直樹がくれた箱を両手で取って眺めてみた。箱が何だか霞んで見える。その時に、涙が出ていることに気が付いた。

 お礼を言わなきゃと思ったが、何て言ったらいいのかわからない。言葉が出ない。

「本当はさぁ、誕生日とかにあげたかったんだけど、いつが誕生日か知らないし、それでも俺のこと助けてくれたお礼とかしたくて、どうしようかって思って」

 あたしの涙を見て、直樹が動揺している。

「お礼なんか、いらないのに」

 素直にありがとうって言葉が思いつかなかった。涙が止まらなくなっている。

 今まで人からプレゼントをもらった記憶がなかった。何かの仕事をしてその報酬として代金を受け取る。そういう仕事を小さいときから見ていたので、「好きな人」からプレゼントをもらった事など一度もなかった。

 大声を出して泣きたかった。それほどにこの小さなプレゼントが嬉しかった。

 商隊から独立する前も、頑張ってきたつもりだった。独立してからは、一人で仕事をするようになり不安だらけだった。相談したいこと聞いて欲しいことがたくさんあった。そんなときだからこそ、直樹と出会えて嬉しかった。相談できる人、愚痴を聞いてくれる人が側にいるだけでどんなに心強いか。

「ありがとう」

 やっと言えた。小さな声だったが、精一杯の感謝の言葉。言った後、大声を出して泣いてしまった。

 商隊から独立して一人で不安だったこと、この仕事は引き受けてよかったのかと誰にも相談できずに一人悩んでいたこと、女の子の便利屋に何が出来ると陰口を言われ辛かったこと、いっぺんに思い出された。

 直樹が驚いてみている。ティアも驚いてみている。そんなことはどうでもいい。ただ二人が側にいてくれるだけで嬉しかった。

 どのくらい泣いていたんだろう。気が付くとティアが側にいてあたしの手を握ってくれていた。

「温かい」

 ティアの小さな手が物凄く温かく安心していられる。こんな気持ちは初めてだった。

「ミュウ」

 直樹が優しく言葉をかけてくれる。

「ペンダント、付けてみてよ」

「うん」

 泣きながら笑い、ペンダントを付けてみた。

「似合っているよ」

「ありがとう」

「お姉ちゃん、お揃いだね」

「うん、お揃いだね」

 そうだ、あたしは一人じゃない。こんなにも温かい仲間がいるんだと強く感じた。

「早く食べないと料理が冷めてしまうぞ」

 ウォルトに言われ三人は夕食を食べ始めた。

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