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「ごきげんよう、ダークエルフのお嬢さん方々。
現在このクエヤセンネンの王様になってしもうた、ガドロサ言います、あんじょうよろしゅうに」
薄汚れた中でも随分綺麗な牢獄。牢の鍵だけは通常よりガチガチ。
相当に広い。10名くらいなら余裕でのびのび暮らせそうだ。
しかし、この優遇のされっぷりはどうだろう。
絨毯常備、トイレやシャワーまで常備という、なんというセレブリティ専用みたいな牢屋だろうかと、こう、何だろう、非常に納得がいかない。
軍曹、お前の部屋とここ、どっちが住み心地良さそうだと思う?
そんなことを言いたかったのだが、それより先に物が投げつけられてきて、やっとの思いで交わしたかのような真似しながら余裕で交わす。本当に気が立っているようだ。
「ガドロサ様、そんな煽らなくても」
「なんでや。挨拶が煽りとか聞いたことないわ。ふざけんな殴るぞ軍曹」
「フザケてるのは貴方じゃないのッ!」
一般的な服装だったであろうソレが一部一部破れ、一部は伸びきっていて、中々に色っぽい肩を露骨に魅せつける一人のダークエルフが声を荒らげて鉄格子へ体当たりした。
強く掴まれた鉄格子はガタガタ揺れる程。確かに力の方は有り余っているようだ。
クエヤセンネンは、やっぱりちょっと、寒かっただろうか。結構面白いかと思ったのだが。
「あたし達をこんな所に閉じ込めて、今度は何をやらそうって言うの!?」
「森の管理や?」
「フザケないでよッ!」
中にいるダークエルフの少女の数、約4名。確かに、500名からと考えればごく一部だと思う。問題は何をやらされていたかだが、聞いても教えてはくれまい。思い出したいとも思うまい。故に訊かないでおくのは、紳士の嗜み。
ただしその4名が今では何を言っているのか分からない。全員が今ではギャーギャー騒いでいて、もう何が何やら。出来れば順番に叫んでくれ。対応はしないから。
「軍曹、この牢屋の鍵持ってこい」
「はあ、いいですけど、開けるのに5分程掛かりますよ?」
ガチガチに固められた鍵。本来添えつけの鍵に加えて様々な鍵、南京錠だろうがもう本当何でも御座れな感じに固められた牢屋の入り口。確かに、開けるのは大変そうだ。
きっと彼女達が思い切り引っ掻いてきたり引っ張ってきたりで、本当に大変そうだ。
ならばもう、これでいいだろう。どうせこんな牢屋、不要になるのだから。
「悪いようにするつもりで来たんと違うで。まあ落ち着いてや?
軍曹、コーヒー持って来い。5人前な。ミルクは4人前」
鍵の全てが小さな音を立ててはじけ飛び、その破片を硬くて冷たい地面に撒き散らしながら、頑丈な扉が倒れた。
中々に喧しい音が響いてくれたものだ。この施設全体に響き渡ってくれただろう。多分、少女達の声よりも遥か遠くまで。
「10分以上掛かりますけど、大丈夫ですか?」
「なら水でエエで」
「畏まりました、ガドロサ様」
軍曹はのんびりとその場を後にする。
急げ。駆け足。ほら駆け足。
俺はそのまま牢獄の中に入り、誰が寝ているのかもしれないベッドに腰を下ろした。
そもそもベッドは二段で、見るからに30名程を収容する事を目論んで作られているようだ。
様々な道具、家具らしい家具やトイレにシャワーは無理やり作って詰め込んだだけらしいので、絨毯で誤魔化しました感がいい具合にマッチしていて限りなく浮いている。
しかし、狭い。広いようでここは狭い。
ここには空がない。ここには緑がない。それは、太陽がないのと同じで、星々が見えないのと同じ。空と大地が無限に広がっていないこの世界は、本当に狭い。
ダークエルフの少女達は、妙に肌がよく見える服の状態のままにコチラを警戒している。
しかしよく静かになってくれた。会話がのんびり出来そうで何よりである。
強いて言えば、この眠気がどうにか消え失せてほしい所なのだが。と欠伸。
「悪いな、来るの遅くなってしもうた。出したるで」
「貴方は、一体誰なの…」
平均年齢、12歳、もしくはソレ以下。
最初に勇ましい様を見せつけてくれていたこの少女は、10歳前後、としたものか。アーノルドより断然若そうだが、それでもしっかり者という印象。
……、見るとここにはもう一人居たらしい。
まだ乳離れも出来ていないくらいの赤ん坊が一人、泣きそうな顔でコチラを見ている。
この少女達の要望でここに居るのだろう。近くにはしっかり、育児に必要そうな道具が最低限以下に置かれていた。
少女達が妙に強張っているのに、静かにしている原因の一つという事だろう。
「この子、抱いていいか?」
「……ダメよ」
「なんでや?」
「信用できないから」
無視して抱きかかえてみたが、その目先の少女は何もしなかった。
いいや、出来なかったのだ。俺が怖いから。
赤ん坊はどうも男らしい。人間の見た目で判断するなら、生まれてきて1年か2年経ったくらいの赤ん坊。何とも言えない表情で、静かにコチラを見ているばかり。
ふっと息を吹きかけると驚いたような表情をする。だが警戒が解けたようだ。そのうち俺の顔に手を伸ばして、ヒゲを引っ張ってくれる。
「痛い、痛い痛い、あかんって、はは、ッつあ痛い痛い痛いッ!」
非常にお喜びらしく、とっても健康的な笑みを浮かべてくれている。
誰か助けてくれ。あかん抜けるマジこれゴッソリいく。
「ガドロサ様、何をしているのですか?」
「呑気に見とらんと早くどうにかしてくれやいたいたいたたたいったい痛いッ!」
非常にしょうもない事で大ダメージを受ける俺だったが、どうにか引き剥がす事に成功。
そのままベッドに寝かせつつ、適当なヌイグルミを取り出して渡してやる。
俺の備品の中に何でそんなものが存在しているのかと疑問に思われても仕方がないのだが、これにもワケはあるのだ。決して趣味ではなく。そして俺に育児経験があるワケでもなく。
まあこのヌイグルミは限りなくゴミなのでもうプレゼントだ。
……大変気に入ってくれたようである。楽しそうで何よりだ。
ヒゲが無事で、本当になによりだ。
眠気も吹っ飛んで、本当に、なによりだよ畜生。
「あれ、おい軍曹、コーヒーは?」
「え、いや、水でいいとおっしゃったではありませんか」
「ワイの分はコーヒーで頼むわ。眠いねん」
「……はあ」
軍曹、再び旅立っていく。駆け足。おい。駆け足。
というか今アイツ、当たり前のように牢屋に入ってきて水を置いて行ったが、この少女達に危害を加えられるという発想は頭に無かったのだろうか。
まあいいか。軍曹が殴られたり蹴られたりするのはいつもの事なのだ。今更そんなことを心配しても遅い。
「あ、ちゃうねん、話しに来たんや、話を」
「な、なによ…」
話は通じる。恐らく今の段階ならば余裕で耳を傾け、理解しようともしてくれるだろう。
が、納得するかは別の話。ココらへんは上手く利害が一致する事を、捏造してでも理解させない事には、首を縦に振ってくれないと思うべき。
忍びないとは思う。彼女らが首を縦に振るのを拒んだ場合、結局彼女達は牢屋の中だ。
確かにそれでもいい。それを望むならばこの狭い世界で一生を終えるのも悪くはない。
だが、だがしかしそれは、逃げだ。生きることから逃げているのだ。
生命的観点からすればそれは進化の過程でも何でもないのだ。間違えた選択なのだ。
……現在のように心が動く原因を作ったのはこの国のエルフ王。あのくそったれ暴君が原因。
こうして俺は王様になってしまったのだ。不覚にも俺へ全てを押し付けられている形だ。
本当に嫌だが、尻拭いをしなくてはならないだろう。全くもって難儀な話だ。
だが、彼女らの罪は本来、首だけになったエルフ王が背負うべき物。何がどうであろうとも、放っておくワケにもいかない。義務くらい果たして貰わなくては。
「さっきも言うたが、ああいや、簡単にでも説明した方がエエな。
ある程度の事は知ってると思うが、ワイはこの国の王様ぶっ殺して、新しくエルフの王様になったガドロサって事だけは知っといてくれな」
「……それで」
先ほどからこの少女ばかりが反応している所を見ると、後ろの3名はこの少女の硬い意思に感銘を覚えてついてきただけなのだろう。チラリと見ただけで酷い怯えっぷり。
確かに、強靭強固に出来た扉を、彼女達からすれば全く意味不明な原理で破壊してみせた俺を目の前にして怖くないワケもなく。
それは生命として当然の心の動きだ。恐怖心が残っているだけで上等。生きる希望というものを抱けているという証拠であり、証明なのだ。誇らしく思っていい。
そして、目の前の少女は度胸がある。他より薄い肌の色、変異なのか、長い長い、灰色の髪。辛そうな赤色の瞳。
一体この少女が何をされたのか、こんなに幼いのに、何をされてしまったのか。一体、何を強要されてしまったのか。
…考えたくもない。理解もしたくない。ただただ、怒りが静かに沸き立つばかりだ。
「最近、モナモの森っちゅー所に住んでる竜から、森の10分の1を譲り受けてな。
この国のホンマ近くに移動してきとんよ。そこを管理する仕事やって欲しいなーって。
ダークエルフ達全部招集してな、全部ダークエルフでそれやってもらおう思ってるんよ。
給料も出す。食料もモチロン、住むところだって作ったる。
だからお嬢さん方にも協力して欲しいんよ。そもそもここに捕まってるかのような現状が可怪しいっちゅー話やしな」
「何で貴方の手伝いをしなくちゃならないのよ」
当然の返答。他も同じ意見だろう。いいや、ここに送られて来たダークエルフ達全員が同じ事を思っているに違いない。
ようはそれに反抗しようとするか、それでもただ受け入れるしか生きる道がないと信じきっているかの違い。
この手の意思は驚異的なまでに強い。折るのは一苦労。
何せ酷い目に合わされてしまっても、それでもこれだけの反抗心をむき出しに出来る少女だ。明らかに他とは違って、その芯は強い。実に強い心を持っている。明確なまでの意思だ。
きっと良い母親になったのだろうなと、そう思うとガッカリする。
エルフ王、お前は本当に厄介な事をしてくれた。こんなにも強い少女をこんなにしてしまって、お前は一体、何様だったのだ。虫唾が奔るぞ。
ジューダス、お前は俺の命令を無視して無残な死をエルフ王に与えつけてくれたようだが、今ではその判断を正しいと言ってやろう。常々褒めるのを渋る俺から盛大に褒めてやってもいいくらいだ。
そんな苦痛でさえ足りないと思える所が残念だが、今更遅い。土になってしまった後では、俺でももうどうしようもない。
「何で、とは、変な話をするもんやな。
仕事と住まいを提供したるって話やん?
