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ミュウの浮き船  作者: まんだ りん
1/4

始まり

 プロローグ


 抜けるような青空だった。

 見渡す限り何もなく、何処までも続くと思われる大草原。その上空にぽつんと一つ浮かんでいる浮き船の上部デッキにその少女はいた。

 年の頃、十六、七の少女だ。グレーのタンクトップに濃いグリーンのコンバットパンツという出で立ちで、黒いブーツを履いている。

 まるでこの青空を独り占めするかのようにデッキに仰向けに横たわり大空を見ていた。

「悲しいな」

 誰に言うわけでもなく、一人少女は呟いた。

 空には雲一つなく、何もない真っ青な空間を見つめている。

 少女の心の中には悲しいという感覚しかなかった。

 少女はこの世界で便利屋と呼ばれる仕事をしていた。一人独立してから、今日で何度目の仕事だろうか?今終わったばかりの仕事が少女の心の中に悲しみを残したのだった。

「ミュウ、前方五百メートル付近の草原上に生体反応、人が倒れている」

 ミュウと呼ばれたその少女は飛び起きるとデッキの一番前に行き前方を凝視する。

 デッキの上を流れていく風が、彼女の背中まである黒髪をたなびかせていた。

 黒い大きな瞳が前方の草原を見つめている。真っ直ぐに清んだ瞳が草原の上に何かを見つけた。

「ウォルト、減速して」

 ミュウは立ち上がると、ヘアバンドのように付けていたヘッドセット型の通信機で指示を出す。

「それから、バトルシップ発進準備!」

 デッキから船内に出入りするハッチを素速く開く。上り下りするための梯子を使わず、飛び降りるように船内に入り込んだ。

「助けるのか?」

 ウォルトと呼ばれた声がヘッドセットから聞こえる。

「当たり前でしょう」

 デッキの真下にあるキャビンに降りてきたミュウは、テーブルの側に立てかけてあった鞘に収まっている剣を取るとベルトの左腰のフォルダーに取り付ける。

「これも、持って行こう」

 テーブルの上に置いてあったスミソン型銃をとり右腰のフォルダーに収めた。この世界では当たり前の身を守るための武器である。

「あんな場所に倒れているんだ、自殺かもしれないぞ」

 ウォルトの声に応えることなく、ミュウはキャビンから後部の格納庫へ足早に向かった。

 格納庫にはまるで大きな茶色い羽根のないトンボのような乗り物があった。

「ゲート開けて、バトルシップ発進するわ」

 ミュウはバトルシップと呼んだ乗り物に駆け寄る。トンボの目の部分がコックピットのようだ、大きなキャノピーが開く。

 操縦席の横に剣を置き、ミュウはバトルシップに乗り込んだ。

 格納庫の天井にあるゲートが大きく開いていく。バトルシップが音もなくふわりと浮いた。

 そのままゲートを飛び出す。後方にたたんであった小さな機体安定用の翼が横に開いていく。

 ミュウの乗ったバトルシップは浮き船の上空を軽く旋回した後、下方の草原に急降下して行った。

「身なりからすると、この辺りの人間じゃないな」

 ウォルトの声がヘッドセットから聞こえた。

「なんか、黒っぽい服を着ているね」

 倒れている人物の上空でミュウは、着地出来そうな場所を瞬時に探した。

「軍服?この辺りの民兵なのか?」

「違うんじゃないかなぁ」

 ミュウはバトルシップを倒れている人物の直ぐ側に降下させる。

 ゆっくり、垂直に降りてきたバトルシップは音も立てずに草原に着地した。

 キャノピーを開け、操縦席横の剣を取るとミュウは飛び降りて素速く倒れている人物のところに走った。

 黒い上下の服とこの辺を歩くには不釣り合いな革靴を履いた、ミュウと同じくらいの歳の少年が草原に倒れている。

 ミュウは少年の首筋に手をやり脈を診た。

「生きてる」

 顔の前に手をやる。呼吸をしているのがわかる。

「気絶しているだけみたいね」

 ヘッドセットでウォルトに報告をする。

「一人で運べるか?」

「大丈夫、やってみるよ」

 ミュウは倒れている少年を抱き上げようとした。

「ちょっと、重いよ!」

 何とか抱き上げてバトルシップのコックピットに押し込んだ。

 振り返り、少年が倒れていた場所を見た。何か所持品があれば一緒に持って行こうとしたのだが。

「あれっ?」

 ミュウは急に何か違和感を感じた。少年が倒れていた場所をもう一度よく見る。

「どうやってここに来たんだろう?」

 少年の倒れていた場所にはミュウの足跡しか無かった。

「どうかしたのか?」

 ウォルトの声がヘッドセットから聞こえた。

「なんでもない」

 ミュウはバトルシップに乗り込むと機体を上昇させた。


 一 始まり


 携帯電話のストップウォッチ機能を働かせる。

「行くぞ!」

 ペダルに乗せた右足に力を入れる。

「行けぇーっ!」

 自転車で全力疾走。駅へ続く長い坂道を下っていく。

 今日は、久しぶりに晴れていて、青空に浮かぶ白い雲を見ていると気分がいい。

 ペダルを漕ぐ足に力が入る。自転車はさらに加速していく。

 上条直樹は高校一年生。毎日、駅までのタイムトライアルに挑戦していた。

 直樹が住んでいる街は小高い丘の上にある。通学のため、駅まで行くのに長く曲がりくねった坂道を自転車で下って行く。坂道の下り終わったところ、駅入口の信号を左折すれば駅前ローターリーだ。

 直樹は、毎日この坂道を自転車で下っていく時間を携帯電話のストップウォッチで計っていた。特別に意味はなかったが、毎日行っているので自然と習慣として身についていたのだった。

 今日は、天気が良いから良いタイムが出そうだと直樹は思っていた。久しぶりに自己ベスト更新になるか?

 駅入口の交差点が近づく。過去に直樹はこの交差点で三回ほど転んだことがある。一度目はスピードを出しすぎて曲がりきれずに歩道と車道の間にあるガードレールに接触して転倒した。

 二度目のときは、ひどかった。交差点手前でブレーキをかけたときに自転車の後輪が滑ってしまいそのまま転倒、制服のズボンが破れて足に擦り傷まで作ってしまい仕方なく家まで着替えに戻った事があった。

 三度目のときもやはり後輪が滑ってしまい転びそうになったが何とかバランスを取り戻した。そのまま加速しようと足に力を込めてペダルを踏み込んだが、今度はペダルから足が滑ってしまい転んでしまったのだった。

