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ミュウの浮き船  作者: まんだ りん
2/4

ティア


 二 ティア


 直樹がコンテナケースを片付け終わった頃、一台の小型トラックが浮き船の側に来て止った。

「ミュウさんは居ますか?」

 トラックから降りてきたのは確か昨日会ったボギーっている行政局の局長だ。

「今、呼んできます」

 直樹は足早に浮き船に戻った。

「ミュウ、ボギーが会いに来たぞ」

 ミュウの個室にあるスピーカーからウォルトの声がした。

 浮き船の中には生体反応センサーが付いていて、誰が何処にいるかはウォルトは常に把握している。

「わかった、今行くね」

 部屋の中から声がして、ドアが開きミュウが出てきた。

「ボギーさんが車で来たよ」

 ドアの前まで来ていた直樹はミュウに言った。

 ミュウは直樹がそこにいたことが意外だったのか、暫く動けなくなっていたが直ぐに部屋にカギをかけると浮き船の外に出て行った。

「やっぱり怒っているよ」

 直樹も後から付いていった。

「護衛してもらう荷物を持って来ました」

 小型トラックの側でボギーが言った。

「荷物?人じゃないの?」

 ミュウがそう言ってトラックの荷台へまわる。ボギーが小型トラックの荷台を開けた。

「どういう事なの?」

 ミュウが不信感いっぱいの声で聞くと、左手を鞘にそえて右手で剣の柄を握った。直ぐに剣を抜けるように立ち構える。直樹もトラックに近づき荷台を覗き込んだ。

 荷台には小さな檻が積んでありその中に四、五歳くらいの耳の大きな幼い少女が首輪をされて入っていた。震えて、怯えた目つきで直樹達のことを見ている。

「事情があるのです」

 ボギーは表情を変えずにミュウのことを見ている。直樹にはボギーの眼が冷たく感じた。

「直ぐに首輪を外して檻から出しなさい」

 ミュウが素速く一歩下がると剣を抜いた。右手で剣を振りかざす。脅しである。場合によってはお前を斬るぞと言う一種の威嚇であった。

「落ち着いて下さい。事情があると言ったじゃないですか」

 あわてふためくボギー。ミュウの実力を聞いて知っているのだろう。ここは怒らせない方がいいと思ったのだろうか。檻のカギをポケットの中から直ぐに出した。

「何が起きても知りませんよ」

 ボギーが檻を開けた。

「ごめんね。怖かったでしょう?」

 ミュウが檻の中を覗き込んだ。

 少女は震えているだけで檻から出てこようとはしない。

「この子はアールヴ族の王女です。異常なまでの魔力を持っているはずです」

「だからと言ってこんな子供を檻に入れるなんて!」

 ミュウが剣を鞘に戻した。

「こっちにおいでよ。何もしないから」

 直樹は檻の中に両手を入れた。

 少女が直樹の両手の中に飛び込んできた。直樹は一瞬どうしていいかわからず、とまどったがそのままそっと引き寄せ抱きしめた。

「お兄ちゃん!」

 全身が震えているのが見ていてもわかる。直樹にすがるようにしがみついてきたその少女はやっと聞き取れるくらいの小さな声でそう言った。

「しゃべった。一言もしゃべらなかったのに」

 ボギーが驚いて幼い少女を見ている。

 急に胸がドクッとなって軽いめまいがした。

「やっと巡り会えたよお兄ちゃん。心と身体が」

 直樹だけにしか聞こえない小声でしゃべった幼い少女。何処か遠い昔に聞いたことがあるフレーズだと思った。

「帝国本国ではアールヴ族を人として認めていないんです。だから輸送のときは猛獣と同じように首輪をして檻に入れることが決まりなんです」

「だってこの子は人間じゃないか!」

 まだ震えている幼い少女を抱きしめながら直樹はボギーを睨み付けた。

「タボーラのような小さな町が帝国本国と上手くやっていくには、本国の言うことを聞かなければならないのです」

「わかったわ。この子は確かに預りました。必ずポサリカに連れて行きます」

 ミュウが幼い少女の頭を優しくなでる。少女はまるで許しを請うように直樹の顔を見てからミュウの腕の中に飛び込んで行った。

 ミュウが少女の顔にほおずりをすると安心したのか少女の震えが止まった。

「首輪の鍵は何処にあるの?」

 ミュウが鋭くボギーのことを見る。ボギーは上着のポケットから鍵を取り出した。

 直樹がひったくるように鍵を取ると少女の首輪を外してあげた。

「ごめんね。痛かったでしょう?」

 ミュウが痛々しい首輪の後をそっと優しくなでた。

「お姉ちゃん」

「何?」

「ありがとう」

 そのまま少女はしがみつくようにミュウに抱きついた。

「自由都市同盟はある事情でこの子を引き取ったのです。しかし、魔力も使えず言葉もしゃべらないこの子が使い物にならず、この子を生まれ故郷に帰すことにしたのです」

 ボギーが説明をする。

「それでこの子をポサリカまで連れて行くのね?」

「はい、詳しい事情は聞かないでください。これはタボーラだけの問題じゃないんです」

「わかったわ。あとの話はウォルトにして」

 ミュウが少女を抱いたままエアロックから浮き船の中に入っていった。


 直樹がキャビンに行くと、ミュウは少女に抱きつかれたままの恰好でいた。

「もう離れたら?」

 直樹はミュウから少女を引き離そうとした。

「嫌だぁ。離れない!」

 少女がさらにしがみつく。

「いいじゃないの。それとも嫉妬してるの?」

 少し軽蔑の目でミュウが見てくる。

「おそらく嫉妬だろう」

 ウォルトがキャビンに入って来た。

「前金は帝国通貨で受け取った。ポサリカの町でこの子の知り合いが迎えに来るようだ」

「わかったわ。他の荷物を積み終えたら直ぐにでも出発しましょう」

「それとボギーからだが、帝国軍の動きが変だ。タボーラの辺境査察部隊も増強されたようだと言っていた」

「この町から暫く離れるんだから、そんなことはいいんじゃないの」

 ミュウが少女のことを見ている。

「名前、まだ聞いてなかったね」

「ティア」

 少女、ティアが恥ずかしそうにミュウの胸に顔を隠した。

「ティアか、私はミュウ。よろしくね」

 ミュウがティアの腰まである金色の髪を優しく撫でてあげている。横に飛び出た大きな耳がアールヴ族の特徴だ。白い絹で出来たドレスのような服を着ている。ブルーの透き通った目がまるで人形のようで可愛い。

「このお兄ちゃんの名前は直樹。そっちの大きな人はウォルトって言うんだよ」

「直樹とウォルト?」

「そう、仲良くしようね」

「うん」

 直樹を見つめるティアの耳がぴくぴくと動いていた。


 荷物を積み終わった後、ミュウの浮き船はエアポートを離陸した。

「ポサリカまでは四、五日はかかるわね」

 キャビンの椅子に座ってテーブルに広げた地図を見ていた。何語で書かれているのだろう。直樹には文字が読むことは出来ない。ミュウの膝の上にはティアが座っていた。

「そんなにかかるんだ」

 地図だと直ぐなのに、この地図の縮尺がわからないが、結構距離があるんだなぁ。

「この辺が危険かなぁ」

 ミュウが地図を指さす場所を直樹が食い入るように見た。

「ここ辺はね、帝国より共和国の勢力範囲なの」

「共和国?」

「うん、あたし達と違う次元の世界から着た人達が住んでいる所なんだ」

 ウォルトが話してくれたこの世界の成り立ちに出てくる共和国。ミュウが所属している帝国の敵国でもある。

「今は、戦争はしていないけれど昔は大変だったみたいね」

 ミュウが住んでいる辺境と呼ばれる場所は、もともと帝国の領土ではなかった。

 共和国よりも後から出現してきた国々の中で、後に帝国に占領されて帝国領に編入された地域もあった。ミュウはそう言った地域の出身だったそうだ。

「あたし、本当は帝国の人間じゃないかもしれないんだ」

 ミュウは、小さい頃にソフィアという人に拾われたと話してくれた。

「ソフィアさんはね、帝国でも一、二を争う商隊の隊長なの」

「商隊って、ミュウがやっている便利屋みたいなの?」

「もっと規模が大きいの。あたしもいまだに仕事をまわしてもらっているんだ」

「今は独立したんだろう?」

「独立したてはろくな仕事はないんだよ。この仕事は信頼が大切だからね。きちんと約束の時期までにどんな内容だって終わらせないと二度と仕事はまわってこないんだ」

 アルバイトもしたことのない直樹にはまったくわからない大人の世界のように感じた。

「だから、努力をして信頼を勝ち取らないといけないんだよ」

 努力かぁ。俺にも出来るだろうか?

