第24話・egg or don't
【生きるために食べよ、食べるために生きるな】
古代ギリシャの哲学者である、ソクラテスが残した言葉の1つだ。
そして、この言葉を固く説明してみれば、『食べることは生きるための手段であって、目的と取り違えてはいけない』という意味になる。
(なんというか、実に健康的な言葉だよね)
著名人の言動に流されやすい現代の若者が聞けば、2割ほどの食生活は改善されるのではないだろうか。
しかしながら、まだ18歳の若者であるわたしの人生において、頂上を争う楽しみには食事が堂々と含まれている。
複雑そうで単純な理由によって、小学生の頃からひとり暮らしをしているわたしにとって、絵のように鮮やかであり、物語のように複雑であり、ゲームのように楽しい料理が趣味となるのは酷く当たり前のことだった。
(あと、自分で作った方が安上がりだし)
そんな理由もあって、わたしはあまり外食をする機会が無かった。
つまり、わたしが言いたいことは――
「ねぇ翔太。異世界の食事、すっごい楽しみじゃない?」
「うーん、でもなぁ……ほら、なんか異世界の料理って味が薄いイメージじゃん? 料理で成り上がる系のテンプレだよテンプレ。だから、俺はけっこー心配だなぁ」
「なんでそうネガティブ思考になるのよ。は〜、なんか異世界でしか出会えないような食材とか出てこないかなぁ」
王城内のどこにでも吊る下がっているシャンデリアに照らされながら、勇者の有馬と魔女の百咲が平然と会話を始める。
どことなく緊張感を持って椅子に座るわたしは、2人の様子に驚き呆れながら隣の席に座る橘へと目を向けた。
背もたれが大きくて無駄にキラキラとしている金ピカの椅子、その上にきっちりと座っている彼女は、反対側でわちゃわちゃする2人のことを無視してまぶたを閉じている。
(異世界って、こんな自由でいいもんなんだ……)
リースに置いて行かれたせいで誰もいない食堂に体感30分ほど1人だったわたしは、今は大きすぎる椅子にちょこんと座りながら静かに料理を待っている。
そんな中、あまりに自由すぎる他3人の姿を見て、わたしはこっそりとため息を吐いた。
ただ伽藍堂なテーブルを眺めながら、椅子が高すぎるが故に着かない足をぷらぷらと揺らす。
そんなとき、目の前に座る百咲がどんっとテーブルに手を叩きつけてから声を上げた。
「あっ! そういえばさ緋珠」
「うん? どうしたヒスイ」
唐突に話しかけられた橘は、そっと目を開けて百咲の方に視線を向ける。
「部屋すっごい綺麗じゃなかった!?」
「……そうか? あまり、ワタシの家と大差がないと思ったんだが」
橘のその言葉が聞こえた瞬間、わたしは衝撃のあまり目を見開いて彼女の方を向いてしまった。
最高級ホテル並みのあの部屋と大差が無い家に住んでいるということは、橘の家は華族かなんかなのだろうか。
「うわー、ここで金持ちアピールしてくんのかよ〜。俺はヒスイの意見に完全同意、あの綺麗さはやべぇ。まじ汚しちゃったらどうしよって考えたわ」
「でしょ? ほら、翔太もこう言ってることだし、異常なのは緋珠の方よ」
「くっ、そうか……なら、彩星ちゃんはどう思った?」
2人に言葉で追い詰められた橘は、助けを乞うかのようにわたしに声をかけてくる。
きっと橘は、わたしが彼女の意見に賛同することを求めているのだろうが、残念なことにわたしの意見は――
「えーと、わたしも……緋珠お姉ちゃんがおかしい、って思うかなぁ……」
「なっ!? そ、そうか………………」
「ふ、ふふっ……緋珠、彩星ちゃんにすら言われてやんの」
わたしの反応を聞いた橘は、まるで心外だと驚愕の表情を浮かべてから、悲しそうに顔を下に向けた。
そんな彼女の様子に、百咲が追い討ちをかけるかのように口を開き、橘はさらに縮こまってしまう。
「あれ、お前らっていつのまにそんな仲良くなったんだ?」
「昨日、3人でお風呂入ってるときに仲良くなったのよ。男のあんたは省いてね」
「うわ酷っ!? これが現代流の男女差別かよ」
2人がそんなコントを繰り広げていると、何度か部屋をノックする音が聞こえてきた。
その音を聞いた有馬と百咲は一瞬で黙り込み、わたしと橘は一緒に視線を扉の方に向ける。
「失礼します。お食事の方をお持ちいたしました」
ゆっくりと開けられた扉から1人のメイドは入ってくると、彼女のその言葉に続いて3人のメイドが追加で入ってくる。
彼女たちはそれぞれ真っ白なサービスワゴンを1台ずつ押しており、どうやらその上に料理が乗っているようだ。
身長のせいで湯気しか見えないため、確証を得ることが出来ていないが。
「おー! 普通に美味そうだな」
「わ〜! すっごいお洒落!」
「おぉ、見栄えがとても良いな」
「………………………………」
あまりにも惨めでは?
身長格差をヒリヒリと肌で感じるわたしは、本日何度目かのため息をこっそりと吐く。
ほとんど無音のまま数秒が経過すると、ついにテーブルのわたしたちの前のところに、どんどんとお皿が並び始めた。
「失礼いたしました。それではどうぞ、ごゆっくりお召し上がりください」
最後にそう言い残して、メイドたちがこの場から姿を消す。
どうやら、これで朝ごはんのメニューは全部のようだ。
「まじか。まじで豪華だな」
「ほんとにこれ食べて良いの? 贅沢すぎて、逆に味が分からなくなりそうよ」
「それな」
頭の位置を変えずに料理を見つめる百咲と、顔をこれでもかと料理に近付けている有馬がそう言葉を交わす。
2人の会話に反応しない橘のことを不思議に思ったわたしは、チラッと彼女の方を向いてみると、既に橘はナイフとフォークを手に持って食事を始めていた。
なんというか、その所作はとても綺麗なのだが、2人のことを無視して無言で食べ始めるには良いのだろうか。
そんなことを考えたわたしは1度椅子にしっかりと座り直すと、手を合わせて「いただきます」と小声で呟いてから、橘と同じようにフォークとナイフを手に取った。
今日の朝ごはんのメニューは、ふわふわとした雲のような白パンに、黄金色の美しいスープ。
葉物のサラダには白色のソースがかけられており、メインディッシュは真っ赤なソースと眩しい黄色が鮮やかなオムレツだ。
そしてデザートとして、ぷるぷると震えるプリンがガラスの器に盛られている。
なんというか、先ほどと全く同じような例になってしまうが、最高級ホテルの朝ごはんに出てきそうなメニューにしか見えようがない。
それにしても、このスープとサラダのソースは何味なのだろうか。
わたしの予想としては、スープはコーンスープでソースはシーザーだと思う。
「んっ!? うまぁ!?」
「こ、これは、美味しいわ……すっごく」
そんな声が聞こえてきてわたしは前を向くと、あんな会話を繰り広げていた有馬と百咲も既にフォークを口に咥えていた。
どうやら、まだ食べ始めていないのはわたしだけらしい。
「………………………………」
それにしても、どうしようか。
わたしはフォークとナイフを握ったまま、目前の料理たちを眺めて食べ始めようとしない。
側から見れば何をしてるのだろう、と疑問を持たれることだろうが、この行動の理由は酷く単純である。
(オムレツ、どうしよ……)
わたしは、卵料理が大の苦手なのだ。




