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「随分、派手に突っ込んだなお前…」

 国土の広いゲルマニクス大帝国。門を閉鎖されて大焦りらしい民と兵士達は、今更色々を用意してそれをどうにか破壊しようと頑張っている様子が空から見えた。

 そんなお祭りを他所に俺達は雲を斬り裂きながら、中心から少々ズレているがほぼ中心地点であろう城に突撃する。

 文字通り、突撃。いやこれはもしかして衝突だろうか。

 ヴィーヴルが意図して突っ込んだようには見えたが、合図も配慮も掛け声も一切無かった。おかげで俺とミゥは必死にヴィーヴルの上でダンスしつつ、挙句は転げ落ちた次第だ。言っていいかな。超痛いんですけど。

 城はヴィーヴルの突進で呆気無く壁に大穴を開けてしまっている。

 恐らく6階層で構成された城。地下と天井にある鐘を含めて8階層にもなるであろうここは、やはりどの国の城よりも大きい。てっきりエルフの国と大差ないと思っていたのだが、そんな事はなかったようだ。

 とりあえずヴィーヴルの突撃の所為で、3階と4階が大きな穴を開けて繋がってしまっている。30mの巨体がぶつかれば、こうもなる。

 どれだけ雑な着地だ。他にもあっただろう。もっと穏便なのが。

『蠢く兵士達が居ては、安全な足場を探すのも一苦労してしまう。そして城の近くに安全な場所など何処にもありはすまい。

 ならば足場を作るしか無かった。それに、コチラのほうが近かろう?』

 何が近かろうだふざけやがって。

 どうあれ4階だ。玉座の間は確か6階。前の会議室らしい場所は、確か5階だったか。

 確かに、1階からのスタートよりは手間暇も少ない。兵士達が上にやって来るのも相応に時間が掛かるだろう。

 格好つけて甲冑なんて着こむからフットワークが悪くなるのだ。戦場は工事現場じゃないのだ。ヘルメットも作業着も不要だ。バカどもめ。

 俺とミゥは埃を適当に落としながら、軽く身体を解し、呼吸を整える。

 もう二度とヴィーヴルの背中になんか乗ってやるか、という決意も固めておく。

「まあな。お前なりの配慮、あんがと。

 さてミゥ、行くで。ヴィーヴルももう少しどっかで羽根休めといてや?」

『心得た。またすぐに会おう』

「おう、また後でなー」

 登場も派手。立ち去るその後姿も非常に宜しい絵だ。

 あんなに不安定な乗り物だったのか、とその飛ぶ姿を眺めて漸く思った。

 あとよく途中で俺達は落ちなかったな、とも。

「…来たぞ、ドラグーン」

 何度も言うが、ここは4階だ。王様なり貴族なり、重役を担う存在達が多く待機している場所。避難するなら城だろうし、そうなると位の高い兵士達もここに居るのは必然。

 入り口全てを塞がれるような異常事態なのだ。きっと士気がだだ下がりしている兵士達ではない。少しは楽しませてくれるだろう。

「この日の為に用意された駒も居るやろう。マクレーンより強い事を祈るで」

 俺がそう言ったのには理由がある。

 早速、強者の登場らしいのだ。しかもリザードウーマンと同じ種族のご登場。

 その鎧に何も付加はされていないようだし、果たしてコイツは強いのだろうかという疑問を抱くレベルの相手のようだが。

 まあ、ミゥの良い練習台ではあるだろう。数もぞろぞろ揃えて、全くもって。

「マクレーンを破ったのは貴様か。飄々しい人間風情め。卑怯な手でも使ったのだろう」

「え?それ優男っていいたい感じ?」

「俺の名はテドナ・コガロス。マクレーンのようにはいかんぞ」

 リザードマンは知的かと思っていたのだが、マクレーンに限った話なのだろうか。

 どう考えてもコイツ、脳筋だ。全然頭悪そうだ。

「ミゥ、あれ誰?」

「……テドナ…コガロス…」

「それは聞いた聞いた」

「リザードマンの第3位、と、言われている」

「ふーん、これで3位。大した事の無い見た目やな」

「貴様にだけは言われたくはない。そしてミゥ、貴様、裏切りおったな」

 会話不成立。もう面倒臭い。

「貴様貴様煩いヤツやな。ミゥ、アレ、コガロスをコロガしといてや。ワイは一足先に玉座行っとくから」

「……貴様を倒すのは…、俺だ、ドラグーン…」

「はいはい」

 俺は即座に壁走りして兵士達を抜ける。どうだ、ニンジャみたいで格好いいだろう。

 そんな事はどうでもいい。

 俺は階段踊り場で槍を構える兵士達の首を刎ねながら5階へ。気配を探って、王様が居ない事を確認。更に6階を目指す。

 ヘタすると2,3日前段階で既に城から脱出していたかもしれなかったのだが、どうやら待っていてくれているらしい。お食事中のようだ。

 本当、図太いやつだ。見た目通り図太い奴だ。今のヴィーヴルの突進で壁が大きく破壊されたのだ。振動くらいは感じた筈だ。悠長に豚の餌を食っていていいのか、豚の王様。

「おはようさん。竜の末裔がまたアポ無しで遊びに来たでー?」

 大きな扉を兵士ごと切り刻むことで、立派な料理となった。

 鉄とレンガと人間の肉と血液で出来た最悪の料理だ。ウチの新人メイド達が作る料理といい勝負だろう。

 とはいえ、こちらは皿に盛り付ける事さえしていない。

 不衛生さで言えば俺の料理の方が圧倒的に上だ。味は似たようなものかもしれないが。

「また貴様か。全く。やってられん」

 それでも食事を続ける王様。

 見渡す限り、兵士の数は両手の指で数えられる程度。

 机の上に座って食事用のナイフとフォークで遊んでいる謎の種族の小柄な女と、ただコチラを睨むだけに留めている男達。傭兵だろうか。

 だがソイツ等はどうでもいい。豚の王様と同じく重要であろう人物がここに居ない。

「シュンは何処や?」

「さあな、我も知らん。元よりヤツは身勝手だ。いつの間にやら居らんよ」

 この部屋から出るには、先ほど俺が切り刻んでしまった大きな扉を開ける必要がある筈。いつの間に居なくなったか分からない、なんて事は無いだろう。

 それとも本当に分からないとでも言うのか。

 可能性はある。食事に熱中している王様だから気がつけなかった、ではなく、シュンだからこそ、いつの間にか姿を隠している、なんて事があり得る。

 気配は感じない。何処に居るか分からない。横に幾つかの部屋が設けられている様子だが、見た限り誰も居ない。兵士さえ居ない。使用人は誰一人居ない。

 何処だ。何処に居る。この付近にも、城にも、気配がまるで無い。

「ねねー、王様―、この男、やっちゃっていいんスかー?」

「……殺せるならばそうしろ。だがお前では無理だろう」

「王様―、ひっどいっスよー。私の部隊ならこんなのチョチョイのパーッス」

 無作法にも程がある謎の種族、女、低身長。直感では15,6歳。見た限りなら13歳くらいだ。

 ラフで露出多め。傭兵らしい防具に謎の布切れがひらひらしていて、暗殺者気取りなのかナイフ系の武器を身に付ける。

 そして喧嘩を吹っ掛けているのだろう。食事用ナイフとフォークを俺目掛けて投げてくる。

 豚の王様もよく、机の上に乗って遊ぶような野蛮種族を相手にに文句を言わないものだ。

 フォークとナイフは、俺の能力で逸らす。パチリと音を立てて大きく弾かれる。

「ひゅーッ!」

 見た目はかなり女らしい気がするが、ショートパンツなのに股を大きく開いて机に座っているし、言葉遣いも酷いし、戦闘狂らしいし、生意気そうだし、煽り上手。

 確かに強いだろう。ミゥ将軍といい勝負か、いいや、ミゥより強い。

 ただ何故か、君主様から何かしらの付加を授かっていない様子。

 これも罠か。それとも怠惰の結果か。シュンの姿が見えないというだけで、様々な可能性が考えられる。疑念は尽きない。

「…豚の王様、コイツ何や?」

「豚ではないと言っておろうが」

「私はザツビ帝国から派遣されたユードリナって言うッス。部隊名はキャンディ、ッスよ。

 あ、見たら分かると思うッスけど、人狼族とは無関係。あっちもこっちも毛深いッスけど超プリティ、獅子族って言われる最強種族の一つッスね。モッフモフッスよ?」

 お前には聞いていないのだが、まあいいだろう。

 しかし、獅子族か。亜人の中でも特殊なのだろう。

 その割には随分と誇りらしい誇りを持ちえていない様子だが。

 それとも戦いの最中にそれを垣間見せるのだろうか。もしくは子どもを守るという使命感で漸くにコイツは、誇りという物を掲げるのだろうか。

 とはいえ、知ったことではない。

「TOPは1つだけやからTOPなんやろ。複数あって溜まるかい」

「細かい事はいいッスよ。あとこの編成ッスけど、私に魅了された男共ばっかりッス。

 みーんなとっても上手ッスよ。ベッドの上も、戦闘も。

 どちらも激しくて、スタミナあって、そんでもって素敵な武器を持ってるッスね」

 なるほど、見た目通り本能的か。

 ただ、異種を相手にするというのはどうなのだろう。獅子族同士でイチャイチャするのが正しい形ではないのだろうか。

 ………いや、

「お前の恥部隊の話はどうでもエエわ。お前がどれくらい強いかって所が問題やで」

 恐らくミゥより強く、マクレーンよりも断然強い。

 にも関わらず、マクレーンと同様の加護を受けていない事が謎。同じザツビ帝国の存在がどうしてなのか。コイツの立場が問題になるのだろうか。

「私ッスか?君主の幹部ッスから、かなりやる方ッスよ?ああ、君主の性癖聞きたいッスか?」

「知らんわ死んでろ」

 立場は、マクレーンより上か同等。

 ならば君主様に気に入られていないだけ、だろうか。

 それともシュンの差金か。だとしたらとんだ鉄砲玉。このユードリナは実験台。

 俺を倒せる手段を探っているのか、シュン。これほどの駒をこんな形で使っていいのか、シュン。浅墓が過ぎるのではないのか、どうなのだ、チェンシュン。

「私的にはオジサン、結構好みッス。おヒゲがダンディで好印象ッス。

 見た目以上に鍛えられてるみたいだし、クロガネ族特有のこの臭いは嫌いじゃないッス。

