表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

 本日は晴天なり。しかし午後から光の雨なり。

 それを幸福の雨と取るか、絶望の雨と取るかはその者達次第と言えるだろう。

 ちなみに光の雨は、本当は降る予定無し。

 だが連日連日の、この大地に、そしてダークエルフの里に降り注いだ悲しみの雨、そればかりはどうにも繰り返されようとしている。それに対して嘆き悲しむ女神様がピノだ。

 だが他は違う。

 積年の恨みを晴らさんと雲をかき分け俺についてきたエルフ兵士達。

 ただ俺に従うを良しとしているジューダス・アルブフェイラ姫。

 俺を殺し、竜を殺してそうして初めて愛することが許される愚かな裏切り者、将軍ミゥ。

 そこに乱入する予定のヴィーヴルまでもが、それに嘆きはしないだろう。

 さて元エルフ王、エルフの頂点、紅茶の準備はよろしいか。

 砂糖もミルクも入れるな。何も入れるな。情さえ入れるな。

 それらは最適な量と最適の温度、そして最良のタイミングによって香りが活きる。だからこそ、そのままの味が堪能出来てそれはそれは濃厚で美味なのだ。

 故に、適した処置で平等であるからこそ、罪を精算するであろう彼らの命が輝くのだとも言える。

 無粋な事はしなくていい。余計になるならしなくていい。

 お前等の罪は一体何か、教えてやろう。

 欲望の限りで生命の基準からあからさまに逸脱した事それしかない。

 この地球上での生態系において真ん中かそれ以下の立場にありながら、数ばかり増やして何もかものバランスを打ち崩した変異、癌め。

 ただ多いだけならば何も言うまいよ。しかしこの大地を脅かす存在となってしまったお前達が、その行為をいつまで経っても、どれだけ技術開発しようとも、その知能が高く立派になろうとも、改めようとはしない限りは。いいやもはや、より過激さを増していくばかりなのだ。

 その烏滸がましさには、妥協線・臨界点の遥か上まで上り詰めて尚止まらぬ程、この怒りが滾り沸き立ち増殖を続けるしかない。

 もはや赦す云々ではない。滅びる以外に選択肢などお前達には無いのだ。

 分かるか。お前達が増え続けるのと同じく、俺が怒りに打ち震える事になってしまったのだ。

 俺は自称地球の代弁者。自然をこよなく愛する物。

 すべからく死ぬしかあるまい。全てがすべからく死ぬしか手立て無し。

 全員丸事、一からやり直せ。もしくはゼロまで戻ってしまえ。

 人類の叡智がどうした。築き上げた文明がどうした。無駄だ無駄。無駄どころか害だ。

 もはや絶えろ。栄える価値などありはしない。この地上から完全に絶えてしまえ。

「ガドロサ様、紅茶です」

「ご苦労軍曹。ミルクも適当に入れといてくれ」

 楽しい演説も終えた。俺は実に満足だ。

 ミルクを入れろと言うくらいに体調良好。正直言って今の俺は有頂天だ。

 現在、エルフ国の防壁前。蝿がワンサカしている、盛大なキャンプファイヤーの跡地。

 エルフ兵、勇敢なる豚共は、今回なんと1万名が出陣確定だ。

 少ないが、まあ最初から期待はしてない。やる事も結局限られている。

 なのでもう何も言うまい。ワイは上機嫌なので、あえて何も言うまい。士気を高める為の演説もすまい。お前等は基本立っていればいい。必要ならば安全圏から弓矢をバンバンしてればいい。ただそれだけだ。

 ああそうそう、ピノを存分に辱めた屑は、昨日あの後速攻で殺しておいた。

 それから次の日と更に次の日は、俺がただ地雷落としの練習をしたり、ミゥ将軍との軽度な戦闘訓練を繰り返し、アメジストのあの冷ややかさを感じる愛ある眼差しを背中に浴びつつ、軍曹の兵隊の準備、ダークエルフ達にモナモの樹海一部を管理させるための編成を俺自身が手伝ったり色々やった。

 あっという間の2日。本当、あっという間過ぎて驚かざるをえない。

 準備は雑だがそれらしい伝達も済ませた。兵士達の立ち回りも数パターンしっかり仕込んだし、ミゥ将軍も上々。よりそれらしい動きになってくれて助かる。

 加えてデストロンスによる身体強化可能防具への対処方法も授けてある。

 今のミゥ将軍ならば、マクレーン程度は簡単に斬り伏せられるだろう。それ以上でも相応に戦えるだろうから、まず負けるとは思えない。

 エルフ兵、軍曹の部隊が指揮するエルフ族共のところにはノヴァも居る事だし、下手な事でも無い限り壊滅したりはしないだろう。

 いいや、壊滅どころか怪我人一人と出ないようにしている筈。

 出たら出たで、ソイツが間抜けなだけだ。

「軍曹達はエルフの兵士連れて適当に弓矢で遊んでてな。あとノヴァも何故か行きたがっとるし、適当に剣持たせて適当に面倒見てやっといてや。その前段階でワイがゲル国の門ぜーんぶ封しとくから、安心しとけ。

 ノヴァー、しっかり軍曹の言う事聞くんやでー?

 ミゥ将軍は俺と一緒に人狼族の殲滅戦。たった二人で40万。お前より強いヤツも居らんやろうし、居ったら居ったでワイが片す。勿体無くても一瞬で終わらす予定やで。

 アメジストは馬で、ダークエルフのお姫様と一緒にこっち向かって来てな。中々グロテスクな感じに仕上がってるやろうけど、まあ、ピノ様がご訪問なさりたい言うし、この際ワイからは何も言わんとく。

 ああ、ピノはお気に入りの乗り物が居るんやったな」

「ルーンって言うのよ」

「ビーンドラグです。獰猛なのによく懐いている様子です」

 ピノの説明にアメジストが捕捉。

 どうもミゥ将軍の乗っていたあの爬虫類系の生物を、この世界では一般的にビーンドラグ、もしくはノアドラグと言うらしい。ミゥ将軍の乗っていたソレはグレードラグだとかいう名前で呼ばれていた。

 かなり獰猛らしく、普通は人にも人狼族にも懐かないとか。大きさもミゥよりデカイ。高さ2mは余裕である。

 こんなのが獰猛だと、確かに本気で手に負えないというのは、見たら分かる。

 一般的な人狼族くらいなら、あの大きめの鋭いクチバシか太い足とデカイ爪で一発だろう。人間ならばきっとバラバラにバラされる。少なくとも原型は留めていないだろう。

 だがピノの乗り物に確定された、そこのビーンドラグのルーン君(雄)は、ピノを随分お気に入りらしい。そしてピノもまた随分お気に入りらしいのだ。

「あら、あたしの王子様候補なのだから、トーゼンでしょ?」

「せめて人型を候補に選んどいてや。それ役割的には王子様の乗り物やで」

 元はピノを奴隷のように使っていた商人の所有物だった。

 その所有者は首飾りされてしまったので、資産資本は俺の物。

 でもぶっちゃけて殆ど要らなかったので、他の商人に横流しをしておくか、とか思っていたらピノがそのビーンドラグを欲しいと言ったので、くれてやった。

 その時は俺からして大人しい生命体に見えたので、まさか獰猛な生物だとは思いもよらずで。

 だがピノ、とっても優しくしてくれたのよ?とか言っていたので、色々、お察し。

 商人エルフ速攻でぶっ殺しといて良かった、とか今更思えてきた。本当はもっと苦しみ藻掻くレベルの仕打ちでもしてやれば良かったかも、なんて思っていたりもする。

 この世界には変態しか居ないらしい。変態は死ね。

 ああそう、結局ピノには、俺の歪みきった本質を見てもらう予定だ。決して変な意味ではない。

 元々の目的と大きく違う形に落ち着いてしまったワケだが、やはり俺を愛しているとか言っている時点で間違えていると俺は思うので、あえて俺を見せつけていこうと思う。

 それによってピノがどう思うかは予測しきれないし、どのような行動に出るかもまるで分かった物ではない。教育上宜しくない光景を拝ませる事に変わりはないのだから、場合によっては中断。中断できるならば中断した方がいいかもしれない、とは考えている。

