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 今朝方に見えたのは、どす黒い雲だった。

 つい先日からスコールに悩まされたこの大地ではあるのだが、今度は綺麗な雨が降るらしい。

 そもそも今日まで降り注ぎ続けていた鉄分入りの雨など、大地が浄化するにはかなりの時間を必要である。それが少量であれば別に大した事もなかっただろう。

 しかしながら連日続いた赤い雨は生ゴミをオマケにつけているのが主な原因となり、災害レベルにまで発展していた。

 あれだけ盛大にやってのけたキャンプファイヤーは所詮、そんな災害をある程度抑えただけに過ぎない。結局の所、防ぎようなど無かったのだ。コップ一杯の水を零して、それをまた元通りに戻すのが不可能なのと同じ事。出来ないのだから仕方がない。

 しかし問題は解消せねばなるまい。このままでは病気が蔓延ってしまうだろう。そんな兆候である蝿が、あ、ほら今も。こうして無駄に横切る事が当たり前になってしまっている。

 意外に思うかもしれないが、(ワイ)は綺麗好きだったりする。

 返り血を浴びた日にはシャワー直行、手が汚れたらアルコール消毒、ハンカチは常に携帯、ポケットティシュも常備、タオル持参、風呂の温度適当。

 物を置く場所は気分。資料は適当。漫画は本棚へ。順番キッチリ、状態バッチリ、何時でも読めていつでも綺麗。流石の俺。流石綺麗好き。

 そう、とりあえず不愉快なのだ。蝿が横切っているこの環境こそは。

 それは置いといて、いや、蝿は捨て置けない。この不衛生的環境こそは、早々に手を打たねばなるまい。

 不衛生は危険過ぎる。黒死病、ペストのような病気が流行する。大惨事を招く事は確実。こればかりは目を瞑ろうが瞑るまいが、憶測出来てしまう出来事だ。そして、絶対に起こるのだ。

 俺という存在はこの世界からすれば異世界の住民であり、その異世界においての独自の謎の魔法のような何か、デストロンス、起源はデストロイヤーズという言葉だったらしいソレのおかげで体の免疫はアホのように高い。

 正確には免疫ではなく、排斥する作用が強いだけ。ある程度は白血球が頑張ってくれているのだろうが、ヤバイと判断された物に至っては強制的に追い出してしまう。

 異世界を移動する際に懸念される三大要素がある。

 空気の混合濃度、重力の度合い、そして病原菌である。

 宇宙を股にかけて移動すれば当然、未知の病原菌に出会う。よく聞くと思われる風土病などが、分かりやすい例となるだろうか。

 当然、知らない土地に行けばそんな病気に一瞬で感染して死に至る。その世界では風邪程度の病気であっても、免疫が無いならば死ぬしかないのだ。

 空気の度合いは勿論、酸素が濃いか薄いかでさえ死活問題である。重力だって度合いによっては体に異常を来たし、体調不良、最悪は死亡となる。主に体内水分の関係で。

 異世界移動という無茶苦茶を成し遂げるには、俺のように謎の作用で適応出来るだけの能力を備えて無ければならない。さもなくば死ぬだけ。食事も儘ならないならば、ヨモツヘグイ、黄泉竈食ひそのままの有り様でしかなくなるだろう。

 いや、そういう話ではない。そういう話もしたいが、そういう話が論点ではない。脱線した。

 何が言いたいか、結論だけ述べるならば、面倒くさいという事だ。

 何が面倒かと言えば、現状全てである。

 人間とはどいつもこいつも、自分のことで手一杯。俺もまたその範疇から抜け出せていない。

 朝日さえ拝めないとは、これまた酷い朝だと思わざるをえない。

 雨もまだまだ降る様子ではない所を見ると、随分哀しい朝だと言えるのではないだろうか。

 仮に日の出をこの眼に映し出す事ができていたとしよう。もしくはによっては繊細で軽やかな雨音を耳に入れる状況だったとしよう。

 そうだったにしてもこの心は納得出来なかった。何も爽やかではなかったに違いない。

 何故どうして連日徹夜しなくてはならないのか。ふざけているのか。

 元々徹夜の原因を作ったのは俺なのだが、それにしてもではないだろうか。

 この世界にやってきて1日目の徹夜は仕方がなかった。国崩しを当たり前にやってのけ、この国の暴君に成り下がってしまったのだから、急ぎ色々やらなくてはならなかったのだ。

 2日目も仕方がなかったような気がする。なにせ竜を狩らなくてはならなかったのだ。なのにガキが竜狩りに同行するものだから、しかもどこぞの元中将様が後々どっか行きやがるものだから、本当にどうしようもなかったのだ。他に徹夜してまで色々警備出来る奴など居なかったのだから、もう不可抗力と言ってもいいだろう。

 3日目もまた仕方が無かった。なにせ竜であるヴィーヴルを救う為の作戦を皆に教えてやる必要があったのだ。準備する時間的余裕は殆ど無い。だが行動こそは早いに越した事はない。でなくては予定がどんどん崩れていく。時間経過は策を脆く風化させ、最後には無遠慮に砕いて去っていくのが常々だからである。

 あえて言おう。時間とは災害なのだ。

 という格言らしからぬ戯言は放っておいて、ええと確か、そう、今日が4日目の朝である。曇りであり、蝿が居る、3徹目の朝である。

 ……つまり、何だ。

 じゃあ納得が出来ても出来なくても、結局徹夜せざるを得なかったのは仕方なかったという事か。

 いやいやいや、納得出来ない。出来るだけの理由をここに急いで持ってこい。

「お呼びですか?」

「呼んどらんから早う寝ろや」

 ヘタすると露出狂になる可能性がある超頭おかしい、元お姫様であるジューダス・アルブフェイラ姫様、瞳の色がアメジスト色なので、勝手にアメジストと俺は呼んでいる奴なのだが、今何故か唐突に献身的な態度で擦り寄って来ているので一蹴してやる。

 唐突に俺に惚れては尋常ならざる忠誠心を魅せつけてくれるこの巨乳娘は、すごく、それはそれは表現に苦しむ程に読みにくい思考と行動と理念と心情と価値観を抱えており、ハッキリ言って俺がこの世界から旅立てなくなっている大きな重石、足かせ、いいや、もはや鎖である。

 とても美人さんであり、これまた俺に従順で、命令すれば何でもする。本当に何でもする。

 そうそう聞いてくださいよ奥さん。この前この娘ったら、指を当たり前のようにチョンパしたんですよ。挙句の果ては淫らに踊りましょうかとか、ね、いやいや指、指がね?指無い状態で頬を赤く染めながら嬉しそうにね?

 可怪しいでしょ?絶対変でしょ?気持ち悪いでしょ?吐くでしょ?

 考えるだけで、というか思い返すだけで頭が痛くなってきた。

ただでさえ俺は色々と一杯一杯なのだから、もうこれ以上俺を追い詰めるのだけはご勘弁願いたい。ご協力の程よろしくお願いいたします。

 先ほどもチラリと述べたが、現在の戦争相手であるのゲルマニウムだかゲルセミウムだか、通称ゲル国の元中将様、人狼族の元頭領、元君主様の足の裏ペロペロ係、今はフリーランスだか俺の配下だか、複雑な肩書を持つミゥ将軍の方は、そんなアルブフェイラ姫をかなりお気に入り、正確には惚れ込んでいるらしく、上手くやればこの不条理たる呪縛から俺が逃げ切れる可能性を秘めている、という捕捉をあえてしておこう。

 そんなミゥ将軍は無口な奴で、顔も狼の所為でなんとも表情が読み取りにくいという難点があったりしたりである。

 ちなみに、疲れていたのか俺より先に休むという横行をやってのけてくれている。

 アメジストさえ寝ずにここに居るというのに。

 むしろ貴方は早く自分の部屋でお休みしてください。

 言ってしまえばミゥ将軍の不在、俺の許可なく身勝手に休息を開始してしまった事こそ、俺が不機嫌である理由だ。寝不足と並ぶ、いいや違う。寝不足だから、ミゥ将軍だけ眠ったという事実に腹が立つというだけで。

 ああ畜生め。畜生らしい見た目の畜生め。

 後で何をしてやろうか。あの硬いのか柔らかいのか一切知れぬ体毛を全部刈り取って、恥ずかしくて出歩けない姿にでもしてやれば俺の気は晴れやかになるだろうか。

 とはいえ俺はミゥに腕を磨いてもらおう、強くなってもらおう、と俺が思っているので、そんな馬鹿な真似をして予定が狂いまくられても困る。やりすぎるともう二度と世間に復帰出来まい。そんなうだつの上がらぬ輩にしてしまった原因が俺とあっては、怒りの行き場を失ってストレスで今度は俺がハゲかねない。もしくは軍曹が。

 んで、何の、話だったか。

 とりあえず今日は雨が降りそうな気配が満々であるという事と、今から約72時間後に行われるゲル国粛清に加えて、昨日出会って色々あって本当色々な都合でヴィーヴルという竜を救ってやろうという話、こそが話題になるべきか。

 あと一応程度に、このエルフの国の名前はクイヴィエーネンというらしい。

 どうでもエエねんみたいな関西弁感たっぷりだが、JAPAN戦闘民族にしかこの渾身のギャグは届かないだろう。実際どうでもいいギャグだ。これぞ、どうでもエエねんだ。

 そんなどうでもエエねん国は、ゲルマニクス帝国、そして他2国程(割愛)と同盟を結んだ連合軍に滅ぼされそうになっていたのだが、それとは関係なく、まさについ先日まで食糧難に陥っており、現在でさえ病人やけが人のごった返し、人材不足は甚だしかったりする。

 が、この国にやってきた時からコキ使ってやっている、エルフ族の軍の部隊長だと思われる、そういえば名前聞いてない。アイツ誰や。

 とりあえず軍曹だサージェントだ部隊長だと毎度呼んでいるので、名前などあろうが無かろうが俺には一切関係はない。そう関係ない話だ。ソイツが居るので人員不足もどうにかしてくれるだろう。そうに違いない。責任も仕事も面倒事もアイツに丸投げしとこう。

 何はともあれそんなクソみたいな状況の国で、ヴィーヴルを救いつつゲル国を本物のゲルに変える為の作戦を昨日の昼間から今朝に掛けて、説明と作戦の細かな調整、加えて準備と色々と色々。もう何から話せばいいのやら。

 簡単に言えば眠いのだ。もう寝ていいだろうか。そこら辺でもいいので。

 それこそセメントだろうがレンガだろうが、今の俺にとってはザ・フランスベッドと成り代わるだろう。それくらい眠いのだ。

 そう、そもそも、この城は古臭い。構造から何まで堅苦しい。こんな大きな家でのんびりしろという方が難しい。ならばいっそ城下町で宿泊する方がマシだ。最悪テントで眠ったほうが気楽でもある。いっそ庭で寝てやってもいい。その辺の犬小屋ももはや許容範囲だ。牢獄よりは快適に過ごせるだろう。ああ、そうに違いない。間違いない。

 とはいえ、俺が人間だった頃はお城に住んでいたのだし、今まさにコキ使われている軍曹の立場が当時の俺そのものだし、別に寝る事だけならあまり困らないような。

 いいや困る。住み慣れた城じゃないのだ、そしてもういいやこの話めんどい。

 という具合に面倒を感じつつ、疲れまでもを感じつつ、眠気を噛み殺しつつ、メイド達を呼んで料理を作らせる事にした。

 あ、聞いて?ねえ聞いて?

