漆話 《微かな光》
翌日の放課後、3学年の寮の間にある芝生の小さなグラウンドには、5人の2年生、ヴォルト、イニシエール、そして悠斗とニーナがいた。
5人の2年生と向き合うヴォルト。悠斗達3人は、少し離れた場所からその様子を見守っていた。
5人の2年生はヴォルトを睨み付けている。
しかし一体、何故こうなったかというと……
遡ること20分。
「おーヴォルトー! 俺がいなくて寂しかったんじゃねーかー? 」
「んなわけねえだろ、気持ち悪い 」
イニシエールの要望で、1年A組のヴォルトに会いに行くことになった。
A組の教室にはヴォルトともう1人の黒マントを着た怪しげな男がいるだけだった。
「あの人は? 」
「ああ、アイツは誰とも話さないんだ。それにここの連中、変わった奴ばかりで少し手を焼いている 」
凄まじい能力を持つヴォルトだったが、話せば人間味のある普通の男である。
暫くA組の話を聞きたいところだったが、突然、
「すみません! 離してください! 」
という女の声が教室の外から聞こえた。どうやら廊下からだ。
悠斗達は様子を見に行ってみると、1人の女が胸元に黄色のバッジを身に付けた2年生の男5人組に絡まれていた。
その女は何処かで見覚えがある。
考えている悠斗の脇を通り、ヴォルトはその女の下へ向かった。
「あ! 入学式の時、ヴォルトが助けた子だ! 」
「そーか! 何処かで見覚えがあるなーって思ってたら、あの時の子か! 」
ヴォルトは1人でその2年生5人組の前に立ちはだかる。
その女も、ヴォルトの背後に小さく隠れた。
「おいおい、先輩だか何だか知らねえが、俺の女に手を出す奴は殺すぞ? 」
『……は? 』
悠斗とイニシエールは固まった。
……あの子が、ヴォルトの彼女?
信じられないが、確かにその女はヴォルトをギュッと抱き締めている。
『う、嘘だろー!? あの子がヴォルトの女ー!? 』
2人は声を揃えて言った。
「う、うるせえよ! 」
と、ヴォルトは悠斗達を見て少し恥ずかしそうに怒った。
その様子を見た2年生は、苛立つ様子を見せている。
「何カッコつけてんだよ? 」
「テメー1年だろ? 」
「先輩に殺すとか言ってんじゃねーぞ! 」
2年生5人組は、ヴォルトの胸倉を掴み、
「決闘だ! 先輩の恐さってものを教えてやるよ! 」
と、ヴォルトを校舎の外へと連れ出して行く。
「これは面白い展開になったぞ悠斗! 俺達も見に行ってみよーぜ! 」
こうした結果、ヴォルトと2年生が決闘する羽目になったのである。
幸いにも、放課後になって間も無い為、まだここを通る生徒もいない。周りに被害は出ないだろう。
しかしこの時、神選高校の決闘の恐ろしさを悠斗はまだ知らなかった。
いや、知らなかったのはヴォルトの恐ろしさである。
「おい1年坊、相手は誰が良い? 特別に選ばせてやるよ 」
2年生5人組は、余裕を見せ、ヴォルトに決闘の相手を選ばせる。
しかしヴォルトは、
「はぁ? んなもん5対1で十分だろ。まぁ、俺には物足りねえけどな 」
と、2年生5人組を煽った。
その屈辱を浴びせられた2年生5人組の怒りは終に頂点に達した。
「後で後悔すんなよクソガキー!! 」
「後悔すんのはてめえらだろ、クソ野郎 」
ある男は大鎌を2本同時に振り回し、ある男は猪に化けてヴォルト目掛けて突進する。
あらゆる特殊能力を発揮し、人間を超えた技でヴォルトに仕掛ける。
あっという間に5人に囲まれるヴォルトだったが、それと同時に、ニヤリと一瞬笑った。
「あの人達、己の力量が分かっていない様ね。馬鹿な人達 」
ニーナは呆れた様子で、状況を見物している。
5人がヴォルトに飛び掛った、その瞬間、ヴォルトの身体全体から眩い雷が発せられた。
