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「ドラグーン…」

 鬱陶しい。鬱陶しくて堪らない。

 もっと時間稼ぎ出来なかったのか。本当お前は、お前というやつは。

 とか本当は大声で言いたくて仕方がなかったりするのだが、もう体力が限界だ。

 あえて言うが、デストロンスはそこまで便利な代物ではない。

 眠い時は眠いし、食事だって必要だ。何でもかんでも免除されるワケではない。

 ただ丈夫で凄い力を使えるだけだ。それ以外はただの人間だ。

 だから寝かせてくれ。もう俺を解放してくれ。これ以上はもう、もう無理だ。

 すっごく面倒くさいがとりあえず現状を説明すると、ガタガタ震えっぱなしのピノを城まで連れ帰って来て、早速俺は玉座の間に置きっぱなしにしていた椅子に腰掛けて一息ついたのと同時くらいに軍曹がやって来たかと思ったら他の娘達は協力的姿勢を見せたらしくそのまま軍曹が今から編成しますとか報告だけしてコーヒーも用意せず立ち去って行ったがコーヒーはともかくピノの方はそのまま放置していきやがってしかもピノは俺の膝の上に座って寝てしまって俺全く動けなくなってしまったのだが俺ももう超眠かったのでそのまま寝ようかないいよね妥協しようアメジストの目線なんてもう怖くない大丈夫安心していいよ俺とか思った途端にメイド達帰ってきてまた棒立ち始めるから仕方なく何の用だと訊いてみれば手伝える事が無いかと珍しく積極的な発言が返って来たのでじゃあピノを何処かのベッドに寝かせといてくれあとしっかりシーツ敷けよ枕用意しろよ空き部屋の比較的綺麗な部屋な掃除してる部屋なと頼んで最後にもう棒立ちやめて図書室で自由に遊んでろお前らの自由時間は本を読む時間だ故にお前達に自由など存在しないのだ分かったかピノ運び終わって寝かせ終わったら絶対に図書室行けよと命令までしてさあ平穏が訪れたやったぞとか思ってたら何か唐突にもの凄く腹が空いてきたので時刻確認したらおい昼じゃねーかコック呼んでこいと大声で叫んだが誰も反応しないメイド達図書室に居るんだろうけど距離微妙にあるから声届いてなかったみたいで気がついている様子はこれっぽっちもなかったし彼女らの料理は壊滅的だったなと思いだして仕方ないなもう適当に摘める物を探してしまおうと移動して食料庫漁ってたら手頃なサイズの謎の果物を見つけたのでそれを食べてみたらそれが超不味くてとりあえず好みじゃなかっただけだが不味くてもうとんでもないくらい不味くて余計ゲンナリとしてから椅子にまた腰掛け直したのだが丁度そのくらいにノヴァが俺に体当たりしてきて元気だせよみたいに肩を馴れ馴れしく叩いてきてちょっとデコピンしてやろうかと思ったらジューダスも帰ってきてミゥが椅子4つ抱えててちょっと待てやお前2つくらいでいいでって言ったやん念押しもしたやんって言ったら残り物が自分用とノヴァ用とか言ってきてじゃあミゥはどれやねんって言ったら更にその余り物がミゥ専用とかいうなんという不遇だよお父さん頑張れよ出来る出来るお前ならば出来る出来る躾け大事本当大事だからって思いつつその中から俺好みの椅子を選び出してようやく腰掛けてもういいや寝てしまおうジューダス居るけどどうでもいい限界無理助けてあれジューダスどっか行ったかというかノヴァまで居ないぞやった安息の時間を得たぞ奇跡だ神様ありがとうとりあえず寝る絶対に寝る今すぐ寝るから邪魔だけはせんといてねと小さく言った瞬間に、

 ミゥ将軍が話しかけてきているという具合だ。

 おい、殺されたいのか。返事してみろ。俺声出てないけど返事しろ。

「お前から…、リザー…ドマンの臭いが、する…」

「あー……、ちょっとなー…………」

 今、感想なんて思ってられない。余裕ない。だから、バッチリ睡眠取ってからなら考察してやろう。話し相手だってその後なら本当幾らでもしてやるし特訓にだって付き合ってやる。

 だから、頼むから、頼むから今は俺を寝かせて下さい。邪魔をしてはいけません。お願い。本当お願い。頼む。一生のお願い。この通り。この通りだから。ほら、この無気力な俺をよーく見てくれ。もう死人も同然だ。だから頼む。俺が泥に還ってしまうその前に、一度切りのお願いだから。

「…俺の部屋、使うか…?」

「…運んでー……頼む……真剣に頼む……」

 情けない話だが、今の俺は何をするにも介護が必要なくらい衰えている。枯れ果てている。

 年を取ってしまったかのようなこの謎の疲労感。正直、とんでもないレベルだ。体中に力が入らない。しかも体中痛い。思考も散漫。もうダメだ。死の川が見える。楽園が見える。

 思えば相当に限界だったにも関わらず、俺はあれだけの殺戮ショーをやってのけたのだ。死にそうになって当然だ。これはもう仕方のない事なのだ。

 ああ、本当に抱えて行ってくれるんだ?

 ありがとう。声には出さないけどありがとう、ミゥ将軍。

 わあ、ミゥの毛、かったい。

 超痒い。

 ムズムズする。

 獣臭い。

 もうちょっと優しく運んで。

 揺れて気持ち悪い。

 吐きそう。

 頭痛が痛い。

 そのまま俺はミゥのベッドで眠る事になった。どうやら鍵もしっかり閉めてくれるらしい。

 多分だが、アメジストが無防備の俺を襲ったりしないようにと、この部屋を譲ったのだろう。ミゥに取っても不都合だからだ。

 そのミゥ将軍の方は、椅子で仮眠でもとるのだと思われる。もしくは別の部屋で寝るか。

 てか布団、超柔らかい。なにこれ、柔らかい。愛を感じる。

 なんてブルジョー。低反発が枕にしていて、石で口を譲りあい、非常に眠い……………。



***



 目を覚ました。目覚めは比較的良好。

 多分かなりの時間を眠った筈だ。12時間か24時間かは知らないが、きっとそれくらいの時間は眠った筈だ。身体がビシビシいっているので、多分それくらいだ。

 それにしても薄暗い部屋だ。窓もなければ換気口も無い。それでも埃っぽくないだけマシだろうか。意外とミゥ将軍、綺麗好きらしい。

 パッとランタンに火を灯す。能力を使えばお手軽だ。一瞬でオレンジ色の世界に早変わり。

 いっそランタンに小さな穴を開けた紙を貼り付けて、この飾り気のない部屋を、プラネタリウムモドキにしてしまってはどうだろう。ミゥ将軍もきっと喜ぶだろう。泣いて喜ぶだろう。

 奴に天体観測の趣味があるのかどうかは知らない。でも狼なので月を眺めるのは好きそうだ。

 そんな偏見まみれの思考を並べ立てては崩しつつ、俺は首をペキパキ鳴らしてから、自前の懐中時計を確認する。

 あら意外。まだ夜10時。睡眠時間12時間どころか、たったの9時間くらいという健康的な具合。素敵。

 身体の年齢は36歳、でもサバを逆に読んでいるだけなので、本当は35歳。

 でももう誕生日間近だったので殆ど36歳の肉体だ。

 ともかく、若い頃のように短い時間で満足出来る程簡単便利で元気な身体ではなかったと思うのだが、なぜこんなに目覚めが良いのか。

 いや、もしかすると時計が壊れているか?

 いやいや、もしかして21時間、ヘタすると更に上の33時間寝ていたりしないだろうか。

 とか思いながら身体をある程度解して、鍵を開けて外に出る。ランタンも消す。

 見た限りだと夜だ。なので21時間後ではなさそうだ。

 そのまま玉座の間を目指す。

 そう言えばやるべき事が山ほどあるのだった。これから大忙し。考えるだけで吐き気がする。

 予定より睡眠時間が短かったのは本当に幸運。満足しているあたりもまさに僥倖。

 33時間睡眠じゃなかったらの話だが、きっと33時間もは寝ていないと思う。思いたい。信じたい。

 何はともあれ玉座の間にはミゥ将軍がただ一人座っているだけだった。キャンドルがかなりの数が設置されていて、いい感じのエネルギーの無駄。シャンデリアまで輝いているから尚の事環境破壊に貢献しているだろう。

 とはいえ、アメジストから俺を護ってくれた命の恩人だ。介護までしてくれたし、本当いい奴だ。それにシャンデリアこそ綺麗な物だし、ここお城だし、俺王様なのだし、これくらいの贅沢は許して貰おう。

 ……少々気が緩みすぎていたようだ。ミゥ将軍の隣にノヴァとピノが居た。

 小さくて全然気が付かなかった。背景に溶け込んでいた。そしてノヴァはいつまで麦わら帽子をかぶり続ける気なのか。それの所為で置物かと勘違いしてしまったような物だぞ。いやこれはいつもの嫌味ではなく真剣な話で。

 …というか、ピノがミゥの隣に当たり前のように居るという点が不可思議だった。

 事情あってのミゥ将軍とはいえ、ダークエルフを壊滅に追いやった種族である人狼族だ。そんな存在相手にすぐ打ち解けられるとは到底思えないのだが、かなり距離が狭いような。仲良く皆で家族かのような近さで椅子に座っているような。

 まあ何事もないのならばそれに越したことはない。ピノが本当に立ち直れているのかも不安ではあるので、ここでしっかり見極めておこう。

 そう、何がどうあれ、ピノはノーマルエルフにも恨み辛みがあるのだ。その恨み辛みの結果、食料食材達に毒でも盛られた日には、エルフ国は大惨事。下手なテロより厄介な事態になる。俺には毒が効かないとはいえ、多分キレるだろう。ブチギレだ。

