第22話・その砂糖菓子は痛み味。
「め、メイド長なんてすごいですね! かっこいい!」
「そうですか? とにかく、お褒めくださりありがとうございます。そのように思われることは非常に少ないので、新鮮な気持ちになりますね」
いつのまにか鉄仮面を被っていたクリスタさんは、わたしの純粋な褒め言葉に冷淡な表情のまま感謝を伝えてくる。
「メイド長は、名前の通りにメイドたちをまとめるトップの存在です。しかしながら、仕事内容はメイドの仕事の割り振りや計画の設計、時間通りに仕事が進んでいるかの確認といった、メイドらしい仕事とは異なる管理業務が中心になります。そのため、メイドというよりは、管理人に近い存在と言えるでしょう」
「ふんふん、なるほど……あとは、リシア様のお世話も業務に含まれてる、って感じなんですか?」
クリスタさんとわたしが出会った理由も、彼女がリシア様のことを呼びに来たからである。
だからきっと、リースのような専属メイドとしての業務もあるのだと思っていたのだが。
「いえ、陛下から命令を受けているわけではありませんので、業務内容に含まれはいません。言ってしまえば……趣味、ですかね」
「なるほど……趣味かぁ。やっぱり、リシア様は愛されてますね………………趣味!?」
人のお世話をする理由に、趣味って存在してたんだ。
想像の斜め上どころか斜め後ろだった返答に、わたしは酷い衝撃を受けてポカンと口を開けてしまう。
わたしが再び呆然としていると、クリスタさんはどんどんと話を続け始めた。
「実は、お嬢様の母君は、お嬢様をお産みになった際に帰らぬ人になってしまったのです。そのため、母君の友人でもあった私が母親代わりにと、そう思って今まで接してきたのですが……気が付けばお嬢様も立派な反抗期になってしまいまして、最近ではいつも、あのように強く反発してくるのです」
(確かに……あのリシア様は、ーどこからどう見ても反抗期の子供だったよね……)
そんなことを考えたわたしは、こういった文化? はあまり地球と大差がないのだな、と変なところで感嘆を抱く。
しかし、最後の話のみを切り取ればクリスタさんとリシア様の微笑ましい光景になるのだが、最初の1発目のパンチが酷く重すぎた。
リシア様にわたしはとても明るい印象を覚えたために、その話は本当なのかと疑ってしまいそうになる。
それにしても、母親がいない……か。
『ねぇあんた、母親がいないってほんと?』
『こいつ親に捨てられたんだぜ! やばいよな?』
『ふーん……かわいそ』
「ッ……!」
あの頃の忌々しい記憶が、唐突に底から這い上がってくるのを感じる。
今では真っ暗なゴミ箱に投げ捨てた、酷く懐かしい私の記憶だ。
高校に入学してからは思い出したことが無かったため、耳元でささやかれるような幻聴にわたしは困惑と痛みを覚える。
もしかして、わたしはリシア様と共鳴したのだろうか……
(はっ……つまんな)
わたしと彼女の環境では違いが大きすぎて、共鳴はおろか、共感すら上手くいかないことだろう。
恐らくだが、リシア様の過去話に感化されたことが、わたしの記憶の引き金になったに違いない。
それにしても、『自分は生まれた時から母親がいないが、周りの人たちには普通に母親がいる』という状況を理解したときに、人はどういった感情を抱くのだろうか。
明らかに倫理的ではないことを考えていると、隣から強い視線を感じてわたしはクリスタさんの方に目を向けた。
すると、彼女は疑問を抱いたかのような表情をして、何かを確かめるようにじっとわたしの顔を見つめている。
そんなクリスタさんの様子を不思議に思ったわたしは、強く噛み締めていた口をそっと開いた。
「ど、どうか、しました……?」
「いえ、なんでもございません。アヤセ様」
わたしの問いかけにクリスタさんは冷静に返答すると、そのまま気にすることなく話を続け始めた。