手伝ってくれではなく、仕事やらんか?って話。
こんな国やで?養うだけってワケにもいかんのよ。
いや本当は、無償で養うくらいの待遇用意してやりたいんやけどなー…」
「モナモの森が本当に移動してきたのだとして、それでそこの管理って……。
それって、こんなヒドい国に食料を運ぶシゴトって事じゃない。
フザケないで。こんな国の歯車に収まるなんて死んでもゴメンよ。
それに私達には故郷がある。未だ戦っている皆が居る。…え?」
この娘、勝手に踏み抜きやがった。
それは評価できる所であるし、余計な事だった。
「……、住む場所って、どういう事よ…」
たかだか10程度を生きただけであろう見た目。恐らく年齢もその通りなのだと思われる。
見た目通りなのはジューダスが証明してくれているような物。ようは成体になってから死ぬまでの寿命が長いというだけの事で、成長度は人間とそれほど差があるワケではない。
そう、たった10年、その程度を生きた少女に、現状を理解するだけの知能があるとは思っていなかった。
完全に抜かった。少々甘く見ていた。予測し切れなかった。
だが、もっとよく考えれば分かる話だったのは紛れもない事実。
この少女は芯から強いが、それを成立させているのは、その高い知性なのだ。ならば今の話で全てを理解するのは、不思議な話でも何でもなく。
やってしまった。やらかしてしまった。不覚。俺らしくもない。
やはりこの眠気が、俺の集中力の方を著しく阻害しているか。全くもって、難儀だ。
「……、察しが良さすぎるのは、考え物やな」
「ダークエルフの国が滅ぼされたって言うの!?」
軍曹が帰ってきたらしく、コーヒーを盆に乗せて固まっている。この異様な雰囲気に、ただ立ち尽くしている。他の少女達にも、大きな衝撃を与えてしまった。
最悪。これは最悪のケースだ。想定していた中でも最悪のケース。
何せ、目の前の少女の強い心をへし折りかねない、あまりに強い打撃過ぎるのだから。
帰るべき場所があるから、という部分に知性を注いで寄りかかっていたこの少女は、一気にバランスを崩して転落する程の衝撃を、受けてしまった。
それだけでは決して死ねぬ痛み。だが、痛みに耐えかねそのうち死ぬ。自害を選ぶ為だ。
現実とは予想以上に重い。いいや、現実程に重い物は存在しない。
人は空想によって死ぬこともある。世間から迫害を受けて死に至らざるを得ない場合もある。
だが、だがしかし思うのだ。
人は弾丸たった一発で死ぬのを考えれば、そんなものは本当に軽い物なのだと。
抗う暇さえ無いのだ。現実という物は。
「知らんままに肯いとったら、それでお前らは良かったんや。
そうすれば恨み辛みをワイに言いながら、それでも食べ物あって、笑う事だって少しは出来るようになって、そこの赤ん坊も大きく正しく育って、それで、それ以上なんて無かったんや。
そうやで。お前らの国、滅んだらしいで。つい2,3ヶ月前にな」
「そんなの嘘よ!あたし達の国は絶対に負けたりなんかしない!お父さんが負けるなんてありえない!こんな国だってすぐにやっつけてくれる!だって!」
「……」
「そんな………」
膝を折って、力なく泣き始める少女。
あまりに痛々しい。俺はこんな光景をあとどれくらい見れば許されるのだろうか。
生き続ける限り、許される事はないだろう。いつまでもこの光景を、何時何処問わず理不尽なタイミングで見るしか出来ないのだろう。
どうして笑って過ごせないのか。楽しい事だけで世界が埋め尽くされていて、平和だったならば、それだけで良かったのに。そうであったならば、良かったのに。
神よ。生きるだけでこれほどの罰を受けなくてはならない理由とは、一体何だと言うのだ。
世界はやはり、正しくなど出来ていない。
地球が完璧な球体をしていないから、綺麗に全てが回らない。
この世界は時間の進み方だけが平等に存在していて、しかし総合時間は平等ではない。
数値の上だけの正解が存在していて、だが現実は決して数値通りではない。
この世界は、不平等で不公平。限りなく狂っている。
まるで概念のように。不確かな夢のように。嘘のように。そして、現実のように。
「…信じられんか?」
「……」
近寄って頭を撫でる。
もう抵抗する気力すら残っていないらしい。振り払いもしない。動きもしなかった。
確かに完璧に折れたようだ。音だって聞こえそうな程だった。
その目は、最初以上に黒ずんでいる。綺麗な赤い目が、視界を殺している。
これではこの狭い世界がお似合いではないか。感じる力を失ったというのならば、空を見ても、大地を見ても、その臭いも、肌触りも、全く無意味だ。
ならば、望み通りに死なせてやってもいい。
お前が本当にそれを望むのならば、それでもいい。
お前は世界を知りすぎた。現実を知りすぎた。幼いのに、知りすぎたのだ。
だから、お前にはもっと明確な真実を見せてやろう。
それで決意が固められるのならば、それでお前が心から納得出来ると言うのであれば、最期、その時まで、俺が手伝ってやろうではないか。
「じゃ、行ってみるか?」
「え……?」
俺の発言に少女は顔を上げた。
涙に濡れてどうしようもないその瞳は、ただ光を受け入れて、妙に輝いていた。
***
こう、何か変だなと思ったら、俺、あの後すぐ寝る予定だったのだ。その筈だったのだ。
なのに空間をバカバカバリバリ壊しながら目的地付近を探し当てて、ようやく足を下ろしたのが俺で、付いていく事を希望した少女であった。
ちなみに軍曹、お留守番。頑張って一人で準備しててくれ。
しまった。コーヒー飲み忘れた。
……一気にああやる気が空に溶け消えていく……。
しかも、軍曹から地図でおよその位置を割り出しての散漫な空間捻じ曲げだった為、また微妙な所にやってきてしまったようであるし、もう踏んだり蹴ったりで無残で散々だ。俺の体力もそろそろ散財してしまう。そうしたらもうオヤスミナサイだ。
というか距離が距離だった所為で、初っ端の空間割りなんて、見当違いの場所に繋がったりしてくれた具合だ。だから4度目の現在位置こそは随分マシだと思う。もうそう思ってないとやってられなかった。
ここから目的地までは、かなり距離が存在する。
遠目に見えるダークエルフの国。その跡地が、こうして遥か遠くに見える。
ここから更に空間を叩き割るのもいいが、非常に疲れるからもう嫌だ。止め止め。もうそろそろ過労死する。
……なるほど、エルフの国程に強固ではなさそうな城壁は見事えぐられ、白いその瓦礫を嘔吐物のように撒き散らしてそのままにされている光景が、本当に遠目から確認出来る。
腐敗臭の方が圧倒的にキツいが、この独特の炭素の香り。確かに2,3ヶ月前の出来事だろう。ほぼ間違いない。
「一応訊くが、アレで合ってるよな?」
「…うん…」
今にも泣き出しそうな声で、俺の安物タンクトップを強く握ってくる。
そうか、お前であっても、真実をその目でハッキリ確認するのは怖いと思えるのか。
これから自分の手で命を投げ出そうと考えているお前であってさえ、怖いと感じるのか。
怖いだろう。そう、怖いに違いない。それが正しい反応だ。
自害など、自殺など、知性を得た生命最大の特権でありながら、それは史上最悪の特権。
本来の生命として、明らかに間違えた特権。権利。ある種でプライオリティと言われるような代物に相違ない。
だがしかし、しかしながら、お前の場合、それも仕方がないかもしれないと俺は思う。
まだまだ幼い。本当に幼い。しっかり者かもしれないお前だが、それでもやはり未熟なのだ。その心も、身体も、考えも、不安定でどうしようもないのだ。