 ただ私は食われるより食う側なんで、ちょーっとそういう意味では対象外ッスね。たまには良くても、毎日食われるのは性に合わないッスよ」

 本当に喧しい女だ。

「はッ。ゲージの中で一生寝んねしとけ。論外過ぎて反吐が出るわ」

「ありゃ、もっと大きい方が好きッス?これでもCなんスけど」

「心の大きさの問題や。見た目の大きさなんざ評価外やで」

「んに?こういう話はお嫌いッスか?こんなに気持ちいいのに勿体無い。

 ほーら、あっ、こうすると、血液が踊るッス…、それは戦いにも言える事ッス、あっ…」

 何なのコイツ。怖い。

 突然に官能的、魅惑的な動きをしながら身体中に自らの手を這わせ撫で回しながら、いやもう、何なのお前。変態なの?軍曹、袋。吐きそう。

「あん…ッ、とんでもない程快楽ッス…。快楽に依存するのは、変ッスか?」

 変ではない。ただ気持ち悪い。それもひたすらに。

「…誰彼構わずケツ振る女が嫌いなだけや」

「んじゃ、仕方ないッスね。好みなんで名残惜しいッスけど、一気に刈っちゃうッス!

 オジサンが負けたら、私の満足行くまで1日寝てもらうッスからね!」

 そう言って、真っ赤な刀身のナイフを抜き払い、突っ込んでくる。

 他もそれを合図に一斉攻撃を仕掛けてきた。

 …しかし、ふざけた事を抜かしやがる。

 俺を相手にその手の話はご法度だ。禁句に等しい。

 好きなら好きでいい。快楽に溺れたいならそれでもいい。

 俺も誰かを殺す事は楽しい事だし、快楽だと思う。そしてお前が言う快楽と似通っているのもまた認めてしまおう。

 あくまで本能的。それは生命として何も間違えてはいない。従えるのもまた悪い話ではない。強制ではなく服従させる。力で屈服してそれでも本人の意志を破壊する気ではやっていない。

 故にお前は俺の中でも殺す対象の外だ。殺してやる義理こそ無いだろう。

 知性に溺れているワケではない。知性などお前にはあっても無くても大差はなかったのだ。お前は本能にただ生きる。知恵など本能を満たすただの道具のような物。

 お前はただ自然的。そして自然体。人類としては認められないが、それでも俺はお前を高く評価こそしよう。

 ただし、俺が欲しくもない快楽を無理に押し付けようとしているとあらば、抵抗するのは当然の事だろう。何も変ではあるまいよ。

 強欲でありながら浅はかな獣。害獣認定されたら駆除されるのは仕方がない事。そう思って諦めろ。土になって花にでも生まれ変わり、雄しべと雌しべをこねくり回すがいい。

 すなわち、土に還れ、が俺の答えだ。押し付けられて死ね。

「うっひょおッ!」

 ダークエルフの城とその付近でやらかした、光の十字架処刑。

 今、それをこの女、この女だけが、避けた。

 豚の王様は何も気にせず食事を続けるつもりだったようだが、俺が仕損じている事に少し驚いたらしく、コチラを見ながら料理の手をまた進め始める。

 俺も驚いている。予想さえしていなかった。直感が今一瞬、通用しなかった。眼力さえも通用しなかった。避けられる筈がない程度の攻撃だったのだから。

 つまり、俺を一瞬だけ凌駕したのだ、この小娘。

 今の攻撃は、光の攻撃。少なくとも照準は正しく合わせてから放った攻撃。

 放たれる前から察知して避ける事を開始していなければ、ユードリナは十字架を刻まれ絶命している筈だった。

 光なのだ。光より早く生命体は動けない物なのだ。チカリと光ったのを確認してからではもう遅いのだ。それを感じ取った瞬間、同時刻に終わっているのだから。

 なるほど、本能的故にか。

 お前は俺と同じく、その直感力を磨いて生きてきたのか。

 凄い事だ。素晴らしい。評価に値する。

 お前とは少し、遊んでみたくなった。

「驚いてるッスね。この剣はちょいーと特殊な素材で出来てるッス」

「そこじゃなくて、お前の身体能力に驚いてるんやけど」

 仲間の死に動じないユードリナ。所詮は道具か。いいや、コイツが戦闘狂なだけ。

 赤い刀身のナイフは、さて、どういう代物だろう。見た限りでも、能力で何となく探ってみても、こう、変な力を感じる。この世界の異能の能力なのだと思われる。

 あれで攻撃されるとなると、俺も防ぎきれまい。能力相殺が起こる為、防御し切れない可能性がある。完全に斬る事は出来ずとも、傷くらいは付けられれかねない。

 ならば避けきるしか手は無いだろう。当たってはならない。

「こんなんでハイペースとか言ってたら、女を満足させてあげられないッスよ?」

「ほざくな」

 デル・アサシン・ドラグーンソードを軽く振り空気を切る。その動作により発生した力の向きを変動させ、前に出ながら横に振るってみせる。急接近により、首は完全に捉えていた。

 俺は武器を両手共ほぼ同様に扱える。利き手は無い。

 そうであるからこそ範囲は広くとれるし、自由度も高く、応用力もまたかなりある。

 今の動作をもう少し噛み砕いて説明すると、右手に細剣、俺からして右から左へ薙ぐような攻撃をした、というのが先ほどの簡易な説明だ。

 無論、遊んでいるだけ。本来の俺の剣の軌道は、英語筆記体文字を描く以上に軽やかで繊細。単純に予測し切れるような美しさはしていない。

 ……、自ら美しいと言ってしまうのは、少々気持ちが悪いだろうか。

「っほ!」

 予想外。逃げずに真っ向から受けてしまうのか。

 ユードリナの右手にある赤いナイフを、ユードリナからすれば左から来る細剣を呆気無く受け止め、更には吹き飛ばされるでもなくすぐに超接近。

 俺はフリーの左手を強く握り、そのまま鉄拳をその産毛まみれの左頬にくれてやる。

 つもりだったのだが、それさえユードリナは左手の平で受け止め切った。

 しかしそれは、自らの視界を狭める愚行でしかない。腕を顔の前でクロスさせてどうする。

 そのまま押す。細剣のツバと、左手拳を押し込んで、ユードリナを下がらせる。

 そのせいで仰け反りを強いられたユードリナは、驚いた顔をしながら足を置きざりに大きく反る。一方の俺は細剣を大きく引いて、鋭く真っ直ぐに突く。狙うは眉間。

 でもまだ避けた。

 クロスされた腕が正しく広がらざるを得ない、何も抵抗出来ない状況下で首を傾け、間一髪で難を逃れたらしかった。

 しかしながら、ご愁傷様。首の方は捉えたままだ。寧ろこの状況は、首を斬って下さいと言っているような物だ。

 この細剣は切れ味抜群。首を逸らして一時的に逃げた所で、首を斬られる準備が整ってしまっただけに終わっている。

 選択肢などこの程度しか無かったということだ。結果は同じ事。

 額を貫かれて絶命するか、首を刎ねられて絶命するかの違い。

 何をどうしようが、お前は土に還る運命。これがお前の限界だ。

 とか思って細剣を首目掛けて移動させたのだが、ユードリナの左もみあげがバッサリ宙を舞っただけに終わる。首は無事のままだ。

 いいや、終わっていない。

 俺に押された事をそのまま利用して更に反り返り、サマーソルトを食らわすつもりらしい。

 だが何の事はない。そんなのんびりした動きでどうする気だ。

 俺の目にはしっかりハッキリ見えているのだ。愚か者め。

 そして俺は思い切り顎を蹴られて後退する。

 …はいすみません。油断し過ぎてました。のんびり動き過ぎてました。

 わざわざ俺は相手に合わせるつもりで意図してのんびり動いているのだ。咄嗟になって本調子とはいかない。切り替えきれない。対応するには時間が足りなかった。

 勿論、今のが仮に俺の命を取る程の攻撃だったならば、ユードリナの足を切断していた。光のレーザーで切り離してしまっていた。

 ただ命の危機ではなかったからこそ、俺がただ遊び続けたいからこそ、何もせずただ受けてやっただけに過ぎない。ただ殺すつもりならばこんな攻撃を受けたりする事もなかったのだ。殺す気でしかなかったならば、とっくに終わっている。

 ただ、食らってしまったのは紛れもない事実。そしてそれの証明とするかのように、鈍い痛みが俺を襲っていた。

 その靴にも何か仕込んでいたらしい。

 恐らくだが、赤いナイフと同系統の鉄が仕込まれている。

 ただの蹴りならば痛くも痒くもなかったのだろうに、なんてザマだ。畜生。

「なんだ、超やるッスね。あーあ、髪がバッサリ。

 酷いッスよー。髪は女の武器ッス。これでも手入れ大変なんスよ?体毛との調和とかと上手く折り合いつけてるんッス」

「お前も、マクレーンよりは断然強いようやが、ワイには遠く及ばんらしい」

 とか言いながら顎を撫でる俺。嫌な感覚がすると思って手を見てみれば、ごく少量の血。

 なんて事だ。赤い髭だ。この世界において初めてのダメージだ。油断しすぎもいい所。

 だがこの様子ならば、もう少し無茶をしてくれるだろう。俺の全力を受けきれる事はないかもしれないが、半分くらいならどうにか頑張ってくれるに違いない。

「減らず口は嫌いッスよ。マクレーンみたいな真面目ぶりっ子と比べんで欲しいッスね。

 でもオジサン、益々好みかもしれないッス。下の方も減らず口そうッスから」

「ワイは喧しい女は嫌いでな。口が開きっぱなしはだらし無さ過ぎて絶えられんで」

 ヒュンヒュン細剣を回し、左手に持ちかえる。

 ちなみに、特に意味は無かったりする。ただ何となくだ。

「私は嬉しいッスよ?2,3日やり続けてもビンビンしてそうな貴方にめぐりあえて。

 あ、これってもしかして運命ってヤツッスかね?ほら、あの赤色のアレ」

「代わりに赤い鮮血ブチ撒かせたるから覚悟しとけや」

 もしも小指の赤い糸が本当に繋がっていたのだとしても、そんなものはお前の小指ごと斬り刻んでやる。

 縫うように動く。今度はとにかく俺も大きく動く。

 比較的速く動き、そのまま壁を走る。

 俺の本気の一歩は9ヤード程度にもなる。本気で走るともはや跳躍となる。

 だが今回、そんな調子で動きまわると部屋がデコボコになってしまうだろうし、最悪そのまま壁を破壊して外に自ら放り出されに行ってしまいかねない。何はともあれ無茶苦茶には動くまい。

