第五夜 黒服の幼き店主
花風高校の教室。夜月はぼーっと、昨日のことについて考えていた。
帰り際、蒼蓮に聞いてみた。
「蒼蓮さんは父さんのその闇狩人の弟子……で良いですか?」
「ああ。そうだ。」
蒼蓮はさも当然のように言ってのける。しかし、それは一つの事実を意味していた。
⁂
「つまり父さんは──ダ」
「だ……?」
ひょこっと夜月の前に顔を出す少女。
「そ、ダ────って! 雪華っ!?!」
「わっ。ど、どしたの?」
名前の通り真っ白な髪を持つポニーテールの少女、雪華は急に夜月が大きな声を出すのでびっくりしたようだった。
「もう。次、移動教室だよ?」
夜月が周りを見渡すともう他の生徒は二人以外いなかった。
「ゴメン!つい考え……じゃなくて」
「? 夜月、何かあったの?」
雪華が見つめて来る。夜月は雪華に起きた出来事を全て言ってしまおうかと思った。
──出来るはず無い。
昨日、蒼蓮に約束させられたのだ。この事を他言しないようにと。特に一般人には。それにたとえ打ち明けても信じて貰えるワケがない。
雪華に隠し事なんて夜月にとっては心苦しいことであった。
「何にも、無いよ?」
雪華に向けてせめて笑顔で、ただそれだけを伝えた。
⁂
(えーっと。この辺りかな?)
手描きの地図を片手に右往左往する。
昨日、蒼蓮に『その刃について、そして何故俺がお前が夜月だと分かったか詳しいヤツが居るから。明日ここに来い』と地図を渡されたのだ。
だが、その場所が──。
「トンネルって……」
夜月は一人ごちる。そこにはただ短いトンネルが有るのみであった。
⁂
ぴくり、と部屋の中央で男が反応する。
「……ふむ、来たみたいですね。予定通り、でしょうか」
と、呟いた。
⁂
(どうしよ……)
夜月は、ただトンネルを見る。
中に入ってみると、短いだけの何の変哲も無いトンネルだ。壁には落書きされたマークのようなものがある。チェスの駒であるキングを天秤にしたような特徴的なマークである。夜月は何と無くそのマークの上を手の平で触れた。
その瞬間、
マークが反応したかのように
──空間が開いた。
⁂
「──!?」
あまりの出来事に言葉を失う夜月。
からり、と軽い引き戸特有の音をたて、目の前の空間が歪んだと同時に視界が開ける。空間内部は木の温もりを感じる和を基調とした“店”になっていた。
『いらっしゃい、ようこそ。 武器庫、シルエットへ──』
奥から、少年の声が聞こえて来た。
⁂
視界には黒いスーツ姿が目に入る。その人物は二つの前髪を前に垂らし、茶髪に金色の目を持っていた。かっこ良さよりもむしろ可愛いと言う印象を持つ少年がそこに居た。
しかし、彼の纏う独特な空気は、この年齢の少年にはいささか違和感を覚える。少年の羽織っている漆黒のスーツは幼い外見には余りにも似合っていない。胡散臭いセールスマンの着るような服のせいで、むしろ服に着られているという印象だ。
奥の椅子に座っていたこの人物は、立ち上がる。
『貴方がこちらへと来るのをお待ちしてましたよ、木枯さん』
そう笑顔で一礼をした。
⁂
「砂石 モカと申します。この武器庫の店主をしています。以後、お見知り置きを──」
「て、店主?え。
ええええぇーーーー!?」
夜月は大中小様々な形状、色とりどりな武器と思われる物が所狭しと並んだ店内に響くほど盛大に驚く。
どう見ても少年にしか見えないモカに夜月は驚く。
「わかりやすい反応ですね。なんだかそういう反応見るの新鮮ですね」
しかし、モカはあっけらかんとしていて慣れた様子だ。
「いや、ろ、ろーどーきじゅんほう?どう見ても違反じゃないですか!」
「違反はしてないと思いますがね。少なくとも貴方よりは年上ですし」
あっさりモカは切り返した。
「え?そ、そうなんですか?」
自分とさして身長が変わらない少年に言われても説得力がないが、モカがそう言うのならきっとそうなのだろう。
「貴方は昨日の非現実的な現象を見たのでしょう?そもそも今更、常識も何もこの業界には関係ありませんよ」
「う。確かに……」
夜月も同意しかけたがそれでも働いているのはともかくとして、店主をしている少年とは。いよいよなんでもありな気すらしてくる。
それより、とモカは切り出す。
「蒼蓮からここを紹介されたのでしょう?それにしても──」
見逃すくらいほんの一瞬だったが、モカはどこか切なそうな表情を浮かべた。
「いえ。お母様である紅葉さんに良く似ています。もっと顔を近くで、良く見せてくれませんか?」
と、夜月の顔を見つめた。
「!母さんを知ってるんですか?!」
夜月は声を上げる。
すると、モカは当たり前だというように口を開いた。
「……えぇ。良く知ってますよ。それに貴方の持つ黒き刃。“黒羽”は私が作った物ですから──」