 何でだろう?怪我までしたのだから、やめてしまえばいいのに。けれど習慣というのは恐ろしい。

「行くぞ!スーパーレフトターン!」

 自分で勝手に付けた技名を心で叫んでから、直樹は交差点をハイスピードで左折しようとした。

「猫?」

 気が付いたときは直樹の体は空中に飛んでいた。

 交差点手前で子猫が路地から飛び出してきた。反射的に急ブレーキをかけたが、運悪く前輪がロックしてしまった。直樹の体が軽くなる。

 下り坂で加速していた自転車の前輪が急にロックしたことで後輪が持ち上がるようになり直樹は自転車ごと頭から空へと投げ出された。

 足下にあった地面が遠くなりつつ目の前にせり上がってくる。そのまま地面が頭の方向へ移動していく。世界が直樹を中心に上下逆に回転している、そんな不思議な錯覚。

 実際は直樹が空中で回転しながら頭から道路へと投げ出されていたのだった。

 けたたましいクラクションと急ブレーキの音。小型のトラックが近づいて来るのを直樹は逆さまの状態で見ていた。

 顔が引きつった運転手が何かを叫んでいるのが見える。自分の方にトラックが近づいて来るのをスローモーションで見ていた。

 全ての時間がゆっくりゆっくりと流れていく。

「俺はこれで死ぬのかな?死ぬのは嫌だな」

 そんなことを考える余裕が直樹にはあった。時間にしてわずか数秒の事が直樹には何十倍にも感じていた。

「死にたくない!」

 直樹は叫んでいた。


 直樹の頭上、道路の真ん中に黒い穴が開き、直樹はその穴の中に頭から吸い込まれて行った。

「えっ?」

 真っ暗で何も見えない。自分がどんどん落下していく感覚が続いている。しまいにはどっちが上でどっちが下なのかわからなくなってきた。

 頭から落ちていくのか、つま先から落ちていくのか、まったくわからない。平衡感覚が完全に無くなっていたが、落ちていくという感覚だけは続いていた。

 いつの間にか、真っ白な上下左右の感覚のない世界を直樹はさまよっていた。

 ここは何処で俺は何でこんなところにいるのだろう?

 音もなく目に見えるのはただ真っ白い空間のみ。平衡感覚が無くなり、自分が立っているのか寝ているのかもわからない状態だ。

「お兄ちゃん?」

 誰かの声がした。

「お兄ちゃん?」

 幼い少女の声だ。

「誰だ?」

 直樹は幼い声に問いかけた。

「ココロ」

 何処から聞こえてくるのかわからないその声が、直樹に答える。

「こころ?」

「探してちょうだい」

「何を?」

 何を探すんだ?こころのことか?

「カラダとマリョク」

 こころの他にあと二人、この不思議な空間にいるのだろうか?

「何処にいるんだ?」

 直樹自信が何処にいるのかもわからないのに、三人が何処にいるのかを聞いていた。

「わからない。分かれちゃったの」

 離れ離れになってしまったのだろうか?

「こころは何処にいるんだ?」

「ここにいるよ。お兄ちゃんの側に」

 急に直樹の胸が苦しくなり心臓がドクッと大きな音を立てた。

 直樹は、両目を大きく見開いた。


 眩しい。ここは何処だろう?

 どうやら椅子のような物に座らされていた。

「気が付いた?」

 声がした右隣を見ると、同じような椅子に見知らぬ少女が座っていた。

「ここは何処だ?」

「バトルシップの中だよ」

 辺りを見回すと、自分が乗り物の中、狭い操縦席のようなところに座っていることに気が付いた。

「もうすぐあたしの浮き船に着くからね」

 少女は、真っ直ぐ前を見てそう答えた。長いストレートな髪が陽の光を浴びてきらめいている。大きく見開いた黒い瞳が真っ直ぐ正面を見つめている。すっきりとした鼻筋、小さく薄いピンク色の唇。すごい美少女だ。

 直樹は少女が見つめている正面を見た。

「うわぁ!」

 目の前に、大きな物体が飛んでいる。それより高いところからその物体を見下ろしていたことが分った。

「カブトガニ?」

 近づくにつれてその物体の形が分ってきた。小さい頃両親に連れて行ってもらった水族館で見た、カブトガニそっくりな巨大な物体が空を飛んでいる。

「ウォルト、着艦するわ。ゲート開いて!」

 少女がそう言うと、目の前を飛んでいるカブトガニの背中にある扉がゆっくりと上方向に開いていく。

 直樹が乗せられているバトルシップはその中に吸い込まれるように降りていった。

 何だ?何だ?何が一体どうなっているんだ?

「着いたよ。あたしの浮き船に」

 少女はそう言うと、操縦席のキャノピーを開いて一人先に外へ降りてしまった。

「一人で降りられる?」

 外から操縦席の中を覗き込む少女。その愛らしい目がくるくるとしていて可愛い。

「降りれるよ」

 訳がわからない直樹は、立ち上がろうとするが、上手く立つことが出来ない。操縦席が狭いせいもあるが、何処か体を痛めてしまったのだろうか、両足に力が入らない。

「手、貸すよ」

 少女が、バトルシップの前方を回り込んで直樹側の席に来た。

「はい」

 直樹は一瞬ためらったが、目の前に差し出された白いきゃしゃな手を掴んだ。少し冷たい柔らかい手だった。

「よいしょ!」

 かけ声と共に、力強く引っ張られて直樹は操縦席から転がるように外に出た。

「あんな所で何をしていたんだ?」

 直樹の後ろから太い声がしたので振り向くと、身長が二メートル以上あるんじゃないかと思われる大男が立っていて、直樹のことを見下ろしていた。

「何って言われても・・・」

 急に恐ろしくなった。自分が何でここにいるのか?ここは一体何処なんだろうか?無意識に少女の手を強く握りしめていた。

「いいじゃないのそんなこと、命が助かったんだから、ねっ」

 直樹より頭ひとつ分背が低く、年の頃は直樹と同じくらいの少女が正面から直樹を見上げるようにして見てる。タンクトップにコンバットパンツというラフな服装をしていた。

「それよりさぁ、手離してくれないかなぁ?」

 少女の目線の先に、直樹の手に握られた少女の右手があった。

「ご、ごめん!」

 慌てて、手を放す。少女は、左手に持っていた剣のような物を右手に持ち替えてベルトの左側に取り付けた。

「武器を扱う大事な右手を知らない人に握られるのあんまり好きじゃないんだよね」

 そう言うと左手で右手のひらを軽くさすっている。

「あんたがあそこで何をしようとしていたかは聞かないよ。折角助けた命だから大切にしてよね」

「ここは何処なんだ?俺は何でここにいるんだ?」

 直樹には事情がさっぱり分らない。どうしてこんな所に俺はいるんだろう?

