第30話・賢者とひかりの(一方的な)攻防
「――しかないのが残念だが、やはり若い娘はいいものだ」
耳元で誰かの話し声が聞こえてきて、なにやら後頭部と胸のあたりに柔らかい感触を覚える。
ズキズキと痛む全身に小さく喘ぎながら、わたしは静かに意識を浮上させた。
ゆっくりとまぶたを開けてみれば、太陽の眩しさと可愛らしい女の子の顔が視界に映る。
わたしの頬を撫でるように揺れている銀色の髪は美しく、まるでその姿は天使のよう………………
そう、一瞬でも思ってしまったわたしが愚かだった。
「寝ている姿はなんとも……なんだ、起きたのか貴様。全く、目を覚ましたのならそう報告せんか。にしても、あの程度の魔法で気絶するとは、体が弱すぎるのではないか?」
リオンはわたしが目覚めたことに気が付くと、バカにしたような口調でそう言ってくる。
どうやら、後頭部に感じていた柔らかい感触は彼女の膝のようで、わたしはリオンに膝枕をされていた。
「あの、どこ触って……?」
「うん? ただ、貴様の胸に触れているだけだが? 貴様らの弱さに苛立ってな、まあ八つ当たりみたいなものだ。それと、この儂を暇にさせたのだから、これくらいは我慢しろ」
彼女はわたしの目を見てそう言いながら、雪のように白く妖精のように小さい手で、一生懸命にわたしの胸を揉み続けている。
そんな行為が気にならないほどにまで体が疲れ果てているのだが、彼女はこんなぺったんこな胸をなんとか揉んで楽しいのだろうか。
まだ不完全な脳でそんなことを思っていると、突然リオンは胸を触る手を止めてため息を吐いた。
「はぁ、もっと良い反応を期待していたのだが……これじゃつまらん。おい貴様、いつまで儂の膝に頭を乗せるつもりだ。早く起き上がらんか」
彼女がそう言った瞬間、右手首にどこからともなく蔦が巻き付き、無理矢理引っ張られてわたしは立ち上がる。
相変わらず乱暴なリオンにわたしは喉に込み上げるため息を飲み込むと、ふらふらしないようにピタッと止まってから背骨を鳴らした。
どうしてわたしはこんな気分屋で暴虐無尽な悪魔のことを、一瞬でも天使のようだと錯覚してしまったのだろう。
(はぁ……あれ、そういえば百咲は?)
そんなことを考えていると、ふと頭の片隅にうずくまっていた彼女が思考に侵入してきた。
確か、百咲はわたしが気絶した瞬間には、地面にぶっ倒れていた覚えがある。
しかしながら辺りを見渡してみても、彼女らしき姿はどこにも見えない。
それどころか、周囲にはわたしとリオン以外の人影が一切存在していなかった。
「あの……ヒスイお姉ちゃんは、どこに?」
「ヒスイ? あぁ、貴様よりも遥かに早く潰れたあの小娘のことか。あの小娘なら貴様が倒れている中、呑気に昼食を食しに行ったぞ。くくっ、捨てられたな貴様」
「え………………」
まさか、置いてかれてしまっていたとは。
百咲はこんなクソガキの相手はしたくなかっただろうし、食欲は人間の抗えぬものだから仕方はないだろう。
しかし、やはりこうもわたしを生贄にして逃亡されてしまっては、なんというか寂しい気分である。
「そうだ、良いことを思い付いた。おい、可哀想な貴様に儂から褒美をやろうではないか」
わたしが百咲の行動に「まじか……」となっていると、突然リオンが腕を掴んで声をかけてくる。
面倒なことになりそうだ、とわたしが彼女の方を振り返ってみると、そこにはリオンが酷く可愛らしい笑顔を浮かべていた。
「くくっ、泣いて喜べ。貴様のことを、この儂が抱いてやろうではないか」
「え、いやちょ、きゃっ」
にやにやとそう言ったリオンは勢いよく迫ってくると、苛つくほどに優しくわたしの左頬に手を添えてくる。
そしてゆっくりと顔を近付けてくる彼女に、わたしは反射的に目をつむってしまった。
「おお、随分と可愛い表情をするではないか。くくっ、結局は貴様も儂の美貌に惚れ――」
「そこまでにしてくださいリオン様。それ以上の事をなさった場合、お母様に報告いたします」
冷たく鋭い声が聞こえると、わたしの頬に添えられていたリオンの手の感触が消える。
どういう状況なのかと目を開けた先に広がっていたのは、地面にひれ伏して髪を砂で汚すリオンの姿と、それに対し死ぬほど見下す視線を向けているシスタさんの姿があった。
え、本当にどういう状況?
◆
「あ゙ぁー! まじで死にかけた体に米が染みるわぁ!」
「おい翔太、米粒が飛んで汚いから、もっと丁寧に食え」
ガツガツとお米を掻き込む翔太に対して、緋珠が嫌そうにしながら注意をする。
それにしてもまさか、異世界に召喚されたのにお米を食べられるとは。
確かに訓練に向かう時、翔太がお米が食べたいと我儘を発していたが、まさかそれが実現するとは思ってもいなかった。
そんな夢さながらのお米を箸で持ち上げたあたしは、丁寧に口元へと運んでいく。
パクッと口に入れるとあたしは、そのままゆっくりとお米を噛み締めた。
「んっ! 普通にちゃんと美味しいわね。日本のものとあまり変わらないじゃない」
「ヒスイもそう思うよな! ほんと異世界の飯が美味くてよかったー!」
目の前に座る翔太がそう叫ぶと、アイツの口の中に入った米粒がこっちにまで飛んできそうである。
なんというか、緋珠の意見と同じで本当に汚いからやめて欲しい。
わたしはそんなことを思いながら、何だかよく分からない焼き魚の身を解して口に入れる。
「それにしても、ひかりも一緒に食べることが出来なくてとても残念だ」
「あん? そいや、あのちびっ子がいねぇな。ヒスイと一緒の訓練だったけど、どうしたんだ?」
「いやもうさっき話したから……」
どうしてこの男は人の話をすぐ忘れるのだろうか。
あたしは頬を大きき膨らませてアホ面でそう尋ねてくる翔太に対し、頭の中で大きなため息を吐く。
「だから、あたしたちの訓練がとってもキツかったの! ほんと死んだと思ったくらい。そのせいで、あたしもあの子も普通に気絶しちゃって。先に起きたあたしだけ、メイドさんにここまで連れてこられたのよ」
もう1回最後まで説明したあたしは、一気にグラスに入った水を飲み干した。
それにしても、あの賢者とかいう女とひかりちゃんを2人きりにしてしまったが、彼女は大丈夫なのだろうか。
元よりあの女は変態的な発言をしていたから、寝込みを襲われていないか非常に心配である。
(ま、さすがに女の子同士であるわけないよね)
頭の中でそう結論付けたあたしは、箸を1度持ち直してから再びお米を口に突っ込んだ。




