56:煽動の糧
「月下の夜蝶」から「月下の蝶」に変更しました。
中央のテントに集められた6名の魔法騎士各団長は神妙な顔つきで着席している。騎士団が同じ戦場に出ることも珍しい上に、戦場で会議することもまた同じくらいに珍しい。また、同じ地位の団長同士集まれば、苦手な者も一人や二人居るものだ。
「甲羅に篭った亀を引きずり出すにはどうするか? ってか亀なら腹減らすか、ひっくり返すしかないあが」
「腹減らしの策はこちらも状況は一緒だし、我慢比べになるな。我慢が弱い奴もいるから、できればひっくり返したいが……」
「おお!? なんだメイヤ、俺の事言ってるのかぁ?」
「ほぉ、自覚がお有りなのですね」
「言ってくれるな!」
「始まった。会議が始まると行なわれえる伝統芸能」
「戦場でも始まるとは……連帯感というものも考えて欲しいものだな」
鳳晶氷水騎士団のアクリ・メイヤと滅炎龍槍騎士団のダルス・ニッケルはまさに水と油。王国での定例会議ではこの二人のやり取りから始まるのが恒例であり、各団長からは伝統芸能とまで言われる程だ。
「結界が破れなければ、昇竜疾風の騎士団が先陣で上から攻めるということになるが、上空で乱戦となれば、下からの援護は相打ちの恐れが出るが……」
昇竜疾風の騎士団は魔法騎士唯一の飛竜に騎乗した騎士団である。風魔法を巧みに使い、上空での高速戦闘を得意とする。
「その結界の話ですが、先日部下より報告が入っております」
鎧姿の騎士達とは別に一人だけゆったりとした服装の一人が口を開く。諜報部隊『月下の蝶』
の団長マルフェル・ドットである。
「お、諜報屋か。セルクリッドまで入り込んでいたとはな」
鉄鋼重層輓馬騎士団の団長ダン・エイルはその巨体を乗り出して興味を示す。普段は温厚で部下に慕われているが、戦場では鬼の形相で単騎駆けをやってのける猪武者である。
「はい、結界を解除する詠唱コードを入手したと」
「やりおる」
「早く言えや」
「流石諜報屋。敵陣の中で良くやる」
「これで、タイミングを合わせて一斉放火できるわね」
「そうだな、不意打ちにもなるし、大分戦力を落とせるだろう」
「して、攻撃時期はいつ頃に?」
「はい、攻撃を行なう前に、先ず下準備が御座います」
「何か企んでるな。戦場で欲をかくと命を落とすぞ」
「メイヤ殿。忠告感謝します。ですが敵城をひっくり返す千載一遇。ですが、結界を解除するだけでは再び結界を張られてしまいます。」
「ふん。俺はあの城を火達磨にできりゃそれでいい」
「単純な奴……」
「なんか言ったかー?」
「まぁまぁ、それで諜報屋。決行日はいつになる?」
「はい、この日がいいかと……」
★ ★ ★ ★
その頃、セルクリッド城下では、夜蝶の如く暗躍する者達がいた。魔法騎士諜報部隊の『月下の蝶』
である。彼らは人の妬み、弱みに付け込み、人を煽動していくのである
「はぁ、いつになったら家に帰れるのやら」
「お前さんはウィークタウンから来た商人の」
「えぇ、家内もウィークタウンにおりますので、連絡も出来ない状態。心配になっていると思います」
「それは気の毒に……」
「外に敵兵がいると言うことですが、本当に居るのでしょうか……」
「そういわれると、誰も見てないしなぁ」
「それに静か過ぎませんか?」
「た、確かに」
「セルクリッドは、国民を外に出したくない事情があると思われても仕方がない」
「そ、そんなことはないべ! 国王様はいつもおら達を守ってくださってる」
「最近変な噂を耳にしました。セルクリッド国王が、魔王に操られているという」
「そんな事は……」
「配給にいたあのゴブリンだって、普通に考えたらおかしいでしょう?」
「た、確かに。余りにも流暢に話すものだから……」
「騙されているのです! 我々国民を魔王の生贄にしようとしているのでは?」
「まさか!」
「まぁ、噂ですが。小耳に入れておいてもいい話でしょう」
「あぁ、早速家内に教えてやるべ!」