誰かに縋り、誰かに泣きついて、そうしてようやく成立するような命。今まではそれを思って、実現するのだと思う事でどうにか生きながらえ、強い意思を持ち続け耐えたお前だった。
それが、現実が、こんな有り様とあっては、縋って生きながらえるしかないお前の唯一の支えがこれでは、もう死ぬしか道が無い。そして誰も頼れないような程に酷い目にあったお前なのだから、それこそ選択肢はない。
だから俺であってさえ、お前が死ぬ事へは何も言うまい。否、言えまい。
「マスクしとけ。これな。これマスクって言う超便利な代物な。
あと、こっから先は、死体が山のようにあるで。正直キッツイ光景になる。
ワイがこの世で最も凄惨やと思うんは、空爆やったりするんやけど、これはこれでホンマに酷い。腐敗して膨れとる具合とかが主に。
ああ、ワイは能力で街の様子見とんよ。
ほら、さっき通って来たガラスみたいなあの空間叩き割るアレも能力やってな。
そういや扉破壊した時も能力使ったな。まあ魔法みたいなもんや。光の能力者やねん」
「………」
静かに歩いて、目的地へ近寄っていく。
本当に距離がある。2マイル近くある。
…今更だが、何て距離だ。ふざけた距離だ。
だが既に、死体らしい死体が転がっている。
ダークエルフの死体と、人狼族の死体と、人間族の死体。
子どもが見るにはあまりに衝撃の大きいであろう死体。
腐敗していて、ロクに見ていられない状態。気分が悪くなっても仕方がないくらいには酷い。
この辺りはかなりたちの悪い病気が蔓延しているに違いない。早めにどうにかしないと、本当に不味い事になる。
というよりは、もう放置するしか手立てが無い気もする。
今更キャンプファイヤーしても手遅れ。死体を掻き集める事から困難だろう。
「……は、はあ…、はあ……」
息遣いが随分荒くなった少女。やはり堪えるか。だが無理もない。
…そういえば名前も聞いていなかった。
「お前、名前は?」
「は、あ、ぴ……はあ…」
「まあええわ。名前なんて聞いてもしゃーない。別に無理せんでエエで」
服は更にぎゅっと握りしめられた。
歩幅は非常に小さくなってきていて、足の動きも鈍い。
まるで水の中を歩いているかのような。一歩一歩が随分重苦しい。
戦っているのだろう。真実を知りたいという心と、見たくたい、帰りたいという心が、こんなにも小さな身体の、腹の底で。
「ピノ……」
「ん?ああ、ピノっちゅー名前なんな?」
あまり聞き馴染みは無い。固有名詞としても、名前としても。
「ピノ、歩くのが辛いなら、おぶっていったるで?」
そういうと、表情も見せぬまま静かに肯いて、そのまま地面を見続けた。全く動かなくもなかった。
なので俺はピノの身体を持ち上げて、背中に乗せる。
随分肯くのが早かったな、と思った。
足取りは重苦しかったが、やはり真実をどうしても知りたいのだろう。
強い意思だ。強い心だ。そう俺は思う。思わざるをえない。
…耳元から聞こえる辛そうな息遣いと、首を思い切り締め付けるその腕が、非常に熱い。
そして、なんとも軽い。生きている生命として不完全なだけあって、軽すぎる。
だが、やはり重たい。命とは重い。こんなにも重いのに、どうしてなのだろうか……。
「ん、おいおい…、なんでや、逃げるどころか……。
ピノ、ちょっと戦闘するで。そのまましっかり掴まっときや」
考え事をしている場合ではなくなったようだ。
人狼族でも人間族でも、ましてやダークエルフでもない存在が、こちらへ向かってきている。
見た限りは野犬。しかしただの野犬ではない。明らかにモンスターの類。強そうで硬そうだ。
大きさは野犬程度。ならばやりようは幾らでもある。
ただ、これは少々数が多いのではないだろうか。凄い数が一気にコチラに向かってきているらしい。
俺もまた駆け始める。あまり素早くも派手にも動けないが。
「見た目に相反して柔らかいな」
死体漁りをやめて思い切りコチラに向かってきた初めの一匹目が飛びかかってきそうだった。
なので無理やりその前に近寄って顔面を蹴っ飛ばす。
随分軽々しい骨の折れる音と共に、ブチリ、と首が空高く飛んていった。身体の方は軽快に後方で空中数回転後、落下。無様に転がって力なく横たわってしまう。
しかしそれだけでは身の程を理解出来ない生命体だったらしく、遅れて一気に何匹も何匹もやってくる。
特攻するしか知らない生命体なのだろう。野犬にしてもこれは、かなり間抜けだ。
……、恐怖心を削いだ生命か。お前らは単細胞か。ならば死ね。
「おとなしく死体を貪ってたらエエ物を、欲に目が眩み過ぎやで」
まるで蹴られて殺されるが為だけにやってきているかのようなこの的確なパスには、プロのサッカー選手も驚くだろう。俺もこんなにドリブルのやりにくいサッカーを知らない。
しかしかれこれ10匹以上が呆気無く死んだのに、まだ諦めようとしないモンスター達。どこからともなくやってくる為に、数の把握もイマイチ出来ない。
だが漠然と、このままでは100匹以上を蹴りつける必要性があるのではないだろうかというくらいの数だ。それ程に多い。
……いや流石にそれは面倒臭いし、既に足が血みどろで気持ち悪い。
このままでは体中真っ赤だ。ピノも一緒に真っ赤だ。ピノを地面に下ろした際の血が引っ付いていない感じがきっと滑稽になってしまう。レイアウトとしては最悪だ。
俺の武器、レイピアもどき、ではなく槍を取り出す。
とりあえず俺は、突く事が出来る武器は全般的に大得意。それに、何も切り刻んで殺す必要性は皆無だし、こいつら相手に俺の本命を使うのは勿体ない気がする。
長さピッタリ1ヤードの槍。片手槍だ。盾とかと本来併用するタイプだ。
小回りが効いて超便利で、使用中の隙も少ないし、範囲も意外とあるし、お手軽でもある。
鉄ばかりで出来た剣より軽いから余計に動きは軽やかであれる。故にこの武器は好きだ。
とにかくそれでグサグサ突きまくって牽制を試みる。蹴っ飛ばすで分からぬならば、ダメージをある程度与え、俺に対する恐怖心を植え付けてしまい、恐怖の向くままに撤退させたほうがいい気がしたからだ。集団が逃げる方向に皆逃げるのは必定。そういう物だろう。
しかしこいつらは予想以上に命知らずだったらしい。
何をしても逃げようとせず、その牙をこちらに向けて立てようとしてくるばかり。怪我など無視。槍捌きも無視。何も考えていないかのように、バカの一つ覚え。
もしかしてコイツ等、痛みを感じていないのだろうか。
いいや、単細胞説を強く推させてもらう。
生命が痛みを感じないなんて、本来あってはならないのだ。
「飽きた」
後ろにピノが居るのでそこまで無茶苦茶な動きは出来ない。俺単独ならば辺り一面は既に血の海になっていただろう。
何はともあれ疲れたのもあるし、何よりただひたすらに飽きたので、俺の能力、デストロンスを使って全部殺した。
光の攻撃。小さなレーザーが指から飛んで行くだけの、そう、レーザーガンみたいな。当然、ガンではない。レーザーガンって何だ。ガンの意味分かってるのか。眠い。
順番に死んでいくモンスター達。脳みそが衝撃を受けただけで死んでいく。
いや、それで死なない生命などもう生命ではないからして、こうなってもらわなくては困るのだが。
結局、辺り一面が血の海だ。だが最小限の攻撃故に、血の海というより死体の山というべきだろう。こいつらはただの肉塊であり、血が入ったただの袋。今ではそういう有り様だ。
あ、しまった。