 そんな気が無い事を確認しておかねば、仕事を任せる事も出来ない。この子はやると決めたらどんな状況になってもやるのだ。しっかり、見極めておかねば。

 あとはピノを散々コケにして弄んだ糞屑エルフ族をぶっ殺しておくのも忘れないようにしよう。ソイツに生きる価値など無い。ロリコンって時点でギリギリなのに、手を出したとあってはもはや弁解も許さない。突然変異によって生まれた害はさっさと土に還って一人で気持よくなってろ。

 というか、ノヴァがどうしてここに居るのかが一番疑問だったりする。

 お前は俺の事嫌いだろ。何故待っていた。理由は一体何だ。何が目的だ。そしてあの時の肩をポンポン叩いた行動の真意は何だ。気になって眠れやしない。

 まあ別に気にしたことではないので、俺は椅子を少々、気持ちだけずらしてから座った。

 椅子をずらす必要性はない。机を囲んでいるワケではない。完全に無意味な行動だ。

 だがこれはもう俺の癖だ。椅子に座る時に何となくズラしたくなるのだ。これをスッポかして座った時の違和感ったらない。なのでこの動作は、必要でもあるのだ。

 ……、ノヴァはともかく、ミゥとピノの目的は大体一緒としたところか。

 ダークエルフについて、そして、君主様について。

 そういえば軍曹は何処だろうか。流石に疲れて寝たか。

 全く、仕方ない奴だ。睡眠くらいは赦してやろう。寝ないと本当に辛い物。俺も9時間前までそれに苦しみもがいていたのだ。だから睡眠くらいは赦そうとも。

 でも起きたら即座にこき使ってやるから覚悟しておけ。

 あ、凄く腹減った。

「ねえ、新しい王様、よく眠れた?」

「まーまーって所や。あとガドロサって呼んでや。

 新しい王様には違いないが、こう高貴な位ってのは、あんま好きじゃないんよ」

「眠れたんだ。良かった。すっごく疲れてたってミゥさん言ってたから」

 親しげだ。となると、会話は普通出来ているし、特にピノは何も思う所無しという事か。

 まあ、エルフの国に当たり前のように居る人狼族だ。本来の敵対者がこんな所にたったひとりで居るのだ。ピノ程のしっかり者ならば、ミゥが一族全部を裏切ったという事くらい理解出来ても何も不思議な事はない。

 それに表情こそ硬いし無口気味だが、良い奴である事くらいは見れば分かる事。ある意味で見た目がアテにならない証拠のような奴でもある。

「そういえばね、新しい王様」

「なんや?」

「軍曹のオジサンが怪我、診てくれたの」

 アイツもロリコンだったか早速殺しに行こう永眠させてやろうお疲れ様そしておやすみ。

「あの人はあたしの事、よく分かってたから、多分それで」

「そうか、そいつは何よりや」

 よく分かってた、とは、軍曹はピノが何をされたかを分かっていた、という意味だろう。

 勿論、軍曹ならば余計な事はしてないと俺も言い切れる。

 アイツは必要ないと思う事ならば本当にどんな場合でも状況でも、必ず行わないヤツだ。

 自らの息子が何をしようが放っておいたのは軍曹だし、孫が酷い仕打ちを受けそうであってもまるで助けようとしなかった軍曹だ。ピノ達だって放置し続けていたのが軍曹なのだ。国のこの惨状を見ておいて、見ぬふりして見捨てようとしていたのが、軍曹に違いないのだ。

 そんな軍曹がどうしてピノを手当てしようなどと考えたのかと言えば、それは俺が現れたから必要性を感じただけのこと。そう思わされなかったならばピノを手当て、治療などしやしなかっただろう。故に下手な真似も余計な真似も絶対に行っていないだろう。

 いい具合に俺へ媚びを売るじゃないか軍曹。元エルフ王。元君主様。

 とはいえ、結果は上等なのだ。何かの罰を与える事はしないでおいてやろう。

 ……間が出来た。ピノから言う事はもう終わりか。俺が語るのを誰しもが待っている。

 結局、俺が話題の中心になるしかないようだ。ミゥが話し出すなど、よほどでないとあり得まい。ピノから話すのはお門違いだし、ノヴァは本当の意味で喋れないし、アメジストも軍曹もここには居ないしアーノルドも何処に居るのかまるで分からないので期待しても仕方ない。

 それに、俺には俺で確認したい事があるのだから、何も遠慮は要らないだろう。

「種族はリザードマン、って言ってたな。恐らくかなり戦闘特化した種族。

 ただし、お前達人狼族に比べて知性の方は高そうやった。見た目とは裏腹にな。

 そう、見た目と裏腹にも、本能的な部分が弱い種族って印象を受けた。

 奴は確か、コーダリスク・マクレーンって名乗ってた。君主様の側近やとも言ってたで。

 お前はソイツの名前とか色々、知ってるか?」

 ミゥは静かに唸った。言葉を整理しているのか、思い出そうとしているのか、定かではない。

 一方のノヴァはノヴァ専用の椅子の上で満足そうに足をぶらぶらさせて無関心だし、ピノはジューダスの椅子に座って真面目な顔をして、ただ黙っている。

 俺の余り物の椅子に座っているミゥは、若干腰位置が低くて苦しそうにも見える。それとも今考え事している所為で眉間にシワが寄っているだけだろうか。まあ定かではない。

 俺は背もたれを背中で強く押し、角度を無理矢理に作る。いい感じに伸縮性のある背もたれで助かる。更に足を組んで、指を組んで腹に置いておく。

 実に座り心地がいい椅子だ。アメジストも中々分かっている。いい選択だ。100点中90点、という所だろう。上等過ぎる。

 ……いや、ノヴァが選んだ可能性もあるか。

 見るとしたり顔をしているから、可能性があるというよりは、間違いなくそうなのだろう。

 流石は俺の理解者。感覚の鋭さは俺以上。何もかもが手に取るように分かるくらいに全てが分かってしまう、謎の生物。千里眼とも慧眼とも違うその感覚は、あまりに鋭敏すぎて歩くのもままならなさそうだ。感受性も感度も高ければ宜しいという物ではない。

 まあとにかく、椅子を選んでくれたのはノヴァだ。その頭を優しく撫でてやりたい所だったが、帽子が邪魔で撫でる事は出来ない。

 とか思っていると不満気に顔を膨らませてコチラを睨んでくるノヴァ。

 撫でて貰いたいなら麦わら帽子を外すことだ。2つを同時に得ようとするなんて、我儘にも程があるぞ。それとも麦わら帽子に穴でも開けろと言うつもりか。

「強かった…か?」

 ミゥ将軍、分かりきった事を言ってくれる。

 明らかにお前より弱かった。お前であっても余裕なくらいの実力しかなかったぞ。

 しかしながらあの鎧は確かに厄介だった。

 恐らく俺はあの鎧の効果を見て、勝手にマクレーンの実力を過大評価していたような物。

 逆にあの鎧、それだけの能力が備え付けられていたのだ。防御力が高くなったり、攻撃力や攻撃速度が多少上がったりする程度ではあったとはいえ、相当だ。

 だが宝の持ち腐れもいい所。身体がついて来ていなかったし、目が全然だ。何も見えていないから空振りばかり。受け流されても対応し切れず、ようは無駄ばかり。

 ホームランを打てるだけの筋力があるからといって、ボールを目で追えないとあらば意味が無い。得点に繋げるどころか、寧ろチームの邪魔だ。

 使いこなせもしないとあらば、見苦しいだけ。それこそ無様という言葉がよく似合う。

「ハッキリ言う。雑魚やった。下らんかったな。

 鎧に付けられた特殊効果みたいなモンが少々凄かっただけ。実力はアメジストと大差なさそうな感じや。いいや、アイツ自身は、アメジストより弱いかもな」

 ミゥは腕を組んで少々間を作る。

「…マクレーン、君主…が従える、リザードマンの中でも…、下級…」

 何かそのフレーズ、どこかで聞いた事がある気がする。トマトかと尋ねられた主人公がポテトだった話で。

「他のリザードマンはこうは行かんと言いたげやな?」

 確かにあんなのが上級では困る。面白みがなさ過ぎるという物。3名まとめて1コマで終わりという展開など、こちらから願い下げ。

 そうだろう。何せ、せっかく、こんな敗戦間近だった弱小国の王様になったのだ。せっかく面白そうな敵がこの世界に腰を降ろして俺を待っていてくれていたのだ。それがこんな楽しげのない戦いしか出来ないというならば、御免被る。