男達は大量の雷に感電し、皮膚を少し焦がして気絶した。
悠斗達は、2年生5人組を放って置き、ヴォルトに駆け寄った。
「何だかあっという間だったな。
……!! ま、マズい! イニシエール! お前ら俺から離れろ!! 」
突然ヴォルトが慌て出した。何やら危険な予感がする。
それはニーナと悠斗だけが感じていた。
「やべえ! ……躱せ!! 」
すると、ヴォルトの意思とは裏腹に、ヴォルトの胸から雷が発せられた。
それ程強い雷では無いが、触れれば致命傷は間違い無さそうだ。
そして、その雷は真っ直ぐに悠斗の頭に向かって行く。
「逃げろ悠斗!! 」
イニシエールの声が聞こえるが、雷の速さを至近距離で躱せる筈がない。
身体を縮め、目を閉じる。
身体が痺れ、痛む覚悟は一瞬の内にしたが、その感覚は長い間感じ無い。
恐る恐る目を開ける悠斗。
すると、悠斗の足元の地面が煙を出し、黒く焦げていた。
雷は悠斗に届かず、悠斗の僅か手前の地面に落ちた様だ。
「危ねー! 助かったな悠斗! 」
「本当だよ! 僕、本気で当たるところだったもん! 」
イニシエールと2人で喜ぶ悠斗だったが、突然ヴォルトに胸倉を掴まれる。
ヴォルトは真剣な鋭い目で、悠斗に尋ねた。
「てめえ今、一体何しやがった!? 」
強い気迫でそう言われるが、悠斗にはその質問の意味がさっぱり分からない。
「な、何って、僕は何もしていないよ! 」
「誤魔化してんじゃねえぞ!
……俺は能力を使い過ぎると時々、俺の意思とは無関係に雷が飛ぶことがある。まさにさっきの状態だ。ああなったら俺には雷は止められねえ。
……だが雷はてめえの頭に向かい、そしててめえの足元に落ちた。
てめえが何かしたに違いねえだろ!? さあ、てめえの能力見せやがれ! 」
ヴォルトは益々頭に血が上っている。
どうして良いか分からない悠斗。その状況におどおどしていると、それを救ってくれたのが、ヴォルトの彼女だった。
「まあまあ良いじゃないヴォルト君! あなたも彼を傷付けてしまったらそれは不本意でしょう? 誰も傷付けていないなら、それで良いんじゃないかしら? 」
「……ま、まあな 」
ヴォルトの頭に上った血は、彼女の宥めによって無事に下げられた。彼女にだけはヴォルトは逆らう様子は無い。
悠斗はホッと安堵の溜め息を吐く。
「初めまして! ……いえ、入学式の前にもお会いしたから、二度目ましてですね!
私は1年B組の朱 春麗です! 中国の広東省から来ました!
……この度は、ヴォルト君が乱暴を働いてしまい、すみませんでした! 」
春麗は悠斗に向け、頭を深々と下げた。
その姿には、悠斗もイニシエールも感動した。
「ヴォルトー! お前、この子めちゃめちゃ健気じゃねーかよー! お前には勿体無いくらいの子だぜー! 」
「春麗さん、ありがとう! 僕は全然何とも無いから、頭を上げて! 」
ヴォルトには似合わない程、春麗は心の優しい礼儀正しい子である。
「さて、コイツらどうする? 」
「2年生と決闘しても、序列に変わりは無いんだろ? なら放って置こうぜ。
……春麗、今日の晩飯どうしようか? 」
「うーんと、じゃあ麻婆豆腐作ってあげる! 本場中国人の作る麻婆豆腐は別格だよー? 」
ヴォルトと春麗は、仲睦まじく1年生の寮へと行ってしまった。
「放って置いて良いのかな? 」
さすがに心配になった悠斗はイニシエールとニーナに尋ねる。
「どうする? 保健室にでも連れて行くか? 」
というイニシエールに対し、
「彼らが勝手に仕掛けたもの。放って置いて構わないわ 」
ニーナはそう言い切った。
食い違う2人の意見にどうしようか戸惑っていると、見兼ねたニーナは悠斗の制服の襟を掴み、1年生の寮へと強引に引きずって行った……