 失礼、先日見てビックリした事を、聞いて欲しい。

 事ある度に紅茶を作らせて、味を堪能し続けていたのが俺ではあるのだが、こう冷静に、何か色が、しっかり見たら何か変だなと思って、こっそり男子禁制の厨房覗いて見たのだ。

 そしたらもうビックリ。メイド達、驚く程に紅茶の作り方が超適当だった吐いた。

 正直な所、料理もかなり不味いもので、一体どうしてこんな不味いのかをそんな経緯で見てみると、それはそれは凄い有り様で。

 勿論その状況こそは、少々考えれば分かる事だ。

 彼女らは、数日前にクビスマスツリーに飾られる事となったエルフ王の奴隷達。こんなに綺麗どころを集めて、そうつい先日まで、いいように弄ばれ続けていた女達だ。

 もはや社会復帰不可能。常識が根底から狂っているし、その目は未だに乾いた目よりも断然ドライ。力ないそのほほ笑みは何処と無くホラーだし、メイド達も個人個人で楽しげな女子トークなる物をしやしないし、自由時間を与えても立ちっぱなしでそこに居るし、機械的に起きてメイドごっこやって寝て、また起きてそれの繰り返し。

 当たり前のことだった。作れるワケがない。人間らしい行為さえ知らぬような、生き方さえ分からぬようなコイツらが、料理も紅茶を作れるワケが無い。

 それを今まで全く考慮に入れていなかった俺も問題だろうし、アメジストや軍曹までもがそれに関して一切触れていないのもまた問題だ。この城はまさに腐りきっている。

 で、アメジストに紅茶を淹れさせてみたら、これまたビックリ。

 普通に普通だった。

 じゃあ料理作ってみろと命令してみると、流石にどうにもならなかったみたいで、調味料を一切入れない肉料理が飛び出してきた。見事エンカウント、エンゲージ。

 血まみれで、なにこれ、鰹のタタキってやつですかねこれ、みたいな事になっていた。

 とりあえず今日の昼飯は、ミゥに作らせてみようと思っている。朝飯はメイド達に作らせるが、昼飯担当はミゥだ。作れ。働け。

 というか、何処かに元城の料理長だかは居ると思うのだが、俺がここに来てからというものの、誰も出入りしようとさえしない有り様が続いている。

 お陰で新人メイドを育成する先輩も居ないし、庭の手入れもしてないので烏がよく止まっているし。不吉過ぎるだろお前らどうにかしろ。

 ああそうだ、おい軍曹、早急になんとかしてくれ。

 とりあえず蝿をどうにかする道具と、新人メイド達をどうにかする奴と、本物のコックと、政治出来る系の奴を呼んでこい。今すぐに。

「……、そういえばアメジスト、看板は立てたか?」

「何の話ですか?」

 モココだかモネモだか、モナモの樹海ですはい。

 そこに行く前にアメジストには、大項目となるべき政治基盤をとりあえず程度に記載したどでかい看板を設置するよう命令しておいたのだが、それさえ覚えていないとは一体。

 いいや、そんな具合だから今まで紅茶も料理も酷い有り様だったのだろう。畜生誰か助けてくれ。軍曹とりあえずお前今すぐサンドバッグになってくれ。

「ほら、あのデカイ看板や。ワイが王様やー、みたいなの書いてた」

「設置して終わっています」

 覚えとるやないか。何やねん。

「いえ、それとは別の事かと思いまして。

 私が設置を抜かるなどあり得ません。ベルデ様の命令は絶対ですから」

「……ああ、はい」

 何かポワポワとして満足そうな微笑みのアメジスト。もう話しかけないでおこう。妄想力たくましい彼女に文句を言おうが指摘しようが無駄だ。逆に怖い。

 何はともあれ、今は待ちだ。特に俺からする事、すべき事はない。粗方は軍曹に命令して終わっている。他に思い当たる事もないし、もう終わりだ。ゲル国もすぐに終わる、とかかっている。上手い。

 強いて言うなら、アメジストを何処かに追いやる算段を考えなくてはならない、という点か。

 というかここの椅子は少々質が良さすぎる。座る事に特化し過ぎている。古臭いくせに。

 望ましいのは、もっと木で出来た、背もたれが手作り感満載のあんな感じだ。妙に包み込んでくれそうで、そうではない感じのアレだ。当然、ギコギコ揺れないタイプだ。寝ようと思ったら眠れる感じがいい。シャキシャキっとさせられるのは嫌いだ。俺は新鮮な野菜より炒めて萎びた野菜の方が食べやすくて好きだ。

 俺は背筋を伸ばしてしゃんと生きるなんて真っ平ゴボウなのだ。

 あ、上手いかもしれない今の。ねえ、今の上手くない?

 ……もっと簡単に言えば、今の椅子は直角過ぎてどうにも苛々する。この城にある椅子は全部こんな具合だからして、あ、そうか、今すぐアメジストに買い物に行かせよう。

 ちょうどそこにやってきた謎の生命体、見た目がかなり幼い少女であるノヴァを引き連れさせて椅子を選ばせるのだ。そうすれば俺が屋根に登って寝てしまうだけで、後はゆったり出来るではないか。まさか屋根に登っているなんて誰も思うまい。アメジストでも流石に予測できまい。なんて名案。なんて妙案。そうしよう。それがいい。そうあれかし。善は急ギンチャク。

 ごめん、今のは無し。無しで。

「アメジスト、椅子が欲しい。買ってこい」

 テコテコと歩いてくるノヴァは、すぐにアメジストの腕にへばりついた。

 俺が何も言わずとも、行動を共にするのは確定のようだ。もしくは俺の考えをこの段階で読み取ったための結果が、今の行動なのやもしれない。

 つくづく可愛げのない奴だ。ヘラヘラしながら照れよってからに。

 これから雨だぞノヴァ。麦わら帽子は無意味だ。自慢気に整えて、何を言って欲しいのやらさっぱりだ。本当に可愛くない奴だ。

「どのような椅子がよろしいですか?」

「ん、ああ、こう……、ケツ置く場所が若干広めで、手摺があって、背中がゆったり出来そうな、一枚板じゃない、網目とかほら色々あるやろ?そういうの頼むわ」

「では座高を図らせて頂きます」

「今の椅子くらいの高さでええわボケ。強いて言えば2インチ低め。

 勿論、ノヴァも一緒に連れてったれな。ついでに道案内もしておけ。荷物持ち欲しいなら、兵士らも適当に使ってエエで」

「では、ミゥ将軍殿を連れて行きます」

 なんでやねん。

「なんでやねん」

 いや本当なんでやねん。

「ベルデ様は、ミゥ将軍殿にお怒りのご様子。これは報復です」

「ああ、さいでっか」

 流石パープルアイエルフ。洞察力の方は恐ろしく鋭い。そこのノヴァのみならず、アメジストも随分といい目を持っていると言えるだろう。

 なら何故俺が嫌がってたり色々するところは都合よく分かってくれないのか。もしくは分からないフリをするのか。

 あ、そういうイジメ?イジメはミゥだけに頼む。お願いします。ほんまに。

「間違えても高いのは買いなや?やっすいんでエエねん。とりあえず1つ2つ頼むわ。その中からワイが勝手に選ぶから。

 ……いや、無駄遣いは止めてや?ホンマに止めてや?10個とか要らんからな?」

「はい。ではノヴァさん、行きましょう」

 麦わら帽子を寝ている時さえ離さぬノヴァ。見てくれも精神年齢も、明らかに子ども。

 その引率者は、元お姫様であり、15,6の巨乳娘、乳が零れそうな服着てお前は一体何考えてんだと言いたくなる、一応のお姉さん。

 どうしよう。なんて組み合わせだ。一気に不安に思えてきたぞ。

 だが関係はない。可哀想なミゥ将軍が更に可哀想な事に、二人のお父さんポジションだ。

 きっと大丈夫。何ら問題はない。今日からお前はお父さんだ。頑張れお父さん。

 アメジストはゆっくりお辞儀をし、そのままその場を後にする。その腕に必死にひっついたまんまのノヴァは、半ば引きずられるようにして歩いて行った。

 よしよしこれでゆったりまったり眠る事が出来る。

 当分の間は誰もこの玉座の間にはやって来ないだろうし、来た所で知ったことか。報告も出来ずただただ右往左往していればいい。ざまあみろ。そしてごめんね。

 俺は寝る。泥のように寝る。全てを泥にする為、泥のように眠る。

 それから、少々の時間を生きる活力が微塵も感じられぬ新人メイド達と共にし、というか食事して、何とも言えぬ億劫さ加減と何とも言いがたい味の料理をたっぷり満喫した後、トイレへ向かうフリをしながら一気に脱出した。誰も見ていないタイミングを見計らってだ。

 一見すれば、トリップ起こした奴が飛び降り自殺している様そのものではあった。

 だが能力を使ってバンバンと空中ジャンプ。ジャンプ、ジャンプ、ジャンプ、ジャンプくらいして屋根に到着。造作も無い。マ○オでもこんな芸当は不可能だろう。

 適当にいい場所を探しては、その辺にあったゴミを蹴っ飛ばし、布の3枚重ねという、ブルジョア顔負けの豪華な質素さによりベッド完成。まさに完璧。備えあれば憂いなし。

 無駄に低反発の枕をそこに起き、準備OK。さあ、眠ろう。

 ぱたりと横になり、息を大きく吸って吐き出す。

 目を開けると空はどんよりしている。

 なんとも残念な光景だけが広がっている。

 春の陽気を感じながらの昼寝こそ嗜好だというのに、なんて事だ。

 とか思ったくらいに、自分の頭が残念である事実に気がついた。

 えー…と言いたい。今まさに眠る準備万端なのに、体だって準備OK、さあもう眠れるぞ、という段階なのに、そんな馬鹿な事があってたまるか。

 だがしかし、俺がどれだけ惰眠を貪りたくても、それは叶わなくなる。

 雨だ。雨が降り始めた。

 急にパラパラ言い始めた。

 ゆっくり体を起こして、灰色の世界をただ眺める。

 なんて、なんて哀愁ただよう町並みなのだろうか……。

 そういう事。人の心とは、見える世界とは、そういう事。

 今思っている世界など、気分次第で明るくも暗くもなる。

 俺が寝不足ではなく、雨が好きであったならば、きっと今の世界は非常に美しく見えたのだろう。傘を立ててその雨音を聞いて、ああ素敵、雨に感謝、雨降っているのにハレルヤを歌いたくなっていただろう。