「この仕事をしていると人を見る目が備わってくるんだ。この人は信頼できる人とかこの人はダメな人だとかね」

 俺は、ミュウから見るとやはりダメ人間なんだろうか?ダメだから一人に出来なくてここに置いてもらえるんだろうか?

 ティアがミュウの膝の上で、小さな頭をミュウの胸に押しつけるようにして眠りだした。

「可愛いよね。ティアって」

 ミュウがティアの髪を優しく撫でている。

「あたしソフィアさんに拾われたって言ったじゃない」

 ミュウが直樹のことを見つめてきた。

「だから本当の両親とか知らないし、自分が何処の世界の人間かもわからないんだ」

 俺も似たような状況なのだろうか?けれど俺には帰る場所がある。帰り方は知らないけれど。

「でも、この世界で一生懸命に生きていけば、あたしはこの世界の人間だって胸を張って言えると思うの」

「俺は・・・、俺も元の世界に戻れないのなら、この世界で頑張って生きていくしかないんだな」

「そうだよ」

 ミュウとなら、一緒に出来るだろうか?

「あたしね、始めて草原で倒れている直樹を見つけたとき何か他人じゃないような気がしたんだ。ううん、今までも草原や砂漠で行き倒れの人を助けた事もあったけれど、直樹は何か違うって感じたんだよ」

 ミュウが優しく直樹のことを見つめている。何でだろう?身体が熱くなってきた。胸の鼓動が早くなっていく。

 ティアが突然目を覚ました。

「どうしたの?」

 ミュウが優しく聞いた。

「何かが来る。怖いよ、お姉ちゃん!」

 ティアがミュウにしがみついてきた。

「ミュウ、後方より高速飛行物体接近中!帝国空軍辺境査察部隊の戦闘機だ!」

 ウォルトの声がキャビンのスピーカーから聞こえてきた。

「遊びに来たの?」

「戦闘速度を維持したまま突っ込んでくる。模擬空中戦じゃない。こちらも擬装を解除して戦闘態勢を取る」

「わかった!バトルシップのスクランブル発進準備して!」

 ミュウがティアを直樹に預けて立ち上がる。

「お姉ちゃん直ぐ戻ってくるからお兄ちゃんと待っててね」

「うん」

 ティアは素直にミュウの言うことを聞いた。

 側に立てかけてあった剣を取りベルトフォルダーに取り付ける。

「直ぐ戻るからね」

 そう言うとミュウはキャビンを出て格納庫へ向かった。

 ミュウが戦いに行く。俺やティアを守るために。本当はそれだけじゃなくてミュウ自身が生きるために戦いに行くのだろう。

 俺はミュウのために何が出来る?このままミュウの世話になってばかりでいいのか?

「お兄ちゃん?」

 ティアが直樹にしがみついてきた。

「探して欲しいの。残りの私を」

「残りのティアを?」

「うん、マリョクを」

 ミュウの浮き船の外見は、カブトガニに見える。通常はこの状態で飛行している。ミュウ達はこれをカーゴモードと呼んでいる。

 カブトガニの頭の部分、外周の薄くなっているように見える部分のハッチがいくつか開く。五十七ミリ速射砲が左右一門ずつとその前後に二十ミリ対空機関砲が左右二門ずつ現れた。コルベットモードに変装したのだ。

 もともとミュウの浮き船は共和国の擬装駆逐艦だった。旧式になり廃棄処分になるところをソフィア商隊が買い取り、改装して商隊の護衛用に使っていたものだった。ミュウが独立するときにソフィアが破格値で譲ってくれた浮き船だった。

「出るわ!」

 キャビンのスピーカーからミュウの声がした。おそらく、浮き船の上部ゲートが開きバトルシップが発進したのだろう。

「ミュウ、敵は四機、二手に分かれた。そっちに二機向かったぞ」

 ウォルトの声がスピーカーから聞こえる。

「了解したわ。そっちは任せていい?」

「ミュウと違って手加減はしない」

「直樹とティアのこと頼んだわよ」

 戦いの状況でも俺やティアのことを忘れていないんだと直樹は嬉しく思った。

「こちらは帝国空軍辺境査察部隊所属のカーチスだ。レディバード、攻撃したくない。こちらの指示に従ってもらいたい」

 スピーカーから声がした。

 カーチスって昨日ミュウが模擬空中戦をした相手のパイロット?

「どのような指示かしら?」

「積み荷の女の子を渡してもらおう」

「断ると言ったら?」

 暫く無言の状態が続いた。

「実弾?」

 ミュウのいつもと違う声がした。

「指示に従わなければ撃墜しろと命令されている」

「あんた達とは戦いたくはないの。お願い、手を引いて!」

 浮き船が急に旋回を始めた。ティアが直樹にしがみついてきた。

 直ぐ近くで機銃掃射の音が聞こえる。浮き船が攻撃されているのだろうか?

「ミュウ、状況を報告しろ」

 ウォルトの声がした。

「相手は実弾を撃ってきたわ。そっちは?」

「敵が対艦ミサイルを撃ってきたが二十ミリ対空砲で撃墜した」

「仕方ないわ、迎撃して、出来れば殺さないように、お願い」

「了解した」

 直樹は聞き入るようにスピーカーからのミュウとウォルトの声を聞いた。

 俺にはここでミュウが戦っているのを見守ることしか出来ないのか。

「ごめん!」

 ミュウが謝る声。スピーカーの奥で小さく機銃の音が聞こえた。

「四番機、エンジンをやられました。脱出します」

 スピーカーから敵の通信が聞こえる。

「ミュウ、気を付けろ、後ろだ」

 ウォルトの声がスピーカーからした。ウォルトは浮き船をコントロールしながらレーダーか何かでミュウのサポートもしているようだ。

 また機銃掃射の音。

「お願い、脱出して!」

 ミュウの叫び声がした。

「よかった」

 浮き船がまた急旋回をした。機銃掃射より大きな音がする。速射砲って奴で敵に攻撃をしているのだろうか?

「カーチス?」

 ミュウが昨日模擬空中戦をしたパイロットの名前を呼んだ。

「ミュウ、状況を報告しろ。こちらは二機とも撃墜した」

「こっちも、そっちのパイロットは?」

「知らん、脱出は確認したが」

「ありがとう。殺さなかったんだね」

「当たり前だ。俺はミュウの浮き船の船長だ!」

「ウォルト、愛しているよ!」

「俺には恋愛感情がインプットされていない!」

 直樹は黙ってスピーカーから流れる二人の会話を聞いていた。


 ミュウの浮き船は最大戦速でタボーラの町から遠ざかっていた。

「俺にも何か手伝えることはないですか?」

 このままではダメだ!

 キャビンで椅子に座っていた直樹は立ち上がるとウォルトに聞いた。

「無い」

 ウォルトが即答する。

「直樹はここでティアと待っていてよ」

 ティアを膝に乗せていたミュウが言う。

「二人が戦っているのに俺は何も出来ないなんて・・・」

「出来るよ」

 ミュウが直樹を見る。

「ここでティアのことを守ってあげてよ」

 直樹は、二人が戦っている間、スピーカーから聞こえていた声を聞きながら何も出来ないでいた自分がもどかしかった。

「俺も戦いたいんだ!」

「そこまで言うならこれからは浮き船のブリッジに座っていろ」

 ウォルトが言う。

「その代り何も触るなよ。制御は俺がしているから問題はない」

「それは、座って見ていろってことですか?」

「そうだ。お前には何も出来ない」

 そんな!俺だって探せば何かできるんじゃないのか?

