34:弔い合戦
少女は脇目も振らず只管目的地まで突き進む。
彼女はかつてベルゼブブの元に仕えていた従者の一人である。
彼の放浪に付き合わされたと思ったら、突然一人で城を出て、1年は帰ってこないという自由奔放な立ち振る舞いに呆れ返っていた頃に、5年経っても帰らない城の主に不安を抱きつつも、どうせ何食わぬ顔をしながら帰ってくると思っていた矢先に不幸な知らせが届く。
圧倒的な武を盾に自由気ままに生きてきた彼が、何年城を空けても必ず帰ってくる彼が、如何なる時も部下の為に身を挺して守ってくれる彼が。
人間など、人間などに討ち取られたなど信じられるものではなかった。
彼女は真相を確かめる為旅に出る。
時には憎き人間に紛れ情報を集め、噂を辿りに街を練歩いた。
時には出任せの情報に踊らされた事もあったが、彼女の熱意はその程度では消えるものではなかった。
ここ50年までで得た情報は槍を持った魔王クラスの魔族がどこかの国に封印されたという情報が有力であった。
彼女は納得した。
なにせ彼女は自分の主が討伐されるなど考えられる筈もないのであった。
彼女は憎き人間の姿を甘んじて受け入れ結果、大国の将校と繋がりを持つことが出来た。
彼女が活動資金を稼ぐ為冒険者をしていたときその軍人と出会った。
最初は煩わしいと思いながらもあしらっていたが彼のキャリアを聞いてからは態度を少しずつ変えていき、情報を聞き出す事に成功した。
ベルゼブブが封印されてからかなりの年月が流れていたが情報は書物として保管されていた。
将校は彼女にそそのかされ機密図書を明け渡してしまった。
将校の愛は本物だったのだろう。
魔族の研究をしているという理由で魔王の資料が必要だと懇願したところ、彼は越えてはいけない一線を越えてしまったのであった。
惚れさせてしまえば容易なものであった。
情報を抜き取った後は彼を呼び出し一瞬で命を奪った。
彼女にとって彼は道具の様なもの。
その道具が仕えなくなれば捨てるか違う道具に変えるかするだけ。
彼女の得意とする魔法は黒魔術で死者の身体に低級の精霊や死霊を入り込ませ従属させるものである。
死霊魔術師と呼ばれる彼女等は、昔は人間でも行なう者も多かったのだが倫理的観点から迫害を受け弾圧されていった。
今では魔族でしか伝承されていないその魔術は、人間の間では失われた魔術として知る者はいなくなってしまった。
「死んでも私の役に立てるなんて幸せでしょぉ?」
アンデッドはただ術者の命令に従うのみ。
あうあうと首を前後に揺らしローブの中へ吸い込まれていった。
彼女は将校から得た機密図書には、セルクリッド国にベルゼブブ様が封印されているという情報の他、各強力な魔物の封印されている場所も明記されていた。
彼女はその情報を元にセルクリッド王国を目指しながら途中で魔族の封印を解きアンデット化させ服従させていった。
彼女がこの情報に辿り付くまでに150年の歳月が掛かっていた。
そして彼女は辿りついた……マルシア邸である。
彼女の行動は速かった。
家に住む者を有無を言わさず虐殺し黒魔法の――霊魂召喚――によりマルシア邸の人々の霊が呼び出され尋問された。
優れた死霊魔術師にとって拷問とは時間の無駄である。
殺して霊に聞いた方が速いからだ。
「ベルゼブブ様の封印は何処かしらぁ?」
中年の小太りの男性が近寄ってきて、語りかけるように話し始めた。
「ベルゼブブの封印はこの館の地下である。だが最近になって封印が解かれた形跡があった。この由々しき事態に我息子の姿がここ数日から姿がない。息子が何かしっているのやもしれんが公に出来ぬ問題である」
彼女は歓喜した。
ベルゼブブ様は生きて居られる! 急いで地下室に行き何か手がかりになるようなものはないか探し始めた。
すると通路の隅で蹲っていた男の子の自縛霊が見えたので黒魔術で従わせ、最近ここで起こった事を話させる。
「最近? 15歳くらいの男の子が、豚の化物とか槍もった髭のおっさんと戦ってたぜ! すげー迫力だったよ。最初は普通のおっさんだったんだけど、豚みたいに変身したと思ったらまたあっさり負けちゃったんだ。でも今度は豚のおっさんが、髭のおっさんに変わってまた出てきたんだけど、またあっさり負けてたよ。その後はわかんない。なんか、下? に潜っていったって感じ」
彼女は男の子の霊が何をいっているのか途中から理解できなかった。
ベルゼブブ様が負けた!? 下に潜った!? 良く分からない。
だが次の瞬間目の前に現れたものはベルゼブブの霊体であった。
彼女は目を疑い固まった。
「おお! テリスではないか!! はっはっは! 一足遅かったな」
「ベルゼブブ様! お会いしとうございました。一足遅れながら、救援間に合わず申し訳ありません」
「よい! しかし最後に強敵とやりあえて余は満足じゃ! はっはっは!」
「最後まで勝手なベルゼブブ様! やっと探しだしたと思いましたのにこの仕打ちはあんまりですわ」
「うむ、申しわけない。はっはっは! テリスよ、身体は余っているか?」
「はっ! 人間のものですが鍛えられた身体であります」
「よかろう! 最後に一暴れするとしよう。はっはっは!!」
「お供します」
マルシア邸より沸き出でる腐乱死体は這い蹲るように群をなし、やがて夜の城下町を荒らしまわる歴史上かつて無い――腐乱死体の集団暴走――が発生してしまった。
セルクリッドの騎士、警備兵は蜂の巣を突いたような騒ぎとなり情報が錯綜した。
最初は暴動かと思われたが、城から見える町並みが炎で染まっていく様子は尋常ではなかった。
そしてアンデットの目撃情報などが上がり初めて魔族の襲撃と感知する。
痛覚も無く腕や足が捥げても尚襲ってくるアンデットは人々の恐怖を感染させるには充分すぎる演出だった。
街の冒険者や、警備兵、騎士などが深夜過ぎの奇襲とあっては流石のベテランも足が竦む。
住民を避難させつつアンデットとの交戦は経験あるものなど数少ない。
本体入っている精霊や霊体が身体を動かしている為、首が飛ばされたとしても平然と襲ってくる。
臓器も関係ない。
いくら身体を切られ、突き刺されようとも彼らが止まることはない。
胴体だけ残し四肢全て切断すればば止まるだろうが数が多すぎた。
一匹一匹にそこまで時間が掛けることができない。
今までテリスが150年の間に集めてきた人間や、害獣クラスの魔物の骸を放出し自在に操る。
「今夜は特別な弔いとなるだろう……ベルゼブブ様の為に」




