第7話・アイリスvsエロイア
「んえー、どうしよぉ〜。ぬーん、これはこのわたしも困っちゃったかなぁ……」
魔族のエロイア――はっきりいってとても可愛らしい見た目をしているが、さっきの攻撃は一切可愛らしくなかった。
ただ、それにしてもだ……
(口上、ちょっと長すぎない……?)
エロイアの名乗り口上に心の中でツッコミを入れていると、突然、誰かが大きな声で叫んだ。
『ま、魔族だぁ!!! 逃げろぉ!!!』
その叫びを皮切りに、多くの貴族らが一目散に逃げ始める。
数秒も経てば、この場も先ほどまでとは大きく異なり、伽藍堂になっていた。
(えぇ……それでも男かよ……)
貴族らのあまりの逃げっぷりに呆れると、わたしは前を向いて日本人3人の様子を伺う。
まあきっと全員があの魔族に怯え……百咲は怯えて座り込んでおり、橘は真剣な表情を浮かべながら、背負っていた筒状のケースのような物に手を伸ばしていた。
そして有馬は、酷いことにあの魔族を見て鼻の下を伸ばしてアホ面を披露している。
(えぇ……何してんの……)
わたしはこっそりため息をつくと、再びエロイアの方を向いた。
「これじゃあカーミラ様に怒られちゃうよぉ……仕方ない、ここでわたしが勇者を葬ればちょっとは罰も軽く……」
エロイアが大きめの独り言を呟くと、聖女が対抗するかのように口を開いた。
「いったいどこから勇者召喚の話を……いえ、今はそのことは置いておきましょう。まずは、あなたを倒させていただきます……聖なる光よ、かの魔を滅ぼせ! ホーリーレイ!!!」
「いや、それならもはや罰を受けなくて済むかも……!? もぉ、わたしって天才! じゃ、勇者くん? ちゃん? には悪いけど、今すぐ死んでねー! ダークネスランス!!!」
その瞬間、数十本もの漆黒の槍がエロイアの周囲に浮かび上がり、わたしたちに向かって降り注ぐ。
が、聖女から放たれた純白の光芒がその全てを撃ち抜き、そしてエロイアをも巻き込んだ。
「や、やったかっ!?」
「このバカ翔太! それを言ったらフラグになっちゃうでしょ!」
「痛い痛い!? ちょっごめんって! つい口が動いったっ!?」
(これが、魔法……!)
今一瞬の攻防に、わたしはひたすら目を奪われた。
アニメや映画でしか見たことのない魔法、それが目の前で行使されていることに、わたしは凄く興奮を覚える。
「………………ッ!? いったいどこに!?」
純白の光が消えたとき、その場にエロイアの姿はすでに消え失せていた。
聖女の方に目を向けてみると、彼女は焦った表情を浮かべながら声を上げている。
(見失うのって、奇襲の危険性が生まれるから不味いんじゃ……)
その考えがフラグとなったのだろう。
唐突に視界に影が差して、わたしは不思議に思って上を見上げる。
次の瞬間、わたしの体にドンッと、強い衝撃が走った。
「か、可愛い! ねぇねぇ、名前はなんて言うの?」
そして気付いたときには、わたしは空高く浮かび上がっていた。
バックハグの要領てわたしを抱きしめるエロイアは、空を飛びながらわたしに話しかけてくる。
「わたし? わたしはひかりだよ!」
「そう、ヒカリちゃんなのね! んー、声もすっごく可愛らしいわ!」
このまま彼女に落とされた場合、わたしは良くて粉砕骨折、悪くて即死するだろう。
だからこそ、エロイアの機嫌を損ねないように、わたしはなるべく可愛い声を作って返事をした。
(あれ……これってわたし、もしかしなくても人質?)
不思議な状況と事実に困惑していると、真下から大声が聞こえてくる。
「おぉい! 人質なんて卑怯だろ!」
「そーよそーよ! 魔族だかなんだか知らないけど、実力で勝負しなさい!」
「うむ……これも歴とした戦術だとワタシは思うのだが……ただ、2人が嫌がっているし、すまないが止めてもらえないか?」
どうやら勇者3人衆が、わたしのために文句を言っているようだ。
でもまさか、一般高校生の有馬と百咲が卑怯うんぬんと叫んで、武人気質っぽい橘が人質を許容するとは、正直意外である。
わたしの想像だと、橘は侍のように名乗ってから、エロイアの人質作戦を止めようとしていた。
………………もの凄く失礼なことを言っている自覚はあるけども。
「人質なんて酷い! ただわたしはヒカリちゃん愛でるために連れ去っただけだし! なんだこの勇者野郎ー! あ、そこのイケメンちゃんは許したげる。だって礼儀正しいし、文句言ってこなかったし」
(いやまあ、わたしも橘に関しては同じ意見だけど……魔族ってそれでいいの?)
