壱話 《踏み出す一歩》
東京都港区に聳え立つ、とあるビル。
「ここか。
……招待状には場所と時間しか書いていないな」
「ねえヴォルト、本当に神々を決める学校なんて存在するのかなぁ? 何だか胡散臭くない? 」
ビルの前に立っているのは、金髪の長髪男とスキンヘッドにヘアバンドをしている男の2人組。
2人は真っ白な便箋に書き記されたメッセージを読み、フランスからやって来たのだ。
「入るぞ。この招待状の通り、本当に神になれるのなら俺はなる。
もし嘘が書いてあるのなら……この差出人を消すまでだ 」
金髪の男が招待状を握り潰した。
「嘘ではないぞ。それに消される程、まだ儂も弱ってはおらんよ、ヴォルト君、イニシエール君 」
2人の背後には気配も無く、一瞬にして白髪白髭の老人と、細身で小柄の少年が立っていた。その少年は、紺色の制服を着ている。
「うわっ!!
お爺さん、いつの間に俺達の後ろに!? 」
驚くイニシエールに対し、ヴォルトは微動だにしない。
「ホッホッホ、ジジイかてまだ動けるのじゃよ。お主らに劣るほど歳はとっておらん 」
悠斗は老人の背後に立ち、ジッとヴォルトを見つめていた。
ヴォルトも悠斗の視線に気付き、鋭い目付きで睨み返して来た。
「お爺さん、お爺さんはこのビルの関係者の人? 」
イニシエールが老人に問い掛けると、老人はビルの玄関へと向かい歩き出した。
ヴォルトとイニシエール、そして悠斗も老人の後を追う。
距離が近づくに連れ、悠斗とヴォルトの警戒心は強まるばかりだ。
ビルの玄関へ入ると、正面に1人の受付嬢が座っていた。その受付嬢はスーツを完璧に着こなし、赤縁の眼鏡を掛けた美女だった。
「おー、メデュー君! 仕事は捗っておるかね?
今度また一緒にお茶でも…… 」
「仕事は捗っておりますよ!
……ですが、お茶には行きませんし、一度も行ったことありません 」
メデューと呼ばれた美女は、老人に目を向けず誘いを即座に断った。
完璧なまでのビジネスマンの様だ。
「そちらは新入生の方ですね?
……初めまして、私は神選高校事務課のメデューです。この度は神々の候補者として選ばれたこと、おめでとうございます。
詳しい話は、後ほど行われる神選高校入学式でご説明させて頂きます。
入学式はこのビルの18階の1801号室で行われます。
……私がご案内致しますので、どうぞ着いて来てください 」
メデューは簡潔に自己紹介と説明を済ませる。
淡々と説明をしたが、悠斗達には理解が出来ない。
しかし、
「要するに、俺達は次期神々の候補生として神々になる人材を選別する学校に招待された。そこで上に立つ者が、後の神になる。
……つまりはそういうことだろう? 」
ヴォルトだけは状況をあっさりと理解した様だ。
「神々になる人材を選別する? 後の神になる?
……そんなことをする意味は一体何ですか? 」
初めて悠斗が口を開いた。それに対してヴォルトが喰いつく。
「……神々を選別する意味? 貴様はそんなことも知らずにここへ来たのか?
……神々の中でも、世界を滅ぼそうとする魔神が存在する。そして、その魔神に協力する勢力、人々はそれを【魔神派】と言う。その【魔神派】が近年、神々をも脅かす存在になって来ている。
神々は【魔神派】に恐れ、兵力を募ろうとしている。
……それがこの学校の存在意義だ 」
……神々……魔神……
規模が大き過ぎて、悠斗には想像しきれない。
「ホッホッホ、さすが北欧神話、雷神トールの末裔じゃの。
知識豊富で感心感心! 」
雷神トール……?
12歳から知識が殆ど得られていない悠斗には、それが何を指すかは分からないのだ。
「お主の実力、篤と見させてもらおうかの。
……イニシエール君も、ヴォルト君と共に頑張るのじゃぞ? 」
「はい! 頑張ります! 」
クールなヴォルトは何も返さないが、ひょうきん者のイニシエールは明るく返事をした。
「……少し早いですが、入学式の会場へ向かいましょう。
皆さん、私が先導しますので着いて来てください 」
メデューは椅子から立ち上がり、受付の机の引き出しから一本の鍵を取り出した。そしてそのまま奥のエレベーターへと向かって行く。
それに着いて行き、エレベーターに乗ると、
「儂が着いて行くのはここまでじゃ。神選高校での生活を、思う存分楽しむと良い。またすぐに会うことになるであろうから、心配せんでも良い。
……それでは諸君、頑張ってくれ 」
と、老人はエレベーターに乗らず、笑顔で手を振って悠斗達を見送った。
エレベーターの扉が閉まると、僅か数秒にして18階に着いた。
悠斗にとっては、このエレベーターに乗る感覚も久方振りである。
「……ここが1801号室になります。
ちなみに言うのが遅くなりましたが、ここから先は、【完全実力主義】の世界。引き返すなら今の内ですし、自分に自信があるのなら、迷わず突き進んでください。
……では皆さん、お気をつけて 」
そう意味深く言ってメデューが開けたドアの先には……太陽にさらされた広々とした高原。遠方に見える山々。その中心に聳え立つ少数の建物。遠方には山々が見えている。
恐らくあの建物が神選高校の校舎に違いない。
先の方には、悠斗達よりも前にこの空間に入って来た生徒達が大勢校舎に向かって歩いていた。
「ど、どうして部屋の中が高原に!? 」
「お前、本当に何も知らねえんだな 」
部屋の中に入り、その状況に驚く悠斗に対して、ヴォルトとイニシエールは落ち着いた様子だ。
イニシエールがこの状況の説明をし始める。
「これは神々の造った異空間。日本神話の【創造神】である伊奘諾と伊奘冉の力を使った物なんだ。君も、その2人くらいは知っているだろう? 」
悠斗は黙って首を横に振る。
イニシエールは説明に手こずっている。
「……ま、まあいいか。とにかく、その2人が造った物なんだよ。
……それじゃあ早速校舎に向かってみよう 」