第4話・橘と百咲、剣神と魔女。
アロミス聖教会、今代聖女。アイリス・ノエルアイト――
そう名乗った彼女によって生み出された静寂、これを打ち破ったのは、有馬のひと言だった。
「うわ………………すっげぇ美人………………」
「あ、あんた……なに初対面の人に変なこと言ってんのよ!」
「痛ぁッ!?」
有馬の呟きを聞いた百咲は、一瞬のうちに移動して彼にビンタをかました。
ふざけた2人の様子を見て、小さく笑みを浮かべる聖女に対し、皇帝が声をかける。
「体調はもう大丈夫なのか、アイリス嬢。貴殿が休みに入ってから、まださほど時間が経っていないが……」
「はい、すでに魔力も回復しましたので。それに、まだ私の役目は終わっていませんから」
聖女はそう返事をしながら、ゆったりとした歩みでわたしたちの横を通っていく。
そして超えた辺りのところで彼女が言い終えると、再び皇帝が口を開いた。
「まったく……少しは手を抜くことを覚えた方がいいぞ、アイリス嬢。ほら見てみろ、貴殿の父親はあんなにも不安そうな表情をしておる」
皇帝が視線を向けた先にいたのは、明らかに顔を青ざめている白髪の男だった。
曖昧な話だが、確か彼から向けられていた視線には、敵意とまではいかないものの、それに近い感情が乗せられていたと思う。
他の貴族らとは違い、彼の視線にはどこかチグハグな印象を覚えていたが、これで納得がいった。
あくまで推測ではあるが、皇帝と聖女の話から、聖女はわたしたちを召喚したことで、かなり消耗したのだろう。
そのために、聖女の父親である男は、その事実に大きな心配と不満を抱いていた。
しかしながら、それを召喚によって誘拐された、言ってしまえば被害者であるわたしたちにそれをぶつけるのは、お門違いだと考えたのだろう。
(まあ、分からない気持ちではないよね……自分の娘がボロボロになってるんだから……)
だが、そんな彼の性格が分かったことで、予想できることがある。
聖女の父親であるあの貴族は、上手くやれば仲間に、そして大きな後ろ盾に出来そうだ。
(姓は確か……ノエルアイトだったよな。よし、覚えておこう。にしても、この情報をここで知れたのは大きいな……)
そんなことを考えていると、わたしと同じように視線を向けていた聖女は、くすりと笑ってから口を開いた。
「無理しようとはしてませんよ? ちゃんと自分の加減をわかってしますから。それでは、召喚されたの方たちの祝福を、鑑定いたしましょうか」
振り向いてわたしたちの方を向いた聖女は、微笑みを浮かべながらそう口にした。
その瞬間、彼女の右手首に着けられた、装飾の凝られた黄金のバングルが、反射で目を瞑ってしまうほど、眩しく輝き出す。
わたしが探りながら目を開けるとそこには、豪華な装飾が施され、光輪が先端に取り付けらた権杖のような杖が、聖女の右手に握られていた。
「うむ、やはりその聖杖は、いつ見ても美しいな」
「ええ、私もそう思います。この子は、とっても素敵な杖なんですよ。私、このキラキラした見た目がすごく好きで、この装飾も近くで見てみると、さらに素敵なんですよ。それに魔力伝導も素晴らしくて、この子のおかげで命拾いをしたことが何度も………………あ、こほんっ。す、すみません、取り乱してしまいました……」
さながら強火オタクのように語りに語った聖女……いや、残念聖女は、わたしが心の底から送る冷たい視線に気付いたのか、咳払いをすると恥ずかしそうに頭を下げた。
しかしながら、わたしたち、そして皇帝を含む全員が酷い衝撃を受けたのか、誰も反応することなく数秒が経過する。
「えーと、その………………そ、それじゃあ! 鑑定を始めさせてもらいます!」
ついに静寂に耐えきれなくなった残念聖女は、気まずそうにそう叫ぶと杖を両手で握って構える。
そして視線をわたしたちの方に向けると、まだ少し震えている声で喋り始めた。
「では……その、鑑定を受ける方は……わ、私の前まで、来てください……」
「よぉし、それじゃあ最初は俺が――」
「まずはワタシが行こう。聖女様、どうぞよろしく頼みます」
「ちょ、なんでっ!?」
聖女の発言に対して、有馬が意気揚々と前に出ようとした瞬間、橘が彼のことを押し除けながら、そう言って前に出た。
「承知しました。えと、お名前を聞いてもよろしいですか?」
「ワタシの名は、橘緋珠と申します」
「ヒダマさん……とても、美しい響きですね。あ、改めてまして、アイリス・ノエルアイトと言います」