「お前は草原で倒れていたんだ。この辺は人を襲う軍隊蜂も多い。仕方なく我々が助けたんだ」

「俺が倒れていた?」

 思い出した。俺は学校に行こうと駅まで自転車に乗っていたんだ。そして交差点を左に曲がったら猫が飛び出してきて転んだんだ。

「自転車なかった?それと鞄」

 自転車は、高校入学の時に両親からお祝いにもらったスポーツタイプの大切な一台だ。

「自転車であそこまで来たの?そりゃ自殺行為だよ!」

 少女が驚いた顔で直樹を見ている。大男も呆れた顔をしている。

「だから言ったんだ。あんなところに倒れている人間を助ける必要はないと」

 そうだ、学校に連絡しないと。このままだと遅刻してしまう。担任の河内は怒ると恐ろしいくらいに怖いのだ。

 直樹は携帯電話を取り出そうとして、制服の内ポケットに手を入れた。

 瞬間、直樹の目の前にいた少女が視界から消えた。同時に直樹は後ろから羽交い締めにされて、何か硬い物で背中を強く付き押された。

「撃たないでウォルト!」

 真後ろから少女の声。直樹のことを後ろから羽交い締めにしていたのは少女だった。少女が一瞬のうちに直樹の後ろに回り込んでいた。

 直樹の目の前には、大男がいつの間にか拳銃のようなもので直樹を狙っている。

「痛っ!」

 そのまま、強引に後ろを向くように半回転させられ、少女が大男の銃から直樹を守るような恰好になった。

「変なまねしないでよね」

 羽交い締めされた手がゆるむと少女が右手で剣を持ち直樹の顔に近づけてきた。きらりと光る剣はそれが本物であることを直樹に見せつけている。

「上着からゆっくり手を出して、頭の上に上げろ!」

 大男が銃で直樹を狙ったまま近づいてきた。直樹は訳が分らず、言われるように制服からそっと手を出して頭の上に上げた。

「あんたを傷つけたくないの。お願いだから動かないでね」

 剣を鞘に戻した少女が、後ろから直樹のことを調べ始めた。ボディーチェックをされて制服の内ポケットに入っていた財布と携帯電話を取り上げられた。

「武器は持っていないようね」

 少女の言葉に大男が銃をフォルダーにしまった。

「ごめんね。仕事柄、体が勝手に動いちゃったんだ」

 少女は直樹から取り上げた財布と携帯を差し出す。直樹はそれを引ったくるようにして受け取った。

「電話しようとしただけだろう」

 財布をポケットにしまい、携帯電話を開く。アンテナは立っていなかった。

「圏外か」

「変わったタイプの通信機だな。何処に連絡を取るのだ?」

 大男が携帯に興味でもあるのか近づいてきた。

「携帯だよ。学校に遅刻するって連絡するんだよ」

「学校?あんた学校に通っているの?民兵じゃないの?」

 ミンペイ?なんだそれは?

「俺は高校生だよ!」

「コウコウセイ?変な名前だな?」

 大男が、直樹が持っている携帯電話をジロジロ見ながら言ってきた。

「名前じゃないよ。名前は上条直樹!」

 この二人はふざけているのだろうか?

「カミジョウナ・・・?」

 少女が首をかしげている。

「直樹、上条直樹だよ!」

 だんだん腹が立ってきた。それとも本当に分らないんだろうか?

 暫く考えていた少女の顔が、急に明るくなった。

「あたし、ミュウっているの。こっちはウォルト。よろしくねっ!」

 ミュウと名乗った少女が、直樹の右手を取り両手で優しく包むように握手をしてきた。

「あたし達、仕事の帰りなの。タボーラの町までで良かったら乗せていくわ。何だったら家まで送ってもいいわよ」

「家まで?」

 そう言えば、ここはミュウが浮き船って呼んでいた空を飛んでいるでっかいカブトガニみたいな乗り物だよな。ものすごく現実離れしている。

「さっきは無礼なことをしてごめんね。あんた貴族でしょう?上条って家系を表す名でしょう?」

「上条家って聞いたことはないが、帝国は広い。そんな名前の貴族がいてもおかしくはないな」

 ウォルトと言われた大男が、腕を組み直樹のことを見下ろしている。

「俺は貴族なんかじゃないよ」

「うそっ?」

 ミュウが両手を離した。

「貴族でも民兵でもないのに、何故軍服を着ているんだ?」

 ウォルトが聞いてきた。

「軍服?これは学生服ですよ」

 ウォルトが歩み寄ってきて学生服を軽く触った。

「なるほど、この素材じゃ戦闘には向かないな。どうやら直樹はミュウの知らない世界の人間のようだ」

「私の知らない世界って、アールヴ族のこと?」

「いや、人種的にはミュウと同じようだが・・・」

 何だ何だ?二人の会話についていけない。

「俺は日本人ですけど」

「日本人!」

 ウォルトが絶句する。

「なぁんだ。貴族じゃないのか。でも近くの町までは送ってあげるよ」

 ミュウはそう言ってくれたが、ここは直樹が知っている世界じゃないようだ。第一、こんなデカイ物体が浮かぶように飛んでいるなんて信じられない。直樹が最初に乗っていたバトルシップなる物だってどういう原理で飛んでいたのか分ったものじゃない。

「ここは俺が知らない世界なんだ」


 とにかく落ち着こう。ここは何処で、そしてどうやって元の世界に戻るか考えよう。

 直樹はバトルシップで目が覚める前に見ていた夢を思い出していた。

 真っ白い世界の中で幼い少女が探してくれと言ったもの。何だったっけ?

 浮き船のキャビンに案内された直樹は、側にあった椅子に座り考えていた。

「ミュウ、後方より敵対生物反応。軍隊蜂の生き残りが接近してくる」

 ウォルトが言った。

「わかった。バトルシップ発進準備!直樹は待っててね。ゆっくり話がしたいから」

 ミュウは駆けるようにしてキャビンから出て行った。

 敵対生物?軍隊蜂?この世界のことが少し気になった。

「軍隊蜂って何ですか?」

「お前は何も知らないんだな」

 ウォルトが説明をしてくれた。

 軍隊蜂は、この世界で人間の次に知性を持っていると言われている生物らしい。直樹が知っている昆虫の蜂よりかなり大きく、体長は優に三メートルは超えるという。

「そんなデカイ蜂が住んでいるんですか?」

 軍隊蜂は女王蜂を中心に五十から八十匹の群れで行動をするという。通常は人を襲うことはないらしいが、年に一度新しい巣を作るための時期に人間を襲ってしまうこともあるそうだ。

「我々は、巣別れと呼んでいる」

 新しい女王蜂が生まれ、巣から分かれる。その時に新しい女王蜂を守るために働き蜂が狂暴化するそうだ。

「そうだ、良い物を見せてやろう」

 ウォルトが立ち上がると、キャビンの壁の一部が半透明になりそこに赤く小さな光の点滅が現れた。

「ミュウのバトルシップの位置だ」

 レーダーのような物みたいだ。スクリーン上の赤い点滅の先に白い点滅が三つある。

「ウォルト、蜂の数は?」

 ミュウの声が何処からか聞こえた。キャビンの何処かにスピーカーでもあるのだろう。

「三匹だ」

「了解よ」

 赤い点滅が見る見るうちに白い点滅に近づいていく。そして点滅が重なった。

「ごめんね」

 ミュウの悲しそうな声が聞こえた。

 白い点滅が消え、赤い点滅だけになった。

 何だろう?スクリーンの端っこに黄色い点滅が二つ現れた。

「直ぐに戻った方がいい。帝国空軍機が近づいて来ている」

 ウォルトがミュウに話しかける。

「帝国空軍?久しぶりに遊べるじゃないの!」

「ダメだ。燃料も残り少ない。戻った方がいい」

「ちょっとだけ、直ぐすませるから」

 遊べるってどういうことだ?

「悪い病気が出た」

 ウォルトが説明をしてくれた。


 ミュウ達が住むこの世界は、多次元世界と言われている。元々は帝国と言われている国がこの星を支配していたそうだ。

 何時の時代だか定かではないそうだが、ある日突然、この星に違う異世界が現れて帝国の世界とひとつになってしまったそうだ。

「後に共和国と呼ばれる世界だ」

 帝国と共和国の科学レベルはほぼ一緒、ひとつの星に異次元の世界が二つ存在してしまった。

 帝国と共和国は互いにその支配地域をめぐって戦争になった。両国はお互いが荒れ果ててしまうまで戦い続けたが、戦争が終わることはなかった。

「そんなときだ。アールヴ族が現れたのは」

 アールヴ族、不思議な魔力を持つ種族が支配する第三の世界がこの星に出現してきた。帝国や共和国と違い科学力より魔力を使い世界を支配しようとしたらしい。

「武力が通じない奴らだそうだ」

 世界がアールヴ族に支配されそうになったときに、一方的に戦闘をやめたのがアールヴ族だった。

 その後、分っているだけで二十近くの異世界がこの星に現れてきた。各世界は自分たちの領土を守るために武装はしているが、帝国と共和国、それにアールヴ族が目を光らせているために大きな争いごとは起きていなかった。武力と魔力による抑止力がこの星の戦争を押さえている状況だった。


