1.退屈である
その場のノリと勢いで書きました。
連載になってますが、続きは書かないかもしれません。
「ヒマである」
1000年ほどダンジョンマスターを勤めたスケルトンロードが呟いた。
「近頃の冒険者は安定志向でつまらんのである」
昔の冒険者といえば、ダンジョン攻略を目指し命知らずな突撃をしてきたものである。
それを時に邪魔し、時にちょっとだけ手助けして逃がしてやる。自分が君臨する最奥部まで導いてやったこともある。そんなダンマス業を楽しんでいた。
しかし最近はどうだ。
挑戦者が生活に困らぬよう宝箱に魔法薬を入れてやれば、それだけとってさっさと帰る。ダンジョン攻略なんて考えもしない。姑息でつまらない、一切冒険しない連中ばかりだ。
腹が立って上層の宝箱のランクを下げたら、誰も来なくなった。
カスみたいな冒険者といえど、来なければヒマを持て余すばかり。撒き餌をすれば撒き餌だけ食べて満足してしまう。
二律背反……とは少し違う。どちらを選んでも退屈という、初めから詰んだ選択肢。
「もう一度言おう。我は退屈である」
しん、と静寂が返ってくる。
ダンジョンマスターの間にはダンジョンマスター以外誰もいない。
千年以上魔道の研鑽をしても、生命の創造はできなかった。自分の思い通りに動く擬似生命ならいくらでも作れたが、自由意思を持つ生物は作れなかった。
ダンジョンマスターはアンデッドである。すでに死んでいるがゆえに老化はしない。死にもしない。ヒマに明かして研鑽を積むうちに世界の真理に至りもしたが、生命の創造は不可能だった。
死人が蘇ることのないように、世界の絶対法則であった。この世界のルールでは、生命の創造は不可能なのである。
ゆえにダンジョンマスターは退屈であった。
話し相手もいない。挑戦者もこない。魔法の研究もすることがなくなった。自分の発想で試せることは千年のうちにやり尽くしたのだ。日々の潤いといったら、宝箱に仕込むための魔法薬の材料となる植物を育てるくらいである。
退屈をこじらせたダンジョンマスターは昔の冒険者が持っていた本を引っ張り出した。
表紙は擦り切れ紙は傷み、乱暴に扱えばバラバラになってしまいそうな古書である。
その装丁に似合わず内容は娯楽小説だった。
何を思ってこんな本を持ち込みダンジョンに挑んだのか分からないが、ダンジョンマスターが持つ娯楽小説はこれひとつ。興味深く、内容を暗記するほど読んだものだ。
旅する少年の物語である。行方不明の父を探しに旅に出て、仲間に出会い、困難を乗り越え父と再会するのである。
「……ふむ、そういえば」
この物語の登場人(?)物に空色の狼がいる。
幼くして群れを追われたところ、ダンジョンを訪れた主人公に助けられるのだ。その恩義に報いるため主人公の仲間になり、ダンジョンから出て主人公についていく。
初めて読んだ時には鼻で笑った。
ダンジョンの魔物とは、ダンジョンのエサを捕らえ、ダンジョンを守るために存在する。そのため普通は意思なんて持たないし、持っていてもダンジョンから出られないようになっている。
しかし。
「我ならいけるんじゃね?」
ダンジョンマスターはダンジョンを完全に掌握している。寿命を迎えたダンジョンゆえ、本来なら崩壊するところを彼が引き継いだのだ。
つまり、ダンジョンマスターはダンジョンに囚われていない。その気になればいつでも出れるのだ。
いちおうダンジョンマスターとして考えはしても実行はしなかったが、今はどうだ。
どうせ人はこない。そんなダンジョンにダンジョンとしての価値があるのか。
多分ない。人にとっても、ダンジョンマスターにとってもない。
「よし、外に出よう。人がダンジョンに来ぬのなら、我から人里に出向くもまた一興である」
他にすることも、引き止めるものもない。
思い立ったら即行動。ダンジョンマスターは外に出る準備をする。
さしあたり、スケルトンが街に入ろうとしたら討伐しようとするだろうから、人間の姿を作る。モデルは手に持つ小説の主人公。13歳の黒髪の少年である。
服装はいちばん最近に来た冒険者のものを真似た。シャツの上に簡素な鎧。冒険者の格好は千年観察してもあまり変化がなかったので、10年ほど前の格好でも問題ないだろう。ついでにダンマスらしくローブコートを羽織った。
装備の見た目は普通の冒険者だが、素材が違う。最上級の魔物素材製である。
「ふむ、こんなものか」
スケルトンロードの時から大きさは縮んだものの不自由はない。いい感じによく動く。
ダンジョンから持ち出すものは空間魔法で、作った収納空間にしまう。
「あと必要なものは……名前だな」
ずっとダンジョンで生活していたため名前がない。魔法を教わった人にも『スケルトン殿』だとか『ダンジョンマスター殿』と呼ばれていた。
「……いや、そうでもないか。最後は名前らしき呼び方をされていたような」
だんだん面倒臭くなってきたのか呼び名は簡略化されていった。
もう遥か昔のこと。おぼろげにかすれていた記憶を引っ張り出す。
「む、そうだ。そうであった。あやつは我のことを、ダンと呼ぶようになっていた」
ダンジョンマスター殿。略してダン殿。
思わず苦笑い。今にして思えばなんと安易なことか。
とはいえ他によい心当たりもない。彼は幼い少年の顔に似合わない、どこか遠くを見つめるような目をした。
安易とはいえ当時は新鮮で、すかすかの胸が痒くなるような気持ちになったことを思い出していた。
「せっかくだ。思い出の名を使うとしよう」
最後にちょちょっと看板を作り、彼はダンジョンを畳んだ。かつて入口があった場所に看板を立てて、彼は住処をあとにした。
こうして、見た目13歳、中身1000歳以上のスケルトンロード、ダンの人里暮らしが始まるのである。
数日後。たまたまダンジョン付近を通った商人が看板を発見し、首をひねることになる。
『今回、まことに勝手ながらこちらを閉鎖させていただくことと相成りました。
永らくのご愛用、まことにありがとうございました』
「……こんなところに店なんかあったかな? ていうか何を閉鎖したんだか」
商人は、誰かのいたずらだろうとさほど気にせず、その場をあとにした。