 そんな娯楽は娯楽でも何でもない。具合の悪い提供など苦痛にしかならない。笑いどころの分からないジョーク程に寒い物などありはしない。

 せめて雰囲気だけでも楽しませて欲しい所。俺はそれ程度を所望する。それ以下は要らない。

「ミゥさんって誰を相手でものんびりと話すのね。タイクツしちゃう」

 ピノの爆弾発言。配慮全く無しだ。

 だが、俺もミゥと会話した時は似たような事を言った気がする。

 いいや、もっとキツイ言葉を投げかけた記憶がある。

 ボソボソボソボソ何やねんお前は潰れて乾燥したポテトか!みたいな感じだったような。

 ちなみにトマト宣言さえしなかったもがミゥだ。

 ……あれ、俺、最悪その場で殺そうかとも考えていたような気が。

「……」

「黙らず言い返せや」

 そう俺が言うと、まずノヴァが声も出さずに笑った。

 本当、完全に声が出ていない。息が吐出されている音が、超静かに聞こえる。

 それが可笑しかったのか、ピノがふふっと笑う。ミゥは表情の方も無口のままだ喋れ。

「俺は、人狼族…3番…。他、強い……格…違うぞ」

 喋れるんやないか。

「ワイが劣るとでも?おいおいおい、マクレーンとの戦い見せてやりたかったわー。

 なあピノ、ワイの余裕勝ちやったもんなー?」

 あえてこの話題をピノに渡す事で、その表情を読み取ろうと目論む俺。

 あれほどの出来事だったのだ。それがたかだか9時間だか10時間だかの睡眠で何かが緩和されるとも思えない。

 ようは、どれくらいに現実を受け入れているかの程度を知ろうという魂胆。

 少々酷ではあるが、これが一番に分かりやすいと思った。

 だが、ミゥ将軍と普通に話し、俺相手に何か思う所もなく笑っている所を見ると、大丈夫としたものではある。

「えー…、速くてゼンゼン分からなかったわよ?」

「……そうやろな」

 芯が強い、というか、強すぎるのではないだろうか。

 全く気にしていないなんて事はないのだろうが、あまり深刻に考えている様子ではない。

 きっと少しの間一人で静かに考えなおしたりして、それで落ち着いたのだろう。

 出来事こそは衝撃的。怒涛の展開でしかなかった。故にその場では落ち着けもしないし混乱しても変ではないくらいだった。

 だがあの場でもある程度の把握、ある程度の考えは持ちえていたらしい発言をしていた。俺の事を怖いと言い、それでいてありがとうと言っていた。

 現実逃避をしようとは、一切していなかった。そういう心の動きは無かった。

 復帰が早くて当然だろう。あの場でそれだけ冷静に現実を受け入れられていたのならば。

 ただ、強気なところは相変わらずらしい。

 この娘は特に饒舌。毒舌でもある。現実的思考と思わせておいて、意外と子どもらしい一面もあるし、まあ何というか、生意気な娘と言う事になる。

 だが、3,4歳年上である筈のアーノルドに見習わせてやりたい。ついでにアメジストにも見習わせてやりたい。

 これくらいにハッキリと自我を持ち、常識を備え、自制も出来て考える事も出来るピノを、それこそ全力で見習って貰いたい。是非見習え。見習いピノになれ。

「そもそも、新しい王様の貴方、ガドローサ、だっけ?貴方、色々問題有り過ぎるわね。

 あたしのイイナズケにするにはかなり、何て言うべきかしら、激し過ぎ、だと思うのね。女の子を泣かせるだなんて紳士シッカクだとあたしは思うのよ。涙さえ拭ってくれないし、抱きしめてもくれない。愛がゼンゼン足りないわ。

 そりゃ、あたしだって、その、逞しい男性は好きよ?でももっと優しさとかを学んで欲しいと思うの。イッポウテキだなんて、ただの暴力と同じだとあたしは思うの」

 お前今相当にとんでもない事を口走っているが大丈夫か。

 いや俺の世間体が主に大丈夫か。

 あと名前違う。某急ぐ魔法使い小説でもそんな魔法は出てこない。

 ガドローサって何。本当何それ。俺を操作出来る系の魔法?なにそれ怖い。

「誰がお前の許嫁になるか。誰が親や。塩に漬けて食べてまうぞ。あとワイの名前は…」

「ドラグーン…お前……」

 違う全然違う違うぞ違う俺は何もしてないし本当何もしてないから違うししてないぞ。

「お、お前だ誰がこんな小娘襲うか!冗談でもそんな恐ろしい話をするなボケッ!」

「……うわッ!そんな意味じゃないよ!そうじゃなくって!」

「誤解生むような事言っておいて何を今更…」

 お顔が真っ赤のピノ。褐色肌でも潮紅したことがハッキリ分かる。

 ピノは他のダークエルフに比べても肌の色素は薄い方。だからこそ真っ赤になれば、肌に現れる変化も他より大きいという事か。

 しかし本当余計なことを言ってくれた物だ。あたかも俺が無理やり襲いましたみたいな。

 ああもうシッチャカメッチャカだ。何の話だったかもどこかに吹っ飛んでしまった。

 本当に何の話だったか。一度話題が飛ぶと、結構思い出すのに苦労してしまうこの現象、そうこの現象の名前も教えてくれ。今後有効活用すると思うから。

「……」

「お前は何か言えや」

 出来れば誤解は解けましたすみませんでしたとも言え。

 ふざけやがって。俺は生命の営みが全般的に嫌いなのだ。

 …おいノヴァやめろ、穢れない瞳を俺に向けて意味を尋ねようとするんじゃない。

 お前はそんな事を知らなくていいし、何なら一生穢れないままに居てくれ、そうであってくれ、だからとりあえず俺を見るのを止めろデコピンするぞ。

「……竜は任せろ…、だが、他は…任せる」

 話題が違っている気がするが、とりあえず路線がハッキリしてくれたようである。

 予測不能や面倒は御免だ。とてつもなく厄介。厄介はただただ面倒なのだ。

 何はともあれ、話題は作戦ヴィーヴル。これに関しての話題。

 そうそう、俺もこれに関して聞きたいことがあったりする。まあ元々リザードマン関係で質問したかった事だったし、主に君主様関係で質問がしたかったのだが。

「その辺は余裕余裕。余裕の綽々やで。

 誘導もする。罠も仕掛ける。およそ大体上手く行くと思う。シュンもまず出し抜ける。

 それとも何か不安要素でもあるんかいな」

「俺は…ドラグーン…力…知らない……」

 ……、そういえばそうか。

 ミゥは俺の全力がどれほどの物なのかを知らない、という話をしているのだろう。

 俺がどれくらいの規模の強さなのか、それを今までの過程で把握するのは難しいだろう。

 そもそも全力で戦う事そのものが稀だ。

 確かに疑わしいだろう。俺が君主様に勝てるかどうかは。

 ゲル国参謀のシュンにさえ、君主様を舐めてるよねアンタ、みたいな事を言われたし、実際君主様がどれほどの実力かも分かったものではない。

 挙句、デストロンスを扱えているとかいう可能性さえ、約10時間前に入手したばかり。完全に底の知れる存在ではない。

 更に俺はこの世界をロクに知らないのだ。

 どのような存在が居て、どのような種族が居て、その世界の規模も、固有名詞も、勢力図も、本当に色々を知らないままここに座っている。

 判断など出来ない。判断するには材料が不足し過ぎている。

 だからこそ君主様とやらの力量も、俺ではまるで憶測し切れないでいるのだ。

 俺はこの世界においても最強、で通用する世界なのだろうか。それさえ分からない状態だ。

 だがしかし、俺に勝てるような存在など極稀。そうそうお目にかかれる物ではない。

 覚醒者とはそれほどに強い。能力定義の時点で常軌を逸している。

 そして俺にはこの眼力、インサイトがある。

 挙句それを超える、直感力が俺にはある。

 この眼は瞬く間よりも早く全てを把握するし、能力が光なので、正面見ながら真後ろを見ることが出来るというカメレオン異常の視野範囲、というか死角は無いのと同じで、俺の脳みそもまた中々良い出来であるとあえて自慢しておこう。更にこの身体能力。覚醒者ならではの人間離れしたパワーと速さと色々。全てがこの眼によって活かしきれている。この眼があるからこその俺の強さなのだ。

 だがそれを遥かに凌駕する直感力。もはや直感どころか超能力にさえ匹敵するかもしれない。

 別に明確に未来が視えるワケではない。理屈さえもよく分かっていない。

 ただ、分かるのだ。仮に分からなくても、危険だと身体が感じるのだ。

 俺にとっての脅威が完全に気配を断っていて、そのまま俺の背後に忍び寄って一撃を加えようとしても、何かが来る、と身体が危険信号を発する。そして無意識であろうが意識的であろうが、交わしてしまえる。場合によっては何秒も前から察知して、理由も分からず備えたりしている事さえある。

 元は小さな音に反応して脊髄反射するような程度。そのくらいの始まりだった。

 だが死にかけるような出来事、生きるか死ぬかという究極の二択を0.001秒以内に決めなくてはならないような境地で何度も正解を選び続けてきた結果、それを何万回と行った結果、こんなにも尖った能力に成り果てたのだ。

 意図せぬままに得た力。それが俺の直感力。常識を逸脱した直感力。

 なので俺が追い込まれるような状態は滅多に起こらない。勿論今までにそれが起こった事もあったが、それこそ極稀なのだ。

 あとは空間を捻じ曲げるこの力もあるし、実は時を止めることさえ俺には出来る。

 ただ、時止め、と言うと凄い能力に聞こえるかもしれないが、さほど便利でもない。

 時を止めている間、俺は能力を使えない。使えるが、感情消費量がバカにならないので使えたものではない。場合によっては昏倒、もしくは時止めが解除されてしまうからだ。

 なので、その世界では俺はただの人間になってしまう。走って逃げるなら間違いなく時止めしない方が効率良かったりする。

 加えて時止め中は相手にダメージを与えられない。同じ境域にやってきてくれたら別だが、その世界で俺は本当に何も出来やしないのだ。

 とはいえ、背後を取って時止め終了させてブスリ、ってのは出来るし、何処かの漫画の吸血鬼がやっていたナイフ投げとかも一応出来るので、卑怯である事は否定しない。

 ただ超疲れる。バカにならない程疲れる。

 空間叩き割るのがレーザーレイン5万本分に匹敵するとしたら、時止めは10万分くらい疲れる。やってられない。必要量があんまりなのだ。

 なにはともあれ、これだけの事を出来る俺相手に勝てる奴がこの世界に居るのかは甚だ疑問。

 この世界の規模こそ図りきれはしないが、さてどうだろうか、と思えてしまう。

 だが実際に居るには居るのだ。こんなに無茶苦茶な筈の俺に勝てるであろう存在達は、異世界の何処かには必ず、当たり前のように。

 君主様がその規模の存在だったら俺はお手上げだ。どうしようってなる。

 とはいえ、隠し球こそある。打開策として考えている物はある。今まで使った事はないが、あるにはあるのだ。

 なので今回、もしかするとその切り札を使うかもしれない。ただし、君主様がそれほどの存在だったらの場合に限る。

 ああ、長考してしまった。失礼。

「…実際、ミゥ将軍にワイの全力全開は見せた事はないからな。

 だがお前は知ってる筈や。人狼族の大量殺戮、レーザーレインを。

 あの威力、正確性を備えて居ての4万の雨。あれが集中すればどれだけの威力を誇るか、考えたら恐ろしいと思える筈やで。

 それにモナモの樹海でご披露した通り、身体能力はお前より遥かに上、竜の一撃を相殺するだけの力を備えているのがワイでもある。

 それであっても不安を語るってのは、どういう了見や。疑り深いだけか、それとも別の不安要素が存在するんか」

 このくらいでいいだろう。このくらいの情報量でいいだろう。

 あまり出来る事を口走ると、何処で情報漏えい事故が発生するか知れたものではない。

 対策を練られると、辛い。状況は一変する。優位であるべき所でどうしようもなく不利に追い込まれかねない。だから情報はあまり語らない方がいい。誰が相手であってもだ。これ基本な。戦略上基本な。