 黄色い点滅が急に進路を変えてミュウのいる方角へ進んでいった。

「見つかったか」

 ウォルトがスクリーンの装置に軽く触れた。

「レディバードだって?本物か?」

「認識コードは・・・、間違いない。本物だ!」

「よし、俺が撃墜マークを付けてやる!」

「お前がかなう相手じゃないぞ!」

 ウォルトは直樹に向かい言った。

「帝国空軍の無線を傍受した」


 武力を持っていても戦うことのない軍隊。数年前からだろうか、帝国空軍の戦闘機が民兵の空軍機や民間のバトルシップなどを狙って模擬弾を撃つ事件が続いていた。

 これは軍事行動ではなく平和な今の時代における一種のお遊びだった。この地域は帝国が統治している領土で、帝国空軍の戦闘機乗りは自分の腕を試すために友軍機や民間船護衛用のバトルシップを模擬弾で撃つゲームを始めたのだった。

 いつからかだろうか、狙われる空軍機やバトルシップも模擬弾を装備して帝国空軍機と模擬空中戦を行うようになったのは。パイロット達が自分の腕試しに行う模擬空中戦、この世界では一種の挨拶のようなものになっていた。

 ミュウのバトルシップにも模擬弾が装着されており、帝国空軍機を見つけると模擬空中戦をよく行っていた。弾が当たると真っ赤な塗料が機体に付く。それが撃ち落とした証拠にもなっていた。


「レディーバードって何ですか?」

 直樹は聞いてみた。

「ミュウが独立してこの仕事をする前に、ソフィアと言われる人の商隊で働いていたことがある。その時のあだ名だ」

 帝国空軍がミュウに勝手に付けたコードネームが「レディバード」だった。ミュウが独立する前に乗っていたバトルシップに描かれていた小さなテントウムシの絵、それがこのコードネームの由来だった。

 ミュウはバトルシップを地上すれすれまで急降下させていた。

 黄色い点滅が二手に分かれた。赤い点滅のミュウを挟み撃ちする様子だ。

 ミュウはバトルシップを急上昇させていた。もうすぐ帝国軍の戦闘機が近づいてくる。騙し討ちなどではなく正々堂々と勝負するために、相手から目視出来るように目の前に飛び出したのだ。

「十二時の方角上昇しているぞ」

「後ろに回り込め!」

 バトルシップの後ろを取ろうと戦闘機はアフターバーナー全開で急上昇を始める。

 帝国軍の戦闘機には、この世界では帝国軍しか使用していない強力なジェットエンジンが付いている。

 真っ直ぐに逃げられたらバトルシップでも追いつけない。しかし、小回りではバトルシップに敵うものはない。

 ミュウはバトルシップの推進力を急激に低下させ、きりもみ状態で急降下させる。その直ぐ横を二機の戦闘機が急上昇していく。

「見失った。レーダーは?」

「後ろだ!後ろに付かれた!」

「急降下しろ!」

 直樹はスクリーンを見ながら無線を聞いていた。二人のパイロットの慌てた声がスピーカーから聞こえる。ミュウはバトルシップの態勢を立て直して戦闘機の後ろを取っていたのだった。

 戦闘機はそのまま真っ直ぐに上昇を続ける。推進力の違いでバトルシップでは追いつけない。

 ミュウは急にバトルシップを水平飛行させ大きく左旋回、その場で発砲した。

 模擬弾が数発発射された。その模擬弾は標的がそこに来るのがわかっていたかのように反転して急降下する二機の戦闘機のコックピットに吸い込まれていった。

「畜生!」

「やられた!」

 戦闘機が上昇後、また降下してくるのがわかっていたかのようにミュウは操縦レバーのトリガーを引いたのだった。

「見事だ!レディバード。我々の完敗だ」

「こちら帝国空軍辺境査察部隊所属のカーチスだ。レディバード、手合わせしてくれてありがとう。次回までにもっと腕を磨いておく。それまで撃ち落とされるなよ!」

 黄色い点滅がミュウのバトルシップを示す赤い点滅から離れていく。

「また、勝っちゃった」

 ミュウの声に、やれやれという顔をしたウォルトだった。


 壁のスクリーンが消された。

「お茶でも飲むか?」

「はい」

 無線を聞いていたせいだけではないが、異様に喉が渇いていた。緊張しているのだろうか?

「お前、日本人だって言っていたな」

 ウォルトが入れてくれたお茶は、紅茶のような色と香りがした。

「はい」

 カップに入ったお茶を飲む。少し苦いが美味しかった。

「あの世界がここに来るのか」

「知っているんですか?日本のこと。俺がいた世界のことを」

「行ったことはないが、その情報は少しだけインプットされている」

 インプットって何処にされているんだ?俺のその情報を見てみたい。もしかしたら元の世界に変える方法があるかもしれない。

「ただいま、あれっ?いいなぁ。あたしにもお茶、入れてよ」

 ミュウがキャビンの戻ってきた。

「今入れる」

 キャビンの隣に小さなキッチンがある。ウォルトがそこに行きお茶を入れている。

「久しぶりにいい運動が出来たよ」

 ミュウが両手を上げて背伸びをしている。

「レーダーで見ていた。通信の音声もスピーカーで拾って直樹と聞いていた」

 ウォルトがお茶をミュウに出した。

「あたし、便利屋やっていて、公共機関からの仕事、今回が初めてだったんだ」

 カップにミルクを入れながら、ミュウが話しかけてきた。

「あたしね、今まで他の商隊にいたんだけれど、事情があって独立したの」

 さっきウォルトが言っていたソフィアの商隊のことだな。

「軍隊蜂退治。近くにあるタボーラっていう町の行政局からの依頼なの。蜂が人間を襲うから退治して欲しいって」

「蜂が?」

 ウォルトが言っていた、三メートルもある蜂に襲われたら死んでしまうだろうに。

「安い仕事なんだけどね。行政局にコネを作っておこうと思ってさ」

 ミュウがお茶を一口飲んだ。ちょっとだけ苦そうな顔をした。

「蜂だって好きで人間を襲ったりはしないんだ。今は巣別れの時期。新しい女王蜂が独立して別なところに巣を作るの。蜂も敏感だったんだよ。だから仕方なかったんだ」

 ミュウが少しだけ悲しそうな顔をした。軍隊蜂の生態についてはさっきウォルトに聞いたが、そんな蜂がいたり、いつ戦争が起きるか分らないこの世界は直樹にとっては異常な世界だった。

「あんた、これからどうするの?」

「わからない」

 正直言ってどうしていいのか分らない。ここは俺が住んでいた世界ではない。ミュウは近くの町までこの浮き船に乗せていってくれると言うが、そこからはどうすればいいのだろう。