 ふざけやがって。そう思った所で雨は止んでくれない。

 しかも煽っているのだろうか、雨はパラパラを継続したまま、一気にどっさり降ってこない。

 こんな心境、こんな体調なのだ。「うわ!これは敵わん!」というような土砂降りに早変わりしてもらわなくては、動くキッカケを得られないままの俺は、見るも無残、のんびりずぶ濡れになり、何をやってんだろうと、自問自答を繰り広げてようやく重い腰を上げる事になるだろう。

 そんなの、悲しすぎる。目も当てられないが、見ても居られない。痛まし過ぎる。哀れだ。

 何せ36歳のちょび髭が、ずぶ濡れと表現していいのか困る微妙な具合で、泣きそうな顔で、布と枕を両手に抱えて、ぼーっと突っ立っているという、一切誰も得しない光景なのだから。

 きっと誰も目を合わせてくれないのだ。

 皆、触れていいのかいけないのか分からず、結果俺はただただ放置され続け、多分、アメジストにコキ使われ疲れて帰ってきたミゥ将軍あたりが、気を利かせてタオルを肩に優しく掛けてくれるのだろう。

 そんな行為に感謝の言葉を投げかけていいのか、むしろ泣くべきなのかさえ分からぬ俺は、胸の痛みを抱えながら、一体何をしにこの世界にやってきたのかを考えにふけるのだろう。

 こんな感じの予定、という始めの頃の輝かしい俺の理想像を思い出しながら、自らの居た堪れぬ現在の様と比較して嘆き悲しみ、何処までも沈んでいくのだ。

 そこは何処なのだろう。地獄なのか、天国なのか、はたまた、それとも違う、完全に別次元の世界なのか。

 気がつけば深淵の底。何も見えぬ世界。

 ボフリと、沈殿した何かを押しのけるように俺の体が埋まっていく。

 だが、誰も手を差し伸べてはくれない。

 助けさえ呼べない程傷ついた心。光を恋しいとさえ思えない。

 このまま、闇の中を漂い消えてなくなればいいのに……。

 この悲しみと共に、命さえ、終わってくれればいいのに………。


 とかアホな事を考えている間に玉座へ戻った。ずぶ濡れとか堪忍だったからだ。

 てか気持ちが落ち込む前に寒くてテンション下がるわボケ。むしろ逆ギレするわボケ。

 正確には、玉座に戻ったのではなく、玉座の間に置いた適当な椅子に腰を下ろしたのだ。

 しかもまたこのメイド達、移動していない。自由時間だと言っているのに、そこに飾られてでもいるかのように立っているだけ。そろそろ学べ。自習しろ。

 このエルフの国に本屋だか図書館だかは存在しないのだろうか。そこへ入り浸せるよう習性付けさせておきたいくらいに気が滅入る光景だこれは。

 だがこのメイド達に図書館なりそういう場所が存在するのかどうかを訊いてみても、首を傾げながら知らぬと言うだけになる。恐らく城の構造など理解さえしていないと見る。

 さて、誰に訊けばいいだろう。ちょっと街に行って、そのへんのおばちゃんに訊くか。

 ああそういえば、牢屋の方に裏切り者と貴族崩れが居るのだった。

 貴族崩れの方はともかくとしても、……、そういえばパープル・アイ・エルフをアメジストが招集していたような話を、正しくは俺が集めさせていたのだが、それを今更思い出した。

 だがあれからもう随分経過した筈だ。どうしてしまっただろうか。

 いかん。気になる事が増え始めたぞ。

 図書館だかそういう場所を知ってメイド達に教えてやって勉強でも何でもしてもらいつつ、集めていたがもうアメジストが一旦帰したかもしれないパープルアイエルフ達の状況を把握しつつ、安息の地を求めて城内を旅せねば。

 何より、眠れると言ったってどうせそう長くは眠れないのだ。最悪アメジストが横で俺の寝顔を微笑ましく眺めるという悪寒しかしない最悪の事態に発展しかねない。

 つかその悪寒で目が覚めるわ。トラウマになるわ。

「ガドロサ様、何処か行かれるんですか?」

 いいタイミングだ。最高だ。資料を沢山抱えつつ業務に勤しむしかない軍曹のご登場だ。

 その荷物は持ってやらんし、この先にも行かせはしない。

 どうしても行きたいなら俺を倒すことだ。もしくは話に付き合ってその後に移動するといい。

「軍曹、この城に図書室はあるか」

「ありますが?」

「よしメイド達を連れてそこに向かう。案内せい」

「は、はあ」

 というわけで玉座の間に居る新人メイド達を引き連れて、一旦図書室へ。

 意外と近い所にあった。しかも広い。ホールだ。図書ホールだ。

 普通、図書室だろうが図書ホールだろうが、ある程度の広さを備えた図書部屋は、1階もしくは別館にあるものだ。

 重くて床が抜ける、という問題ではなく、重たい物や数の多い物を上に持っていくのはとんでもなく面倒だからだ。

 だから武器庫や食料庫等も、基本1階もしくは2階程度にあるのが常。実際そのような構造に、この城もなっていた筈だ。なのに何故図書ホールが玉座の間近くにあるのやら。

 考えれば考える程怪しい状態だが、今はいいだろう。

 どうせヘソクリだったり武器だったり、エルフの魔導書だったりが隠されているだけだろう。

 なにはともあれメイド達に本を手に取らせた。

 文字の読み書き可能だというので、暇を潰す際はもうここに居ろと命じておく。質問あれば軍曹に訊けとも付け加えておく。でないと毎日毎日、何をしていても新人メイド達の置物が隣に立ちっぱなし。彼女達が平気であっても俺にとって心底気が滅入る状況となる。

 俺は、オカルトーな話は基本苦手だ。俺は幽霊を信じている。妖魔も信じている。神話の神や天使悪魔、唯一神、モンスター、ありとあらゆる存在を信じている。

 だって一部確認出来ていない存在も居るが、ある一定は本当に居たからだ。そして俺自身が亡霊だからだ。

 なので、生きた人形とか本当に堪忍だ。下手なホラー映画より絶対怖い。

 考えて見て欲しい。ふと横見たらそこにドライアイのメイド達が気配もなく立ってるワケだ。

 そりゃ怖い。おぞましい。鳥肌が立つ。最悪心臓麻痺で俺が死ぬ事になる。

 竜を狩る男、新人メイドに恐怖!死因は心臓麻痺!?

 とかいう見出しで号外が空を舞う事になる。そんな間抜けな死に様など、俺は一生ごめんだ。

「おい軍曹、パープルアイのエルフはどうした?」

 ホラー云々はおいといて、とりあえず紫目耳長族の一件が綺麗に俺の中で解消しないことには、落ち落ち眠れやしないので聞いておく。ホラーはもう終わった。映画化中止だ。

 まあいっその事、何も気にせず、ホラーだろうがパープルアイだろうが、放っておけばいいだけなのだが。

 …パープルアイの方は問題か。

 何せ俺が招集を掛けておいて、一向に放置されっぱなしとあっては相手も気分が悪くなるに決まっている。俺の成り行きなど言い訳にさえならない。

 これによって拗ねられたりすると、話がややこしくなって面倒だ。拷問だろうが詰問だろうが、面倒は厄介、厄介は手間、手間は面倒でしかない。

 これでもし未だに放置されていたならば既に手遅れだとは思うが、適当に手土産持たせて帰らせてしまえば、少々は緩和剤になるだろうから気にしないでおこう。適当でいい。適当で。面倒が起きたら起きた時考えるまでの事。適当適当。幸も不幸も、前もって数えていても仕方がないのだ。

「ああ、ノヴァ様の名前を決めるのに忙しそうだったので、その時点で帰しましたよ」

 判断するのが早すぎだろう。せめて竜を狩りに行くと俺が言い始めたくらいにしとけよ。

 という事を今更になって言っても仕方ない。結果としては軍曹のその判断は、完全に正解だったのだから。

 荷物を適当に置いて、一息をつく軍曹。見れば見るほどむさ苦しい男だ。

 さて、次は何だったか。恐らくは、とりあえず眠れる場所探しの時間だったか。

 軍曹、お疲れ様。お前に寝る場所を訊いてもきっとアメジストがやって来れるような普通の部屋とかに案内されてしまうだろう。それではいけないのだ。奴がやってこない安息の地を、そう、俺は俺自身で俺の居場所を探すのだ。なのでお前は用済みだ。

 その重たい資料はここに運ぶ予定だったのだろう。調度良かったようでよかった。

 さあ早く仕事に戻れ、サージェント。後のカーネル。更に後のエルフ国王。

 今は辛くてしんどい事しか待ち受けて居ないが、後々を思えば安い事安い事。

 精々残り短い兵士としての生活を楽しんでくれ。

 ついでにそこのメイド達を上手い具合に懐柔しといてくれ。

 あ、コックさん雇え。メイド長みたいな奴も早く用意しろ。

 そうそう、政治出来そうな頭良さそう系を一匹捕まえてこい。大丈夫、お前なら出来る。

 ほなサイナラ。よいお年を。

「あのガドロサ様、結局何処か行かれるんですか?」

「ああん?なんでワイの動向をお前に逐一教えてやらにゃならんのや。殺すぞボケ。オクトパス。ハゲ。キャベツ。茹で過ぎパスタ野郎」

 自分探しの旅をする気満々の俺を引きとめようとする軍曹。

 なるほどいい度胸だ。引き止めておいて詰まらない話をしようものなら殴る。絶対殴る。それが済み次第、新しいアダ名を考えてやろう。とびっきり酷い奴な。

「ちょっとお訊きしたい事があります」

「何や早う言え」


「私の正体はもうご存知ですよね?」


 あ、アカン。アカンでそれ。

 あかんやつや。あかんあかん。あかん。それ、あかん。

 だってお前、いやあかんで。まだあかんで。それは、あかん。

「それ以上言ったら殴る。絶対殴るで?」

「え、でも知ってるんですよね?」

「ア・カ・ンって言うてるやんッ!なんでこんな、こんな段階で喋ろうとしてんねんッ!?」

「貴方の事です。ミゥ将軍や参謀シュンと接触した時点で、気がついていたのでは?」

「アーカーン!アーカーン!」

「いや、そもそも貴方がこの国に来た時点で既に、」

「なんでやねんッ!なんでお前はこんな場面でッ!もっとあるやんッ!?」

「私が君主様と呼ばれている存在である事を、漠然とでも理解していた筈です」

「愛の篭ったパンチッ!」

「ちょ、ちょっと待って下さいってば…」

「寧ろワイが待ってって言ってたやんッ!ふざけんなやッ!」

 はいネタバレ入りましたー。はいはいはいはいはいはいはーい?

 あーふざけてる。お前ふざけてんの?ワレの脳みそ腐ってんの?

 だってさ、えー?

 確かに、知ってましたとも?

 そらもう、おかしい所満載だったんですもの?

 エルフ族の大半、というかノーマル達は基本美形ばっかりですし?

 その全てが年齢明かされなければ20代みたいな顔してますし?

 身長の方は生まれ持ってのアレって事で説明出来るけど軍曹だけやったら飛び抜けてるし?

