伍話 《ナンバーズイレブン》
「ヒュプノス校長!! 納得出来ません!
何故、日本の零級犯罪者を我が校に入学させたのです!? もしも風間悠斗の真実を他の生徒が知ったら、学校中は疎か、【反魔神派】の神々がパニックになりますよ!! 」
「アモン、少しは落ち着きたまえ。ヒュプノス校長にも考えがあってのことだろう 」
3ヶ月に一度行われる【反魔神派】の神々の会合。ヒュプノスは会合開始早々、生物学を担当しているエジプト神話に伝わる雄羊神アモンに、こっ酷く叱られていた。
「アモン君、彼の力は今後必ず儂らにとって大きな意味を表すはずじゃ。危険なのは承知じゃが、【魔神派】との戦争には欠かせぬ存在じゃ 」
ヒュプノスはアモンに対して、少し苦手意識がある。
仕事に真面目なアモンであるが、真面目過ぎる故にリスクを避けたがるのである。
「ヒュプノス。もし、あの力が暴走したらどうするつもりですか? 」
「ウアジェト、お主は幾つになっても綺麗じゃのぉ! 」
ウアジェトと呼ばれた女神は、黄色の派手なドレスを着て、身体には体長2m程の巨大コブラが巻き付いている。
「あなたの女好きにはつくづく愛想が尽きますよ。風間悠斗の制御は可能か、と聞いているんです 」
「ったく厳しいのぉ。
……その心配はせんでも良い。直属の監視役を彼奴の側近に置いておる。1つだけ使命を与えてな。
……暴走すれば……迷わず“殺せ”、と 」
ヒュプノスは言葉の恐ろしさの反面、顔は不気味に笑っていた。
周りの神々も、その表情には恐れを抱いた。
「まるで悪魔の微笑みね…… 」
ヒュプノスの表情を見つめ、ウアジェトは呟いた。
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翌朝7時半、悠斗は自然と起床した。毎朝この時間に起きるのは悠斗の日課である。
「あら、おはよう 」
「お、おはようニーナさん! 」
ニーナは悠斗よりも更に早く起きており、既に制服を着て、教科書の入った鞄を手にしていた。
ブレザー姿はニーナにとても似合っていて、悠斗はその姿に見惚れていた。
「朝からテンション高いわね。学校なんて退屈でしかないのに 」
「そんなことないよ! だって僕、学校行くのは3年ぶりなんだもん! 」
事実上、勿論悠斗は中学校になど通っていない。そのため、久しぶりの学校が楽しみで仕方なかったのだ。
「ふーん。どーでも良いけど、早くしないと遅刻するわよ。朝食も食べないといけないんだし 」
「そうだった! ニーナさん、先に行ってて! 」
悠斗は慌てて部屋に戻り、制服に着替え始める。
「……変な人 」
ニーナは不思議そうに悠斗の行動を観察していた。
「ここが1年E組かー……何だか緊張するね! 」
悠斗は1年棟の2階の左端にある1年E組の教室の前に立ち、1人で緊張している。
その傍らにはニーナもいるが、ニーナは何も動じることなく教室に入って行ってしまった。
悠斗もニーナを追うようにして教室へと入って行く。
教室を眺めてみると、悠斗が知っている日本の学校の教室と、何ら変わりは無い。違う所言えば、少しだけ教室が大きいことと、黒板ではなく特大のモニターが教壇の背後にあることだけだ。
「おーっす! 悠斗ー!! 」
悠斗は誰かに突然、飛びつく様に抱き着かれた。
振り解いて、顔を見てみると、
「い、イニシエール君!? イニシエール君じゃないか! 」
その正体がイニシエールだということに気が付いた。
「何でイニシエール君もE組に? 能力使わなかったとか? 」
「いやー、実はそうなんだよ! まあ実際は、【使わなかった】んじゃなくて、【使えなかった】んだけどな! 」
イニシエールの言葉の意味を悠斗は理解できなかったが、とにかくイニシエールがいて心強いことは確かである。
「それにしても悠斗、お前羨ましいなー! こんな美人連れて、オマケに部屋まで一緒だなんてよ!