「あたし達と一緒に行かない?」

 意外な提案だった。この先どうすればいいのか分らない直樹だったが、このままこの浮き船に乗せてもらえるのならありがたい。

「一緒に行ってもいいの?」

「あたしも、話し相手とか、相談に乗ってもらえる人がいると嬉しいな」

「ウォルトさんが居るじゃないか?」

 急にミュウが笑い出す。

「ウォルトさんって誰?」

 直樹はキッチンの方を見た。ウォルトが洗い物をしている。

「ウォルトにさん付けしなくてもいいんだよ」

「でも、年上の人なんだろう?」

「もしかしてあたしにもさん付けしてくれるのかなぁ?」

「そう呼んで欲しいなら、ミュウさんって呼ぶけど・・・」

「いいよ、ミュウで。あたしだって直樹って呼んでるんだし。この世界に慣れるまで一緒にいてあげるんだから、堅苦しいことは無しにしようね」

 この世界に慣れるまで、最初はそう思っていた。

「もうすぐタボーラの町に着くぞ」

 キッチンからウォルトが言った。


 始めてきたタボーラの町、この辺では大きな町らしい。

 浮き船が共同エアポートに着くとミュウは仕事の報告と生活用品の仕入れを行うためにサンドバギーで出かけるという。

「一緒に連れて行こうと思ったんだけど、その格好じゃね」

 直樹が来ている学生服はこっちの世界の人には軍服に見えるらしい。

「あらぬ誤解を受けトラブルに巻き込まれるかもしれない。ここで待っていた方が良いだろう」

 ウォルトも留守番を勧める。

「俺、まだこの世界のことはよくわからないから・・・」

「何か着る服を見つけて来るね、そしたら一緒に町へ行こうよ」

「わかった」

 直樹を置いてミュウは一人サンドバギーで行政局に向かって行った。

「直樹、手伝ってくれないか?」

 ウォルトが荷物を運ぼうとしている。

「はい」

 直樹は、ただで一緒に連れてってもらおうとは考えていなかった。何か手伝えることがあれば積極的に手伝おうと思っていた。

「正直言うと、俺は反対だ」

 ウォルトがコンテナケースを持ち上げながら直樹に言った。

「素人を一緒に連れて行くのには、この仕事は危険すぎる」

「俺、頑張りますから」

 体力には多少自信があった。

「何を頑張るんだ?」

「仕事ですよ」

 ミュウから聞いていた。便利屋が何をするのかを。

「命がけの仕事だぞ」

「はい」

 直樹もコンテナケースを担ぎウォルトの後に続いた。

「お前、最初に出合ったときに何で俺に銃を向けられたか分っているのか?」

 確か携帯で電話をしようとしたときだった。何でだったんだろう?

「お前が上着の中に手を入れたからだ。お前が武器を持っていてそれを使われたらこっちがやられる。ミュウが止めなかったら俺はお前を殺していた」

 返す言葉がなかった。

「俺達はそう言う世界に生きているんだ。平和ボケしているお前がこの世界で生きていけるのか?」

 俺には分らない。けれどここに置いて行かれても一人では生きていけないだろう。

「俺は、俺のやり方で生きていこうと思います」

「お前のやり方?」

「はい、俺がいた世界とこの世界は確かに違います。俺がいた世界で勉強したことってこの世界でも活用できるんじゃないかと思います」

「ミュウは、この商隊のリーダーだ。ミュウの決定には俺は従う。ミュウがお前を連れて行くと言うならば俺もお前をサポートしよう」

「ありがとうございます」

 よく分らないが、ウォルトも俺のことを受け入れてくれるのだろうか?

 荷物を格納庫に運んだ。


 ミュウが帰ってきた。

「似合うかなぁ?」

 そう言って渡された紙袋の中に、直樹の着替えが入っていた。

「とりあえず、着替えてきなよ」

 ミュウがキャビン後ろにある個室を案内してくれた。

「ここがあたしの部屋、この向かいがウォルト。直樹はあたしの隣を使っていいよ」

 部屋といっても狭い場所、ベットとロッカー、机があるだけで他は何もない。小さなプライベート空間だった。

「ありがとう、着替えてくるよ」

 直樹は自分の部屋に入っていく。

 個室があるのは嬉しかった。ミュウやウォルトとこれから一緒に生活をしなければならないがまだ知り合ったばかりだ。一人になれる空間が欲しかった。

 ロッカーの中に学生服をしまう。元の世界に帰るとき、必ず必要になるだろう。

 紙袋の中を見た。半袖のシャツとミュウが履いているのと同じようなコンバットパンツが入っていた。

「サイズ、ピッタリじゃないか」

 ロッカーについている小さな鏡を見た。自分で言うのも何だが、よく似合っている。

「靴は?」

 通学用のローファーはこの恰好だとアンバランスだ。

「新しい物、買ってもらおう」

 お金は、どうしよう?

 制服のポケットから財布を取り出した。

「七千円か」

 残金はこれだけ。だけどこの世界で日本円は通用するのだろうか?

 ミュウの下で働かせてもらおう。そして給料をもらいそのお金で靴を買おう。

「前払いって訳にはいかないかな」

 とりあえず個室を出た。

「似合うじゃないの!サイズもピッタリね」

「ありがとう」

 照れながら直樹は改めてお礼を言った。

「じゃあ、午後もう一度店に行ってみようね」

「うん」

 昼食の時間になり、直樹はミュウとキャビンで食事をとっていた。

「ウォルトは食べないの?」

「あれっ、説明していなかったっけ?」

 ミュウはウォルトがバイオアンドロイドだと説明をした。

「バイオアンドロイドってロボットみたいな物?」

「ロボットって言ったらウォルトに怒られるよ。一種の機械生命体かな」

「機械生命体?」

「この浮き船をコントロールしているのもウォルトなんだよ」

 すごい、今までウォルトは本物の人間だと思っていた。それほどにこの世界は科学が発達しているんだ。

「本体の電子頭脳は浮き船の中にあるんだよ。キッチンで料理してくれてるのは人型インターフェイスなの」

「じゃあ、本物のウォルトはあの人じゃないの?」

「浮き船の中央にある制御室の中にあるよ」

「なんか、あそこにいるのが本物のウォルトって感じがするな」

 親指でキッチンの方を指さした。

「浮き船の船内なら直樹が何をやっても全て把握出来る」

 黙っていたウォルトの声がキャビンのスピーカーから聞こえた。

「ねっ、人型のウォルトが別なことをしていても本体のウォルトはあたし達と会話することも浮き船の操縦も出来るんだよ。マルチに活動できるんだ」

 少し自慢するようにミュウが言っている。

「すごいんだ」

 この世界の科学力を感じた。

「ミュウ、行政局から連絡が入ってきた。新しい仕事の依頼だそうだ。午後にでも行政局に来て欲しいとのことだ」

 スピーカーからのウォルトの声がそう言った。

「わかったわ」

 ミュウが直樹の方を見た。

「食べ終わったら一緒に行こうね」


 昼食後、ミュウの運転するサンドバギーの助手席に乗せてもらい町に向かった。

「何だか西部劇に出てくる町みたいだ」

 車の通りも少なく、人も閑散としている。

「直樹が住んでいた町はどんな感じだったの?」

 運転しながらミュウが聞いてきた。

「もっと大きなところかな、人も多いし車もたくさん走っているよ」

 タボーラの町はこの辺では大きな町だって言っていたが二階建て以上の建物がほとんどない気がする。

「ここは、ビルとかもないんだね」

「ビル?そうね。帝都にはたくさんあるけどこの町にはあまりないわね」

「でも、いい町みたいだね。何だかのんびりしている感じだよ」

「のんびり?」

「時間に追われていないって感じかな」

「直樹の住んでいた町はもっと慌ただしいところなの?」

「大人達はね。俺達学生はそうでもないけど」

「忙しそうだね、直樹がいた世界って」

「そうかもしれないなぁ」

 一軒の店の前でミュウはサンドバギーを止めた。

「この店、あたしが商隊にいた頃からのなじみなんだ」

 店の看板を見るが、なんて書いてあるのか分らない。英語のような気もするが、もしかしてドイツ語かな?