「今度、バトルシップの操縦を教えてあげるよ」

 ミュウの言葉に直樹は飛び上がってミュウを見た。

「ミュウ!」

 ウォルトがたしなめる。

「いいじゃないの、単座のバトルシップを一機発注しているんだから。今のと二機になるから直樹が一機使えばいいじゃないの」

「あれは、今のを下取りにして購入するんだろう?」

「格納庫、詰めればもう一機くらい入るでしょう?」

「整備がやりにくくなる」

「仕事が儲かってきたら人型インターフェイスもう一体購入してもいいからさぁ」

「今の状況じゃ、金銭的に無理だ。でも・・・」

「でも?」

「人型インターフェイスを将来購入するなら、自立行動の出来る女性タイプのバイオアンドロイドがいい」

 冷たい視線でミュウがウォルトのことを見ている。

「恋愛感情はインプットされてないんじゃないの?」

「いや・・・、格納庫の件は考えておこう」

 ウォルトはキャビンを出て行った。

「バトルシップがもう一機来るの?」

 直樹は眼を輝かせてミュウに聞いた。

「うん、明日からバトルシップの操縦、教えてあげるよ」

「ほんと?」

「なれればサンドバギーより簡単だよ」

「やったー!」

 直樹は嬉しかった。これで俺もミュウと一緒に戦うことが出来る。もうただ待っているだけじゃない。俺だって何かの役に立ちたいんだ。


 ミュウの浮き船がタボーラの町から逃げ出すように出て来てから二日目がたった。

「出るよ、ウォルト。ゲート開けて!」

「あまり、気が進まん!」

 そう言いながらも格納庫のゲートは開いていく。

 副操縦席のミュウがバトルシップを垂直に飛び上がらせた。

 天気は快晴。雲一つ無い青空。太陽が眩しい。

 直樹は初めてミュウと会話したことを思い出していた。

 あのときもバトルシップの中だった。今と同じように直樹の隣にミュウが乗っていたのだと。あのときも空が眩しかった。

「操縦用のレバーを握ってみて」

 ミュウが言った。ものすごく緊張している自分がそこにいる。

「サンドバギーと違って、心で操縦するの」

 何度も聞いていた。直樹は操縦席の左右にあるレバーを軽く握る。

「あたし、手、放すからね」

 とたんにバトルシップが急降下を始める。

「うわあああ!」

「上昇するように念じながらレバーを操作して!」

「どっちに?引くの?押すの?」

「どちらでも。好きな方に」

 多少パニックになりながら直樹は左右両方のレバーを同時に手前に引く。

「上がれーっ!」

 叫んだ!バトルシップが少しずつ上昇を始める。

「ねっ、言った通りでしょう」

 ミュウが笑ってこっちを見ている。

「本当だ。自分で念じた通りに動く」

 バトルシップの操縦は簡単だ。上昇、下降、旋回、自分がそう思い念じながら操縦レバーを動かすとその通りに飛んでくれる。

 その原理をミュウは教えてくれなかった。この世界の人間は当たり前のようにこうしてバトルシップを操縦していると言っていた。

「サンドバギーより簡単でしょう」

「これなら俺にでも操縦できるよ」

 バトルシップは自分の思うままに飛んでくれる。上昇しろと思いながらレバーを手前に引くとバトルシップは上昇するし、減速しろと思いながら同じようにレバーを引いてもきちんと減速する。

「心で思ったこと、それを実行するきっかけにレバーを動かすのよ。なれれば考えなくても操縦することが出来るわ」

 だんだんコツがわかってきた。直樹はバトルシップを浮き船と並走して飛行させた。

「見て!ティアがいる!」

 ミュウが指さす。浮き船のブリッジにティアの姿が見える。一生懸命に両手を振っている。

「おーい!」

 ミュウも手を振り返している。

「ミュウ、ソフィアから通信が入っているぞ」

 ウォルトの声がヘッドセット型の通信機から聞こえた。

「通信、こっちにまわしてくれない?」

「ダメだ。直接話がしたいそうだ」

「はーい、わかったわ。直樹、着艦するわよ」

 ミュウに言われ、直樹は着艦準備に入った。

「ウォルト、ゲートを開けてくれ」

 直樹は浮き船の真上に来るようにバトルシップを操縦した。

「俺はお前の召使いじゃない。開けてくれじゃなくて、開けて下さいだろう」

「すいません。開けて下さい」

 直樹は素直に言い直すとゲートが開きだした。着艦態勢に入る。

「心で思いながら操縦してね」

 緊張して両手の平に汗をかいている。ミュウが心配そうにこっちを見ている。操縦で一番難しいのが着陸だってミュウが言っていた。今はそれよりもっと難しい母船へ戻る着艦をしようとしているのだった。

 危なっかしくだが、見事にバトルシップを着艦させた。

「やったね。最初にしては上出来だよ。通信が終わったらもう一度練習をしよう」

「頼みます。先生」

 全身に大汗をかいてしまった。けれど成し遂げたという充実感があった。

 二人はバトルシップを降りてキャビンに向かった。

「久しぶりね、ミュウ」

 キャビンにはいつの間にか見たことがない女性が立っていた。

 ブロンズの髪に白い肌、ブルーの瞳が印象的な美人、白いシルクのようなドレスを着た人だった。

「ソフィアさん、久しぶりです」

 ミュウが挨拶をした。そうか、この人がソフィアさんなんだ。

「危険な仕事をしているそうね」

「もう噂がいっていますか?」

 ミュウが頭をかいている。

「ええ、帝国空軍機を撃墜したことも聞いています」

「へへっ、すいません」

 ミュウが縮こまる。

「幸い、怪我人が出なかったようですが、帝国軍は本気であなたを追うことでしょう」

 ティアがブリッジからキャビンに入ってきた。

「その子がティアね」

 ソフィアがティアを見る。

「はい、アールヴ族の子です」

 ティアがソフィアを見つけ怖くなったのかミュウにしがみついた。ミュウは優しく抱き上げた。

「その子を帝国軍に引き渡しなさいと私が言ったらどうしますか?」

 ミュウの体がピクリと反応をした。

「お断りします。ソフィアさんから言われてもこれはあたしが引き受けた仕事です。プロとして最後までやり通すのがあたしのやり方です」

 懐かしさと憧れでソフィアのことを見ていたミュウの表情が厳しいものになった。

「それを聞いて安心しました。その子のことは帝国だけでなく、共和国も狙っています。十分に気を付けなさい」

 ソフィアがこっちを向いた。

「あなたが直樹さんね。ほんと、ミュウと同じ黒い髪に黒い瞳なんですね。ミュウのことよろしくお願いします。この子、見かけより頑固一徹なところがあります。しかし根は優しくて素直な子ですから」

