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或る小説家

作者: 飄漂底

「マコトちゃんさぁ、これなんとかなんないの?文章長すぎて読み辛いよ」

 馴れ馴れしい。何様のつもりだ?

「しかし、説明すべきことを全部入れたら嫌でもそうなります」

「ん~、相変わらず硬いなぁ。そんなガチガチじゃあ人生楽めないだろ」

 関係ないだろ!

「はぁ…」

「はぁじゃなくてさ。直しといてね」

 俺の意見は無視か!?

「明日までにね。じゃ、頼んだよ」

 そこまで言うなら自分でやれ!俺には残業させておいて自分は帰るのかっ!?


 まったくあのスカ課長、毎回毎回厄介ごとを押し付けやがってぇ!

 係長になったのも早かったし、色々意見してる(黙ってられない性格なのだ)から、目を付けられてるんだろう。

 俺は何も悪いことしてない!不当だっ!

 だからといって、いつものペースで反撃するワケにもいかない。俺はもう社会人なのだ。

 う~、ストレスが溜まるぅ…

 渋面で我が家の扉を開ける。

 がちゃっ

「ただいま…」

「おかえり」

 玄関先でさつきが出迎えてくれた。

 なんとなく、いい匂いがする。今日の夕食には何か揚げ物があるらしい…

 エプロン姿のさつきと、夕食の匂いと。俺はこみ上げてくる嬉しさを抑えられなくなった。

「今日も御疲れ様。ご飯にする?お風呂にする?」

「お前だぁっ!」

「きゃっ!」

 どさっ!

 さつきは飛び込んだ俺の体重を支えきらず、2人一緒に玄関に倒れ込む。

「…また何かあったのね」

「まぁな。でも、もういいや…」

 さつきを抱きしめたまま目を閉じる。そうしていると、嫌な思いも頭痛もストレスも全部消えていく。

 幸せだ…

「…もう、子供みたいなんだから」

「悪かったな」

「ふふ…じゃ、ご飯にしよっか」

「おう」

 リビングに入ると、名前も知らないようなおかずがたくさん台の上に並んでいた。

「……」

「どう?」

「…凄い」

「やった☆」

 本当に凄い手の込みようだ。かかった時間もハンパじゃないだろう。

 だが、ということは…

「まだ書けないのか?」

「…うん」

 さつきは主婦じゃない。小説家である。俺達は共働きなのだ。


 俺達が大学4年だった頃。

 俺は普通に就職活動してそこそこの会社の内定を貰ったが、さつきは就職活動を一切していなかった。

 ただひたすら、小説を書いていたのだ。

 さつきは俺と知り合った当時から「大学を卒業するまでに新人賞を取る」という目標にただひたすら一直進していた。4年になっても、「自分自身を追い込まないと全力が出せない」と言って就職活動はゼロ。家庭の事情で大学院には進めない(できても進まなかったとは思う)。

 3月、正に卒業間近、という時。さつきが応募した最後の賞の入選者発表があった。

 結果は落選だった。

「これは自信あったんだけどなぁ…ははは」

 そういって笑うさつきは淋しすぎた。これからどうするつもりなのかを聞いたら、「アルバイトをしながら書き続ける」と言った。そこで俺は、彼女にこう持ちかけてみた。

「3食昼寝のバイトを紹介してやろうか?」

「何?それ」

「主婦」

 …今にして思えば、よくもまぁこんな恥ずかしい台詞を口にできたものだ。だが、そこはさつきは小説家(志望)。普通の人とは違う感性の持ち主らしく、大笑いしつつも「小説家になれるまで入籍はしない」という条件付きで承諾してくれた。「アルバイトなのに『主』婦ってのも変だけどね」とか言いながら。

 さつきは誇り高い女なので、この申し出はかなり怖かった。だがきっと、彼女も限界にきつつあったのだろう。4年間ずっと、頑張る彼女に何もしてやれない悔しさを味わい続けてきた俺としては、就職なんかよりずっとこっちの方が嬉しかった。


 その後、さつきは無事次の新人賞を取りデビュー(俺は内心、さつきは自分を追い込みすぎたせいで失敗していたんじゃないかと思っている。俺を頼ってくれて本当に良かった)。晴れてアルバイトは終了、俺達は共働きになった。

 だが、さつきはよく書けなくなる。そんな時、彼女は余った時間を持て余すと同時に俺への罪悪感を感じてしまうらしく、料理を作ってくれたり、部屋を掃除しておいてくれたりする。

 最近は全然先に進まないらしく、殆ど主婦をやってくれているようなものだった。その中でも今日は凄すぎる。…それぐらいしないと、気がすまなかったんだろう。さつきってそういう奴だ。

「あのさ、そんなに気を使わなくてもいいんだぞ?さつきが頑張ってるのは分かってるからさ」

「…ありがとう」

「うん…まぁ、ゆっくり考えればいいと思うよ」

「…そうね。そうする」

「まぁ、さつきが書けないとこうやって家事してくれるから実は嬉しいんだけど」

「あ、ヒドーイ」

「ははは…」

 社会人になってから、嫌なことにもたくさんぶつかるようになったが…俺はきっとやっていけるだろう。

 さつきが俺を支えてくれる。だから、何だってできる。

 明日も頑張ろう…!


「ちょっとちょっとマコトちゃん、何なんだよコレ?説明が全然足りてないじゃん」

 てめぇがそうしろっつったんだろうがっ!

「しかし、文章量を減らした方がいいと…」

「言ったよ。でも、説明を削って、とは言ってない」

 …ナメとんのか?

「内容はそのままで文章量を減らすことは不可能です」

「不可能を可能にするのが男ってモンだろ?部長に怒られるのは俺なんだからさ、ちゃんとやってよね。まったく、言うだけ言うクセになぁ…」

 ふ・ざ・け・ん・なぁ~ッ!


 た、耐えたっ!耐えたぞぉっ!課長を殴らなかった!

 ぐぉおおぉ…頭が痛い。ズキズキと奥が痛む。胃もきしんでキリキリいってる。

 半ばふらつきながら歩いていって、やっと我が家のドアの前。

 そう、俺にはさつきがいる。この扉を開けて、さつきが迎え出てくれたらそれだけでもう何の問題もないんだ。

「ただいまぁ~っ!」

 威勢良くドアをあける。すぐにエプロン姿のさつきが…

 ……

 来ない。

 あれ…?

 そもそも、玄関が暗い。廊下も暗い。

 リビングも真っ暗。

「さつき…?」

 何処にいるんだろう。いないのか?

 俺達の寝室のドアを開けると…

 カタカタカタカタカタ…

 ……

 さつきはいた。

 暗い部屋。

 パソコンのモニターの薄明かり。

 机の上に散乱している書類と食器。

 キーボードを打つカタカタという音。

 そんなものに囲まれて、さつきはそこにいた。

「あれ、誠?え、ちょっと、今何時?」

「8時だよ。20時」

「え、もうそんな時間?あ、もう真っ暗じゃない!ゴメン、今すぐ何か作るから」

「いいよ。思いついたんだろ?」

「あ、うん…」

「じゃあ、冷める前に書いちまえよ。今日は俺が作るから」

「…ありがとう。ホントゴメンね」

「いいって」

 そう、俺達は共働きなのだ。

 俺はさつきを愛している。頑張る彼女のため、何かしてやりたいといつも思っているんだ。

 しくしく…

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