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自由を望む者  作者: 瑞雨
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自由を奪われた者

私はただの町娘。富も名誉も持たない賤しい娘。


大きな城下は力のもつ美しき殿の支配する美しい町。美しき殿の娘、美しき姫の住む大きな大きな城には幾人もの兵と幾人もの女中、幾つもの召し物と幾つもの髪飾り。豊かな教養、豊かな知識、恵まれた環境。



ああ、羨ましい。


同じ人でありながら片やただの町娘、片や羨望の姫。


城で産まれたならば、その血がほんの少しでも流れているならば、美しかろうと、醜女であろうと、『姫』としての生がある。同じ人で同じ女で同じ歳。何一つ変わらない。ただ産まれる場所が違っただけ。もしも私があそこに産まれたならば何か変わっていただろうか。今ここにいる『わたし』として産まれていた?それとも『姫様』として産まれていた?



町娘が嫌なわけではない。ただ、女ならば、一生涯に一度はそれを望むもの。


そうでしょう?


女として生きたなら誰でもみな姫になりたいと思うはず。低い身分に生まれれば生まれるほど叶わぬ願いを夢見る。決して叶わないと分かっているからこそ、より理想の姫に想いを馳せ現実を生きる。女は産まれた時から『姫』に恋い焦がれ、幾つになっても見もしぬ殿に想いを募らせる。


馬鹿げた夢だと思うでしょう?でもね、思うだけだもの。現実になるなんて思ってもいないわ。思うだけなら自由でしょ?姫様には決してできないことを私たちがやってるのよ。『姫様になりたい』なんて、姫様には決して思わないことだもの。私たちしかできないことを姫様ができないことを私がやってもいいでしょう?



ああ、籠の中の鳥でもいい。


一度でいいから姫になりたい。


どうか叶えておくれ。


私の愚かな願いを。







「そこの娘」

「え…?」

「姫様がお前との謁見を望んでおられる。身なりを整えて付いて来い」



私の元に姫の遣いだと名乗る男が来た。


どうして私が?



ああ、だけど、


私の願いは叶えられた。




目の前にいるのは私と同じ人種、性別、歳、背格好の姫。

いいえ、それだけでない。


『同じ顔』


髪や肌の色艶さえ違えぞそこにあるものは私と同じもの。

同じ目に同じ鼻、同じ口。

双子・・・いいえ、分身と言ってもいいくらいそっくり。

ここまで似ているとおぞましさすら感じる。



なぜ私が呼ばれたのかが分かった。

なぜただの町娘が謁見を許されない姫に呼ばれたのか。


美しき姫、可愛らしき姫。


なんと優雅で可憐なことか。だけどその目に映る野望を私は見抜いたの。姫様がどんなに丁寧な口調で話そうと、どんなにたおやかに動こうと私には分かるの。これは本当の姫ではない、と。



あなたは何を望んでいるの?

あなたは何を企んでいるの?


ただ同じ顔をもつというだけであなたが私を呼ぶ筈なんてない。


そうでしょう?


あなたは私に何をさせたいの?


私はなんの教養も持たない賤しい娘だけれど、ただ何も知らない愚図ではないの。なんの考えもなく城に足を踏み入れたわけではないの。



ねぇ、姫様。あなたはなにがしたいの?



あなたは私に問う。

町娘で産まれたことをどう思うかと。


私は答える。

町娘が嫌だと思ったことはない。だけど姫になりたい、と。



あなたは手を出す。

私の着物を剥いだ白い手を。


私は手を出す。

あなたの艶麗な着物に。



あなたは探る。

私の人生のすべてを。


私は差し出す。

私の生きる道筋を。



あなたは消えた。

茶を持ってくると言ったまま帰ってこない。


私は待つ。

帰ってこないあなたを。




ねぇ、私分かってたのよ?


何も気づいてないと思ってた?

馬鹿な娘をまんまと騙せた、って?



私、何も分からない愚図でいたかった。

だけど私気づいてしまったの。

あなたが私を呼んだことも、私があなたに憧れたと言ったことも、あなたが着物を交換しましょうと言ったことも、私の環境を執拗なまでに聞き出そうとしたことも、『姫様』がわざわざ自らお茶を持ってくると言ったことも全てこのためだって気づいてたの。

気づいてて私はあなたの我が儘を飲み込んだ。



あなたは私に押しつけるのね。姫としての息苦しい生活を私に強要するのね。



ええ、いいわ。


だったらあなたの望み、叶えてあげる。

その代わりあなたの全てをもらうわ。


私は姫よ。


美しき城に住む美しき姫。これこそ私の望んだモノだもの。


どうして拒む必要があるの?

美しい着物に美しい髪飾り、豊かな教養に溢れんばかりの書物。これこそ私の欲したもの。あなたが自由を求めるのならば差し上げる。私の自由と引き換えにあなたの人生を引き受けてあげるわ。


政略結婚?そんなの気にすることでもないわ。誰と結婚しようと同じだもの。私が求めるのは愛しい人ではなく『姫』だから。あなたにあげる。私に自由なんていらないわ。あなたに譲ってあげるわ。私の人生を。あなたの望み、叶えてあげる。



ええ、そうよ。あなたはただの町娘。私は美しき姫。



あなたは私が姫なんて務まらないと思っているでしょうね。でもあなたにとって私が姫になれるかどうか、身代わりになれるかどうかは関係ないのでしょう?あなたは自由になれればそれでいいのだから。自由にさえなることができれば私なんて、城なんて、関係ないものね。私はあなたを逃がす間だけ姫であれば良いんですもの。その後私が姫でないとばれたとしても、私が処刑されたとしても、あなたには関係ないもの。もしもあなたが見つかって城に戻ったとしても、あなたは私に罪を擦り付けることができる。あなたにとって悪いことは何一つないわ。



だけどね、あなたがどんなに賢くともやはりあなたは籠の中の鳥。


外のことなんてなんにも知らない、足を、羽を奪われた鳥だったのよ。私は城の中にさえいればいい。ただ口調さえ気をつければあとはなんとでもなるの。だけどあなたは生まれたときから『外』に出たことがないのよ?あなたにいくら知識があってもそれを生かすことはできないわ。


だって、町娘に必要なのは、孔子でも論語でもなく、『己の力』で生きる知恵だもの。あなたは私が姫を演じることは無理だと思っているでしょうけど、姫様、あなたの方が私を演じることが無理なのよ?


今まで何人もの人に支えられて生きてきたあなたが、自分のことすら満足に一人で出来ないあなたが、ただの町娘として生きることができるのかしら?私はヘマなんてしないわ。私は完璧にあなたを『演じて』あげる。あなたがいらないと言ったモノ、私が利用してあげる。



「妾は今日から美しき姫様、じゃ」



ねぇ、姫様。


あとで返してなんて言われても返してあげないわ。



だって、そうでしょう?


なぜなら私は、



「姫だもの」




ふふ、本当の物語の始まりよ?


はたして奪われたのか、手放したのか。

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