9章
1時間程話して俺達は別れた。
「午後から授業があるから今日はもう時間が取れないけど、また別の日にゆっくり会おう」
そう悠君は言い、携帯の番号とメアドを教えてくれた。
別れ際、悠君は俺を気遣って「今日はわざわざ来てくれてありがとう」と言った。
悠君は今でも優しい。きっと「唐沢」にも。こわばった美しい唐沢の横顔を思い出した。
「唐沢くんに、ごめんな、って言っておいて」俺の言葉に悠君が目を細めた。
「晃ちゃん、大人になったな」
「当たり前だ、馬鹿!」
笑って悠君の頭を軽く小突く。
笑って別れなければならない、今度こそ。俺は自分に言い聞かせていた。
もう、後悔はごめんだ。
「じゃあ」と言って悠君に背を向けて歩きだし、数メートル歩いて振り返ると悠君は携帯で誰かと話していた。電話の相手はきっと唐沢に違いない。
優しい顔つきで話している悠君。俺と話していた時とは全く違う表情だった。
振り返って見ている俺に全く気づく事なく悠君は駆け足で去っていった。
帰りに池袋に寄って買い物でもしようと思っていたのだが、結局どこにも寄り道せず家に帰った。家に帰ると真っ先に自分の部屋に行き、クローゼットにしまっていた箱から「手紙」を取り出す。ペーパーナイフで封筒を切り、便箋を取り出しゆっくりと開く。手が僅かに震えていた。
手紙は悠君が言った通り、白紙だった。
俺は白紙の手紙を穴のあくほどじっと見つめた。
先生にずっと僕の事を覚えていてほしかった。だから、あえて何も書かなかった。
先生の記憶に残り続けたかったんだ。
そう、悠君は言った。
俺は手紙を封筒に戻し、二つに裂いた。
紙が裂ける音が部屋に響く。
何かを一瞬にして壊す潔さみたいな感覚が胸に広がった。