第25話・お話は踊る、食事は進まず。
オムライスは最近克服したから、食べられるようになった。
だけど、オムレツはどうしても卵の味が強くて得意じゃない。
幼稚園の頃に軽微の卵アレルギーだったせいで、卵という食材に苦手意識が出来てしまったのだ。
(別に、食べられない訳じゃないんだけど……)
「彩星ちゃん」
どうしようかとフォークを握りしめて悩みに悩んでいると、唐突に橘から声をかけられた。
それに釣られて横を向いてみれば、彼女が心配そうな表情を浮かべてわたしのことを見ている。
「食べ始めていないが、どうかしたのか?」
「えーと。実は、オムレツが苦手で……」
橘の言葉に対して、わたしは正直にそう返事をする。
すると彼女は、少し衝撃を受けたかのように目をぱちぱちとさせてから口を開いた。
「それなら、ワタシが代わりに食べようか?」
「え、いいの? ありがとう緋珠お姉ちゃん!」
なんて優しいのだろうか。
わたしは思わず笑顔になると、そそくさと目の前のオムレツが乗ったお皿を彼女の方に差し出した。
すると、橘はそのお皿を受け取るのと同時に、わたしに微笑みを返してくる。
(苦手なものを、食べてくれるなんて……はじめて)
その瞬間、心の臓が一気に激しく動き出した。
どくどくと骨を揺らすその刻みに、わたしは困惑と羞恥をなぜか感じてくる。
わたしはそんな感情を紛らわすようフォークからスプーンに持ち替えると、コーンスープらしき料理を掬って口元に運んだ。
「ッ! お、美味しい……!」
ひとくち飲んだ瞬間、素朴なコーンのなんとも温かで滑らかな甘さが口の中に広がった。
そしてつぶつぶとしたコーンの食感が、甘みをさらに口の中で弾けさせる。
これが、本物のコーンスープなのだろうか。
「ねぇ翔太。なんかさっきよりも、コーンスープが甘く感じるんだけど……」
「え、なにが? ていうか緋珠、お前いつも俺たちには『食器を渡すなー!』って怒ってくるのに、今日は珍しいな」
有馬のその言葉を聞いた瞬間、わたしは驚いて勢いよく橘の方を向く。
そういえば彼女は、どうやら現代日本のお嬢様のようだった。
昨日のお風呂場でも百咲が、フランス料理が云々と話していたのを覚えている。
つまり普段の彼女は、本当は食事のマナーに厳しいのだろう。
その事実を頭の中で認識した瞬間、わたしは自分がマナー違反だったのかと一気に申し訳ない気持ちに陥った。
「おいっ翔太、なんでそれを言うんだ! どう見ても今、良いお姉さんが出来ていただろうが!」
「えぇ、今の俺が悪いの……?」
「あんたが悪いわよ翔太。よく言うじゃないの、百合に挟まる男は死刑って」
フォークを有馬に突き差しながら、百咲が有馬のことを非難する。
彼女のそんな言葉を聞いた橘は、カトラリー全部をお皿の上に置いてから「そーだそーだ」と有馬のことを指差した。
(ほんと、朝ごはん中になんでコントし始めるの……)
「……ふふっ」
3人の面白おかしい様子を眺めていたわたしは、我慢し切れずに小さく吹き出してしまう。
しかしながら、3人はわたしが笑ったことに気付かずにまだ言い争いを続けていた。
「もっと翔太は空気を読みなさいよ!」
「いや、空気は読むもんじゃなくて吸うものだ痛った!?」
「はぁ……そうやってバカなことを言うから、ヒスイに叩かれるんだぞ」
(あ、このサラダもすっごい美味しい)
やっぱりフォークでサラダを食べるのは中々に難しいが、わたしはテーブルに落とさないよう慎重に口元に運んでいく。
シャキシャキとした食感を味わえる新鮮そうな葉物――レタスだと思う――と、食べてみてもよく分からない甘めのソースが、まるで協和音のようにマッチしている。
(使ってるのは……マヨネーズ? うーん、タルタルに近い気もするけど……)
どうやったらこのソースを自分で再現できるか、そんなことを考えながら再びフォークで葉物を刺した。
わたしはプルプルと手を震わせながら口元にサラダを運んでいくと、ぱくりと口に突っ込んでからシャキシャキと噛んでいく。
そんな時、女子2人に散々ボコボコにされていた有馬が、ふと思い付いたかのように口を開いた。
「あれ、そういや俺らって、まともな自己紹介してなくね?」
「そう言えば、ちゃんとはまだしてなかったわね。彩星ちゃんのことも知りたいし、今からお互いに自己紹介していく?」
「ワタシもそれに賛成だ。彩星ちゃんは大丈夫か?」
橘の言葉を合図に、3人の視線が同時にわたしの方に向いてくる。
わたしは口の中に入っていた葉物をごくっと飲み込むと、返事をしようとそのまま口を開けた。
「大丈夫だよ! それに、わたしも3人のこと知りたかったし!」
「それなら良かった。それじゃあ、最年長であるワタシから自己紹介を始めていこうか」
橘はそこまで言うとグラスを手に取り、水を少し喉に流してから言葉を続けた。
「名前は橘緋珠で、私立霞ヶ坂桜高校の2年生だ。部活は剣道部に所属していて、あと翔太とヒスイとは昔からの仲だ。こんなもので大丈夫か?」
「自己紹介なんてそんなもんだろ。じゃ、次は俺が――」
「あたしの名前は百咲ヒスイ。緋珠と同じ高校の1年生よ。よろしくね、彩星ちゃん」
百咲は有馬を思いっきり遮ってそう話すと、わたしの方を向いてウインクをしてくる。
「はぁ……じゃ、今度俺な。有馬翔太、16歳で高1。あとこのノーマルバカと剣道バカとは幼馴染な」
「誰がノーマルバカよ!」
「あれ、なんだ自覚あるじゃグハッ!?」
有馬は適当な雰囲気で自己紹介を終えると、失言によって百咲に顎を打ち抜かれて撃沈する。
それと同時に、有馬がやられるところを死んだような目で見ていた橘が、大きくため息をついた。
「……彩星ちゃん、このアホのことは気にしなくていいぞ。それじゃあ、ワタシたちに自己紹介をしてくれ」
軽く呆れながらそう言った橘は、柔らかい視線をわたしに向けてくる。
そんな彼女と目が合うと、わたしはなんとなく緊張感を持ちながら口を開いた。
「えと、わたしは彩星ひかりって言います! 私立霞ヶ坂桜中学校の1年生で、部活動はやってないです! その、これから異世界で一緒に、頑張りましょう!」




