第29話・賢者、煩悩、悪魔。
「わ、わたしの祝福は、【魔法少女】です!」
巻き付いた蔦が自分の首を締め付ける中、わたしは焦りからか噛みながらもそう声を上げた。
その瞬間、リオンの表情がさらに険しくなり、訝しむような視線でわたしを串刺しにする。
「………………ほう? 魔法少女、あの胡散くさい祝福か。文献で何度か見かけた事があるが、あまりにも抽象的な記述ばかりで心底苛ついたものだ。で、貴様がその魔法少女だと言うのか?」
「は……はい! そうです……!」
(ちょっと……辛辣じゃない?)
リオンの重苦しい発言を聞き、わたしは自分の祝福のあまりの評価に呆れてしまう。
そういえば、百咲が鑑定された時とは違って聖女がわたしの祝福を鑑定した時は、貴族たちは混乱しながら自論を押し付けあっていた。
なんというか、彼女の反応も加味して考えてみれば、【魔法少女】って勇者召喚での不憫枠なのかもしれない。
わたしが己のこれからを案じていると、既に疲れたような表情を浮かべているリオンが口を開いた。
「はぁ……まあいい、貴様にも指導を付けてやろう。その気味の悪い魔力は心底気に食わないが、貴様は面が良いからそこだけは気分が悪くない。ま、儂に殺されぬよう、媚びでも売っておくのだな」
彼女がそう吐き捨てるのと同時に、首に巻き付いていた蔦がわたしの肌を這いずっていき、そのまま左頬をそーッと撫でる。
そしてリオンの瞳には先ほどの愚者を見下すものとは違い、玩具を手に取り欲しがる子供のような熱が込められていた。
(えぇ……ロリがロリコンは、さすがに酷いバッドジョークでしょ……)
真っ赤な視線と冷ややかな蔦の感触に、わたしの耳には首筋から骨盤までもが凍り付いた音が聞こえ、肋骨が折れそうなほどに痛み始めたような感覚を覚える。
とんだふざけた状況に思わずわたしは、脳内で唾を吐き捨てるように文句を溢した。
「なぁに、別に取って食ったりはせんよ。くくっ、儂は乱暴は好かんからな」
(いや、どの口がだよ……)
真っ白な歯を見せながら笑うリオンに対し、わたしは心の中でそうツッコミを入れた。
先ほどまでわたしと百咲の首を絞めていた人物とは到底思えないような発言である。
(あれ、そういえば)
ふと百咲が姿を消したのかと思うほど、ひと言も発さず静かなことに気付いたわたしは、気になって彼女がいる右側を向いてみる。
すると、彼女は頬を真っ赤に染め上げてわたしとリオンを交互に見ながら、口を鯉のようにパクパクと開閉させていた。
なんというか、お子ちゃまな百咲にはキャパオーバーだったようだ。
「くくっ、やはり若い娘は愛いものだ。しかし……こうも何もしてなければ、あの男にグチグチと言われてしまうことになりそうだ。面倒この上ないが仕方ない、今から貴様らの指導を始めるぞ」
リオンはため息を吐くように言い捨てると、再び杖で地面を軽く突く。
その音を合図に、わたしの頬を執拗に撫で回していた蔦が、驚くほどの勢いで地面へと戻っていった。
最初は冷静じゃなかったせいで考えられなかったが、この植物の魔法はどういった仕組みなのだろうか。
わたしがふと疑問に思っていると、リオンは顎に手を当てながら唸るように喉を鳴らし、そして目を閉じた。
思考しているときの癖なのか、彼女が杖で何度も地面を突くと、砂の中から草花が咲いては枯れるのを繰り返している。
それから数秒ほど無言で突包まれた時間が経ったとき、薄桃色の世界から意識が帰ってきたのか、突然百咲が息を呑んだような音を喉から出してから口を開いた。
「………………はっ! し、指導って、一体ナニをするつもりなんですか!?」
「うーむ、そうだなぁ………………」
どうやら熟考しているせいかリオンは百咲の声が聞こえておらず、完全に彼女の叫びを無視して首を捻っている。
もしも百咲の声が彼女に届いていた場合、一瞬のうちに彼女は再び蔦で締め上げられていたに違いない。
この世界に召喚された時から薄らと思っていたのだが、百咲の発言はどう聞いても怖いもの知らず過ぎはしないだろうか。
わたしが百咲の酷い強かさを認めていると、こつんっと1つ、杖が地面を突いた大きめの音が辺りに響いた。
その音によって思考の海から引き上げられたわたしは、不思議に思いリオンの方へと視線を向ける。
「ああ、これが良いだろう……くくっ、やはり儂は天才だな。おい貴様ら、これより行う訓練の内容が、今決まったぞ」
そんなリオンの楽し気な声が聞こえる中、わたしの視界に映った彼女は酷く可愛らしい笑顔を浮かべている。
彼女は杖の頭の部分でわたしのことを指し示すと、試すような口調で問いを投げかけてきた。
「よし、どんな魔法使いでも大切にすべきこと。それが何か分かるか? ほらヒカリとやら、答えてみろ」
(どんな、魔法使いでも……?)
