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冬のあと

作者: 紺堂悦文

 



 有田ありたくんと桐木きりきくんは幼なじみです。二人は子どものころから仲良しでした。

 けれど、すこし前から桐木くんは良くない友だちとばかり遊んでいます。有田くんは、桐木くんの事が心配です。


 ある日、有田くんがじゅく(・・・)から帰る途中、一人で歩いている桐木くんを見つけました。

 せなかには楽器を背負っています。それはひどく重そうです。



「おい、桐木、一人か?」

「ああ…。ありちゃん」


 二人はひさしぶりにいっしょに歩きました。

 有田くんは、どんどんどんどん先に行ってしまいます。桐木くんはなかなか追いつけません。


「ちょっとありちゃん、早いよ歩くの」

「おまえが遅いんだよ」


 二人の家の方向がわかれる場所で、有田くんは桐木くんに話しだします。


「なあ、おまえさあ。将来どうするの?最近真面目に塾もこないじゃんか」


 二人は十七さいです。

 けど、人間のせかいでは子どもに甘えはゆるされません。とっくの昔にレースは始まっているのです。

 それに、そういう時だけお父さんもお母さんも、もう子どもじゃないんだからと言うのです。


「俺は…、音楽で食っていくよ。決めたんだ。だから進学しないよ」


 有田くんは、目のまえの幼なじみの頭がおかしくなってしまったのかと思いました。


「なに言ってんのお前。おまえなんかにそんなの無理に決まってるだろ」


 有田くんは桐木くんがしんぱいでした。どこに頭をぶつけてしまったんだろう?


「無理って言ってたら無理だ。けど俺は決めたから」


 桐木くんはべんきょうが出来る有田くんとは違いましたが、小さな頃からふしぎな男の子でした。

 みんなが右に行くのに、空いている左の道に行きます。

 車にひかれた猫をみて、泣きながらおはかを作ってあげたこともあります。

 有田くんはおはかを作るのをてつだいながら、これがレースでなんの役にたつんだろう、と思いました。


 けど、そんな桐木くんが、有田くんはきらいではなかったのです。



「なあ…、お前はさ、確かに感受性豊かなのかもしれないけどさ、いるんだよそんな奴は。お前よりも凄い奴が星の数ほどいるんだよ。けどな、そいつらだって無理なんだよ。天才で当たり前(・・・・)、運とコネがないと無理なの。お前は天才ですらないじゃんか」

「だから頑張ってるんだ!!」


 なにが気に食わなかったのでしょう。桐木くんはおこりだします。


「頑張ってないよ。お前遊んでるだけじゃん。楽しいんだろ?ソレ(・・)。お前さ、俺が楽しくて勉強してると思ってんの?努力って本当の意味わかる?」

「ありちゃんには分からないかもしれないけど、大変な事だって一杯あるんだよ」

「だからさ、それも含めて楽しいんだろ?俺はないよ。なーんも楽しくない。それでもやるんだよ。頑張るんだ。そうすれば幸せになれる。いい学校に行っていい会社に入る。高い給料もらって綺麗な嫁さんと結婚するんだ。楽しむのはその後でもいいじゃないか」


 人間のせかいはふしぎです。

 人間は、ながいき(・・・・)です。けれど、子どものうちに自分の生き方をきめてしまわないといけません。それをしないと、もらえるお金がすくなくなるのです。


「ありちゃん、俺はありちゃんみたいに頭良くないけど、本当にありちゃんはそれで幸せなの?やりたい事をやりたくないの?」


 有田くんはいよいよ目のまえの幼なじみが心配になりました。やりたい事がない人間なんているはずがありません。夢を見たことがない人間なんていないのです。


「…話にならないな。まあどうでもいいけど大学は行けよ。中卒のミュージシャンはいっぱいいる。けど東大出てるミュージシャンだって山ほどいるんじゃないのか?お前もそれになればいい。けどな、東大行ったらお前はミュージシャンにはならないよ。だってお前遊んでるだけだもん。別に本当は音楽じゃなくたっていいんだろ?なんだっていいんだろ?だったら勉強にしとけって」


 有田くんは、桐木くんがしんぱいだったのです。









「話にならない、か…」


 おうちに帰るわかれ道を桐木くんは左にすすみます。人がいないさびれた道を。


「ねえ、ありちゃん。小さな頃に一緒に猫の墓を作ったのを覚えてる?」


 有田くんは忘れてなどいません。それで二人はなかよくなったのです。


「他のやつは誰も手伝ってくれなかったんだ。ありちゃんだけが手伝ってくれた」

「覚えてるよ」

「今さ、同じ事があったら手伝ってくれる?」


「…当たり前じゃないか」

「そっか。それでも、もう話にならないんだろうね」


 そして、二人はおたがいのおうちに帰りました。









 人間は、ふしぎないきものです。

 百点の人はいないのに、百点じゃない人にもんくをつけたくなるのです。ほかの人がすすむ道を、あぶないよって教えてあげたくなるのです。


 しあわせにはいろんな形があって、みんなそれをさがしています。そんなあたりまえの事を、頭のいい有田くんは知りませんでした。そして、月日はながれます。







 有田くんはべんきょうしつづけていい学校にはいり、いい会社ではたらいて、いっぱいお金をもらえるようになりました。きれいなおよめさんとけっこんして、かわいい子どもも出来ました。

 しかし、ある日おかしなせき(・・)が出はじめて、とつぜん死んでしまいました。

 おそうしきには色々な人がきてくれます。


 …いい人だった

 …がんばりすぎた

 …家にも帰らないで仕事を


 むずかしいことばで、みんなが有田くんの死をかなしみました。その場にいる人たちは、みんな有田くんをおもって泣いていました。それは、とてもしあわせな人生でした。

 まだ、三十さいでしたが。






 桐木くんは音楽をがんばってやりつづけ、有田くんがおもっていたよりも、ずっとすごくなりました。

 けれども、まわりの人たちがほめてくれる言葉と、自分のこころの中の声が、ある日とつぜん崩れてしまいました。いろんな事がこわくなってしまったのです。

 桐木くんのことを見た人は、もういません。







 ————————————————





 長い冬が終わり、世界に春が訪れます。

 なかよしのアリとキリギリスは冬眠から目覚めると、キラキラとした光の下で空を見上げて呟きました。



「ああ… なんてあたたかい…。とても気持ちのいい春だね」


「うん。空があんなに高い。

 世界は、なんて綺麗なんだろう」






 おしまい





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