第3話・聖女
わたしがそう言った瞬間、全員の視線から、警戒心と敵意が消えた。
どうやら、作戦は成功したみたいだ。
(ま、こんなガキに無駄な精神使っちゃう人の方が、確実に馬鹿だもんねー)
そう思いながらわたしは、隠れてほっとため息をつく。
すると、わたしの言葉に沈黙していた皇帝が、ゆっくりと口を開いた。
「そうか、ヒカリというのか……良い名前だ。まずは、承諾を得ることなく、こちらの世界に呼び寄せてしまったこと。貴殿らに謝罪をしよう」
「へ、陛下! 貴方様はこの国のトップなんですから、そう易々と頭を下げないでください!」
「分かっているぞラルク。だが、彼らは我が呼び寄せた者たち、賓客と言ってもよい。そして我は、彼らに助力を求める者だ。そんな我が、彼らに頭を下げることで、この国が救われるのならば、我は何度でも、地面に額をつけようではないか」
進言をする眼鏡の男――ラルクと呼ばれていた――に対して、皇帝は穏やかな、そしてどこか余裕そうな笑みを浮かべながら、そう言葉を返す。
それを聞いた眼鏡の男は、どこか拭いきれない違和感を覚えたような表情を浮かべながら、一歩引いて口を開いた。
「出過ぎた真似を、失礼しました。ですが、陛下。貴方様は普段から、そう軽々と頭を下げてはいませんか?」
「………………何のことだ?」
「陛下、誤魔化そうしても無駄ですよ。普段から、何度も言ってるではないですか、『貴方様は、この国のトップなのです』と。自身の行動に責任を持ってください」
諌めるように発言する眼鏡の男に、皇帝はめんどくさそうにため息をつく。
そんな皇帝の様子を見た男も、呆れるように肩を落とした。
「分かりましたよ、陛下。それでは話を進めましょう」
眼鏡の男の発言に皇帝は深く頷くと、咳払いをしてから話し始めた。
「それでは、なぜ貴殿らを向こうの世界から呼び寄せたのか、その理由について話していこう――」
この世界には、人族と魔族、2つの相反する種族が存在する。
そして魔族には、魔王と呼ばれる者がいる。
ヤツは魔族の英雄であり、まともな人族では太刀打ちすることも叶わない。
そんな魔王に対抗するため、人族が異世界から召喚した者が、勇者と呼ばれる存在である。
女神アロミスから加護を授かりし勇者は、光を導き、人族に平和をもたらすために魔王を打ち倒す。
「そして、この時代に召喚された勇者が、貴殿らということだ」
皇帝によって語られた『勇者と魔王の話』を、わたしは頭の中で整理しながら聞き終えた。
(なんというか、オーソドックスな世界観だなぁ。ま、ぶっ飛んだ世界じゃないのは、ほんとにありがたいけど……)
そんなことを考えていると、長い時間黙りこくっていた有馬が、なぜか興奮したような声色で皇帝に尋ねた。
「こ、皇帝陛下! その、俺たちの中に、勇者、がいるってことですよね!?」
「我が話をしたかったのは、そのことについてだ。このあと貴殿らには、女神アロミス様から授かった祝福が、どういった物なのかを鑑定してもらう。ただ、今は聖女が戻って来ていないからな。少しの間、待つとしようか」
そう言って皇帝が玉座に座り直すと、今度は橘の声が後ろから聞こえてきた。
「皇帝陛下、質問をしてもよろしいだろうか」
「もちろん、大丈夫だ」
「それでは失礼する。陛下が先ほど発言をした、聖女とは、いったいどういった人物なのだろうか」
(よく聞いてくれた……!)
先ほどの発言で皇帝は、わたしたちが女神アロミスという神から授かった祝福について、聖女と呼ばれる人物に鑑定をさせよう、と言っていた。
この時点ですでに、女神アロミス、祝福、聖女と、不明な単語が、皇帝の口から飛び出している。
だからこそ、聖女が誰なのか、という質問はわたしも疑問に思っていたことだった。
「そうだな、それも話しておこう。聖女とは、女神アロミス様の祝福を受けた、この世界に生きる女性のことだ。つまりは、神の使いというわけだな。聖なる光を扱い、人々に希望を与える……そんな役割を神から与えられた人物、それが聖女だ」
そこまで言い切った皇帝はひと息つくと、さらに話を続ける。
「貴殿らを召喚したのも、彼女の魔法によるものだ。まさか、4人もの異世界人が呼ばれるとは、夢にも思っていなかったがな」
「なるほど……つまり、通常の召喚であれば、今回のように4人もの日本人……皇帝陛下からすれば異世界人が呼ばれるのは、あり得ないこと、もしくは珍しいことなのか?」
「ああ、その通りだ。初めて勇者召喚が行われてから、おおよそ5000年。回数で言えば数百回にも及ぶが……様々な歴史書を読んでみても、4人同時に召喚される、という事例は見られなかった。通常で呼ばれるのは、やはり勇者1人のみだ。ただ、2人や3人もの人数が同時に召喚されたという事例は――」
「陛下!」
皇帝が勇者召喚について話していたその瞬間、リンッと鈴が鳴るような声が、後ろから聞こえ渡ってくる。
その声に魅了され、自然と視線を動かした先にいたのは、女神と呼ぶのが相応しいほどに端麗な女性だった。
ホワイトブロンドの髪は腰のあたりまで真っ直ぐに伸びており、あまりにも眩しく感じる。
薄桃色の瞳は華やかで、夢魔かと思ってしまうほどに、強く甘く惹かれてしまう。
高い身長でスタイルもよく、そしてその凛々しい立ち姿に、さながら後光が差しているかのような錯覚を覚えた。
修道服を模したように思われる、純白のドレスを身に付けた彼女は、ゆっくりとこちらに歩いてくると、少し離れた位置で動きを止める。
そのまま両手をドレスの裾に持っていって摘むと、見事なカーテシーを披露してから、その小さく可憐な口を開いた。
「アロミス聖教会、今代聖女。アイリス・ノエルアイト、陛下の召喚に応じ、参上しました」




