零(ゼロ)話 《零級犯罪者》
黒い鉄格子、窓一つ無い分厚いコンクリートの壁。地下3階に位置するこの場所には、入って来る光は壁に掛けられた蝋燭の僅かな火だけ。
特殊能力者専用監獄、通称「特監」。
3年前、僅か12歳にして世界が驚愕する程の事件を起こし「特監」に囚われとなった少年、風間悠斗。
12歳での「特監」の囚人は、異例中の異例だった。
第1級犯罪者を超え、「特監」囚人は「零級犯罪者」と言われる。
コンクリートに深く埋められた鉛の手錠で、悠斗の両手は動くことなく固定され続けていた。
食事は、唯一自由である足でスプーンやフォークを扱い、口へ運ぶしか手段がない。
誰かとまともに会話をしたのはいつだろうか?
話す相手も、話す話題も無いのだ。
そんな地獄の様な監獄生活が続き、長く耐え続けた悠斗の精神は崩壊しかけていた。
舌を噛み切り、死んだ方が余程楽なのではないか。そう考えた。
「どんなに辛く、苦しくても、生きていれば必ず、楽しいことや嬉しいことが待っているのよ」
他界した母が悠斗に遺した最期の言葉を思い出し、これまで葛藤し続けてきた。
しかし、遂に我慢の限界を迎える。
満足な食事や運動が出来ていない所為で余り力が入らないが、舌を噛み切る程度の力はある。
悠斗は苦渋の決断を下し、口を大きく開けた。
流す程の涙も出ない。
声を振り絞り、最期の叫び声を上げる。
そして思い切り舌を噛み切ろうとした。
しかしその時、
「零級犯罪者風間悠斗、面会人が来ている。
……さあ、どうぞこちらへ」
と、看守が1人の老人を連れて鉄格子の前へ来た。
……面会人……?
今までただの1人も来たことはないし、確か「特監」の囚人に面会は許可されないはず……
真っ白の髪と髭を長く伸ばした老人は、胸の辺りまで伸びた顎鬚を摩りながらこちらを見つめる。
その目はとても穏やかで、零級犯罪者を前にしても恐怖や怒りなど感じる様子は一切無い。
それに、何度も悠斗の顔を見て笑顔で頷いている。
「やはり儂の勘に狂いはなかった様じゃ。此奴、凄いものを秘めておる。
……お主、少しでもまた外の世界で生きたいと思っておるか? 」
笑顔で問い掛ける老人の言葉に、悠斗は返答を躊躇った。
生きている意味の無さ……それを感じてしまったから。
躊躇う悠斗を見た老人は、背後の看守に聞こえない程の小声で真意を問い掛ける。
「お主は、自分をこんなにもした世界を、引っ繰り返したいとは思わんか?
……どうせ死ぬのなら、最後に一足掻きしてみないかの? 」
「一足掻き? 僕はこのまま死ぬつもりだ。
……今更生きようなんて…… 」
しかし、老人の言葉を聞き、更に葛藤が高まる。
同時に母の言葉が甦る。
「まあとりあえず外に出るとしようかの。
……看守さん、鍵を開けて錠を解いてやってくれ」
強面の看守は在ろう事か、老人の言葉を簡単に聞き入れた。
鉄格子の鍵が開けられ、両手の錠も外される。
暫く使っていなかった両腕を曲げようとするが、筋肉が極端に弱まっており、殆ど曲がらない。
「ふむ、治療が必要な様じゃの。
……心配せんでも良いぞ。儂の友人に頼めば、一週間もすれば完治するじゃろうからな」
そう言うと、老人は軽々と右手で悠斗を担いだ。
「ちょ、ちょっと! 」
「心配せんでも良い。儂は馬鹿力での、お主くらいの若僧、片手で十分じゃ」
階段を上り、少しずつ光が入って来る。
3年もの長い間、まともな光を見ていなかった悠斗にとっては、僅かな木漏れ日でさえも眩しい。
「ほれ、今からお主は儂の後継者候補となるのじゃ。異論は認めんぞ。
……とにかく、暫く外の世界を楽しむのじゃな」
外の世界に対する恐怖と希望。
その両方が支配する悠斗の脳内に、老人の言葉は入らない。
父さん、母さん、やっと自由になれるよ……!
監獄の扉が開けられ、眩い光が眼に差し込む。
眼が眩みさえするものの、暗闇の中よりは遥かに心地良い。
そして悠斗は一歩を踏み出した。
3年ぶりの、光と闇の外の世界へ……