まるで子どものようなエロイアの言動に、わたしはだんだんと心配になってきた。
魔王軍に帰った途端、長時間の説教が始まらないだろうか……それか、上官によってクビにでもされそうである。
「もーう、怒ったかんなー! 勇者め、絶対許さないかんなー! 魔王様の言う通り! ダークネスハンマー!!!」
有馬たちの言葉にぷんぷんと怒ったエロイアは、わたしを腕に抱いたまま右腕を伸ばしてそう叫んだ。
その瞬間、暗闇をギュッと固めて形造ったような巨大ハンマーが、目の前に出現する。
「喰らえーーー!!!」
「ッ!? 聖なる光よ、我らを護りたまえ! ホーリーシールド!」
闇のハンマーは重力に従い、聖女たちに向けて墜落していく。
そして次の瞬間、光が白く眩くのと同時に、真っ黒な大爆発が起きた。
「せ、聖女様っ!?」
あまりの威力に、わたしは彼女の名前を叫ぶ。
「ふぅ……完璧に防げましたか……それでは、次はこちらの番です」
煙が晴れた先にいたのは、ギラギラと黄金に輝く聖杖を構えた、聖女様だった。
「んえっ!? けっこう力入れたんだけどぉ……でも、わたしにはこのヒカリちゃんがいるからね! まったくする気は無かったけど、今からこのお姫様は囚われの身だ!」
全くの無傷で戦意を溢れさせている聖女に、エロイアは若干引き気味で口を開いた。
しかしながら、彼女の人質作戦実行宣言に対して、聖女は一切動揺を見せない。
「我らが女神アロミス様に、この祈りを捧げます。神聖なる白光よ、かの悪しき魔を今滅ぼせ……パーフェクトリフレクション!!!」
詠唱が完了した瞬間、いくつもの白光の線が鏡に囲まれた道を進むかのように、ジグザグと反射しながらこちらに素早く向かってくる。
「ちょ、ヒカリちゃんいるのに普通に撃ってくるじゃん!? ええい、ダークネスシールド!」
迫り来る白光に対し、エロイアは慌てた様子で魔法を唱え、目の前に真っ黒な盾を召喚する。
しかし次の瞬間、ガラスが粉々に砕ける音と共に、闇の盾が幾千もの破片と姿を変え、そのまま消滅した。
「み゙ぎゃッ!?」
白き光は意思を持っているかのように反射を生み出し、わたしのことを避けて次々にエロイアの体を串刺しにした。
そして彼女の体から力が抜けると、わたしを支えていた腕がだらんと垂れる。
(え………………キャァァァァア!?)
次の瞬間、空中に放り出されたわたしの体は、重力に従って真っ直ぐに落ち始めた。
「ぁ………………」
「よっと! ふぅ……彩星ちゃん、もう大丈夫だからな」
いつのまにかわたしの体は、橘の両腕にすっぽりと埋まっていた。
どうやら、彼女が落下したわたしのことを、キャッチしてくれたらしい。
(って、これお姫様抱っこじゃない!? な、なんか凄い恥ずかしいんだけど……)
気が付いた事実にわたしはそんな感情を抱くと、赤くなっただろう頬を隠すために、わたしは橘から顔を背ける。
それと同時に、なぜか橘らしき少女の微笑ましそうな笑い声が聞こえてきたが。きっと気のせいだろう。
(わたし……もう18歳なのに……大人なのに……)
あまりの恥ずかしさでオーバーヒートしそうになっていると、上空から甲高い声が聞こえてきた。
「もう! ほんとに最悪! 勇者召喚は止めれないし、殺せないし、はてにはかわい子ちゃん奪われちゃうし! ふんっだ、覚えておきなさい!!!」
そんな叫び声に釣られて上を向くと、全身を穴だらけにしながら不恰好に飛び続ける、エロイアの姿があった。
(えぇ……急にかませ犬をみたいじゃん……)
彼女は最後まで吐き捨てると、バタバタと音がしそうなほどに羽を動かしながら、彼方へと飛び去っていった。
「ふぅ……どうやら、撃退は出来たみたいですね……」
エロイアがいなくなるのを見届けた聖女は、そう言いなが構えを解いて杖を下ろす。
ひとまず、襲撃は終わったようだ。
「あの……降ろして?」
「ん? ああ、すまない。抱き心地が良かったものでな」
わたしは地面に降り立った、羞恥によって大ダメージを負いながらも。