「はあ」

 直樹はどう返事をしていいのか分らずに、曖昧な返事を返してしまった。

「ミュウ、あなたから注文を受けたバトルシップですけれど今晩にでも引き渡すことが出来ますよ」

「本当ですか?」

「レベッカの浮き船に積んであります。あなた達がこのままのコースをとるのなら今晩にもレベッカ達と会うことが出来るでしょう」

「レベッカ・・・」

 レベッカってミュウの知り合いなのだろうか?ミュウが困惑の表情をしている。

「支払いの件ですが、事情が出来て下取りのバトルシップがなくなってしまったんです」

 ウォルトが恐る恐るソフィアに聞いた。

「全額、今の仕事が終わってからでもかまいませんよ」

「ありがとうございます」

 ウォルトが深々と頭を下げた。

 ソフィアが優しく笑いながら姿がだんだんと薄くなり消えていった。

「消えた?」

 直樹は驚いてミュウのことを見た。

「立体映像だよ。この世界じゃ普通の通信システムだよ」

 抱き上げていたティアのことを降ろしながら直樹に説明をしてくれた。

「それよりさぁ、バトルシップがもう一機手に入るんだよ。これはすごいことだよ」

 ミュウが喜んでいる。前から欲しかった単座タイプのバトルシップといっていた。ソフィアに欲しい機種を言ってあり、掘り出し物が出たら購入したいと言ってあったそうだ。

「今の機体よりも性能が上なんだ。スピードも上昇能力も全然違うし武器だっていっぱい詰める」

「その分コストも高く付く。それに二機所有するとコストはさらに倍になる。うちは貧乏便利屋だってことを忘れるなよ」

「はーい!、わかりました」

 ミュウが舌を出して直樹とティアを見た。


 午後も直樹はミュウの指導でバトルシップの操縦をしていた。

「だいぶ上手くなってきたね」

「ほんと?」

「うん、コツを覚えたんじゃないの?」

「何となくかなぁ」

 直樹はバトルシップを大きく宙返りさせた。

「俺もミュウと一緒に戦えるかな?」

 早くミュウの役に立ちたいと思った。

「後方支援をお願いするかもね」

 直樹は隣を見るとミュウも直樹のことを見ていた。

「俺、力になれないかもしれないけど、ミュウのこと守るよ」

 言ってて自分が恥ずかしくなった。

「脇見しているとぶつかるよ!」

 前を見ると目の前に浮き船が近づいている。

「うわあ!」

 バトルシップを急上昇させた。

「これじゃ、あたしのこと守れないよ」

「ごめん」

 直樹はしゅんとなってしまった。ミュウの力になりたいと思っていたのにミュウにしかられた気がしたのだ。

「直樹」

「何?」

「あたしが困ったときは助けてね」

「わかった」

「期待しているからね」

「おう、任せておけ!」

 ミュウが俺のことを元気づけてくれるのが痛いほど分った。

「そろそろ着艦しろ。天候が崩れそうだ」

 ウォルトが口を挟んできた。

「了解!」

 急に何だか嬉しくなり、直樹は元気に返事をした。

「はーい、わかりました!」

 ミュウも明るく返事をしている。

 バトルシップを、着艦体制に持って行った。

「ゲートを開けて下さい」

 直樹は先ほどの着艦時にウォルトに怒られたので、今度は丁寧な言葉で言った。

「直樹は一度言えば素直に言うことを聞く、誰かと違うな」

「どういう意味?」

 ミュウが嬉しそうにウォルトと言い争っている。ゲートが開きバトルシップは危なっかしく、けれど見事に着艦した。


 ミュウがキャビンに戻るとティアが飛びかかるように抱きついてきた。

「寂しかった!」

 ミュウの胸に顔を思いっ切り押しつけるように抱きつく。こうなるとしばらくは離してくれない。

「ごめんね。ちょっと張り切り過ぎちゃって」

 張り切りすぎたのは直樹の方だなと思いながらティアのことを抱きしめた。

 ティアのことを預かってからティアは毎日のようにミュウにしがみついて離れない。タボーラの町でよほど酷い目にあったのだろうか?

 最初、全身にあざや切り傷があるのを見つけたとき、ミュウは怒りと悲しみでどうティアに対応して良いかわからなかった。直樹が虐待されていたんじゃないかと言っていたがその通りかもしれない。

 アールヴ族は不思議な魔力を持っている。ティアはアールヴ族の王女だから異常なまでの魔力を持っているはずだとタボーラの行政局長ボギーが言っていた。

 アールヴ族の魔力、ミュウはそれがどのような物かよくは知らない。時には人間を簡単に死に至らしめることもある危険な力だと言うことを聞いたことはあった。

 ティアを護衛してポサリカの町に行くことが決まってからティアはミュウから離れなかった。昨日、バトルシップで出撃した以外は、いつも一緒にいた。

 どのようないきさつでこんな小さな子供が親と引き離されて辺境の町に連れてこられたのか?そこでどのような仕打ちを受けたのか?ミュウにはわからない。

「ミュウ?」

「何?どうしたの?」

 ティアがさらにしがみついてきた。体が痛い。

 よほど、一人で寂しかったのだろうか?心まで痛くなった。

「ねえ、一緒にシャワー、浴びようか?」

「うん!」

 幸い、直樹は格納庫にいる。もう少しバトルシップの操縦席に乗っていたいと言い、そこを離れなかった。ウォルトが整備をすると言ったらそれも見てみたいと言っていた。

 直樹ってやっぱり男の子なんだな。

 直樹には強くなって欲しいと思う。タボーラの町でサンドバギーの運転を教えてたときに事故を起こしそうになった。その時のことを思い出した。

 震える足で、それでもあたしを守るために大男の前に立ちはだかってくれた。自分は何も出来ないくせにそれでもあたしのことをかばってくれたのだ。

 今まで男の子に守ってもらうことが一度もなかったミュウはそのことでものすごく感動をしたのだった。

 直樹を異性だと意識したのは何時からだろう。タボーラの町でルーシーの店から届いたコンテナケースを直樹が転んで中身を散乱させた時だったかな。でもその前にも胸がドキッとしたことはあった気がする。

「どうしたの?」

 ティアが不思議そうに見ている。

「なんでもないよ。シャワー、浴びよう!」

「うん」

 自分の個室に入って着替えを出した。いつもと同じタンクトップとコンバットパンツ。これが一番動きやすくて機能的だとミュウは思っていた。

「町の女の子は、こんな格好はしていないよね」

 たまには直樹の前でスカートでもはいてみようかな。直樹、どんな顔をするだろう?

 一人嬉しくなりくすっと笑う。

 キャビンに戻るとティアと二人でシャワー室に入った。

 ティアの全身にはまだあざと切り傷の後が残っている。ケガのことは聞いてはいけないとミュウは思う。小さなティアにとっても、思い出したくない事はたくさんあるのかもしれない。不用意に心の傷を掘り起こすことはしたくなかった。

「それーっ!」

 悪戯っぽくシャワーのお湯を頭からティアにかけた。

「あーっ!」

 泣きそうな顔。しまった、ちょっと悪ふざけが過ぎたかな?

 ティアがシャワーヘッドを横取りした。

「仕返しだーっ!」

 バルブを全開にしてシャワーのお湯をティアがかけてきた。

「ちょ、ちょっと待って!」

 両手で防ぐがお湯が顔に当たってくる。

「ティア!」

「お姉ちゃんが最初にしたんだからね!」

 笑いながらお湯をかけてくる。

 ウォルトが知ったら怒るかな?水は大切にしろといつも言っているから。

 二人できゃあきゃあ言いながらシャワーを浴びた。久しぶりに童心に返った気分だ。

 シャンプーでティアの髪を優しく洗ってあげる。金髪のきれいな髪、商隊にいた頃を思い出した。あの頃、小さな子達と一緒にお風呂に入ったことを、何だかとても懐かしい。

 十分なくらいきれいになってシャワー室を出た。

「わーい!」

「ティア、待って!」

 びしょびしょで裸のままティアがキャビンに駆けていく。慌ててバスタオルを体に巻き付けティアを追いキャビンに入った。

「うわああ!」

 直樹の悲鳴がキャビンに轟いた。何で?格納庫にいたんじゃないの?

 慌てて両腕で胸を隠してシャワー室へ戻った。顔から火が出るほど恥ずかしかった。

「ティア!こっちに来なさい!」

 怒っている訳じゃないが声の口調が厳しくなっている。

 シュンとなって裸のティアがシャワー室に戻ってきた。大きな耳が垂れ下がっている。

「女の子は不用意に男の子に裸を見せちゃいけないんだからね」

 バスタオルで頭を拭いてあげる。

「うん、わかった」

 ティアが素直に返事をした。大きな耳がピンとなった。

「服を着てからキャビンに行こうね」

「うん」

 ティアに服を着させた後、ミュウもいつもの格好の服を着た。

「落ち着きなさいミュウ!」

 自分に言い聞かせ、大きく深呼吸をした。


 直樹は落ち着かなかった。

 焦った。物凄く焦った。まさか、ミュウが湯上がりバスタオル一枚の恰好でキャビンに入ってくるとは思ってもいなかった。

 ミュウがティアと一緒にキャビンに戻ってきた。

「さ、さっきはごめんなさい」

 直樹は謝った。事故とはいえ見てはいけないものを見てしまったのだ。

「何で?」

 ミュウが何で謝るのって顔で見ている。

「だって、突然だったから」

 自分の顔が熱くなってきた。おそらく真っ赤な顔をしているのだろう。

 ミュウが黙って何も言わない。怒ってしまったんだろうか?