 お前なんでミゥよりでかいんや。逆にミゥはなんであんなにこんまいんや。意味不明や。

 そうそう、軍曹だけ老け顔だし、何か色々知ってる感じだし、うまい具合に目立たぬようにしてるし、ヴィーヴルの件もお前兵士達を上手く誤魔化したか知らんけど混乱は避けたような具合やったし、ジューダス姫様と異様に親しげやし、城の兵士って割りには防壁にへばりついとったし、そのくせ城内よく知ってる素振りやし、そういえばミゥの年齢の方、ある程度軍曹が軍曹が予想していました通りやったしな?

 そら疑って掛かりますわー。

 俺、超違和感抱いてたからね?

 初めてお会いしたその瞬間から変だなって思ってたからね?

 お前の目、明らかに周りと違うからね?

 お前だけ妙に威厳あったからね?

 他がひょろひょろの弱々しい、まさに死ぬ寸前の魚の眼の色という体たらくやったのに、その中でお前だけ妙に鋭かったからね?

 ミゥ見た時ビビってるフリしてたけど、全然その後普通にしてた時点で色々お察し。

 新人メイドなんて最初からビビってなかったから余計に対比しやすいしね?

 ビビリ設定を俺に持たせたいなら、そのビビリ設定最後まで貫いて欲しかった感じだったしね?

 エルフ王の死体とか、そもそもの死体処理する手間とかすごく簡略化してたのお前やったりしてたしね?

 つか死ね。今すぐ死ね。詫て死ね。額を焼かれて死ね。

「な、何故バレている事を知ってて隠し事し続けなくちゃいけないんですか…」

「お前は漫画的な面白みを、今、まさに、否定してくれたワケやが、そら殺してくれって意思表示と捉えてもOK?テニスボールで拷問するぞコラ。

 お前こんなファンタジーな世界にやってきた時点でな、色々とな、ワイは期待してたんやよ?あーんな展開、こーんな展開、あっちもこっちも視察線、更に進んで喧騒の兆候、刺客の来訪、突然の裏切り、仲間の死、感動の再会、色々色々あるわけな?

 今お前やったのな、ネタバレ言うてな、気がついてない人達が未だ居るであろう段階においてバラシやらかす事なんな?

 したらお前、ネタバレってお前、マナー違反やしルール違反やわ。

 期待の展開オンパレードかと思てたら、お前の口がパレード開催する始末や。

 こんな漫画のような世界で現実味あふれた一面魅せつけられても何もオモロないわ。萎えたわ。どん底やわ。ガッカリやわ。犬の糞踏んだ時くらい気分悪いわ」

「コミックスが何か知りませんが…」

「今度貸したる。で、何や。ワイを怒らせてまで話さないかん事があるんかいな。これで終わりやと言い始めたなら、お前の首ここで刎ね飛ばずぞ、くちなわ(※ヘビ)野郎」

 実際、すごく期待はしていた。

 何せ打ち倒すべき存在と思わしき奴がさも当然のようにこの国、俺の隣に居たのだから。

 どのようなタコ踊りを見せてくれるだろう、どうやって俺の敵として立ち回りつつ、様々なエンターテイメントを披露してくれるのだろう、という楽しみが俺にはあったのだ。

 そしてこの時点で、というべきか、ゲルマニクス大帝国の参謀であるシュンと会話した時点で、そしてミゥの素振りで、今この世界で起こっている衝撃の新事実2つ目もおよそ想像がついていた。

 これから語られるとしたら、その辺りになるのだろう。

「ミゥ将軍や相手国の参謀シュンは、元々は私の部下です。あ、顔はバラしてませんよ?

 ガドロサ様がどこまで察しついているか、そのあたりは流石に分かりませんが、今、君主様を名乗っている輩は、本来の君主様ではないです。私が居るべき場所に居るのは、別の者です」

 ミゥと同じく、君主様も今では頭に『元』が引っ付くらしいという、衝撃の新事実2つ目。俺からしたら衝撃でも何でもないワケだが。

 この世界は何かの干渉があったか、厄介な出来事が起こっているか、その辺りは分からないが、このエルフの国に元君主様がただ居座っている限りを見ると、結構追い詰められても見える。というのも、軍曹が何かしらの行動に移したらしい痕跡、気配は一切無かったからだ。

 しかし問題がある。一番の問題が存在している。

 今俺が、すんごく眠たい事。

 出来るならこの話の続きは明日にして欲しいのだが、頼んだら明日まで待ってくれるだろうか。

 だがそうでもしてもらわないと、頭が混乱してしまう。

 そう先ほどだって雨が降りそうって知っていて屋根で昼寝しようとかしてしまうレベルの愚かな事をしでかしたのだから、もう寝かせてください。

 いいや、寝よう。

「寝るわ」

「そして……、え?」

 え?じゃねーよ。と言いたい所だが……。

「まだ話は終わっていません、ガドロサ様。ちょ、ガドロサ様?」

「分かった分かった。ただ眠いんは事実なんや。だから眠気覚ましのコーヒー持ってこい。

 ついでにゆったり話が出来る場所を早めに提示してくれ。でないとマジに寝る。最悪死ぬ」

「は、はい」

 実に面倒くさい事。それに違いはない。

 そうは思うのだが、俺はこの世界の事を全く知らない。4日目だというのに全く知らない。ヴィーヴルの事も半端にしか知らないし、人狼族やエルフ族が居るという事実程度しか知らない。人間族だってどれくらい居るかも知らない。

 情報不足は天敵に等しいのだ。知れるタイミングで知っておかねば、状況悪化を察知・感知さえ出来ない。備えることさえ出来ない。

 例えば目先に居るのが猛毒を持つ蜘蛛であったとしても、知らねば見過ごしかねないのと一緒。何だ蜘蛛か、驚かせやがって。そんな事を平然とやらかしかねない。

 思えば、この世界で言う所のクロガネ族だったり、死神様だったりもイマイチ分からないままだ。この世界にやってきてから何度クロガネ族呼ばわりされたか知れたものではないのに、その存在に関してまるで触れていなかった。

 そう、知らない。だがしかし、俺はこの世界もまた腐っているのだと知っている。

 自然多く残るこの世界。何処を見ても美しき世界。中世ヨーロッパを思わせる様式美。文明的な発展の礎が今築かれようとしているこの世界。

 全てを繰り返すかのように、台無しにする為だけに動きまわるクソのような生命体達。

 彼らは、奪う事しか知らぬのだ。採取する事しか考えぬのだ。

 米の実りが悪くなる原因を探求しようともしないし、理解しようともしない。

 数ばかり増やして、その分だけ当たり前のように大地から奪っていく。

 不釣合いに奪われる大地は当然、死んでいく。が、奪い続ける二足歩行の豚共。

 一向に減らない。減れば手取りは多くなるというのに、減ろうとしない。増え続けようとばかり考える。まるでゴキブリか蝿のようで、だが大きい分、それはそれは気色の悪い話。

 そうして何れ何もかもを失ったその時になってようやく、後悔する。

 だが後悔しておいて、あろうことか大地を、命を、これからは上手く『コントロール』しようと考え始めるのが人間だ。

 背中を預けるどころか、共に歩くどころか、採取し尽くすどころか、自然の全てを奴隷にしようとするのだ。大地を道具かのように使いやがるのだ。

 考えてもみろ。

 自分たちに得があると知った人間は、豚を家畜にした。鶏を家畜にした。

 牛や馬も数をコントロール出来るようになった途端、平気で食料にしやがった。

 だが誰も責めない。自分達が口に入れて満足する食べ物達の事とあらば、殺されているという事実を無視する。仕方ない事と勝手に判断した挙句が、見て見ぬふりなのだ。

 それなのに人間族、鯨が狩られる様には文句を述べる。豚はいいが海豚は駄目だと平気で言う。可哀想だと当たり前のように口にする。密猟される存在達が可哀想だと、卑劣だと言及する。犬に首輪は可哀想だ、痩せこけた猫が可哀想だ、という自己満足の為の偽善を振り撒き善人ぶったり聖人ぶったり。

 だがヒツジの毛を刈り取った様にはクスクスと笑うのだ。ハハハと声を上げるのだ。間抜けな様だと勝手に見下すのだ。店に並ぶ豚肉牛肉に一切の同情などしやしないし、鮮度保持の為に生きたまま陸上へと上げられ運ばれ、苦痛の中に何も出来ず死んでいく鮮魚達は空ろな目を人に向け続けていても誰も気にも留めないし、仮にそれがまだ生きていても物と同じ扱いだ。最悪は、動く様が気持ち悪い等と、失礼千万を抜かすのだ。

 図に乗るなよ人間族。

 その手間暇のみで生命の血肉に値札を立てて利益を考えるだけの強欲共、亡者共。

 お前達はそんな勝手な価値観を持つから戦争をするのだ。当たり前のように相手の首を刎ね落とし、当たり前のように銃口を向けて発砲し、そうして人を殺すのだ。

 そのくせ仲間が死ねば大いに悲しみ始める。

 お前達が撃ち殺した、首を刎ね落とした相手もまた同じことを思うと分かる筈なのに、理解出来る筈なのに、自分達だけの悲劇しか見ようともしない。抗おうともしない。

 己が如何に価値あるかを競いに競う癖、命を尊べとは言語道断。

 高慢な二足歩行の猿、豚。肥えるだけ肥えておいて、何を呑気な。

 もう決して、誰かは誰とも理解し合えない。

 ならば理解できなく成ってしまえ。

 全部が全部土に変わってしまえば、もう誰も傷つかない。

 そうすることで戦争が終わる。

 そうする事こそが平和への、平等への、唯一の道筋。

 それこそが最後の流血。人類にとって最期の、戦争となるだろう。

 そろそろ0からやり直す頃合いではないか、人間族。他の種族へ発展を委ね、見守る世代交代の時代なのではないか、人間族。

 お前達が今やるべき事は、いいやお前達に出来る事など既に、自然を破壊し尽くしたこの世界への贖罪として、土となって栄養となり、大地を癒やす事のみ。

 そして次の世代へ、同じ過ちを繰り返さぬよう何かを残して伝える事だ、なあそうだろう、人間族。

 違うと思うならば罪を重ねて待っていろ人間族。救う価値の無い世界で生きていろ。

 俺という存在はまず間違いなく、近い将来そこに現れる。

 終わりが始まる。

 史上最大の災害が全てを奪い尽くしてようやく、それは終わりを告げるだろう。

「コーヒーです」

 そう、この黒い黒いコーヒーのように。

 角砂糖が吸い込まれるこの様、抗えぬ黒に染まり尽くし、溶け消えるだけの……。

「…軍曹、考え事してる最中にコーヒーおかんといて?締まらんやん?てかワイはブラック、無糖コーヒー、ミルク無しの真っ黒ドロドロが好みやねんな。なんで砂糖入れたん?」

