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2.人里は何処か

森の中を通る街道の脇。遺跡型ダンジョンの出入り口の前。

「ふむ。して、人里は何処かな」

外に出てダンジョンを回収した元ダンジョンマスター・ダンは顎に手を当て首をひねった。

ダンの知覚範囲はダンジョン周辺のみだった。その気になれば世界の大半を知覚できたのだが、そうするとダンジョン挑戦者から得られる楽しみが減るので自粛していたのだ。ときおり眺めることがないではなかったが。

「今はもう自粛する必要もない……が、やはり使わんでもよいか。気の向くまま歩き回るも一興だ」

ダンは適当な方角に足を向けた。

その先に何があるか。知る方法は山ほどあるが、あえて調べない。その方が新鮮な驚きがある。

もともと退屈を嫌ってダンジョンを出たのだ。楽しみを自ら減らすつもりはない。

よく考えてみれば今までダンジョンから出たことはなかった。土の香りに溢れる森を歩くだけで新鮮で、日の差す平原を思うだけで心が躍る。人里を目指すのは散策に飽きてからでもいい。

道はあれど人通りはないのか。荒れ放題の街道を鼻歌まじりに歩いていると、

「む、山犬か。やはり意思の光を宿したものはよいな!」

体高1メートルほどの山犬に出くわした。ダンジョンから出て初めて会う、作り物でない動物である。ダンはわくわくしながら小走りに寄っていった。

大山犬の見た目は狼に近い。凶悪な牙を唾液でぬらりと光らせた、獰猛な肉食獣である。ちょうど狩りを終えたあとなのか、大きな鳥を口にくわえている。

……いや、くわえていた。

ダンと目が合うなりぱかっと口を開いたまま固まってしまったのだ。

ある程度近付いてからしゃがんで手を出し「ちっちっち」と呼んでみるも動かない。しびれを切らしてダンから近寄ると、山犬はきゃんきゃん吠えて逃げ去った。仕留めた獲物も放り出したままである。

「……むう。野生の獣はアレだな。カンが良すぎる」

小さくため息をついた。

ダンは違和感なく人に混じれるよう、自分自身に様々な偽装を施している。魔力はここ50年ダンジョンに挑んだ人々の平均程度に抑えている。この体だって見せかけではなく、できちんと肉と内臓が詰まっている。魂の形に会った器を作ったのだ。最高峰の看破の魔法でも見抜かれない自信がある。

しかし獣はダメだ。

本能とか、直感とか。魔法でも解明できていないものは誤魔化せない。

生物の領域を特にハミ出しているダンの力を感じてしまうのだ。圧倒的脅威を感じて逃げて行く。

モフモフした生き物に触ってみたいという目論見を外され、ダンの足取りはほんのり重くなった。

山犬が落とした鳥に魔法をかけ、山犬のところに飛んでくように仕向けて歩みを再開する。

「やはりアレだな。敵意がないことを示す魔法でも作るべきか。いや、そうすると魔力の波動を感じ取られてしまうか? ……試すだけ試してみるか」

新しい魔法を作りながらゆるゆる街道を歩く。いつか絶対服従姿勢でないモフモフに触れてみたいものだ。

魔法そのものはすぐに完成した。試す機会を伺いながらも初めて見る植物に目を取られる。ダンの歩みはゆっくりだ。



結局、夕方まで歩くも獣に出くわすことなく森を抜けた。

「そのうち試す機会はあるか」

落胆を隠しきれないながら前向きに考える。

ダンジョンから出たのだ。自然の生き物に会う機会なんてこれからいくらでもある。気を取り直して歩みを再開する。

向かうは東。太陽と森を背にする。振り返ってみると思いの外背の高い木が多く、空が見えないほど。

前には森の木々の影。さらに向こうには日の光が当たる場所。

「ふむ、ダンジョン内では見られなかったコントラスト。なかなかに美し……い?」

薄墨色の影と橙色の光に目を奪われていると、遠くで何かが動いていた。

早足で近付いてみると、影の中に荷車が見えた。

「おお、人か!」

こうもあっさり人に会えるとは。

獣に嫌われたのは堪えたが、なかなか幸先がいい。

「イカンイカン。敵意がないことをアピールする魔法を使わねば」

不用意に近付いて荷車を引く生き物がパニックになってしまったら目も当てられない。作ったばかりの魔法を使い、荷車に近付く。

すると、荷車を引いていた大きく丸い生き物……モインはびくりと震えたものの、暴れることなく歩みを続けた。

このモインという生き物。アルマジロと牛の中間の外見をしている。丸くてもしゃっとした毛が生えており、短足。歩みは早くないもののストレスに強く馬力があり、持久力が高い。愛用する行商人が多い動物だ。

「やあ、商人殿……でよいかな?」

トトッと軽い歩みでモイン車に並んだダンは御者に声をかける。

御者は壮年の男性だ。筋肉質で日焼けした姿は旅慣れたことを窺わせる。

唐突に現れた豪奢なローブをまとった少年に男性は一瞬驚いたような顔をするも、すぐに人好きのする笑顔を浮かべた。

「よう少年! ご両親とはぐれたのかい?」

尊大な口調で話しかけてきた少年にも気を悪くした様子はない。威勢良く応える。

「いや、一人旅を始めてな。誰か人に会えないものかと思っていたのだ」

「……ん?」

ニコニコ笑ってモインを撫でる少年。

御者の男性は、どこかで保護者と離れた少年が虚勢を張ってるものと勘違いした。

無理もないことである。12、3歳の少年が手ぶらで西の街から森を越えてきたとは普通思わない。ダンジョンから出てきたスケルトンロードだなんて、なおさら考えない。ちっともスケルトンじゃないし。

