まほろば -菊花童子-
あのね。
うん。
そこにさ。菊が落ちてるじゃない。
うん。落ちているね。菊花。
それでね。黄色い菊じゃない。
うん。黄色い菊花だね。ころんと花だけが転がっているね。
それでさ。ひとつだけが落ちているでしょう。
うん。たったひとつだけだね。
それでね。道端に落っこちているじゃない。
うん。周りには菊花なんて見当たらないのにね。
それでね。とても瑞々しいじゃない。
うん。まるでたった今摘まれたようにね。
それでね。その花をさっきから烏が一羽見ているんだ。
うん。真っ黒の躯に鋭い眸で見ているね。
それでね。あ。
あ。
持っていかれちゃったね。
そうだね。黒い烏の嘴に。攫われていったね。
あのね。
うん。
あの菊ね。
うん。
会いたい人がいて。ここまで来たんだ。
うん。
ずっとずっと前。あの菊がまだ小さな小さな種粒だった頃にね。
うん。
小さな女の子が、あの菊の、種だった頃の。それを見つけたのは鶏小屋でね。
うん。
きっとそのまま放っておかれたら鶏に食べられちゃって。花開くことはなかったんだよ。
うん。
それをね。
うん。
一人の小さな女の子がね。
うん。
見つけて。
うん。
まだ小さかった手に取って。小さな小さな種粒を、小さな小さなスコップで。
硬い硬い土に埋めたんだ。
きら、きら。と。笑いながら話しかけてくれた君に。
まるで太陽のように輝くのは、小さな女の子の笑顔。
土の中は冷たくて。硬くて。寂しくて。
通り過ぎる蟻んこさんは、そんなところじゃ芽を出せないさ。出せても花なんか咲けないさ。
踏み過ぎる犬猫は。気付かずに。
きら、きら。と。笑いながら話しかけてくる君。
ねえ、あなたは咲いたらどんな花になるのかしら。
きっときれいなお花になるのね。
だって、あなたを見つけたとき、とっても暖かかったもの。
ああ。わたしは。
君のために花開こう。
あのね。
うん。
硬い土から芽を出したときにね。
うん。
やっと逢うことのできた太陽とその子は。
もう、いなくて。
だから、探しに来たんだ。
見事に育った、その、根は動かせないから。
花だけを飛ばして。探しに。
あの子を探しに。
やってきたのに。
ああ、ぼくたちは。
きみに逢えることなく、空へ昇ってしまったのか。
揺れた狩衣で涙を拭おう。
君の幸せを願って。
再びどこかで見えることを。
きっと。