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自由を望む者  作者: 瑞雨
3/5

自由を手にした者



「あの者をここへ」

「は…?」

「あの町娘じゃ」

「は、はい」



城下に見える一人の待ち娘を城へと連れてこさせた。


身分を持っていてさえ、城に入るには厳重な身分証明が必要となるに、それがただの娘となれば、ただ事ではないであろう。


だが姫が望んだのだ。ただのどこにでもいる、身分の持たない町娘を。




「姫様、連れて参りました」

「ご苦労。入りなさい」

「失礼致します」



侍女が低い姿勢で襖を開けた。その隣には唖然とした顔の女が一人。


「さ、ここへ」


入室を促し娘へと体を向ける。侍女は娘を姫の元へとぐっと背を押し、自らは頭を下げてさがった。


「さぁ、お座りなさい」


娘は慌てたように返事をすると、遠慮がちに足を進めた。

その様子に姫はクスリと笑いを立てる。娘は恥ずかしそうに顔を俯かせた。

まさか生きるうちに城に足を踏み入れるなど夢にも思わなかった娘は、目の前に座る女性のあまりの気品の良さに気後れしながら、己も失礼がないように、上品に見えるように、慎ましく見えるようにそろりそろりと歩き、座った。


「そう緊張せずとも良い。楽になさい」


娘は裏返った声をあげ、更に姿勢を正した。姫は娘のその様子にまたクスリと笑みを浮かべた。


「そなたを呼んだのは聞きたいことがあったからです」

「わ、私にですか…?」


娘は驚きに目を開き姫を凝視した。同じように姫も娘を見た。


娘は姫を凝視した己の失態に慌てて視線をそらした。身分の高い者を目にするなど、それさえ罪になる。なのに卑しい身分の己が姫様を凝視するなど言語道断。娘は蒼白な顔で頭を下げた。