これで余計にこの土地、不衛生さが悪化したのではないだろうか。
よく考えたらコイツ等は死体を食っていたのだ。せっかくの分解者をこうして全部殺してしまったのは、少々やり過ぎであり、そして限りなく軽率だったのではないだろうか。
とはいえ分解者など、カラスだとか他にも色々居るだろう。それに、俺はただ脅威を振り払っただけの事。何の事はない、何も心配する事はない、俺が毎日やって来た事の延長線上に過ぎない。珍しい出来事では決して無い。
なので俺、全く悪くない。そうに違いない。
「……、終わった?」
「終わったでー。とはいえこれから先は死体がグッジャグジャに荒らされとる。見たくないなら目を瞑ってただ静かに抱きついとき?」
「…うん……」
腐敗しきった死体達が無残に食い散らかされているとあらば、それはもう見るに耐えない光景だろう。これなら死んだばかりの死体の方がまだ見ていられる。
というより、綺麗な死体はまるで嘘のようにしか見えないくらいの物だ。
触れて冷たい、力が全く感じられない、とそう思って初めてそれが死体だと分かる程に、それは嘘のような現実としてそこに落ちている物なのだ。
まあ、2,3ヶ月だったか。それだけの時間の経過がある時点で、そんな綺麗な死体はもうここにはあるまい。というより人狼族が介入しているとあらば、死体は辱められて終わっている物ばかりになるだろうし、何というか、俺も随分酷な事をする男だと思う。
……、あの破壊された壁からモンスター達が侵入している事だろう。
先ほどの犬みたいな奴らならば大して苦労することもないのだが、どうだろう。
簡単に見た限りでは二足歩行している生命体は見つけられないが、妙に、変な気配を感じるような気がしている。
死体を踏み越え、残っていたらしいモンスターを撃ち殺しながら進んでいく。どんどん進んでいく。無遠慮に進んでいく。
…その気配は、ダークエルフの国に近寄ってみても、大して距離が縮まっているように感じない。
となると、どこか遠くからコチラを見ている存在、という事なのだろうか。
正直、何とも言えない。微妙だ。
ただ直感だけで言えば、これは現在の君主様ではない。間違いなくそれではない。
しかし中々に強い存在だと思われる。結構、厄介なタイプだという事だけが分かる。
正面から馬鹿正直にぶつかりにいってさえこの俺が負けるとは思えないのだが、それでも侮れない気がする。強いのだろうと、そう思わせるだけでも上等な獲物に違いはない。
壊れた壁付近には無数の矢が転がっており、特に人狼族の死体が多かった。食い合わされたらしい形跡もまた凄まじい。杜撰な戦争だと感心する。
しかしこれは、中々にキツイ。腐敗臭が鼻につく。こればかりは慣れようにも慣れる事出来るわけもなく、不意に嘔吐感を煽られる。
呼吸をある程度抑えながら、俺は跳んだ。この壁から全てを眺めた方が見通しが効いて良さそうだと、そう思ったからだった。
そのあまりの衝撃にピノは、城壁に登った段階で遅れてその腕の締め付けを強くした。
さて、これは見せていいのだろうか。死体よりは全然マシだと思うが、精神的ダメージは似たり寄ったりか、いやそれ以上かもしれないし。
そんな風に考え事をしていたが、ピノは見てしまったようである。
流石に急な衝撃が襲ってきたら、周りを確認もしたくなるか、と悠長に俺は思った。
「……街が…、あたし達の……、…」
「せやね。もはや街だった場所、過去形になってしもうてる」
火事が至る所で発生したのだろう。いいや、どちらかと言うと放火。無事な家の方が珍しいくらいに、平均的広さであろう街は真っ黒に成り果てている。
城らしい形をした城の方は形をほぼ完全に留めているが、それがかなり露骨で浮いている。
パパっと確認した限り、広場か公園だった場所に死体を集めて燃やしたらしい痕跡が見受けられた。そこは街の南方面。城が西方面。俺達は東方面。
城の背後は、大きな岩山がそびえ立っていて、ある意味背後は絶対の壁。故に袋のネズミともなるこの地形は、見事最悪の形でダークエルフ達を追い込んだ事だろう。
無事な集落が殆ど無い所を見れば、あとは判断はし良い。
人狼族だか人間族だかの兵士達は、この場所の後始末の最中なのだろう。2,3ヶ月も掛けておいて、その作業の方はロクに進んでいないようではあるが、城付近がある一定範囲、微妙に片付けられている所を見る限り、城が拠点になっているのは明白だ。
よーく目を凝らして見てみれば、門の前に見張りが立っているのが分かる。城周辺をウロウロする存在も発見。しかも人間族ばかり。作業はやる気がなさげだ。
あの申し訳程度に立っている旗、国旗のマークだろうそれを、俺は見たことがない。故にどこの軍か国の者か、把握のしようはない。君主様と関係があるのか無いのかさえ、軍曹から話を聞いてなかったら絶対に分からなかっただろう。
ともかく君主様はここには居ない。というより、こんな汚い土地に長居するメリットが無い。
ただ疑問視されるのは、ここは虐殺の限りを尽くされているという点か。それこそ火を起こして街を壊滅させている時点で、ノーマルエルフの場合と違い、ダークエルフを奴隷にする気がなかったかのような有り様。
あたかも、殲滅が目的だったかのような、そんな光景でしかない。
いいや、ノーマルエルフを奴隷にしようとしていたのはもしかすると、ゲル国の参謀シュンの目論みというだけだったのかもしれない。君主様の本来の目的は、殲滅、絶滅だったのかもしれない。
シュンはエルフ族を無力化し、それでいて奴隷とする事で、ある意味殲滅と同じ効果を挙げられるだけの自信と策、そして君主様が納得するだけの理屈や説得力があったのやもしれない。故にノーマル、パープルアイエルフ族だけは例外となった可能性がある。
そういえばシュンは出来る限り殲滅したくない、とか言っていたような気もする。
となるとこのダークエルフの国こそ、君主様の望む本当の形、という事。
とはいえ、あの城に何名かのダークエルフの生き残りが居るかもしれない。人狼族の特性だかで生きながらえさせられている可能性は大いにある。
それを助ける意義も理由も何もないが、さて。
まあいいか。これも成り行きだ。
「ピノ、あの城にはこの国をこんなにした屑共の残党が住んでるらしいで。
何やったら全部殺したるが、どうする?」
数にして1万もはおるまい。ここの整備の為に残された兵士達の数は多くても1000名程度。そのくらいが妥当。もはや罰ゲームで残されたかのような物だからこそ、2,3ヶ月でこの程度の進捗なのだろうから、士気も相当低いには違いない。
俺がただその気になっただけで、呆気無く終わらせる事が出来るだろう。
立地条件が最悪としか言いようのなかったダークエルフ達と同じ末路を辿るだろう。
「……あたし…、ヒドい事されたの…」
「……」
また泣いた。あーあ、泣き始めた。
これだから子どもは面倒くさい。
だが、そうであるからこそ、子どもは大人よりも理屈がよく分かっているのだ。
子どもじみている大人に魅力はないかもしれないが、それでも大人は生命の大事な部分を大いに失い、高慢に、強欲にただ生き、知性を悪用するばかりで本当嫌いだ。だから土になってしまえと俺はそう思うのだ。そしてそれしか道は無いのだとさえ思わせるのだ。
俺はピノのその細い腕を持ってやる。
「商売道具だって、足にオモシをつけられて…、道具のように…。寝る間なんて無くて……、毎朝働いて、毎晩……毎晩…ッ」
「…そか」
ソイツも後で殺しておいてやろう。
「どんなに、クヤしかったと思う…?