「砂糖を入れたのはガドロサ様なのですが……?」

 人類、人間族に関してはもう簡単にいえば、死ねば?と思ってます、という話である。

 遺書残しといたら?みたいな助言を一応してるけどどうせ高慢な人間族の事だし準備せずにただただのうのうとそれまでの時間を自分達の欲望の為だけに過ごして無駄にするんだろうから、次の世代だか新人類だかに何かを残したり伝えたりするのはどれだけの時間を掛けても無理なんだろうな、あーあ、勿体ないなー、というのが俺の本音でもある。

 さて、そんなことよりも軍曹殿とのお話だ。

 部屋は殺風景。なんだこの牢獄と大差ない部屋は、と言いたくなる程に物がない部屋。ベッドと、安そうな机と椅子だけがドッカリとその場に置かれていて、悲しい。

 ここに来るまでの過程で一応程度に兵士とすれ違ったりしていたので、恐らくここが軍曹の部屋なのだろうという所までは理解出来る。手狭ながら、設備上々。キッチンは流石に無いが手洗い場があり、風呂まである。一人暮らしにしては中々な物件だ。家賃400ドルくらいか。

 軍曹の本当の階級は知らないが、大体は軍曹程度の存在なのだろう。というのも、ここは城壁内にある兵舎。多少は優遇されていると見たものだ。もしくは王族側近の兵士なのか。

 まさに想像の余地はいくらでもある。しかし答えは目の前の軍曹が知っているのだ。

 俺は砂糖入りのコーヒーを口に含んでただ待つ。

 うわ不味。

「君主を名乗る存在は私一人でした」

「ああ、手短に頼むわ」

 コーヒーを飲み干して、おかわりを要求。俺はどうしても無糖コーヒーが欲しいのだ。

 軍曹は苦笑いを浮かべながら、ティーカップを受け取って準備してくれている。

 お金に余裕があるのかどうか知らないが、コーヒーメーカーはあるらしい。ついでにコーヒー豆もしっかりあるようだ。

 軍曹も結構コーヒーを飲むのだろうか。

 確かに、君主様と呼ばれていた存在だ。紅茶を優雅に楽しむくらいの事は普通にやっていそうなもの。実際今軍曹の手に渡ったティーカップは、かなりの高級品と見て取れる。

 疑問視すべきは、軍曹が君主様なのだとしても、紅茶の似合わない顔という所になるか。

「私は、貴方が言うパープルアイエルフです。しかも、魔法が使えるというわけですね。

 実際、元エルフ王でもあります。少々面倒があって、木に飾られる事になったエルフ王へ魔法以外全てを譲渡した形であり、魔法によって記憶も随分弄っておきました。私が誰かを、皆知らない、というべきか。ただの兵士の一人としておきました。

 魔法の代償は、寿命。正規エルフたる我々は魔法を使うと、見た目も年をとる。その所為で私だけが他と違って、老け顔という事です。あ、眼の色も今その魔法で変えてます。

 更に、魔法の伝授はエルフ王から次のエルフ王へと譲渡される物。

 故に街に居る正規エルフや、一族総狩りになった彼らは、魔法の事を一切知らないでしょう。

 付け加えるならば、ジューダス姫は私の孫に当たります。

 様々な記憶を隠滅して、私はただの下級ワイトエルフのフリをしているワケです。

 世界を統一させようという意思、それを掲げて私は、それはそれは多くの命を犠牲にしながら、理想を成就させようと必死になって活動を続けていました。

 ですがある日、強力な存在が現れました」

 長い。手短に話せと言っただろ軍曹。

 ………単純にまとめれば、エルフ王のまま世界征服は不可能だと思ったので、君主様という謎の存在として活動を開始していた、という具合か。

 アメジストがコイツの孫という所も驚きだが、結局魔法を使えるエルフがコイツのみという点もまた驚きだ。あと元君主様どころか元エルフ王というのもまた驚くべき点だ。

 その一子相伝の魔法かどういう物かは知らないが、俺にそれを使おうとしないのは、俺に利用価値があると思っての事なのか、それとも効かぬと思っているからなのか。

 何はともあれ、中々に面白い奴だったのはありがたい。予想以上だ。

 そして更に面白そうな事が起こっているという事実そのものもまたありがたい。

 この世界は、混沌の塊だ。

 ただ暗く黒く欲望渦巻く、だけでは説明出来ない混沌。まさに混沌なのだ。

 なんてことだ、ニヤケが止まらない。

 よし軍曹、続けたまえ。

「彼の者は数多の軍勢を引き連れ、この世界へやって来ました。

 貴方と同じ、クロガネ族です。

 その者は炎猛らせながら戦車に跨がり、悠々と進撃してきました。

 呆気無く我が連合軍を壊滅まで追いやった後、厄介な種を残して去って行きました。

 種はこの世界のとある人間に植え付けられ、発芽。種を持つ者はまたたく間に私の立場を奪い取り、世界を滅ぼそうと動き出しています」

 ……少々、疑問があった。

 何か何処か、こう何かが引っかかるのだ。

 そのクロガネ族とやらは、どこかで聞いたような連中に思えるし、どこかで似たような事件が何時ぞやにあったような気がする。

 それがどんな事件だったかはさておき、とにかくそのこの世界にやってきたとか言う奴に心当たりがあるような、あるだろうな。主に火がどうの、戦車がどうの。

 ヘアカラーが鶏みたいだったならば確定。小物臭漂う大物、とかいう撞着語法で比喩可能ならばボーナスも可。

「その数多の軍勢を引き連れてきた奴なんやが、もしかして、ベリアルとか名乗ってたりせんかったか?」

「……よくご存知で。確かに彼の者は、ベリアル公爵と自ら名乗っていました。その者とは、知り合いですか?」

 ふざけやがって。ここを通り道にしたどころか、思い切り厄介な事をしでかしてトンズラしていやがる。痕跡しか残ってないのが非常に腹立たしい。何も面白くない。

 確かに上手く行けば、俺を足止めする勢力がここで誕生していたかもしれない。そうであったならば俺は戦うことを余儀なくされ、盛大に疲れさせられたかもしれない。最悪は俺が死んでいたのかもしれない。

 だが俺が予想より早く到着していた所為で、準備は全然出来上がっていなかったようだ。

 欠陥まみれの罠だ。仕掛けたらすぐ発動して準備が整えられるくらいの罠にしておけばいいものを。ベリアルはアホか。

 とはいえ、ベリアル。ああ、ベリアル。聞きたくもない名前だった。

 俺が年を取れなくなってしまった、それこそ俺自身が殺されるか自害するしか死ぬ方法を失った、挙句の果て、死ぬと魂の崩壊、輪廻さえできなくなるという酷い有様にしてくれた原因である、優しい優しい天使様。そのお名前がベリアルだ。

 やってくれる。しかもまた俺から上手く逃げ切って居やがる。

 今回ばかりは完璧に捕捉したかと思っていたが、逆に出し抜かれそうになっていたとは。

 上手く事が進むと思っていた俺が馬鹿だった。

 ああ絶対殺す。次会ったら絶対殺す。

 もうずっと会えてないから本当に会ったら殺す。

 目の端に写った瞬間に貫いて殺す。

 何が悲しくて人間らしく生きて死んだ俺が、どうして輪廻の権利奪われてしまわなくてはならなかったのか。

 あと少しで輪廻出来ますよーとか言われていたのに、どうしてそんなギリギリ滑り込みセーフだったのか。

 寧ろアウトだ。ギリギリアウトだ。ギリギリなのに完膚なきまでのアウトだ。

 ふざけやがって殺す。三振だろうがオフサイドだろうがスリーポイントシュートだろうが何だろうが、アウトだったのだから殺す。細切れにしてやる。

「……んで、クロガネ族ってのはもしかして、異世界からやってきた存在の総称か?」

「はい、そうです」

 追いかけ途中の天使だか悪魔だかは今は放置だ。先にアメジストをどうにかしないと、ホラー苦手な俺では、いつまでもこの恐怖を忘れられない。忘れる前に精神が摩耗してしまう。

 無論、面倒を片付けしてから追いかけるとなると、多大なロス。ベリアルの罠より絶対たちが悪い。流石アメジスト。

 とは言うが、今までも足止めを幾度と無く食らっているのだ。大体ベリアルの所為で。

 なのに毎度肉薄出来る所までは行けるのだ。

 問題は、肉薄まで出来ていて、幾度と無く逃している所になるだろう。

 何はともあれ、そのあともう一歩を今後どう解決するかは、それこそ後々だ。気にするべきは今の現状だけで十分。既に一杯一杯、お腹も一杯。もう要りません、ジューダス姫。

 流石に、いや流石にベリアルも、アメジストが俺にとってこんなに脅威になるとまでは予想だにもしていなかった筈だ。予想出来ていたなら寧ろ怖い。怖いので殺す。

「気になる事がある。そのクロガネ族ってのは、一体どうやって見分けてるんや?

 ベリアルは見たら分かるにしても、ワイは人間そのままの姿や。見分け方が無い限り、クロガネ族やと分かる筈がないと思うんやが」

「匂いで分かるのです」

「え、あれ、におってる?」

 確かに昨日は風呂に入っていない。作戦の説明なり指示なりで暇がなかったのだ。

 いやいや、初日ここに訪れた段階で軍曹や他がクロガネ族がどうの、そういえばヴィーヴルだって俺をクロガネ族とか言っていたし、風呂に入っている入っていないは、関係ないか。いや、あるのか。だが無いと信じたい。

 でもヴィーヴルと話した時、あのジメジメっとした樹海で汗こそ沢山かいていたからして、つまり、やはり、におっていたのだろうか。

 いいんや、俺はあの時、薄着だった筈。蒸れるも何もない。ワキは大丈夫だ。うん。

 だから安心、したいがそうでもないのだとしたら……。

 もしかしてだが、見た目は年取らないが、加齢臭が……?