 しかし、俺の本質、悪だか闇だかそういう一面はしっかり理解しておくべきだ。

 その目で見た物しか信じないピノだからこそ、その目にしっかり焼き付けさせねば、俺を諦めて立派な大人になるなど不可能に近い。

 彼女は俺が認める人間認定者だ。歪ませてはならないという意思は確かにある。

 彼女は強い。だから大抵の事では心は折れまい。むしろ全てをありのまま受け入れ、その良し悪しをきちんと判断した上で、答えを出す筈だ。

 俺の本質を見定めてキッパリ諦めもするだろう。そして真っ当な道へ歩を進めてくれることだろう。俺はそう信じている。

「ま、細かい説明は前の通り。その通りに行動したってな。

 主にワイのやる事が多めやが、それは致し方ないとしたもんやね。諦めるわ。

 さーて、まずは人狼族壊滅といこか。軍曹、アメジスト、手早く頼むわ」

 俺がそう言うと、

「かしこまりました、ベルデ様」

 まずアメジストが返してくる。

 その格好をどうにかしてくれていたら尚の事良かったのだが。もうどうでもいい。

 とりあえず言う通りにしてくれたら、今回はもうそれでいい。

「こちらもすぐ出陣します。言うほど有志は集まりませんでしたから、本当にすぐです」

 続いて軍曹。

 軍曹のやる事が一番不規則的で難しかったりするのだが、この男は侮れない。故に信頼出来る。きっと俺の望む通りを、いとも簡単に実現してくれる事だろう。

 とはいえ、前にちょっと出るか撤退するか、ノヴァと遊ぶかの3択しかないのだから、引き際を弁えているかどうかだけ。臆病者のフリが出来る軍曹だから、間違えるとは思わないが。

 ピノの方はそのままルーン君に乗って、すでに準備万端。

 ルーン君の走行が如何程の物なのか俺は知らないのだが、さて、アメジストの馬に付いていけるのだろうか。というか途中で落下するような惨事、起こったりしないだろうか。とっても不安だ。

 で、ノヴァは呼んでないが一人勝手にブンブン頭を縦に振っている。

 意味を分かって振っているならいいのだが、さてどうだろう。周りの真似そしているようにしか見えない。とりあえずいい子で居てくれたらそれでいい。

「よっしゃ、ミゥ、行くで」

「……御意」

 俺は空気を叩き割る。

 連日叩き割ってばかりだ。距離があれば有る程疲れるので、最も疲れるのは俺の倉庫に繋ぐ時だったりする。

 とはいえ、感情の絶対必要量も馬鹿にはならないので、やはり連打はしたくない。

 したくはないが、今回はこれを多様しないとならないのでどうしようもない。

 まあ帰り道は、ゲル国から何か乗り物を拝借すればいいだけ。そう考えると、手間なのは初めの方のみだ。発案者も俺なのだし、うだうだ言っても仕方はないだろう。

「死神様、ご武運を」

 アメジストがそう言ってくる。

 どうせ心配そうに見ている、のだろうか。

 時々感情豊かだが、基本コイツは無表情だ。

 まあ振り返るのはよそう。どうでもいい仕草でもポジティブに考え始めるのがアメジスト。出発前に気分が萎えさせられても叶わない。

「心配無用や。ワイ相手は特にな」

 と、返事する時点でもう駄目な気配はするが、この際無視だ。

 今はやるべき事に集中しなくてはならない。

 先も述べたが、俺のやる事は多い。

「まずは岩場とバリケード。この国も見晴らし随分エエな」

「……城壁が全てを阻む。逃げ場も無い」

「確かにな」

 ダークエルフの国やクイヴィエーネンも似たような物。見事な程の城塞都市だ。

 ただし、これだけの規模の国でありながら、防壁に設けられた大きな門はたったの4つ。東西南北に1つずつ。そして2つほど、小規模ながら堅牢に固められた出口があるだけ。

 出入りの厳しい国なのは予想出来る。各入り口にはまた、様々な施設も用意されている。

 宿舎に飲食店、大きな柵も乱雑に添えつけられている。

 今の俺達は随分壁に近い位置なので、上から見張っているであろう兵士達から見える事はないし、見回りも丁度居ない。各門からも遠いらしい。

 まあ見つかった所で、口を封じればいいだけの事だが。

 ともかく俺のやるべき事は変わらない。考え通りならばかなりの時間を稼げるだろう。

「せやけど時間掛け過ぎると向こう方も打開くらいはしてくるやろな。

 道は塞げど上は防げん。何れは降りてくる方法を見つけてしまう。それに、創造と破壊ならば圧倒的に破壊の方が簡単や。そんな悠長してられんのは確かやで」

「……どうする気だ」

「んなもん岩で全部塞ぐがまず先決。まあ見とれ」

 地面目掛けて能力使用。

 まあ、何処にでも岩盤はあるもの。いっその事岩の上にこの大都市大帝国があったならその方が楽だったが、我儘は言うまい。無い物強請りしようとも、事実が覆された試しはない。

 ともかく俺はそのまま岩盤を見つけ次第切り分け作業開始。地面の中で行っている為、ミゥ将軍には何の事やらだろう。ただ何かの音が聞こえるくらいにしか思えまい。

 そのまま切り分けた岩盤を無理やり掘り出す。

 とてつもない地震が巻き起こりながら、最高にドでかい音を立ててそれらはそびえ立っていく。傍から見れば魔法その物。実際魔法みたいなものだから間違いではないだろう。

 強いて言えば、今回の能力使用はかなり無茶苦茶という所か。

 光に物体を押す力など本来は無い。あって熱を帯びさせるか、レーザーのように貫通するような攻撃方法が常。光とは劣化して熱エネルギーに変わるとはいえ、流石に運動エネルギーに転化させるのは厳しい。切り分けは楽なのだが、こればかりは面倒以上の面倒だ。

 一応、物理法則を無視するのがデストロンス。だが結局、無視させようとする際に余計なエネルギー消費を余儀なくされるのが、この能力最大の難点かもしれない。

 こうやって押し上げる為に色々やるためには、それはもう切り分け作業なんかより途方も無い色々が必要なワケで。身体がプルプルするワケで。

 まあ出来るから問題はない。浪費するのも所詮感情。

 何より、俺はとにかく結末が楽しみだと感じているので、そんな楽しみを削ぎながら、でも楽しみだなとか思えば復活するから、何かが減ってしまうでもなく、体調良好のままだ。この剣技に影響は出ないし、思考能力が落ちているなどという事もない。

 でもそういった肉体的疲労感より、心の方が辛いのが現状だ。感情が増えたり減ったりすれば、それはもう違う意味で疲れる。度を越せば身体にも影響を及ぼすので厄介。やり過ぎは良くない。