気になるのはモインの動きが妙にぎこちないこと。最初は上機嫌に撫でていた少年がどこか不満げに口の端を歪めていた。

「……やはり駄目か。敵意がないことだけを伝えても」

ダンはぽそっと呟いた。

敵意がないと伝わっても圧倒的な脅威が消えるわけではない。逃げられこそしないものの、怯えられていた。

あまり触れ続けても可哀想だ。ダンはモインから一歩離れた。

「なあ少年。私はロルフという。きみは?」

「おっと、申し遅れた。我はダンという。世界中を見て回ろうと目論む者だ」

「なるほど。ではダン君。きみの目的地は?」

「手近な人里だな。今はどんな暮らしをしているのか、眺めてみたい」

言って街道の向こうを見やるダンの目はきらきら輝いていた。

歳不相応な言葉遣いをする、妙に老成した雰囲気のある少年だが、その目は外見年齢相応に見えた。

変わったところがあるが、悪い子ではないだろう。

多くの人間を見てきたロルフの目に、ダンはそのように映った。

「私たちは東の村に向かっているんだが、よければ乗っていかないか」

「おや、ありがたい申し出だが、良いのかな? こんな見るからに一文無しの小僧を乗せたところで払いは渋いぞ?」

「はっはっは、自分でそう言ってしまうか」

「ふっふっふ、言ってしまうさ」

白状するダンにロルフは笑った。顔を見合わせてダンも笑う。

実のところ、ダンは一文無しではない。冒険者が落とした金もいくらか持っている。半分くらい冗談で言っている。

「……父様? 車が止まってるけど、どうしたの?」

話し込んでいるうちにモイン車は止まっていた。

すると、荷台から少女が顔を覗かせた。

雪のように白い髪を横に結び、クリーム色のワンピースを着た、12歳ほどの少女である。おずおずと荷車の布を捲り、ちらちらダンを窺っている。

ダンがひらひら手を振ると、ビクッと荷台の奥に引っ込んでしまった。

「……それほど怖い顔をしているかな、我は」

「いやいや、ロトナ……娘は人見知りでね。初めて会った人にはあんなものさ。顔をあわせるなり泣き出すこともあるから、わりといい方だよ」

「そうか。それなら良いが。……子供の方が勘が鋭いものかと」

大人より本能的な部分が強い子供には偽装が見抜かれたのかとひやひやした。

「? 何か言ったかな?」

「いや、なんでもない。それより良いのか? 人見知りの激しい御子がおるに、我を車に乗せて」

「構わんさ。ダン君からは粗暴さも感じない。あの子はあれで結構したたかだから、すぐに慣れるだろう」

「ふむ、ではお言葉に甘えて」

とん、と軽く跳んで御者台に飛 跳び乗る。ロルフに促され、荷台に入った。

中では大事そうにぬいぐるみを抱えたロトナがいた。ダンを警戒したようにじっと見ている。

「やあ娘殿。我はダンという。名を教えてはいただけぬか?」

彼女の名前は知っているが、こういう儀礼的なやりとりは、やりとり自体に意味があると聞く。人間関係の基本は挨拶から、というかつて受けた教えに従い笑顔で名乗った。

すると、彼女もダンの目を見て、挨拶を返した。

「……ロトナ。父様の娘です」

「そうか、ロトナ殿か。これからしばらく、よろしく頼む。して、ロトナ殿やロルフ殿は何が好きかな? 乗せてもらった礼をしたいのだが」

「パンケーキ」

「む、すまぬ。それは食べ物か? 我、食べ物には疎いのだ」

白骨だったし。アンデッドだし。物を食べる必要も、味わう舌も持たなかった。ゆえに食べるものには疎い。

パンは知っている。それゆえ食べ物だと予想できたが、ケーキは分からなかった。昔に話した魔法使いの時代にはなかった食べ物であり、ダンジョンに持ち込むような食べ物ではないからである。

しばし雑談。したたかというのは本当らしく、ロトナも笑顔を見せてくれるようになった。

「!」

ふと。ロトナが荷台の後ろを向いた。

幌がわずかに開いており、橙色の光が差し込んでいる。

「ね、こっち」

ロトナがダンの手を引く。

どうしたのか。従えば分かるかとダンはされるがままに引きずられた。

荷物の山をするりと抜けて、荷台の後ろに辿りつく。

「……えいっ!」

ロトナが幌を開いた。

「……おお!」

その先には橙の光があふれていた。

夕陽。夕焼け。先ほどは森の木々に隠されみえなかった景色。

ダンジョン内では見られなかった光景にダンが声をあげた。

その様子を見たロトナもご満悦。

「この景色、大好き」

「ああ、よいな。我も好きだ。なんというか、心が躍るな」

ふすー、と胸を張るロトナと、風景に見惚れるダン。

荷台の中の気配を悟ったロルフは、くつくつと笑っていた。


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