第31話・異世界コソコソ百合話
「お母様は、もし次にリオン様の女遊びが発覚した場合、今度は1週間はお家に入れないと申しておりました。お母様にどう報告するかは私の匙加減です。今の状況がお分かりでしょうか?」
「くっ。シスタよ頼む、どうかバティには言わないでおくれ……!」
神々しい銀髪が汚れることも気にせずに、リオンはシスタさんに何度も土下座の姿勢で頭を下げている。
先ほどまでの尊大で傲慢な態度は、いったいどこに行ってしまったのだろうか。
「はぁ……ひとまず、今回の件はまだ報告をしないでおきます。その代わり、モモサキ様とアヤセ様の指導をしっかりと行ってください。それでは、私はアヤセ様のことを連れて失礼したいと思います」
物を言わせぬ口調で言葉を締めくくったシスタさんは、いまだに呆けるわたしの手をしっかりと掴んでくる。
そして「それでは、行きましょう」とわたしに声をかけると、そのまま振り向くとわたしを引っ張りながらリオンの元から離れるように歩き始めた。
(えーと、本当にどういう状況?)
シスタさんは訓練が始まる前、リオンに散々な言葉を浴びせられていた。
それなのにも関わらず彼女は見事な啖呵を切っていたために、心配になったわたしはシスタさんに問いかける。
「あ、え、えと、大丈夫なんですか?」
きっと、こうして異世界から来たわたしたちの案内を任されているくらいなので、メイドの中でも高い地位にいる人だとは思う。
しかしながら、一介のメイドが賢者とかいう重鎮らしき人物に対して、あのような脅しをしても大丈夫なのだろうか。
「もちろん大丈夫です、リオン様はお母様に頭が上がりませんので。娘としては、もう少し禁欲をしていただきたいのですが……」
わたしの前を黙々と歩くシスタさんは、振り向かずに問いかけにそう言葉を返してくる。
どうやら結構な不満が溜まっているようで、彼女は最後まで言い切ると大きくため息を吐いた。
(あれ、いま自分のこと娘と言わなかった……?)
わたしの聞き間違えでなければ、彼女は自分のことをリオンの娘だと言っているように聞こえた。
しかし、シスタさんはリオンを脅すときに『お母様に報告する』という言葉を使っていたが、どう考えても矛盾ではないだろうか。
リオンはどこからどう見ても、生物学的に女性のように思えた。
しかし彼女の言い分だと、そんなリオンの相手が同じ女性で、その間に生まれた子供が自分だという状況になっている。
(………………どゆこと?)
不可解な状況が頭の中に描かれたことで、わたしは宇宙猫のように思考を彼方に飛ばしてしまう。
そんなわたしを不思議に思ったのか、シスタさんは立ち止まって振り向くと口を開いた。
「どうかされましたか………………あ、申し訳ございません、異世界には同性婚の文化が無いことを失念していました。改めまして、私の名前はシスタ・クルーツ、賢者リオン・クルーツと精霊姫バスティーナ・クルーツの娘でございます」
「ど、同性婚なのに、娘が……? それと精霊、姫……?」
不意に飛んできた知識のパンチに胸を殴られたわたしは、肺から息を吐き出すように声を出した。
同性婚については現代において大きな社会問題となっているため、情報収集が盛んな学生であるわたしもある程度は知っているつもりだ。
しかしながら生物学的な話では、同性間では子供は生まれないはずである。
シスタさんは2人の娘だと言っていたが、実際にはどういった存在なのだろうか。
「それでは目的地に到着するまでの間、私がアヤセ様に同性婚についてお話をしたいと思います」
「あ、はい、お願いします!」
まだ図書室などに行けるかが分からない状況、聞ける話は聞いて異世界に関する知識を付けておくべきである。
シスタさんはわたしの元気な返答を聞くと、前を向いて再び歩き出してから説明を始めた。
「あくまで歴史書などの文献から推測されていることです。そのため今からする話が確実なものとは言えませんので、そこをご了承ください。この世界も数世紀前までは、同性婚は一般には認められていませんでした」
そこまで止まることなく言い切ったシスタさんは、呼吸を整えるためか1秒ほど間を置いてから話を続けた。
「その理由には多くのものがありましたが、最大の理由は後継者問題と考えられています。貴族制の国がほとんどであるこの世界では、同性婚は後継者を残すことが出来なかったために、とても忌避されるものでした。しかしながら、とある魔法使いが開発した方法によって同性間でも妊娠が可能になったことで、この価値観は1、2世紀ほどで衰退していきました」
「その開発された方法って?」
同性婚に関する歴史的背景は理解したわたしだったが、同性間での妊娠の方法になんとなく興味を引かれる。
わたしが淡々と説明をしてくれたシスタさんにそう質問をすると、彼女は一瞬動きをぎこちなくしてから口を開いた。
「申し訳ありませんが、私の専門外の知識なために詳しい説明をすることが出来ません。しかし、王城内にある図書室には開発当初の資料の写本などが置かれている可能性がありますので、もしもお知りになりたい場合には私から進言しておきますが、どうされますか?」
「………………考えておきます!」
ここで王城内に図書室があることを知れたのは大きい。
しかし人伝に皇帝や宰相に話が行ってしまえば、わたしがこの世界のことを知ろうとしていることがバレてしまう。
(だったら、リシア様を頼るべきだな……)
彼女が王族なのは事実だが、話を聞いている感じ立場が危うそうに思える。
もしもの場合は切ることが出来るだろうし、特に話が広がることもないだろう。
「承知いたしました。この王城の図書室は大変広く、著名な書物が多く保管されていまして……」
どこか楽しそうな声色で図書室の説明を始めたシスタさんだったが、少し先に見える扉に視線を向けると口を閉ざしてしまう。
「あら、目的地に到着してしまいましたね。それではどうぞ、お入りください」
彼女は扉の目の前で立ち止まると、ゆっくりとドアノブを引きながらそう言い直した。
どうやら、異世界についての貴重な話はここで中断のようだ。
(もう少し色々と聞けたらよかったんだけど……)
そんな名残惜しさを抱きながら、わたしはシスタさんが静かに開けてくれた扉の向こうへと足を踏み入れた。