 しかし、しっかり目で負えているのがユードリナ。それどころか身体をしっかり回し、挙句は彼女も走り出した。

 赤いナイフを右手、そして鉄で出来たロングソードを左手に、なんと壁を蹴って真っ向から挑んできた。

 俺から突いて、まず避けられる。

 身体を捻って通り過ぎ際に放たれたロングソードの逆袈裟を、俺は緩やかに交わす。

 そのまま背後を斬り付けてやろうと思ったら、赤いナイフで簡単に受け流された。

 ならばこれはどうだろう。

「えあッ!?」

 俺が物理法則無視の空中ジャンプをやってのけ、無理やりユードリナの左隣に並んでみる。

 普通の現象ではないので、相当驚いた様子でロングソードをとりあえず振るってくる。

 それを交わしてやると、そのまま回し蹴りが飛んできた。なんて対応力と運動神経だ。だが無駄にしかならない。

 俺は靴でなない部分、足首付け根に当たるよう腕を突き出して受け、そのまま弾き返す。

 そのまま時間切れ。俺は地面に綺麗に着地。バランスを崩したユードリナは着地失敗。地面に叩きつけられ、唾液をみっともなく撒き散らしながら跳ねている。

 しかしすぐに重力の方向を理解し、体勢を整えている。優れた感性だ。流石はネコ科。

「…今の何なんスか、オジサン…ッ」

 という台詞を吐き出して即座に時計回りに走り始めるユードリナ。

 獅子の癖にやり方が巧みだ。隠れながら接近し、次には追い回す、などという狩りが主体の獅子の筈だが、結局の所、そればかりが能ではないということか。

 そのままある程度して突っ込んでくる。だがダメージが残っていたのだろうか。攻撃を受けての反撃、俺の一撃で、ユードリナの右腕が手首より下で切断されてしまった。

 焦ったな、ユードリナ。

 相当に呆気無く空中回転する無気力な腕。そして手放された赤色のナイフ。

 力なく手はそこに転がったが、ナイフの方は振り返るユードリナの足元へ滑り転がっていく。そしてそのナイフをそのまま足で踏みつけて止め、微妙な面持ちのまま自分の腕を見た。

 血液の色は人間と変わらず、赤。それは腕を伝ってポタリポタリと地面に落ちる。

 だが、汗一つ掻いていない。深刻に考えている様子ではない。

「あーりゃりゃ。腕落とされちゃったッス」

「痛みも感じないか?」

「冗談。超痛いッスよ。でも痛いのも比較的好きッスからね。たまには悪くないッス。寧ろ髪の毛の方が重大ッス。これどーすんスか本当もう…」

 たまにはどころか、腕はもう一方しか無いのだが。

 髪は生えてくるが、腕は二度と生えてこないのだが。

 コイツ、本当に頭は大丈夫なのだろうか。

「だが戦う術は失くした筈や。どないする気で居るんや?」

「それこそ冗談キツイッス。私のテクはこんなもんじゃないッスよ」

 そう言ってロングソードを持ったままに足元のナイフを拾い上げ、口に咥えた。

 人よりも長く、そして丈夫そうな大きな犬歯が、ガッチリとナイフを固定。右頬に飛び出た大きな赤い牙へと早変わりした。

 左手で防具から伸びている布を、口のナイフを使って器用に切断し、右腕をただ縛る。傷口を覆う事はしていない。一応で出血は止まったようだ。

 加えて更にナイフを取り出して上に投げ、器用に尻尾でそれを絡め取った。

 多少距離があるにも関わらず、鼻息が聞こえる。少々荒い。

 ナイフをそんな所に置くからそんな事になる。そんな事では戦況は悪化する一方。

 しかし見事。戦闘狂に見合った無様さだ。どこまで出来るか見てやろう。

 ユードリナはジリジリと幅を詰めてくる。走って接近するだけでは勝てないと悟ったか。

 だが何をしようとも、この俺に勝つことは最初から出来はしない。

「ふィー……ッ!」

 俺から近寄ってやる。さあどうする、首は目の前にあるが、お前に取れるか?

 まずはロングソードによる攻撃。何処を狙っているのか、とりあえず俺の胴体を俺からして右から。そんな攻撃で俺を上下バラバラに出来ると思っているのか。

 かと思ったら寸止め。尻尾が持つナイフが、サソリのように襲ってきた。

 彼女は空宙前転。しかし無理がある動きだし、こればかりは致命的。

 お前は、遅いのだ。俺よりも遥かに。

 一歩身を避けるだけで、その器用な攻撃は当たりもしない。かすりもしない。

 で、俺がこのままお前の頭が帰ってくるであろう位置に細剣を用意しておくとしたら、同対応する?死角からの攻撃に等しいぞ。しかも自ら刃に向かって頭を持っていって死ぬような具合だ。間抜けに死ぬぞ。どうする?

 そう思って様子を見ていたら、予想されていたのか、直感が働いたのか、彼女の赤い牙がそれを持ち上げながら俺にどんどん迫ってくる。器用な奴だ。

 そのままお互いにヒルト、そのキヨン、所謂、ツバ、切羽となる部分が刃の進行を完全に妨害する為に、それは突き立つ事なくただぶつかり合って止まるだけに終わる。

 だが彼女は左手にロングソード、背後には第三の手として尻尾に絡められたナイフを持つ。

 一気にその2本が、前傾姿勢にまでまた戻った彼女から放たれる。二方向からの攻撃。

 いい加減に学べ。遅い。

 二段構えの攻撃は確かに通常の相手ならば相当に有効だが、俺相手、その動きがハッキリ見える、しかもそれを避ける事が可能な俺相手では、まるで通用しない。通せない。貫けもしない。下手な小細工と同じ。技量や技術、絶妙なセンスやバランス感覚が逆に勿体無い。

 まず細剣でその赤い牙を防ぐ形を解く。そうして俺はロングソードが迫る方向へ逃げる。

 まずユードリナは、前傾姿勢から転ぶ形に変化。そのままロングソードも尻尾のナイフも、大きくブレて狙いを失う。勢いさえ失い、いいや、勢いがあったから転びそうになっている。

 俺が支えていたような物だからこそ、ユードリナは壁を相手に顔面を強く押し付けていたような体勢だったからこそ、突然壁である俺が居なくなって、転びそうになっているのだ。

 ロングソードは俺の鼻先をギリギリ掠めそうでそうでない所を突き進む。何も傷つける事もないそれは、空気を切って啼いている。

 俺は左膝を軽く上げて前に出る。ただそれだけでユードリナの頬は大きな衝撃を受け、ただ前に転びそうだった身体が斜めに進路を変える。

 もうこれで転ぶ事を防ぐのは不可能だろう。重力がどちらにあるのかさえ今では分からなくなった事だろう。

 だが転ばせやしない。戦闘において休み時間などあってたまるか。

 俺から離れていく後頭部。俺は更に左膝を曲げて前に出て、右手を無理やり伸ばし、その後頭部の髪を思い切り掴みとる。首を痛めてしまいそうなくらいの急激な静止に、尻尾がナイフだけが投げ出されて逃げていく。

 俺はその頭を更に引っ張り、軽く上に持ち上げ、まるで布でも広げるかのようにして彼女を浮かせた。

 なかなか良い光景だ。仰け反る事で女らしさが余計に際立っていると言えるだろう。猟奇的な奴ならばこの光景、生唾ものだろう。俺にそんな趣味はないが。

 さあて、本気でいいか。あわよくばこの一撃で死に至れ。

 俺はそんなゆっくりと動く世界でただ一人、世界を置いていく。

 とりあえず右足をトントンと床で叩いて整え、剣を地面に突き刺し置く。そうしてから、さてと、と構えてから跳ぶ。身体を大きく捻って繰り出すのは、後ろ回し蹴り。ユードリナの左横腹目掛けてのそれの威力は、ご覧のとおり。

 バキリ、メリメリ…、という嫌な音と嫌な感触の後、まるで固めの泥、粘土質の何かに触れるかのような感触が俺の足に遅れて伝わる。この感覚、もはや内蔵も無事で済んでいない。

 そのままロングソードだけその場に残し、ユードリナは吹き飛んだ。

 まず大きな円柱の柱の端にぶつかり、大きくその表面を削り取りしながら軌道を変え、壁に身を叩きつけられる。壁は当然嫌な音を立ててひび割れ、大きく彼女の肩の形で大きくえぐれてそのまま破片をまき散らす。ボールかのように跳ねる彼女の口元にあった赤い牙は、その時になってやっと離され、赤黒い液体と共に空宙を滑らかに回っている。