 なにはともあれ防壁完成。門は全て塞いで終わった。

 他にもそれらしい箇所は全て大きな岩が全てを阻んでおく。柵など粉々に持ち上げ吹き飛ばしてやったし、宿舎や飲食店もも粉々だろう。

 あとは、軍曹達の為にバリケードも作っておいた。そこならある程度をしのげるだろう。

 後は軍曹達が上手くやってくれる事を祈ろう。

 用意だけはしっかりしたから、後は知らない。俺知らない。

「ミゥ、次は人狼族のキャンプ地点を襲うで」

「…御意」

「あ、徒歩な。空間割りってめっちゃ疲れるんよ」

「……」

 嫌そうな顔するなよ。本当に疲れるんだぞ空気割りって。理屈分かってないけど疲れるには違いないんだぞアレ。便利なだけだと思ったら勘違いだぞお前。

「ま、爆撃が先や。ピノ様のために、空爆の惨たらしさを理解してもらおう」

 空間割りはやる。しかし移動に使ったりはしない。

 凡その位置は把握している。その規模もミゥ将軍からしっかり聞いている。

 あとは俺がどれほどの精度を持ってこの空間割りをキャンプ地点真上に這わせられるかが問題だったりしたり。

 遠目で確認すると、どうにもうまく行ったようだ。

 電熱線コンロの中身みたいにウネウネとした割れ目が出来、見事、人狼族キャンプ地点の真上位置だし、そこからポイポイととある物がしっかり落ちていくのを確認した。

 これだけの規模での空間割り、しかもこんなに精度が要求される技をほぼ初めてやったワケだが、意外と出来る物だと感心する。

 まあ、かなり気合は入れた。だから当然成功してもらわなくては困っていた所だ。

「…何だ、アレは」

「アレ、地雷や。せやからホンマの空爆と違うんやけど、まあ山ほどあるしな。有効活用。一気に5000個程を空からポイーって。これには空間割り使ってるが、今ので超疲れたわ」

 途端に爆音が響き渡る。まるで水中で爆破される小さなダイナマイトのような音だ。気ままに爆発しているらしいので、土埃は散々に舞い上がっている。

 地雷の構造もその破壊力もイマイチ知っているワケではない。

 俺の時代にはそう多くなかった兵器だからだ。

 どちらかというと戦艦相手にする事が多かった為、波が無い日にプカプカ浮かばせる水雷という物を開発していたりして、そっちの方が馴染み深い。

 魚雷とは違ってただ浮かばせて流すだけなので、大きな船が横切るとそれがひっくり返り、爆発を起こす、という仕組み。そんなえげつない手段を考えつき、挙句は開発までしたヤツは、絶対に頭可怪しい。だから地雷作ったヤツも頭可怪しかったのだろう、とは思っていた。

 そんなこんなで、地雷の威力を今まさに知った形だ。

 今使っているのは対戦車用だった気がするが、あれほど派手に炸裂してしまうのか。本来の使い方とまるっきり違うのに、どれだけ強烈なのかがうかがい知れる。

 というかよく空中で爆発したりしないものだ。どういう仕組だ。

「………、一方的だ」

 ミゥの感想は、実に乾いていた。

 だがあんな物食らったら一溜まりもないとは考えているだろう。

 人狼族達のキャンプ場は今、土煙に覆われて何も見えない。だが雷のようにして、中で赤色の炎の色が見え隠れしている。それは花火のように、音を遅れてコチラに伝えてもいる。

 予想以上。ハッキリ言えば、やり過ぎた。

「…そら一方的にもなるわ。防ぎようも事前に察知のしようもないんやから。

 さて行くで。死にそびれた奴らを早く逝かせてやらんと、余計に惨たらしいで」

 対人用とは決定的に違う。威力が段違いだ。

 それこそ戦車を真っ二つに割る事を念頭に置かれ作られた兵器。一発辺りの威力で10名20名、軽々しくその命が犠牲となっていることだろう。

 だがそれでも動けなくなっただけの者は絶対に居る。

 運良くか運悪くか、範囲外に居た奴も居るだろう。

 これは俺にとってもあまり宜しい出来事ではない。

 苦痛を長引かせるだけの戦争兵器はこれだから嫌いだし、そして禍々しいのだ。

 ピノに見せつける為にやった事を俺自身後悔さえしている。

 せめて1秒でも早く、苦痛から解き放ってやるべき。

 俺は全力で走ってみたが、ミゥもかなり速い。俺が到着して数秒後に俺の隣に立っている。

 すでにある程度、負傷者の息の根をレーザーレインで止めてはおいたが、これは。

「こりゃ、予想以上やったな。地雷単発の威力を舐めてた。火災旋風まで起きてる始末やで」

「………」

 本来の空爆と同レベルの被害といえばそうだ。あまり変わらない。

 ただ明らかに用途を違えた地雷の投下は、必要以上に痛ましい被害をもたらしている。

 どれが何か、もう土と混ざり合っていて分かりはしない。

 何が何処だったのか、それさえ分かりはしない。

 人狼族とはいえ、こんなに肉そのものが燃えていていいのか。

 こんなにも悍ましい表情で横たわっていていいのか。

 何がどうなれば、肉がこうも一瞬で炭素の塊となるのか。

 空爆特有とさえ言ってもいい火災旋風、炎の竜巻にはガッカリもする。

 まるで、まるで地獄の劫火で100年苦しみ続けたかのような炭の塊が、こちらを睨んでいるのだ。全てが泥と成り果てながらただそこで鎮座している。

 これだ。

 これだから戦争は、嫌いなのだ。

 こんな事を当たり前に行うのが人間族だから、滅ぼすしか無いのだ。

 まさか俺の手でこんな事をするとは思っていなかった。

 なんてことだ。女神よ。なんて事をしてしまったのだ。俺は。

 どうか安らかに眠れ。どうか跡形も残さずして土に還れ。

「……。ミゥ、残党狩りや。名残惜しいのは分かるが」

「いいや……、名残など無い」

「それはそれで冷たい話やな」

 こんな光景に何か思う所はあるだろう。それこそ俺を責め立てるくらいの気持ちが欠片どころかその胸の内に山ほどあるのではないのか。

 今は全て赦す。語っていいぞ。

「俺の女…に手をだそうとした、奴らだ。殺す」

 そう来るか。

「………。既にお前の女扱いか。お前も傲慢や。

 こんな惨たらしい死を与えた俺に何も言わず、これが当然と、お前は思うのか。

 さすがだ。流石だ将軍。ワイは心折れそうやったりするんやが、お前は全然らしい。

 羨ましいで、ある意味ではな。

 じゃあ分担、お前あっち。ワイこっちな」

 俺はそのまま返事を待たずして駆け出す。

 相手はこんなにも甚大な被害を受けているのだ。黙っているワケがない。

 全てはまだ殺していない。無事なヤツ等は全て生かしておいている。

 だが残念ながら、罪悪感程度で俺が止まる筈がない。

 こんな絶景、滅多に見れる物ではない。俺だからこそこの絶景は滅多に見る事がない。

 だからこそ決意が強まった。威力は十二分。心が悲鳴を上げている。

 人類も二足歩行の生命体も、思考する、ありとあらゆる知的生命体を、根絶やしにしてやる。

 こんな出来事が看過されていいワケがない。俺でさえこんなに胸が痛むというのだ。こんな行為を当たり前に行い続ける人間族が居るならば全部殺す。でなくては繰り返すばかり。