「ねぇ俺のこと無視!?」
向かい合った2人はお互いに微笑みながら、そう言葉を交わす。
すると、聖女が「それでは、いきます……」と言い、聖杖を床に突いて音を鳴らした。
「………………見えました」
まぶたを閉じた聖女が、ただひと言を呟く。
そして彼女はゆっくりと目を開けると、静かに言葉を続けた。
「あなたの祝福。それは、【剣神】です」
その瞬間、多くの貴族たちが『おぉ!』と感嘆の声を漏らす。
すると橘が突然、勢いよく聖女に抱きついた。
「まさか、ワタシが剣神と呼ばれる日が来るなんて……! ああ、今まで剣道をやって来ていて本当に良かった!」
可愛らしい少女のようにぴょんぴょんと跳ねて全身で喜びを表す姿は、いままでの彼女からは想像出来ないものだった。
その様子を見ていたわたしは、思わぬギャップに心を打たれ、無意識に笑みを浮かべてしまった。
「それで、【剣神】というのは、どういった祝福なんですか!」
「少しお待ちください………………………………分かりました。どうやら、かたな、と呼ばれる一種の剣を、達人のように扱える祝福のようで……なんでも、おうらんりゅう? と呼ばれる剣術を習得出来るようです」
「おうらんりゅう……桜爛流か! それはワタシが師事している剣術だ! まさか、こんな夢みたいなことが起きるとは……!」
そういえば、まだ向こうの世界にいた頃、風の噂ではあったが、橘は剣道のインターハイにて、見事優勝を勝ち取ったという話を聞いたことがある。
ただ、今の彼女を見ていれば、橘が剣道に強く思いを込めていることがよく分かった。
(それだけ夢中になれる、ことが……なんだか、少しずるいな)
そんなことを考えていたら、いつにまにか橘は、喜んだ様子のままわたしたちの側に戻って来ていた。
ふと聖女の方を向いてみると、彼女は落ち着いた雰囲気で、話を始めようとしている。
「それでは、次は誰が鑑定を受けられますか?」
「んじゃ、今度こそお――」
「よしっ、それじゃあ次はあたしが行くわ」
「だから何なんその妨害!?」
聖女の問いかけに対して、今回もすぐに有馬は反応していたが、彼の横から飛び出して来た百咲によってまたもや押し除けられた。
百咲が聖女の方にとてとてと近付いていくと、彼女が百咲に声をかける。
「お名前を、お願いしても――」
「百咲ヒスイって言うわ。よろしく、聖女様」
「ヒスイ様ですね。それでは、鑑定させてもらいます………………………………ッ! み、見えました」
再び聖女は、杖の先を床に突くと、神秘的で見えないオーラを放ちながら、静かに祈るように目をつむる。
そして数秒後、彼女は驚いたようにまぶたを開けると、少し動揺しながら口を開いた。
「ヒスイ様、あなたの祝福は…………【魔女】です」
聖女がそう呟いた瞬間、貴族たちが一斉に騒めき出した。
(百咲の祝福は【魔女】か。剣神に比べると劣っているように聞こえるけど……でもこの騒めきよう、こっちの方が稀少なのか?)
わたしがそう考えていると、先ほどからずっと黙っていた皇帝が、ひと言を言い放った。
「静粛に」
次の瞬間、まるで渋谷のスクランブル交差点のようにザワザワとしていた貴族たちが、一瞬で静まり返った。
皇帝はそんな彼らの様子を見ると、小さく頷いてから聖女に目配せをする。
「アイリス嬢よ、続けてくれ」
「はい。【魔女】の祝福は、天才的な魔法の才能です。いえ、この場合は、天災的と言ってもいいでしょう。【魔女】はさながら、魔導兵器です。圧倒的な手数と威力、それほどの魔法を行使するその姿は、さながら魔法の女王とでも呼ぶべきか、と思うほどのようです」
どこか淡々とした聖女の説明を、百咲は不思議なほどに静かな様子で聞き続けている。
そして彼女が最後まで話し終えたその瞬間、百咲は嬉しいそうな気持ちを隠そうとしているような口調で話し出した。
「そ、そう……まあ、カッコいいんじゃないの? あたしなら勇者くらいやれたと思うけど、まあ、魔女で許してあげるわ」
それにしても、現在鑑定された祝福は【剣神】と【魔女】。
今のところはまだ、勇者は現れていない。
(でも、わたしが勇者ってのは、なさそうだよねぇ)
別にそう思った証拠というか、そういったものはないのだが。
そんな風に思っていると、わたしを除いたメンバーの中で、最後の1人の男が口を開いた。
「やっと俺の番だー! さあ聖女様、ぜひ俺のことを鑑定してください!」
有馬翔太、きっと勇者だろう男だ。