 ユードリナの方は地面を更に少し跳ねてクルクルと回りながら、赤いカーペットを赤色で更に汚し、勢い良く壁にぶつかって、やっと止まった。嫌な音だけが響き渡った。

「…あへは、へ…、やるッスね…。オジサン、化け物ッスか……」

 しかしあれだけ派手な攻撃を受け、挙句は身体中をこれだけぶつけ転がりまわっておいて、彼女はまだ生きていた。しかも喋る余裕があるらしい。

 流石は最強説があるらしい獅子族。そして君主様の幹部を名乗るユードリナだ。

 生憎な事に、右の犬歯までも本当に失っている様子だが、それでもよく戦っただろうし、よく生きていたと褒めてやってもいい。評価だけはしてやろうとも。

 ……もしかして、首を刎ねても死なない、なんて事は無いだろうな。せめて楽にしてやりたいのに、出来ないとあっては俺が非常に、ただひたすらに困るのだが。

 いいや、もう既に致命傷。喋る余裕こそ残っているらしいし、表情も比較的変わっていないようだが、腕も足も全然動いていない。息遣いも相当に荒い。

 ただ怖くないだけだ。痛いことも、死ぬ事も。だが相反して、生きたいという意思も強いのだ。だから今こうして致命的なダメージを受けて尚、呼吸をしているのだ。

 身体中傷まみれで、内蔵もかなりダメージを負っている。放っておいても1時間と持つまい。恐らく、持って20分と見たもの。

 人間より丈夫ではあるようだが、基準は人間と大差ない構造。首を刎ねれば、終わる。楽にはしてやれる。一安心だ。

「ご自慢のテクでも、ワイを満足させられんかったようやな」

 俺は自分の顎を撫でながら、皮肉を投げかけてやる。

 ユードリナに対して褒め言葉を投げかけても、喜んではくれまい。寧ろ皮肉を投げかけられてこそ楽しいと感じるような奴だ。

 会話こそ好きなのだろう。知的生命体であるからこそ、会話もまた楽しいのだろう。

 本能的な方面に強く寄るその心だからこそ、激情を受けるのが好きなのだ。そうであった方が彼女は楽しいと思う、戦闘狂なのだ。

 俺と同じ、理屈や理性的な部分以外、そう、所詮俺達は、快楽の奴隷だ。

 だからこそ死ぬしかない。人間族は死ぬしかない。二足歩行の豚は死んで然るべき。

「そのようッスね…、でもあっちのテクなら……、満足させられたかもッスよ。

 あっちの経験は、私の方が絶対豊富。だって毎朝毎昼毎晩、所も場合も何も関係なしに、それに浸かって、欲望のままに、楽しんでましたからね…。

 ほら、そこで死んじゃってる彼となんて、隣の部屋でさっき、」

「分かった分かった。お前の伸び爛れた話はもうエエ」

「幹部の私がこれじゃ、君主の配下は貴方相手に、手も足も出ないかもッス…ゲホッ…。

 ああ、…最期に一つ頼みたいんスけど、いいッスか?」

「何や」

「私と一発しけこんでみないッスか?

 こんなザマだと使える所少ないし、しかも私が食われる形ッスけど、たまには悪くないッス。オジサン強いッスから、好きにして貰っても文句ないッス。強い男って本気で好きッス。だから、むしろ滅茶苦茶激しいくらいが多分気持ちいいッス。

 それに、私は最後の最期まで、気持よく死にたいッスからね。出来れば絶頂を迎えた後にぶっ殺して欲しいッス。どんな感じに気持いいか、興味あるッス」

 本当コイツ怖い可怪しい狂ってる変態ビッチ海豚。

「却下。往生セエや」

「…残念。一目惚れしたのも初めてだったのに、フラれるまで初めてだなんて。

 私もちょっとだけ、初心な所が残ってて、なんだか嬉しいッス。

 やるならひと思いにやっちゃって下さい。早く楽にしちゃって下さい。結構これ、痛いッス」

 アドレナリンの所為で一目惚れしたと勘違いしたか。恐らくアメジストもそうなのだろうし、ピノも似通った具合だろう。アドレナリンにはそういう効果があると言われている。

 だが関係はない。アメジストは別にして、お前達が、俺以外の赤の他人がどう思おうが知った事ではない。だから否定もしないでおいてやろう。

「潔し。今楽にしたる」

 生かして置いても良かった。コイツは面白い奴だと俺は思う。

 やらせる事など皿洗いしか思いつかない。きっと皿洗いは得意だろうと勝手に思っている。

 それでも隣においておけば、きっと楽しい奴なのだろう。俺は少なくともそう思っている。

 だが、この国の全ては殺すのだ。そういう目的でここに俺は居るのだ。

 ただひとつを曲げる事さえやってはならない。俺は俺を保つ為、やると決めたらやらなくてはならない。

 さもなくば俺の言葉は説得力を失う。

 他を説得する力などはどうでもいい。他者からすれば最初から暴論しか述べていないのが俺なのだ。だからそうではない。

 俺が俺自身を説得し、保たせる力が、無くなってしまいかねないと恐怖しているのだ。

 強靭な意思によって俺の言葉は初めて信頼性を得る。

 大した事のない出来事程度ならば、ブレようが矛盾しようが重くも軽くも何でもない。

 しかしこういった、俺の中の秩序に関する部分だけは、何がどうれあれ変えては成らない。

 解れた部分、薄くなった部分から、服は破けていく。

 衝撃を受けてひび割れた部分から、剣とは壊れていく。

 意思も同じ。心も同じ。事実そうだった、という結果を、過程まで一緒に見てきたのだ。

 詫びるのも今更変だとは思うが、臆病者である俺を赦してくれると有り難い。

 せめて楽にしてやるのだ。悪く思うな。

 俺は一気に細剣を薙いだ。

 当たり前のように壁をえぐり、当たり前のように首を飛ばした。

 何処かの漫画や映画のように血が過剰に吹き出したりなどしない。転がる首から力なく血液が垂れ出てくるくらいであり、身体からゆっくり落ちていく程度。心臓が止まりきればすぐにそれも止まってしまうだろう。出し尽くす前に固まるだろう。

 実に、簡単に終わる。こんなにも命は簡単に終わる。

 まるで重さに比例していない。だがそもそも、命に重さなど有りはしないのだ。

 虫と同じ。魚と同じ。豚と同じ。犬と同じ。猫と同じ。

 価値に差など有りはしない。ただ出来る事が多いか少ないか、寿命が長いか短いか。それだけ。それだけで価値は決まらない。完全無欠になってから己の優位性を語るがいい。

 全部同じだろうが。だから最後には土になるのだろうが。全てが是非もなく。

「今の間に逃げるかと思ってたが、そうでもなかったようやな」

 剣を振るって血を落とし、俺は振り返る。

 あれだけの大暴れに対してもこの帝王、何食わぬ顔で食事を続けている。

 お前もすぐこうなると言うのに、よく食っていられるものだ。気分が悪くなったりしないのだろうか。

「逃げるだと?この我がか?無礼者め。

 我はこの国の王。ならば民を置き去りに逃げ出すワケにもいくまいよ」

 図太いものだ。見た目も心も、太く肥えている。

 そうきっと、全てを殺してしまわなくても本当はいいのだ。

 普通の戦争、本来の人間が行う戦争であるならば、王の首を取ればそれで終わりだった。

 だがユードリナのように、敵意を持って向かってくる兵士が居るなら殺すしかない。

 その兵士の家族が今度は敵意を持って俺に、俺以外に殺意を向けるのは近い未来の話。

 それを解消するには力でねじ伏せるしか手はない。が、それからまた火種が生まれる。

 永遠に続く。

 どちらか一方が終わるまで、それは繰り返される。歴史がそれを証明している。

 終わりはしない。全てが土に還るその時まで。もしくは、忘却の彼方に消えるその時まで。

「非、自然的。だが人間としては及第点かもしれんな。

 お前はこれだけの国を一応まとめあげている王様や。その時点でお前の力量と器は、俺が思った以上である証拠なんやろう。

 正直な、ここで首を刎ねるには惜しい男やとワイは思ってる。

 お前は度胸がある。そして王としての器もある。だが暴君には成らず、しかし列記とした暴君であるという矛盾。やはり貴様は王であるべき存在だったのだと、ワイは思う」

「貴様からの褒め言葉など要らぬわい。食事が不味くなる」

「王者は如何なる時もその場を動かない。そしてそれが正解でもある。

 しかし生命としてはこの場面、逃げ出す局面なのだと思うのだがどう答えてくれる?」

「逃げ出して我に何が残る。つまりはそういう事だ」

「なるほど。まあどうあれ結末は変えられん。

 お前は優秀過ぎる。お前達は再び決起する。そうとあらば全てを殺すしか手は無い」

「民に罪は無い」

 おかしな事を抜かすじゃないか、豚の王様。

 本当にそう思っているのであれば、それが間違いである事を諭してやらねばなるまい。

 お前が王だろうが豚だろうが、関係のない話なのだ。論点は既に破綻しているのだ。

 貴様の威厳は残念ながら、あと数分で完全に崩れ落ちる。そしてその意志を継ぐ者も現れない。全部全部、死んでしまうからだ。

 耳をかっぽじってよーく聞け。冥土の土産に俺の持論を聞けるなんて、本当に幸運だぞお前は。俺の授業はそれだけ価値があるぞ。同時に価値など無いぞ。

 土になるお前には、一銭の価値にはならないのだ。

「いいや、お前の威厳やこの国の繁栄が、欲望を生む。剥奪する事で発芽する。

 初めから凍餒の世界ならば、後に生まれる欲望の方向性はまるで形が違っただろう。奪うではなく生産する。そのような形で皆も納得も出来ただろう。

 しかし、富饒を一度体感してからの凍餒は、欠如しているという感覚があまりに強く残る。だからこそ再びそれを得ようと、裕福を一方的に奪ったそれらに牙を、絶対に向けるのだ。奪われたから奪い返す。立ち直ろうとする方向性が邪悪に染まり、そうなるのだ。

 人類とは空腹の歴史が圧倒的割合を占めている。本来裕福であるべきではない。裕福が価値観を崩すのだ。裕福が人を狂わせるのだ。強欲が大地を削り、強欲が人々を奴隷にする。人は裕福に服従する為、どんな手でも使う。同じ種族さえも道具のように使い、いつまでもその恩恵を受けようとする。それ故に愚かな生命なのだ。

