9:のどかな日常
旅行っていいよね
二人が試験を終えた時には外の騒動も終息しており、一人の冒険者が勝ち名乗りを上げていた。
ランクの飛び級制度はDランクまでで、そこからは自力で上げないといけないらしい。
実力だけでは冒険者は務まらないってことのようだ。日も傾き始め、ギルドの酒場には冒険者が酒を注ぎながら依頼の相談する者や、大物狩猟達成の余韻に浸りながら酒盛りする冒険者達も見受けられた。
この街ではエールが好まれていて、コクがあり大麦が原材料だが、フルーティーで飲みやすい物で大衆に多く受け入れられている。
大麦からなぜフルーツの香りかというと、他のフルーツと同じ物質が大麦にもあり、醗酵することで増えるところにある。
エールも地方によっては味も大きく変わり、冒険者や、旅商人の長旅の楽しみの一つにもなっている。
「おい、聞いたか? 新しく出来たダンジョン」
「おう、南の魔王の城がいつの間にかどでかいダンジョンに変わったという」
陸は少し歩みを緩め、冒険者達の噂話に聞き耳を立てる。当事者なので、気にならない訳がない。
「この間、リックスのパーティーが、気になって行ったらしいんだわ」
「なんつう命知らずなんだ……魔王がいるかもしれない所だろ?」
「あいつらは昔からそうだったじゃねーか。スリルがどうとか……ようは頭がいっちゃってんのさ。でさ、入口があったから入ってみたら、この辺じゃ見かけない魔物がうようよいて、マジックアイテムがあちこちに転がっていたらしいぜ」
「なに! どうりであいつら羽振りがいいと思ったぜ。俺らも行くか?」
(あぁ、暇だったから適当に短剣とか食器に魔力込めて遊んだんだよな……あれ、高く売れるのか……高温度に保った皿や、震える短剣とかガラクタっぽいのだったんだけどな。)
ふと陸は掲示板に目が移る。
ランク分けに張られた依頼書が無数に張られている。多くの依頼が「建築資材の運搬」や「石材の納品」など、力仕事が多くある。獣人が減って、労働者が不足しているのだろう。
次に目にしたのはパーティーメンバーの募集だった。「回復魔法が出来る人」や「前衛募集」など、募集要項が書かれている。
「なるほどね~……パーティーはまだいいか。今日は遅いから宿に泊って、ゆっくりしよう」
(そうさな、見知らぬ土地にきたら名産をつまみに酒を飲むのがオツよの)
(地酒があればなおよしですね)
(わかっておるではないか)
「では、宿探しと参りましょうか。」
ギルドを出て露店を抜け、しばらく歩いた先にその宿はあった。「風の旅人」古風な佇まいだが穂のかに温かさを感じる。フロントで受付を済ませ、部屋の鍵を受け取る。フロントスタッフも陸達の容姿に戸惑いながらもギルドカードを確認し、慣れた様子で施設の説明を行なった。
部屋にはベットが二つ。トイレと風呂は共同で、風呂も湯船は無く、フロントからぬるま湯を貰って体を洗うものである。
(城に帰ったら湯船でも作ってみるかな……)
元日本人の陸には、湯船が恋しいのであった。
朝になると宿のキッチンも慌しくなる。
夜と朝2食付きで50ルイで格安。長く冒険者に愛される「風の旅人」の朝食は焼いたパンに、卵や野菜を挟んだサンドイッチで、急ぎの時は携帯もできるようにと心配りには朝の早い人には喜ばれている。
陸はフェブルと一緒にのんびり朝食を取っていた。別に依頼を受けている訳でもないので、時間に追われることもない。
朝食をとったら森でも散策しようかなと思っている。ウィークタウンの朝は快晴で、とても清々しいものだった。
★★★
陸が清々しい気分で森を散策している同時期に、ウィークタウンの遙か北に氷の世界に住む魔を統べる者がいた。
名は氷帝フィヨルド。
彼の住む氷の城には、フィヨルド以外の魔王が2人おり、3人ともテーブルを囲んで座っている。フィヨルドの使い魔が紅茶や菓子を運び魔王達が認める。
「しっかし、力も無いのに人間の国に殴りこみに行った愚かな王はどうなったのだ?」
「単騎で突っ込んだ挙句、返り討ちにあったんだろ?笑えるな」
フィヨルドの容姿が青年で、髪は銀髪。
細身であり、瞳は体温を奪われるかの様な蒼である。実際魔力を使えば、目に映る物全て凍り漬けに出来るだろう。
対して、右に座るは、火の粉が揺れ落ちるかのような長い赤髪を揺らし、呆れ顔の炎帝イーリアス。
彼女は女性でありながら力に憧れ、炎の化身となった魔族である。
彼女の生い立ちは復讐の人生であった。
彼女の話は追々するとして、彼女の右、フィヨルドの左に座るのは怠惰の王ベルフェである。
金髪に耳にはピアスを数個付け、シルバーアクセサリーをジャラっと付けている。
億劫そうに椅子の背もたれに寄りかかり、椅子の前足は宙に浮いている。
この三人は仲がいいのか、良くフィヨルドの城に乗り込んでは、世間話を挟みながら茶と菓子をむさぼっていく。
「人間とかめんどくせ……」
「人間などに負けるなど、魔族の恥である。」
「人間も束になればマシという訳か。」
フィヨルドの城にはいくつか結界が施されているが、イーリアスやベルフェはいとも簡単にすり抜け、やってくる。
フィヨルドの結界術は下手ではないのだが、[極]までには達していない。
その分気配探知のスキルで補ってはいるが、ベルフェに関しては、結界を破る痕跡も残さないどころか、気配すらない。
いきなり目の前に居ることもあるため、最初の頃は驚き、冷や汗すら感じたが、ベルフェの戦闘能力やステータスは低い為、殺気を感じれば対処できると考えては居るのだが、いつもだるそうにして何を考えているのか分からない。
そして、誰もベルフェの力を見たことがないのである。
適当にだべって、菓子食って適当に帰る。
それが昔からの流れであった。
「最近暇だし、かまってみたくなったな!」
「始まった!昔暇潰しを理由に国を3つ潰したからな……炎帝は手加減を知らないのである」
「見てる方が楽しい……」
「手加減などしたら失礼であろうが! 人間も魔王を退ける力があるのだ。勝負になるだろうに」
「これだから戦闘狂は……言っても聞かぬしな、我も様子を見に行くとしよう」
こうして暇を持て余した魔王三人が、人間の国へ侵略を試みるのであった。