第27話・ぼんっ!
「はっ、はっ……はっ、はっ、はっ――」
おかしい、どうしてこうなった。
足を貫く痛みに思わず苦い考えが頭に過ぎると、視界の端に真っ赤な何かが飛んでくるのが見えて、それはすぐ真横の地面に着弾した。
その瞬間、着弾点から『ぼわっ!』と火の粉が舞い上がり、全身をパチパチと焼こうと襲いかかってくる。
「ぐっ、はぁ……はっ、はっ、はっ――」
わたしは砂煙と火の粉で喉を痛めながらも、爆風で崩れた体勢を立て直して足を前に出した。
そして断続的に息を吐き捨てながら、わたしは機械的に足を動かしていく。
「はっ……はっ、はっ……はっ――」
(あれ、百咲は……?)
いつのまにか、砂を踏み締める音が自分の足元からしか聞こえなくなっていた。
わたしは気付きに対して反射で首を動かすと、トラックとして引かれる白線の向こうの方で、地面に横たわっている人影がぼんやりと見える。
どうやら百咲はすでに、あの悪魔の手によって倒されてしまったようだ。
「くっ、まじ……はっ、はっ、はっ……はっ、まずっ!?」
よそ見をしたのが悪かったのだろう。
前を向いた瞬間そこに見えたのは、真っ赤に燃え盛る火の玉であった。
わたしは全力で迫る魔法から逃れようと、急いでその場にしゃがみ込もうとする。
しかし、戦闘経験もない一般人の反射神経では、目の前に迫る魔法を避けられる筈がなかった。
ぼんっ!!!
「あの、悪魔、め……」
耳元で生じた爆発音を聞きながら、わたしは肌の焼ける痛みと衝撃によって、その場に倒れ込んだ。
視界がだんだんと薄くなっていき、次第に意識が端っこから真っ黒く塗り潰されていく。
(なんで、訓練でこんな目に……)
最後にそう脳内で呟いたわたしは、そのまま意識を取り落とした。
どうしてわたしと百咲がこんな状況に陥っているのか、それは数十分前にまで遡れば分かることである――
朝ごはんを食べ終えたわたしたちは、黒髪低身長のメイドさんに連れ出されて訓練場へとやってきた。
「お2人様の方にはまもなく担当の者が参りますので、ここでしばらくの間お待ちください。それでは、モモサキ様とアヤセ様はこちらにお願いします」
メイドさんは2人にそう伝えてお辞儀をすると、わたしたちの方を一瞬だけ向いてからそのまま歩き始めた。
それにしてもどうやら、有馬と橘とはここでお別れのようだ。
恐らくだが、2人の祝福は剣術関連で、わたしたちの祝福は魔法関連なので、それが理由で別行動をするのだろう。
「あの2人、大丈夫かしら? ひかりちゃんも心配じゃない?」
「えと、緋珠お姉ちゃんはたぶん大丈夫だと思う。けど、有馬さんの方は……少し心配、かな……?」
わたしと横並びでメイドさんの後を追っている百咲が、こちらを向いてそう尋ねてくる。
それに対してわたしは正直な感想を言った途端、彼女は思いっきり吹き出してしまい、咽せてしまったのかゴホゴホと咳き込み始めた。
数秒ほど咳き込みながらも笑い続けていた百咲は、やっと笑うのを止めたと思えば、ギュッとわたしの方に体を詰めてくる。
「はぁ……ほんと、ひかりちゃんって最高よね。お礼にキスしてあげる」
「え………………?」
耳元に彼女の悪戯しい声が聞こえた瞬間、わたしの右頬に柔らかい何かがぴとっとくっ付いた。
ぼんっ!
(き、ききき、きすぅ……!? え、え、え、今の若い子ってこんなに距離感近いの!?)
百咲による破壊力抜群の攻撃によって、わたしの頭は大爆発を起こした。
まさか、初めてのキスが女の子からだなん――
(そんなの、エルに奪われてた、ワァ………………)
そういえば昨夜、わたしはエルに口同士でのファーストキスをしっかりと奪われていたのだった。
しかしだからといって、百咲がわたしの頬にキスをしたこととは、今は一切関係はない。
わたしと彼女とでは3歳も差がないのだが、このジェネレーションギャップはマリアナ海溝並みに深いのだろうか。
「ふふっ。なんだかひかりちゃん、あたしの妹とそっくりなのよね。可愛らしいとことか、意外と毒舌なとことか」
「え、毒舌……?」
まさか、リースだけではなく百咲にまで言われてしまうとは。
わたしとしては、それほどまでに辛辣な言葉は吐き出さないよう、しっかりと飲み込んでるのだが。
(なんだか、納得がいかない……)
キスされたことによる困惑と、毒舌という評価への不満でわたしの脳内がごっちゃになり始める。
わたしは肩を落としてごとっと首を下に向けると、てくてくと砂を眺めながら歩みを進めた。
「それにしても、鍛錬って何すんのかしら」
「え? うーん、実戦形式って言ってたから、魔法を実際に使ってみる、とか?」
百咲の問いかけに対して、わたしは彼女の方を向きながら返事をする。
そんな時、突然メイドさんの足音が聞こえなくなって、今度は顔を正面に向けた。
「……………………え」
立ち止まったメイドさんの目の前にあったのは、砂場から豪快に生えた1本の樹木だった。
首の関節がパキリと音を鳴らすほどに顔を上げてみるが、大きさはだいたい10メートルほどだろうか。
「リオン様。異世界の方々をお連れしました」
メイドさんが樹木に向かってそう声をかけると、返事のような小さな声を耳が拾ったような気がした。
それと同時に、葉っぱがガサガサと勢いよく音を立てながら揺れ動き出す。
「き、木が喋った、の……?」
「いや、ヒスイさん。さすがにそれは違うと思うよ?」
驚愕のあまりジリジリと後退している百咲に対し、わたしはそう声をかける。
次の瞬間、樹木の上の方から何かが凄まじい勢いで降ってきて、わたしたちの目の前に落下した。
「きゃっ!?」
「にゃっ!?」
「………………はぁ」
高く舞い上がっていた砂煙が、どんどんと吹く風に流されていく。
そして目の前が晴れてわたしの視界に映ったのは――
「ふわぁ……やっと来たのか? あまりにも遅すぎて、儂は昼寝を始めてたぞ?」
わたしと同じくらいのロリだった。