俺にも貸してくれよー! 」
しかし、イニシエールはそこまで言うと、強制的に黙らされた。
「私は【物】じゃない。二度と貸すなんて言葉使うな。いいな? 」
「は、はいぃ…… 」
イニシエールの首元に、ニーナが胸元に隠してあったナイフを突きつけたからだ。
イニシエールは両手を挙げ、声は裏返っている。
「おいテメーら、俺のいるクラスで勝手に争いごとしてんじゃねーよ 」
教室の後方から、ガラの悪い男の声が聞こえる。
声の主は、肥満体の黒人だった。
「……君は? 」
「俺はハルメド、ナイジェリア人だ。
……ここのボスは俺だ。俺に逆らう奴は許さねー 」
ハルメドは巨体過ぎるせいで、制服の丈が足りていない様だ。
その姿に思わず悠斗とイニシエールは吹いてしまった。目の前にいるハルメドがそれに気付かない訳が無い。
よく見ると、ハルメドは怒りでワナワナしていた。
「テメーら、よくも俺の腹を見て笑いやがったな!! ぶっ殺す!! 」
直ぐ様ニーナがハルメドに攻撃しようとしたが、
「ちょっと待ちなよ! アンタが調子乗ってることばかり言ってんじゃないわよ! いい加減デカい面して教室に居られると困んの! 」
と、勇気ある女がハルメドの前に立ち塞がった。
「あ、亜樹さん!? 」
その女は、昨日の夕食で相席し、気が合った久能亜樹だった。亜樹はC組だったが、通り縋ろうとした時に争いに気付き、慌てて来たのだ。
「邪魔だ!! まずはテメーからぶっ殺してやる!! 」
亜樹は立ち塞がったまま目を瞑る。瞬時に悠斗が助けようとするが、それよりも早く、悠斗を追い抜く【影】の姿。
「女性を傷付けるのは良くありませんね! 」
ハルメドは、その影によって蹴り飛ばされた。教室の壁を突き抜け、1年棟と2年棟の間にある中庭に落ちて行った。
「ふぅ。
……怪我は無かったかい? お嬢さん 」
ハルメドを蹴り飛ばしたのは、1人の白人男。金色の長髪に、綺麗な青色の瞳。まさに美男子とでも言うべきルックスの持ち主だった。
「あ、ありがとう。助けてくれて 」
「当然さ! 女性は生きているだけで美しい!
それを傷付けようとするなんて、奴は万死に値するよ! 」
余程の女好きの様だ。その点においては悠斗と気が合いそうだ。
「君、強いんだね! 僕、風間悠斗!
よろしくね! 」
悠斗がその男に礼を言って右手を差し出す。
しかし、
「……実力も無い、況してや男と馴れ合うつもりは無い。E組風情が僕に馴れ馴れしくしないでくれ 」
と言って、その男は悠斗を素通りして教室から出て行こうとした。
それを見たイニシエールが、その男の右腕を掴み、出て行こうとするのを止めた。
しかしその瞬間、男は振り向きざまにイニシエールの腹を蹴り上げる。
イニシエールは不意を突かれ、後方に吹っ飛び、倒れた。
「な、何するんだよ!? 」
悠斗はイニシエールに駆け寄り、男を睨んだ。
男は帰り際にこう言った。
「俺の名前はシェイド・アグレス。【ナンバーズイレブン】のNO.8さ。
君達E組には到底及ばない実力者の僕に触れるなんて、全く君達は礼儀知らずだね。
僕は弱者とは馴れ合わない主義だから、君達とはもう関わりたくは無いんだ 」
あれが【ナンバーズイレブン】……
悠斗はシェイドが帰って行った後、気になることを考えていた。
悠斗が亜樹を守ろうと飛び出したあの時、気配が全く無い状態でどうやって悠斗の背後から追い抜いて来たのか。
そして、悠斗がシェイドを睨んだ時、一瞬全く動くことが出来ない間があった。
あれは一体……?
そう考えていると、教師が教室に入って来た。
「あ、エロース先生! 」
「風間く〜ん、おはよ〜! 皆もおはよ〜! 」
その教師はエロースだった。1年E組の担任はエロースになった様だ。
『うおー! こりゃあツイてるぜー! 』
男子生徒は全員両手を挙げて喜びを露わにする。
「それじゃあ早速1限目の授業を始めるよ〜! 皆〜、席に着いて〜! 」