「連れてきたよ」

 ミュウが先に店の中に入る。直樹は後から続いた。

「本当に来た!ミュウの男だ!」

 店の女主人と思われる人が直樹の所に飛ぶようにやってきた。この人が直樹の服をあつらえてくれたのだろう。

「異国の人だわね」

「どうも」

 直樹は女主人に挨拶をした。直樹のことを珍しいものでも見るように、ジロジロと食い入るように見てくる。確かルーシーって名前だったよな。ミュウがそんなことを言っていたっけ。

「ミュウちゃんのどんなところに惚れたの?」

「ええっ?」

 突然変なことを聞かれ、直樹は焦ってしまった。

 惚れた?俺がミュウに?

「あまり虐めないでよ。ここの生活に慣れていないんだから」

 店の奥で品定めをしていたミュウが助けに入ってくれた。

「ミュウちゃんのことどう思っているの?」

 どうって、最初見たときは可愛いと思ったが、今は俺のことを助けてくれる人だ。そういう風には見ていなかった。

「可愛いと思います」

 初めて会ったときの印象を言ってみた。

「何処が?」

「真っ直ぐな眼とか見ていると心が強い子だと思いました」

 そう、俺のことを助けてくれたときを思い出した。

「ようし、ミュウの未来の旦那のために今日は大サービスをしてあげよう」

 ミュウとはそう言う関係ではない。そう言おうとしたがやめた。

「でも結婚するにはまだ早いわね。いいなぁ若いって!」

「ルーシー!」

 ミュウが真っ赤になって怒っている。直樹も自分の顔が熱くなっているのがわかった。

「彼女、良い子だから大切にしなよ」

 ルーシーが耳元でささやいた。

 ミュウとルーシーで品物の相談をしている間、直樹は店に展示してある商品を何となく見ていた。特に欲しい物はなかったが、靴だけは買ってもらうことにした。

 ミュウが履いているようなコンバットブーツ。少し重たいかもしれないよってルーシーが言っていたが、直樹はこの靴が気に入ってしまった。

「残りの荷物はうちのトラックで運んでおくよ」

「サンキュー!」

 二人は店を出た。

 この服もこの靴もミュウに買ってもらったんだ。何だか嬉しくなってきた。

 ミュウって彼氏がいるのだろうか?