 だからして、もうここの民は罪に塗れてどうしようもなくなっている、哀れな愚者共なのだ」

 俺でさえそうなのだ。何れは全て消えて失せるべきなのだ。

 はた迷惑だと思うか。否。お前達が迷惑なのだ。全てが全てに迷惑なのだ。

 俺は逃げやしない。一人先に逝くなんて事はもうしない。全てを道連れだ。そうすれば世界は平和なのだ。平等となるのだ。

「この国は根底から潰す。恨みたければ勝手に恨め。

 サイクロンに対して恨むくらいに、それは酷く滑稽だがな」

「我は絶対にここを動かぬぞ」

 それはそれは。お見事だ。

 逃げ出すべきこの土壇場で逃げ出しもしないし、それでいて見苦しくもないとは、中々に感慨深い物がある。裏切り者のオプバン伍長にも匹敵する、いいや、それ以上の精神力だ。

 それが罪でもある。それこそがお前の罪だ。残念ながらな。

「だろうよ。お前もまた豪壮から離れられぬ愚かな生命の1つ。

 死ぬ以外で大地に貢献など、一生出来まい。

 しかし、オレが貴方を評価しているという点をお忘れなきよう。

 敬意を払って墓は立てましょう。苦痛無きよう取り計らいましょう。

 元騎士、ベルデ・ガドロサ・ドラグーン、僭越ながらその御首、頂戴致します」

 剣を構えて俺は小さく頭を下げる。

 俺は、王家、という立場相手はどうにも弱い。誇り高いとあらば尚の事だ。

 見てくれは吐き気がする程の豚野郎だが、気品だけは本物だと俺はそう思う。

「………、貴様のような存在、我が国にも欲しかったな。そうであれば我も、また違った形で繁栄を望めたやもしれぬ」

 殺すのが惜しいと、そう思うほどに。

 だが、だがしかし、俺が俺であり続ける為には必要な犠牲だ。1700万とお前の首は、どうしても必要な首なのだ。

 せめて俺を生かす生贄となってくれ。無明の世界へ還れ。土に還れ。平等の為に。

「そうかもだすな。しかし手遅れだす。

 …最期、民に伝える言葉は御座いますでしょうか?」

「ありはせぬが、他もまた苦痛なきよう努めよ。頼めるか、騎士ベルデ」

「閣下の仰せのままに」

 サヨウナラ。何がどうであれ、さようなら。

 事を終えて俺は剣を再び振るい、周りを見る。

 なんて酷い様だ。俺を含め、全てが赤い。

 色彩なんて本当に存在するのかと、そう思わせられる程、赤黒い。

 ひたりひたりと、血液の音だけがする。ここは静かだ。俺一人だけなのだから。

 ……、いいや、その筈だった、が正しいか。俺は剣を振るって、そして、構えた。

「いやはや、お見事お見事。キャンディの部隊さえ、こうもあっさりとは。底が全く見えませんね、ベルデ様」

 拍手しながら、のんびり玉座の後ろから登場した男、この国の参謀、ラ・チェンシュン。

 やはりこの部屋に居たようだ。しかし気配を絶つとは一体、どういう原理なのか。

 俺はこの部屋の隅々を見た。能力を使えば死角など存在しないのと同じ。

 だが確かにコイツはそこには居なかった。仮に能力が阻害されれば、そこだけ見えなくなる。ぽっかりと見えない部分が出来るから、逆に分かる筈なのだ。なのにそれらしい気配も何も感じなかった。相殺現象は確認出来なかった。

 必ず相殺現象が起こるとも限らないとはいえ、その現象が自然発生したとは、考えにくい。

 デストロンスと呼ばれる能力は異常なまでに複雑な構成で発現する。激しい癖に繊細。だからこそ異能の能力の磁場力だか魔力だか、そういった力に影響を受けて暴走し、自らの能力も相手の能力も、どちらもを相殺するのだ。

 これを交わすには、よほどの能力でもないと起こりえない。神がそのデストロンスの特性を上手く交わすように構築しない事には難しい。

 いいや、神でなくてもいい。ただ対抗出来る、感知さえ交わせるような、そういった面妖な術か道具か、何かを所有出来る、作れるとあらば、実際不可能ではない。それともシュン自身が持つ能力のような物なのか。

 それでもやはり、神がかった事でも出来ないと厳しいだろう。偶然にせよ天文学的数字上で成り立つような確率なのだから。

 何とも読みにくい表情。メガネが邪魔して余計に表情が分からない。

 コイツは本当に、分からない。

「閣下の御膳でありながら、凄い態度やな。まるで取り繕う気さえ無さそうや」

「無さそう、ではなく、無いのです。

 前にも伝えましたでしょう?そこの豚もまた、君主様の道具なのだと。元より立場は私の方が上だったりしましてね」

 シュンは赤いナイフをハンカチに包んでそのまま胸元に入れる。やはりあれも特注か。

 だが靴を脱がそうとしない所を見ると、靴に仕込まれている物質の方はまた別の代物なのだろうか。それとも面倒だから回収しないだけか。

 どちらの死体も首も、特に何もしないでそっとしておくのは正しい判断だ。余計な真似をした瞬間に、お前の首も刎ね飛ばしてやる。

「豚?ああ、豚やったな。しかし敬意を払って然るべき存在やったぞ」

「敬意を、貴方がこんな薄汚い肉の塊にですか?はははは、いやいや、冗談がお好きなようで。痛快な程清々しいセンスをお持ちですね、ベルデ様」

 バンッ、という音が発生する。俺が発生させた。

 だが変化なし。音だけが発生し、何も起こってはくれなかった。

「ッチ。マクレーンの時よりしっかり準備してきたらしいな」

 俺は奴の頭を粉々に吹き飛ばすつもりげ攻撃した。デストロンスを使ってだ。

 しかしそれは相殺、もしくは何処か別の場所に送られた。俺にも何が起こっているのか、一切見当が付かない。とにかく今、俺の攻撃は多分、消えた。

 これは、不味い気がする。まるで底が見えない。シュンをこの場で、殺しきれるだろうか。

 俺はシュンと一定距離を取りながら、静かに歩く。様子見といこう。

「ご明察。というよりは見たままではありますか。

 我々は貴方に対向する手段を徐々に会得している次第でございます。

 ユードリナほどの実力者をそのままにして戦わせた事もまた、その一環。

 ベルデ様、貴方はいつしかこの世界でその力、存分に振るう事叶わなくなるでしょう。

 貴方の敵はあまりに多いのです。

 それをこんな呆気無く、駒となるであろう存在達を葬って、宜しいので?」

 ゆっくりと歩く俺を常に視野に入れながら、ゆっくり身体を回している。

 余裕綽々そうなその表情が嫌に癪に障る。不愉快極まる。

「良い。それがこの世界の意思や」

「ははは。その判断が間違いなのか正解なのか、時が経てば分かる事。私は傍観させていただくとしましょう」

「傍観者を気取る気か。お前はしっかりワイの土台で立っているぞ。易々逃すと、……」

 空間が割れた。だが、俺の使うそれとは明らかに形が違う。

 原理は似ているとしたものだが、全然違う。別物。

 俺は今、動こうとした。それが見えた瞬間に動こうと、確かにそう思っていた。

「君主様直々のお力です。もう手出し出来ない事はお分かりのようですね?」

「異能の空間割りに、保護とまで来たか。しかも、もしかしれこれは……何や、一体……」

 だが、だが俺は動けなかった。

 肌で感じる、この冷たい気配。違和感。

 何かが可怪しい。あまりに冷たい。拒絶されているかのような、いいや、俺が拒絶している。俺から拒絶している。触れたくないと、身を引いている。向かおうとする足取りの一切を無意識的に身体が中断している。そしてその中断を、一切変更できない俺がいる。

 身体中が信号を発している。行けば死ぬという、警告信号。赤信号よりも危機感を覚える、完璧なまでの強制力。電撃が身体中を駆け巡りながら、何もかもを塞き止める。全てを止める。

 一体この先に何が居るというのか。君主という奴は一体何者なのか。

 もしかせずとも、俺では勝てない……?

 ただ怖いのではない。圧倒的なのではない。違う。ただ勝てないという事だけは確かだ。

 一体、何故。どうしてこの程度の奴に。だが。

「さようなら、ベルデ様。ご武運、お祈りさせて頂きます」

「……」

 シュンがその割れ目に足を踏み入れ、メガネを整えてから、空気は急に元に戻った。

 ……気配が完全に止んだ。警笛も完全に止まった。

 何だろうか、何だったのだろうか。

 直感から思う素直な感想は、君主様とやらは恐らく俺でも勝てるような存在だと言う事。

 なのに、絶対に勝てないと思わせる矛盾。俺の感情量が全く無意味と言われているような、能力が通用しないと言われているような。シュンを追いかけると、もう逃げ切れない、命はないと、ただそう言われた。直感に。だから前に行くなと言われた。直感に。

 そんな馬鹿な事があるのか。俺は汗を拭う。

 酷い汗だ。嫌な汗だ。嫌いな汗だ。身体中が熱い。なのに寒気がする。

 不気味過ぎて、胸糞が悪い。胃酸が登ってきているかのように、気分も悪い。

 直感を疑う気はない。俺は幾度と無くこの直感に助けられて来たのだ。今更疑うものか。だが理屈が分からぬとあらば当然、腑に落ちはしないのだ。

 と、俺は剣を構える。新手が来たようだ。

「ドラグーン…」

 かと思ったら、ミゥだったらしい。ミゥもまた酷い姿だ。怪我はしていなさそうだが。

「…遅かったな。だが、ワイもシュンには逃げられた。話なんか無視しとけば良かった。

 正直、本気で向かっていって、殺せたかどうか。…いいや、無理やったやろな……」

 妙に落ち着いてしまった。気分のほうが多大に萎えた。

 決して悔しくなっているワケではない。怖いと思って震えているワケでもない。

 ただワケが分からなくなって、冷静に考えたくて、モチベーションが下がっただけだ。

「……、合図は」

「ああ。そうやな、早めにしとこか。

 とりあえずそこの首、丁重に運んでや。仮にも王様や。敬意は最後まで払う必要がある」

「……分かった」

 とりあえず全て置いておこう。先にしなくてはならない事がある。大事な事だ。

 今は理不尽を感じたりしておくくらいでいい。考える事は後でも出来る。

 まずミゥは王様の首を布で覆う。その際、ユードリナの死体と首と、そしてこの玉座の間に残る戦闘の跡を見て、感嘆の息を漏らしていた。

 やはりユードリナは強かったのか。それほどまでに。

 この世界で今まで出会った中では確かに、ユードリナ以上の存在は居なかった。伊達の幹部でもなければ、伊達の戦闘狂でもなかった、と言う事になるか。まあ死んでしまったから、そんな栄光も名誉も、土と一緒に消えるだけとなってしまったのだが。