 とはいえ、現状でも無茶苦茶さ加減が露見している段階だ。レーザーレイン、は通称でしかないが、アレだけのことが出来る存在である、という認識以下にはなるまい。

 そんな俺であっても不安を思うくらいに、何か厄介な話でもあるのだろうか。

「……シュン、厄介だ…」

 …そう来たか。

「底が知れん男ではあったな。実際アレは厄介、いいや、脅威。

 現物のワイを見てしもうてるし、かなり巧妙に策を練ってるのは間違いない。

 だが次の機会には殺す。絶対に殺す。間違いなくトドメを刺す。

 アレは相当に優秀な人材や。だが味方にしれはならんような奴でもある。

 加えて言っておくが、シュンは逃げる気満々や。きっとゲル国を放置する。間違いなく見限る準備は整ってるやろ。最悪もう居らんかったりしてな」

「分かっ…いる…ら、いい…」

 エルフ国と完全に敵対している、ゲルマニクス大帝国に在籍中の参謀、メガネがどう考えても色眼鏡だったと思われる、通称がシュン。ラ・チェンシュンだったか何だったか。記憶が正しいならチェンシュンだったような。

 ソイツの見た目はなんと20代。しかし実年齢60歳という意味不明具合。

 妖魔でもなければただの人間族が、その見た目を維持している理由や理屈は完全に不明。

 それだけでもかなり不気味だというのに、明らかに相当な格闘技術を持っているし、限りなく頭の切れる存在に違いない。

 そうそう、眠い眠いと俺が言い始める前くらい、作戦名ヴィーヴルを説明してその後くらいに、ミゥからシュンについて色々聞いたりもした。

 君主様の側近であり、右腕と言われている、らしい。

 君主様に仕えていた筈のミゥさえもが「らしい」なんて言うくらいだ。もはや底知れないどころではない。気持ち悪い。

 だがそれは嫌味ばかりでもなく、本当の意味で不気味。気持ちは悪い。

 不明がどれだけ心をかき乱すかは、かなーり前に説明した気はする。

 簡単に言えば、不明とは、照らし出さない事には恐怖。見えない脅威はそれほどに恐ろしい、という話だ。

 実際、何を考えているのかまるで理解出来ないあの男は、本当にやりにくい。

 俺の登場にさほど驚くでもなくあくまで冷静に対処。しかしその対処もまた無遠慮。蜥蜴の尻尾切りまでがやたらに早かったし、情報漏洩も未然に防いていた。挙句の果てはゲルマニクス大帝国さえ切り離し犠牲にしてしまいかねないような、そんな気配。

 只者ではないし、野放しにするのは本当にヤバイ。本当はあの場で斬り伏せておくべきだったのだろう。

 だがそれをやらせてはくれなかった。それも俺自身がである。

 俺の中にある躊躇いや慈悲ではなく、遊び心、勿体無い、という理由からである。

 今思えば早計にも程があったか。

 それでも本当に楽しそうな奴だったのだ。仕方ないじゃないか。

 まあ因果応報。受け入れるしかあるまい。ピノのように現実をしっかり受け止めよう。

「んー、まあ直感やと、奴は君主ではない。だが限りなく側近には違いない。

 ミゥ将軍であっても、奴の地位は実質不明って話やったが、限りなく君主様に近い所に居る奴には違いないとワイも思てるよ。

 ああそうそう、聞きたい事聞きたい事。

 ゲルマニクス大帝国の戦力、兵士の数と民の数、人狼族がどれくらい加担しているか、とか色々教えてくれや。先日は眠くてあんまりロクな事聞けてなかったりするねんな」

「……、ゲルマニクス、戦力、180万…、人狼族、60万…、内、…ドラグーン…、20万……殺戮した……」

「もしかして怒ってんのか?」

「…人口……1500万……と、言われている…」

「ごっつデカイ国やなー。そんなに居るんかいな。城の規模がここと変わらんかった癖に。

 まあ流石、大帝国の名前を借るだけの事はあるって事やな。

 兵士足りるんか…?なんか不安になってきたで、ワイ今凄く不安になってきたで?」

「前にも、言ったが…、…、人狼族は雇われた…。地図……」

「へいへい、どこや、そこや、これや」

「……西、クイヴィ…ネン。東…、25マイル…、ゲルマニクス……。

 人狼…族…、ゲルマニクス…南…2マイル……先、集落を作り…居る…」

 正確には23マイル。メートル単位でだいたい37キロ。

「そう、まずここは潰す。ここは潰すでー?

 でもバレバレや。近すぎや。ワイ一人で殲滅可能でも、ゲル国は間違いなく反応するワケや。

 まあ任せとけって。作戦が決行されたら、ゲル国は不安やが何とかなるやろ。

 ただちーっと予想より数多かったなあ……、兵力もそうやし、住んどる人間族が多すぎ……」

「新しい王様、ゲルマニの帝国は品揃えがいいのよ。

 とても大きな街だし、資材もいっぱいある。食料だってイッパイあるの。

 たくさんのシゴトしてる人が居て、たくさんのシュゾクも居るわ。

 エルフの国も大昔は仲良かったんだって。でも戦争が始まってからは、喧嘩ばっかり。

 ワイトエルフもダークエルフも、だいたい同じくらいにたくさんの戦争に巻き込まれたわ」

 ワイトエルフは、ホワイトエルフ、つまりノーマルエルフの事だろう。パープルアイエルフも白色だから、ワイトエルフと一緒の扱いか。

「確かに豚の王は良さげな物食ってたな。あ、腹減った。ミゥ、何か作ってや」

「……俺が…?」

「お前も食べたろ?あのメイド達の最高に芸術的な料理を。アメジスト色の天才的な料理を。

 めっちゃ不味かったの、分かるな?お前も食べたんやから分かるな?

 でな、何かもう逆にオモロイやん?ここまで来るともうオモロイやん?不味い料理が美味しいワケや。せやから、お前に料理作らせてみたいって思ってたんや」

「…だが……」

「あたしも食べてみたいわ、ミゥさんのお料理。ノヴァちゃんも今から楽しみそうよ?」

 そういえばノヴァは食べなくても生きていられる生命体だったか。モリモリ食いそうにも見えなくもないが、相当に小食。ノルポゴーデも結局残していたのを思い出す。

 アーノルドが食べていたのもついでに思い出していく。

 腹が立ってきた。今度木に縛っておくか。素っ裸にして。

「…分かった…」

 ミゥが渋々とした顔で了承した。

 いつも無表情に近いコイツのこんなに辛そうな顔、見たことがない。

 分かった分かった、今度酒でも奢ってやろう。確か地下にワイン置き場があった筈だ。

 この国は俺の所有物なので、地下のワインも俺の物。遠慮無く持っていけ。

 ああ、何故ワイン倉庫がある事を知っているかというと、それらを駆使してメイド達が料理していたので知っただけだ。厨房を覗かなかったら随分先の未来まで知る事はなかっただろう。

 …思えば高そうなワインばかりが地下に置かれていたが、アレって別に料理酒でもなければ、というかワインは隠し味程度に使用する物だったような気が。

 何はともあれワインをダボダボ掛けていい料理は作ってなかった筈。その筈。

 今思うと悍ましい光景だ。当時も悍ましいと思っていたが、今更余計に、あ、なんかお腹が痛い、何だろ、痛い……。

「あ、ミゥ、30分以内で出来る料理にしてな?そうじゃないとワイの腹が逆方向に爆発してまうから。ホンマに大爆発するから。皆が巻き添えになるから」

 胃酸が逆流しかねないし、腹が減っているのは本当だ。今の考察で若干食欲が低下したが、それでも腹が減っているのは紛れもない事実なので変えられない。大事な事なので2回言った。なので出来れば早めに用意して欲しい。

 勿論、まともな料理など期待していない。

 ここでまともな料理が出てきてもある意味で美味しいし、本当に美味しいワケだが。

 出来ればその美味しくて美味しい方を希望。

「肉そのままが出てきたりしてな」

 俺はミゥが居なくなったのをいい事に、ミゥに対する勝手な偏見を並べ立つつ、更にミゥが座っていた椅子へ足を置き、全力投球でだらける。投げ出したのは腕だ。

 ノヴァはとりあえずワケ分かっているのかそうでないのか、楽しそうに足をブンブン振っている。雰囲気だけで何となく楽しいのだろう。何となくで楽しいなんて、本当羨ましい限りだ。

 だが正直ノヴァ、俺のこの行動を怒るかと思っていたのだが、多分椅子が汚れるとかいう価値観そのものが無いのだろう。

 ノヴァは最初こそ服が何かを理解などしていなかっただろうし、ただ周りが服を着ているから真似てみた程度のあの布みたいな服だったのだろうし、もしくは誰かに着せられたから着ていただけの格好が際どいアレになった感じで。

 その時点で服が汚れるだとかは一切気にしないだろう。恐らくこれからも。

 そもそも、その麦わら帽子がどういう代物かを理解していないのだ。

 そんな野生児に床は汚いとか言っても理解してくれそうではない。

 きっと地面に落ちた食べ物とかも気にせず拾い上げて食べちゃう感じだ。

 もうそういう方向の知識がほぼ無いのがこの謎の生命体だ。

 怒るワケもない。

 ただこのままではミゥ将軍がちょっと可哀想じゃないか?