大人のシゴトを、子どものあたしが…出来るワケもないのに、毎日毎日…トロクサい、ヤクタタズって…そんな言葉が当たり前のように投げつけられて……」
俺の服が強く握りしめられて、軋みを上げた。
「でも助けなんて求めてやらなかったわ。イノチゴいだなんてしてやらなかったわ。何が何でもコびるなんて絶対、ゼッタイしてやらなかったわ。
どんなにヒドい事をされても、あたし、戦ってみせたわ……。
そんなの絶対、ゼッタイオカしい、間違ってるって思ったから……」
好き放題。やりたい放題。一方的に奪われ続け、自由など無く。
これではここで死んでいったダークエルフ達の末路と何も変わらないではないか。
この娘が受けた仕打ちは、完全に不条理ではないか。まさに人権が破綻している。常識さえも破綻している。何もかもが間違えている。
「でもね…、こんなに誰かの背中が、暖かいなんて知らなかったの……。
こんなに優しいだなんて…あたし、知らなかったの………」
「そか」
「新しい王様……、あいつら、全部、ゼンブ殺して…ッ。
子どものあたしじゃどうしようもないけど、それでもクヤしいよ…ッ
弱いから奪われるのはトーゼンだなんて…、受け入れきれないよ……ッ
全部、ゼンブ殺して…ッ…お願い、お願いします…、全部コロしてッ……!」
……。よく言った。子どもがよくぞ言った。
当然だろう。これだけ己が生命を、種族を、散々愚弄されたのだ。
お前の怒りは当然だ。発生して然るべき、それは実に自然的だ。
その心に沸き立つ思いだけではどうしようも無いことを、お前は本当はよく分かっている。
そしてそれに抗わず、悔し涙を浮かべてお前は、死ぬしか無かった。無力を噛み締めながら、ただの一人で死を選ぶしか無かった。
何も出来ないのだから。指を咥えているしか出来ない筈だったのだから。
だが生憎な事に、ここには俺が居る。俺に頼れば全ての悲願は達成される事実までもが、ここで当たり前のように、重力に身を任せて形となってこんな所に居るのだ。
何、簡単な事。これこそが運命。俺をここに呼び寄せた運命。時の流れ。自然。
まさに地球の意思と言わずして何と表現する。喩えようなどありはしないだろう。
俺は自称、地球の代弁者。
地球にとっての癌であり、地球にとっての善玉菌であり、白血球であり、病原菌であり、手足であって頭脳でもあるのだ。
理不尽を思うか人間族。不満を語るか人間族。
知っているか。言葉とはどこまでも重い物だ。
言葉ひとつで概念はすぐに揺れ、言葉一つで嘘が本当になり、本当が嘘に成り代わる。
だがそうではないのだ。言葉とはお前達が思う以上に重いのだ。
ピノが殺せとただそういっただけで、俺が動くことを決めた。
どうだ、これ以上に重い言葉は存在しない。そして、現実程に恐ろしい物は存在しない。
言葉が現実を動かすというのであれば、それは脅威だ。呪いの言葉と同じ代物なのだ。
さあ魔法は発動してしまったぞ。あわよくば朽ち果てろ、人間族。土に還れ、人間族。
全てが思考を捨て、地球に還る事でこの世界全ては初めて、平等になるのだ。
「分かった。全部殺す。殺し尽くして、土に還す。
それが終わったら、お前、ここのお姫様になれや。
きっとカッコイイ王子様がお前に求婚しに来るやろう。お前、めんこいしな。
あ、言うとくけど、ワイは結婚絶対お断りやから求婚しやせんからな。生涯独身がワイの信条や。誰も好きになんかならんからな絶対」
「…うん……」
一気に壁を降りる。岩で出来た壁は俺とピノの体重を支えるくらいの事、造作も無い。
壁は壁。風化するか意図して破壊されるまで、そこに鎮座するしかない哀れな建造物だ。
ダンっと随分重苦しい音を響かせながら、俺は地面に足を付けた。
今、ピノは俺が保護している。少々面倒ではあるが、一気に駆け抜け蹂躙するには必要不可欠な処置。この状態ならばピノへの衝撃はさほど大きな物ではなくなるし、風圧さえも何処かへ置き去りにしてしまえる。
更に、火炎の中を突っ切ろうが、槍の雨を走りぬけようが、弾丸の嵐を正面から受けようが、俺に、そしてピノには全くの無意味。ピノは今俺と同じ防御力を備えているのと同じ状態だ。
阻んでみせろ。抗ってみせろ。出来ることなら討伐してみせろ。
大義名分もロクに掲げられないお前達に竜が止められるならば、是非達成してみせろ。
ドラグーンソードを取り出す。細いレイピア形状のそれは綺羅びやかな登場。銀に光を放ったそれは目を突き刺すような痛みを与える。そしてそれがまるで合図かのようにして、足早にその場を後にしてしまう。
焼け焦げた大地。辱められた死体。苦痛の中で燃え死んだであろう黒い炭。レンガ造りの黒い岩の塊。木片。砂埃。水滴。空気。
置き去りにしていく。何もかもを、ピノが付けていたマスクさえも、概念さえも。
その辺で作業中の人間族は全てレーザーで殺す。お前達の断末魔など聞いてやるかと、頭と喉の両方を破壊してから先に進む。
そうやって城に到達した瞬間、まず正面入口前に居た見張り2名が死んだ。
首が冗談のように軽く宙を舞っている。
剣に付着した血を振り払うと、薄紅が地面を広く染めた。これによって悪魔の翼のようなアートの出来上がり。これは面白い。これをこの城至る所に置いていこう。
そのまま城の周辺を探り、動く者を見つけ次第通り過ぎる。その度に悪魔の翼のアートがハンコのように、ほぼ同じ形で押されていく。だが竜の足跡にしては小さすぎるか。インパクトが大きく欠けている。
死滅した。そう判断して正面を破壊。一気に庭に踊り出る。
一部人狼族が居るらしい。だが関係はない。全てはこの剣の錆になる事さえなく、悪魔の足跡を悪戯に残し続けるだけに終わるのだ。お前達の命と共に。
おい、どうした、認知さえ出来ていないではないか。異常にも気がつけていないではないか。
お前ら程度がどうしてこの大地を当たり前のように、したり顔のままノウノウと歩き、さも当然のように略奪し、必然と唱えるかのように生きながらえ、何故呼吸をしているのだ。
理由などありはすまい。お前達は理由なく生きているだけ。それは悪でも何でもない。
ただただ知性を持ってしまった事が悪。そして、ピノを悲しませた事が過ちだったのだ。
それだけだ。勿論、それだけのことだ。だが充分だろう。
歯車は繋がり動き出してしまった。それだけのことなのだ。
つまり、お前達はただ生きたいから生きているだけであるからして、俺が殺したいから殺す、という理由でお前達を葬るのは、何らおかしな話ではない。
もしこの思考そのものを否定するならば、お前達は矛盾している。
殺しの否定は、己が生きたいとする願望さえ否定するのと同一行為なのだ。
そして死ね。死んでしまえ。そんな矛盾を抱えた時点でもうどうしようもないから死ね。死ね死ね死ね。土になって地球にとって良き材料に戻ってしまえ。死ね。
4階建てらしい。この城はエルフの国の城よりも高いらしい。そして、そんな思考とは関係なく1階は全滅。食事中だろうが何中毒者だろうが全部死んだ。例外無し。
さて、ここまでで380くらいは斬ったか。どうだったか。思うより少ない気がするが、もうどうでもいい。関係などありはしない。全部殺すただそれだけの為に俺はここに居るのだから数なんてハナからどうでもいい。
2階も回った。遠い奴はレーザーで十字を描かせ、近い奴はこの剣で悪魔のマークの上で眠らせる。相も変わらず。他愛も無い。滑るように事切れて終わりを迎え続けている。
3階ももう同じだ。呆気なさすぎる。木偶の坊め。意気地なしめ。泥人形共め。
だが、4階は少々厄介か。
俺を感知している何者かがそこに居るのを、こんな間近になってやっと気がつけた。
どうやら俺がやって来た事など遠目で見ていたワケではなく、ただ何となく警戒していただけ。今やっと近くに来たことを察したらしかった。
…ちなみに、ダークエルフの生き残りは居なかった。能力を駆使して探して回ったが、居なかった。地下に女共の死体が山積されているばかりだった。
地下に居た屑共は当然、あの世行きだ。跡形も残していない。残す義理も理由も、それこそ毛ほども有りはしない。土にさえ還るな。空気に成り果てろ。塵くらいがお前達にはお似合いだ。
「へいお待ち、死神様のご登場や。長らくお待たせいたしました」
4階をある程度を回って兵士達をぶち殺した後、玉座の間に居るらしいソイツをようやくこの目に入れてやる。
返り血一つ浴びる事無く瞬く間に全てを殺した俺のその感情の滾りは、通常程度、常識程度の存在ならば昏倒するだけの威力を誇っているだろう。こんな密閉された空間とあっては、逃げ場もない。俺の感情は部屋を覆い尽くし、充満する。
ただし、この部屋に居る奴らは、そんなヤワではないらしい。もしくは鈍いだけか。
もはや何が起こっているのか分かっていないピノをゆっくり降ろして、俺は剣をヒュンヒュン前で回す。何かが飛んできているからではなく、血を払う意味でもなく、気分。
当然、俺の気分は上々だ。中々に楽しくて仕方がない。
これから楽しそうな奴と戦うのだ。楽しくない筈がないだろう。
「オード軍の兵士達がたった30秒程で壊滅させられてしまうとは、流石はベルデ様」
女だ。有り触れた、灰色の甲冑を着た女騎士。ただし、声を聞いてやっと女だと把握した。
トカゲのような顔。爬虫類独特の青紫を暗くしたような肌、鱗。ギザギザの瞳孔模様。比較的巨乳でもあるようだし、髪の毛も生えている。
え、あれ、爬虫類じゃないのかお前は。なんで毛が生えるの?どういう生命体だよお前。
「お初にお目にかかります。種族はリザードマン、表向きの所属はザツビ帝国、一応少将の位を頂いております、君主様の側近のコーダリスク・マクレーンです。お見知り置き下さい」
ご丁寧な自己紹介。
リザードマン、という種族は生憎ロクに聞いたことが無い。
確かにJAPANの漫画ではごく少量見かける事はあるのだが、それらしい話を俺自身ロクに聞いたことがない為、JAPAN戦闘民族国家におけるYOKAI、すなわち妖魔の類なのだと思っている。
でもリザードマンって思い切り英語圏の言葉で形成されているが、どうなのだろう。
何はともあれこんなにご丁寧に挨拶されたとあっては無下にも出来ない。俺は一応これでも元王族護衛兵。列記とした元騎士ガドロサだ。礼儀には礼儀で応えるのが礼儀。礼儀正しいお辞儀も加えておくとなお礼儀正しいのだろう。
でも礼儀正しいのはそんなに好きではない。堅苦しいのは性分ではないのだ。
「元、ゾルボニア王国、元陸軍階級大佐であり、元王族直属護衛軍所属、現在クイヴィエーネン国王、ベルデ・ガドロサ・ドラグーンや。あんじょうよろしゅう。
もしくはコレっきりになるかもしれん自己紹介やね」
何はともあれこの世界の住人だ。ファンタジーだ。基本は多分トールキンチックだ。それらしい形に違いないからコイツもやっぱり強い筈だ。気配もそれっぽいから楽しめそうだ。
とはいえ、アニマーとか言う魔法を扱える種族が圧倒的に少ないらしいし、この目先の存在を必要以上に過大評価するのは可哀想という物。
しかし分かるのだ。コイツは強い。間違いなくジューダスよりは強いし、ミゥ将軍と同じくらいに強い。いや、それ以上に強いかもしれない。
こう、感じるのだ。雰囲気が違う。色々違う。肌触りが違う。
とはいえ、俺からしたら大した事はない。力量差は見た限り歴然としている。
加えて俺は絶好調。沢山を殺して感情が暴れまわっている。そしてその感情を扱うのが俺達覚醒者。デストロンスという能力は、感情を消費して使うのだ。
これだけ感情が暴れていると、消費してもまたすぐに復活する。瞬きより早くゲージ回復出来てしまう。故に人類最強とされたようなもの。他には真似出来やしない。俺はただの覚醒者とは格が違うのだ。
お前に勝機は残されていないだろう。可哀想に。同情はしよう。
「てかオード軍とか言ってたな。それはオードの国ってのがあって、そこの軍って事やろ?