 ミュウの頬が少し赤くなってきた。

「お姉ちゃんとシャワー、浴びたんだ」

 ティアが直樹の側に来て、直樹のコンバットパンツの裾を引っ張った。

「お姉ちゃんの裸、きれいだったよ」

「なっ!」

 ミュウが絶句して顔が真っ赤になっていった。

 直樹はなんて言ったらいいかわからず、ただその場に立ち竦んでいた。

「取り込み中悪いが、レベッカの浮き船が近づいてきているぞ」

 ウォルトが格納庫からキャビンへ入って来た。


 ウォルトがレベッカの浮き船が近づいていることをミュウに告げた。

「レベッカ・・・」

 ミュウにとってレベッカは会いたくない旧知の仲だった。

「念のために浮き船をコルベットモードに変えておこう」

「待って」

 ミュウは、ウォルトを止めた。

「相手を刺激することはしないで。これも仕事なの、レベッカだってわかっているはずよ」

「レベッカっていう人と何かあったの?」

 直樹が聞いてきた。

「直樹には関係のないことだ」

 ウォルトはキャビンから格納庫へ出て行く。

「あたしが商隊から独立することになったきっかけを作ってくれた人だよ」

「恩人なの?」

「そうね、あたしにとっては恩人かもしれない」

 下を向いた。あまり触れられたくない過去だった。

「ビルから通信が入ってきた。キャビンのスピーカーにまわす」

 ウォルトの声がスピーカーから聞こえた。

「ビルって?」

「レベッカの浮き船の船長、うちで言うウォルトみたいな人ね」

 直樹の問いに答えた。ビルはウォルトと同じバイオアンドロイドだ。

「ミュウ、久しぶりですね」

 スピーカーから聞き慣れない声がした。

「ビル?」

「はい、僕です。レベッカが完全独立してから人型インターフェイスを交換してもらったんです。だから声が変わりました。姿も変わったんですよ」

「完全独立?」

「はい、もうソフィアさんから仕事をまわしてもらうこともなくなりました。レベッカはソフィアさんを通さないで仕事をしています」

「そうなんだ」

 レベッカはミュウより三つ年上で、ソフィア商隊にいた頃はミュウにとって一番仲のよかった姉みたいな存在だった。

「レベッカは元気なの?」

「はい、ミュウに会うのを楽しみにしています」

 ミュウが姉として慕っていたレベッカ。レベッカも身よりのなかったミュウのことを自分の本当の妹のように可愛がってくれていた。あの事件が起きるまでは。

「ミュウ?」

 懐かしい声がスピーカーから流れてきた。

「レベッカ?」

「久しぶりね。元気だった?」

「はい!」

「よかった、元気そうで」

「レベッカは?」

「元気よ、いろいろあったけれどね」

 いろいろあった。本当にいろいろあったとミュウも思った。

「知らなかったわ、私が扱っていた荷物がミュウのバトルシップだったなんて」

「あたしもレベッカが運んでくるとは思っていなかった」

「私の浮き船に取りに来てくれる?そっちにもう一人パイロット、居るんでしょう?」

 ミュウは直樹のことを見た。直樹がうなずいてくれた。

「ランデブーポイントはビルからウォルトに伝えてもらうわ。会えるの楽しみだね」

「あたしも楽しみです」

 レベッカはあのことを許してくれたのだろうか?

 ミュウは直樹を見た。ティアと二人でふざけあっている。

 直樹が今、この場から居なくなってしまったら、あたしはどうなるんだろう?

 そんなことは考えたくもなかった。


 一時間もしないうちにランデブーポイントに到着した。

 レベッカの浮き船。それは白鳥が羽を広げたような美しい色と形をしていた。

 帝国軍ブラックスワン型フリゲート艦を民間護衛用に改装し、白く塗り替えた物がレベッカ自慢の浮き船だった。

 直樹はミュウと一緒に新しいバトルシップを引き取りに行くために格納庫に来ていた。

「ティアも一緒に行く!」

 ミュウのコンバットパンツの裾をしっかりと握りしめて離さない。

「ティア、いい子だから待っててね」

「嫌だ、ティアも一緒に行く!」

 ミュウがいくら言ってもティアは一緒に行くんだと駄々をこねる。

「戦いに行くんじゃないから連れて行っても良いんじゃないの?」

 直樹はティアの側に来て軽く頭を撫でてあげた。

「しょうがないわね。今回だけよ」

 ミュウがティアにウインクをする。

「ありがとう、お姉ちゃん!」

 ウォルトがゲートを開けてくれ、バトルシップは飛び立った。

「わーっ!すごーいっ!」

 ミュウの膝の上でティアが叫んでいる。バトルシップに乗るのは初めてなのか楽しそうにはしゃいでいる。

 直樹はバトルシップをレベッカの浮き船に向けて飛行させた。

「操縦、随分慣れたみたいね」

 ティアのことをしっかり抱いたミュウが話しかけてきた。

「先生がよかったからね」

 ティアが乗っているからなるべく揺れないように操縦をした。

「もう安心して単独飛行も出来そうね」

「操縦、簡単だからね」

 目の前に、ミュウの浮き船より大きなレベッカの浮き船が見えてきた。

「ミュウ、このまま飛行甲板に着艦して」

 スピーカーからレベッカの声がした。ミュウに着艦場所を教えている。

「あそこ、白鳥の首の部分」

 ミュウの指さす場所、白鳥の首から背中にかけて、バトルシップが着艦出来るスペースがある。

 直樹はバトルシップを着艦態勢にした。ミュウがティアを優しく抱きしめて直樹のことを見ている。

「あたしが手助けする必要もないね」

「俺に任せてくれ」

 バトルシップは見事にレベッカの浮き船に着艦した。

「ミュウ!」

 キャノピーを開くと、セミロングの髪をなびかせ革製の体にフィットしたパイロットスーツを着ている人が駆けてきた。

「レベッカ!」

 ティアを膝から降ろしたミュウが、バトルシップから飛び降りその人に駆け寄った。二人は手を取りあっている。

 あの人が、レベッカさんか。きれいな人だなぁと直樹は思った。

 直樹は、ティアを抱き上げてバトルシップから降り立った。

「ほんと久しぶりよね」

 肩に掛かった長い髪を片手で払いのけながらレベッカが言った。

 直樹はティアと二人で離れた場所から二人を見ていた。

「荷物、こっちよ。見たら感動して涙が出ちゃうかもよ」

 レベッカがミュウを引っ張り飛行甲板から格納庫へ案内する。直樹はティアの手を取って二人の後から付いていった。

「これ、すごいでしょう!」

 かけてあったシートをレベッカが外す。そこには一台のバトルシップがあった。

「えっ!これって最新型じゃないの?」

「一番新しい型に帝国軍のジェットエンジンを付けて改造した特別仕様よ」

 レベッカが自慢するように説明をしている。

「すごい!」

 ミュウが感動をしているようにバトルシップを見ている。

 直樹達が今まで乗っていたバトルシップをもう少しスマートにした感じの新しいバトルシップ。前方左右に二つの吸気口と後方に二つの排気口が付いている。これが後から取り付けたというジェットエンジンだろうか。

「ここを見て!」

 レベッカが指さすところ、機体の両脇に赤いテントウムシの絵が描いてある。

「ミュウのトレードマーク、ミュウが乗るって聞いたからさっき私が描いたんだ」

「ありがとう」

 ミュウが泣いていた。

「泣かなくたっていいじゃないの」

 レベッカがミュウの頭に手をやり優しく撫でる。直樹には二人がまるで本当の姉妹のように見えた。

「あたし、レベッカに、あんな事を、したんだよ。それなのに、こんなに、良くして、くれて」

 ミュウが声を詰まらせながらレベッカの両手をとった。

「仕事だもん。私もプロだからね。じゃあこの受け取り票にサインしてね」

 レベッカが伝票を差し出す。ミュウがそれにサインした。

「ありがとう、五分だけ待ってあげるね」

 レベッカの顔つきが変わったのが、直樹の居る場所からでも分かった。

「あなたの腕じゃ五分も必要ないかな?」

 ミュウが驚いた顔で返事も出来ずにレベッカのことを見ている。

「そしたら今度は私のプライベートなことさせてもらうわね」

「レベッカ?」

「モーリスの仇をとらせてもらうわね」

「どうして?」

「当たり前でしょう。仕事とプライベートはきちんと分けなくちゃね」

 今し方、ミュウがサインした伝票をひらひらさせながらレベッカが言っている。

「あそこの彼、ミュウの男?」

 レベッカが直樹の方を見る。恐ろしいくらいに冷たい視線だ。

「モーリスと同じ所に行ってもらおうかな?」

「直樹!ティアと一緒に直ぐに浮き船に戻って!」

 ミュウが慌てた顔で直樹に叫んだ。

「早く!」

 直樹はティアを抱き上げると、そのまま乗ってきたバトルシップが着艦している飛行甲板に走った。

「どうしたの?」

 ティアが聞く。

「わからない、けれど今は急いで家に帰ろう」

 家、そう三人が一緒に居られるミュウの浮き船へ。

 ミュウとレベッカの間に何があったのかはわからない、けれどこの場は急いで戻った方が得策だと思った。


 ミュウは直樹がティアを抱えてバトルシップに戻ったのを確認した。

「可愛い彼氏ね」

「レベッカ!」

 ミュウが柄に手をやり持ってきた剣を抜こうとした。

「私のこと斬れるの?」

「レベッカ、お願い!」

「何をお願いして欲しいの?あなたがモーリスを殺したんじゃない!」

 レベッカは腰のフォルダーからスミソン型銃を取り出してミュウに向けた。

「せっかく、納品したバトルシップよ、あれで戦いなさいよ」

 銃でバトルシップを指し示した。

「五分待つって言ったでしょう!早くしなさい!」

 ミュウは唇をかんだ。騙されていたんだ。やはりレベッカはあたしのことを許してくれてはいない。こんな危険なところに直樹だけでなくティアまで連れてきてしまったとは。

 ミュウは受け取ったバトルシップに乗り込んだ。

 なんとしてでも逃げ出さないといけない。ミュウはバトルシップを始動させた。

 レベッカがこっちを見ている。レベッカの浮き船にはオートパイロットのバトルシップが何隻も積んであるはずだ。あたし一人なら何とか戦えるが直樹達がいる。二人を巻き込むわけにはいかない。