 ほらピノ、俺に何か言ってやれ。言っていいぞ。寧ろ何かやったからには止められなくなっている俺だから、助け舟を早く下さい。

「人狼族のお食事は今まで見たこと無いから、お肉そのままかは分からないわね。でもお野菜も食べなくちゃダメなのよ?そもそも、この国にお肉なんてあるのかしら」

 ピノさん、見て見て、ミゥさんの椅子に俺足乗っけてますよピノさん。見て、ねえ。お野菜もお肉も料理もいいのでとりあえず現実を見て受け入れて?いつものように、ね?

 とは思ったがもうどうでもいい事だ。体勢が普通にキツイので足を降ろして、普通に組んでおく。あんな体勢、ベッドで寝る時やればいいのだ。椅子で無理に再現する必要性は無い。

「前は出てきてたで。何の肉かは知らんがな」

 本当に何の肉だったのか不明。食べたけどとりあえず害はなさそうだった。

 どちらかというと味付けと料理の工程が害だったというか。

「ガドローサってお喋りさんね」

 唐突にピノがそんな事を言う。

 果たしてそうだろうか。さほど喋っていないような気がするのだが。

 ……あれ、もしかしてその比較対象は、そこにいるノヴァや料理作りに行ったミゥ将軍だったりしないだろうか。

 あんな奴らを平均みたいにして俺が饒舌みたいに言われると失礼だ。そんなに俺はお喋りではない。お喋りではない筈だ。

 嘘ですお喋りです。馬鹿みたいに相手罵倒しまくってます。心の中でも罵倒のオンパレードです。パラダイスです。フリーマーケットです。ご贔屓にどうぞ。

 というか、

「ガドロサ。ガドローサじゃなくて、ガドロサ。伸ばすのはドラグーンの方な」

 本当によく名前を間違えられる。この世界では初めて間違えられたが、異世界移動して誰かと接触すると、本当よく名前を間違えられる。異世界毎に必ず1回は間違えられる。

 どっかの世界ではドラグーンをドラグオンとか発音されたし、ベルデをデルデとか言われたし、ペルデとか言われたり、エルデーとか、ハイドロサとか、ガゾロサとか、もう、何度間違えられれば俺の罪と俺の名前は許されるのだろうか。

 言わせてもらうが、俺は悪くないし俺の名前は悪くない。間違える奴が悪いのだ。

「あら、いいと思うわよ、ガドローサ。とても強そうで、逞しそうで。

 でも強くて逞しいだけでは、あたしのイイナズケになるシカクにはならないんだから」

「ああ、愛がどうのこうのが必須なんやったな」

 名前の修正は成される様子がない。

 そもそも、許婚にはならないと確かに俺は明言していた筈なのだが、何故こうもこの娘は俺を許婚に仕立てあげようとしているのだろう。

 確かに俺はピノの悲願を果たしてやった。ピノのみならず、ダークエルフにとっての報復こそ、完全でないながらに適度果たした。だがそれだけでは惚れるだ何だの理由にはならないし、俺の事を子供心ながらに好きだと思える理屈にも足りない。

 あれだけの惨状を見せつけたのは俺。何度でも言うが、とにもかくにも凄惨だったのだ。

 たくさんの存在の首を、肢体をバラバラにして見せたのが俺で、マクレーンの両腕を切り落としてしかも結局殺したのは俺。その時に俺が吐き出した台詞は勿論の事、あんな場所に連れて行くという行動そのものは明らかなまでに選択ミス。普通に考えたら、出来てもやるまい。

 それともお姫様になれ、という俺の発言に今、お姫様気取りだったりするのだろうか。

 あり得る。ピノは結局子どもだ。あり得る。

 そう考えれば確かに、取りようによっては俺のあの時の発言、お姫様云々付近は、告白にも聞こえる発言でもある。ロマンチックな童話にありそうな、まさに王子様の台詞でもあった。

 となると、オママゴトという奴か。なるほど子どもらしい。

 これほどの不況と環境なのだ。羽目を外したくもなるだろう。

 何より今はまさに安息。安泰。これは束の間の休息程度の時間なのかもしれないが、それでもとても落ち着けるだけの余裕をピノに与えている筈だ。安心感や安堵によって、この娘の気が緩んでいる可能性はある。故にこんなに子どもらしい事をし始めたのだとも考えられるのだ。

 だがそれだけでは説明できないような気がする。

 お姫様気取りで、俺を王子様に仕立て上げるおままごと。ごっこ遊び。

 理屈は通るが、それはある程度の範疇。もう少し何かがあるような気がする。

「そう、愛が必要よ?愛ってスバラシイの。

 お父さんとお母さんの愛であたしが生まれたのだから、とてもステキなのよ?」

「そうやな」

 ……本当にそうか?

「貴方だってお父さんとお母さんの愛で生まれたの。それはとてもステキなコトなの。

 だから愛を考えるの。愛って何なのかを考えるの。愛するコトが、どれだけ大事で大切なのか、精一杯考えなくてはならないの。そう思うの。

 あたしは、ヒドイコトもされたけど、それでも愛が何かを知っているわ。だからステキな人とお付き合いして、優しくされてみたいわ。お礼にキスをしてあげるのよ?」

「……」

 本当に、そうだったか?

 ああ、そうなのだろう。本来はそうあるべきなのだろう。

 豊かでないながらに幸せな家庭というものが本来あるべき形で、そう、子どもとは愛されるべきで、そして子どもは親に愛を程度良く返すべきで、縋るべきであって。

 だが俺は裏切られたぞ。親にも一族にも、全てに。

 愛を考える、とは。

 俺の親は両方共俺を怖いと思っていた。どうやって俺を殺そうかと毎日考えていた。精一杯考えてくれていた。一族総出で考えに考えぬいていたのだ。

 本当はそんな殺すだの恐怖だのが、愛であるべきだったのだろう。そうであれば俺は世界平和を謳いながら殺戮を繰り広げては居なかっただろう。

 だが人間は、知性の持つ生命は、恐怖を思う事で愛を憎悪に平然と置き換えるのだ。今までの愛の全てを憎悪に変換して、さも当然のように、裏切るのだ。

 ピノのような優しい母親や、ピノの親のような良い人ばかりではない。

 この世界は嘘だ。夢のようでもある。

 しかし紛れも無くその嘘や夢が現実であるからこそ、タチが悪くていけない。

 俺は愛を知らないで育ってきた。だからここまで歪んだような物だ。

 だが俺であっても誰かを愛そうとしたし、精一杯愛した筈で、親のような心地になっていたのは本当で。それも確かに本当の事だった。

 子どもは生意気だ。そうは思っても、それ以上に愛しかった。

 だからこそ俺は、そんな純粋な存在達を利用する世界が許せなかったとも言える。

 理不尽だ。不条理だ。巫山戯るなよ人間族。

 俺がやられた以上の事がまるで自然かのように行われているこの世界が、許せない。

 俺はそう思って生きていた。そしてこうして亡霊になってしまった今は、それが更に増幅した。その結果出した俺の答えが、皆殺しなのだ。

 いずれ、子どもがどうのこうので、という考えを超越した。

 人間は悪だ。

 だからすべからく絶滅するべきなのだと、俺はそう思っている。

 そしてそれを変える気は毛頭ない。

 とはいえ、これもまた詐欺のような物だ。

 結局俺は全てを恨む事は出来ない。どうしても子どもは愛しい存在なのだと思っている。

 彼らに罪はない。そう思ってしまうのだ。どうしようもないことに。

 罪を作るのは大人、とも言い切れない事実までもが存在していて、そう確かに、全てが悪になってしまうワケではないのだと。

 結局俺は、考える事を放棄しているのだ。

 ただ正義を執行しているだけ。それを言い訳する術を作っただけ。

 いつでもどこでも例外を作り、なのにこれが正義、あるべき形なのだと説く。

 だがそれでも俺は、世界にどうしようもない奴が居るのならばそれを殺す。土に還す。

 結局殺しは楽しいのだ。だからどうしても止められない。辞める気が毛頭もない。

 だからピノ、お前が大きくなって暖かな家庭を築いたとしても、その世界でお前達以外が悪なのだと俺が判断したならば、お前達も巻き添えになってしまうのだ。

 理不尽だと思うか?そりゃ思うだろうとも。

 だが赦してくれとは俺も言うまい。だから巻き添えになって死んでくれ。

 何故かって?そんなもの簡単だ。

 善人が極小数、大多数が悪だというなら、いつまで経ってもその種族はそのままの様だろう。

 滅びて然るべき。繰り返さぬ為、運悪くもそこで絶えるのだ。

 勿論その時の俺に悪びれた感情は微塵もありはすまい。

 あるのは達成感だけ。地球の為に良いことをしたのだという達成感に打ちひしがれるのみ。

 そんな世界なのだ。辛い思いをしてまで生きる必要などありはしない。

 苦痛は一瞬だ。いいや、苦痛さえ感じさせはしない。

 俺はなんと優しいのだろう。そう思うだろう。どうだピノ、どう思う。

「王様?」

 あ、しまった。

 ついつい考え事をしてしまっていた。

 いやでも仕方がないだろう。俺だってブレる事くらいはある。

 それに俺がこの悪意を抱くに至った理由の根元部分が話題になっていたのだ。思い出に耽るくらいの事は俺にだって当然ある。

 とりあえず今はいいか。どうせその時その時の判断で俺が判決を下すのだ。今の感情だとかそんなものはその時考慮されやしない。

 いやはやしかし、耽りすぎた。ピノが心配している。

 というかノヴァが凄い困った顔をしている。いかんいかん。悪影響だ。平常心平常心。

「ああ、いや、ほぼピノと同い年くらいの子が知り合いにおってな。

 てかワイの立場上、上司やね。ワイは城の兵士で、その子はお姫様やったんや。

 だがあの娘、あの娘なー、ピノみたいにこう、ナイーブやないねん。表現が凄いねん。

 あわよくば子どもがたくさん欲しい、とか凄い直接的な願望を吐き出すねんよ。

 ピノの言葉とあの娘の言葉、どうしてこんなに違うのか考えてしもてたんや」

 適当に語っては見たが、遅れて本当に何でだろうとか思ってしまう。

 うちのお姫様はあんなに大人しい子で、というか心の病気というか、その所為で誰かとの干渉を拒むくらいの女の子だったのに、いつの間にやらやって来た俺の知り合いの息子さんがお姫様を上手く立ち直らせたけどやり過ぎた感じで暴走気味で、完全に耳年増の11歳で。