 俺が全ての歯止めとなろう。歯車に潰されようとも、必ず止めてやろう。

 発端が無ければ出来事は起こらない。

 起源が無ければ生まれはしない。

 知性さえ無ければこんな兵器は永遠作られる事はない。

 悪いとは思っているが、俺には重大な使命がある。悪く思うなよ、人狼族。

「おのれェ!貴様がやったのか!」

 そう思った途端に声が掛かる。

 土煙で中々視界は悪い筈だが、よく俺を発見出来たものだ。

 俺の方は能力で無理やり世界を見ているからして、土埃などあって無いのと同じ。

 まあいいだろう。話しくらいは聞いてやろう。

 お前達は俺に対して物申す権利こそある。

 相反して、無い。お前達には何も言う権利は無い。

「そうやけどそれがどないしたん?」

「正々堂々戦えッ!」

「正々堂々?ほおー、よう言うわ」

「我々は貴様のような存在の!ワケの分からぬ術の為にむざむざ死ぬ為ここに居るのではない!戦いによって己を証明する為ここに居るのだ!」

 ぞろぞろ集まってきている。

 確かに確認した限り、空爆モドキで死亡した兵力はたかだか10万。残りは30万くらいだ。

 むしろ今の空爆で10万もの被害という事実が信じられない。

 決して少ないという意味ではない。多すぎると思う。

 何せ俺が投下したのは5000個。これだけで10万も死ぬ物なのか。

 俺がかなりの負傷者の息の根を即座に止めてやった分を加算しての10万ではあるが、こんなに簡単に死んでいいのか。

 やはり兵器など使うべきではなかった。居心地が酷く悪い。

「…己を証明するとは、則ち強さを?」

「強さではない!己が種の優位性!そこにのみ我々は生を感じる事が出来るのだ!」

 …ふむ、大きく間違えているワケではない。

 事実お前達、行動はともかくとしても、一応間違えては居ない。

 生存競争とは本来そういう物。変態的趣味が織り交ぜられては居るが、本能的であるからこそその行動もまた、俺からしてさえ変とは思えないのだ。

 ただ間違えているとするならば、お前達がエルフ族にやってきた行動は、エルフ族にとってすればまさにこれくらい一方的であるが為、お前達に何かを言う権利が無いという所。

 確かにこんな死は望んでおるまいよ。俺だってここまで酷い仕打ちをするつもりは無かった。

 とはいえ、もう過ぎた事。俺はいつも通りでいい。眼前の敵を土に還るのが俺の使命。

 それに対し理不尽を思うのもまた、生命的で悪くはないから抗うといい。

 ただ黙って強い存在に従い続ければ良かったものを、という嫌味も付け加えておくか。

 お前達がミゥ将軍について来ていれば、お前達はこうはならなかった。

 運が悪かったと思え。もしくは君主様を恨め。

 俺が敵対勢力なのだ。元よりここにいるお前達は全て死ぬのだ。

 戦って死ねるだけ、有り難いと思えよ人狼族。

「分かった分かった。じゃあワイが今から一方的に虐殺するから、ワレ等も一方的に殺すつもりで襲って来い。出来ると思うならば、来い」

 そう、俺がやる事も結局殺戮。殺戮兵器と何も変わらない。

 変わるとしたら、敬意があるか無いか。人情があるか無いか。

 まだマシだ。俺が相手にするだけまだまだマシ。無残で壮絶な死を迎える事はない。苦痛の中藻掻き苦しみ死んでいく事だけはさせてやらない。

 だがそんなものは結果論だ。結局、相手を根絶やしにしようとする意思がそこに等しく存在しているのだ。

 そうであるからこそ、俺は蹂躙する。この世界を蹂躙し、全てを土に還す。

 振り上げたその腕を下ろせぬまま、血飛沫を不格好に吹き出し絶命しろ。

 限りなく無駄な抵抗だ。爪痕に見合った破壊力でお前達全ての首を切り落としてやろう。お前達はそんな痕跡にしか、そんな傷跡の名残程度で終わるのだ。

 さて、後何匹だ。それとも何百か。何万か。何十万か。

 少ない少ない。まるで物量として足りていない。

 俺がどれだけ無茶苦茶か知っているか。理解しているか。

 そうか、していないか。していないのだろう。ならば教えてやる。

 人間では到達不能の境地で胡座をかいているのがこの俺だ。

 光の速さに到達しているのがこの俺だ。

 何もかもを破壊してから、その何もかもを置き去りにするのが俺なのだ。

 そんな程度で抑えられるか。勝てるか。馬鹿なのか。

 感情に遊ばれるだけのお前達でこの俺の息の根を止められるワケがないだろう。

 だが、いい動きだと褒めてやろう。何太刀か俺に浴びせる事には成功しているのだから。

 ただし、刃が通りきっていない。俺の身体は能力によって鋼以上にもなる。易々通りはしないし、傷の一つも付けられはしない。故に評価しか出来ない。首はくれてやれないだろう。

 おいおいどうしたどうした。もう終わりか。終わったのか。後は逃げるのか。

 ならば仕方ない。粛清をくれてやろう。なに、遠慮は要らない。

 是が非でも受け取らせてやる。

「ワレ等ッ!底が見えないと思えば腰も牙も折れるのかッ!この恥じ知らず共めッ!

 そんな覚悟で戦場に出るなッ!

 奪われる覚悟も無しに戦場に出るなッ!

 潔く正々堂々戦って死ねッ!

 ワレ等が言葉で嘘を言うから言葉の重みが限りなく零になったのだッ!

 全て撤回して死にさらせ!言葉を喋る二足歩行の狼共ッ!

 剣を振るって散るが騎士道だろうがッ!背中を見せて何が生だ優位性だッ!

 ワイの土俵に自ら上がってきたなら最後まで戦えッ!

 元よりワレ等に逃げ道など存在してはいないぞッ!」

 思い知れ。己が無力さを。噛み締めろ。己が罪を。そして選択を。顧みて後悔しろ。

 無力だから何も出来ないのだ。無力だから仕返しも出来やしないのだ。理不尽を口にしても俺に何一つ通らぬのだ。その刃と同じく何さえ全く無意味に成り果てるのだ。

 それが嫌なら抗える程に強くならねばなるまいよ。

 しかしもう遅い。そんな選択肢はすでにお前達が破棄しているのだ。

 刃を俺に向けた時点で、生き残るか土に還るかの二択しか、お前達には用意されてはいなかったのだ。

 無残に散ってしまえ。光の雨は誰も逃しはしない。

 それは限りなく平等である所為で、限りなく無慈悲なのだ。

 感情を食って生まれた光だというのに、それはあまりに無慈悲なのだ。

 光に抱かれてそのまま朽ち果てろ、俺にとっての敵対者共。

「………」

 しん…と、音が響き渡る。

 土埃が音も立てずに飛び回り、視界をより広く見せつけてくれている。

 そして風景を眺めてこう思うのだ。

 ああ、なんだ、存外こんな程度だったのか、と。

 感情を多少失うだけで、風景がまるで違えて見える。

 ただ渦巻いて燃えているか、ただ炭になっているか、泥と混ざり合っているだけ。

 何の事はない。火災が発生した森林跡と似通った光景でしかない。

 各所煙が上がり、木々の生えていた跡が辛うじて残っている程度の、ただそれだけの事。

 先ほどまでの憎悪が嘘のようだと、俺は思うしか出来なかった。

 静かに世界を眺めて、俺はただ一人冷め切っている。

 しかし、意図すれば元通りだ。今まさに怒りの方は迫り上がってきている。

 だがしかし、最初程に苛々したり、罪悪感を抱いたりは出来なくなっているらしい。

 人の心とはこんなにも薄情だ。俺もまた薄情なのだ。

 だからこそ俺は、この世界を好き放題かき回そうなどと考えるのだろう。

 俺もまた立派な大罪人。極悪非道の騎士。そうこなくては。さもなくば始まるまい。

「ドラグーン、終わった」

 後ろからミゥ将軍の声。

 ある程度、平常心くらいに戻った俺はまずこう尋ねる。

「何人斬った?」

 深い意味はない。ただ気になっただけである。

 元々はミゥ将軍の部下だった奴らだ。その大半は俺が潰しただろうが、ミゥもミゥでかなり斬っている筈なのだ。

 幾ら程斬ったかを確認する事で、当人の経験が如何程積み重ねられたかを知る事は出来る。

 ミゥがどれだけ堪えているかの目安にもなるだろう。

 だから俺は躊躇いなく聞いた。

 とはいえ、俺が躊躇った試しなど殆どありはしない気がする。

 やむを得ない事情で中断したり、困惑させられて中断させられたりは、あれ、意外と多いかもしれない?あれ?

