第三夜 風を纏いし蒼き者
「……ん?」
一人の青年がある方向を見つめる。
「この気配。あっちはあっちでやってんだな」
彼の左頬には大きく十字架の刺青。そして銃刀法違反をまるっきり無視の大鎌を抱え、呟いた。
⁂
「────。……?」
それは一瞬の出来事だった。
強風が吹いたかと思ったら、“ソレ”は切り裂かれ闇へと溶けた。
まるで、元からなにもなかったように。
突然の出来事に夜月は唖然としていた。
すると、そこには。
──ツンツンな蒼い髪。
長い前髪を一本長く垂らしたような髪型。その髪色と同じく蒼い目を持つ綺麗な顔をした青年が美しい黄金色の満月を背後にし、立っていた。
⁂
その綺麗な情景に夜月はしばし見惚れていた。違う、情景では無い何かに見惚れていたのだ。先程とは違う意味で鼓動が高まる。
それは所謂一般的な、しかし人によっては経験しないかもしれない気持ち。つまりは、だ。
(ひ、一目惚れ……?)
のちにそれと気付く、人生の岐路となる運命の出会いは。
──今、この瞬間だったのだ。
∴
「えっと、そこの君。大丈夫?」
青年は夜月を心配そうに見つめる。
「あんまり大丈夫では無いです……。多分、違った意味で」
頬が赤くなってしまっているのが自分でも分かる。
「!君、顔赤いけど……熱でもあるの?」
言いながら青年は夜月の額と自分の額をためらうこと無く合わせた。途端、夜月の顔から火が出たのではないかと思うくらい熱くなる。
「ほんっとに!?だ、だだだだ大丈夫ですから〜っ……!?」
狼狽える夜月。
「!そうは見えないけど」
「だ、大丈夫なんです!」
何とか平静を保った。
(なんなんだ……この人。色んな意味で)
青年は大丈夫なら良いけど、と呟いた。
「それにしても、視眼位の割に随分派手にやられていたようだけ──!?」
青年は夜月の背後に先程弾き飛ばされた刃に気付いた。
「あ、あの……?」
「──。ちょっとゴメンね」
その時、青年が顔を間近でまじまじと見つめて来た。
「っ〜!?な、なななんですか!!」
いきなりのことに夜月は頬を赤らめ目を逸らす。
「そっか、なるほど。そういうことか」
青年は一人納得したように言い、なんでまた赤くなってんだ? と小さく呟いた。
「あの〜私には何が何やら」
(気持ち的に)一人取り残された夜月であった。
⁂
──とあるファーストフード店。
先程、出逢ったばかりの青年と二人っきりで夜月はこんなところに何故来ているかと言うと。
話は少し前に遡る──。
「あ、あの……?」
「ん?ああ。聞きたいことは山程あるだろうけど。今は“こっち”が先ね」
青年は柔らかな言い方で言う。
「白嵐、頼む。喪失!」
夜であるにも関わらず、頭上から可愛らしい小鳥の声がした。この小鳥は鮮やかな青い色をしており、お腹の白い部分は奇妙なことに蓮の模様がついていた。
ピーッと長く、白嵐と呼ばれた先程の青い小鳥が鳴きながら飛び回ると壊れていた瓦礫や壁が元通りに戻った。
鳥がピッと短く鳴くと、蒼蓮の指に止まった。
「え。ええ!?す、凄い……それに、可愛い……」
夜月は素直に驚き白嵐を見つめる。
「お前の持ってる“黒羽”も似たようなもんだろ? ちょっと貸してみて」
そう言い、蒼蓮は先程の刃を抜く。
「通常化!」
そう言った。すると、
『にゃあっ』
先程まで剣であった黒羽は黒猫の姿になった。黒猫は夜月に嬉しそうに駆け寄りスリッと身をすりつけた。
「!?ねっねねね、ネコ!?」
「俺らの武器はいつもはアクセサリーとして宿す。
こんなんずっと持ち歩いてたら捕まっちまうからな。で、これで元に戻す。最小化!」
今度は黒羽が先程同様のアクセサリーに戻る。
「よしと。それじゃ、話を聞こうか? と、足。怪我…してんのか」
青年は夜月の足に気づく。
「え?」
「俺は治したり、得意じゃないんだよな。アイツも連れてくれば良かったな」
言いながらどこから出したのか、包帯を巻いてくれた。
「あ、あの……。だ、大丈夫ですから……」
「これで取り敢えず良いかな?」
青年は優しく笑顔で微笑む。
「っ!」
胸が心なしか鼓動をたてたのが聞こえた。
と、同時に──。
『くううぅぅぅぅ〜』
と、音が鳴った。出処は、
「〜〜っ!!?」
夜月のお腹の音であった。安心したらお腹が空いたらしかった。
夜月の腹の虫が鳴る音を聞いた青年は、
「ちょっと行こっか。ご馳走するよ?」
そう言って人の良さそうな笑顔を浮かべた。
(わ、我ながらホイホイ訳わからないままについて来ちゃって良かったのかな……)
当の夜月は脳内絶賛反省会を実施中である。でも、あの青年には嘘をついたり、人を欺くような雰囲気がなかったのだ。あくまでも〝勘〟ではあるが。
「まだお互いの名前すら言って無かったのな。そういや」
青年はハンバーガーとポテトのセットを夜月の分も含めて買って来て、向かいの席に座る。
「あ。あの、私──」
夜月が口を開き言いかける。
「夜月だろ?」
「え?! 何で……!? 私の名前!」
「──だって、聞いてたから。君のこと。
俺の名前は、芽祇野 蒼蓮。
風使い、ってとこかな」
そう言うと蒼蓮は右手の回りに夜月にだけ見えるよう小さく風を発生させて見せた。