 確かに色々違った生き方をしているワケだが、ピノはこんなにステキなポエム作ってるのに、お姫様は文才こそ無かったし、あれ、何の話だったか。

 いやとりあえずピノ、お前の詩は俺の心にしっかり届いている。いい詩だった。

 かなりいい感じだろう。世界中にそのポエムをばらまいても全然恥ずかしくない。いや本当。世界中に伝えてやりたい。教えてやりたい。見習って欲しいわマジで。

「変なお姫様。でもそのお姫様も、きっと愛が何かを、ガンバって考えていたんだと思うわ」

「せやろな。ああ、せやったんやろうな」

 その結果が最悪だったからして、なんとも言いがたい。

 結局ウチのお姫様、どうすればいいかを全然分かってなかったし、自分の心までもがよく分かっていなかった。故に大失敗だ。本当散々な結末だった。

 その点ピノは具体的な理想があるし、しかもそれは単純で、でも正解らしい正解だ。

 こりゃピノは本当にいいお嫁さんになるだろう。強い母になるだろう。

 アカン、なんかニヤケてきた。アカンアカン。親馬鹿っぽくていけない。

「どうして新しい王様、ガドローサが困った顔をするのかもちょっと分かる。

 愛が何かを考えて、分からなくなったんでしょ?」

 おっと、流石はしっかり者。俺が考え事をしていた事は察したらしい。

 ただ残念ながらピノが思うような事ではなく、本当に邪悪な事しか考えてなかったのだが。

 とはいえそれを明確に説明すると怒るか泣き出すかもしれない。

 もしくは新しいポエムが生まれる事になるだろう。

 ピノのポエムは前向きで嫌いではないのだが、俺には不要なので別に作ってもらわなくてもいい。間違いなく参考にはならない上、話がグダグダになりそうだ。

「んー、ちと違うな。愛より大事な事を見つけてしもて、両手が塞がってんねんよ。

 愛が何は知ってる。ただ、ワイは誰も愛する事は出来んやろうな。自分を愛してる感じやし」

「ふーん」

「ま、ワイには要らんのやよ。愛とか何とか。

 ワイに必要なのはそういう物じゃなくて、せやな……、何やろな」

 流石に人を殺して得られる達成感が欲しいです、とは言えない。どう言い換えたものか。

 そんなことを考えているとピノ先生、こんな事を言ってくれた。

「なら、…ならあたしが、愛を教えてあげる」

「冗談は堪忍やで」

 真剣に冗談になってないです先生。

「ジョークじゃない…、ジョークなんかじゃ…」

「あんがとな。うん、あんがとな」

 何というか、やはりただのオママゴトとは違うようだ。安心感からくる気の緩みでもなさそうだ。

 だが答えが妙に定め難い。ピノは一体何を思っているのだろう。

 生憎俺は、子どもの考えを読み取るのが苦手だ。

 酷く要領を得ないというか、不安定的で難しいのだ。

 例えば定番の悪役、オダイカンサマが居たとしよう。そちもわるよのーとか言う感じの。そういう存在がどういう考えを持っていて、その側近がどういう奴で、どんな行動をとって行くのか、そのおよその把握は簡単だ。喜ぶ言葉も喜ぶ贈り物もとっても予測が簡単。

 大人になると相当に単純だったりする。思考が難しくなるようで、簡略化される。

 つまり、傾向がかなり定まっているのだ。

 だから読みやすい。理論的な奴だろうが、感情的な奴だろうが、どちらも同じく傾向がある。

 だが子どもは全然違う。大人よりも断然危うい。取り扱い注意だ。爆発する本当に。

 突然に行ってくれる事が、大人ならば絶対にしないような事だったりして予想が不可能。

 今までの思考の流れが一変し、感情的に転化するのは当たり前。常識が破綻しまくっていたり、意味不明な理屈の上での我儘だったり。感情的な奴はこの傾向が強いが、少量の常識さえ持ち得ない子どもとあらば、その限度は遥か彼方だ。

 難しい。そりゃ難しいとも。俺であっても判断に困るし、俺ご自慢の眼と頭が超高速で空回りばかりしてしまうのだ。だから嫌いだし、仕方ないとも思えるのだ。

「あたしを愛してくれないの?抱きしめてくれないの?

 あたしが言ってるのは別に、別に、ケッコンしたいってコトじゃなくって……、ただ、隣に居たいだけで……」

 なんて小さい身体と顔と大きな目でそないな切ない声をあげとりますのん……。

 俺の心がどうすればいいかと右往左往している。せざるを得ない。

 泣かれると困る。とっても困る。

 きっと想像出来るだろう。

 俺はこうしてエセ関西弁を喋っているワケだが、そのノリもまさに関西人なのだ。

 凄い困って右往左往するオッサンが目に浮かぶだろう。あめ玉上げるからーとか、いないないばあ!とかを、それでどうにかなるワケが無いのに冷や汗タラタラさせながら真面目にやってのけるちょび髭のオッサンの姿が、目に浮かぶ事だろう。

「………、困ったなあ…」

 しかし困った。理由は分からないが、ピノは俺の事をいたく気に入ってしまったらしい。

 ピノは確かに、行動云々ではなく結果云々、もしくは心云々を見る娘。

 俺が行った残虐行為や一方的な虐殺などがどれだけ凄惨を極めようが無視。アウトオブ眼中。

 そんなことよりも、ピノの為にと行った俺の善意ある(と思わしき)行動に心打たれている、といった具合が現在なのだろう、か?アカン、もうよく分からん。言語化出来ん。

「愛にヘイガイなんて付き物だから仕方ないわよ」

「とことん前向きやなお前」

 ごめん本当分からん。

「愛されないコトはもう慣れてしまったもの」

 それは、え、それはつまり、アレですか。

 アメジストの再来……?

 え?アメジストになるのこの子?

 お姫様にまでなった挙句、あのアメジストになるの?

「あ、あ、あえて言っとくけどな、よく聞いてな?

 ワイは殺戮主義者。ダークエルフ達を滅ぼした君主様と思考こそ一緒。

 それにあのトカゲ女相手にだってあんな事するひど―いオッサンや。

 そう、オッサン。ワイオッサン。ヒゲがオッサンの象徴やで。

 そういう意味ではステキなヒトでも何でもないんがワイや。な?もっといい人探し?」

 アカンダメや…こんなん無駄や…、もう確実にこのパターンは何も通用しやせんイベントや間違いない、分かる、感覚で全てが分かる、返事待たずしてなんか読める…。

 今更ワイが殺戮主義者とか言った所で納得するワケあらへんやんワイはアホか…。

 だってアメジストに通用せんかったんやもん。まるで無視やもん。それは愚かアイツ変態的なんやもん怖いもん、ホンマに怖いんやもん。内蔵鑑賞会推奨してくるもん。

 それに近い何かをピノから感じてしもたんや。何か合致するアレなアレを感じるんや…。

 でもピノはまだ常識があるし、アメジスト程の執着だか奉仕だかはしないだろう、いやでも絵面がアメジストの場合より危険やで。危ういで。ワイの世間体が主に危ういで。

 いいやとりあえずキツい事は言いにくいし、でも言わないと承諾と同じやって言いかねんし、というかこの世界やっぱ可怪しい。狂ってる。なんでワイがモテモテやねん。エルフ族って皆ヒゲ生やしてる男に恋するような特殊な仕組みが誰かの陰謀で植え付けられとったりするんかいな、これがもしかしてベリアルの作戦やったりするんかいな……、でもそんな、そんなら軍曹でエエやん……、なんでワイやねん……、それとも助けるような事したら惚れるんかいな……そしたらもうワイ誰も助けんで、この世界の誰もを助けやせんで……。元より助ける気ないけどそれでもやで……。

「オカシイわね、貴方は愛するコトがとっても上手そうなのに」

「変な言い方やめて?」

 ピノ先生のポエムが始まる、絶対始まる。アカン、どうすりゃええんや。

 ……、だが結局、子どもの言うこと。そうだ、子どもが相手ではないか。

 あまり深刻に考えても仕方ない。真剣に考える俺が馬鹿みたいだ。実にアホらしい。

 そりゃ、ピノは真剣に考えているのだろう。しかし恋だ愛だ、10歳程度の娘に分かるハズがない。理解しているワケがない。重たく捉えていてもその実は軽い。

 何よりそういった思いとは、年齢を重ねる毎に薄れゆくのが常。そういう物。

 俺を見て初めは麗らかに思っているかもしれないが、大体20歳くらいにもなれば、間違いなくこの俺様の性格とちょび髭とその他諸々色々がアレーな感じに見えてくるに違いない。子どもの頃は平然と虫に触っていても、大人になると形がハッキリ見えて嫌になってしまうのと同じ現象が必ず起こる。絶対にそうなる。そういうものだ。俺は虫ではないやめろ俺。

 それにピノはしっかり者とはいえ、やはり発言を聞いていた限りだと、年齢相応な気がする。

 言葉が幼いというか、それでも難しい言葉を知っている方かもしれないが、それでも何か柔らかいというか、不安定そのものと言ってもいいかもしれない。

 あービックリした。アメジストっぽいというだけで動揺する俺格好悪すぎ。

 ここはどっしり構えて大人の対応をするのが正解だ。うん。

「いいえ、変じゃないと思うの。

 あたし、思うの。こう思うの。

 貴方が誰かを愛した時、きっとその愛された人はとってもシアワセなんだと思うの。

 とても優しくしてくれると思うの。愛を一緒に考えてくれると思うの。

 そりゃ、そりゃ貴方は、たくさんを殺してしまったかもしれないわ。

 でもそんなの、でも関係が無いと思うの。そんなコトなんてヘイガイにならない。

 貴方の背中はとっても暖かいのよ?いい香りがするの。だから涙を拭いてくれたり、抱きしめてくれたら、きっと愛された人は嬉しいって思うと思うの。愛されてるコトも自分も大事に出来るんだと思うの。

 貴方は誰かのコトを大事に考えてあげられる。愛もそれ以外もきっと大切に考えてくれて、護ってくれるの。きっとそうなの。

 だから、痛いコトでも貴方に愛されたらとしたら、シアワセに変わっちゃうと思うの。

 だってこんなに熱いの。だって胸がこんなに熱いもの。逆方向に爆発してしまいそうなくらい、今、熱くてとっても熱いの…!