 ば、馬鹿な。何故誰も教えてくれなかったのだ。どうして教えてくれなかったのだ。

 知らないフリする優しさの所為で俺は至る所で恥をかいた事になるではないか。

 そんな優しさ、要らない。傷つく嘘なんて要らなかった…。みんな、どうして……ッ。

「ああいえ、貴方が発している匂いとは違うのです。んー、説明しにくいのですが……」

 なら一安心だ。一応後でシャワー浴びよう。香水も振りまいとこう。

「まあ、説明しにくいならエエわ。んで、アメジストが言ってた死神様っちゅーのは何や?」

 話題の変更。見分け方の件はもうどうでもいい。

 それより、アメジストの言う死神様、というのは一体何かを知りたい。

 死神という表現こそ、クロガネ族の別名である、では少々違和感を払拭し切れない。

 明らかに別物だ。別名どころの騒ぎには聞こえない。少々無理がある。言葉が別物だし、存在が明らかに違いそうな感じだ。1つの呼び名が2つとするより、2つの存在があるのだと思われる。

 俺はコーヒーのおかわりを再び催促しながら耳を傾ける。

「このエルフの国、クイヴィエーネンに伝わる伝承、お伽話の存在です。

 簡単に言うなれば、世界を滅ぼす死神です。

 しかしながら、世界の調和を保つ為の存在ともされています。コーヒーです。

 そうですね、このエルフ国における、神のような存在でしょう。

 噂はひとり歩きしていますので、随分原本から逸れた存在に成り果てています。

 元々はただの異世界の異形の形、則ち、クロガネの塊で構成されたかのような、ただのモンスターでした」

 今でこそ区別されているが、根元部分は一緒か。

 クロガネのような存在、それを死神と喩え、後に一つの存在は、名前が二つだったが為に勝手に空中分解。何故か、異世界からやってきた存在をクロガネ族と呼ぶようになり、死神と喩えられた存在はモンスターだったのに神として信仰されている、と。

 察するに、異世界からやってきた存在はどんな種族であれ、この世界の空気か何かに反応する仕組みなのだろう。結果、同じような香りが放たれる事となると考えるべきだ。さもなくばクロガネ族という俗称は出来上がらなかった筈。

 だから俺もベリアルも、それ以外の世界からやって来た奴も、モンスターも、全く同じ、謎の香りがしているのだ。態度から分かる通り、強烈な臭いではないようだが、よほど独特か。

 思えばこのコーヒーも、妙に独特な味と香りだ。俺にとって有害だったりしたら嘔吐してしまうわけだが、大丈夫だろうか。

 大丈夫か。製法を守って作られてない紅茶も平気だったのだから。

「っておい、クロガネ族の由来が化け物なのは分かったが、ワイはそんなお茶目な存在ちゃうがな。アメジストは何を思ってワイを死神様呼ばわりしとんねん」

「先ほども言いましたが、噂なり伝承なりがひとり歩きし過ぎた結果、その姿は正確に伝わっていません。

 異形の形もしくは人間型、という、伝承にとってバラバラです。

 しかも姿形はもうどれが本当か分からぬくらいに分岐しまくっていて、もはや完璧なまでに不明瞭で漠然としていて、もう収集がついていないのですよ。

 なのでジューダスは、孫は、直感だけで貴方を死神様だと判断しているのだと思います。

 ちなみに死神様の伝承こそは、私が発端です」

「お前ぶっ叩かれたいのか」

「でも私が初めて遭遇したもので……」

「結局その異形の存在、その正体は何やったんや」

「未だ分かりません」

「なんでや。倒したんちゃうんか」

「いいえ、封印しました」

 ふざけてんのかお前。コーヒーが美味しいな、とか余韻に浸る間も無しかお前。

 極論を述べればこのコーヒー、超不味い。やっぱ有害だろこれ。

「さよか……、んで、魔法ってのは何処まで出来るんや。

 正直言わせてもらえば、その魔法で出来る事も、その定義も、全く見当つかん」

「アニミズム、という言葉はご存知でしょうか」

 また難しい概念がご登場だ。しかも随分新しい概念、言葉で表現されてしまった。

 俺の知る限りその言葉、19世紀になってようやく出来た代物だった気がするのだが。記憶違いだっただろうか。それともこの世界がおかしいだけだろうか。

「知ってる。問題はワイの知識とこの世界の知識が同一とか限らんって点やな」

「アニミズムとは、万物全てに魂が宿っているとする考え方、みたいな物でしょうか。

 エルフ王である存在は、アニマーという物、いわば魔法を伝え続けていました。

 この術は、ガドロサ様が言うパープルアイエルフにしか使う事は出来ず、代償も根本的に言えば、魂そのものなのです。

 魂の操作。それがこのアニマーという術の正体。

 クロガネの化け物を封じる事が出来たのは、魂そのものを固形化したからですね。

 加えてアニマーは、他種族が扱う魔法、正確にはオブトスペルに酷似した技ともなり得ます」

 アニミズムの概念はほぼそのままらしい。軍曹の言うとおりな感じだったように記憶している。

 問題は、オブト、オブトという言葉だ。

 人名に有りそうで無さそうな言葉だろう。俺は少なくとも聞いたことがない。

 強いて言えば、サソリにそんな名前の奴が居たような居なかったような、ぐらいのものである。

 恐らくこの世界特有の言葉だろう。何かしらの言語か地名か人名か種族名か、何はともあれスペルとセットなのだから、独自言語だと思われる。熟考する必要も無さそうだ。

「アニマーの代償の方も、ハッキリ言ってしまえば微々たる物ですので、私はかなりの使用をして尚この程度の老化でとどまっている形なのです。

 しかしながら、万物全てを操るような術。これ自体はあまりに危険。

 なので、ガドロサ様に殺されたエルフ王には、このアニマーを伝えていませんでした。

 強欲な者は全てを犠牲にしてでも自らの存命を望みかねない。そんな輩にくれてやっていい技でも術でも無いと、私はそう思ったが為に伝えなかったのです。

 そして効果不幸か、アメジストとガドロサ様が呼んでいる私の孫もまた、伝える事の出来ぬ存在となってしましました。

 あの娘はきっと、貴方の為に幾らでも命を差し出すでしょうから」

 確かに、確かにその可能性は大いにある。

 しかも俺からの命令など不要。ほぼ全自動。勝手に使いまわりそうだ。

 ……魂を操る術、アニマー。なんともヤバイ代物だと見たものだ。

 その定義が結局曖昧なので、どの程度まで有効なのかは知れない。

 だが、俺と同じ世界出身のベリアルに呆気無く破れている事を考えると、俺にもまたそのアニマーは有効打には遠いとしたものなのだろう。

 俺の世界の魔法、正確にはデストロンスと言うが、これは相当に無茶苦茶だ。物理法則をねじ曲げるというよりは、無視、もしくは破壊してまわるような破天荒さである。

 委細の方を少々挟んでおこうか。普通に考えれば分かる話から。

 炎の魔法と炎の魔法、その2つが別系統の魔法なのだとしても、同じ炎ならば、単純計算、熱量等はそのまま足し算されるワケだ。何せ炎はエネルギー。同じならばそうなるのが道理。

 しかしながらデストロンス、仮に同じ属性であろうとも、打ち消すという謎効果を発揮する。

 この世界の魔法で炎を生み出しても、デストロンスの炎と交わるどころか、打ち消してお互い消えてしまうのだ。そう、火が火を消し、光が光を消す。場合によっては、雷のような能力が、炎によって掻き消えるという意味不明現象が巻き起こる。

 理屈上では、デストロンスが相当な計算式によって成り立っているが為に、他を邪魔するし、自らも乱される故に起こる現象らしいと聞く。

 デストロンスを使う側が上手くやれば足し算になるらしいのだが、1+1でも2にならないという具合だ。それだけ繊細で面倒で厄介なのがこのデストロンスという能力。

 恐らく、この特性がアニマーさえも打ち消すのだろう。故に軍曹は、ベリアルを倒せなかったのだろう。

 デストロンスの恐ろしい所は、威力がその使用者の感情量によって多大に変化する点にある。それは前にも言ったか。

 ともあれ、どういう理屈なのか、感情を消費して扱う魔法がデストロンスなのだ。

 しかも別に感情を失うというワケではない。現在発生している感情が消費されるだけ。

 無論これはデストロンス使いにとって、かなりのデメリットとなる。いいや、使用する行為そのものが、生命の危機を誘発すると言い換えるべきだろう。

 仮に俺が滅茶苦茶怒っていて、結果パワー100のデストロンスを使えるような状況にあるとしよう。これによって攻撃、防御共に100になるとしよう。

 そこでデストロンスによる攻撃を発動させたとしよう。80くらい使うとしよう。ならば残るのは20くらいだ。その辺は分かってもらえるだろうか。

 そうなると、俺の心境は一旦冷静に近くなる。何せ100の感情が20にまで落ち込むのだ。自動的にクールダウンしてしまう。無論、防御力は自動的にガタ落ちする。

 さて再び100にするにはどれくらいの時間が掛かるか。

 普通に考えたら、テンションがた落ちしている時点で復帰不可能としたものだ。場合によっては逆に更に数値が下がる。冷静になるとはそういうこと。火事場の馬鹿力をも封殺する。

 感情消費を日常的に行わざるをえない俺達デストロンス使い、覚醒者達は、流石に感情量を再び上昇させる手段を知っているワケだが、それでもホイホイ元に戻せるワケではない。使えば使う程に威力は下がっていくのが道理。俺であってもその例に漏れる事はない。

 ただし、人類最強の名を(ほしいまま)にした俺ならば、感情チャージは他と比べ物にならぬ程早い。威力も段違い。圧倒的である。大体0.01秒もあれば、フルチャージ可能としたものだ。

 そう本来ならば俺は、ベリアルなんかに負ける事あり得ないのだが、アイツは正面から戦う気など一切無い。というより勝てないと知っているから逃げまわってくれているワケだ。

 正面同士の力ならば、強い方が勝つ。だが毎回毎回、避けやがってからに。面倒くさいことこの上ない話だ本当。

 何はともあれアニマーもまた、このあまりに特殊なデストロンスを打ち破る事は出来なかったのだろう、まで憶測は出来た。それだけの話だ。

「ところでお前、何歳や」

「さあ。1億歳くらいでは?」

 予想以上でした。予想の10万倍でした。ははは。

 おい理屈がおかしいぞ。どういう事だ。どうなってやがる。

「先日死んだエルフ王がお前の息子、ジューダスが孫言うてたやん」

 コイツが1億歳、殺したエルフ王が何歳かは不明、アメジストが16歳くらい。

 …いくらなんでも歳の差が激しすぎやしないか軍曹。

「パープルアイエルフの増え方は特殊ですからね。交尾で子どもは作れません」

「じゃあどないしてジューダスは生まれたんや」

「アニマーです」

「そこにも魔法かいな。でも死んだエルフ王には伝授してないん違ったんか?」

「記憶操作してましたからね。適当に理由つけて無理やり納得させて、ジューダスが産まれましたよ」

「あっそ」

 ああ素晴らしい。美しい。凄い凄い。

 今の話だけで眠気が凄い。

「……ん?それって孫って言うより、お前の娘と違うんか?」

「まあー、娘とも言えますね。ただなんとなく、孫みたいなものです。

 ジューダスは、あの娘はまだ16。首だけになったエルフ王が700と少し。私が1億いくらだったと思うと、ジューダスは本当に若い。年齢差が激しすぎて、孫のような心境です」

 そう言うわりには、エルフ王の死に対して悲観的は愚か、どうでもいい素振りだ。

 息子だと思うならばもう少し悲しんだらどうだ。孫だと思うならばもっとやりようがあったのではないのか。お前はあの時、両方を見殺しにしようとしてたではないか。

 まあいい。生憎と俺も、家族愛というような価値観は理解から外れる。

 俺もまた親に裏切られた。一族総出で裏切ってくれた。そんな過去があるからだ。

 あんなに頑張ったのに、あんなに愛そうとしていたのに、その全てを俺は裏切られた。

 だから別に軍曹が他人事決め込んでいる様も、今は見過ごしておこう。

 しかし軍曹、よく覚えておけ。

 そんな身勝手な考え方が俺を生んだのだ。

 これもまた生憎な話、俺はアメジストの味方なのだ。

 その時になって考えを改めていないようであれば、救う価値無し。

 お前の首が胴体とサヨウナラする事になるぞ。覚悟しておけ軍曹。心しておけ軍曹。

「…首だけエルフ王も十分若い心境になったりせんのかお前。お前が1億歳や。首だけエルフ王の何倍生きたと思てるんや。その価値観おかしいわ。頭もおかしいわ」

「いやいや、何か違いますよやはり。

 私は確かに長生きしています。年寄りです。

 しかしながら、700年と16年とを比べると、こう、雲泥の差なのですよ。

 エルフ王に至っては、ああもう700年か、と懐かしみを思えるのですが、ジューダスが産まれたのは本当に最近のように感じられて、ええ、本当に可愛いもので」

 ……何だと?

