第六夜 十字架を背負いし者
「あ、貴方が…?! それに母さんのことも知ってるって一体どういう? 父さんがやっていた闇狩人と母さんも関係があるんですか!? 」
「えぇ。取り敢えず一つ一つ説明しますよ。
まず、貴方のお父様。そして、お母様は闇狩人だったのです 」
想定内の答えだったけど…まさか母さんまでーー。
モカはその様子を見つつ、話を進める。
「父親であった終時はともかく。貴方のお母様の紅葉さんは生ける伝説でもあった優秀な狩人でした 」
闇達は本来、人のマイナスの感情を主としているせいか夜にしか出現しない。
夜を駆け、彼らを“狩る”姿はまさに夜空に浮かぶ唯一の光であり月。
「“分家”の産まれで有りながら、彼女の才能は飛び抜けていた。
いつしか彼女はこう呼ばれるようになった。“月國の神”とーー。
貴方はその娘。さしずめ“月國の神の娘と言ったとこでしょうか」
モカは煙管を手の中で弄んだ。
「黒羽は貴方のお母様がお使いになっていたものです。
言わば形見ってとこでしょうか」
「それで蒼蓮さんは私が母さんの娘だと知ったんですね」
だからか…と夜月は思い出す。蒼蓮は夜月が夜月だと認識したのは。同じ物を持っているとしたら親族だろう。しかも、蒼蓮は夜月の父から外見を聞いているのだ。
「でも……、母さんは…」
言いかけた時だった。
店の正面の扉が開いたのは。
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「よぅ、砂石。っと、来客か? 」
そう言って入ってきた青年は色素の薄い茶色の髪をし、切れ長の瞳は黄色。頭には折れたアンテナのような二本のアホ毛がある。
中でも印象的なのはその左頬を覆い尽くすようにある十字架の刺青だ。
「いらっしゃい」
モカは笑顔を浮かべる。
しかし、青年は夜月を見た瞬間その表情が一転した。
一瞬、目を開き驚いた後不機嫌そうに夜月を睨みつけた。
「 !?何で視眼位…?
しかもこんなチビが、んなとこに来てんだ!? 」
けっ、と敵意にも似た嫌そうな見下した態度だった。
カチン。
……は?
夜月の中でやけに癇に障った。
しかもよりによって初対面にチビ呼ばわりって……?
「はぁ…?!急に出て来て何なの?そんな十字架の刺青入れてチャラチャラしてる奴に言われたく
無いんだけど?! 」
つい口から出た。
青年は一瞬ポカンと面食らったような顔になる。
しかし、反論するように言う。
「あ? 何だてめぇっ?! つか、チャラチャラじゃなくてコレは……ー。じゃなくて、んでテメーにそんなこと言われなきゃなんねぇんだよ! 」
「最初に喧嘩売ってきたのはそっちでしょ…? それとも、そんなことも分からないの?馬鹿なの?あーそれじゃ仕方ないか。うん、常識無い程の低脳なんだ」
「低脳じゃねぇし!!少なくともてめぇよりはーー」
「急に意気投合するのは良いですが店内で騒がしくしないで下さいね? 」
静かな声でモカが言う。
……若干、怒りの黒いオーラっぽいのが見えたんだけど。
「!俺はこんなガキが視眼位なのが気に喰わねぇだけだ!! 」
青年は言い放つ。
その途端、夜月の中にある光景がフィードバックした。
あぁ、こんな風に否定される目を私は知っている。
嫌と言う程経験して来たから分かる。
『気持ち悪い…。見た?あの目の色……』
『何であんな……片方とも違うだなんて…………』
ヒソヒソと聞こえる嫌な聞きたくも無いことがやけに耳に伝わるものだ。
……あぁ、コイツも。同じなんだな。
他を認めない。“異色”を認めないヤツらと同じなのだと。
別に認めて欲しい…訳じゃないのにな…。
「……この子は紅葉さんの娘ですよ?! それでもそんなことが言えるんですか??!」
モカが言い放つ。
しかしモカの言葉を聞いた瞬間、青年の表情に驚きが走る。
それは衝撃だとでも言うような表情だった。
「っ?!………マジかよ。」
顔を押さえながら青年は明らかに狼狽えていた。
かと思ったら急に乾いた笑いを上げた。
「ははは……そっか。こいつがあの人の言ってた…。
…そういや、何処と無く似てる。
そんな気がしたんだよな…なんとなく。
紅葉さん、惨いこと頼んだもんだな。」
一人、自分に言い聞かせるように言う。
その表情は何処か寂しげで傷ついているかのようで……先程まであれ程いがみ合ってあった夜月すらも胸がズキッとした。
「けど、だからこそ俺は絶対にお前を認めねぇ。木枯……!
紅葉さんの唯一の弟子であった東城院 小狐がな。」
捨て台詞のようにその言葉を後に小狐は出て行った。
「…………。……なんなの?!と言うか…弟子!? 」
呆れたように溜息をついた夜月をモカは興味深そうに見つめる。
「東城院さんがあれ程、声を荒げるのを見たのは久々ですよ。
けど、彼を嫌いにならないであげて下さい。彼は彼なりに色々葛藤してるみたいですから」
「…葛藤?」
「彼の背負う“十字架”はそれほど重いのですよ」
そう言うとモカは軽く微笑んだ。
⁂
「ーー俺には…無理っすよ。紅葉さん。」
トンネルの前で小狐はおもむろにタバコを取り出し、ライターで火をつけた。
口から吐き出した紫煙は空気に溶けていった。