 レベッカが格納庫のゲートを開いた。これから追いかける獲物を見る狩人の目でミュウのバトルシップを見ている。

 ミュウはバトルシップを急上昇させた。

「武器は?」

 先端に付いている二十ガトリング砲は直樹が乗っているバトルシップと同じ物が付いていた。

「弾がない!」

 機体は確かに発注書どおりのものだったが、弾薬は注文していなかった。

 左右に小さな固定された翼が付いている。ミサイルや速射砲を取り付けできるようになっているがこちらも武装はされていない。全くの丸腰だった。

 前方に直樹のバトルシップが飛んでいるのが見えた。ミュウの浮き船を目指して全速力で飛行しているのだ。

「直樹、聞こえる?」

 ヘッドセットで直樹を呼ぶ。

「ミュウ、一体どういう事なんだ?」

「とにかく急いで、レベッカが襲ってくる!」

「ミュウ、状況を報告しろ!」

 ウォルトの声が割り込んできた。

「ウォルト、対空戦闘用意!敵はオートパイロットのバトルシップよ!」

「レベッカか?」

「ごめん、騙されたみたい」

「新型機の戦闘能力はどれ位あるんだ?」

「直樹が乗っているタイプよりかなり良いと思う。けれど丸腰なんだ」

「どういう意味だ?」

「弾薬がない。残弾ゼロってとこかな」

「わかった。援護のためにそちらに急行する」

「ダメ!直樹達が戻ったら逃げて、敵はあたしが何とかするから」

「武器もないのにか?」

「ティアを連れて行かなきゃいけないのよ!あたしは大丈夫だから」

「ミュウ、俺も戦うよ」

 直樹が通信に割り込んできた。

「ダメ、逃げて!そろそろ時間だわ」

「お姉ちゃん!」

 ティアの声がヘッドセットから聞こえた。

「大丈夫よティア。必ず帰るからね。浮き船ね待っててね」

 ミュウはバトルシップを急旋回させ今来た方向へ戻った。

 レーダースクリーンを見る。今まで乗っていたバトルシップよりかなり高性能のレーダーが搭載されているようだ。

「五機か」

 スクリーンには五つの点がこちらに接近しているのが写っている。

 三機なら何とかする自信はあった。五機が相手だと防ぎようがない。レベッカもミュウの実力は知っている。それを考えて攻撃を仕掛けて来ているのだ。

 敵が散開していく。攻撃態勢に入ったか?

 ミュウは中央をめがけてこのままバトルシップを直進させようとした。

「六機目?」

 後方から別の一機が急接近してくる。

「ミュウ!」

 直樹の声がヘッドセットから聞こえた。

「どうして?」

 どうして逃げてくれないの?あたし一人なら何とかなるのに。

「俺も戦う!俺がミュウを守る!」

 直樹はあたしが丸腰だと知っている。あたしを助けに来てくれたの?

 ミュウは嬉しかった。レベッカに裏切られたばかりでちょっとだけ人間不信になっていた。やっぱりあたしは独りぼっちなのかと心の隅で考えていた。

 直樹のバトルシップが横に並ぶ。コックピットに直樹が見える。隣のシートにティアも座っている。あたしは一人じゃない。仲間がいる!

「ありがとう直樹、あたしに付いてきて!」

 ミュウのバトルシップの後ろから直樹のバトルシップが続く。このままの状態で中央突破を試みる。ミュウ得意の戦法だった。

「相変わらず単純なのね」

 レベッカ?

 敵機が反転、離れていく。どうして?

 前方から物凄い殺気を感じた。反射的に上空へ逃げようと考えたが直ぐ真後ろに直樹がいる。

「やられた!」

 計られた。レベッカの浮き船がステルス機能を利用して近づいていたのだった。レーダーにも反応しなかったため、まったく気が付かなかった。

 主砲が発射された。避けるに避けやれない。

 一人だったら楽に逃げられた。急上昇すればいい。しかし、あたしが逃げれば直ぐ後ろから来ている直樹が撃ち落とされる。逃げなければ当然あたしが撃ち落とされる。だから逃げることが出来なかった。

「ごめんね直樹」

 あたしが死んだ後、直樹達はどうなってしまうのだろう?

「いやあああぁ!」

 ティアの叫び声を確かに聞いた。


 真っ白な世界の中に一人だけでミュウは居た。

「ここは何処?」

 誰かに聞いたのか?それとも自分自身に聞いたのか?わからない。

 上下左右の区別が付かない不思議な場所。足元に地面の感覚がない。あたしは宙を飛んでいるのだろうか?

 不思議と不安はなかった。むしろ暖かい感じがする。

「ミュウ?」

 誰かが呼んだ。

「誰?」

 誰だろう?どうしてあたしはここにいるのだろう?

「お姉ちゃん!」

「ティア?」

 ティアがあたしを呼んでいる。

「お兄ちゃんも一緒だよ」

「何処?何処にいるの?」

 辺りを見回すが真っ白で何も見えない。

 思い出した。ここに来る前に何があったか。

「もしかして、あたし、死んじゃったのかな?」

 ここは死後の世界なのだろうか?

「死んではいないよ。お姉ちゃんはちゃんと生きているよ!」

「ティア、何処にいるの?」

 真っ白な世界の中、前に歩き出そうとしたが進んでいるのか動けないのかわからない。

「探して欲しいの。お兄ちゃんと一緒に」

「誰を?ティアのこと?」

「うん」

「何処にいるの?」

「お兄ちゃんが二つ見つけてくれたの」

「ミュウ?」

 直樹の声がした。

「直樹!何処にいるの?」

 直樹、何処?会いたいよ!

「お姉ちゃんも探して、お兄ちゃんと一緒に」

「直樹?ティア?直樹!」


 急に視界が開けた。バトルシップの操縦席に座っていた。

「レベッカ!」

 レベッカの浮き船が目の前にいた。

「直樹、撃って!」

 ミュウはバトルシップを急上昇させた。

 後ろから二十ミリガトリング砲が炸裂する。直樹のバトルシップが発砲したのだ。

 黒煙、レベッカの浮き船が火を吹いた。中央のメインコントロール室。無人のオートパイロットのバトルシップをコントロールしている制御室だった。

 ミュウのバトルシップを追いかけるように直樹のバトルシップが急上昇してくる。

「ミュウ、無事か?」

 速射砲の音、レベッカの浮き船が急旋回して戦場を離脱しようとしている。

「ウォルト?」

 ミュウが振り返った方向に、コルベットモードになっているミュウの浮き船が五十七ミリ速射砲を連発しながら接近してきた。二十ミリ対空機関砲でオートパイロットのバトルシップを撃ち落としている。