 そのまま俺達は2階にある舞踏場だか宴会の場だか分かりもしない場所に向かう。

 そこからならばある程度、民に近い場所から会話が出来るだろうと考えたからだ。

 途中で兵士達と遭遇したが、王の首が運ばれているのを見て、剣はすぐに降ろされていく。

 まるで俺達がユードリナやシュンを撃破した、かのようにしか見えぬだろうし、元中将のミゥ将軍まで居る始末。誰だって状況は嫌ほど理解出来るだろう。

 負けたのだ。そして戦いを挑む事がどれだけ無謀かを思い知らされたのだ。

 勝手に道は開けていく。誰もが武器を降ろして何もしやしない。後ろからやってくる事も、不意打ちをしようと角で待ち構えようとも、行く先を塞ごうともしない。

 遅かれ早かれどうせ死ぬのだ。せめて一矢報いようとでもしてみろよ。

 そう言ってやりたかったが、勘弁しておいてやる。

 無駄な足掻きは美しくない死に様だ。勇敢さがただの無駄に終わるとあらば、それは愚者の行う無謀と同じ。そしてただただ俺に迷惑なのだ。

 お前達に出来るのはそうして、誰にも迷惑を掛けないよう、陳列された古本のように置かれていればいい。

 そんなこんなでようやく広すぎるベランダに出た。

 そこそこに良い眺めだ。決して悪くはない。

 ただもう少し、もう少しだけでいいのだが、この城塞都市の建物の統一感をどうにかして欲しかったかもしれない。散らかったおもちゃ箱のように、道も家の位置も角度さえも、大きな道付近以外は不規則的。これでは山のように存在する裏路地あたりでの事件は起こりたい放題であり、地理把握も困難に等しいが為に、その事件を防ぎようが無いではないか。

 風景百選に登録は出来まい。失礼ながら、見ていて不安しか浮かんでこない構造なのだ。

 捉えようによれば、複雑故にこの土地を所有している側の、ある程度の地理を知る者にとっては有利な戦場となるのだろう。

 奇襲も容易、挟み撃ちは簡易、罠が簡素であったとしても、戦果の方は上等過ぎる。

 俺が人間だった頃に戦争相手だった国もこんな具合の地形だった筈なので、なるほど、正攻法なんてやらなくて良かった、やりようが無くて良かった、と今更に思う。

 俺は空気を叩いて、ガラスの割れるような音をただ悪戯に響かせる。パラパラと破片の溢れる小さな音が耳障り。

 そのまま手を突っ込んで、俺はメガホンを取り出す。流石にこれだけでは声は届きらないかもしれないが、せめて目先くらいの耳に届かない事には始まらない。

 パパっと電源確認。電池も予備で出しておいたが、不要だったようだ。

「はいはーい、ゲルマニクス大帝国にお住まいの皆様ー。ちゅーもーく。

 ワイ、ベルデ・ガドロサ・ドラグーン言いますん。今後までよろしゅうに。

 今門塞がれてて避難も出来んし、周りはモンスターだらけやし、おい矢飛ばして来んな、いてもーたるぞコラ」

 1発だけ飛んできた。ちょっと予想外だったので本気でビックリしてしまった。

 まあいい。何もするまいよ。とりあえず落ち着いてもらえればそれでいい。

 俺はミゥに手で指示を出し、俺の隣に立って貰う。腕を上げて首も掲げさせる。

 これだけで意味が伝わればいいのだが、どうだろう。見えているだろうか。

「はーい、これ見てやー。この国の王様の首や。取ってしもうたんやよ。

 この国は負けや。お前等エルフの国に負けたんや。分かるか?

 分かったら弓下げて、というか武器捨てて動くんやないでー。

 おーい、ヴィーヴル居るー?来てー?」

 分かっていないかもしれない。とりあえず下は騒がしい。何が起こっているかなど分かっているワケがない。こうして掲げた首だけでは何のことやらだろう。正直この首よりも、ブクブクの肉の塊である身体の方が、民は納得したかもしれない。

『どうするのだ?』

 何処に居たのか知らないが、思い切り上から降ってくるヴィーヴル。いい加減にしろ。

 電池は何処かに吹っ飛んだ。ミゥもバランスを崩して首を転がしてしまう。俺なんて転んだ。

 もう少しゆっくり出来んのか、と小さく愚痴をこぼしながら立ち上がり、俺は言う。

「今そこの門を開ける。せやから、モンスターに群れで道を作らせてくれ。

 こっちにダークエルフのお姫様歩かせるから、もみくちゃにされんようにしたいねん。

 ああ、安心してや。モンスター達はともかく、お姫様目掛けて何かしかけてきたら、ソイツらは速攻粉々にするさかい」

『理解はした。こちらが攻撃を受けた場合はどうすれば良い?』

「一旦逃げればいい。騒いでる方向はワイが制裁を加えてやる。

 お前達が暴れると、一挙に混乱するやろからな。

 あと間違えても肉屋とかの食材屋に突っ込ませんといてな」

『承知した』

 そう言って移動しないヴィーヴル。遠距離から命令を出す事が可能という事だろう。

 とりあえずミゥが王様の首を掲げ直し、王冠までしっかり乗せた事を確認してから、俺はメガホンを構えた。

「はーい、東門前―、東門破壊するから東門前の奴らー、急いで下がってやー?

 あとモンスター達攻撃したら速攻死ぬでー。間違えても刺激しなやー?なーんもせんかったらなーんも問題ないからなー?」

 数秒してから問前は、騒然。意外と聞こえているらしい。

 凄い勢いで人集りが散り散り。将棋倒しが起こっては敵わないのだが、意外とどうにもならなかったようだ。

 そんな光景を確認してすぐに俺は、門を大きく破壊する。

 神の雷とするにはギザギザした軌道ではない。神の裁きとするにしても一瞬の出来事。

 轟音を立てて門が開く。というか、えぐれて跡形も無い感じだが。

 そこから凄い数のモンスター達が侵入。悲鳴が至る所から響き渡りつつ、モンスター達は見事2列縦隊。逃げ惑う民達の協力もあって、広めの道がすぐに完成だ。

 かなり時間は掛かるだろうが、アメジストとピノがそれぞれの乗り物に乗ってここにたどり着くだろう。余計な事をする民は即制裁してやらなくては。

「ドラグーン」

「何や。いちいち名前呼ばんでもエエぞ」

 ミゥが王様の首を掲げるのを既にやめている。地面にほっぽり出している。手摺りに身を預け、街並みを眺めているようだった。

 アメジストを見ているのだろうかと思ったがどうも違う。視野はもっと広い。見える限りの全体を見ているかのように、目と首がのんびり動いていた。

「これらを、全て、殺せる、のか?」

 1700万、の話だろう。それ以外にあるまい。

 俺も街並みを眺めることにする。

 見れば見るほど大勢だ。城塞都市は大きな領土。しかしそれでも収まりきらぬ程密集された家模様。限りなく広いが、それ以上に人口密度が高いこのゲルマニクス大帝国。

 普通ならば、これだけの数を殺しきれるなどと嘯く事さえ出来まい。実行せねば信用もすまい。出来なかったら信頼はガタ落ちだろう。

 生憎、俺には出来る。不可能ではない。出来る。間違いなく。

「流石に3秒くらい掛かる。しかも派手にはやれん。

 毎度ワイが使ってるあの派手なレーザーレインやけど、わざわざ動いてる存在に上から1匹ずつ攻撃してんねんな?あれってすっごい無駄なんな。非効率的。

 そんで今回、数多すぎ。一本一本用意してたらワイの方がカピカピになるわ。

 なんで今回は、一本を操作して瞬時に全部殺す。

 それでも数多いから、結構ギリギリな気はするで」

「……この数を、3秒……」

 そう言われると凄まじく聞こえる。事実凄まじい話だと俺も思う。

 だがそれは勘違いだ。俺だってただの人間だったならばそんな芸当、出来るワケもない。

 俺にはこの世界においては異能の力、デストロンスという代物があるから出来るというだけの話。そして他の覚醒者よりも使いこなしているというただそれだけの事。加えてこの能力があまりに特殊で異質だからこそ、という所もある。

 それこそファンタジーにありがちな大魔法とは代物が違う。大爆発を起こして殲滅出来るような、そういった代物とはまるで違う。

 もっともっと繊細に敵を殺す事が出来てしまうような、妙に現実味がありつつ、現実的では決して無い、謎の計算によって成り立つ馬鹿げた能力だからこそなのだ。

 こんな能力を、他の世界の常識と比べてはならない。どこでもこの能力は間違いなく異質的であり、異常であり、不可思議であって意味不明な物なのだから。

「ワイの能力が広範囲向けってだけや。特化しとる方面が違うだけ。

 これを基準に強さまで定められてたまるかいな。んだらお前一生ワイに勝てへんやないか。

 ワイを単独相手で相応に戦えるまでに成長出来りゃ、一騎当千。上等過ぎる。

 それだけでお前は、この1700万を相手にしても負けやせん。時間が云々は別問題や」

「……」

 悔しそうにしているミゥ将軍だが、本当の話だ。

 俺なんてただこの能力に依存しているに過ぎない。何せ勝手に計算までやってのけて、勝手に照準を合わせて、的確に放ってくれるのだ。そこにあるのは俺のただの意識のみ。殺意があるか否か、ただそれだけの事。