なんでパープルアイの居るエルフ国を潰す為同盟組んだ筈のザツビ帝国のお前が、ここで当たり前のように指揮官気取ってんねん」
「君主様より命を授かったからです。ここで貴方を殺す必要があると、そう命ぜられました」
だとしたらお前は非常に運が悪い。多分軍曹より運が悪い。今日はお前にとって悪夢の日だ。
だが、色々な意味で俺には勝てまい。俺にはジューダス姫というとんでもないお姫様が居る。その執着心にはチビッてしまいそうになったくらいだ。俺以上の不孝者はこの世界に居るワケがない。俺は現在、世界一不幸なのだ。
ともかく、状況を整理する。
この部屋に居る存在は、このリーザー、何だったか。とりあえず名前がコーダリスク・マクレーンで、ソイツが玉座の真ん前に居て、周りに10名程度の護衛兵らしい兵士達が居る。
周りは雑魚だ。ピノは俺から少し離れた位置で見ているし、何者かが隠れている気配もない。様々な方面において、特に危機らしい危機は感じない。
ならば先手必勝。下らないお遊戯は無駄で面倒で厄介で、時に脅威と成りうるのだ。
「と、言う具合の真似をしでかして全部を、お前を殺すのは少々味気ないし勿体無い。
お前とは一騎打ちしてやる。恨むなら君主様を恨むこった」
10名、撃沈。光の攻撃で十字を描き、壁に赤色の十字を作ってからその場に倒れる護衛。
所詮は人間族。数でどうにか強さを獲得した種族。
1億居ろうがただの人間族に、俺は殺せない。どんな兵器を用いてもだ。
覚醒者がどれだけ無茶苦茶で、俺がどれだけ無茶苦茶にその力を使いこなしているかを考えれば、分かる事だろう。理解出来ないなら証明しよう。
ああ、証明は今終わったか。それを認識してから逝ったかどうかはともかくとして。
さてさて、たった一人ぼっちになってしまいましたトカゲ族様、どうやってこの状況を覆してくれるのかを教えてくれると嬉しいのだが、はて、どうするつもりだ。策はあるのか?
「噂通り、厄介な能力をお持ちのようですね、ベルデ様」
「脅威と言え脅威と。厄介と脅威は必ずしも同一じゃあないんや。
そう、厄介は常に脅威足りうるとは限らん。故にワイの能力を厄介程度で語るのは失礼千万というモンや。身の程わきまえてもらおか?」
「いいえ、厄介止まりです。私にその不可思議な力は通用しません。では、行きますよ!」
ロングソードが獲物か。それは俺の世界での一般的な形状とは少々だけ違うように見える。
先端部分から中間部分まではほぼ知っているような形状、しかしそこからが、何というか、太い。そしてハンドルが、長い。
分かった、違う、アレは槍だ。とんでもなくブレイドの長い槍だ。
俺はそれをとりあえず正面から受ける。小手試しのつもりなのか、ただ振り下ろされただけの一撃。多少唸りを上げる程度の、のんびりした一撃。ただの一振り。
馬鹿野郎め、試しているのはお前ではなく、この俺だ。勘違いするな。自惚れるな。
とか思ったが、予想より重たい一撃だった。
とんでもなく頑丈なこのデル・アサシン・ドラグーンソードとはいえ、折れかねない。そう思って即座にその一撃を剣の上で滑らせて、難を逃れる。
思うよりは速い。一発一発は確かに強烈。だが交わせるし、速度も俺からすれば本当に遅い。
ハッキリ言って、ノロマだ。油断さえしなければどうという事はないし、この段階でもコイツの首を刎ねるのは造作も無い。呆気無く終わらせる事が、何時でも可能。
だがもう少しだけコイツの実力を試してやっても、それこそ少々遊んでやっても、バチは当たったりしないと思った。それに、厄介止まりと俺相手に言ってのけてくれたのだ。せめて厄介止まりであることを証明して貰ってから、地獄へ送ってやろう。
「なんや、それがワレの本気か。何か頭の後ろこそばゆくなってきたで?」
「やりますね。貴方は本当に強い。ですがこれからです」
トカゲ女は槍なのかハルバードなのか檄なのか斧だったりするのかもうハッキリしないそれを振り回し、的確に命を取りに来ている。
だがそれら全ては本当に無意味。予想を超える攻撃はやって来ないし、不意を突かれるような事も起こらない。焦るような事態にまで、発展してさえくれない。
なんだ、こんな物か。見立て違いもいい所。
多少のリズム変動、その一撃の速さが唐突に2倍以上にまで上がったりしてくれたが、別に驚く程の変化でもなかった。
全てはその動き見れば一目瞭然。その武器の振りかぶり具合、足腰の位置取り、目の動き、呼吸音、その全てから動きの予測が容易。仮にその予測の裏をかいたかのような動きをされても、俺が対応出来るだけの速さとあっては無意味も無意味、無駄な努力にしかならず。
というか、一発の攻撃が大きいからと言って受け切れないワケでもない。剣が折れなければいいだけなのだし、デストロンスを使えば一時的に強い力を引き出したり、対応するだけの力の向きを加えた攻撃も出来るしで、対応の方は今のところ、俺にとっては小学生の算数レベルで簡単。分数が何だ程度。面積が何だ程度。円周率は3.14でいい。暗算してやろう。
また、能力で背後に居るピノの様子を伺ったりしてみたり、他に何かの気配がないかと探ったりしてみたが、何もない。何の兆候も見受けられない。罠も一切無し。
それはまあ、いい。別にどうでもいい。元よりオマケだ。
そろそろ俺のこのデストロンスが厄介止まりの理由を教えてもらう頃合いだろう。実力の方はガッカリな結果だったと言うだけの事。評論家気取りもここで終わり。
動きや色々から俺の能力が厄介止まり発言の意味を察する事が出来ないならば、一発打ち込んで無理やり試す他にありはしない。
「死なない程度の贈り物や。送料はタダでエエで」
相手からすれば一瞬、俺からすればただの駆け足でマクレーンの背後に周って、その肩に指を乗せる。無論放つのは、散々撃ちばら撒いたレーザーガン。ガン、ではないのだったか。
とりあえずそれを打ち込んでみた。上手く行けばこれだけで武器を手放す事になるだろう。
「……ん、相殺されたか?」
遅れて武器を大振りしたマクレーンを他所に、俺はその辺を歩いて考察する。
全然だ。論外だ。まるで見えていないじゃないか。今のがミゥなら既に肉薄してしっかり俺の首目掛け剣を振るっている頃合いだろうに。
いやそれはもうどうでもいい。それよりも今の現象について考えるのが先だ。
一旦の戦闘停止を理解したマクレーンは、かなり悔しそうに武器を強く握りしめている。ピノを人質に、とかは考えないらしい。流石は由緒正しそうな騎士様だ。
はて、能力が打ち消される現象自体は別段珍しい事ではなかったりするのだが、これには異能の力が関わっていないと絶対に発生しないので、色々考えてみる。
俺等覚醒者の持つ能力、デストロンスという厭味ったらしい名前のコレは、それが全く同じ能力であってさえ、発した個体が違うというだけで相殺されてしまうという特性を持つ。しかも有り得ない物理現象、光のデストロンス攻撃を炎のデストロンス攻撃が打ち消しあう、みたいな、本当によく分からない現象まで起こるレベルで、意味不明である。
そもそもが、物理法則をほぼ完全に無視した能力なのだ。それくらいの意味不明さ加減はもはや驚くべき所でも何でもない。
加えて、異能の能力、恐らくパープルアイの使うアルマーという魔法であっても、デストロンスという能力は相殺されると思われる。今まで異能の能力に相殺されなかった試しがないので、恐らくではあるが、そうだろう。異能の力と相容れないという点は大きな特徴だ。
だが今の感覚には覚えがあった。こう、何というか、相殺される際の感覚が、見に覚えにありすぎるというか。今までで一番体感した事があるというか。
というかデストロンスとデストロンスのぶつかり合いによる相殺で間違いない。
となるとあの鎧、デストロンスで生成された代物なのか。それとも何かの能力が付与されている状態なのだろうか。