「ゲートを開ける。直ぐに着艦しろ!」

 格納庫のゲートが開いていく。その間も速射砲は逃げていくレベッカの浮き船を狙い撃ちしていた。

「直樹、先に着艦して!」

 制御するコントロール室を破壊されたオートパイロットのバトルシップがでたらめな方向にガトリング砲を撃っている。その中を飛行しながらミュウは直樹に呼びかけた。

「ティアが!ティアの様子が変だ!」

 直樹が慌てている。

「どうしたの!」

「意識がない!」

「わかった。とにかく先に着艦して!」

 直樹のバトルシップが着艦する。それを見届けてからミュウも着艦態勢をとった。


 直樹はバトルシップからティアを抱きかかえて降りた。

 ミュウのバトルシップが着艦のために格納庫に降りてきた。コックピットから直ぐにミュウが飛び降りてくる。

「ティアは?」

「わからない」

 意識がなくなっているが、呼吸はちゃんとしている。

「あたしの部屋に運んで!」

 ミュウが先を走る。直樹はティアを抱きかかえたままミュウを追った。

「ウォルト!医療用モニターを急いで!」

 ミュウがヘッドセットで指示を出していた。

 浮き船の中、ミュウの個室のベットにティアが寝かされた。

「ティア?」

 ミュウが呼びかけるが返事はない。

「呼吸、脈拍は正常。身体の内外にも異常は見られない」

 医療用モニターで監視しているウォルトがそう言う。

「ただ寝ているようにしか見えないけど」

 直樹は再度ティアのことを覗き込むようにしてみるが、すやすやと寝息を立てているだけで他に反応はない。

「戦闘中のことだが、二人のバトルシップは約三秒ほど消えていた」

 医療用モニターを片付けだしたウォルトが言った。

「消えたって、どういうこと?」

 ベットの横にある椅子で座り込んでティアのこと心配そうに見ていたミュウがウォルトのことを見上げた。

「レベッカの浮き船が主砲を発射した後の三秒間、バトルシップのレーダー反応と光学モニター反応、三人が生きているという生体反応などが全てサーチできなくなった」

 直樹は、不思議な現象にあったことを思い出した。

「俺、ミュウのバトルシップを追いかけていたら急に白い霧の中に入ったんだ」

 上下左右がまったく分からない真っ白な霧の中に迷い込んでいた。その場所に迷い込んだのは初めてじゃなかった。前にも何処かで迷い込んだ気がした。

「あたしも霧の中に迷い込んだの。そこで直樹とティアに会ったと思うの」

「俺も霧の中で、ミュウやティアに会ったようだ」

 確実に霧の中で出合ったとは思えない。ミュウは俺が乗るバトルシップの前を飛んでいたんだから直ぐ側で会うことなんて出来ないだろう。

「二人とも同じ幻覚を見るなんて科学的にはあり得ない話だ」

 ウォルトがそう言ったが、俺はミュウと同じ幻覚をみたんだと思う。

「もしかしたら、ティアがあたし達を助けてくれたのかしら?」

「そのショックで眠り込んでしまったのかもしれない」

 きっとそうだ、レベッカの浮き船が主砲を撃ったときに、ティアが大声で叫んだのを直樹は聞いていた。

「アールヴ族には不思議な魔力があるって言うから、ティアがその力であたし達を助けてくれたのかもしれないね」

 ミュウが優しくティアの金髪を触った。

「ティア、ありがとうね」

「お姉、ちゃん?」

 ティアが目を覚ました。ブルーの瞳がミュウのことを見ている。

「良かった。ティア、気が付いたのね」

「ティア、お姉ちゃん達のこと霧の中で探していたの」

 ティアが起き上がった。

「ティアはお姉ちゃん達とずっと一緒にいたいと、いっぱい思ったんだ」

 やはりミュウの言うとおり、ティアが助けてくれたんだと直樹は確信した。

 どのような力が作用したのかは、まったくわからない。けれどこの小さなティアが直樹やミュウのことを救ってくれたのだと思う。アールヴ族には不思議な魔力があるってミュウが言っていた。その力で助けてくれたのだろう。

「ありがとう。ティア!」

 ティアを抱きしめているミュウの側で直樹もティアの頭を撫でた。


「このまま、真っ直ぐにポサリカに向かった方がいい」

 夜、キャビンでウォルトがそう主張する。

「レベッカがまた襲ってくる公算が高い。直ぐにでも目的地へ進んだ方がいい」

「あたしは迂回ルートをとった方がいいと思うな。さっきの戦闘、町外れっていっても交易ルート上での戦闘よ。帝国軍が気が付かない方がおかしいと思うの」

 ミュウはレベッカより帝国軍が攻撃を仕掛けてくる方が危険と判断した。

「直樹はどう思う?」

 ミュウは側で黙っている直樹に聞いた。

「直樹は関係ない。ルートは俺とミュウで決めることだ」

「直樹もあたし達の仲間よ、意見を聞きたいの」

 ミュウは直樹を見る。直樹はもうあたし達の仲間だ。きちんと意見を聞いてあげなければいけない。

「俺もミュウの意見に賛成です。レベッカの浮き船は損傷しているから直ぐには攻撃を仕掛けて来ないと思います」

「二対一ね」

「俺は法的にはミュウの所有物だ。最終決定権はミュウにある。好きにしろ」

 ウォルトがキャビンを出て行った。

「怒っているんじゃないの?」

 直樹がキャビンの出口を見ながら言う。ウォルトは格納庫にバトルシップの整備をしに出て行ったのだ。

「平気よ。いつものことだもん」

 ミュウがティアの髪を撫でながら言う。ミュウの膝の上にはティアが座っていた。

「お姉ちゃん」

 ティアがミュウを見上げる。

「何?どうしたの?」

「何かがたくさん来るよ」

「ミュウ、レーダーに反応あり、後方より何かが接近してくる」

 ウォルトの声がキャビンのスピーカーから聞こえた。

「何かしら?帝国軍?」

 そう言いながらミュウは、レベッカがまた攻撃を仕掛けてきたと思った。

「違う、人工物じゃない。これは・・・」

 珍しい。ウォルトが途惑い、考えることがあるなんて。

「軍隊蜂だ。数は五百から六百匹、いや、千匹ははいるかもしれない」

「軍隊蜂?そんなに多く?何でこんな所に?」

「浮き船を何処かに着陸させる」

 キャビンが少し揺れる。浮き船が降下していくのがわかる。

 ティアがしがみついてきた。

 今は、巣別れに時期。一つの巣から生まれた新しい女王蜂が巣立っていくときに、軍隊蜂の女王蜂は兵隊蜂を従えて新しい巣を作るために移動をする。しかし、どう多くても百匹が限界だろう。それ以上の群れをなす軍隊蜂を見たことはない。

 浮き船は岩場のような場所を見つけ着地した。岩と岩の陰。ここなら飛行しているより安全だろう。

 軍隊蜂。その生態は詳しくは知られてはいない。ミュウが前に退治をした軍隊蜂の数は七十匹くらいだった。

「通常の十倍以上いる」

 ウォルトが光学センサーでサーチした画像をキャビンのスクリーンに映してくれた。

「すごい!」

 物凄い数の軍隊蜂が夜空を飛んでいる。スクリーンでは軍隊蜂の大きさがよくわからないが、通常なら大きいもので三メートルくらいはある蜂がスクリーンいっぱいに物凄い数映し出されている。

「何があったのかしら?」

 突然ティアが震えだした。

「どうしたの?」

「呼んでいるの」

「誰が?」

「蜂のお母さん」

 ティアが何かを感じたようだった。

「助けてって!蜂のお母さんが助けてって!」

 ティアが震えてしがみついてきた。

「大丈夫、ここなら安心だよ。あたしが付いているから」

 ティアのことを抱きしめた。

「怖い!怖いよう!」

 ティアがさらに震え出す。ミュウはティアをさらに抱きしめ頭を撫でた。

 キャビンのスクリーンから映像が消えた。

「平気だよ。ここにいれば」

「殺してやる!」

 ティアがミュウの腕から飛び降りた。

「ティア?」

「殺してやる!お母さんを殺した奴らを殺してやる!」

 ティアのブルーの眼が赤く光り出したように見えた。金髪が逆立ち始める。

「ティア、落ち着いて!」

 ティアに何かが取り憑いたのか?それとも軍隊蜂の感情がティアに遷ったのか?

