7章
悠君とは小学校5年生になりたての時に出会い、6年生の8月までほぼ毎日一緒に遊んだ。
悠君との楽しかった日々は1年4ヶ月で呆気なく終わった。父親の転勤で悠君一家は名古屋に引っ越す事になったのだ。
新学期に新しい学校に転校できるよう、8月の中旬頃に悠君一家は引っ越していった。
引っ越す前日、悠君が俺の家にやってきた。最後は玄関先でちょっと話しただけだった。
「引越しの準備があるからあまり時間ないんだ」
悠君はすまなそうに言って笑った。悠君はピアノのレッスンの時に使っていたトートバッグを肩に下げていてバッグからCDを取り出した。
「これ、晃ちゃんにあげる。僕の好きなピアニストのCDなんだ。あと…」
渡そうかどうしようか迷っているようだった。俺はぶっきらぼうに
「何?」と言って促した。
「これ、先生に渡してくれるかな。僕からだって。渡してくれるだけでいいんだ」
白い封筒を差し出した。封筒の中央には羽田先生へと書いてある。
「これを親父に?」
「うん」
「わかった…渡すよ」
「晃ちゃんにも手紙書くよ、名古屋に行ったら」
悠君の目にはうっすら涙が浮かんでいた。
「いいよ、手紙なんて。俺にばっかつきまとってないで、名古屋でちゃんと友達つくれよな」
下を向いてぼそぼそと喋ってから悠君の顔を見ると悠君は驚いたような表情で大きく目を見開いて俺をじっと見ていた。
「じゃあな!!」
くるりと踵を返して俺は家の中に入った。
なんて酷い言い方をしたんだろう。後悔で胸が押しつぶされそうだった。
本当はこう言いたかった。「悠君とずっと一緒にいたい。離れたくない。」
悠君は俺の唯一の友達で、この世で一番大好きな人。
言ったところで悠君が引越しがなくなるわけじゃない。でも、俺は悠君にこの想いを伝えるべきじゃなかったのか?
暑い夏の昼下がり、俺はタオルケットを頭からかぶって声を殺して泣き続けた。
結局、手紙は親父に渡さなかった。
俺の想いは悠君に伝えられなかった。
悠君の想いも親父に伝わらなければいい。
子供じみた発想ゆえの行動だったが、そうでもしなきゃ俺は立っていられなかった。
手紙は適当な空箱に入れ、クローゼットの高い位置にしまった。
7年間箱を開けることはなかった。