「……」

「数えてないんかい」

 実際数えて居なかったらしい。

 ミゥは真っ赤な剣を眺めて思い出そうとはしているようだ。

 だがあまりに斬ったのか、少なくとも1000人斬りくらいは達成しているであろうその剣の損壊を見、結局答える事叶わぬらしい。

 まあ当然だ。数える気がなくただ斬り伏せていたならそれまでだ。覚えていない事を思い出せる筈もなく。

 とりあえず、その剣を新しい物にしておく事をオススメしておこう。

 血液と油で、ただでさえ切れ味が最初から悪いであろうその大きな剣はより粗悪になっている筈だし、刃部分は見事潰れているからして、もうただの鈍器と成り果てている。

 しかしそれだけ斬った筈のミゥでさえ、返り血殆ど浴びずとは、中々にやる。

 俺でもこんなにビショビショだ。感情に身を任せても良い事はない。

 適当に俺はタオルを取り出して適当に拭く。

 ああちなみにこの備品類も空間割りで出しているので超疲れる。最初から用意しておけばよかったなと、今更ながら思う。

「まあエエ。相当数斬ったのは理解出来た。それより武器変更しときや。

 しっかし遅いな。兵士等もアメジスト等も。もうそろそろ来てもエエと思うんやが」

「先に、竜を…」

「ヴィーヴル解放な。じゃあ急ぐで」

 キャンプ場跡地は幾多もの穴を開けて空を仰いでいる。

 だがキャンプ場全てがそうなったワケではない。俺が地雷投下を5000に留めたのにはしっかりと理由がある。それこそがヴィーヴルと大きく関与している。

 本当ならばゲル国を討ち取ってからでも良かった。寧ろゲル国を落とす準備をしながらのヴィーヴル解放工作という同時進行こそシビア。

 ただ、こうでもしないと上手く出来ないと俺は思った。人出が足りていないからだ。

 ならば結局、人員不足をどうにかせねば、どちらも成せない。

 だからこそ同時進行。もうそれしか無いと、俺はそう考える事となる。

 そうこう言っている間にも到着だ。

 キャンプ場跡地の超近くにある、洞穴のような場所。

 気持ち程度な木の扉。もはやただの蓋のようにして置かれている。

 他にも岩を彫って創られたであろう彫刻模様が申し訳程度に存在しているようだ。

 その木の扉を蹴破り、適当に置かれていた松明等を勝手に使って中に入っていく。

 階段のような足場は滑りやすいし疎らな大きさと幅にも程がある。均一でないだけならば良いのだが、そもそも平行の段ではないのだ。脆く弱くすぐに崩れている。

「掃除くらいしとけやな。出入り禁止なんやろか」

 そうとしか思えない程、手入れはなされていない。手入れのしようもないのだろうが。

 そのまま410歩程進むと、開けた空間に出る。

 軽く水浸しでコケが酷い。新鮮な空気は咳込むには最適だったし、足が水浸しで気持ちいい。火を灯す為に作られていたであろう台なんて使いものにならない。もう色々巫山戯ていやがる。

 さて、記憶を掘り返していこう。

 確か3日ほど前に見た資料によると、真ん中の大きく円の形で出っ張った部分に鍵穴が存在していて、それを回すと、とある物が置いてある場所が開く、とかだった筈だ。

 これほど深い場所に置かれていては、流石のヴィーヴルも侵入はしにくい。更に、そのとある物がヴィーヴルをあの森に縛り付ける要因ともなっている。

 この場は祭壇のような物であり、ヴィーヴルの行動制限を強制出来る装置そのもの。

 見れば真中部分、確かに容易に破壊させてはくれないようだ。俺の能力でも相当な手間が掛かると見た物だろう。不可思議な構造をしているらしい。

 同時に、異能の力もまた感じる。

「…ドラグーン、鍵は…どうする」

「この場で作るに決まってるやろ?

 何処に行ったか分からん鍵なんか探してられるかってんよ」

「…出来るのか?」

「出来ん道理はない」

 鍵穴は見つけた。その形状を把握した後、適当にその辺で拾った鉄の塊を加工する。

 ざっと鍵は完成した。これをさっそく鍵穴にはめ込んでみる。

 ……、回せないようだ。さて、何を間違えただろう。

 それとも特定の物質か、特殊な能力が必須事項だったのだろうか。そんな事は記されてなかったように思うのだが。

 …あれ、抜けない。もしかして詰んだ?

「…ドラグーン、アレは何だ」

「お、なんやそれ」

 この出っ張りから生えている謎の突起部分。最初からあったらしい。

 ああ、分かった。察するにこれは蓋だ。回してさえいない、はめ込んだだけで鍵が抜けなくなっている理屈は分からないが、元からあるらしいあの突起部を回すか持ち上げるかとにかく力を加える事で、この大きな出っ張りが動くのだろう。

 と、思いたいが、どうだろうか。

 ミゥ将軍がまずそれを握りしめ、適当に力を入れている。

 するとゴリっという音を立てて、突起部分がバイクのハンドルのように回った。

 ……。

 回っただけらしい。

 その後も何度か回転するし、どうにも引っ張ったり押し込んだりも出来るようだ。

 でも何かしらの変化は無い。意味不明な動作と成り果てている。

「貸してみ」

 俺が代わる。謎解きは得意だ。

 ふむふむ、このように回るということは、鍵がこのハンドル次第で回せるようになる仕組み、だろうか。中々面倒な仕掛けらしい。

 能力を使いながらならばどうにかなるが、普通の人間には到底無理な構造をしている。

 あの資料はかなり情報が欠落していたようだ。ワザとそのように記していたのだろうか。

 さてこんな物か。鍵を更に押し込み、そして回す。

 と、カチリという音が聞こえた。

 約3箇所。このデカイ出っ張り3箇所。端の方から。

 俺は出っ張り上部分を比較的強めに蹴る。とそれが大きくズレ、そのまま外れた。

 中には魔法陣が張り巡らされている。そして謎の宝石までもが嵌めこまれているようだ。真ん中には、目的の代物もある。

「あったあった。ヴィーヴルの逆鱗。綺麗な岩色。光沢感が凄まじいな」

 本当にヴィーヴルの逆鱗と言われる部分かは知れた物ではない。だがこれがヴィーヴルをモナモの樹海に縛り付けていた要因なのは見て分かる通りだ。

 俺は能力を使いながらに、その逆鱗を手にする。

 冷たいにも関わらず、何故か感じる鼓動。

 身体から離れて尚、ヴィーヴルと繋がっているという事か。

 この世界の能力もまた、随分と特殊らしい。

 これが軍曹の言っていたアニマーという能力かどうかは判断出来ないが。

「これをここに厳重に封印し、ヴィーヴルを束縛させとったワケやな。

 様々な宝石は価値有りそうながら全部ぶっ壊してしまったし、これでヴィーヴルは間違いなくここにやって来る。

 一旦は街に誘導して逃げまわって遊ぶだけ。豚の王様がどんな声上げるか楽しみやで」

「……俺に、倒せるだろうか…」

「どうやろな。そもそも戦うって話になるかも分からん所なんよ。

 ただ、ヴィーヴルは解放されたと同時に、無限、無尽蔵の存在ではではなくなっとる筈。アイツが傷ついても大地に影響はしなくなってる筈。そうなる筈やとあの資料には書いてたしな。