 ミュウのことを女の子だって意識してきた。

「どうしたの?」

 直樹が黙っていたせいか、ミュウが心配して聞いてきた。

「気分でも悪くした?」

 ルーシーが直樹に言ったことで気分を害したんじゃないかってミュウが思っているんだろう。

「考えていたんだ」

「何を?」

 ミュウのことを、そんなことは言えない。

「面白い人だねルーシーさんって」

「昔からあの性格は変わっていないね」

 サンドバギーはひとつの建物の前に止った。

「着いたよ」

「ここが行政局?」

「そうよ、何で?」

「もっと大きな建物だと思った」

 市役所とか町役場みたいなところだと思っていたが、意外に小さい建物だった。

「先ほどは不在で失礼いたしました。局長のボギーです」

 行政局の建物の中、応接室のような場所で待たされていると局長のボギーと名乗る小太りの中年男がやって来た。

「便利屋のミュウです。よろしくお願いします」

 ミュウとボギーが握手をする。ミュウの後ろで直樹は二人を見ていた。

「ソフィア商隊にいたときからの噂は聞いています。今回の軍隊蜂退治の件も素速い対応をしていただきありがとうございます」

 どうぞと勧められて、ミュウはソファーに座る。直樹もそれに習ってミュウの隣に座った。

「どうも」

「ところで次の仕事ですが、ある人物を護衛してポサリカの町まで連れて行って欲しいのです」

「ポサリカまで?」

「通常の運賃の倍は出します。お願いできますか?」

「倍って事はそれだけ危険って事ですよね」

「場合によっては帝国軍に狙われるかもしれません」

「それで護衛する人物は?」

「今は言えません。極秘でお願いしたいのです」

 ボギーが直樹のことをチラリと見る。

「帝国にも?」

「はい」

「軍相手だと通常の運賃の五倍が相場ですよ」

 ミュウが腕を組み、ボギーのことを見つめた。

「タボーラの町はあまり豊かではありません。税収入も良くないんですが、他に頼める人がいません。四倍でどうでしょう?」

「いいわ、それで手を打ちましょう」

「ありがとうございます。代金は半分を前払いで現金で、残りを仕事が終わってからバンクへの振り込みでいいですか?」

「いいわ」

「ありがとうございます。詳しい話は後ほど連絡します」

 ミュウと直樹は行政局を後にした。


「便利屋っていろんな仕事をするんだ」

 サンドバギーの中で直樹はミュウに聞いた。

「何でもするよ。法に触れること以外は何でも。けどね、本当はあの浮き船使って交易の荷物を運びたいんだ。あたしの知らないいろんな国々をまわって見たいんだよ」

「便利屋より運送屋さんって感じだね」

「この世界はまだ政治的に不安定なところがたくさんあるけれど、あたしの知らない素敵な場所もたくさんあると思うの。それをこの目で見てみたいんだ」

「夢なんだ」

「うん、それがあたしの夢なの」

「俺も付いていってもいいの?」

 助手席からミュウを見ていたら、ミュウがチラリと直樹のことを見た。

「べっ、別に変な意味じゃないよ!」

 自分の顔が熱くなっていくのがわかる。

「いいよ」

「えっ?」

「一緒に来てもいいよ」

「ありがとう」

「行くところ無いんでしょう?」

 ミュウの頬が赤くなってきたのがわかった。

「俺、仕事、手伝うよ」

 ミュウがサンドバギーを道の端に寄せて止めた。

「大変だよ、この仕事」

「わかっている。でもこの世界で生きて行くにはこれしかないと思ったんだ」

 上手く説明できないが、ミュウの側にいたいと強く思った。

「じゃあ、車の運転できる?」

「俺、免許を持ってない」

「免許?」

「俺のいた世界じゃ十八歳にならないと運転免許が取れないんだ」

「直樹って歳いくつなの?」

「十六歳だよ」

「あたしと同じじゃない!」

「俺と同じ歳だったんだ!」

 ミュウって年上だと思っていた。自分よりしっかりしているところがある。さっきだって行政局の大人と堂々と商談をしていた。お姉さんみたいだなって思っていたのに。

「あたしは八歳からサンドバギーを運転しているよ。この世界じゃ直樹がいた世界の常識が通用しないんだね」

「教えてくれ、運転」

 ミュウに出来るのなら俺にも出来るだろう。

「いいよ」

 二人はサンドバギーを降りると席を入れ替える。直樹は運転席に座った。

「右のペダルがアクセル、左がブレーキ」

「オヤジの車と同じだ」

 車の基本的なところは、直樹の世界と同じようだった。

「出発!」

 ミュウが叫び、直樹はギアをドライブに入れアクセルをゆっくりと踏み込む。サンドバギーはそろそろと進み出した。

「もっとアクセルを踏んで!」

 ミュウに言われアクセルを踏み込んだ。小さい頃、遊園地でゴーカートに乗ったことを思い出した。

「次の交差点右に曲がって」

 ミュウに言われたとおりに右に曲がる。意外だった。車の運転ってそれほど難しくはなかった。

 交差点を右に曲がり進んでいく。この町の車は多くない、たまにしかすれ違うことはなかった。

「このままエアポートまで運転していってね」

 ミュウにそう言われたが、意外に神経を使っていることに気が付いた。返事をする余裕がない。運転は簡単だが、前だけを見て横とかを見る暇もなかった。

「ごめんね、そこの道、左!」

 急にミュウが指示を出した。

「急に言われても!」

 急ブレーキを踏み速度を落としてハンドルを左に切る。何とか無理に道を左に曲がろうとした。

 けたたましいクラクションの音と共に大型のトレーラーが曲がろうとした道から出てきた。

「ぶつかる!」

 直樹が叫んだ。目の前に迫ってくる大型トレーラー。恐怖のために右足が突っ張る。力一杯アクセルを踏み込んでしまった。

 ミュウが助手席から手を伸ばしてハンドルを取りさらに左に切った。同時にサイドブレーキを思いっ切り引いてくれた。

 サンドバギーは右に大きく後輪を滑らせ半回転スピンをしてトレーラーの直ぐ前をすべりながら通過して止まった。

 トレーラーがサンドバギーが滑っていったタイヤの跡を踏みしめながら急停車する。ミュウが手助けをしてくれなかったら正面衝突をしていただろう。

「バカ野郎!何処見て運転しているんだ!」

 いかつい格好の大男がトレーラーから降りてきた。両脇にウォルトが持っているのと同じスミソン型銃を提げている。この世界では、一般的にも携帯するのが当たり前の身を守る武器のひとつだ。ミュウも右腰に一丁提げている。

「ごめんなさい。運転の練習をしていたの」

 ミュウがサンドバギーから飛び降りた。左手はいつも持ち歩いている剣を握っていた。

「こっちは帝国軍の荷物を運んでいるんだ!何かあったらどう責任をとるんだ!」

 トレーラーの荷台には小型の戦闘機が一機積んであった。かぶせてあったシートが今のショックでめくれている。

「ごめんなさい」

 ミュウが再度謝る。

 直樹も遅れてサンドバギーから降りた。ショックで足が震えている。

「すいません。俺が運転していたんです」

 ようやくそれだけ言うことが出来た。この場は何とかして切り抜けたい。

 俺は男だろう?自分に言い聞かせながらミュウの前に出た。

 ミュウの前に出て、大男と向かい合う。初めて交通事故を起こしそうになってそのショックでまだ足が震えている。それともこの大男が怖いのか?

「直樹?」

 ミュウが後ろから声をかけてきた。なんとしてでもミュウのこと守らなければと直樹は感じていた。

「なんだこの兄ちゃん、足が震えているじゃないか!」

 大男が手を銃に添える。

「平和ボケしているお前がこの世界で生きていけるのか?」

 ウォルトに言われた言葉が脳裏によみがえってきた。

 大男が片方の銃を抜き直樹に銃口を向けようとした。

 しかし、それよりも早くミュウが直樹の前に飛び出て、剣を抜き大男の額にその剣先を向けた。

「ぶつかりそうになったことはこちらが悪かったので謝ります。だから銃は降ろしてください」

「それより先に剣を降ろすんだな!」

 トレーラーからもう一人小柄な男が降りてきた。セミオートのショットガンを持っていて歩み寄ってくる。銃口が直樹を狙っている。

 このままでは俺もミュウも殺される。直樹は反射的に両腕を上げてしまった。

 ミュウが動いた。直樹は両足のふくらはぎに痛みを感じると同時に空を仰いでいた。いつの間にか仰向けに転んでしまったのだ。

 ミュウが直樹に足払いをして直樹を転ばせたのだった。それと同時に近くにいた大男の銃を持っていた剣で弾き飛ばしていた。

 小柄な男が焦ってショットガンを撃つが、狙いが定まっていないために弾は直樹が倒れている直ぐ真上を飛んでいった。

 銃を弾かれ怯む大男をそのままにしてミュウが小柄な男に飛びかかる。

「はぁーっ!」

 振り上げた剣を思いっ切り振り下ろした。青白く光った剣が小柄な男が持っていたショットガンの先端を斬り落とした。

 その間、数秒もなかっただろう。直ぐに元いた場所に戻ってきて最初の大男に剣先を向け直した。

 直樹は両手で後頭部を抱えるようにして仰向けに倒れている。自分がどうして倒れてしまったのか?一体何が起きたのか?さっぱりわからない。倒れたまま側にいるミュウを見上げていた。

 大男が何で持っていた銃が弾き飛ばされたか理解していない。両目がより眼になってミュウの剣先を見ている。

 ショットガンの小柄な男は二発目の引き金を引けずにいた。ショットガンの先端がなくなっており銃を撃つことが出来ないでいる。

「もう一度言います。謝りますから許してもらえませんか?」

 ミュウの持っている剣先がきらりと光った。

「わ、わ、わかった。俺達もスピードを出しすぎていたようだ」

 大男が後ろに下がり落ちていた銃を拾いトレーラーに向かって駆け出した。

「ま、待ってくれよ!」

 小柄な男はショットガンの先端をそのままにして短くなったショットガンを抱え大男を追いかけトレーラーに向かい走った。

 二人がトレーラーに向かったのを見送ってからミュウは剣を鞘に収めた。

「ごめんね。怪我しなかった?」

 ミュウが直樹に手を差し出した。直樹はその小さな手を掴んで立ち上がった。

 逃げるように急発進してトレーラが走り去る。

「ミュウがやったの?」

 あまりにも早いスピードで事が片付いたので直樹には何が何だかわからない。

「うん、ショットガンの男の方が先に撃ってきたら直樹が撃たれるから転ばしちゃった。痛くなかった?」

 直樹はショットガンの先端を拾い上げた。

 これって金属だろう?ミュウが持っている剣って金属も切れるんだ。

「ミュウってすごいんだ!」

 ミュウが赤くなっている。

「行こう、ウォルトが待っているよ」

 ミュウが助手席に乗り込んだ。

「俺がまた運転するの?」

「うん、そうだよ」

 ミュウが笑って直樹を見る。直樹は運転席に座った。

 俺ももっと強くなって、ミュウの足手まといにならないようにしよう。

「ありがとう」

 小さな声でミュウが言ったのが聞こえたが、直樹にはその意味がわからなかった。


「だから、元の世界に帰れるまで、あたしが面倒を見るって言ってるじゃないの!」

「ダメだ!素人にはこの仕事は危険すぎる!」

「別に仕事はさせないよ!お客として乗ってもらえばいいでしょう?」

「支払い能力のない人物はお客として扱えない」

「じゃあ、家族って言うのはどう?」

「誰の家族だ?」

「あたし、生活費はあたしの小遣いから引いてもいいから、ねっ!」

 翌日のことだった。直樹が起きてキャビンに行こうとしたら中から言い争っている声が聞こえた。

 俺のことで何かもめているんだ。

 ミュウが直樹のことについてウォルトとキャビンで話をしている。

「仕方ない、許可しよう」

「ありがとうウォルト!愛しているよ!」

「俺に恋愛感情はインプットされていない」

 直樹はその場所に入りにくくなり自分専用に与えられた個室に戻った。

 ミュウに迷惑はかけられない。俺も何かをしなければ。けれど何が出来る?

