64:崩れ落ちる音
ラベンハルドの宮殿は主にバロック様式風で白が主体の建築物が特徴である。中庭には天然の芝が敷かれ、植木の剪定士が庭の手入れを行っている。
「聞いたか? 先の大戦は敗戦が濃厚らしいぞ」
「のようだな。伝令兵が慌てて宮殿に入っていくのを私の使用人が見ておる」
「うむ、戦況によっては王族派の貴族は離反する恐れがあるな」
「左様。ここまで領土が広がったのは騎士団のおかげではあるが、同時に、その領土を収める貴族は
騎士団の力があっての求心であるからして」
「然り。強引な統治を行ってきた我々に反乱分子を抑える力がなくなったと知れば、それはまた乱世
に逆戻りになってしまう」
「まったく魔族も人の世に余計な横やりを入れてきたものだ。」
「然り。だが、やつらに人間の理なども通じる訳もなく」
「左様。軍事と政治は紙一重である。現場の軍人に少しでも政治を知っているものがおればなぁ」
「仕方あるまい。勢い付いた炎に水を撒いたところで収まらない」
「なるべくしてなったということか。今後は情報の隠蔽と軍人への釘刺しか?」
「であるな。」
「忙しくなるな……」
第二報を告げる兵士が王宮に飛び込む姿を見て、さらに顔を強張らせる。伝令の兵士の足音が、安定し始めた国家が崩れ落ちて行く音に聞こえてならなかった。
★★★
「重症者と軽傷者の選別を行ってください!
「道様、感染していない重傷者は別テントで処置しています」
「ありがとうミーヤ。感染者は私が順次診察します」
ラベンハルド軍が王国にたどり着いた時には既に、城壁の外に大きめの天幕が複数設置されており、教会の殉教者が軍の到着を待ち構えていた。伝令により、各軍に感染者や怪我人の状況などが伝わり、話を聞いた道がミーヤと相談し、さながら野戦病院の設置を場外に行った。場外に設置したのは感染症を国民に広げないようにするための処置である。
「道、手間をかける……」
「団長! 団長がいなければ被害はもっと酷かったでしょう。今はゆっくり休んでください」
ラベンハルド軍には戦闘力を持った衛生兵である正教徒白鷗騎士団が追従していたものの、接近攻撃が支流な部隊が故に、いち早く巨像鼠の毒がを食らってしまった。感染症対策としてペスト相手には歯が立たず、なんとか症状の遅延を行うことで手一杯となってしまった。
「道ならこの病も治せるだろう? 助かったよ」
「何とかしますよ!」
道の治療行為は、日付が変わり、朝日が真上に登るまでに続いた。兵士たちの様態も安定し、一段落となった。
「はぁ、疲れた……」
「お疲れ様です道様」
「ありがとうミーヤ」
「道様、何も食事されていませんよね? サンドイッチしかありませんがいかがですか」
「あぁ、助かるよ。」
薄いパンにスクランブルエッグとハムが挟んでおり、軽く塩が振られた物であり、シンプルな味付けがまた夜勤明けには染みる優しい味である。
「これからどうなるんだろうな……」
「軍の立て直しには時間が必要でしょうね」
「魔王軍の動向も気になるけど……」
道は、ミーヤの淹れてくれた紅茶の香りに誘われ、ティーカップを口に運ぶ。
「うまいよ! 香りもしっかりしていて疲れが飛びそうだ」
「まぁ! 良かったですわ。まだありますからお替り言ってくださいね」
「それは今までに無い朗報だな」
★★★
馬車に乗ったフードを被った行商人の男は、とある町の検問に差し掛かっていた。
「こんな時期に行商人か。流行り病のせいで街の中には入れないぞ」
「周辺地域の街ではまだ薬が行き届いていないのですね」
「なんだと!?」
「私はラベンハルドから参ったのです。私も流行り病に感染していましたが、特効薬で治りました」
「そんなことが……」
「ずいぶん前には薬が出回っていたので、てっきり私は地方にも出回っていると思っていました。そ
ういうことでしたら失礼します」
「待ってくれ! 私の娘が病に倒れているのだ。その薬はないのだろうか」
「残念ながら持ち合わせていません。ですが、まもなく出回ると思いますよ」
「本当か!?」
「えぇ、王都では治る病気なのですから」
「そうか、助かるのだな。よかった。」
「えぇ、お大事ににしてください。私は無駄足になってしまいましたが、他の街を当たるとしましょ
う」
「あぁ、すまなかったな。あと戦争はどうなったか知っていますか? 全騎士団が攻め入ったとか」
「あぁ、結果は負けたと伺っています。内容は良くわかりませんが、だいぶコテンパにやられたみたいですよ」
「そんなことが……」
「なかなか魔族も侮れませんね。それじゃ」
「あ、あぁ」
行商人は馬車を切り返し、来た道を戻る。その口角の上がった顔はいかにも怪しい行商人のそれである。
「ご主人! ここで5回目ですけど、何か意味があるんですか?」
「人間の心は弱い。ダメな物には諦めが付くが、希望を与えて裏切られた時の絶望はでかいぞ」
「ご主人の話は信じられるんですかね?」
「わずかな希望があれば縋りたくなるのが人間の性ってもんだ。まあぁこれは不穏分子の種まきだな」
「ご主人! また悪い事考えてますね!」
「何が悪い事だ。俺にとっては良いことだ。いいか、こういった国取りは手間暇かけてじっくり
いかないといかんのだ。料理だって手間暇かけた方がうまいだろう?」
「ご主人! うちは生肉のほうがいいです」
「こいつは話す相手を間違えたぜ」
ハーメルンはやれやれと首を振りながら次の目標の街を目指す。地方は見捨てられた印象を与えるため、悪質な噂を流布してまわる。ここまでの情報操作ができるのは、ラベンハルドの諜報部隊であった「月下の蝶」の壊滅にあったのも一因であるとされる。
「久々に心躍りますね」
「ご主人! いつになく悪い顔してますね!」
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