 寧ろお前が本当に1700万を相手に殺戮達成出来てしまえるというのならば、そちらのほうが凄いのは当然の事であって。

 まあ、言っても分かるまい。誰しも魔法には憧れを感じる物なのだから。

「ベルデ様、ピノ姫殿下をお連れいたしました」

 後ろから声。馬の足音とルーン君の足音もおまけ付き。

 振り返るとやはり、アメジストとピノが居る。アメジストから先に地面に足を付け、そうしてピノを優しく抱きしめながら下ろしてやっている。

「………」

 一方のピノはもう震えている。服を両手で強く握りしめながら、俯いて、もう折れそうになっている。

 そう、こんなに見晴らしの良いのか悪いのか分からない場所から、1700万近くが死ぬ光景を拝まなくてはならないのだ。足がすくんでも別に変ではない。

 というより、王様の首が少々アレだろうか。腐乱死体を見るよりは現実的に見えてしまいそうなものだ。先ほどまで生きていたが為、その血色具合や布の汚れ具合等が、現実味がありすぎていけない。

 マクレーンの時も大概だったとは思うが、これもまた見ていられない物に違いない。

「よう来たな。ああすまんな。首だけとかちょっと刺激的かもしれん」

「…まるで、物みたいで、ううん、違うの。ガドロサが……、怖いの…」

 そんな事は見れば分かるのだが、一応言っておいてやる。

「ああー、ちょっと殺気駄々漏れ過ぎるかもな。ノヴァが居たら、ブチギレしてたかもな」

 間違いなくノヴァはお怒りだっただろう。

 1700万を殺そうとする俺にではなく、殺意殺気駄々漏れしている俺という存在が、ノヴァにとっては限りなく不愉快になるだろうから。

 それはおいておいても、ピノにとって今の俺は、恐怖の対象に違いあるまい。

 今から全てが死ぬ、ということを知っているピノは、俺がどれだけ躊躇いが無いのかを今この時になってやっと理解した。1700万。そんな数にまるで怖気づいていない俺を見てピノは、やっと俺を理解したのだ。

 ダークエルフの国で行った惨劇とは違う。ピノが可哀想だからと、あくまで善意による行動、とは決定的なまでに違う。

 無意味にさえ思える大虐殺。平然と行おうとする俺。優しさや愛を持ち得ない男。

 そんな事も薄々分かっていたピノは、明確にその現実を目に叩きつけられて、肌で感じて、途方もなく後悔しているらしい。

 来なければよかった。理解出来ないままの方がよかった。そんな事を今更に考えているのだろう。

 俺は考える。ピノをもう帰すべきか、否か。

 充分だ。そう思う。これ以上は決定的に歪みかねない。そう思う。

 見せる必然性など最初から無い。とにかく俺が悪逆非道の限りを尽くす糞野郎なのだとハッキリさせることが目的だったのだ。ピノにそれを教える事だけが目的で、ピノの同席を許したのだ。

 だがピノは、言うのだ。

 きっと強すぎるから、こう言ったのだ。

「……ガドロサ」

「なんや?」

「愛ってね、愛って、奪っていい物なの?」

 震える声。震える腕。震える手に、震える足。

 泣き出しそうな表情で、恐怖と闘いながらそこで一人、ただ一人で。

「奪って奪われるくらいなら、奪うしか無いやろな」

 適当な返事を送る。俺にとってはどうでもいい話だからだ。

 愛があれば、争わないと?馬鹿を言うな。

 愛があってもお前は、全てを奪われただろう。花も散らされて、お前は、それでもお前は愛に勝る物は無いとでも言うのか。愛が平和を成り立たせると思うのか。

 それが真実ならば、キリストの時代に平和が訪れた筈だろうに。

 だが言っても納得はすまい。自由に、好きなだけ言うといい。

 それでも、俺はお前の意見を飲まない。賛辞も罵倒も、どちらもだ。

「でも、皆もう大丈夫だよ。これ以上は必要じゃないよ…」

「そうも行かん。てか、お前は忘れたんか?ワイの言う事に口出しせんって約束やろ」

「……、好きになってくれなくても、別に構わないもの」

「愛されない事は慣れてるから大丈夫。ならば愛さない事にも慣れる事や」

「平気なワケないじゃないッ!!」

 張り上げられる声。

 そういえば静かだなと、ふと置きっぱなしにしたメガホンを見てみると、針金でオンになりっぱなし。大音量で今の会話、放送事故。

 どうやら、この会話はこのゲルマニクス大帝国中に聞こえていたらしい。だから街がこんなにも静かなのだ。

 俺が全てを殺すという事を民は理解している。だが、それを止めようとしているダークエルフの幼い少女が俺に抗議している。

 揺らいでいる。この大帝国は、今まさに、心から揺らいでいる。

「……何を今更」

 スイッチを切ろうと、俺こそ今更にメガホンに手を掛けようとした。それを阻止したのは、ミゥだった。しかもピノは俺に体当たりしてくる。強く俺の服を掴み、頭を腹へ強く押し付けて、引っ張って来ている。

 灰色のような、その白い髪。ハイライトの強い、赤い瞳。

 あまりに小さな手に、あまりに低身長のピノ。

 必死だった。一生懸命だった。

 やはり強いのだろうと、子どもの作文程度の感想しか出てこなかった。

「イマサラでもいいじゃない……、愛されない事は熱い事じゃなかったって知ったんだもん…。痛い、痛いって事だって、知っちゃったんだもん……」

「……」

「お願い、お願いします、もうこれ以上、誰も傷つけないで下さい……」

 ああ、お前は強い。

「出来ん相談や」

 だからどうした。

「なら、なら!」

 俺を強く押して、無理やり手摺りによじ登り、立った。

 アメジストは全く動かない。ミゥも動きはしない。ヴィーヴルはずっと動いていない。

 俺もまた、動く事をしなかった。

 ピノはちょっとだけ目線が高くなっただけの世界を眺め、尊い目をしている。

 もう腕は震えていない。足も震えていない。声も、震えるのを止めている。

 決意あっての行動。それは尋常ではない恐怖に立ち向かうにはあまりに弱々しい決意。

 幼い輪郭が、大人びても見える。

「……何のつもりや?」

 遠慮無く言ってやった。見くびられるのは嫌いだからだ。

「あたし、ここから落ちる…。嫌なら、やめて」

 顔を傾けてこちらを睨みつけている。いいや、哀しそうな顔だ。

 どうすればいいかも分からないのだろう。分かる筈もない。

 そんな事をしても俺が止まらない事など、お前が一番、嫌になる程よく理解している筈だ。

「勘違いしてるらしいから言うんやけども」

 出しっぱなしの細剣を俺は振り回し、静かにピノへ向ける。

 これだけで十分に伝わるだろう。これが俺の意思だ。冗談でもやりはしない意思だ。

「ワイは躊躇いなく殺せるんや。助けた筈の、お気に入りの、ピノお姫様であってさえな」

 貫くのだ。俺は何が何でも。それが意固地になっているだけなのだとしても、貫くと決めたら絶対に貫くのだ。それが物でも人でも心でも。

 それこそが俺の信条。変える事叶わぬ絶対の信念。執念。

 だがピノは怯えもしない。たくさんの人間を斬って捨ててきたこの細剣の銀の輝きをこんなに間近で見る事になっても、臆さない。引かない。そして、媚もしない。

 剣は退こう。だが代わりに言い放つ。遠慮などしない。言い放ってやる。

「お前がこうして生きてるなんてのは気まぐれや気まぐれ。

 だからお前にこの1700万の命に匹敵する対価は無い。人一人の命にそんな対価は無い。1700万という膨大な数に、1が、プラスされるだけや。たったそれだけの変化や」

「……でも」

 静かにしろ。

「お前はワイを愛しきれん。

 代わりに、見てみろアメジストを。

 コイツはワイを本気で愛している。故に何も言わない。ワイの行動全てをアメジストは赦してくれるって事やな。

 で、お前はどうや。どんなもんや。

 今まさにワイの邪魔をしようとしている。それはつまり、ワイのこの行動、ワイの趣向、ワイそのものを否定しているも同義。つまりお前はワイを愛してなどいない」

「好きな事にどうして証拠が必要なの!?」

「何を言うてる?」

 いいや、本当はお前の言いたい事くらい、よーく分かっている。

 お前がどれだけ真剣なのか、いつ何時も真剣なのか、これでもかと言うくらいに見てきたから知っている。そしてお前もそれと同じくらい、俺がどういう男なのかを知っている筈なのだ。

 だからもう、諦めろ。諦めてこっちに来い。そうすれば抱きしめるくらいの事はしてやろう。

「なんで愛してないって事を貴方が決めるの!?」

「ワイがそう思うならば、その通りやからや」

 聞き分けのない娘だ。

「あたしは貴方が大好き!大好きで堪らないの!

 たとえあたしが子どもでガドロサに不釣合いでどうしようもない愛しかお喋り出来なくっても、それでも本当に好きで大好きで愛してるって思ってるの!

 だから愛をイッパイ考えて、だからこうして欲しいって思って、愛を考えたから止めてるの!

 これが愛じゃないなんて可怪しいよ!

 だってこれもゼッタイ愛なんだもん!

