68:インシデント
「なぜ麦の価格が落ち着いている?」
都市の外れの貸倉庫を拠点に活動を始めたハーメルンは市場価格の変動の無さに疑問を覚える。地方都市はパンデミックで農業、生産業が完全にマヒしているにもかかわらず、一向に価格崩壊に向かわない。
「明らかに異常なインシデントが起きてるな」
「ご主人! 上手くいってないみたいですね」
「あぁ、なんだろうね。あり得るとしたら様子を見てなかった最西のエリアだろうね。市場にこの辺じゃ見かけない作物があるし、国王がうまく食料を回してるんだろうね」
「ご主人! せっかく準備したのに失敗しちゃいましたね」
「とりあえず、高騰はしてるし、不満を持った人間もいくらかいるんので、小さいながら組織は作れるよ。ただ国を取るまではできないだろうね。やれるまではやってみようか。」
★★★
「ミーヤ、市場で見かけたんだけど、これ知ってる?」
「何でしょうか。白い粒粒してて硬いですね」
「おそらくお米だね。この辺は麦が支流だと思ってたんだけど、お米もあるんだね」
「あぁ、そういえばレーベという町から食料を買い付けてるって王宮で丞相が話してました
ね」
「そうなんだ。これは僕の故郷の食材と多分一緒だなんだ。」
「そうなんですね! どうやって調理するんですか?」
「鍋に水と一緒に入れて煮立たせると柔らかっくなるんだ。今度作ってあげるよ」
「本当ですか? ありがとうございます!」
食料を求めてごった返す市場を尻目に道
とミーヤは日用品を片手に王宮に帰っていく。
「あれ!?」
「どうされましたか?」
「あの人……病に侵されてる」
「そうなのですね。では救わなくては」
道は、患者を診ていくうちに診察目というスキルを開花させ、状態異常や、病状など、血液検査を行わなくてはわからない数値が顔を見ればわかるようになっていた。
「すみません! 体調悪くないですか?」
★★★
ハーメルンの体は硬直してしまった。一般市民から声を掛けられることは想定してはいたものの、声の掛けられ方の意味が分からなかった。
「体調は悪くないですよ。どうしてそう思ったのですか?」
「私には人を見ただけで、どんな病を患っているかわかるのです。よかったら診察させてくだ
さい」
たまったものではないのである。今は変装してるだけで、詳しく体を見られれば魔族とわかってしまう。病だと判定した原因は、おそらくハーメルンの体の中で飼っている複数の病原体が悟られたのだと感じるハーメルンであったが、ここで無理くり逃走するのは怪しまれる。
「いえ、私は元気ですし、診察を受ける大金も持ち合わせていませんので結構です」
ここは穏便に済ませ、早々にアジトに帰った方が良さそうだ感じるハーメルンであったが、頭の隅にチラチラと前に魔族と看破された苦い経験が思い出される。
「大丈夫です。私たちは王都に所属してる正教徒白鷗騎士団の治療班です。無償で市民の病 を治しています」
と話した上で、騎士団のワッペンを提示した。王宮騎士の身分証みたいなものであるが、さらに状況は最悪である。危害を加えれば捜査が入るし、これといった強硬策が思い浮かばない。
「いえいえ、咳もしていませんし、熱もありませんので、病気ではありませんよ」
「そうですか? もし何かあってからでは体が辛いですよ」
「ご心配ありがとうございます。辛くなりましたら伺いますので、その時はよろしくお願い します」
「そうですか? そうしましたら中央広場の救急のテントに職員がおりますので、お声かけ ください」
「ありがとうございます。それでは」
軽く会釈をして立ち去っていくハーメルンを道はじっと見守り、距離を取って歩き出す。
「道様、どうされます?」
「家を把握しておこう。無理やり治療する法律はないから、もし家から出れないくらい辛く なったらかわいそうじゃないか。明日また様子を見に行こう」
「なるほど。流石道様。私そこまで気が回らなかったですわ」
「ミーヤは先に帰っていてくれ。つけられていると気づかれるとトラブルになるかもしれな いから。うまくやってから帰るよ」
「少し心配ですが、そういうことでしたらお任せして先に上がらせてもらいますわ」
「おう」
★★★
「ご主人!
「黙ってろ。直ぐに離れるぞ。騎士団に目をつけられたら終わりだ」
そそくさと市場を後にする。
「いつの時代にも勘のいいというか、感知スキルを持つ者がいるものだな。表だって出歩く のは止めておこう」
「ご主人! まだ完全にバレなくて良かったですね」
「おうよ、あやうくボロが出そうだったぜ。」
足取りは軽く、いつものアジトへと向かう。アジトの貸倉庫は決して人が住んでいるような場所には傍から見える訳もなく、窓の無い建物に吸い込まれていった。
ブックマーク、評価★★★★★、レビュー、暖かな感想お待ちしてます!




