52:2つの会議室
寒いねしかし
上空にて、タンニールに跨りセルクリッド王国を目指す陸達だったが、心残りが一つ大きく胸に突き刺さっていた。
「あぁ、もっとじゃれたかったな~」
「ケットシーだったか? 珍しいものを見たな。あれは妖精に近い魔物で、かなり臆病で姿を見せる者達ではないな。我らの姿を見て驚いて散り散りに逃げてしまったわ……」
「まぁ、しょうがないね。また行けば会えるかな~」
「うむ。感謝されたのであれば、また合えるであろう。にしても先ほどから尻尾の方がくすぐったいのだが」
陸が後ろを振り向くと、そこには黒い子猫が必死にしがみついていた。目は風圧で開けられないのか、鱗と鱗の隙間に上手く爪を入り込ませ、何とか耐え忍んでいる。
「あの時のケットシーじゃないか! タンニール達が来たとき、みんな散らばって逃げちゃったからどうしようかと思ってたけど、お前だけ付いて来ちゃったのか」
陸が振り向くと、黒い子猫がフギャーと眼を瞑りながら必死にしがみついていた。陸が飛行魔術で移動して、抱き上げて保護した。
「かわええ! でもついてきちゃ親が心配するじゃないか。また送り届けないとだな」
「大分懐かれているようだがな」
陸が抱き上げると頬をペロペロと舐め上げて甘えてくる。
「ミニスが食いつきそうだな……」
「はっはっは! 容易に想像できるぞ。新しい玩具が見つかった子供のようにはしゃぐだろう」
「陸様、もう直ぐセルクリッド領内に入ります」
「よし、もう直ぐだな」
★ ★ ★ ★
ラベンハルド第10代国王レイバックは頭を悩ませる。流行り病が終息してきたと思えば、隣国が魔族と手を組み、我が国へ牙を剥くというのだから。
何十もの国を取り込んできたラベンハルドにとって、戦争や紛争は慣れたものだが、どうしても引っかかるものがある。防壁魔法の研究に勤しんできた、争いとは無縁のセルクリッドが魔族と協定を結ぶのか? 魔族に侵略されたのでは? など、軍事会議では憶測が飛び交っている。
「どちらにせよ、攻める他あるまい」
「報告では流行り病が感染した魔物を庇ったと聞いている」
「では、ハーメルンとの繋がりがあると?」
「憶測でしかないが、その線は強いのではないか?」
「では終息しかかっている流行り病も、セリクリッドを倒さなければ治まらない事になるが?」
「姿が見えぬハーメルンよりも、明確な標的を叩いたほうが効率はいいのでは?」
「ならば急いで攻め入らねば。ワイバーンの数が多い故、攻められてはこの広い領土を守るのは不利ですな。敵城を囲めれば、向こうも侵略どころではないはず」
「国王様! 如何致しましょう。ここは何時も通りに叩くべきかと」
「うむ、戦で相違ないな?」
(こやつらの戦好きも様になってきたか。だが、この間の戦の儲けも出ておらん。金の心配をしてるのはワシと丞相のベンリッヒくらいか)
ベンリッヒは交渉の鬼といわれ、税収、経費、流通等、金に関わることは一手に引きうけ、貿易交渉では相手の弱みに付け込み不平等条約を簡単に結んでしまう。相手国からしたら鬼である。彼の口癖は、情報は剣より強し。ラベンハルドが強国なのは、魔法騎士だけの力という訳ではなさそうだ。
そんな彼も今回の戦は採算が取れるか不安そうな顔である。セルクリッドは魔法技術は素晴らしいが、名産品は少なく、且つ山越えがある為貿易しづらい難点がある。セルクリッドの隣、ベルセルドの山塩は有名で、その足がかりにすれば良いかなどと、ベンリッヒの頭は戦に勝った後の思考になっているのだった。
会議は満場一致で戦に決定した。誰も反論せず、あたかも当たり前、議題にする事自体馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの簡潔さではあったが、初めて代表会議に出席した聖教徒白鷗騎士団に所属したばかりの道は不安でしょうがない。
「ワタル殿は戦は初めてか?」
「え、ええ。私のいた国では70年近くも戦争はありませんでしたから」
「なんと! それは平和な世界だったのだな」