そんな娘の様子を姫は気にする風でもなく言葉を続けた。


「あなたは、自分をどう思いますか?」


姫の問の意図が分からず、娘は首を傾げた。


「ただの町民として生まれたことをどう思っておりますか」


娘は言葉を述べても良いものかどうかを決めかねている。


「正直に述べてください」


姫は娘から一時も目を離さない。娘は一瞬考えてから緊張で震える口をゆっくりと開けた。


「わ、私は…。ただの町民で生まれたことを何も考えたことはありませんでした。それを不満に思ったこともありません。だけど、」

「だけど?」


娘はちらりと姫を見て、それから顔を恥ずかしそうに赤らめた。


「ひ、姫様になりたいと思ったことはあります」

「姫に?」


姫の怪訝そうな顔に娘は顔面蒼白になりながら己の恐れ多い失言を慌てて詫びた。それを姫は制し続きを促した。


「姫様になれば、どんなに煌びやかな生活が待っているのだろう、と。わ、私だけではなく、町娘はみなあなた様に憧れています」

「私に…。そう」

「は、はい!姫様はたいそうお美しくて、豪華なお召し物も、高価な宝石もたくさん持ってらして、女ならみな憧れます!!」


娘の勢いに姫はまた「そう」と返事をかえした。

娘は上品さのかけらもない己の所作に恥ずかしさがこみ上げた。



「着てみますか?」

「え?」


姫は打ち掛けをさらりと肩から落とした。

立ち上がった姫を見上げ、娘はわけが分からず呆然と姫を見つめる。



「交換して下さい。あなたの着物と私の着物とを」



そういうと姫はまた一枚着物を落とし、帯に手をかけた。娘は慌てて立ち上がり、オロオロと狼狽えた。


「ひ、姫様!わたしの着物はとても姫様がお召しになるようなものじゃありません!!そ、それにわたしが姫様の着物を着るなんて、そ、そんな恐れ多い……っ!!」


娘は声にならぬ悲鳴をあげた。


娘の慌てる姿を気にするでもなく姫は相変わらず着物を一枚、また一枚と脱ぎ捨て、とうとう最後の一枚となった。



「さぁ、あなたも脱いで」

「で、でも…、」

「私も着てみたいのです。町娘の衣装を」



そう言ってにこりと微笑む姫の美しさに娘は顔を赤らめ、消えるような声で返事をすると己をつつむただ一枚の着物に手をかけた。


姫はその娘の手の上に己の白く綺麗な手を重ねて囁いた。





「さぁ、お脱ぎになって?」





妖艶な笑みを浮かべ着物を落とした。






部屋には煌びやかな着物を纏った娘と、質素な着物を身につけた女が一人。


「どうですか?姫の気分は」

「は、はい。とっても良い香りがします」


見当違いの答えに『町娘』はクスリと笑った。

『姫様』は己を包む着物をうっとりと撫でる。

その姿のまま『町娘』は『姫様』に出自や家族、自らの役割や友人、さまざまな事を聞いた。

『姫様』は楽しそうに、身振り手振りで己のことを話した。



大方話を終えたころ、『町娘』は己の姿を楽しむ『姫様』を一瞥し、立ち上がった。


「少し待っていて下さいね。茶を持ってきます」

「はい」


すっかりといい気分の『姫様』は『町娘』のおかしな言動に気づくわけでもなく、上機嫌で返事をして、豪華な着物を撫でつける。『町娘』は静かに部屋を出た。






「あら、お帰りにございますか?」


廊下を歩く侍女が『町娘』に声をかけた。『町娘』はにっこりと笑うと、立ち止まった。


「はい。姫様がお帰りになるようにと」

「そうでございますか」


侍女は人の良さそうな笑みを浮かべた。


「姫様のお気まぐれにお付き合い下さってかたじけのう御座います。お気をつけてお帰りあそばし下さいませね」

「はい」


『町娘』はにこりと笑い、スタスタと足を進めた。



少し考えれば分かったはずだ。

姫が自ら茶を持ってくるなど有り得ないことだと。


少し考えれば分かったはずだ。

なぜ姫が一介の町娘の家族や友人の名を聞き、無駄なほどに町娘の詳細を事細かく聞いたのかを。


少し考えれば分かったはずだ。

『初めて』城を訪れた町娘が、案内もなく、また『迷いもせず』門へと向かったことが可笑しいことに。


少し考えれば分かったはずだ。

客人を帰すのに、姫様が侍従を呼ばず、ただ一人帰したことの異常さに。


少し考えれば分かったはずだ。

姫様がただの町娘を城へと上げたことがどんなに異様なことかを。


少し考えれば分かったはずだ。

城の中にいる姫様がどこにでもいるような平凡な町娘に興味を持つはずなどないということに。



誰一人異変に気がつかなかった。


そう、あの『町娘』さえも。


誰一人『姫様』と『町娘』が入れ替わったことに気がつかない。


『姫様』はあの部屋で楽しそうに笑っているのだ。





あれは気がつかなかった。

妾の浮かべる笑みが嘲笑だということに。


あれは気がつかなかった。

妾が、腹の底ではあれの上品に振る舞おうとする不格好な所作や耳にするも愚かしい言葉使いを、莫迦にしていたことに。


あれは気がつかなかった。

妾の演じるあれの『理想の姫様』に。


あれは気がつかなかった。

妾の思惑に。




おお、なんとも愚かな娘よ。

あまりの思慮のなさに嘆きさえ覚える。


おお、なんと愚かしき娘よ。

あまりに上手くいきすぎて反吐がでる。




さて、直に城はあれが偽物だと騒ぎ立てるだろう。


あの娘は処刑されるのであろうか。


『ただの町娘』が城に入り、姫様の着物を『奪い』、姫様を『名乗り』、姫様に『成り変わり』、姫様をどこかに『隠し』、富と地位と『世』を手にしようとした。あの娘は重罪を犯し、処刑される。



おお、なんとも哀れな娘よ。



ああ、だがしかしそれが妾になんの関係がある?


あの娘が死のうと生きろうと妾にはなんの関係もない。


『運命』だったのだ。


すべては仕組まれし運命、あるべき宿命、為すべき使命。



お前が悪いのだ。

自由を手にするお前が。


お前が悪いのだ。

しあわせそうに笑うお前が。


お前が悪いのだ。

身分を持たぬお前が。


お前が悪いのだ。

妾をーーいや『姫様』の身分を望むお前が。


お前が悪いのだ。

妾と『同じ顔』をしたお前が。


お前が悪いのだ。

妾に見つかったお前が。


お前が悪いのだ。

愚かな頭を持つお前が。



妾はなにも悪くない。


悪 い の は お ま え だ。



何一つ望まなかった妾が自由を望んで何が悪い?


家のため、戦のため、世のため、自由を奪われた妾が、自由を手にして何が悪い?


妾はなにも悪くない。


なぜなら妾は姫だから。




だがしかし、



妾は今から、


「おまえじゃ」



妾はおまえでおまえは妾。

妾は今から、



「自由じゃ」



妾はしがない町娘。



「ふふ、ふ…、」



うふふふ、ふ、ふふふあははははははは……!!!



「ワタシは自由だ…!!!」



そなたが望んだ城暮らし、とくと味わうがよい。


そなたが望んだ姫の位、そなたにやろうではないか。


豪華で艶やかな着物も美しい髪飾りもすべてをそなたにやろうぞ。



さぁ、妾に見せておくれ?


くだらないこの寸劇を。


さぁ、見事に姫を演じてみせておくれ?


そして妾を楽しませるのじゃ。



「ふふふ、」



お前は私。


ワ タ シ ハ オ マ エ。




さぁて、つまらぬ『芝居』の始まりはじまり、じゃ。



自由をその手に。

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