 制服にしまってあった財布を取り出した。

 このお金がここで使えればいいんだけれど

「直樹、起きてる?」

 ミュウが直樹の部屋をノックする。

「はい」

 直樹は返事をして部屋のドアを開けた。

「おはよう、朝ご飯、食べようよ」

 笑顔で挨拶をしてきたミュウが可愛いと思った。

「おはよう、ちょっと入ってきて!」

 直樹はミュウに持っていたお金を見てもらおうと部屋の中にミュウを呼んだ。

「これ、俺のいた世界のお金なんだけれどここじゃ使えないよね」

「見たことないお金だから使えないと思うよ」

「やっぱりそうか」

 直樹用に与えられた狭い部屋の中、机の上に並べたお金をミュウに見てもらったが、やはりこの世界では使えないのかと思った。

 直樹はお金を財布に戻した。

「ねえ、写真とってもいい?」

「写真?」

 折角ミュウがこの部屋に来てくれたんだ。何か記念になるものが欲しくなった。

 直樹はミュウに携帯を向けた。

「それって通信機じゃないの?」

「携帯電話だよ。俺の世界じゃカメラ機能も付いているんだ」

 ミュウに携帯のカメラを向け、シャッターを切ると電子音がした。

「見て」

 液晶画面を見せるとミュウが覗き込んできた。

「へぇ、面白そうね」

 画面に不思議そうな顔をしたミュウが写っている。

「俺のいた世界じゃ写真を添付してメールで送ったりしているんだ」

「こっちの世界と文明の進み方が違うのね」

「ここにはこういう物はないの?」

「あんまり見たことはないよ。通信技術は直樹のいた世界の方が進んでいるのかなぁ」

「携帯ってね、ミュウみたいな女の子はみんな持っているんだ」

「私見たいな子?」

「学校に行くときも遊びに行くときも必ず持って行くんだよ」

「これみたいな物なんだね」

 ミュウはヘッドセット型の通信機を見せた。

「それじゃ写真は撮れないよ」

「そうだね」

 ミュウは笑った。その瞬間を直樹は見逃さなかった。電子音がして笑顔のミュウを写真に収めることに成功した。

 ミュウが驚いた顔を向けている。

「可愛く撮れたよ」

「さあ、食べたら仕事しないとね」

 ミュウが逃げるように部屋を出て行った。

 怒っちゃったかな?

 携帯電話の待ち受け画面にミュウの笑顔を設定した。

「電池、やばいかなぁ」

 この世界では携帯電話を充電することが出来ない。浮き船にはコンセントというものがなかった。別に圏外だからどうでもいいんだが、電源が入っていないと不安だった。もしかしたら、何かの偶然で誰かからメールが来るかもしれない。

 キャビンに直樹が行くとミュウはすでにテーブルに着いていた。

 テーブルにはウォルトが用意してくれた朝食が並べてある。直樹は席に着いた。

「食べよう」

「いただきます」

 何だかミュウがよそよそしく感じる。落ち着かないように食事をしている。

 どうしたんだろう?勝手に写真を撮ったことを怒っているのだろうか?

「食べたら荷物片付けなくちゃね」

 ミュウが食事を済ませ先に浮き船の外に出て行った。

 直樹も済ませるとミュウを追って浮き船の外に出た。

 ミュウの浮き船は真上から見るとカブトガニのような格好をしている。

 カブトガニの頭の部分、その先端に浮き船のブリッジがある。三人くらいしか人の入れない狭いブリッジ、通常、浮き船の操縦はウォルトが行っている。ここは手動で浮き船を操縦するときに使う場所だ。

 ブリッジの直ぐ後ろにはキャビンがある。ミュウ達が食事をしたりくつろいだりする場所がここだ。キッチンやトイレ、シャワー室も付いている。意外に広く大人が五、六人入っても窮屈な感じはしない。

 キャビンの直ぐ後ろには中央の通路を挟んで個室が左右に三部屋ずつある。

 個室の後ろには格納庫がある。ここにバトルシップやサンドバギーが格納されている。

 カブトガニのおしりの部分、格納庫の更に後ろ側は、貨物室になっている。ここはミュウが引き受けた交易用の荷物を積む場所だ。ミュウが独立してから、ここが荷物でいっぱいになったことはまだなかった。

 キャビンや個室、格納庫の下側が浮き船の推進装置と燃料タンクになっている。

 外に出ると、ミュウがコンテナケースを整理していた。直樹は前から不思議に思っていたことを浮き船を触りながらミュウに聞いた。

「どうしてこんな物が飛ぶの?」

「浮き船だからだよ」

 なに当たり前のことを聞くのって顔をしてミュウが答えた。

 船の材質は何で出来ているのって聞こうと思ったがやめた。

「それより荷物が来るまで時間があるからサンドバギーの練習しない?」

「ここで?」

「うん、ここで」

 ミュウがコンテナケースを運んでいたのは、直樹にサンドバギーの練習をさせるためだった。

「車庫入れの練習だよ」

 コンテナケースを並べ通路を作る。狭い通路をサンドバギーで通る練習をさせられた。

 車庫入れ、縦列駐車、どういうときに役に立つのかは直樹にはわからなかったがミュウが一生懸命教えてくれるのでそれに応えなければならないと思い練習をした。

「だいぶ上手くなってきたね」

 サンドバギーの側に来てミュウが声をかけてきた。

「そうかなぁ」

 運転席に座っている直樹はハンドルを巧みに操りサンドバギーをゆっくりと進める。

「今日、行政局に護衛する人物を迎えに行くんだけど、直樹がサンドバギー運転してね」

「俺が?」

 ちょっとだけブレーキをかけるタイミングが遅れ、危うくコンテナケースにぶつけそうになる。

「そのケースにはお前の荷物が入っている。遊び終わったら片付けておけよ」

 ウォルトが浮き船のメンテナンスをしながら言った。

「遊びじゃないよ。練習だよ」

 ミュウがコンテナケースの側に行く。

「荷物、先に片付けちゃおうか」

 何が入っているのだろうと言いながらミュウがひとつのコンテナケースを開けた。

 中身は直樹の生活用品だった。半袖シャツやコンバットパンツの替えの他、直樹の下着とかも入っていた。

「ちょっと、直樹。自分で片付けておいてよ」

 真っ赤になったミュウが慌ててコンテナケースの蓋を閉じる。

「はいはい、わかりました」

 直樹は自分が昨日に比べかなりリラックスしているなと思った。一日たったのだ。ここの世界にも少しずつ慣れていかないといけない。

 サンドバギーを降りた直樹は、コンテナケースを部屋に運ぼうとした。

「うわぁ!」

 持ち上げたコンテナケースの陰で足下がよく見えていなかった。別のコンテナケースにつまずいて転んでしまった。

「大丈夫?」

 ミュウが駆け寄る。

 直樹が持っていたコンテナケースの中身が派手に散乱した。開いたケースからコンバットブーツや銃ホルダーなどが飛び出てしまった。

「ごめん」

 直樹はあわてて起き上がり中身を拾い集める。

「意外とおっちょこちょいなんだね」

 笑いながらミュウも散らかった荷物を拾い集めてくれる。

「何かしら、これ」

 ミュウが手に乗るような小さな可愛い箱を見つけ拾い中を開けて見た。

 ミュウの顔がだんだんと真っ赤になりわなわなと震えだした。

「早く片付けてよね!」

 小箱を押しつけてミュウが先に浮き船の中に戻ってしまった。

「何怒っているんだろう?」

 直樹が小箱の中を開けて見ると、中に携帯用の避妊具が入っていた。店の女主人、ルーシーの顔が思い出される。直樹も自分の顔がものすごく熱くなっていくのを感じていた。

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