 もし現在も尚大地に影響があるってんなら、ヴィーヴルから話があるやろ。

 まあ、押し寄せるモンスターの群れ、って記述に何より期待やって。

 ワイ等が逃げ込んだ城を勝手に囲んでくれるってんなら、人員不足も解消される。勝手に敵も味方も閉じ込めてくれる。

 ゲル国も可哀想にな。どこの誰と戦ってたかさえ、まるで分からんなってしまうやろから」

 そんなこんなで早速出口を目指す。

 俺が感じる限り、ここにはもう何もない。あってお宝の類だろう。

 そんなものは適当な商人か軍曹かに任せておけばいい。俺にとって価値が高いのは、それそのももの希少性ではなく、どれだけ便利な代物であるかだ。値段も関係しない。

 金があったところで命は護ってくれない。弾丸を防いでも火を防げるとは限らない。

 そんな不安定で邪魔で誘惑の強いお荷物を手に取るくらいなら、俺は水が満タンの水筒1つを手にするだろう。

 どうせ何時でも手に出来るのだ。必要な時に集められるのが金なのだ。

 それならもっと直情に生きても別にいいだろう。文句あるか。

「……」

「楽しいか、ミゥ将軍」

 会話がないままの徒歩は気がダレる。

 こんなに薄暗くジメジメしていて地面は歩きにくいわただ疲れるわで嫌になってくる。

 気がつけば俺は、ミゥ将軍に縋るかのように言葉を投げかけていた。

「さほどでも、ない」

「あっそ」

 はい、はい。出口。

 はい。

 さほど時間は掛かってないと思うのだが、目がすでに暗闇に慣れきっていたようで、日差しが突き刺さってくる。

 土煙は大抵消え失せてくれたようで、代わりに黒煙の方が空を縞模様に覆っている。

 どうせなら太陽も隠してくれていたならばよかったのに、と、太陽に呟いても仕方はあるまい。でも呟きたい衝動に駆られる。

 と、遠目に馬と爬虫類が見えた。ほぼ間違いなくあれはアメジストとピノだ。

 軍曹達は相も変わらず影も形もない様子だ。遅い。駆け足。

「やあやあお姫様。見苦しいやろ」

 アメジストの手を借りてどうにか大地に足を下ろすピノ。

 すぐに周りを見渡す。大体8秒程。

 それが終わると片手で片目を多い、地面に視線をおろしてしまった。

 やはり惨すぎたか。衝撃は大きい過ぎたようだ。

 ただしアメジストは周りを見続けている。時間経過する度にその口元が強く歪んでいるようにさえ見えてくる。

 …いや待てよアメジスト。

 俺も今回は特別で、別に毎度こんな惨殺したいワケじゃないし、今回がハッキリ言って初めてに等しいし、例外的な事が無い限りはやりたいとも思えないから、アメジスト、お前、間違えても模倣するよなよ?

「……ええ、とってもね」

 随分遅れて、ピノが感想を言ってくれた。

 素直で宜しい。俺も正直あまり見たくない所だ。

「今回はやり過ぎ、な方や。擬似的空爆なんて、今までやるなんて思てなかった。

 とはいえある程度の説明はしてたと思うが、この後の惨事の方がえげつないで?」

 ゲル国はどうにも1500万名もの民と、180万の兵士達で構成されているのだと、そこのミゥは前に言っていた。

 これからその約1700万が犠牲になる。

 それはここで行われた兵器による虐殺と、竜の俺が暴れた結果の40万とは桁が違う。

 ピノの国で俺が執り行った1000名の死刑執行ともまるで規模が違う。

 1700万。ほぼ1700万。それだけの数が一瞬で死ぬ事になるのだ。

 この世界で生きる二足歩行の知的生命体の何パーセントなのかは知らない。だが、無視出来ない程死ぬのは確かだ。

 恐らく俺が実行した中で考えても、最大記録。大幅な記録更新になる。

 凄惨どころではない。虐殺でなくとももはや虐殺と同じ。

 楽しみでならない。今から既に。

「……それでも行くわ。あたしはそれでも、貴方が大好きなんだもの」

 俺は生憎、心の折れる音を聞くのは大好きだ。

 俺は確実にどうしようもない悪なのだろう。

 子ども相手をいじめるのは好きではなくとも、ピノの心の折れる音は爽快に感じてしまうだろう。

 強い芯はいい音を立てるのだ。それは軽やかで、だが綺麗な音色なのだ。

 例えるならば、刀の折れる音。ピンと張った刀身がしなりの限界を超えて、氷のような。

「そっか。まあ好きにしたらエエ。

 っと、もうお出ましらしい。皆ちょーっと離れとき。

 すまん撤回。ミゥ以外大急ぎでこの場から離れろ」

 俺の声に最も早く反応したのはミゥ将軍。

 一気に空を仰いですぐに後退を開始。伊勢海老のような見事な後退だ。

 遅れてアメジストがピノを抱えて跳んだ。意外と軽快な動きだ。流石はエルフ族のホープ。

 二人が撤退したのを知ってから俺は、武器を上に構える。

 これはドラゴンを狩る為の道具だ。お前を狩る為の道具なのだ。お前の攻撃を切り裂く事さえ簡単に出来てしまうのだ。

 剣を振るう事で、大きな光の攻撃は無残に切り分けられた。

 ただでさえ大地は灼けつき無力だというのに、お前の攻撃で更に居た堪れない様と成り代わってしまった。土埃も再び激しく巻き上がってしまった。

 騒がしいのと静かとで言えば、俺は騒がしい方が好きだ。だが時と場合と言うものがあるだろうに。

 今は騒がしくて然るべきタイミングだぞ。もっともっと派手にやれ。

 花火は派手な音と派手な光であってこそ花火なのだ。腹に響くからこその花火なのだ。

『また会ったな、クロガネの男、ベルデ・G・ドラグーン』

 空で停滞しながら、ヴィーヴルはそう言った。

 全体的に灰色の身体。ゴツゴツした、岩のような鱗。頭から尻尾までの長さ、30ヤード以上。そんな巨体を浮かばせる、異常に発達した両翼。

 その眼光は、あの夜、モナモの森で見た時よりも鋭さを増している。

 だが夜に見た時のほうが、綺麗だったような気がして少々残念に思う。

「久しぶりって程でもないが久しぶり。空の旅はどうやった?」

 そう問いかけた途端に攻撃が更に俺へと降り注ぐ。

 遠慮がない。確かに相当強い。そしてこれさえ本気でないらしいのだから、本格的にこの生命体、圧倒的だ。

『我が逆鱗を返してもらおうか』

「せっかちは損かち則ちトンカチやで?