 だから変じゃないよ!これが愛なんだって思うのッ!

 きっとあたし、シアワセになれるんだって思うわ!」

 何か予想より断然ヤバそうなんですけどーッ!?

 主に発言が危なっかしくて色々アウトなんですけどーッ!?

 的確なくらい疑惑の判定スレスレなのに真っ逆様に落ちそうなんですけどーッ!?

 もうオトナの対応とか絶対間違ってる。響きが明らかに間違ってる。人生を間違う感じ。

 少々甘くみていた。はい、俺、完全に舐めていました。正直驚愕しました。目が飛び出るかと思いました。ちょっとそこの袋とって?吐きそう。

 はい、アメジストの再来説大体あってました。過去の俺にごめんなさい。いや本当。

 いやまあ、まあそういう、あの、あれだ。これはとりあえず、間違いなく、卑猥な話では絶対にないだろうから、とりあえずあの、とりあえずそういう方面へのツッコミは控えておこう。

 …彼女は現実を素直に受け入れることが出来るし、自らの意思を絶対に曲げないだけの強い心を持っている。正しく世界を見れる価値観を持っているし、そしてどこまでも優しい。

 今のように、俺相手であってさえ、偏見で見ないし考えないくらいだ。自分の目で見た物だけを信じる。感じた事が彼女の中では答えだとそう定める事が出来るのだ。

 彼女がどこまでも真剣なのは、勿論理解している。そんな事、この期に及んで否定すまい。

「吊り橋効果か何かやろか……」

 強いて言えば、年齢がまだ幼いという所が問題。それは俺の世間体的問題を除いてもだ。

 芯がしっかりしていても、結局不安定な心に変わりはないから、問題になる。

 アメジストもまた、普通の環境に居なかったからこその現在だ。ピノまでそうなるとは言わないが、それでもこの思考、危険過ぎる。

 目的を持ち、それに対し直向に頑張るという行為そのものは、とてつもなく強い心を育てる。

 だが目的を、目的から生き甲斐にしてしまったその時、それはアメジストと同じ、ミゥと同じ、そして俺と同じように、歪む。正しく育たず、修正不可能な程に歪みきる。しかもそれが根を張って、茎をそのまま伸ばし続けて、そうして異型の産物が出来上がるのだ。

 逞しすぎるからして、死なずに残る。それがいずれ災害となる。

 こんなにも強い娘なのだ。こんなにも優しい娘なのだ。

 歪ませてはならない。きっとそれではいけない。

 でなくては俺は、ピノであってさえ、もうこの時点で刈り取るしかなくなってしまう。

 大人の役目とは何だ。よく考えろ。

 子どもが真っ直ぐ育つように支えてやる事ではないのか。違うか。違わない。

 ならば俺に出来る事はただひとつ。たったの一つ。

 抱きしめてやる事でも、涙を拭ってやる事でもない。一歩進んで愛してやる事でも、女である事を再認識させてやる事でも無い。

 歪んだ俺を見せてやる事だ。則ち、反面教師と言われるような形。

「ピノ」

「な、なあに?」

 それはある意味で酷い仕打ちかもしれない。いいや、酷い仕打ちだ。

 場合によっては絶望を植え付けるような、人が信じられなくなるような話だ。

「明々後日の早朝、ワイは戦争に出かけるんよ」

 だがそれでもそれ以上にねじ曲がる事はないだろう。

 この娘は本当に強い。だからきっと、大丈夫としたものだ。

「お前に全てを見せてやる。だから、オレと一緒に来い」

「……え、え、……え」

 ………、ここでは返事に迷うか。

 辛い辛いと思いながらもそれでもダークエルフの国に入ることを望んだお前でも、リザードマンの死に動じながらもお礼を述べて寄り添ってきたお前でも、

 怖いとそう思うのか。

「……勿論、無理にとは言わんで?

 ただ見せる光景の全ては、今回の旅行とは比較にならん。それだけは確かや。

 だがそれがな、ワイの生きてきた世界なんやよ。そこにしか生きる場所が無いんやよ」

「………」

 当然だ。肯けまい。

 肯いたら地獄を見る事になるのだから、怖いだろう。

 きっとピノは分かっている。俺がどれだけ残酷な真似をする糞野郎なのかという事くらいは。

 そう、立派な理由が明確にあれば、大義名分が存在さえしてしまえば、俺は誰もを殺すのだ。己さえも、大義名分がまかり通るとそう思えるならば、躊躇いなく殺すのだ。

「だが、愛するってのはな、その人の全てを愛するっちゅーことなんよ。

 せやから、ワイを本当に愛したいって思うんなら、そんなワイも愛さなあかん思う。

 そんなワイを理解してくれるって言うんなら、赦してくれるって言うんなら、……。

 ワイもまたお前を愛してやってもエエよ。約束する。嘘は吐かん。裏切らん。

 ずっとずっと隣に居させてやる。抱きしめてもやる。涙も拭いてやる。キスだってしてやる。絶対に守り抜いてやる。愛し続けてやる。約束する」

「……………」

 理解が早くて助かる。

 お前は、俺の全てを赦すなど出来はしない。

 その幼い心では、ただ潰されるだけに終わる。耐えられるワケがない。

 愛が萎びるのが先。お前の愛が、枯れ行くのが先。

 そして俺に優しさという物が無い限り、お前だけを愛するとのたまった所で、お前は納得出来ないのだ。

 そうじゃないと、そういう形を望んでいるのではないのだと、お前はそう言いたいのだろう。

 お前は俺に殺しを止めてほしいと、そう思っているのだろう。

 簡単にいえば、俺をピノの思う愛の型にはめ込もうという魂胆なのだろう。

 だからお前は今迷わざるを得ないのだ。変えられないのもまた知っているから。

 結局、地獄を見てから諦めるか、この場で諦めるかの二択しか与えられていないのがピノだ。

 この段階における賢明な判断とは、地獄を見ずしてここで諦める選択肢を握りしめる事だ。

 もう泣こうが喚こうが知った事ではない。

 お前が真剣ならば俺も真剣に対応してやろう。それが礼儀だ。敬意と言うものだ。

 ……、もしも地獄を見て尚それでも、と言うのであれば、もはや立派な狂人。お前の愛もまた本物という証明が成される事になるだろう。

 取って返せばそれは、アメジストと同じ人種という事。アメジストと同じ、死にたがりになるという事。

 だが俺相手にこれだけの約束を取り付けたお前は優秀だ。それだけは間違いない。

 絶対に裏切らないとも。約束は約束だ。お前を本当に好きになってもいい。エルフの寿命は300年。しっかり愛そうとも。限りのあるお前の人生を幸福で満たしてやろうとも。

 だが、成らない事を俺はしっかり理解している。分かっているからこんな事を俺は平然と言ってのけたのだ。お前はどちらを選んでも、YESと言わない。それだけは間違いがない。

 俺がこんな約束、アメジスト相手に言わなくて、ピノには言ってしまっている。それはつまりそういうこと。それ以外に無い。

 空気が完全に凍りついている。

 春先独特の陽気な空気が固まっている。

 ロウソクの火が明らかに変な燃え方をしている。

 ノヴァが目を見開き、微笑みの名残など何処にも残らぬ表情のまま停止している。

 ピノもまた、感じるだろう。これほど真っ向から俺の感情をぶつけられているのだから。

 俺が真剣に先の言葉を述べた事、そしてそれが不可能である事を確信している俺の気持ちが、嫌というほど理解出来るだろう。思い知らされるだろう。

 お前はもう子どもではない。俺とお前はもはや対等。

 それだけ俺を真剣にさせた事だけは、誇らしく思っていい。

 ただ、ただお前の選択の大きな間違いとは、俺を好きになろうとした事だ。

 俺は、家族に裏切られた。

 だからもう御免なのだ。

 あんなに辛くて悲しい思いは、もう二度と。

「…………」

 いやしかし、子ども相手に大人げなさ過ぎたか。

 ここでピノが二択のウチの「行く」を選んでしまった場合は戦争に連れて行かなくてはならないし、必然的に地獄を拝ませなくてはならない。

 子どもの考えはブレやすい。意固地になり、詰まらないプライドか何かに拘って拒否し続けたり、逆に肯定し続けたりする。だから行くなんて言い始める可能性はある。理屈でそれが無駄なのだと分かっていてもだ。

 俺も随分急かし過ぎたと思う。やり過ぎたのも認めよう。

 しかしピノはこれだけの状況下でも、ちょっとだけ目を大きく見開いたまま、呼吸もロクにせぬまま、動きもしない。

 度々目が動いていて、瞬きしていて、だから間違いなく意識はあるだろう。

 一体何を考えての沈黙なのかは分からない。それとも考えをまとめているのだろうか。

 ノヴァはノヴァで瞬きさえしていない。空気が張り詰めた所為で、かなり神経を尖らせてしまったようだ。悪いことをした。

「……あ、…」

「ん?」

「……、あたし……、あたしは」

「……」

「…あたし、行きたくない」

「そうか」

「多分ゼンブは、愛せない」

「そうか」

 やはりそうなるか。

 ピノ、お前は凄いよ。それだけは本当に認める。

 こんなに幼いのに、しっかり考えることが出来るのだ。

 イエスウーマンのアメジストとは違う。何も言わないミゥ将軍とも違う。

 お前は本当に立派だ。だから強く育って欲しい。出来れば幸せにもなって欲しい。

 俺にそう思わせるのだ。誇らしく掲げるといい。

「だけど、あたしを連れて行って欲しい」

 そう、それで概ね正しいと言え………。


 あれ、ん? あれ? ん? ん? え? ん?