付与、は確かにありえる。デストロンスを扱いきれている存在ならば出来る。俺がピノを保護しながらここにやって来たのと、原理は一緒。なので付与も出来る筈だ。
しかし、俺が追っているベリアルにこんな真似が出来ただろうか。ああ、確か出来たとは思う。だが現在の君主様は、一体何だ。デストロンスを扱えるとでも言うのか。
いやいや、デストロンスは俺達の世界の出身者にしか扱えない代物。それは絶対だ。俺達の世界の住民以外に扱う事は、原理上出来ない。そう言っていた超化け物賢者様も居たのだ。
現在の君主様は、この世界の出身者にベリアルが手を施し、そう確か、種を植えつけたがどうのこうので、その種でデストロンスが扱えるようになるとも思えないし、ではマクレーンの鎧へデストロンスの何かしらの加護を付加したのはベリアルということになるのか。
……、流石に予測出来なくなってきた。憶測で物を語るのはかなり危険でもある。
だが、一発でそんな疑問相談なんでも解決出来る人がそこに丁度居るから聞いておこう。
「その鎧に能力をくっつけた奴は、誰や」
「答える義理はありません」
お前は武器を両手で上手く扱っているようだが、左利きらしいな。
ではまずその左腕を貰うとしようか。
ああいや、それは無理か。
「ぐああああああッ!」
貰うも何も、その左腕はもう無い様子なのだ。
仕方ないから右腕でも貰うか。しかしそれは可哀想な気もする。
いつの間にか片腕だけになってしまっているトカゲ人だ、右腕まで失うとかなり…、あ、そういえばトカゲ人は手が生えるのだろうか。尻尾だけ適応だったりするのだろうか。さて、どうなのだろう。俺の持つトカゲ薬を地で行ける奴だったりしないだろうか。
「質問増えたんやけど、エエか?その左腕ってまた生えてくるんか?」
「ぐあああ!あああッ!ああああああッ!」
膝をついて叫ぶだけのマクレーン少将。さて、そろそろ右腕を貰おうか。以下略。
あ、しまった。後ろにピノが居るのだった。少々やり過ぎたか。
このような過激な現実を受け入れられる程、ピノの心は成熟しきっていない筈だ。
「ピノー、もう遅いけどあんま見るもんやないでー」
「イギャアアアッ!!しゃ、シャべりまずッ!全てを喋りまずカらッ!!」
俺が回答を聞く前段階で既に右腕を、これまた綺麗に切断しておいたワケだが、ここでやっと喋ってくれる気になったらしい。
仕方ない、これ以上はやめておいてやろう。次は首の予定だったのだが、喋ってくれるらしいので終了。全てはお前が選んだのだから、俺だけは恨まないで欲しい。そう、恨むなら君主様を恨め。は、さっき口でしっかり述べてやったのだったか。
両手利きの俺だからこそ出来るのだが、綺麗な悪魔の翼が2つ左右対称に完成。芸術的だ。シンメトリーだ。俗にいう現代アートという物だろう。
勿論、これから起こる出来事はお察しの通りである。
無論、その出来事を起こすのは俺でしかないが。
「腕はああッ!ハアッ!生えないぃ…!」
「あっそ。そんでその鎧は何や。誰が能力くっつけやがったんや。
知らんなら知らんで、どこで入手したか言ってくれ。もしくは素材が特殊なんか?」
ピノが尻餅をついたらしい。流石に壮絶すぎて、腰が抜けたか。
確かに、腐敗する死体や動物に荒らされている最中の死体を見るよりは、現在の方がインパクトの強い光景だったかもしれない。見るなと言うのも遅かったし、見ずともこの声に泣き出しそうになっただろうから、何がどうであっても無駄だったに違いない。
……取りようによっては良き社会勉強になっただろう。だから俺は悪くない。悪いのはゴネたこのマクレーンだ。リドザーダドウォーズマンだ。
「く…君主様に……ッ」
「ほう、ソイツがデストロンスを。一体何者やねん。この世界は分からん事ばかりやな」
ベリアルではない、と来たか。本当に何者だろうか。
よしんば能力が使えるような状態になっているのだとしても、これほどまでに高位な使い方が出来るものなのだろうか。俺であってもギリギリ出来る技術だというのに。
もしかすると現在の君主様、かなりヤバイ奴なのではないだろうか。
だが相手が俺とあっては、仮に俺よりデストロンスを使いこなせている君主様だったのだとしても、感情の量、物量が圧倒的数値の俺に勝てるとは思えない。
俺の感情量は常人の20倍以上、瞬間的ならば150倍にも達すると言われている。
普通の人間なら頭がぶっ飛んでいるだろう。俺だから出来るだけ。君主様に出来るとは思えない。
実際、俺達の世界であっても、人類史上この境地に達した存在など俺含めてたったの2名のみ。他は精々最高点が20倍30倍程度。俺は明らかなまでに別格。特別。まさに突然変異。
もう殆ど遺伝子は残っていなさそうだが、一応竜の末裔。それも関与している、かもしれないしそうではないかもしれないし、結局の所、知る由もその気もない。
「う……うう…腕があ………ッ」
「あーはいはい悪かった悪かった、ちょいと待ちや。確かに教育上よろしくはないからな…」
抱える両腕さえ無くしてしまった絶望感と、強烈な痛みに膝を折り、その場で悶えるしか出来ないトカゲ族。
流石にこのまま殺すと、ピノが本気で立ち直れない気がする。せっかくこうして復讐を遂げ、生きる希望うんたらを再び手にしようとしているのに、大きく飛び越えて、一気に全てが台無しになりかねない。
そう、全てを殺せとは言ったのはピノだが、どう考えても可哀想すぎるこのトカゲ族の現状に、同情心を感じるのはもはや仕方がない事だ。知性がある以上、仕方がない。
獅子が誇り高いとされる理由はやはり、知性があるのか無いのかは別としても、獲物の息の根を止めるまでが非常に早い、真っ先に息の根を止めてやる所にある。ただ逃がす間を与えない為の本能的な行為なのだとしても、やはりその行動には恐れ入る物だ。
他の生命だと時折、鳥とかがそうだったりするが、殺さずにだとか、水で溺死させるだとか、丸呑みだとか、そういう感じだったりする事がザラ。トドメを刺さぬままに食べ始める事も当たり前の生命だって居る。寄生虫だなんて残酷さ加減で言えば最上級だろう。
で、俺はこの場合、マクレーンの腕を切り落とすなどという残酷な仕打ちをせず、多少手間でも力で完全屈服させてから聞き出すべきだった、と言えるワケで。もしくは躊躇いなく殺すべきだったという具合でしかなくて。
行為としては確かにゲテ。最悪。俺自身、大して好ましいと思える方法ではないのは事実だ。
なので、仕方なく、本当に仕方なく、トカゲ薬使ってやろうと考えた。
アレならば腕を生やすのも可能だ。アメジストの指よりは再生も遅かろうし、痛みもかなり酷いだろうが、なんとか元の状態に戻るだろう。
というか腕がきれいな断面のまま転がっているのだから、それを使えば少量で元に戻るか。
せっかくの悪魔の翼も使う機会無く終わってしまうのは、少々残念ではある。
とはいえこれだけの真似をこのダークエルフの国でやってのけたのはお前達だ。報いとしてはまだまだ軽い。羽根よりも軽い。
お前達はダークエルフを辱めた挙句、殺したというのだから、お前の苦痛など本当に短い短い。短すぎて吊り合いなどとれていない。シーソーもロクに出来やしない。天秤であってさえ、ピクリとも動きはしないだろう。
まあ今回はこれくらいで赦してやろう。後ろで泣きだしてしまっているダークエルフのお姫様もこれ以上を望んでいない様子なので、これにて戦争は終了、皆殺しの命令も解除。
ようはピノが納得するかしないか、そこが問題になるのだ。
皆殺しの条件を満たさずとも、ピノがもういいと思うならそれまで。俺が動く必然性は無い。
元より俺は部外者。当事者達のこの杜撰な様、そしてピノに感情移入したような物。
ならば俺はこれ以上、俺の感情を相手にぶつけていい道理はない。
「いっそ、殺せェ………ッ!」
…おい、何と言った?
