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62:敗戦の将

 追撃を振り切ったことに安堵する正教徒白鷗騎士団団長ジック・レイラは疲弊した部下達を一瞥し、過酷だった撤退戦を振り返る。今だかつて我が国の魔法騎士がここまで追い詰められた事があっただろうか。


 撤退戦は、昇竜疾風の騎士団の上空からの援護と、鳳晶氷水騎士団の氷壁による足止めする手順だったのだが、今まで傍観していただけの緑竜が動き出し、昇竜疾風の騎士団は急対応を迫まられ混乱。氷壁はゴブリン王の拳一振りで吹き飛ばされ、氷の礫が降り注ぎ、状態はかなり悪化した。


「――光の聖域《ホーリー・ヴァース》を発動。私を基準に領域を広げよ」


「了解!」


 ジック・レイラを中心に大きく広げられた光の聖域《ホーリー・ヴァース》は言わば治療の結界であり、領域に入る生物を無差別に自然回復させる魔法である。主に救護所にて展開し、回復速度を高める為に発動するものだが、今回は部下と協力し、自然回復力を大幅に上昇させ、切り傷であればたちまち治療が始まる程の効力だ。


 今回氷壁が粉砕されたことにより、物理的な防壁では足止めは不可と考え、領域の瀬戸際で防戦し、且つ移動する作戦へ切り替えた。だが、一撃で重症を負った兵士は即座に移動が困難な為、搬出に間に合わなかった兵士は実質置き去りにされ、ゴブリンの餌食となっていった。


 光の聖域《ホーリー・ヴァース》内に進入されたとしても、ゴブリンと騎士とでは戦力差は大きく、急所を狙った即死攻撃は有効な為、高い戦闘技術を持った魔法騎士達の方が実質有利なのである。殿を務めていた鳳晶氷水騎士団のアクリ・メイヤは徐々に防衛ラインを引き下げていき、敵を引き込みながらの戦術を取り事を有利に進めていた。 


 しかし、領域内では格下相手の場合にのみ有効であり、上空で空中戦を展開する昇竜疾風の騎士団は緑竜三体の硬さに苦渋を舐めさせられていた。竜のように硬い鱗で覆われた魔物は、2,3ヶ所的を絞り傷を広げていくものだが、光の聖域《ホーリー・ヴァース》が振り出しに戻す。故に、倒す事を目的とせず、軍に緑竜を近寄らせない戦いをしなければならなかった。スピードは風魔法を行使する為五分だが、耐久力が不足していた。魔法により身体を強化しても、緑竜の体当たりで気を飛ばして落ちていく飛竜は多い。


「緑竜に魔法を打たせるな!」


 飛竜は連帯を組し、緑竜へ波状攻撃を仕掛ける。ぐわあっと煩わしそうに溜息を溢す緑竜は、蠅でも手で払うかのような、殺せそうで殺せない蚊でも見るような目や態度で苛立ちを増している。スピードは個体差はあるがほぼ互角。数的有利な騎士団が有利だが、そこは強度と攻撃力で補う緑竜。ポツポツとだが、落ちていく飛竜を見るに、騎士団の勝機が完全に失われるのは時間の問題だろう。


 だが、地上部隊を退却させるまで、この地獄のドックファイトを続けねばならなかった。地上では大地を揺るがすゴブリンの大群。山脈の麓に辿り着いたときには兵の半分を失う程の壊滅状態であった。正教徒白鷗騎士団がただの治療専門の部隊だとしたら被害は更に拡大していただろう。突破されそうになった隊列にカバーに入りつつ、負傷者の治療を行う。戦場で戦える治癒者がいるからこそ、前線で気張れるという物だが、流石に限度があった。体力・魔力共に有限なのだ。無尽蔵に力を振るえるものなどこの世界広しといえど、存在するはずがない。


 遙か昔、多くの精霊から魔力を譲渡され続け、半永久的に魔法を行使できたといわれたエルフの王が存在したというが、古い伝書の記述の為今となっては確認もできない。いわば伝説や御伽噺といったところだ。


 ジック・レイラは敵部隊撤退の伝令を受けると、はあぁっと大きく息を吐き、部下を前線へ送り出した。遠くからでもその大きな存在を確認する事ができる敵の城壁の圧迫感は攻め込む前とでは圧倒的に違っていた。


「我らは驕ったのだろうか……」


「もしかしたら我々が戦ってきた大陸は、世界から見たらちっぽけなものかもしないな」


 ジック・レイラは、思わず出てしまった独り言を聞かれた事に気まずさを覚えたが、相手がクリア・メイヤであった事にほっとする。一般兵であったならば士気にかかわる。上官は常に毅然とした態度でなければならない。間違っても弱音など人前では吐けない。だが、上官もまた人間であり、同じ立場の人間と共感できるということは良い吐き口になった。


「今日は見通しの良いこの場で野営し、峠は明日から登るとしよう」


「賛成だ。体がもたん」


 二人の将は撤退してくる兵士や、帰還するゴブリンの群。夕陽で赤く燃えるように染まる城壁を静かに目に焼き付けていた。

風邪予防に、ニンニク生姜マシマシで。

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