18:バエル英雄記
デーモンの生まれ方は他の生命体とは違い、生き物の思念などが形となって生まれる。
餓死した動物が、凶暴な霊体となって現れることもしばしば。
強烈な飢えや痛み、苦しみや恨みなど、負の感情が力となり、身体となる。
基本的には生前の記憶はほぼ残っていることはない。漠然とした怒りや恨みを無意識に振りかざすのが悪霊と呼ばれている悪魔であるが、デーモンなどの上級の悪魔達は違う。比較的にクリアであり、だが残虐である。
前世の記憶もあるが、未練などは残していない。
「・・・・ここは、俺は死んだ筈だったのだが・・・」
周りには靄がかかっている。
視界は不良。
暑さ、寒さは感じないし、気味が悪い。
ここは地獄か天国か、はたまた狭間か。
呆然とその場に居座るバエルは生前の記憶を思い出していた。
★★★
バエルはA級冒険者であったが、緊急要請の依頼中に死亡が確認されている。
害獣指定されている炎龍が突如現れ、討伐の最中に炎龍により殺されたからだ。
炎龍は気性が荒く、敵と認定されたら何処までも追い続ける徹底ぶり。
最近は人間の味を覚えたらしく、村や町が襲われることが頻繁になってきていた。
故に国は、この地方に高ランクの冒険者を派遣し、対応に追われた。
バエルは気が乗らなかった。
人が困っているのは重々承知だが、炎龍は気が引けた。
主にバエルは一人で活動することが多く、パーティーメンバーはいないし、おまけに同じ派遣先にはA級はおろか、B級の冒険者すらいなかった。
バエルにかかる負担は膨大だということはやる前には分かっていた事だった。
炎龍の鱗は頑丈というレベルではなく、何をやっても傷すらつかない。
寧ろ傷をつけては返って怒り狂い、炎龍が疲れるまで破壊の暴走はとまらない。
今の冒険者にできる事は、住民を速やかに避難させる事だった。
「炎龍を速やかに発見し、報告。住民を避難させる事。無闇に手を出さないように」
バエルは村に集まった冒険者の面々を見ると、緊張している者や、「炎龍なんざかかってきやがれ」など、任務の趣旨すらも分かっていない者もいる。
これでは仕事どころではないと、バエルは顔合わせが終わった後、趣旨の分かっていない奴を含むパーティーを呼び寄せた。
「お前達、この依頼の趣旨を分かっているのか?」
「え? 炎龍との熱いバトルだろ!?」
違う、そうじゃない・・・・・・バエルの苦悩は尽きない。
彼らはC級に上がったばかりで浮かれているのは分かるし、俺もそんな時代があった。
だが今は違う。
そんな場合じゃないのは空気を読んでくれと頭の中で叫んでいた。
「レイルくん。住民の避難だよ! 炎龍なんか勝てないよ」
(なんだ、中にはまともなのがいるじゃないか。このレイルとかいう奴はこの娘に任せておけばいいか)
「なんだ、撃退じゃないのか・・・」
「炎龍はここ200年討伐されていない。災害と思っていい」
「そうだよ、炎龍なんか勝てっこないよー」
「ま、そういう事だレイル。今日の夜、非難誘導のブリーフィングを行う。それまで手分けして村の構造や、家族構成も調べとけ。子供や年寄りが多い場所には配置人数を増やす」
「「「了解」」」」
★★★
「この村は森に面してして・・・・・・」
この夜、冒険者達の集めてきた情報を元に、避難誘導計画を立て、冒険者達に配置場所や、何処に逃げるかなど事細かに説明をしていた。
「森に入って直ぐ近くに小さな洞窟がある。そこまで住民を非難させる。ここにはA級冒険者が俺しかいないから、殿は俺が引き受ける。俺があっさりやられたら、お前達は住民と一緒に逃げろ」
「バエルさん! 俺も一緒に戦います!!」
「ちょっとレイルくん・・・・」
「出しゃばるな! 足手まといだ!! 自分の与えられた仕事を完璧にこなしてくれるだけでいい」
「っ分かりました」
「まぁ、うちらの管轄に入って来ない事を祈ろう。では解散!」
臨時で設立された天幕に、一人バエルが座って、静かに動揺を押し殺していた。
彼は明らかに貧乏クジを引いた。
ランクの高い冒険者は、人口の多い都市などに回され、彼の配置場所には一人前になったばかりのような冒険者しかいなかった。
まるで、肩書きで村民を落ち着かせようと、上の切り捨ての策が目に見えている。
もし炎龍が此処へ現れたらまず壊滅だろう。
いや、やってやる。
俺だけで何とかしてみせる。
いや、無理だ。
と、不安と自信の高ぶりの感情が交互に押し寄せる中、ただ静かに集中していた。
「あのー」
薄暗い天幕に一人、顔を覗かせる女性が現れた。彼女は恐る恐るといった足取りで、バエルのいる方へ顔を覗かせた。
「君は・・・レイルとかいう奴と一緒にいた」
「はい! 今日はうちのレイルがご迷惑をお掛けしました。私はセリナと申します」
「いいって、若いうちはあれくらいでないとな。だが見誤れば死ぬぞ。セリナが良く押さえておけ」
「はい! ありがとうございました!!」
セリナは焦りながらも謝辞を残し、天幕を後にする。
彼女はレイルが知らないところで苦労をしているのだなと感じ、その苦労を知らないレイルは不憫に思えた。
彼女に愛想を付かされたとき、彼はとても不思議がるだろう。
僕の何がいけなかったんだと、女性の気遣いに気付くのが早いか、愛想を付かされるのが早いか。
恋愛ってそんなところなのかと勝手に物事を考えるうちに睡魔におそわれるのだった。
(感じの良い娘だな・・・俺が同い年だったら間違いなく惚れてただろうに。歳は取りたくない)
★★★
「バエル殿ー!! 北より黒煙が上がっています!!」
村では早朝より、周囲警戒を強化しており、異常があれば直ぐに本部の天幕まで連絡が来るようになっている。
「北か・・・メルザーノがある方角だな。ただの火事かもしれない。住民に非難の準備は一応させて置いて、警戒を続行。周囲の警戒も怠るな。」
メルザーノとは、この辺りでは大きめな都市である。そこが襲われたとなると、その近くのこの村も襲われることは十分可能性はあった。
「北の方角、炎龍目視で確認できました」
「よし、住民を避難させろ!」
バエルの柔軟で迅速な対応により住民の避難は順調かと思われた。
「バエル殿ー!!」
「どうした。炎龍がこっちにきたか?」
「はい! こちらに飛んできています!!」
「やれやれ、貧乏クジは、最後まで貧乏クジだな。住民の避難は大体終わっているな? 俺が殿するから、お前らも避難しろ」
「よ、よろしいのですか?」
「お前らになにが出来るんだよ。こっちとら期待してないんだよ。任せておけって」
「は、はい!」
(よっこらせっと。生き残ったら、街の花魁いって、1っ風呂浴びてやらぁ)




