売れていません
2012年
慟哭社の会議室で編集会議が開かれていた。
編集部員は男性6名、女性4名。最も若い26歳の戸板純は、新卒ですぐに『クレバー』に配属されて3年目だった。
会議は煮詰まっていた。誰もが難しい表情で下を向いたり、資料に目を落としたりしている。
編集長の丸山が言った。
「売れていません」
丸山は回転椅子に浅く腰かけ、背もたれに体を預けて天井を仰ぎ見ながらソラで続けた。
「今月号の返品予測45%。前年同号比73%。相変わらず非常に厳しいです」
一時期は実売40万部を誇り、若年層向け男性ファッション誌のトップを走っていた『クレバー』だったが、ここ数年でその売れ行きに急ブレーキがかかっていた。もっともそれは『クレバー』に限ったことではなく、このジャンルの全ての雑誌が不況にあえいでいた。
「いい企画ないかな? パーッとはじけてガーッと売れそうなさ」
編集部員・大野勝昭は下を向いたまま、隣の席の純に、小さな声で話しかけた。
「そんなん、ある?」。大野の口元には薄笑いが浮かんでいる。
最年長の編集部員、上尾元春が言いにくそうに口を開いた。
「あの、編集長……」
「ん?」
「連載の話ですが。『ファースト・パーティー2』の川上タケシが……」
「ああ、どした?」
丸山があまり興味なさそうに言った。
「あの、そろそろ、連載やめたいと……」
背もたれから体を起こし、上尾を睨みつけるように目を見開いて丸山が聞いた。
「このタイミングでそんな話!? なんで?」
「ネタ切れだそうです。自分でやっているウェブマガジンのブログとかぶらないようにするには限界があると」
「分かった、分かった、いいよ。人気も落ちてるし。キリのいいところで止めましょう。去るものは追わず! はい、他!」
会議は再び膠着状態に入り、会議室は静まり返った。時折、誰かの咳払いだけが響いた。
会議のはじめから一言も発せず考えこんでいた純がおもむろに立ち上がって声を上げた。
「編集長」
丸山、回転チェアをクルクルと回し、後ろ向きになりながら「はい、戸板くん。何かある?」と期待のこもらない声で聞いた。
「『ファースト・パーティー』ですけど、パート1の頃からうちの看板企画だったにもかかわらず、最近は読者人気が急落していますよね」
「ああ、もう古いのかもしれないな。ああいう “おしゃれ有名人”の連載って。だからちょうど潮時かもね……」
「ここ、私にやらせてください! 新しい人を立てて『ファースト・パーティー3』をやりたいんです!」
すかさず上尾が口を挟んだ。
「おいおい、ちょっと、何を勝手なこと。この枠は前から俺の担当って決まってんの」
すると純は、正面に座った上尾を見ながら力強く言った。
「ください! その枠」
上尾はその勢いに気押されて、返事をのみこんだ。
「はい、勝手に決めないでください。でもまあ、いいんじゃない? どっちみちこの連載、戦力外通告だから。戸板にやらせてみよう。なんか考えがあるんでしょ?」
丸山がそう言うと、上尾はまだやや不服気味ながら、
「まあ、編集長がそう言うなら……」と言った。
「戸板くん、まず企画書だ。やりたいことを企画書ににまとめてみて」
「ありがとうございます!」
純は満足げな表情で椅子に腰かけた。
「他になんかない? はじけたやつ。おーい、みんな起きてるー?」
会議室に丸山の声がむなしく響いた。