「見捨てようとしてた奴の台詞とは思えんな」

「全てを皆殺しにしようとしている貴方から、そのような説教を受けるとは思いもよりませんでした」

「……そりゃ悪かったな」

 棚上げが嫌いな俺に、棚上げと説くか。

 その通り。間違いない。今のは棚上げだった。俺の意見はそれに違いなかった。

 故に、死人に口なしという便利な言葉と便利な概念、便利な手段が俺にはあるのだ。

 俺の気分次第で命が消えるぞ軍曹。自然の意思とかいう曖昧な言い訳を呟く俺に呆気無く殺されても、文句一つと言えまいよ軍曹。なにせ死んだら、本当の意味で口無しになるのだから。

「いえ、意外だと思ったまでですよ、そう怒らないでください。

 ……何だかんだ言って、ジューダスが気になっていますか?」

「戯言は地獄に居るオプバン伍長にでも言え。今すぐそう出来るよう、準備したるぞ?」

「ははは。貴方は随分と特殊なヒューマンです。まるで数百年を生きているかのように見えるし、それでいて人間らしさを多く残しているようにも思います。

 貴方は人間です。それでいて人間ではないのでしょう。

 殺戮衝動こそが、貴方が人間らしさを保つ為の大事な要素なのですね。

 貴方は甘い。しかし厳しい。まるで自然のような方だ。

 貴方がジューダスを、ミゥを、そしてノヴァ様を殺さない理由こそは、人間らしさが歯止めを掛けているからなのだと思います。

 ヴィーヴルは自然そのものだからこそ、貴方は慈悲を向けているのだとも思います。

 当たっていますか?」

 随分と知ったような口を聞く奴だ。

 だがお生憎様、ほぼ当たりとしたものだろう。

 事実俺は甘い。子どもに対しての甘さなんてウエディングケーキにも匹敵する。

 ウエディングケーキって大きさの規模に比例して甘い物なのだろうか。知らん。

 …元々はただ死のうとしていた。それが俺だった。

 戦いに敗れた俺は、人として生き、死んでいこうと考えていた。

 だが途中から、せめて普通に生きてみたいと思って、生きようとした。

 大成功だった。そして大失敗でもあった。

 ほぼ同年代の王様に仕えていた形だったが、その所為か、王族の護衛兵である俺が政策の殆どを一任させられるという意味不明な事態に陥ったし、あの国王、やたらとワケありの人間を衛兵に雇いやがるし、メイドもそんな具合だったし、本当に無茶苦茶で、若い奴ばかりが集まる謎空間に包まれていて、ソイツ等の面倒さえ俺の担当で、本当ソイツ等は可愛くないし、生意気ばっかり、厚顔無恥たる様で。もう手間暇増えては仕事も増えて、あーあ、なんてブラック企業だ、どうしてこんな城に俺は勤めて居るのだろう、なんて何度思ったか知れない。

 スリル満点の生活だった。スパイスのある人生だった。だがとんでもなくそれは熱かった。

 きっと俺はそんな毎日をどこか楽しいと思っていたのだろう。

 そうして王政が崩壊したその日、俺は、俺達は全員死んだ。

 俺は人間らしく、死んだ。

 ギロチン台で見たその光景は、本当に清々しい程綺麗だった。

 嘘のような程輝いて見えたというのに、あれが本当だったと言うのだから驚きだった。

 だが、だがしかし、気がつけばこんなざまだ。勝手に召喚されて勝手に身体を弄くられていて、まさにはた迷惑なベリアルの思惑によって。

 やっと死んだ、やっと転生間近だ云々の頃合いになって不幸が降りかかったのだから怒りもする。同時に俺は恐怖もしたのだ。

 人間なんて所詮60年。長くて100年。

 老いて腰が折れ曲がり、何もできなくなって死ぬまでたったの100年。思考もぼやけて歳さえイマイチ数えられなくなる。

 だから寿命が来るまでなんて短いだろう。あっという間に眠くなってこの世からサヨウナラしている事だろう。

 人間は壊れていく。緩やかに、確かに壊れていく。

 ただ安らかにその瞳を閉じて、ゆっくりと冷たくなっていく。

 勿論それは、人間に限った話ではない。

 生命とはそういうものだし、物質だってそんな具合だ。

 湖だろうが川だろうが、枯れる時は枯れる。森も終わる時は終わる。

 つまり、この世に風化せぬ物など存在しないのだ。

 だが、それ以上を生きるとなったら話は別になる。

 寿命が幾らでもあるのだとしたら話は別になる。

 緩やかな安息が訪れると、いずれ死ぬのだと、そう、本来人間が危惧し恐れるそれが俺にはそもそも与えられていない。

 ならばそれはつまり、俺には安息がないという事と同じではないか……と。

 それこそが今俺の置かれている現状である。

 仮に1万年の時を生きられるとして、この精神、持つと思うか?

 無理に決まっている。肉体より先に心が砕けて終わるに決まっている。

 俺が生きた300年という月日さえ、精神崩壊を起こしていても不思議は無い程長い。

 人間は何百年と生きられるようには出来ていない。そんな精神構造など端から無いのだ。

 それは緩やかな死を迎えるのと同じように、俺の心もまた緩やかに崩れていくのだろう。

 気が狂う程長い時に苦しみながら、どうしてそれを良しと言える?

 俺は生きたい。自らの首にナイフを押し付けるなどという無様な死は絶対に嫌だ。

 だから、人間は壊れていく生き物だ、という考えに俺は着眼点を置いて考えた。

 これから先どれだけ生きるかさえ不明だが、少なくとも死ぬ方向へと進もうとしないであろう俺だ。きっと途方も無く長生きするだろう。

 ならばこそ、どうやって常識と尊厳と知性を維持出来るか、精神崩壊を起こさずに生きていられるかを、考えてみたのだ。

 答えは簡単だった。

 必要な箇所だけを残すようにして、他を壊して行けばいい。

 壊れてしまうのが仕方ないなら、壊れる順番を操作し、上手く風化を防ぎながら、そうすれば芯は壊れない。俺は俺のまま居られるだろう。

 初めは大して狂う必要性を感じなかったから、それらしい行動は起こしていない。

 だが半世紀を超えたくらいに辛いと思い始めた俺は、憎悪を拡大する事を選んだ。

 憎悪は便利だ。何せ憎悪さえあれば、人は人を簡単に殺せるようになる。そして憎悪程に簡単に増幅出来る物もなかった。憎悪程果てのない感情はなかった。憎悪程に出来る事の多い力など他に存在しない。

 人は憎悪の為に生きながらえ泥もすする。人は憎悪の為に身体を鍛えて復讐を遂げようとする。人は憎悪によって常識を踏み越える。憎悪が勇気を生む。憎悪そのものが力となる。目的を果たすまでそれは衰える事はない。それこそ一生その炎が消える事はない。

 俺も一族に裏切られ、憎しみに包まれた事がある。

 殺意ばかり向けられる毎日に嫌気はさしていた。

 そして、何故生きているのだと言われた途端、嫌悪はもはや止めどない憎しみに変貌した。

 家族もそれ以外も、俺を殺そうと加担した全てを、逆に殺してやるとそう思った。

 すると一瞬でカタが付いた。一瞬で終わっていた。全部殺した。呆気無く手が進んだ。

 あの時は目的を達し終えてしまったので、残ったのは虚しさだけだった。

 だから目的は達成してはならない。それだけは確かだ。その瞬間死にたくなるから駄目だ。

 と、言う具合に憎悪というものを利用して早3世紀。

 長かったが、短かった。

 趣向こそ織り交ぜたりしなかったりだったが、ただただ世界を壊すのは楽しい物だった。

 何故聖人として生きようとしなかったのか、どうして憎悪を選んでしまったのか、他にもあったんじゃないのか、と、愚問を投げかけたい奴が居るならばこう返そうじゃないか。

 お前達の世界の裏舞台、表では語られていない真実を垣間見た時、同じ事はもう言えなくなるだろう。なんて汚い世界だ、なんという偽りの平和だ、そう思って止まなくなるだろう。

 人間は決して綺麗などではない。

 人間は人間を肥やしにする。人間は人間を人間と見やしない。

 悪だ。人間とは悪そのものだ。

 もっと具体的な例をあげようか。

 世界を救おう、平和にしよう、というそんな甘えた考えは、何処でも理解されはしない。

 仮に理解されたとしても、それを邪魔と思う欲望の亡者共に阻害される。

 ありとあらゆる憎悪によって、心折れるのが先だ。目に見えている。

 過去に十字軍が行った非道の限りを知っているか?

 現在行われる戦争が誰にとって最も得なのか知っているのか?

 では人々がどうして暴力を振るわれる人間を見捨ててただ歩くのか理由を知っているか?

 銃を片手に半狂乱の相手に対し武器を捨てろと近寄っていってそれが正解か?

 未来に平和が実現すると思っているのか?

 過去に、現在に、未来に、平等が達成された日がたった1日でもあったと思うか?

 人間から欲望を奪わない限り、永遠に平和など実現出来やしない。

 だが欲望を奪ったならばその時人類は、生きる力そのものを失うだろう。

 ならば、どうしろと。それでも聖人になるべきだったと思うか?

 なりたいならば勝手にお前がなれ。俺の知った事か。

 もっともっと、もっと単純に計算すれば分かる話をしてやろう。

 全てを救おうとした場合と、全てを殺そうとした場合とで、成し遂げられるのは果たしてどちらだと思う?

 俺ならば出来る。全てを殺す事が。

 だが、全てを救うなんて事はほぼ間違いなく出来ない。

 仮に平和を実現させられたとしても、犠牲は大きい。ほぼ殆どを殺してやっと成し遂げられる平和だ。それで、その平和は正しいのだと言えるのか?

 まあいい。捉え方など自由だ。ただ俺は別に世界を救いたいなんて思った事はないという事。ただ生きたいと願ったまでの事。ただそれだけの事だ。

 だがよく覚えておけ。

 平和など、何億年経とうと、訪れる事は決して無いという事を。

「お前は平和主義者らしいな。世界統一によって平和を実現しようとしてたんやろう」

「……、貴方は知っているのでしょうね。平和な世界を作る事が不可能である事くらいは」

「無論や」

「私も無理だと思っています。ですが放ってはおけなかった」

「まあやれるだけやってみィや?