まず、魔法使いに必須であるものと言えばなんだろうか。
そうと尋ねられれば、わたしはもちろん魔力と即答するだろう。
創作世界において魔法使いは、魔力の質と量、そのどちらもが高水準である事が求められることが多数だ。
しかしこの創作においての魔法の法則は、論理的におかしさを感じないものが少なからず存在している。
実際、魔力量が少ないわたしは昨夜の魔法の試運転において、優れない……というよりも、あまりにも酷い結果を叩き出したのだから、この回答の信憑性は高い事だろう。
そして極め付けは、リオンによる魔力量での扱いの差だ。
彼女は、遥かに多い魔力量を有していた百咲に対しては認めるような発言をしていたが、わたしには暴言の嵐であり、教育者として信じられないような発言を彼女は繰り広げた。
これらの情報から考えられる『どんな魔法使いでも大切にすべきこと』の答えは、やはり魔力の質と量で間違いないだろう。
「ま、魔力の質と、量……では無いでしょうか!」
「とんだ的外れな答えだな。そんなもの、体力に決まっているだろうが」
「そうですよね、やっぱり魔りょ………………は?」
何を言っているのだろうか、このクソガキは。
「量も質も、貴様なんかには到底望めるもので無い。しかし体力のある魔法使いは、逃走、撃ち合い、肉弾戦において他の魔法使いよりも優位に立つ事が出来る。つまりは、貴様のような奴は体力を付けるべきという訳だ。そのちっぽけな頭にきちんと刻んだか?」
お前こそが的外れだ、と文句を言ってやろうと思っていたわたしだったが、彼女の説明を聞いてわたしは無意識に口を閉ざす。
流れるようにわたしを罵ったリオンだったが、彼女の説明は酷く論理的思考がされており、正直に言って文句のつけようが無かった。
罵倒に酷く苛立つがその正論に納得してしまい、人を見下すような視線に心の海面では憎たらしく思うが海底だと嫌になる程認めてしまっており、わたしは高層マンションから落下して全身を粉砕したかのように複雑な感情に囚われる。
「それじゃあ貴様ら、あそこに白線が引いてあるだろ? あれ、100周な」
リオンが視線を向けている先にあったのは、砂が真っ白に染まった楕円のトラックで、だいたい長い方の直径は200メートルくらいに見える。
それにしても今このクソガキは、そんなだだっ広いトラックを100周しろとわたしたちに命令したのだが、可哀想なことに頭がぐつぐつと沸いているのだろうか。
わたしは殺意をはらんでいそうまほどの視線でリオンを鋭く突き刺すが、彼女はそれを一切気にする事なくそのまま言葉を続けた。
「それと、貴様らが走っている間は、儂が貴様に向けて魔法を撃つから……くくっ、ぶち当たって死なぬように、な?」
そう言い終えた彼女は、酷く酷く可愛らしい笑みを浮かべながら憎らしい笑い声を高々と上げる。
こうして、わたしと百咲はこの悪魔に魔法を放たれながら、トラックを死ぬ気で走ることになったのだった。