 大好きだからもう人殺しなんてやめて欲しいって思うのは愛と違うの!?」

「………愛とは本来、詭弁や。人間は、」

 俺が返そうとすれば、急に顔を背けるピノ。

 諦めたワケではない。寧ろ逆。決意は更に固まってしまったようだ。

「違うなら違うでいいの……。

 貴方が違うって言いはるならあたし、あたしはもう貴方と一緒に愛を語るシカクなんて無いんだものね……。

 だから、もう辛いから、愛されない事が痛い事だったから、あたし、落ちるの」

「……ピノ、」

「だってあたしが嫌いな事をガドロサはしちゃうんだもの。

 それを止められないあたしはゼッタイ一生納得出来ないんだもの。

 それに、貴方をジャマしてしまうあたしは、あたしが望まないのよ」

「話は最後まで聞け」

「だからお願い。あたしが地面に落ちて真っ赤な薔薇になるまで、それだけの間だけで大丈夫だから……、もう、見たくないから…………、皆を、殺さないで……」

 ピノは、ゆっくり身体を傾けて、跳んだ。

 2階とはいえ、その高さは15ヤードもある。落下まで凡そ2秒。そして、死に至るには十分な高さ。

 羽根のようだった。白い髪がはんなりとしていた。

 きっと誰もが息を飲んだ。まるで女神、まるで天使のような彼女に息を飲んだ。

 散々な事をして、本来恨んでいるであろうエルフ族の少女が、そんな1700万の為に身を投げたのだ。心動かされない方が可怪しい。

 そして俺も跳んだ。躊躇いなど無かった。

 最初からそのつもりだった。

 俺が急に抱きしめたものだから、ピノは身体を跳ねさせる。

 その表情は、どうして、と言っている。

 そうだろうとも。どうして助けたのだと、問い詰めたい心境だろうとも。

 だが俺は約束したか?

 お前が落ちて命を散らすまで、誰も殺さないと約束したか?

 していない。そんな約束に首を縦に振った記憶はない。

 大きな音を立てて俺は地面に足を付けた。細剣を持ったままにピノまで抱えて、にも関わらず、何事もなかったかのように俺は、足を下ろした。

 ゆっくり、本当にゆっくりピノを下ろす。地面を見ながら、俺を掴みながら、ゆっくりと、足の裏を地面に合わせた。

 腰が抜けそうなのか、少しふらついている。俺の手を借りてどうにか立っているような物だった。少ししてピノはゆっくり顔を上げて、俺の表情を拝む。

 期待の眼差し、希望を湛えた瞳。顔色は随分悪かったが、それでも心なしか嬉しそうだった。


 轟いた。それは落雷の音に限りなく似ていて。


 あまりの轟音にピノが身体を萎縮させる。そして遅れて聞こえる悲鳴の残骸。断末魔の叫び。

 約4秒掛けてそれは反響でもするかのように聞こえてきた。

 この世の終わりかのような音。

 ここが地獄に成り代わったかのような音。

 ピノは強張った表情で、周りを見渡す。

 グシャリと遅れて聞こえてくる。長い間響き渡り、残る。

 倒れた肉の塊の音。あまりの数過ぎて地響きがした。

 頭を貫かれ、思考する間もなく絶命した人々。

 目を開けたまま、どちらを見ているのかも分からない人々。

 力が抜けきり、現実味のない様々なポーズで手足を投げ出す人々。

 

 静寂。ホールの真ん中で一人居るかのような、静寂。雲だけが慌ただしく動くだけの、無音の世界。風さえ城塞都市の中とあっては一吹きもしない。

 先ほどまで1700万が居た。正しくは1689万2081名が、生きていた。

 道を形成するだけの為に居たモンスター達でさえ何が起こったのかも分からず、声も上げない。恐怖で身体を固め、より道らしい道としてそこに居る。

 そう、約束などしていない。

 だからピノを助けたし、全部殺した。

 お前の言葉に心揺らされ、もしかすると俺の考える不毛の争いが起こらなかったかもしれないというのに、それでも全部、全て、殺した。

 呆気無く。それは本当に呆気無く。ただ呆気無く。そして他は呆気に取られて。

「……どうしてなの……」

 また震え始めた手。しかしその手に込められる力は、最初よりも断然弱々しい。

 困惑の色。のた打ち回る感情。怒りもあり、悲しみもあり、しかしそこに明るさはない。余りの感情量に、そしてその種類に、何をすればいいかも彼女は分かっていない。

 あるのは、理不尽を思うその心。それだけがハッキリとしている。

「どうして皆を殺したのにあたしだけ生きてるのッ!」

 手遅れになってしまったこの出来事に、そう、今更だと彼女も分かっているだろうに、それでも言わなくては吐き出せないと感じたのだろう。不平不満を叫び始める。

 その内、手から血が出るのではないかと思える程に力が込められていく。服が破られるのではないかと思う程に、強く引っ張られる。

 だが声は、この街中に届く事はない。俺の耳に大きく届いても、俺の先ほどの一撃には到底及ばない。仮に届いたとしても、それを耳に入れて共感する生命は、もう立っていない。

「どうして放っておいてくれなかったのッ!

 どうしてなのガドロサッ!

 お願いしたのにどうして聞いてくれなかったのッ!

 貴方がやってる事ってムジュンよッ!

 あたし達ダークエルフの国を滅ぼした人達とゼンブ同じッ!

 あたしからゼンブ奪ったあのワイトエルフとゼンゼン同じッ!

 あたしと同じ子どもだって居た筈なのにッ!

 あたしと同じコトをッ!愛を一緒に考えたいって人たちも居たハズなのにッ!

 こんなのトーゼンじゃないよッ!こんなのあたしの愛とゼンゼン違うよッ!

 貴方は悪魔だわッ!貴方は誰も助けてない悪なんだわッ!

 そんな貴方に罪をサバくケンリなんてゼッタイないよッ!

 ガドロサのウソつきッ!ロクデナシッ!ヒトゴロシッ!ヒトデナシッ!」

「……、んな事、ワイが知らんままにやってる思ってたか?

 ワイは嘘吐きで碌でなしの人殺し。人で無しの悪魔のような奴や。そして、ダークエルフの国を滅ぼした奴らと全く同じなんやと、ワイ自身もしっかり言うとるがな。

 んなこと、誰でも知ってる。お前さえ知ってた。あろうことかワイさえ知ってるくらいなんやから、誰彼共に知らんワケないやろ?

 ただな、ピノ。

 弱きは罪。だが強きもまた罪。ワイ等、生まれ持って平等ではない罪を背負った存在や。

 そして言葉とは嘘の塊。矛盾するしか出来ないのがワイ等、思考する生命体の宿命。

 お前が生きていて、皆が死んだ事を嘆く気持ちはよく分かるが、全てを救うのは元々、不可能だって事をよーく理解しとき。

 声の大きさや、声の数が正義ではない。

 見ろ。誰もワイを否定出来んなってしもてる。これが声の数が正義ではない証拠。

 これが真理。この光景こそ真理。

 黙らせる事が出来る、調整出来る声の数は、正義の証明にはならない。

 言葉を正義の証明とするには、決定的なまでに不安定。そして不規則。

 だからお前が生きていて、皆が死んだ事が間違いであるのだと、誰にも証明出来やしない。

 それにお前に拒否権なんか最初から無い。ワイもまたダークエルフの国を潰した奴らと一緒なんや。ただお前はワイに気に入られて優遇されとるだけなんやよ。

 だからお前はただ、現状に納得して肯いて、それだけでエエ。

 起こった事も、オレも、何も変わらん。全部初まる前から、終わってたんや」

 理屈を理解しろ、とは俺も言えない。俺が矛盾している事を否定も出来ない。

 ただ俺にはやりたい事があるから、邪魔だったから、殺しただけ。趣味趣向以上でありながら、趣味趣向程度であり、それ以下でもある。

 もうこれ以降は知らない。ピノの意見など知らない。

 理不尽だ、受け入れられない、そう言われようとも俺には関係ない。

 それでも好きなのだと、仮に言われようとも、関係ない。

 お前の限界がここまでだった、ただそれだけの事。もう完結している。

「ガドロサなんて………大嫌い…」

「…そか」

「…大好きなの…………」

「………そか、…ありがとな」

 身を寄せてくるピノを俺は抱きしめない。

 抱きしめてやってもいいと思ったが、それは出来ない。

 そうしたら、彼女は逃げられないではないか。俺から逃げる事が出来ないではないか。

「ベルデ様、ご無事ですか?」

 アメジストがやってきた。愉悦感たっぷりのアメジストがやって来てくれた。

 良かったなピノ。抱きつく相手が他に出来たぞ。本当に良かったな。

「……はははははははッ!」

 抑えが効かない。もう限界だった。

 何せ1700万。一瞬で俺がこれだけの数を殺したのだ。

 あの音を聞いたか、聞いたかアメジスト。あの断末魔を聞いたか。四方八方から順番に、流れるかのように響き渡ったあの音が聞こえたか、アメジスト。

「アメジストッ!はははははッ!

 今のは爽快やったと思わんか!?最高の殺戮ショーやったと思わんか!?

 人間一人にどれだけの資金投資をして!どれだけの時間を掛けて人間が人間の形を形成するかをお前は知っているか!?

 それが1700万だぞッ!

 1689万2081個という個体だぞッ!

 この国の資金全てを投じてやっと成り立つような途方も無い消費によってここに立っていた1700万という人間族やその他諸々がパーだッ!

 一人に対して500万ドルという資金投資で成り立っているのだとするならばッ!

 なんと80兆ドルを超える資金が!今の一瞬で!完全にパーやッ!

 あはははははははッ!ひーひははははははははははッ!

 80兆ッ!!

 ギャンブルに負けてもこんなに一気に失ったりせんぞッ!!

 ぜーんぶ台無しや!こんなチンケな城もこの国にある食材も資材も積み上げてきた歴史も技術もぜーんぶ全部塵のように消え失せたッ!

 ワイがやったんやなあッ!ふははッ!まるで神様の気分やでッ!

 ははは!見ろこの死体の山ッ!

 一体どうやってこの死体を処分したらエエんやッ!?

 ははははははははははははははッ!!」

 遅れてやって来たミゥ将軍は無表情。アメジストだけが楽しそうに微笑んでいる。

 ヴィーヴルは動きもしなかったが、モンスター達が列をなして撤退していく。

 だが、どういうことなのだろう。

 ピノは俺の服を強く掴んで辛そうな表情のまま、俺を見つめ、逃げようとさえしなかった。



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