今、今何と言った?
いいや、聞き違えでも幻聴でも何でもない。
確かに言ったな、お前は、言ってしまったな?
今この場で一番吐いてはならない台詞を、言ってしまいやがったな?
「……今、殺せと言ったな。言いやがったな。
確かに何をするかは告げていない。ああ、告げていないとも。
だがお前は、腕をもがれた、ただそれだけの事でもう生を諦めているのか。
巫山戯るなよリザードウーマン。巫山戯るな、少将殿。メイジャー ジェネラル。
お前達はこの土地に住んでいたダークエルフ達の命乞いに耳を傾けた事があるか?
お前達はダークエルフ達が死にたいと言っても耳を傾けてやった事があるか?
ピノがお前以上に苦しんでいる事実を知らぬまま、お前だけが心を傾けているというのか?
平和に生きる存在達の生きたいという生命的欲望を根こそぎ刈り取っておいて、屈辱と陵辱の限りを尽くしておいて、ただただ男共を殺戮し、労働を強制もし、女だろうが物だろうがそれが家族だろうとも奪われる事に有無も是非も言わさず、尊厳その物を悪戯に破壊し尽くしておいて、女共を道具のように使用し、腰を振る事さえまで強要して、羞恥だけをただ煽り、心も身体も思う存分堪能しておいて、散々に欲望をぶちまけておいて、そうただそれだけの為に死の権利さえ完全に剥奪しておいて、まさに自由を略奪し、一方的に従わせておいて、脅迫さえしておいて、それでいて好き放題しておいて、余興程度にその命を斬り伏せておいて、最も辛い現実だけを与えつけておいて、挙句は仲間の死にも動じず、下らない誇りか何かの為に逃げもせず、その結果がお前のザマだろうが。オポテュニズムも大概にしろ。
ああ、まるで同じだ。人間族と思考が根本的に同じ。
誇り高いお前が掲げるのは結局、誇りでもクソでもない。
ゴミクズのようなマヤカシに取り憑かれ虚偽を吐き出す、高飛車で愚かな泥人形がお前だ。
何たる騎士様だよ。お前は地獄で這いずりまわる権利と資格を備えていると言っても過言じゃあない。それほどまでに賤しい心の持ち主だよ貴様は。
最高の武勲だ。武功に見合った対価だ。そして義務だ。強制されて然るべき。罪はやはり裁かれるべき。そう思うだろう、お前も。
だが生憎ワイには女を辱める趣味もなければ、苦痛をただ悪戯に長引かせる趣味もない。
実刑は平等。大地に還る事、地球に還る事、それ以上でも以下でもない。
故に不釣合いなのだ、この刑罰とは本来。
しかしここにて平等でなくてはいつまでも均等にはなるまいよ。
だがここで執り行われる死刑執行が如何に不釣合いに見て取れようとも、地獄はお前の事をほくそ笑みながら地下深くの深淵にて哮りを上げているのだ!
如何に言い訳を並べ立てようともお前のその心はただ灼熱の業火で焼け爛れるだけなのだ!
そうして赤裸々になって初めて己の顔を見るだろう!
その醜悪な様を己の目に入れ焼き付けろ!そのまま最長点まで絶望しろ!それも無限螺旋の最中で永遠にだ!
それは何者にも勝る程、醜い形で見える筈だ、罪に見合った待遇の筈だ。絶対にな。
まあそういう事や、元々予約は取ってあるから、安心して逝け。ただ堕ちろ。下衆種族。虚妄の騎士よ」
マクレーンはまるで顔面に思い切りに蹴りを入れられたかのように、飛んだ。
そんなしょうもない防具でこのデル・アサシン。ドラグーンの一撃を防ぎ切れると思うなよ。 俺が放つデストロンスを防ぎきれるとも思うなよ。
粗末かつ矮小で、何ら芸のない小道具を身につけた所で、俺の前ではそんなもの、紙切れも同然の効果程度。結局貴様は裸も同然で俺の前に立っていたのだ。身の程知らずの愚か者めが。
無様に鮮血は帯のように地面を這い、見事悪魔の翼を生やすかのように、そのマークの上に乗ったマクレーン。
さあ地面に向かって勢いをつけて飛び立て。慈悲だ。祈りも捧げてやろう。
お前の血液で作った逆さ十字は慈悲。お前には勿体無い程の贈り物だ。これで心置きなく地獄へ堕ちる事が出来るだろう。
さらばマクレーン。二度と会うこともあるまい。
地獄は2,3ヶ月前のダークエルフの国よりも、真っ赤に燃えている筈だ。そこで永遠に、無様に、踊り続けるがいい。
何度考えてみてもやはり、お前には似合いの結末だと思うぞ。良かったな。
「………」
「さて、任務完了や、お姫様」
その目にあるのは恐怖だけ。ピノは信じられない光景を目の当たりにして、完全に萎縮していた。
どうしたものか。確かにやり過ぎた感はあるが、それでも当然の報い、寧ろそれ以下、あまりに軽々しい報いである筈なのだ。
しかしながら、それを子どもに説明しても理解してもらえるワケがない。
というか、普通の神経をしている存在ならばまず理解してくれないだろう。
辺り一面は血の十字架、4つに分断された死体が10個、パーツで言うなら40個と、マクレーンの腕2つに、無様な儀式場に横たわる、無様なマクレーン本体。
これって普通に考えたらトラウマものだよね、と軽々しく言えるのは俺くらいなもの。
まさにトラウマを植え付けられてしまった感否めないピノ。
よし!
うん、どうしよう。どうしたらいいだろう。
ハッキリ言って、勢いにのってやってしまっただけだ。助ける意思はあったのだが、ちょっとイラッと来てついつい殺ってしまっただけ。ほんの出来心。あの、事故。これは事故。
いや本当、どうすればいいだろう。とりあえずエルフの国に帰るべきという事だけは分かる。
そもそも、やるべき事がおびただしいくらいにあるのが俺だ。あと何時間だったか、とにかくゲル国をぶっ潰す予定もあるし、ゆっくり眠る時間も必要だし。
「怖いね…」
「へ?」
「貴方って、ホントウに怖い人なんだね……」
そうでしょうとも。それ以外で言い表せないでしょうとも。
だがピノはそれでも、震える足を無理やりに動かして立ち上がり、危なっかしい動きでコチラに歩み寄り、そうして、寄りかかって来る。
「…ありがとう……、嬉しかった…」
……、強い娘だ。
たった10歳程度の幼い少女だというのに、これだけの凄惨な国の現状と、まさに今行われた凄惨な出来事と、殺戮された跡と、今まさに行われた殺戮と、そんな全てを受け止めてまだ立ち上がって。
行動の是非、経過の是非、程度の是非ではないらしい。
ただこの娘が考える、正しい、間違い、という判断、結果論だけが基準。正解。
それが如何に惨たらしい事であろうとも、それが如何に間違いだらけであろうとも、矛盾に塗り固められた正義であったのだとしても、結果としての是非をこの娘は、この娘なりにしっかり判断して、それでいて受け入れようとしているのだ。
なあ、お前、分かっているか?
お前の身体はお前が思う以上にボロボロなんだぞ。
衰弱仕切ったお前のその身体は、本当は歩く事さえ儘ならない程に、ボロボロなんだぞ。
俺はお前が死にたそうだからここに連れてきたのに、こんな光景を目に焼き付けたらそれだけで死にたくなってしまうだろうに。
後でアメジストにでも治療させねばなるまい。出来れば早い方がいい。
「ほら、また背中に乗りや。無理すんな」
「……嬉しかったのに…、なんでこんなに、悲しいんだろ……」
空間を叩き割って、エルフ国に近い場所まで無理やり繋ぐ。
流石に感情が暴れていただけあり、かなり近かった。正確性は中々だ。
出来れば1マイル程離れた場所じゃなければ良かったのだが、もう我儘は言うまい。最初と比べればマシなのだから、もうそれでいい。
「あたし、王様のコトがこんなに怖いのに、暖かくって……もう、ワケわかんない……」
なにはともあれ、彼女は死を諦めたようだ。
これだけの出来事に巻き込まれたとあっては、その責任感も大きいだろう。こんな小さな身体に背負おうものなら潰されてしまいかねない。
だからこそ、恩義を返そうと働くのだろうとまで、予想出来る。
大丈夫だ。お前は強い娘だ。俺が保証しよう。
お前は真理に最も近い。その価値観は俺が思う真理に限りなく近い。
未だその心と身体は不安定で未熟なのかもしれないが、お前は確かに強くなるだろう。
そしてその時、成熟したその時は、俺が認める数少ない人間になるのだろう。
今はただ休んでいい。無理に前に進もうとしなくていい。
子どもなのだ。ゆっくり、ゆっくり休むといい。それでいいのだ。それくらいで。
そして、俺はこの後無事に、眠りにつく事が出来るのだろうか。
乞うご期待。
いやホント、乞う。乞うからお願い。
期待じゃなくてお願い。一生のお願い。
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