 お前が再びエルフ王に舞い戻る頃にそれが実現出来てないようならば、この国もこの世界も、ワイが無に還したる」

「厳しいお方だ。貴方が目的を達し終える頃には、私の命は無いのでしょう」

「よく分かってるやないか」

「ジューダスの件に相当ご立腹なようで。私の意見や態度もまた、逆鱗の逆撫でとしかなっていないらしいですし」

「……さあな。お前の結末は、ワイの気分次第や。精々気に入られるよう努めとき?」

「助言、確かに受け取りました。さて、私からは以上です。ガドロサ様も以上でしょうか?」

 さてと、無駄に会話が長引いて終わった。終わってくれただけ良しとしよう。

 ……いや、いやいや、いやいやいや、まだ終わってないぞ。

「おい軍曹、お前のせいでワイの頭が活性化してしもうたぞ。おかげで用事を山のように思い出した。どうしてくれるんやおい、軍曹」

「私の所為なんですか?」

 そうだ。お前の所為だ。なので一発殴らせろ。

「ダークエルフ、って居るらしいな。前に会ったアーノルドっちゅー娘がダークで、ソイツには故郷があり、そこから派兵されてきたって話もしとったんやが、もしかせんでもそのダークエルフの国、里は、……」

 あんな幼い娘が兵士をやっているくらいだ。通常の派兵とは勝手が違いすぎるだろう。

 元々、アーノルドがここに来た理由が本当に派兵だったかさえ疑問。

 こんなご時世だ。間違いなくとは言わないが、恐らく起こっているであろう出来事くらい予想出来てしまう。

「はい。恐らくは、お察しの通りです」

 軍曹が、俺の発言途中に呟いてくれた。

 やはり、滅びていたか、ダークエルフの国は。

 そうなるとダークエルフはもう、この国に居るだけの数しか居ないという事になる。

 とも言えない。もしかすると生きながらえたダークエルフ達が散り散りになりながらどこかで暮らしているのかもしれない。捕虜が未だに居るかもしれない。

 だが多大に死んだのだろう。その国は、ファンタジーにありがちの凄惨な様と成り果てているだろう。時期が時期だったならば、近寄ることさえ不味い現状だろう。どちらにせよ廃城はあと数十年先に完成としたものか。

 もう絶滅したも同然。壊滅的な被害。何たる事だ。

「誰がやった?まさかお前やないやろな?」

 勿論、軍曹がやったとは思えないが、一応訊いておく。

 もしかしたら、という事もあるだろう。

 もしも軍曹が犯人だったとしても、まあ、何も言うまい。俺が言えた義理でもない。

「現在の君主の命令により、人狼族が滅ぼしたばかりです。つい2,3ヶ月前の事だったかと。

 それより前の段階で、アルノルトを含む五〇〇名程のダークエルフを受け入れました。全員が相当に若い子ども達です。

 ダークエルフの国はこのエルフ国とは別勢力との抗争により衰退していたらしく、まだ余力があると思ったのでしょう、この国へと子ども達を逃したのだと考えられます。

 完全に突然でしたから、恐らくは子ども達だけでも、というような、相当に追い込まれた段階での判断だったのでしょうね。

 ですが、木に飾られたエルフ王が適当な対応をしたもので、兵士に加えられたり、慰み者にされたり、奴隷のように扱われたりと悲惨な結果だけが残っています。

 アルノルトは運が良かった方でしょう。子どもながらに優秀だったですから。

 ただしアルノルトも、他ダークエルフの消息を知りもしなければ、祖国がどうなったのかさえ知らされていません。私も流石に、伝えてはいません」

 これはもう、殺して正解だったとしか言い様がない。

 アメジストが殺した所為で全然会話も出来ていないエルフ王ではあるが、このあまりな現状を聞いただけで十分だ。話す価値さえない。

 当然、民を見捨てるような王だ。その時点で会話する気なんて無かったようなものだ。

 何はともあれ、数少ないダークエルフ達が現在も尚ひどい目にあっているというのならば、それをどうにかするのは俺の役目。

 俺は家畜のシステムは嫌いだ。放牧主義者なのだ。いかなる場合であっても。

 まあ、ノーマルエルフ達が今更、俺の意見に反発もしくは反抗はしないだろう。したならしたで、土に還すだけだ。クズは植物の栄養になったほうが絶対にマシだ。

 しかし、若い子ども達か。

 世の中はどうして若い子ども達が悲惨な末路を辿るように出来ているのか。

 若い彼ら彼女らに罪があると言うのならば、生きた時代を間違えたと言い張るならば、もういっその事、全部まとめて死んでしまえ。

 子どもは大人の肥やしになる為生まれたのではない。そんな生態系がまかり通って当たり前で溜まるか。ふざけやがって。本当にふざけ切りやがって。

「この国に居るダークエルフを早速招集しろ。奴隷だろうが何だろうが綺麗な服着せて食事を与えろ。今すぐに行け」

「そうおっしゃると思いまして、既に買収して終わっています」

 軍曹に命令したら、もう完了していた件。

 考えるに、俺がこの国にやってきてすぐ、もしくはエルフ王が首だけになったくらいの段階で、既に行動は始まっていたのだろう。

 軍曹ならば俺が嫌う事や色々を初期段階から分かっていただろうから、結局はご機嫌取り程度の行為なのだろう。暴君サヨナラホームランによる行動の自由を得た為、ダークエルフを解放出来るようになった、とかいう慈悲や善意での行動では決して無い。言い切れる。

「今では兵舎近くの元武器倉庫でのんびりさせています。無論、待遇は通常。変な威圧や何かを与えつけてはいませんし、何かを強要もしていません。一部を除いてですが。

 ただですね、アルノルトのように派兵されているダークエルフはそのままにしてしまっています。今は人材不足が深刻過ぎますからね。

 いえ無論、待遇が通常でないと判断した箇所からは連れ戻しております」

「上等や軍曹。判断の早さ、というよりは、鞍替えが速いというべきか」

 皮肉ばかりを並べ立ててやる。お前に与える功勲などこれで充分だろう。

 お前は確かに君主に値する人材だ。お前に間違いは無い。判断にも行動にも間違いはなく、俺の意思をよく理解した上で動いてくれている。よく働いてもくれている。

 だがお前はやはり、死んでしかるべき泥人形なのだ。

 誰かを救わない、ただの傍観者。

 いいか、傍観者は誰も救わないが、それでも誰かを傷つけるのだ。理不尽を容認し、黙認し、挙句の果ては忘却する。その眼差しは傍観されている誰かに絶望を与えるのだ。

 そのくせ傍観者は勇み足を蔑み罵倒する。

 これが罪でなくて何だ。万死に値すると思わないか、なあ元君主様。

「それではダークエルフ達、殆ど子どもしかおりませんが、如何なさいますか?」

 いい感じに俺の心は伝わっていないらしいので、次の命令を与えておく。

「アーノルドをさっさとここに呼んでこい。というかダークは例外なく全部集めろ。

 そりゃ人員不足は認めるし、ダークの強さは認めるが、ここばかりは譲れん。

 んで、アーノルドをリーダーにして、特殊な部隊を構成。城壁外の森を管理させとけ。

 とはいえガキばかり。躾けの方は必要やろ。アーノルドは特に、つまみ食い常習犯やし」

 パルモデーンだったかモルゴブーンだったか、そんな木の実を大層お気に入りのアーノルドのことだ。管理を任せた途端に食糧難再び、とかいう事態に陥りかねない。

 本当はノーマルエルフとで編成して作業に当たらせるのが一番だろうが、人員不足の壁はどうしようもない。どんな生命であれ、個体が成体になるには相応の時間を有するのだ。

 逆に考えれば、現在子どものダークエルフ達は吸収もまた早いという事。

 しっかりと教え、自制を覚えさせれば、少人数でも期待以上に働いてくれるだろう。

 この世界においては特に、することが無いという事実や、何もさせられない、出来ないのだと宣告させる事が最も苦痛だ。

 もはや子どもだから、では理由にならない程、この世界は荒廃している。

 それは大地だけではなく、心までもが。体制までもが。全てが。

「貴方ならば無問題でしょうが、彼女達は今かなり気が立っています。

 説得するのはかなり難しいかもしれません。現状でも手を持て余しております。

 先ほども言いましたが、ごく一部を除いては従順、しかしそのごく一部は非常に攻撃的故に、独房へと押し込めている状態です。なので、」

「おい、彼女達やと?もしかして、女しかおらんのか?」

 当然の疑問だろう。不可思議な表現に俺は眉間に力をこめざるを得なくなる。

 思えば五〇〇名という数さえおかしい。少なすぎる。あまりにも。

 考えられるのは、それほどに数の多くない種族だったか、アーノルド以上に若い男は兵士として戦うしかなかったか、脱出させるのも難しい状況だったが為の少人数だったか。

 何がどうであれとも、たった五〇〇名。しかも若い女ばかり。

 アーノルドがそれほど切羽詰まった様子に見えなかったからと適当に聞き流しそうになっていたが、ダークエルフ達こそはかなり切迫していたという事か。

 そんな最後の希望にも等しい子ども達をエルフ王は、ああ、ふざけやがって。もうふざけやがってという言葉しか出てこないくらいに巫山戯ているような状態だ。

「雄も居ます。ですが、年端もいかぬ本当の幼子ばかり。殆どは兵士として、国に残されたのでしょうね。

 他はアルノルトと同年齢の雌の個体からそれ以下の年齢。4から12程の娘ばかり。

 殆どは弱気で衰弱しており、非常に素直なのです。しかしながら一部は本当に厄介です」

「厄介、ああ厄介や。

 首だけになったエルフ王もまた、厄介な事してくれたもんやな……」

 もうどこに怒りをぶつけていいのかも分からない。

 とりあえずそんな彼女達をどうにかしない事には、おちおち眠る事もできはしないだろう。

 何も悪い事をしていないその少女達が牢獄に押し込まれているのは明らかに不条理であるし、理不尽である。おかしいのだ。全体的に。だから早々にどうにかせねば居心地が悪い。

 ああ、いっそエルフ王の首を持って行って踏みつけさせたりしたら、俺とその少女達の気が済むだろうか。

 そうだ、ボールは友達で有名な漫画の真似をさせて、殺人サッカーをやらせると面白いかもしれない。きっと世界に名を轟かせる女子サッカーチームが爆誕するだろう。

 だが練習用のボールは個数に限りがあるので、途中で解散する事になりそうだ。

 そもそもモナ森の管理を任せるという話なのだから、そんなもの即時解散だ。

 でもスポーツを流行らせるというのは中々に良いかもしれない。このご時世だからこそのスポーツ。それはかなり良い発想だと言える。

 そう、過去のオリンピュアも、戦争中だろうがキッチリ停戦してでも開催したらしいみたいな話を聞いたような記憶がある。

 ノルポゴーデが宙を舞い砕け散る様に涙するアーノルドが目に浮かぶ。

 さて、そんな話はどうでもいい。

 さっさと面倒な事を片して、眠れる憩いの場所を探さなくては。

 という事で軍曹を引っ張りながら、目的地である牢獄へと向かっていった。



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