 ところでお前は、これを入手したらどうなるんや?」

 ずしりとその巨体が地面へ叩きつけられるかのように落ちてきた。

 正確にはただ足を下ろしただけなのだろうが、もうちょっと自分に優しく出来ないのか。

 お陰で土埃が俺の目を痛めつけている。凄い攻撃方法だ。流石に俺もこんな真似は発想になかった。

『それが無い事には、私はのんびり空を飛ぶ事さえ出来ぬ。

 それを手に入れ次第、私は私の意思で生きる事となるだろう』

「現状では、アースと完全にリングぶった切れてるらしいな。

 ただ、ワイが知りたいのは一歩進んだ所の話。お前のこれからの話や」

 生きたいならば生きればいい。死にたいならば殺してやる。

 ただそれだけの事なのだが、ヴィーヴルはこう答えてくれた

『それを手にした時、私は無限の生を得られる。殺されぬ限りはな。

 致命傷でさえ無ければ、私の傷は癒え、再び空を飛ぶ事も出来るであろう。

 大地の守護者としての価値も消え失せ、私は私ただ一人だ。

 今その逆鱗を渡してくれぬと言われても、ただ苛々を募らせるばかりとなる。ただそれだけの事だ。貴様等には理解到底及ばぬ認識だ』

 そうではない。違う。そんな事が知りたいのではない。

「なあ、お前は生きたいか?」

『私は充分な程に生きた』

 ならば。

「それは死にたいと言う事か?」

『死ぬにも理由が必要だ』

 ではそれは。

「理由があれば死にたいのか?」

『是非は問えぬ』

 結局…。

「お前の意思はどちらだ」

 生きたいのか、死にたいのか、それだけの事。ただそれだけの話だ。

 お前のその息遣いからは何も察しきれやしない。言葉にせねば俺には伝わらない。

 お前は人間ではない。表情も有りはしない。心さえもしかすると無いのかもしれない。

 それで、お前はどうしたい。生きてどうしたい。もしくはどうして死にたい。

 お前の意思は何処にある。それとも無いのか。

 答えは一体どうすれば形になるのだ、ヴィーヴル。

『私にも分からぬ。分からぬのだ。

 故にドラグーン、貴様が決めよ。私の意思を貴様が定めよ』

「それは選択ではない。放棄や。自由意思が微塵もない」

『意思を委ねる自由とは、自由ではないとそう説くか』

「………うーむ」

 確かにそれも自由な選択なのだが、思う物と違う。

 俺が決めてしまったのでは結局、俺の意思の押し付けとなるだけなのだ。竜は狩るべき、しかしその意識は俺だけの物。ヴィーヴルとは無関係。無関係故に一方的な虐殺と何も変わらない。

 俺が悩んでいると、ヴィーヴルがこう言った。

『私が生きるとしても、眠り続ける事ばかりとなるだろう。ただの岩と同じ。生きた岩となるだろう。それを貴様が哀れと思うか否か、それを逆に問わせて貰おう』

 話し合いの余地はある、か。

 しかしそれは先程の、俺の意思を押し付けるのと、全く同じ結果にしかならないだろう。

 お前が俺の意見を是が非関係なく、無条件で正解だと飲み込んでしまうようならば問題だ。ようは、竜は死ぬべきと俺自身が選択するか、竜は死ぬべきだと諭してその後ヴィーヴルがそれを良しとするか、という話。どちらにせよ俺の意思でしかないではないか。

 仕方ない。様子を見よう。

 俺の言葉にどのような反応を示すか、ただそれだけを今は見よう。

 それ次第で少々対応を変えよう。手段も変えよう。これをヴィーヴルが納得し正解だと言ってしまったならば、とりあえずそれを真っ向から後付で否定してしまおう。

 そうしたら迷うのではなかろうか。矛盾だと考えるのではなかろうか。

 そうである方がいい。答えは自分で見つけて選択した方が絶対にいい。

 俺はお前ではないのだ。お前の事は俺では分からないのだ。お前の認識は、俺には定められないのだ。

 したがって、お前が決めろ。

 俺が狩るべきと考える竜は俺の世界の竜であって、この世界の竜ではない。

「……、無限を生きるしかないとあらば、それも致し方ない選択。不自然とは言うまいよ。

 だがしかし、その高い知性が存在する限り、お前に安息は永遠に無いのではないか、とは思うには違いない。

 それでもな、お前は生きたいとも死にたいとも言わない。

 故にワイは答えを軽々しく吐き出していいのか、その価値を探している。

 ただし、お前に俺は永遠の娯楽提供は出来ない。そしてそれは誰にも出来ないとも思う。

 ならばここで果ててしまう方が、お前にとっては一番の安らぎなのではないかと、身勝手ながらそうも思う」

『……それは言い換えれば、生きたいならば殺さないし、死にたいならば殺してやる、という選択を私に押し付けている形という事か』

「最初からそう言うてるけどな」

『愚問だぞドラグーン。

 我々竜とは、世界をただ傍観するだけの存在。

 それに対して更に制約を設けたのがエルフの王である。

 我々に生きる意義、死ぬ意義など最初から存在してはいないのだ』

 バサバサと翼を羽ばたかせ、何を主張したいのか、とにかく一生懸命のようだ。

 精一杯、ヴィーヴルなりに考えているということだけはよく分かった。

「選ぶのはヴィーヴルだ。ワイではない」

『選びようがないのだ、ドラグーン。理解せよ』

 分かった。もう分かった。確かに選びようはあるまいよ。

 お前は俺とでは、決定的にその思考が違う。全くもって違う。

 俺は自らの闘争心を檻に閉じ込め、人間であろうとした事こそある。事実人間だった。

 それは、短い人間の一生の間、それを成し遂げられれば良いという、そう、苦痛に対する終わりが必ずやって来るのだという安息があるから、俺はそれを成し遂げようと努力出来た。そして成功までしてしまっていた。正しくは、ベリアルが余計な事をしなければ俺は、人間のまま終われた筈だった、となるか。何はともあれ俺はそうだったのだ。

 しかし残念なことに、闘争心が消え失せていたワケではない。所詮、押さえつけていただけ。

 こうして終わり無き世界へ解き放たれた途端、俺の中の獣は檻の中で暮らす事を諦め、自ら這い出て来てしまった。

 檻の中で俺はいつまでもいつまでも、檻にかじり付いていた。

 何時檻から出てもいいように。そしてやはりこの心は、本当は、戦う事を望み続けていたのだ。

 消え失せるワケがない。

 一度、その快楽を知ったのだ。ならばもう一度戻りたいと思うのは必然。依存するのは普通。

 時間制限、終わりがあるから無理に納得し押さえつける事ができていただけ。終わりがないとなれば勿論飛び出て快楽にすがりつく。決まっている。当たり前なのだ。

 しかし、ヴィーヴルは違う。俺のような状況とは大いに違う。

 彼は、檻に入ってなどいなかった。押さえつける必要性さえなかった。彼はそういう存在だったから、解放された今と、大地の守護者だったそれまでとは、何も変化していないのだ。

 確かに制限はされていただろう。空を謳歌する権利を奪われては居ただろう。どこかを気ままに移動する事も出来なかっただろうし、自害という最低最悪の権利さえ剥奪されていた事に変わりはない。

 だがそんな事はヴィーヴルにとって大した事ではない。いつも通りが少々狭くなった程度。

 おかげで今まで、解放された場合の事を考えた事すらない。それに焦がれた事などない。いつも通りをいつも通り過ごすだけなのだから、何かを考えるワケがない。

 知らぬのだから、考えるワケがないのだ。知らぬ事を考えるなど、出来るワケがないのだ。

 ならば知るまで、そして苦痛を感じるまで、その時まで彼は何も思うまい。俺が生きたいか死にたいかと尋ねても答えが出てくる事は絶対にない。

 これはこれで、哀れだ。惨めだ。なんと可哀想なヤツなのだ。

「…仕方ない。狩りはまた今度や。ほれ、受け取れ」

 俺は逆鱗を放る。返してやる。

 とりあえず彼はこれを返して欲しいと言っている。これは彼が望む事故に、しっかり意見として、答えとして俺に要求している。

 生きるか死ぬかを選べ、では答えられない彼が、逆鱗を返せ、と思い切り強い意思を持ってして俺に言い放っているのだ。答えが明確に存在しているのだ。返さないワケにもいくまい。