 ティアが直樹に飛びかかっていく。

「うわあああ!」

 直樹が逃げる。

「ティア!」

 ミュウは立ち上がりティアの前に出た。

「殺してやる!」

 ティアはもう普通じゃなかった。髪を逆立て赤く光った眼がつり上がり獣のようにミュウに飛びかかっていった。

「痛あっ!」

 ミュウの右腕に噛み付いてきた。

「ティア!」

 直樹がティアのことを後ろから捕まえようとした。

 ティアが噛み付いていた腕から離れて直樹を見た。ミュウの腕にはティアの歯形が血でにじんでいる。

「死ね!」

 何かに弾かれたように直樹が後ろに吹き飛ばされた。

「直樹!」

 キャビンのスクリーンにぶつかりぐったりしている。

 ティアがミュウのことを見た。

「死ね!」

 何かわからないが強力な力で体が飛ばされた。反射的に受け身をとった。

 床に飛ばされたが意識はあった。打った背中が痛い。

 ティアが歩み寄ってきた。

「死ね!」

「ティア。あたしのことわからないの?」

 ティアの動きが止まった。赤かった眼の輝きが薄れていく。

「お姉、ちゃん?」

 ティアがその場で倒れた。

「ウォルト、直ぐキャビンに来て!」

 ウォルトから返事がない。

「ティア!」

 ミュウはティアの所に駆け寄った。そっと抱き起こす。

「痛っ!」

 直樹が意識を取り戻したようだ。

「直樹、平気?」

 ゆっくりと直樹が起き上がり首筋をさすっている。

「どうしてこんな事に?」

「わからない」

 ミュウはティアを抱き上げた。

「ウォルト?」

 返事はない。

 ティアが意識を回復したのか少しだけ震えだした。

「ティア?」

 ティアの顔を覗き込むように見た。いつものブルーの透き通った眼がそこにあった。

「ミュウ。何かあったのか?」

 ウォルトが聞いてきた。

「どうして直ぐ返事しないの?」

「わからない。時間にして数分間システムがダウンしたようだ」

「お姉ちゃん?」

 ティアがミュウの右腕を触る。右腕から血がにじんでいた。

「嫌っ!」

 ティアがミュウの腕から逃げ出し直樹の後ろに隠れるように小さくなった。

「ティア。もう平気だよ。怖いことなんかないよ」

「嫌っ!」

 ティアが直樹の後ろから出てこようとしない。

「ティア。大丈夫だよ」

 直樹がティアを抱きかかえた。

 ティアと目があった。怯えた悲しい目をしている。

 あの時、タボーラの町でティアを初めて見たときと同じ目をしていた。

「ティア、もう夜も遅いから寝よう」

 直樹はミュウに向かって軽くうなずいてからティアを連れてキャビンを出て行った。

 悲しかった。ティアのあの目を見たとき、無性に悲しくなって涙が出てきた。

「ミュウ、システムを全てチェックしたが異常はなかった。何で急にダウンしたか原因がわからない」

 ミュウは涙を拭いた。

「何か不思議な力が働いたんだと思う」

 軍隊蜂もティアがおかしくなったのもウォルトのシステムが停止したのも同じ何かの理由だろう。

「浮き船を発進させる」

「わかった。お願いね」

 ミュウは何だかまた独りぼっちになった気がした。


 昨夜はよく眠れなかった。昨日は一日いろんなことがあった。ティアに吹き飛ばされたときの背中がまだ痛かった。

 キャビンに行くとウォルトがテーブルに座り地図を見ていた。

「おはようございます」

 直樹はウォルトの正面の席に座った。

「直樹か、ちょうどいい所に来た。話がある」

 ウォルトが俺に話なんて珍しいな。

「実は、至急購入したい物があるんだが・・・」

 ウォルトが俺に耳打ちをしてきた。

「おはよう」

 ミュウが眠そうに目をこすりながらキャビンに入ってきた。

「おはよう、ケガの具合はどう?」

 直樹はミュウの腕に巻かれている包帯を見た。少し下手くそに巻いてあるのは直樹が昨夜、手当をしてあげたからだ。

「ケガはたいしたことはないよ」

 寂しそうに包帯を見ながらミュウが言った。昨日のことがやはりショックだったんだ。

「今、直樹と話していたんだが、寄り道をしていこうと思う」

 ウォルトがミュウに言った。

「珍しいね。二人で話すなんて」

「クロイツに寄って行こうと思う」

「クロイツ?初めて聞く地名ね」

「地図に載っている町だ。工房の町らしい」

「ウォルトが買いたい物があるんだって」

 直樹は今し方ウォルトと話したことをミュウに話そうとした。

「あたしは反対よ!」

「時間はとらせん。少しだけ寄ったら急いでポサリカに行く」

「そうだよ、ウォルトの言うとおり、ちょっと寄るだけだよ」

「絶対に反対!」

 珍しく、ミュウの機嫌が斜めだ。

 ティアが起きてキャビンにやって来た。

「おはようティア」

 ミュウが普通に挨拶した。

 ティアが一瞬ミュウのことを見たが、直ぐに直樹の側に来て後ろに隠れる。

「ティア?」

 悲しそうにティアのことをミュウが見ている。

 直樹が振り返ってティアを見ると、怯えた目つきで盗み見るようにミュウの右腕に巻かれた包帯を見ている。

「あっ、これね。もう平気だよ。直樹が大げさだから」

 包帯を見ていた視線に気が付いたのか、ミュウが慌てて包帯を取り始めた。

「ごめんなさい」

 小さくやっと聞き取れるような声でティアが言った。包帯を取ったミュウの腕はまだ紫色に腫れていた。

「ティアが悪いんじゃないよ。お姉ちゃんはもう平気だからね」

 ミュウが右腕を振って見せる。ちょっとだけ痛そうな顔をしたのに直樹は気が付いてしまった。まだ腕に痛みが残っているのだろう。

「朝食の準備をする」

 ウォルトがキッチンへ行った。

 ウォルトが立ち上がった席にミュウが座った。直樹の正面から悲しそうに直樹の後ろに隠れているティアのことを見ている。

「ここだよ。この町だって」

 ミュウの気持ちをティアからそらそうとして、直樹はテーブルに広げられている地図を指さした。クロイツという小さな町の場所だ。

「何が欲しいの?」

「よくわからないんだけど、バトルシップの部品らしいよ」

「バトルシップの?」

「どうしても直ぐに必要なんだって」

 地図を見ながら話をしていた直樹は、顔を上げミュウのことを見た。

「寄ってもいいよ」

「ほんと?ウォルト、寄ってもいいって言ってますよ」

「直ぐに進路を変える」

 スピーカーからウォルトの声がする。人型インターフェースのウォルトは朝食の準備中だから、浮き船本体にある電子頭脳のウォルトが浮き船の進路を変える。キャビンにいても進路が変わったのがわかった。

「理解してもらえて嬉しい」

 朝食を持ってウォルトがキャビンに入ってきた。

 テーブルに美味しそうな三人前の食事が並べられた。

「さあ、ご飯、食べよう!」

 ミュウが言った。


「さあ、ご飯、食べよう!」

 ミュウはチラリとティアを見た。まだ直樹の後ろに隠れるように立っている。

 こういう場合にティアにどう接すればいいのか、ミュウにはわからなかった。

「ティア、ここに座りな」

 直樹が隣の席にティアを座らせた。ティアはまだ、上目遣いで盗み見るように悲しい目でじっとミュウを見ている。

 ミュウはティアに対してどう接していいかまだわからず。ティアと目を合わせないようにして朝食を食べ始めた。

 直樹も朝食を食べる。ティアもフォークとナイフを手に取った。

 突然、ティアがフォークを逆手に持って自分の右腕に突き刺した。

「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」

 何度も何度も謝りながらフォークを右腕に突き立てる。

「ティア!」

 思わす叫んでいた。立ち上がり急いでティアの後ろに回ってフォークを取り上げた。

「ごめんなさい!」

「ティア!」

 後ろからティアを思いっ切り抱きしめた。ティアが震えているのがわかる。自分も震えていた。

「ごめんね。お姉ちゃんが悪かったんだよ」

 ミュウは自分に腹が立った。こんな小さな子があたしに対してどう接すればいいかわからなくなりこんな事をしたのだ。

 直樹がティアの腕をとって見ている。幸いフォークは深く刺さることはなく、ちょっとしたケガですんだようだ。

「ティア、お姉ちゃんは怒っていないよ。ごめんね。お姉ちゃんが最初にちゃんと謝ればよかったんだよね」

 あたしがティアにどう接していいかわからずにいたとき、ティアもきっと同じ気持ちだったんだ。

 ティアが悲しそうな目であたしのことを見ていたとき、ティアがあたしから離れていく気がしていた。ティアに嫌われるのが怖くて、目を合わせることも出来なくなっていた。

 そんなあたしのことを見ていたティアは、あたしから嫌われたと思ってこんな事をしたのに違いない。

 ティアは、あたしが怒っているとずっと思っていたんだろう。だから自分も同じケガをすれば許してもらえると考えたんだ。だからこんな事をしたんだ。

 あたしはバカだ。あたしの方が大人なのに、こんな小さな子供と同じ考えしか浮かばなかったのか?

「ごめんねティア」

 もう一度、優しく抱きしめた。ティアの震えは止まっていた。

「お姉ちゃん」

 ティアがあたしを見ている。ブルーの透き通ったきれいな目をしていた。

「手、痛くなかった?」

「うん、もう平気だよ。お姉ちゃん、強いからね」

 優しく、ティアの右腕をさすってあげた。

「ティア、ごめんね。痛くなかった?もう変なことしちゃだめだよ」

「うん」

 直樹が応急セットを持ってきてくれたが、必要なさそうだ。

「さあ、ご飯ちゃんと食べないとウォルトに怒られるよ」

「うん、いただきます!」

 三人で改めて朝食を食べ始めた

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