城内に出来た臨時の居酒屋で話された諜報員からの噂は、農民や商人を始め、渦を巻くようにセルクリッド王国にじんわりと広まり始めていた。時事情報に疎い農民から噂を焚きつける方法は『月下の蝶』の十八番であり、常套手段であった。そして、何よりも噂に敏感な移動型の商人はたちまち反応する。多くの人に噂が流れれば、それは噂ではなく疑惑となる。しかし、今まで慕ってきた王族を疑える者は少ない。だが、城の外からやってきた人達や、所得が少なく王政に不満を持っている者は大きな反応を見せるのだった。
★ ★ ★ ★
「陸様。敵陣内が慌しく動き出しました」
燻し銀な男、ムカデの魔人である百目こと建さんの報告で陸に緊張が走る。
「このタイミングで? 兵糧攻めに効果が無いと分かって攻める気かな。取り合えず各メンバーはこの前決めた定位置に着いてもらって」
「承知。伝令を送ります」
「陸様。大丈夫でしょうか……」
あの豪傑なメリアでさえ魔法騎士の存在には一目置いているのである。それ故の心配か、陸に不安の表情を見せる。
「大丈夫。メリアと、この国は守って見せるよ! 巻き込んじまったし、けじめって奴だな」
「陸様! 御武運を」
「ありがとう。メリアも念の為、武装しておくと良いよ」
「はい!」
陸は早速外壁から敵陣を視察する。人が米粒の大きさに見える距離だが、ぞわぞわと動いているのが分かる。その分動きも大きいということだろう。
「建さん。敵の狙いは分かるか?」
「敵陣が大きく横に広がりを見せています。一点集中よりも、外壁の広さから、広範囲に波状攻撃した方が効果的と取ったのでしょう」
「成る程。ある程度攻めてきたら、ダンジョン内の魔物を開放してもいいな」
「そうですね。こちらには魔法が通らないというのがかなり利点になってますね」
「そうだよねぇ、かなり有利だよ。お、魔力反応だ。試し撃ちする気か?」
「牽制の意味合いもあるでしょう」
魔法騎士の布陣からの大きな魔力反応は、各魔人にも伝わっていた。だが、魔術結界がある安心感からそれほど気構えてはいなかった。自分さえ防げる程度。そう、後ろの防衛には気が回っていない。
「お、飛んできたな。威力的には中級か?」
「遠距離魔法で、威力を中級に保てるのは、人間では技術が高いでしょう」
「成る程。そろそろ結界に当るな……」
「はい。そろそろ……」
「消えた!? 全員迎撃! 街に着弾させるな!!」
炎弾に岩石、氷の槍に風の刃が豪雨の如く降り注ぐ。最速で反応したのが炎竜である。直ぐ様人化を解き、灼熱の翼を広げ迎撃を行なう。
「GYABAAAAAAAAAAAAAAAA」
広範囲に発せられた熱線と火炎の放射は、氷の刃はもちろん、岩石まで溶かし尽くし、炎弾を初め魔法の多くを跳ね返した。だが、それよりも広範囲に広げられた魔法騎士の布陣からなる攻撃は、撃ち漏らしを生んだ。他の魔人達も奮闘したが、全ての魔法を防ぐには至らなかった。
「被害報告急げ! 第二陣に備えろ!!」
「城下町に複数着弾。その影響で火災発生! 城には影響ない模様です」
鎧をきた大き目のゴブリンが報告へやってくる。伝令役でゴブリンから進化した彼らは、伝令や斥候の役割を担っている。
「城の守りを固めておいて良かった。結界は何故消えた?」
「原因は不明。現在調査中です」
「フェブルいるか!」
「こちらに」
「代わりの結界を作るぞ。術式を組んでくれ」
「はっ!」
「迎撃態勢強化! 結界が出来るまで防御に徹しろ!!」
(敵ながらやりおるな。隙をついてきよる)
(どうして結界が切れたと思う?)
(おそらく内通者であろう。でなければ説明がつかん)
(紛れ込まれたのか。なるほどなぁ)
それから魔法騎士団からの一斉放火は結界が形成されるまで、4回に渡り行なわれた。各々自身を守る事は容易いが、城壁の後ろ。つまり国全体を守る事には流石に余裕は無かった。人化を解き、魔力を開放する魔人たちは、多くのセルクリッド人の目に入る事となった。
相変わらず遅めの更新ですませんm(__)m