聖教徒白鷗騎士団団長のレイラは心配そうに道に声を掛ける。団長のレイラは背の高いブロンドの髪を持つ女性である。実力もさることながら、普段から弱音は吐かないし、男にも引けを取らない号令の鋭さから陰ながら姉貴と呼ばれ慕われている。
「だが安心するがいい。我が国、我が騎士団は強い。必ず悪を打ち滅ぼすだろう」
「は、はい」
その自信に溢れた言葉は返って道の不安を煽ってしまうのだが、レイラには後輩に檄を飛ばして勇気付けてやろうと思っていることだろう。
さらに会議では、少ない情報から相手の戦力分析等が行なわれていた。
「人間と獣人のパーティーに、100程のワイバーンに、複数のドラゴン。獣人がそれに乗って現れたと
滅炎槍龍騎士団から報告があったが相違ないかなダルスよ」
「は! 私もこの目で確認しております」
滅炎槍龍騎士団団長ダルス・ニッケルは間髪を容れずに返答する。この毅然とした態度が説得力を生むのだが、同時に混乱も生じる。
「なぜ、人間、魔族、獣人が共にいるのか。それらの種族は忌み嫌う者同士であろう。また竜種の中にドラゴンが混じっていたとか?」
「は! 黒く、宝石のような光沢のある鱗をもった竜でありました」
「ドラゴンが背に人や獣人を乗せるのか?」
「古い伝説やおとぎ話なら聞いたことはありますが……まさか!」
「言ってみよ」
「恐れながら。その獣人もしや、魔人ではないでしょうか」
「なに! 報告だけでも5人は確認されているぞ」
「あくまで仮説ですが、その筋が正しければ辻褄が合います」
「強力な魔王による大陸侵略か……」
「レイラ団長。魔人とは?」
会議途中完全に蚊帳の外の道は、団長に補足を求めた。この世界の知識や常識を学んで来たが、初めて聞いた単語だった。
「うむ。私も実際には目にした事はないが、この国では人型に変化できる魔物が魔人だと定説されている。あまり目撃証言もなく、魔人に出会う事例も少ないし、変化した場面を見たものも少ない。謎の多い生き物達だ。魔物が喋れば魔人だという国もあるくらいだ。そして魔人を複数従える事の出来る魔族は魔王と言われる」
「成る程、それで魔人とはどれ程の力をもっているのですか?」
「相性にもよるが、おおよそ我が国の1つの騎士団程と言われている」
「騎士団は全部で7つ、確認された魔人は5人。それに魔王がいて、他にも魔人がいたとしたら……」
「うむ、我らがハーメルンの毒鼠に気を取られている内に、魔族の力が強大になっていたのだな。だが戦争は個々の力だけでは出来ない。駒数はこちらが上だ。そう悲観するのはまだ早い」
道がレイラ団長から補足を受けている間にも、議論は進み、議題を消化しては議題を増やすのを繰り返し、遂には夜が明け朝を迎える程であった。
★ ★ ★ ★
メルド国王は一瞬気を飛ばしていた。流行り病の調査に行ったはずの彼らが、大国との戦争を取り付けてしまうとは思ってもいなかった。調査に関しては言うことはない。完璧な調査報告だった。
「えー流行り病はペストという病気で、魔族であるハーメルンが鼠を媒介に流行らせているようです。幸い我が部下であるフェブルの魔法で対応できる為、それ程脅威では無いと考えます」
「うむ。ご苦労であった。所で褒美の件だが……」
「その前にメルド国王様。お伝えしたい事が一つ」
「何かな?」
(大方治療の報酬か……そのフェブル殿の魔法でしか効果がないとすれば、それだけで外交カードになりうるからの)
「ラベンハルド国から宣戦布告を受けました」
「なっ!」
「は?」
「なんだと!?」
会議室にいたセルクリッド王国の面々は驚きの表情を隠せない。かく言う陸はどうしますか? とすまし顔でどこか他人事なのが、その場を一瞬落ち着かせたが、冷静になれば成る程逆に興奮してしまう。
「どうしますかじゃない!」
「どうやったら調査から戦争になるんだ!」
「これだから魔族は信用できなかった!!」
再び熱くなる会議室で、淡々と経緯を説明していく陸を横目にメルド国王は、してやられたと思うのだった。
ハーメルンの横槍をどう入れるかかな〜




