55:曲者
毎度遅くてすみません。
楽しんで頂けたなら幸いです。
陸は防壁の上から敵陣を見渡していた。特徴の違う騎士団が各場所に配置されている光景はとても綺麗に思える。
「中央に動きが見えます。何か策を練っているのいるのやもしれません」
「はぁ、諦めて帰ってくれねーかな~。てか健さんの目は望遠もできるんだ」
「はっ、敵陣の兵士の顔の判別も可能で御座います」
「す、凄い……」
「とんでも御座いません。陸様の目の代わりと成れれば本望で御座います」
「硬いよ健さん。まぁ、この壁のお陰でしばらくにらみ合いが続くとは思うんだけど、敵陣に何か動きがあったら教えて」
「承知」
全身に無数の瞳を持つ大ムカデの魔人は、小さな人間の少年に忠誠を誓い、敵陣の視察をする。本来防壁の警備は末端の兵士が行なうものが、国をも滅ぼしかねない魔人がその任を担っている陸の軍隊に、他の人間、魔族含めた軍隊の幹部は贅沢極まりないと驚嘆するであろう。もともと百目が買って出たものだが……
城の広場では、ダンジョン内で作られた作物を、クックゴブリン達が調理した配給を国民達に振舞っていた。外は敵兵で囲まれてしまっている為、全ての流通はストップ。この作戦の立案者である陸が食料問題を解決せねばならなかったが、端から陸は問題にしていなかったようだ。
最初はゴブリンの姿に戸惑いを見せる国民達であったが、流暢に言語を話し、クック長の称号を得たクックゴブリンと、可愛らしい顔立ちのマリアとマリーがエプロン姿で対応し、緊張が和らいだ。ベルゼブブが封印されていたマルシア邸にて監禁されていた二人は、陸に救出されて今ではクック長の元でメキメキ料理の腕を上げている。
食料の問題はダンジョンの栽培エリアで種を蒔けば1日で収穫できてしまうし、人手も文句を言わずせっせと働いてくれるゴブリン達がダンジョン内に所狭しと居る。故に砦を囲んでの兵糧攻めは意味を成さない。逆に物資を前線に送り続けなければならないラベンハルド王国の魔法騎士団の方が圧倒的手間である。資金も食料も有限なラベンハルド王国は勝負に出るしかない。そこを待ち受けてるのが陸の作戦なのだが、敵は陣を展開したまま動かない。
「しかし、メルド王の驚いた顔は面白かったな……」
陸がセルクリッド王国を囲うようにダンジョンの防壁を生み出したのは、陸が会議室で対魔法騎士戦に備え、協議しているときであった。協議といっても陸からの提案をそのままメルド王が飲み込んだという一方的な物は否めないが、半信半疑で聞いていたメルド王とその幹部達は、城から見える外見の変わりよに絶句したまま顔を硬直させるしかなかった。
国民には未だ魔王軍と手を組んだとの公表は避けている。それ故陸とメリアとの政略結婚も非公開。国民に要らぬ混乱と諸外国との摺り合わせが不可能と判断した政治的判断だったが、今となってはラベンハルド王国に攻め込む大儀が生まれてしまった事はミスではあるが、魔族との繋がりを持つ以上仕方のない事と思っていたメルド王であったのだが。
(知られるのが速すぎた……)
メルド王の思惑に反し、ラベンハルド王国の嗅覚は鋭かった。しかもここで陸に裏切られれでもしたらセルクリッド王国の滅亡は必須。セルクリッド国に陸を縛り付けるには官僚と親戚では弱すぎる。そう考えたメルド王は更に苦悩する事になる。
「陸殿。何か必要な物はないかな?」
「そうですね……今の所ないですかね」
取引条件を聞き出したいメルド王と、自分の責任でもあると、純粋な気持ちで戦争に臨んでいる陸とでは噛み合う筈も無く、ただただメルド王は焦らされる気持ちになるのだった。
「それより、この戦が終わったら、この砦どうします?」
この一言だった。メルド王の頭の中では、様々な思惑が交錯する。軍事面で考えればこれほど頼もしい砦はない。完全自給自足で外敵を寄せ付けぬ最強の盾である。内政面ではどうだろうか。間違いなくセルクリッド王国の農業は衰退するだろう。1日で収穫できる出鱈目な産出を測れるあの作物に勝てる訳も無い。衰退後、作物の為替は陸の思いのまま。経済への影響も出るであろう。だが、メルド王はこの提案を呑むしかない。といってもの陸は何も提案していないのだが、交渉での探りあい、深読みからなる揺さぶりと感じてしまったメルド王には提案にしか思えなかった。
「陸殿が宜しければ、残して頂いても結構です」
「本当ですか? まぁこのまま城壁に使ってもらってもいいしね。いや~引越しするの大変なんですよ」
「えぇ、無事にこの危機を乗り越えましょうぞ」
こうして陸の気付かないところで外交交渉が始まっているのであった。
★ ★ ★ ★
セルクリッド王国の守りの要である魔術結界は、あらゆる魔力を弾き、且つ内側からの魔力は通すという攻守万能な盾だった。長年の研究によって編み出された術式は、魔法省の中でも一部の幹部でしか知り得ないものだった。術式の発動や解除にはキーとなる術式を詠唱することで成される。副大臣がその一人、ベイル副大臣である。
ラベンハルド王国の魔法騎士が取り囲んでから5日。ベイル副大臣の行方が不明になる事件が発生した。丸1日捜査したものの足取りは掴めず、捜査は難航を示した。責任感の強く、何よりも国の事を考えていたベイル副大臣が逃亡したとは考えられなかったメルド王だった。が、何も掴めず、事件、事故双方で捜査させた。
ベイル副大臣失踪事件。何も掴めないのもその筈、ラベンハルド魔法騎士諜報部隊、『月下の蝶』によるものだった。彼らは街や都市に一般市民に成りすまし生活し、その国の国家機密から噂話の調査や、デマを流し、国民を煽動させ、最悪革命を起こさせるまでにいたった集団である。姿が見えない為、実体が掴めず、他の騎士団よりやり辛い側面がある。その『月下の夜蝶』は、このセルクリッド国にも市民に混ざり、潜んでいたのである。
「城を守るは、結局人間……」
闇魔法を得意とする彼らは、ベイル副大臣の精神を混沌とさせ、頭の中からキーとなる詠唱部分を引き出したのだった。