「昔のお嬢様は、いつも私と行動を共にしておりまして、とても可愛らしいものでございました。しかし、10歳の誕生日を迎えてすぐの頃から、今のような反抗期になられまして……少しで結構ですので、昔のように甘えてほしいものです」
「きっとリシア様も、心のどっかではクリスタさんに甘えたいと思っていますよ!」
子供はいつまでも母親に甘えたい、出所の分からないそんな話を昔に聞いた覚えがある。
あくまで想像ではあるが、リシア様に反抗心が芽生えているのは甘えたい感情の裏返しではないのだろうか。
まあ、わたしには全く理解出来ない感情ではあるが。
「そうであれば、私も喜ばしいのですが……ひとまず、お嬢様が美術展へ行かれる際には私も同行しますので、そのときにお話しを試みたいと思います。アヤセ様、的確な助言をありがとうございます」
クリスタさんはピタッと立ち止まると、わたしの方を向いてからそう言って頭を下げてきた。
その所作はやっぱり美しく、彼女が心からわたしに感謝していることが伝わってきて、なんだかくすぐったいような感覚を覚える。
しかしそんな中、わたしの内側では複雑な感情が心の芯に巻き付いていた。
(偽物の親子愛、か……)
言い方は醜いものだろうが、事実は事実だ。
だが本物の味を忘却してしまったわたしにとっては、この模造品ですら絶品なのである。
きっとリシア様とクリスタさんにとっては、それが美味しくあるという事実だけで食べ進めることが出来るのだろう。
しかし彼女たちの親子愛は、周囲の人々にはどのように見えているのだろうか。
(ま、わたしの知ったことではないけどね……)
それに2人にとって、周囲の人々の感想なんてものは不要でしかない。
だからきっとこれからも、リシア様とクリスタさんは美しい世界を2人で歩いていくのだろう。
どうやらわたしの大人舌には、少しばかり甘すぎるみたいだが。
特に会話もないまま歩き続けたわたしとクリスタさんは、何かが起こることもなく無事にわたしの部屋へとたどり着いた。
「到着いたしましたね。今の時刻は……6時19分ですか。朝食は7時の開始を予定しておりますので、6時30分頃には専属メイドがアヤセ様をお迎えに、お部屋を訪れると思われます」
部屋の前で止まったクリスタさんは、左手首に巻かれたものを眺めながら、わたしにそう伝えてくる。
(あれ……? 今気付いたけど、それって……)
ガラス越しに2つの針が回転する様子が見え隠れするその機械は、どこからどう眺めてみても腕時計としか思えない。
やはりこの世界は過去に転移・転生してきた英雄の影響か、地球における現代社会レベルの技術力を獲得しているものが多いようだ。
「それでは、私はこの辺りで失礼します。これから王城にいらっしゃる間だけでも、お嬢様と仲良くしてもらえると幸いです」
「もちろんですよ! ここまでわざわざ、ありがとうございました!」
わたしの目を見ながらそう言い終えたクリスタさんは、再びスカートの裾を摘んで優雅なカーテシーを披露する。
残念なことにわたしには真似ようがないため、わたしは彼女にお辞儀をしてから感謝の言葉を伝えた。
そのままクリスタさんはその場で後ろを向くと、綺麗な歩き方で通路を戻って――
「申し訳ございませんが、最後に1つだけ。どうか、今朝のお嬢様との交流に付きましては、他言無用でお願いします。それでは、失礼いたします」
少し進んだ先で振り返った彼女は、今までで1番冷たい表情を浮かべながらそう言い切る。
そしてもう1度カーテシーをわたしに対してすると、今度は止まることなく通路の先へと消えていった。
「……………………はぁ」
(けっきょく、想像通りじゃん……)
どうやらわたしが最初に思っていた通りに、リシア様は少なくともこの王城の人々にとっては、厄ネタのようだった。




