第28話・賢者リオン・クルーツは、己が強者なことを知っている。
「ふわぁ……やっと来たのか? あまりにも遅すぎて、儂は昼寝を始めてたぞ?」
(ど、どういう状況……?)
木から勢いよく落ちてきた幼い顔立ちの女の子は、その可愛いお口の奥を見せびらかしながら欠伸をする。
絶え間なく吹いている風によって彼女の腰まで伸びた銀髪が宙を泳ぐが、女の子はそれを気にも止めずに口を開いた。
「申し訳ございません、リオン様。こちら側の事情で予定の時刻を過ぎてしまいました」
「くあぁ……まあいい、今の儂は機嫌が良いからな。お前のことを許してやろうじゃないか、シスタ。だが……次は無いと思え?」
深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にするメイドさん――シスタさんに対し、女の子は気怠げに手を払って返事をする。
容姿だけを見ればいたいけな少女のように思えるが、その口調と傲慢な態度からわたしの彼女への印象は一転した。
(先行きが不安だ……)
わたしが心の中でそう呟いていると、女の子の視線がシスタさんからわたしたちの方に向けられる。
「それで……貴様らが異世界から来た勇者とやらか? にしては、随分と小柄な体付きじゃのう。なぜこんな奴らを儂が指導せねばならぬ」
「リオン様。お二方は、陛下が異世界より召喚された賓客でございます。それ以上の発言は、あなた様であったとしても許されはしないでしょう」
「わかっておるわかっておる。はぁ……仕方の無いことだ」
侮蔑を孕んだ視線でわたしたちを睨む女の子に対して、シスタさんは強さの乗った声色で彼女の言葉を諌める。
すると彼女は、恨めしそうにシスタさんを一瞥してから1度咳き込み、その鋭い視線を再びわたしたちに向けながら口を開いた。
「いいか。1度しか名乗らんから、よぉく聞いておけ……儂の名はリオン・クルーツ、アルケレス大帝国の今代賢者である。そして――」
吐き捨てるように口から言葉を垂らす女の子――リオンは、どこからともなく薄気味悪い木の杖のような物を取り出して地面を強く突く。
次の瞬間、砂の中から細々とした植物の蔦が銃弾の如く速度で飛び出し、わたしらの首元に添えられるように巻き付いた。
「誠にうざったいことに、貴様らの指導役をあの男から任された。貴様らのことは殺す気で指導するが………………無様な姿で儂を笑わせるなよ?」
リオンが上目遣いながらも、背筋が凍り砕けそうなほどの視線を向けたままそう言い終える。
それと同時に、蔦が勢いよく締まってわたしたちの喉を軽く縛り上げた。
「それでは、私はこれにて失礼いたします。リオン様、どうかお二方にご無理はさせないよう、よろしくお願いします」
「ふん、善処しといてやろう。ほら、お前はとっととゴミ掃除に戻るんだな」
「っ……失礼します」
リオンがシスタさんを追い払うように手を動かすと、彼女は最後に深々とお辞儀をしてから来た道を戻っていった。
善処するとは口にしていたが、リオンの様子からそれが適当な言葉だと言うことが明白である。
(腕が取れたり、しなければいいけど……)
「それで、貴様らの名は何と言うのだ?」
「あ、ああ、あたしは、百咲ヒスイって、言います……」
「わ、わたしは! ひかり、彩星ひかりです!」
まだどこか苛ついた声色のリオンに尋ねられて、百咲は酷く震えた声で自身の名を名乗る。
それを可哀想に思いながら聞いたわたしは、彼女に続いて自分も名前を伝えた。
「ふむ………………よし、まずはヒスイとやら。貴様の祝福を教えろ」
わたしたちの名前を聞いたリオンは、ジーッと細めた目でこちらを見つめ続ける。
そしてどこか面白いものを見つけたときの、苦い野菜を噛み締めたときの、それらが混ざり合ったような表情を浮かべながらも、彼女は百咲にそう尋ねた。
「え、えと……あたしの祝福は、ま、【魔女】です……!」
「ほぉ……魔女、か。まさか、儂の生きている内に本物の魔女と会えるとは。だが、納得だの……ヒスイとやら、貴様は中々に見所がありそうだ」
「ほ、本当ですの……!?」
百咲が祝福を伝えた途端、リオンの目の色が小さくではあるが変わった。
先ほどまでとは違った態度に百咲はまだ足を震わせながらも、リオンの褒め言葉に対して彼女は喜びの声を上げる。
(うーん、魔女ねぇ……)
確か、聖女が百咲の祝福を鑑定した際も、貴族たちが酷く騒ぎ立てていた覚えがある。
そして今回のリオンの反応も加味して考えてみると、やはり【魔女】という祝福は特別であって歴史的、神話的に圧倒的な存在だったのだろう。
わたしが魔女について思考を巡らしていると、リオンは百咲の反応を聞いてさらに言葉を続け始めた。
「儂と肩を並べる、とまでは言わぬが……この世界の者どもよりは遥かに多い魔力を、貴様はその肉体に有しておる。力強いオーラは感じぬが……儂の指導を受ければその程度、充分と化けるだろう。まあ、許容範囲ってところだ」
杖で小さく地面を突いて百咲の首を蔦に放させると、どこか嬉しそうな声色でリオンはそう言い終える。
百咲に尋ねる前に彼女はわたしたちのことを凝視していたが、あれが内包する魔力の量を感じるためのものだったのだろうか。
(だとすれば、わたしの魔力量はどうなんだろ……)
わたしはすでに、エルにあんな事やこんな事をされて魔力を無理やりに覚醒させられている。
だからこそ、それによって魔力量が召喚時よりも増大していたり、変質していたりするのではないだろうか。
ふと、わたしは昨夜のことを思い出して、自身の魔力に対する期待と不安を脳の奥歯で噛み砕く。
するとリオンはゆっくりとわたしの方に視線を動かすと、苦々しい表情を浮かべながら酷く鋭い目付きでわたしを睨み、重々しく口を開いた。
「それで、だ。貴様はいったい何だ……? ヒカリと名乗りし異世界人よ。魔力量はまあ大きめの水溜まり程度だが……気味が悪い。ひとまず、貴様の祝福を儂に教えたまえ」
その言葉と共に、わたしの首に巻き付いていた蔦が、『キュッ!』と音が聞こえそうなほどに、さらに締め付けられた感触がした。