「愛されないコトはもう慣れてしまったもの。だから大丈夫。

 あたしは貴方の事を好きなまま居るわ。だからガンバってみたいの。

 きっとあたしじゃダメ。ゼンブは愛せないんだって分かってるけど、それでもいい。

 あたしが諦めちゃうまで、諦められないって思うから」

 ぐ、ぐあああああ。

 一体何がどうなっているか考える時間を俺に下さいいいいいい。

「そ、そうでございますか……」

 これは酷い。ひたすらやりにくい。やりにくくなっただけに終わった。

 なんてこっただろう。諦めたのに諦めきれないから付いてくると言っている。それは限りなく無駄な行為と言うのではないか。不毛というやつではないのか。お前だってそれはよく分かっている筈じゃないか。おい。凄惨な現場を見せつけるだけとか、ただ教育に悪いだけじゃあないか。

 これは困った。非常に困った。どうするべきだ。ある意味で俺を諦めているのだから、無遠慮に全てを見せつけようとする行為は良心が若干痛む。無遠慮、無配慮をやっていいのか、いいや、やっていいワケがない。諦めているも同じじゃないが今のピノは。

 もういっそ置いていこうか。大人の都合って事で置いていこうか。

 あれ?それが一番綺麗な形かもしれない?

「…ドラグーン…」

「ぎゃあああ!何や何やお前唐突に帰って来んなダボォッ!」

「……要らない…のか」

「要りますすんません本当すんません」

 もう帰って来たらしい。ただ、あの、考え事中はちょっとその気配薄いの心臓に悪い。

 その手には大きな四角のお盆、4人前の料理にただの水が乗せられている。氷は無しだ。

 恐らくは鶏肉を甘辛風に炒め、謎の野菜達を適当にそれっぽい物で炒めた物、そしてこの世界で言う所のライスかパンかナンかそれ以外か、概念的にはナンに近い謎の物体、その上に更に謎のソースが乗っている、3品。

 量はさほど多いワケではない。しかしかなりコッテリしていそうだ。起きたての俺で大丈夫だろうか。お腹痛くなったりしないだろうか。いや既になんか痛いのだけれども。

 料理達は長机に運ばれる。約30名座れる長机。たった4名の食事分。

 適当にその机に椅子を置いて俺は座る。皆は添えつけの椅子で無問題のようだ。

 この間、皆無言。

 見ただけならば美味そう。香りもまた宜しい。

 しかしどうだろう。これほどによさ気な料理であっても、壊滅的に不味いなんて事はギャグ漫画ではよくあるのだ。

 でもギャグ漫画は誇張表現が多く含まれるので、兆候がハッキリある。

 でもこれには無い。見受けられない。

 現実はそんな見ただけで真実など語れぬように出来ている、と言う事。

 ミゥ将軍はすぐに食事を開始。皆がその様子を観察。と思ったらノヴァも行った。

 ミゥ将軍からは何の感情も見受けられない。ノヴァは味覚センスが本当に俺達と一緒なのか怪しいので参考にはならないが、美味しそうに食べている。

 見ればピノはただぼーっとしているだけのようだ。食欲が無いといっった所か。

 しかしいい香りだ。腹が減り放題の俺では、この甘辛い香り、胡椒の香りで頭がクラクラする。もう手が勝手に進み始める。

 ……、美味い。この鶏肉も当然良い物なのだろう。だがそれ以上に味付けがいい。

 普通こういう料理、特に甘辛風は、素材の味を殺すような濃い味になる。コッテリ感抜群なのが常だ。

 だがこれは油が少ない、というか、油っこさを感じさせない。

 にも関わらず中まで火が通っていて、柔らかいし、あえてやっているのだろう焦げ目がまたいいアクセントとなっている。何処を食べても美味い。何だこれは。

 旨味が逃げていないからこそ、口の中で溢れ出てくる。肉汁がたっぷり。にも関わらず、溶けるようにしながら、口の中で消えていく。

 加えてその旨味に合うような、あくまでも引き立てるような味付け。かなり少量らしい塩と、肉の味を消す為の胡椒だろうか。それに類する香辛料があまりに的確な量によって鶏肉のあの生臭さが当然きっちり除かれている。それでいて香りまでもが絶妙だ。

 良い所取りされたかのような、素材を殺しきらない、味が軽やかに跳ねるかのような。噛む事が楽しくなるかのような、出来れば飲み込みたくさえないような、まさに絶品。

 水、美味い。絶品。

 つまり、俺はかなり腹が減っているから、この価値観が本当に正しいのかなど分からないという事だ。普通程度を超高級料理かのように感じているだけ、誇張の可能性がある。

 とはいえこれだけ出来れば上等だろう。その辺の宿屋の適当な料理よりは断然美味い。桁違いに美味いのは間違いない。

 このナンみたいな物に掛けられた何かは、カレーではないようだが、これは何だろう。これはこれで美味しい。トマトソースのような感じだろうか。パスタソースが若干近いか。

 となるとさしずめこれは、ピザみたいな物か。なるほど。確かにデコレーションはそれっぽい。チーズが無いだけだ。チーズ下さい。

「お前料理出来るんやな」

「……」

 返事なし。何かしらの反応さえ無し。ただ黙々と料理を食べている。

 それが照れての行動なのか、無関心なのか、ひょっとして聞こえてないだけなのか、見ただけでは判断出来やしない。

 というか女性陣、おい女性陣、頑張れもっと。

 皆それぞれ大変だったかもしれないが、ミゥ将軍に思い切り負けてるぞ。頑張れ女性陣。

「ミゥさんの料理、結構イケルわね」

「なんて上から目線の感想や。凄いなお前」

 味通みたいな発言をするピノ。更に鶏肉が口に放り込まれている。

 もっと大きさ考えて口に入れろ。噛むのがやっとのサイズを口に入れてどうする。

「そう?美味しいって言ってるだけなんだけど」

 おいおい、よく噛んたか?

「じゃあ美味しいってただそれえだけ言えばええのに…」

 ろくな食生活を送っていたとは思えないピノだが、こんないきなり肉とか食べて大丈夫だろうか。お腹を壊したりしないだろうか。

 油っこくない、なんて俺は表現しているが、油は恐らくたっぷりだろうし、後で何か薬を用意しておいてやるか。

 ノヴァはもうお腹いっぱいらしい。鶏肉2つ、野菜炒め3分の1、ナンもどきを4分の1食べて満足そうにミゥ将軍を見つめている。

 まあ、犬みたいに飼い主の顔色を伺いながら、満腹以上を食べるよりマシかもしれないが。

「ノヴァ、貰うで」

 と更に手を伸ばしたのだが、皿を持ち返して拒絶の意を示してくれる。

 ノヴァに間接キッスが何だとかいう恥じらいは無いだろうからして、別の理由だろう。

 だが、その理由とは一体何だろう。全然予想出来ない。

 手を離してやると、その料理達を自分専用の椅子の所に運び始めている。自分の物だ、と主張したいらしいし、多分、それを小腹が空いた時に食べたいなどと考えている素振りだ。

 料理はチョコレート菓子じゃないのだから、常温放置は間違いなく速攻で腐るぞ?

 そういえば鶏肉は一体どこから入手したのやら。生きていた物を捌いていたら、もっともっと時間は掛かっている筈。

「この鶏肉はどっから持ってきたんや?血抜きしてる間は無かったと思うが」

「……、ラハンド」

「…んあ?ラハンドって何処やねん。お前もしかして店行ってたんか?」

「……サー…ジェント」

 サージェント?

 ああ、軍曹、軍曹ね。アイツ、ラハンドって言うのね。

 でももうちょっと無かったか。名前、もうちょっと無かったか。

 ランドなのかハンドなのかサンドイッチ気取りかしっかりしろよ名前。

 ……、いや、軍曹って勝手に呼んでるだけで、本当に階級が軍曹かどうかも俺は知らない。故に全然俺の知らない奴の話をミゥがしている可能性は大いにあるだろう。あと人の名前にケチつけるのはいけない事だ。やめよう。

「なんや軍曹、起きてたんか?まあ新鮮な肉っぽいし、それでエエんやけどな」

 場合によってはこの料理、俺の知る軍曹か全然違う軍曹が作った物なのかもしれない。ミゥ将軍の反応の無さの理由にはなるが……、まあ、真相は闇の中、もしくは俺達の腹の中だ。

 そもそも肉捌いて何をやっていたのやら。見ればもう23時手前だぞ。

 まあ明日は俺一人で練習しなくてはならないし、ヴィーヴル解放に関しての予習復習、もしも文献に何かしらの誤解があったりして失敗した場合の手順も考えておかなくては。

あとピノ含め若い娘達を甚振った屑野郎達をさっさと始末しておかねば。



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