 俺はヴィーヴルの意思に従い、行動を起こすつもりだったのだ。これを返さないと言い張ってしまった場合、筋が通らないだろう。

『感謝する。しかし大地の守護者で無くなった私には、対価を支払う事は出来ない』

 パクリと食べてしまったようにしか見えなかったが、本当にそんな事でいいのだろうか。

 とはいえ、相手は竜。元ではあるが大地の守護者。常識という概念や生命的な理屈が通用するならば、生きたいか死にたいかの問いかけにもキッチリ答えられていたに違いない。

 いや、それはいい。問題は、このままだとモンスターの群れでゲル国を囲むという作戦が破綻する事だ。ヴィーヴルが俺達にもゲル国にも一切の敵対意思を見せていないし、逆鱗はしっかりと返してしまったし、大地の守護者でないならば対価を支払う義務も失せている筈。

 このまま空に飛び立ちサヨウナラ、なんて事もあり得る。

 物は試し、と行くしかあるまい。このままではゲル国を落とせても、生き残りを生む事になりかねない。それだけは絶対に阻止しなくてはならない。

 俺の考えは正しい。こればかりは正しい行為。

 17000万だぞ相手は。こんな数を制御しきれるワケもない。そして誰か扇動者にお誂え向きの奴が一人居れば100万くらいは絶対に反乱軍になるだろう。

 逐一付き合ってられない。批判され、被害を出し、資産を失い、時間だけが浪費されていくような出来事となるだけだ。ならば最初からその芽を断たねばなるまい。

 そして取りこぼしも許されない。この段階で全部を殺さなくてはならない。

 もしもあの城塞都市の1%が生き延びてしまった場合、さて未来においてどんな惨劇が巻き起こるだろうか。それこそ悲劇は繰り返される。いつまでもいつまでも。

 面倒なのだ。散らかった種が発芽するのは。根っこまで取り除くのは。それが遠くまで、日出範囲であったならば尚の事、手間が増えて敵わない。だからこの段階でやっておかねば、俺の庭は雑草林と成り果てるだろう。

 面倒だ。考えたくもない。だから手伝ってくれる事をただ祈ろう。

「ヴィーヴル、ダメ元で頼むんやけど、手伝って欲しい事があるんよ。

 その経過でお前が死んでも文句は言わさんが、まあ死ぬまでは無いと思うが、構わんか?」

『可能であれば手伝おう』

 同意するだろうか。いいや、怪しい。

 元は大地の守護者。そんな存在が戦争に加担するか、それはそれは怪しい。

 彼に対して俺は逆鱗を返してやっただけの事でしかないし、彼は別にモナモの樹海から出ようとしていたワケでもなく、ならばこれほどの事、手伝う義理こそないだろうから。

「そこに大きな国があるやろ。あの国を潰したいんやが、それに頭数を揃えるだけの事に協力してくれんか。ようは皆殺しに加担しろって話なんやけど」

 ヴィーヴルにモンスター達を呼ばせて、城壁外を囲む。やってもらいたい事はたったそれだけ。だから殺し回ってくれとは言わない。

 しかしながら、壁の内側で行われる一方的な殺戮を成し遂げる為にそこに立っていて欲しい、というような頼みだ。犯罪の片棒を担がせるなんて生易しい話ではない。

『良かろう』

「軽」

 もうちょっと、もうちょっと考えて?

 本当にいいの?良かったの?そんな簡単に決めていいの?

 お前の立場は間違いなく危うくなるよ?

 そんな軽々しく選択して後で後悔しない?

『貴殿は我が身を解き放ってくれたのだ。そして我が身体の一部も簡単に返してくれた。

 それは私にとって不都合が一切無くなったという事。通常の感謝であっても事足りぬ。

 今の逆鱗を使えば私を操作も出来た。それを貴殿は知っていて、行わなかった。

 私はそれに感銘を受けたのだ。ならばこそ手伝いを惜しむのは出来ぬ相談だ』

「強制は基本嫌いやからな」

 無論嘘だが、嘘でもない。

 誰かの自由意思を悪戯に奪ったりするのは好きではないし、痛い事を強要するのも好きではない。選択もまた自分で決めさせる。

 ただし、土に還るか否か、それを決めるのは俺だ。

 裁判に強制力が無いならば無駄だ。法律に強制力が無いとあらば、法など最初から不要だ。

 そういう具合なのだが、説明するのも面倒なのでそのように言っておく。

 何がどうであれ、手伝ってくれるのだから余計な時間を食うメリットこそ無いだろう。

『それで、私は何をすればいい。その発言から察するに、最初から具体的に私へ何かをさせたかったのであろう?』

 ご明察。流石に執拗に生死の形を問い過ぎたのもあって、そんな部分までも露骨になってしまったか。

「城壁前にエルフ族居るんやけど、それ等は殺さんといて。そこの2名とワイ等含めてな。

 で、モンスターとかそういう系集めて、城囲んでや。逃げ場を完全に無くす感じ。

 相手は矢とかバンバン撃ってくると思うから、距離はある程度空けて配置な」

『出てくる者は躊躇いなく殺して良いのだな。理解した。

 それで、私は他に何をすればいいのだ?これだけか?』

 中々献身的だ。それほどの恩義は無いだろうに。

「……、背中乗せてって。あの国の城まで送って、後はワイから合図あるまでどっかで待機してくれとったら有り難い」

『心得た、ドラグーン。

 私もまた、己が生きるべきか死ぬべきか、それを考え過ごしてみよう。

 答えが出た時はいち早く、ドラグーンに伝えよう』

「おう、その答えが出た時は、そこのミゥ将軍が相手になってくれるで」

 別に殺して欲しいと言いに来るとヴィーブルは言っていないが、そうなる可能性は高い。

 生きる事を選んでおいてただ眠りにつく、というのは難解だ。そうであるくらいならばいっそ死んだ方が身の為になる、と俺は考える。

 だがやはり、ヴィーヴルに俺の価値観は通用しないだろう、したがって、必ず死を望むとも言い切れない。生きていればいつか面白い事があるやもしれない。ヴィーヴルの精神構造は人間のソレとはまるで違うので、待つのは容易だろう。仮に何も無い世界であったとしても、苦痛を思う事はあるまい。

 変に俺が入れ知恵して心を乱す必要性は無い。

 という俺の思考はそっちのけで、俺の隣にやって来たミゥをジマジマ見つめるヴィーヴル。

 猛禽類のような、爬虫類のような目。何処までも威圧的な瞳。その瞳孔がギラギラ黒く輝いていて、もう本当に何を考えているかは見ただけでは判断し切れない。

『……どこかで嗅いだ事がある。貴様もまた私の恩恵を受けた者であったか。

 だがそれよりも先に、事を成す事が先決ではないのか、ドラグーン』

 いや俺にそんな意図はない。ミゥには色々語りたい事もあっただろうが。

「与太話はまた今度やって、ミゥ将軍様」

「……何れまた」

『さあ乗るがいい。空を飛ぶこと叶わぬ、大地を歩く者達よ』

「アメジストー、また例のタイミングで、城までピノを運んできてやー?」

 とりあえず俺達は、ヴィーヴルの背中に乗った。

 遠目に見えるアメジストとピノがそれぞれ乗り物にまたがって、というかピノはそれ何。本当全然大きさあってなくてルーン君の首にしがみついてるけど危なっかしく見える大丈夫本当に?

 という心配の声を掛ける前から、ヴィーヴルが翼を大きく降り始める。

 あまりの風圧に俺とミゥは必死に掴まって、吹き飛ばされないよう祈りながら空へと旅立つ事となった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